彼は再び指揮を執る   作:shureid

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孤独な戦い

『あの個体は少し単調にやり過ぎ。もっと敵を凝らし、そして馴染み、じっくりと屠れば効果的なんじゃないかな』

 

道中陽炎に経緯を聞き、嫌な予感を感じ朝霧は足を早める。陽炎を抱えたまま司令室のドアを蹴破った朝霧は、突然の大音に体を震わせた瑞鶴と翔鶴と目を合わせる。唖然としている二人に構うことなく部屋の中まで歩みを進めると、陽炎をソファーに寝かせた後提督専用の椅子へと腰かける。

 

「ちょっ……何時戻ったの!?しかもその怪我……それに陽炎!」

 

瑞鶴は朝霧と陽炎の顔を交互に見合わせている中、朝霧は翔鶴と目を合わせると視線を落とす。朝霧は一瞬目を見開くと、深呼吸し受話器を手に取った。

 

『厄介な艦娘はこの場居ないし、砲を持っていない艦娘は殆ど脅威にならない』

 

「ちょっとすまん」

 

受話器の内線に切り替えるボタンを押すと、工廠へ繋がるボタンを押しつつそそくさと部屋の外へと出る。朝霧が部屋を出た後、取り残された陽炎は申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、猫の様に腰を丸めていた。瑞鶴は頭を抱えると、疲労感を隠せない表情で呟く。

 

「はぁ……訳分からない事ばかりね……とりあえず、話はあいつが戻って来てからに――」

 

『だけど、先ずはこの艦娘から――』

 

「悪い悪い」

 

瑞鶴が言葉を紡ぎ終わる前に朝霧は部屋へと戻ると、受話器を戻し再び椅子に腰かけた。

 

「で、話を聞かせて貰うわよ……っと、その前に陽炎が見つかったって報告しないとね」

 

『今この場では、こいつさえ始末すれば、残りを消すのは簡単。背を向けたなら――』

 

「ちょっと、瑞鶴さ」

 

「何よ?」

 

「瑞鶴の好きな食べ物って何?」

 

「ハァ!?こんな時に何言ってるのよ……」

 

「いや、俺はカレーが好きなんだけどさ」

 

『………………』

 

「はいはい、馬鹿言ってないで」

 

瑞鶴は朝霧に背を向け無線機へ足を踏み出す。その瞬間朝霧は翔鶴を睨み付けると、高揚の無い口調で翔鶴へ話しかける。

 

「なー翔鶴」

 

「はい?」

 

翔鶴は無表情で朝霧と向き直すと、首を傾げ次の言葉を待つ。

 

「指輪、どったの?」

 

その言葉に瑞鶴は無線機の寸前で足を止めると、踵を返し翔鶴の手元を見る。

 

「……この指輪が何か?」

 

翔鶴は右手を顔付近まで掲げると、人差し指に嵌っている指輪を朝霧に見せつける。朝霧は顔を顰めながら立ち上がると、右手で椅子を握り左手をデスクに突く。

 

「そろそろ限界か……いや、深海棲艦は結婚指輪を左手の薬指に嵌めるなんて知らないんだろうかと思って」

 

次の瞬間、朝霧は右手に握った椅子を持ち上げ、全力で翔鶴へ向かい投げつける。陽炎は突然の行動に驚きソファーから転がり落ち、瑞鶴は短い悲鳴を上げながら尻餅をつく。

 

「チィッ!」

 

翔鶴は椅子を左手で薙ぎ、左の壁へと弾き飛ばすと尻餅をついた瑞鶴に向かい距離を詰める。

その間、朝霧にとっては嫌な思い出のあるレ級特有の尻尾がうねりを上げながら翔鶴から生える。朝霧がデスクの上を飛び越えた瞬間、司令室のドアが轟音と共に吹き飛んだ。吹き飛んだドアはレ級へ直撃し、バランスを崩すが倒れる寸前で後ろ足を突き踏み止まる。

 

「Just Timingネッ!」

 

「間に合いましたねッ!」

 

艤装を装備した榛名と金剛が部屋へと飛び込んでくる。それを受けた朝霧はソファーから転がり落ち、頭を抱えている陽炎の上から覆い被さり、金剛は腰が抜けている瑞鶴を抱きかかえる。目前にあったドアを鬱陶しそうに払いのけたレ級が次に見た光景は、戦艦を簡単に屠ることの出来る41cm砲が眼前に突き付けられているものだった。火花が散ったと思えば、次の瞬間には下腹部まで突き抜ける衝撃と轟音と共にレ級の上半身を吹き飛ばし、その体ごと後方の窓ガラスへと叩き付けた。窓ガラスは粉々に砕け、レ級の体は窓から落下していく。

 

「大丈夫ですか提督!」

 

「ああ、何とか生きてる」

 

朝霧は体をゆっくり起こすと、風通しのよくなった司令室を見て溜息を吐く。金剛に抱えられていた瑞鶴は呆然とその光景を傍観していたが、我に返ると立ち上がり辺りを見渡す。

 

「ちょっと……本物の翔鶴姉は何処よッ!」

 

「翔鶴の指輪をしてたんならそういうことだろ」

 

朝霧は無線機に駆け出すと、鎮守府内全域に届く範囲のマイクを入れる。

 

「総員に告ぐ、艦娘に成りすましていた深海棲艦は仕留めた、陽炎も無事だ。今は恐らく翔鶴が危ない、全力で探し出せ」

 

その言葉を聞いた瑞鶴は一目散に司令室を飛び出し、金剛は心配そうに朝霧を見ていたが、朝霧に顎で外を指され翔鶴の捜索へと向かう。それを見送った朝霧はソファーへと腰かけ、未だに地面へと寝転がっている陽炎を手招きする。

 

「何?」

 

近付いて来た陽炎を抱き上げると、膝の間に座り込ませる。陽炎は一瞬抵抗したが、疲労感から足掻く事無く、むしろ役得と考え背中を朝霧の胸へと預ける。

 

「榛名は残ってくれ、念の為な」

 

「はい、手当いたしますね」

 

榛名は救急箱を棚から手に取ると、朝霧の横へと座り救急箱を開ける。

 

「それで、何で翔鶴さんに化けてるってわかったのですか?」

 

朝霧は内線で明石に連絡を取り、近くに居る戦艦か重巡に艤装を持たせて大至急司令室へ来るように伝言していた。明石は大急ぎで飛び出し、たまたま陽炎捜索の為に通りかかっていた金剛と榛名を見つけ、司令室へ全速力で向かうように伝えたのだった。司令室に辿り着く寸前、中から何かが壊れる音がし、嫌な予感を感じ飛び込んできたのが事の顛末だった。

 

「まあ指輪を右手人差し指にしてたってのと、一番は今榛名がやってくれてることか」

 

榛名は首を傾げながら頬へガーゼを貼る。

 

「手当て……ああ、分かりました!」

 

その時、朝霧の言葉の意味を理解し成る程と頷くと納得する。

 

「怪我をしてたのに翔鶴さんは何も仰らなかったんですね」

 

「そそ、あいつなら真っ先に駆け寄って来て事情を聞いて手当てしてくれるだろうからね」

 

「良いですね、その信頼関係」

 

「全くだよ」

 

「あれ、と言うことはこの怪我、レ級にやられた傷じゃないってことですね」

 

「どっかのじゃじゃ馬にやられた」

 

陽炎は肩を竦めると、猫の様に丸くなり申し訳なさそうな表情を浮かべると顔を伏せた。

 

「はい、終わりましたよ」

 

「すまんな、じゃあ俺は安全確保出来て事情をみんなに伝えたらまた大本営戻るから」

 

「そのお怪我で大丈夫なんですか?」

 

「ほったらかして来たからな、戻らないとどやされるし、ついでに今の事報告しないと」

 

「……横須賀の時もそうでしたが、鎮守府の警備……榛名分かります、ザル警備でしたっけ」

 

「そう言ってやるな、IDがクソの役にも立ってないって皮肉言ってくるから。まあどうにかなる問題でもないんだけどなー……作戦も近いし」

 

「海域攻略……でしたね」

 

「ああ、近日中に攻略するのは確定してるよ」

 

朝霧は大規模作戦に多少の不安を覚えつつも、行動が早く何とか一命を取り留めた翔鶴を発見し、入渠させた報告を瑞鶴から受け一同を食堂へと集合させた。その時ばかりは入渠している翔鶴以外の横浜鎮守府に所属する全ての艦娘が集められ、間宮の夕食を頬張りながら朝霧の話に耳を傾けていた。睦月、如月は既に入渠を終え席についている。

 

「――と言うこと。まあ滅多にある事じゃないけどみんな警戒するように」

 

「でもさ提督ー。何とかならないのー?結構洒落にならなくない?」

 

鈴谷の言葉に一同は関心を向け黙り込むと、朝霧の次の言葉を待つ。

 

「次の作戦が終わったら鎮守府周辺にセンサーかなんかつけてもらう様に頼んでみるよ。これで二件目なら対処してくれるはずよ」

 

「おー、頑張って説得してきてねー」

 

「はいはい。それじゃまた行ってくるわ。瑞鶴、龍驤。任せた」

 

朝霧は喧噪の止まない食堂を後にすると、次の南方海域攻略の編成を頭で練りながら鎮守府出口へ向かい廊下を歩いて行った。食堂内では何時も通りの談笑が続いているが、何処かぎこちなく、一人食事を取っていた陽炎は居心地が悪くなり席を立つ。さっさと食堂を出た陽炎は、後ろから追いかけてくる足音に気付き踵を返す。

 

「……陽炎」

 

陽炎に追いついた不知火はバツが悪そうな表情を浮かべ、下唇を噛みながら正面へ立つ。歯切れが悪く、謝ろうにもどう弁明していいか分からず言い淀んでいる不知火に笑いを漏らす陽炎。

 

「気にしてないよ。仕方なかったもん」

 

「……本当に、悪かったわ」

 

「そうね。じゃあそのブレスレット頂戴?私指輪二個貰うから!」

 

「……それは……」

 

「じょーだんよ、冗談。間宮さんのデザート券三枚で許してあげるわ」

 

「陽炎……」

 

「……私も、何時までもうじうじしてたら性に合わないわね」

 

陽炎は食堂へ駆け出すと、一同の前に立ち大きく息を吸う。各テーブルの艦娘達は顔を見合わせると、視線を陽炎へと注ぐ。

 

「私のせいで色々誤解させちゃったみたいでごめんなさい!でも今皆がこうして笑ってご飯を食べられてるのは私のおかげでもあります!」

 

陽炎の唐突な言葉に一同は一瞬固まったが、やがて拍手と共に大歓声が生まれた。暗い出来事を暗いまま終わらせればそれは士気の低下にも繋がる。それを理解している艦娘達は全員が無事だったことも含め、大歓声と共に場を盛り上げる。調子に乗った軽空母達が酒を呑み散らかし、駆逐艦を巻き込んで陽炎を胴上げしたりと食堂内はてんやわんやとなっていた。皆薄々大規模作戦が近付いていることを察していた為、この面子と次に顔を合わせられる保証が無いことも理解している。それも含め、いざという時の為自重した数人の艦娘を除き、酒を飲み明かしどんちゃん騒ぎとなりその日は幕を閉じた。

 


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