彼は再び指揮を執る   作:shureid

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彼は指揮する

「はぁ…………」

 

演習から戻った龍驤は、まるでホテルの大浴場のような入渠ドックで、一人溜息を吐いていた。朝霧提督の問題は、時間が解決してくれるはずだとの御達しを、大本営から受け会いに行くことはしなかった。しかし、いつまで経っても彼は戻らない。自分の気持ちも整理ができた龍驤は、三年ぶりに会いに行くことを決意した。やはり、久々に会った提督は、まるで別人のように変貌していた。眠れないのだろう、目の下には濃い隈を浮かべ、口調を軽口だったものから、ぶっきらぼうなものになっていた。別に自分は喧嘩しに行ったのではない、話がしたかった。自分達は提督を決して恨んではいないし、蔑んでもいない、また戻ってきて欲しいと。しかし、かみ合わない会話に思わず感情を爆発させてしまい、すぐに別れてしまった。

 

「……確か不知火があいつの住所聞いてきとったな……会いに行ったんやろか」

 

道中、携帯電話を使い大本営へ連絡を取っていた朝霧は、通話を終えポケットに携帯をしまう。

 

「やっぱり戻る旨を伝えていたのですか?」

 

「いや、とりあえず横鎮に入る許可を貰った。今日日IDがないと入れないからな」

 

深海棲艦が艦娘に化けることがあると言う事実から、鎮守府のセキュリティーは今までの手薄なものから、厳重なものとなっていた。一応未だ軍属とはいえ、知った顔がいないのではすんなり入ることが出来ないと考え、大本営に話を先に通していた。横浜鎮守府に着いた二人は、番兵に挟まれた門を潜る。

 

「19040朝霧」

 

「ご苦労様です」

 

大本営が素早い手回しをしたのだろう、番兵に明かす身分として、大本営から不規則な数字の羅列をその場で伝えられ、仮の身分証明とした。多少改修が行われたが、根本は変わらないその鎮守府に、思わず着任当時の光景がフラッシュバックし、立ち眩みを起こす。不知火はふらついた朝霧の背中を支える。

 

「あまり無理はなさらないでください」

 

「気にするな、少し日を浴びすぎただけだ」

 

不知火は第七駆逐隊の部屋へと朝霧を案内するために、少し前を歩き先導し始めた。鎮守府の宿舎へと足を踏み入れようとした瞬間、目の前から懐かしい顔の少女が歩いてきていることに朝霧は気付いた。薄緑色のツインテールを垂れ下げ、空母特有の弓道着に身を包んだ少女は、不知火と一緒に居るのが朝霧だということに気付いた。少女は足を止め、目を見開き、呆然と立ち尽くすと、ようやく声を絞り出した。

 

「提督……さんなの……?」

 

「……瑞鶴か」

 

本日秘書艦を担当していた、正規空母五航戦瑞鶴は、少し遅めのご飯を食べに食堂へ向かう最中だった。あの日、姉の翔鶴と共に、後方支援艦隊に所属していた二人は、出撃した直後に異変を伝えられ、轟沈の危険にさらされることはなかった。朝霧はバツが悪そうな表情を浮かべると、瑞鶴の反応を待った。瑞鶴は身長差から朝霧を少し見上げると、敵意を含んだ目で睨みつける。

 

「……今更何しにきたのよ」

 

不知火が、朝霧は自分が呼んだことを説明しようとしたが、朝霧に手で制される。

 

「戻ってきたら悪いのか?」

 

「ふん、どうでもいいわよ。どうせあんたの居場所はどこにもないわ」

 

瑞鶴は鼻を鳴らし、そう言い放つと、朝霧の横を通り過ぎ宿舎を出ていく。

 

「まあ、予想していたことだが、古参の連中には随分嫌われてるな……さっき聞いたが今ここに提督は居ないんだろ?」

 

「今現在この鎮守府には提督が着任していない状況が続いています、前提督は一月程前に除名になってしまいました」

 

「ここは鎮守府の要だろ、提督が居なくていいのか?」

 

「はい、その繋ぎとして龍驤さんや瑞鶴さんなどが秘書艦兼提督を務めることがあったのですが……その手腕を鎮守府の面々から推され、経験豊富な龍驤さんや瑞鶴さん、翔鶴さんが提督をやるべきだと皆が大本営に進言しました。最初は大本営の方も不安がっていたのですが、蓋を開けてみれば下手な提督より的確な指示を出すとのことで、未だに提督の席は空白になっているのです」

 

「とっかひっかえ代わる提督よりは遥かにマシだろうな」

 

「しかし、業務が大変ですし、やはり提督という存在は欲しいところですね」

 

不知火は期待を込めた眼差しを、息を切らしながら階段を登っている朝霧に向ける。

 

「歓迎されてないみたいだがな」

 

不知火の部屋へと向かう道中、様々な艦娘とすれ違ったが、提督の顔を知らぬ者はみな私服の男が艦娘の宿舎を歩いている事に疑問を浮かべていた。

その中で、かつて朝霧の下で指揮を受けていた艦娘三人と対面していた。

 

「あれー!お久しぶりー!私のこと覚えてるー?」

 

軽巡川内型の三番艦那珂は、マイクを持つ仕草をした右手を上げ、提督を見ても変わらぬ笑顔を浮かべる。

 

「……提督じゃん、今更どうしたの?」

 

「姉さん……」

 

同じ川内型の一番艦の川内は、明らかに不快そうな表情を浮かべ、見下すような視線を送る。その隣二番艦神通は、不安そうにその動向を見守っている。

 

「野暮用だ」

 

横の不知火は口を挟まずに、体を壁に寄せると、それぞれの顔を見渡す。

 

「もしかしてまた提督になるつもりなの?あんな大変な時逃げ出しといて」

 

「…………」

 

朝霧は答えない。それがまぎれもない事実だからこそ、言い訳をせずに川内の辛辣な言葉を受け止めていた。

 

「まあいいや、今ここ提督いないし、空母の先輩達に苦労かけてらんないからね」

 

川内はそう言い残し、提督の横を通り過ぎていく。神通は慌ててその後を追い、提督とすれ違う時にも目を合わせようとしなかった。

 

「んー……随分嫌われちゃってるね、提督」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「私は別に気にしてないよ、仕方なかったことだし……あ!もし提督に戻ったなら那珂ちゃんをセンターにお願いしまーす!」

 

那珂はハキハキとした声で言うと、頭を軽く下げ、二人の姉妹の後を追っていった。

 

「……もう少しで部屋です」

 

そこから一分程歩いた所で、不知火は足を止め自室の前で提督と向きなおす。

 

「ここが不知火達の部屋です」

 

不知火は三回ほどノックし、中から陽炎の返事が聞こえたことを確認すると、ドアノブを捻り、ドアを開き、朝霧に部屋に入るように促した。

 

「入ります」

 

「不知火ー、意外と早かった……ね?」

 

「如月ちゃん……あの人は?」

 

「さっき陽炎ちゃんから聞いてた人じゃないかしら」

 

「誰?っぽい」

 

陽炎達はドアから入ってくる人物が不知火とばかり思っていたが、そのドアをくぐった人物は、自分達の知らない男だった。その後に不知火が続き、ドアを閉めると、疑問を解消するために一同の前に一歩踏み出す。

 

「こちら朝霧提督です、第七駆逐隊に会ってみると足を運んでいただきました」

 

朝霧はその部屋で様々な寛ぎ方をしている面々を見渡し、適当な空いた椅子を探すと腰掛ける。

 

「そういうことだ、一応自己紹介しておくと三年前まで此処の提督をやっていた」

 

「三年前……?あの時の提督さんっぽい!?凄い人だって聞いてるっぽいよ!」

 

夕立は犬のように飛び跳ねると、提督に駆け寄り顔を見上げる。睦月も好奇心から朝霧に近寄るが、そのやつれた表情を見て少し驚き距離を取る。

 

「では、皆さん御揃いのようですしこれから――」

 

不知火が演習に関する会議を始めようと、陽炎の寝転んでいるベッドに近寄ろうとした瞬間、その部屋のドアが勢いよく開かれた。ドアを蹴破らんとする勢いで部屋に転がり込んできたのは、吹雪型駆逐艦の一番艦、吹雪だった。その部屋の全員がぎょっとした表情で、汗まみれで息を切らしている吹雪に目を向ける。

 

「どうしたの吹雪ちゃん!?」

 

夕立は手を床に着いている吹雪に駆け寄ると、肩に手を置く。

 

「第六駆逐隊のみんながっ……ハァ……ハァ……遠征中に深海棲艦に襲われたって……」

 

「暁ちゃん達が!?」

 

吹雪は肺から溢れて来る空気を飲み込み、しどろもどろになりながらも今の状況を伝える。

朝霧は俯きながら話を黙って聞き、他の面々は心配そうな表情を浮かべ、中でも陽炎は貧乏ゆすりをし、今すぐ駆けつけたい衝動を抑えていた。吹雪の話を不知火がまとめると、タンカーの護衛任務に遠征していた第六駆逐隊、暁、響、雷、電の四人は、比較的安全な海域にも関わらず、凶悪な深海棲艦に襲われたと打電が入った。

 

「それで暁達は……」

 

「何とか逃げられたみたい。でも雷ちゃんと暁ちゃんの艤装が完全に壊れちゃって浸水したみたいで……今は近くの珊瑚礁地帯の浅瀬に避難してるって」

 

「私達は今動くことが出来ますが、出撃の命令ですか?」

 

「いや!兎に角司令室に来てって瑞鶴さんがっ!」

 

その言葉を聞いた陽炎達は、真っ先に部屋の外へと向かい、指令室に向かい駆け出す。

不知火は朝霧の顔へ視線を向けると、朝霧は顎で司令室を指した。

 

「本当にすみません」

 

不知火は申し訳無さそうに頭を下げると、陽炎達の後を追った。

 

「タンカーはどうなった?」

 

「えっと……損害無く目的地に辿りついたそうですが……」

 

「護衛なしでか?」

 

「はい、深海棲艦が狙ったのは暁ちゃん達だけだったそうなので」

 

「…………………もしかしてな」

 

吹雪と二人取り残された朝霧は、顔を上げ立ち上がると吹雪に歩み寄り、手を差し出す。小さく頭を下げ、差し出された手を掴んだ吹雪は、多少よろけながら立ち上がる。それを確認すると朝霧は部屋の外へと足を向ける。この男は誰なのかと疑問を浮かべている吹雪を傍目で見ながら、朝霧は低く唸り司令室へと走り出す。

 

「暁達はっ!?」

 

ノックをすることも忘れ、指令室に飛び込んでいった第七駆逐隊の面々は、部屋に取り付けられている無線機と睨めっこしている翔鶴と、デスクに向かっている瑞鶴の姿を確認し、すぐさま横に並ぶ。食堂へ向かうはずだった瑞鶴は、道中その打電を聞きつけ、一緒に居た吹雪に第七駆逐隊を呼んでくるように伝えると、大急ぎで司令室に戻ってきていた。瑞鶴はそれを受けて椅子から腰を上げると、重い足取りで駆逐隊の前に立つ。背筋を伸ばし、敬礼すると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている瑞鶴の言葉を待った。

 

「話は吹雪から聞いたようね、とりあえずは安全よ……でも、あの海域に戦艦タ級や空母ヲ級がいるなんて……」

 

敵深海棲艦の強さのランクは、イロハ順に分かれており、その中でも戦艦級、空母級は艦娘側と同じで駆逐艦からすれば脅威そのものだった。遠征で深海棲艦に襲われることは珍しくはないが、今までそれは駆逐艦級と、脅威になり得ないものばかりだった。第六駆逐隊が襲われた海域には、軽巡ヘ級程度までしか確認されておらず、第六駆逐隊のみで事足りるという大本営の判断だった。

 

「すぐ助けに行きます!」

 

駆逐艦同士は基本的に仲間意識が非常に高い。仕事は遠征の護衛任務や、戦艦や空母のバックアップ。そんな立場から妬みが生まれることもある駆逐艦だが、その中で切磋琢磨していこうという意識があり、そのことについて語りあったりすることもある。他の艦種は仲が悪いという訳ではないが、駆逐艦娘は特に仲が良く、その中でもよく話したことがある第六駆逐隊の面々に危険が訪れたとあっては、陽炎は気が気ではなかった。

 

「ええ、でもあそこ一帯はまだ危険があるわ。今、手の空いてる重巡が――」

 

その時、司令室のドアがゆっくりと開き、中に入ってきた人物を見て、瑞鶴は顔を引きつらせて睨み付ける。翔鶴は驚いたという表情を浮かべながら、無線機の前の椅子から立ち上がり、朝霧の顔を見つめる。

 

「何しにきたの?」

 

「翔鶴、呉鎮と舞鎮の電話番号が入ったファイルはどこにある?」

 

「えっ……あ、今お持ちします」

 

朝霧は瑞鶴と目も合わせずに横を通り過ぎると、提督用のデスクに置かれた受話器を取ると、ファイルを漁っている翔鶴を待った。

 

「ちょっとっ!何するつもりっ!?」

 

「俺が指揮を執る」

 

「ハァ!?いきなり何よ!」

 

瑞鶴は噛み付かんとする勢いで朝霧に詰め寄ると、受話器を掴んでいる左手首を右手で掴む。興奮した艦娘の力に締め付けられた手首は、血の流れを塞き止め、手首に激痛が走る。

 

「いい加減にしてよね!いきなり戻ってきたと思ったら今度は――」

 

「時間がないから愚痴は後で聞いてやる。翔鶴、あったか?」

 

「はい、こちらです……瑞鶴?」

 

「っ…………翔鶴姉……分かったわよ」

 

朝霧は右手でファイルを受け取ると、瑞鶴が手を離し自由となった左手でファイルに記載されている他鎮守府の番号を打ち込んでいく。

 

「他に何か出来ることは?」

 

その言葉に手を止め、顔を上げ翔鶴と目を合わせる。翔鶴は、他の朝霧を知る艦娘とは違い当然のように朝霧の指示を仰ぎ、変わらぬ表情を浮かべている。その表情を見た朝霧は今更ながら、その意中を問う。

 

「……いきなり来た俺を信じるのか?」

 

「はい、私の提督ですから」

 

「……そうか」

 

「ああもう!分かったわよっ!とりあえず聞いてあげるわ!」

 

瑞鶴は大きく舌打ちすると、呆然と成り行きを見つめていた第七駆逐隊の前に立ち、回れ右をする。それに合わせて翔鶴も瑞鶴と並び、朝霧の指示を待った。この瞬間から、三年前に止まっていた時間がようやく先へと刻み始めた。その時計の進んだ先には何があるのかは分からないが、一度進めてしまったものは止めることは出来ても、もう戻すことは出来ない。

朝霧は、再びこの時計を自ら止めてしまうようなことがあったなら、自ら命を絶つことを決心し、その思いを胸に秘めながら受話器に耳を当てた。

 


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