彼は再び指揮を執る   作:shureid

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彼を想うのは

「はぁ……」

 

「提督さんさっきから溜息ばかりっぽい!と言うより最近溜息ばかりって時雨も言ってたよ!」

 

「……はぁ」

 

朝霧は握り締めていた書類をデスクに叩き付けると、顔面を書類の上からデスクに埋める。その日秘書艦であった夕立は、初めての秘書艦の仕事に悪戦苦闘しながら書類に噛み付いていた。鎮守府襲撃から四日経った日の夕暮れ。全ての艦娘が入渠を終え、その間に大きな襲撃も無く滞りなく作戦は終結していた。資材の埋め合わせは大本営の支援では足りないものだと高を括っていたが、その功績を称えられ消費した資材は全て賄われる事になった。悩みの種が一つ消えたのだが、もう一つの悩みの種が朝霧の脳内をぐるぐる回り、仕事に手がつけられない状態にあった。資材調達の旨が書かれた書類と共に同封されていたのは、以前申請していたケッコンカッコカリの指輪だった。本物のプロポーズ時に使用されるもののように、高価な箱に内包された指輪。飾り気が無く、白銀の簡素なリングを誰に渡すものかと、先日から一日中考えていた。

 

「あー……んー……」

 

艦娘の高まりきった練度を引き上げる為に使用される指輪を貰う資格がある艦娘は、この鎮守府内に二人居た。かつてより朝霧の下で指揮を受け続けていた瑞鶴と翔鶴であった。龍驤はあの作戦の直後、海に出る事を控え実践から遠ざかっていた為、その練度までは後一歩足りていなかった。意味を成さないだけで、信頼の証として練度が足りていない艦娘に渡すことも可能だったのが、朝霧の悩みの種だった。

 

「どうしたもんかねえ……」

 

先程から何度も引き出しを開け、中に置かれているリングを見つめ溜息を吐く。

夕立が書類仕事の捗らなさに怒りを爆発させる寸前、司令室のドアがノックと同時に開き、その先から明石が部屋の中に飛び込んでくる。

 

「失礼します!」

 

「それノックの意味無くない」

 

「いやあ失礼しました。提督が何やら恋煩いで仕事に手がつかないと苦情が出ているみたいなので!」

 

「別にしてないけど」

 

「またまたぁ、そんな提督に良い物を作りましたよ!」

 

明石は手に握っていた黒い縁に度の入っていない何の変哲も無いメガネを朝霧の前に突き出す。

 

「三日かけて作りました!艦娘の提督に対する信頼度と好感度を見ることの出来るメガネです!」

 

「なんかどっかで聞いたようなメガネだな。人の気持ちを勝手に見るような非人道的なもの作っていいの」

 

「まさか、直接人の気持ちなんて見ることは不可能ですよ。いいですか、このメガネは――」

 

明石曰く、艦娘の艤装には特別な力が宿る。艦娘は自分の艤装を信じ、艤装には艦娘を守る力があったりと、一心同体の関係である。その艤装には人間には見えないが、艦娘からは妖精さんと呼ばれているものが宿っている。共に戦い続けた艤装には、艦娘の強い想いが宿っている。

 

「このメガネにも妖精さんが宿っています。その妖精さんを通して艤装をつけている艦娘を見ると、艤装の妖精さんを通してその艦娘の想いを知ることが出来るのです!」

 

「妖精さんねえ……」

 

朝霧は半信半疑でメガネを受け取ると、直ぐにメガネをかけ、レンズを通し明石と夕立を見る。艤装をつけていない二人を見ても何も起こらず、至って普通の伊達メガネだった。

 

「艤装をつけている艦娘を見ると分かる筈ですよ!そのメガネの妖精さんには、見た艦娘の提督に対する提督としての信頼度、貴方自身に対する好感度を教えて貰えるように取引してあります!」

 

「……これが本当なら世紀の大発明じゃないの」

 

「いえ、ただ見れるだけなので、他の使い道はないですよ」

 

(それでも凄いんじゃ……)

 

朝霧はその日の予定を思い出し、もう少しで近海へ遠征のために出撃していた第六駆逐隊が帰還することを思い出した。

 

「まあ……試しにね。夕立ー、任せたぞー」

 

「提督さんだけずるいっぽい!夕立も行く!」

 

「流石に司令室に誰も居ないのは不味いでしょ」

 

「ぶー」

 

夕立は頬を膨らませながら駄々をこねていたが、今サボってしまえば今日中に書類仕事が終わらないことも理解していたので、やがてペンを握り書類と睨めっこを始めた。

 

「では!頑張ってくださいね!」

 

明石は笑顔を浮かべながら司令室を後にし、朝霧はその背中を見送ると、第六駆逐隊が戻ってくるはずの出撃ドックへと足を向けた。すれ違う艦娘皆にからかわれながらも、出撃ドックへ着いた朝霧は時計に目を移し、じき戻って来る時間であることを確認すると、壁に寄りかかり帰りを待った。凡そ五分ほどで出撃ドックに姿を見せた第六駆逐隊は、朝霧の姿を見ると嬉しそうに声を上げ手を振った。朝霧は手を振り替えすと、真っ先に陸に上がり、自分の目の前まで走ってきた雷の艤装を見つめる。

 

「あれ、どうしたの司令。そのメガネ」

 

「いや、ちょっとな。もう海は慣れたか」

 

「うん!司令官のお陰よ!」

 

その時、メガネのレンズの端に、小さな人の形をした物体が映った。

 

(うお……)

 

思わず声を上げそうになるが、悲鳴を飲み込むとその物体を見つめる。これが明石の言っていた妖精さんだろうか、直後その妖精さんの声が頭に響いてきた気がした。

 

『どうも、駆逐艦雷の貴方への信頼度は高。好感度は高です』

 

(んー……まあ、好かれてるのか)

 

「そうか。みんな何かあったら言えよー」

 

どの基準で高なのかは分からなかったが、続けて隣に居た暁の艤装を見つめる。

 

『駆逐艦暁の貴方への信頼度は中。好感度は中です』

 

(あれ、暁の好感度は普通位なのか……そんなに話してないからか)

 

そのメガネが本物だと分かると、次第に好奇心が湧き、電、響と視線を移していく。

 

『駆逐艦電の貴方への信頼度は高。好感度は中です』

 

(提督としては信頼されてるけど、人間としてはまだ距離があるのか……)

 

『駆逐艦響の貴方への信頼度は中。好感度は中です』

 

(響は暁と同じくらいか。みんなそこそこ提督としては信頼してるけど。人間関係としてはまだ中くらいか)

 

「それじゃ、皆で休んでるわね!」

 

「おう、お疲れ」

 

背を向け艤装を返却していく第六駆逐隊を見ながら、朝霧は次の行き先を考えていた。その指標に高が存在する時点で、低も存在することを理解した朝霧は少し躊躇ったが、好奇心には勝てず次の艦娘を探すべく入渠ドックへと向かった。道中、入渠を終えたであろう川内とすれ違った。川内は艤装を出撃ドックへと返却する為なのか、艤装を背負ったままであった。

 

「あれ、提督じゃん。何そのメガネ」

 

「んー。ちょっとイメチェン」

 

「似合ってないよー」

 

ケラケラと笑う川内の艤装を見つめると、再び妖精さんの声が頭の中に響く。

 

『軽巡洋艦川内の貴方への信頼度は中。好感度は激低です』

 

「低ッ!」

 

「ん?何?」

 

「いや……何でも」

 

(激低って何だよ……会ったばかりの時だったらどうなってたんだ……測定不能とか)

 

川内と別れてからは、艦娘達とすれ違うものの、皆艤装を背負っておらず確認することは出来なかった。辿り着いたドック前のディスプレイを確認すると、中に入っているのは昼過ぎの遠征で深海棲艦と対敵し、傷を負った第七駆逐隊の面々だった。夕立が秘書艦だった為、代わりに川内が加わっており、全艦小破の浅い傷だったが入渠時間を大幅に超えて入渠ドックへと入り浸っていた。中からは楽しそうな談笑が響いており、お風呂気分で浸っていることを朝霧は理解した。艤装が少しでも破損した場合は、入渠ドックに艤装と共に入る。律儀な艦娘は服を脱ぎ、艤装を抱えて入るのだが、大雑把な艦娘は皆艤装と服を身に着けたまま湯船に浸かっていた。基本的に駆逐艦は艤装をつけたまま入ることが多かった。朝霧はノックをしても聞こえないだろうとその扉を開けると、案の定面々は艤装をつけたまま湯船に浸かっていた。

 

(見てくださいと言わんばかりのシチュエーション!)

 

「ちょ……何よッ!」

 

いきなり開いた扉に全員が視線を向け、朝霧の姿を確認すると陽炎は胸元を腕で隠し叫び声を上げる。一方の時雨や不知火は特に気にしないといった様子で湯船に浸かり続けていた。

 

「どうしたんだい提督。そのメガネ」

 

「ん、これでみんなの艤装見たら俺への信頼度とか好感度が分かるらしいから。見に来た」

 

朝霧は最初に目を合わせていた時雨の艤装に視線を移す。

 

『駆逐艦時雨の貴方への信頼度は高。好感度は中です』

 

「どうだったの?」

 

「んー……まあ普通……なのか?」

 

「僕は提督のこと信頼してるよ」

 

「それ本人の前で言うものなの……?」

 

次は呆れ顔を浮かべていた陽炎へと視線を向ける。陽炎は咄嗟に艤装を見られないよう、朝霧から見えないような角度で湯船の底へと艤装を隠す。しかし、次の瞬間には、睦月と如月が陽炎へと飛びかかり、艤装を引っ張り上げられる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!見ないでぇぇぇ!」

 

『駆逐艦陽炎の貴方への信頼度は高。好感度は激高です』

 

「へえー」

 

朝霧はしゃがみこみ、にやにやと陽炎を見つめると、陽炎を取り押さえている睦月、如月にも視線を移す。

 

『駆逐艦睦月の貴方への信頼度は中。好感度は高です』

 

『駆逐艦如月の貴方への信頼度は中。好感度は高です』

 

「睦月達はー!?」

 

「駆逐艦に好かれすぎじゃないのか……」

 

少なくとも第七駆逐隊の面々からは嫌われていないことを確認し、安心すると顔を真っ赤に染め此方を睨み続けている陽炎を宥める。

 

「いや誰にも言わないからさ」

 

「もうお嫁に行けないわ……」

 

ゆっくりと腰を上げると、最後に物言わず此方を見つめていた不知火と目を合わせる。

不知火は艤装こそ外し抱えていたものの、面倒だったのか服を脱がずに湯船の端に凭れ掛かっていた。

 

『駆逐艦不知火の貴方への信頼度は激高。好感度は激高です』

 

「ぶッ!」

 

「何々!どうだったの!?」

 

その結果に朝霧は思わず噴き出し、故障かと思いもう一度不知火を見つめる。しかし何度見ても結果は変わらず、不知火は表情を変えずに朝霧を見つめ続けている。

 

「……ぬいぬいそんなに俺のこと好きなの?」

 

「…………」

 

朝霧の発言に、陽炎は先程とは打って変わって元気を取り戻し立ち上がると、不敵な笑みを浮かべ不知火ににじり寄る。

 

「しーらーぬーいー!」

 

「何?」

 

「いやー!そうかー!不知火もだったのねー!」

 

不知火は陽炎の発言に反論しなかったが、代わりに陽炎の胸倉を掴むと湯船の反対側へと放り投げた。朝霧は何時も通りの不知火の表情かと思ったが、照れた為か少しの変化があったことに気付く。からかおうかとも思ったが、陽炎と同じ末路を辿ることは目に見えていた為すぐさま入渠ドックを後にした。

 


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