彼は再び指揮を執る   作:shureid

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束の間の休息

「どうなの!?」

 

「…………」

 

大本営から帰還し、作戦決行が二週間後に決定した旨を朝食時に伝えたその夕方。朝霧は浴衣姿の艦娘達に囲まれ、外出許可証を突き出されていた。その日の朝霧は珍しく、秘書艦であった扶桑にちょっかいを出す事無く、黙々と書類や資料と睨み合いを続けていた。扶桑は作戦の事となると真剣に向かい合う朝霧の姿を見て、翔鶴達が好意を向けているワケを再度認識していた。途中扶桑に手を出すことを危惧した山城がちょくちょく司令室を訪れていたが、昼食も取らずデスクに居座っている姿を見て安心すると、宿舎へと戻っていった。

 

「どうぞ、余り根気を詰めすぎないで下さいね」

 

扶桑は湯呑に淹れたお茶を朝霧に差し出すと、朝霧は隈だらけの目で扶桑を見上げ湯呑を受け取った。

 

「根気詰めないとな、資源管理と艦隊編成で大規模作戦攻略はほぼ決まる」

 

そう言いながらお茶を啜った朝霧は再び書類に目を落とし、それを確認した扶桑は司令室の壁にかかっているカレンダーに目を移した。今日に向かい一週間前から×印がついており、今日の日付に二重丸が記されていた。陽炎が毎朝これ見よがしにカレンダーに×印をつけていくのを横目で見る朝が続いていたが、今日がその当日であった。

 

「提督は行かれないのですか?秋祭り」

 

横浜の下町で行われる秋祭り、その祭りを毎年心待ちにしている艦娘は多く、浴衣を買いに行ったりと祭りに向けての準備を着々と進めていた。朝霧は大規模作戦の事もあり、最低限の遠征以外は出撃を控えていた。その為多くの艦娘が鎮守府で暇を持て余している。勿論訓練を行っている者や、装備の整備に勤しむ者も居るが、基本自由の命令を受けた駆逐艦娘は滅多に無い休みを堪能していた。朝霧自身もピリピリとした雰囲気で作戦に臨むことを良しとせず、かと言って呆けすぎて緊張感を損なわぬよう、瑞鶴と翔鶴に羽目を外しすぎない様に見張りを頼んでいた。まさか夕方、その瑞鶴と翔鶴が艦娘達を引き連れ、お揃いの浴衣姿で押しかけてくるとは夢にも思わなかった。

 

「……祭り行くの?」

 

「ええ。勿論許可してくれるわよね」

 

「…………」

 

「どうなの!?」

 

後ろの駆逐艦達は既に行くことが決定しているような会話をしており、普段諌め役を担っている那智や羽黒でさえ、浴衣姿で談笑していた。此処で断ると士気に関わる可能性があるのに加え、恐らく朝霧が駄目なら秘書艦である扶桑を説得し、外出許可をもぎ取っていくだろう。鎮守府が蛻の殻になる可能性を危惧したが、瑞鶴から祭りに行かない艦娘達の名を聞き、要事に備える事は出来ることを確認する。

 

「……準備いいな。行かない奴らは納得したのか」

 

「恨みっこなしのクジ引きで決めたから大丈夫よ、お土産も勿論買ってくるわ!」

 

「…………行ってらっしゃい」

 

「やったー!」

 

その言葉に駆逐艦や潜水艦達は飛び跳ねると、扶桑に外出許可証を手渡し次々に部屋を飛び出していく。翔鶴は物欲しそうな目で朝霧を見つめていたが、姉妹水入らずで楽しんで来いとの朝霧の言葉に瑞鶴と司令室を後にしていった。やがて扶桑と二人きりに戻った司令室に浴衣に着替えた山城が顔を出し、扶桑の分も含め、二枚の外出許可証を朝霧のデスクに叩き付ける。

 

「行かせて頂きます、いいですね?」

 

「駄目よ山城。今日は私秘書艦で――」

 

「いやいいよ。行ってきな」

 

「ですが……」

 

「書類は全部やっとくし、龍驤は残るみたいだからもしものことがあっても大丈夫だよ」

 

「…………」

 

「気を遣わなくてもいいよ別に。普段頑張ってくれてるんだからこれ位のご褒美はあってもいいだろ」

 

「そうですよ姉様!書類は全部この人に押し付けて――」

 

「お前には言ってないぞ」

 

「……では、お言葉に甘えます。何かあったら直ぐ戻りますので」

 

「おう、楽しんで来い」

 

山城に引き摺られていく扶桑を見届けた後、未だ決めきられていない編成に再び頭を悩ませ始めた。祭りごとや賑やかなものが大好きな朝霧は当然参加したかったが、復帰してから初の大規模作戦に緊張を覚え、何度も何度も編成を考え直していた。大本営に出頭していた時にも殆ど眠れておらず、現在も碌な睡眠を取っていなかった。もう一息と扶桑が淹れたお茶を飲み干した瞬間、扉の向こうから短いツインテールを揺らしながら、部屋の中を覗き込んでいた龍驤の姿が視界に入る。

 

「なんや、祭り行かんかったんか?」

 

「……まーね」

 

「行って来ればええよ。ウチがみといたるし」

 

「……いやいい」

 

「良くないわ。そんな顔で指揮される身にもなってみ。息抜きも大事やで」

 

「……龍驤は俺と行きたい?」

 

「そりゃ行きたいで。でも鎮守府に誰か残っとらんとあかんからね。キミは誰か連れて楽しんできなよ」

 

朝霧は龍驤の好意を無碍にする気も起らず、進めていた書類を龍驤に手渡すと、再度お礼を言う。

 

「ありがとう」

 

「ええよ」

 

朝霧は菩薩の様な笑みを浮かべた龍驤を思わず崇め、手の平を顔の前で合わせ拝み始める。頭にチョップを入れられ、さっさと行ってこいと促された朝霧は司令室を出ると、既に日が落ち暗くなっている廊下を歩き始める。既に祭りへ行く予定であった艦娘は全員鎮守府を飛び出しており、向かった先で誰かと出店を回ろうと決め鎮守府を後にした。秋祭りは活気に溢れており、子供からお年寄りまで様々な人々が出店を楽しみ、その中に紛れている艦娘達も祭りを堪能していた。

 

「よー、満喫してんなー」

 

「あ!提督なの!」

 

頭にお面を乗せた伊19は、共に外出を勝ち取った伊8と共にフランクフルトを食べながら出店を回っていた。伊19は朝霧の腕に抱き付くと、猫なで声を上げながら視線を横の綿菓子屋に向ける。

 

「イク綿菓子食べたいな」

 

「……良いよ。はっちゃんもいるか?」

 

「うん」

 

朝霧は懐から財布を取り出し、二人分の綿菓子を購入すると腰を曲げ二人に綿菓子を手渡す。

 

「ありがとうなのー!」

 

「Danke!」

 

伊19達と別れた朝霧は、何やら射的屋の前で人だかりが出来ている事に気が付いた。人だかりを掻き分け屋台の前に出ると、見覚えのある髪型の女性が二人、勝ち取った景品を横に積み上げ、射的屋の景品を根こそぎ奪わん勢いで次々と的を落としていく。

 

「これでPerfectネ!」

 

「流石です金剛お姉様!私も負けませんよ!」

 

「おーおー。店主泣いてんじゃねえか、その辺にしとけよ」

 

「What's!?提督!来てたのネ!」

 

金剛は霧島を引き連れ、各屋台の射的屋を根こそぎ襲撃し、店主を泣かせながら景品を荒稼ぎしていた。

 

「似合ってるな、浴衣。金剛も霧島も可愛いぞ」

 

「キャー!提督大胆ネ!」

 

「ありがとうございます」

 

恐らくクジ運で参加出来なかったであろう榛名を憐れみながらも、朝霧は金剛に羽目を外しすぎない様釘を刺すとその場を後にする。目的も無くぶらぶらと歩いていると、小さな人影が二つ、金魚掬い屋の前でしゃがみ込み、唸りながら網と金魚を交互に見つめていた。

 

「もー!何よこれ!直ぐ破けちゃうじゃない!」

 

「難しいな、これは」

 

「せめて一匹くらい持って帰ってあげないと、雷と電に申し訳ないわ……」

 

「コツがあるんだよ」

 

「わっ!……ってあれ、司令官じゃない」

 

金魚掬いに悪戦苦闘していた暁は、水槽から顔を上げると、朝霧と目を合わせる。泣きそうになっていた暁を見かねた朝霧は、右手を暁へと差し出す。

 

「貸してみ」

 

朝霧は半分破けていた暁の網を受け取ると、暁と響の間にしゃがみ込み、水槽を泳ぐ金魚に狙いを定める。

 

「よっと」

 

網の端に金魚を吸い寄せると、軽々と金魚を掬い上げ響が手に持っていた器へ金魚を入れる。

 

「……!ハラショー」

 

「凄い司令!どうやったの!?」

 

「網を水につけるのは金魚を掬う一瞬だけでいいんだよ。直ぐ破けるからな」

 

「貸して!やってみるわ!」

 

朝霧は暁に網を返し立ち上がると、頑張れよと頭を撫で、子供扱いしないでと暁に反発された所で踵を返すと、他の艦娘を探しにぶらぶらと出店を回り始めた。

 


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