彼は再び指揮を執る   作:shureid

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睦月型駆逐艦の戦い

「何かあったの」

 

「司令?それが――」

 

数コール後に電話が取られたのを確認した如月は、朝霧に要件を端的に伝えていく。船の救助に向かう旨を伝え終えた後、無言で唸っている朝霧に少しの不安を覚えた。上官である朝霧が出撃要請を拒否すれば二人は海へ出る事が叶わない。現時点が作戦中である事を考慮すれば、拒否される可能性も十二分に有り得た。渋っている朝霧に如月は出発前に朝霧に言われた言葉を反芻し、それをそのまま口に出す。

 

「これは如月達にしか出来ない事よ、あなた」

 

「…………一つ」

 

「何?」

 

「やるからには絶対に助けろよ」

 

「ええ、ありがとう」

 

如月は通話を切り携帯電話をポケットへ放り込むと睦月と肩を並べる。

 

「どうだったの?」

 

「大丈夫だって、急ぎましょう」

 

「うん!」

 

携帯電話をテーブルの上へと置いた朝霧は、盃が空になっている事に気付き、一升瓶に手を伸ばす。加賀は先に一升瓶を手に取ると、目で合図し朝霧は盃を差し出す。

 

「色々と大変なのですね」

 

「まったくな」

 

朝霧は艦娘に対して信頼を置いているのと同じ程度、現実的に物事を考えている。睦月型は火力に乏しく、耐久や装甲も薄い。その事を考慮して真っ先に本隊から二人を外し他鎮守府への警護に充てていた。敵重巡を屠る火力も無ければ、敵重巡から守る装甲も無い、だからこそ二人は自分達に出来る事を知っている。持たざるが故に自らの幅を理解している。それは戦闘において非常に有効な、一つの才能だった。敵に及ばなければ恥じる事無く撤退する、血の気が多い駆逐艦娘の誰もが出来る芸当では無い。それが睦月型の出来る事であり、睦月型の戦いだった。だからこそ朝霧は二人のみの出撃を許可していた。

港付近まで辿り着いた二人は、息をゆっくり整えながら肩にかけていたバッグを降ろし、漁港付近に人だかりが出来ているのを確認し歩み寄った。言い合いを続けている輪から外れている若い男性を見つけ、如月は声をかける。

 

「あの」

 

「ん?何だいお嬢ちゃん達」

 

「どなたか船で沖へ出ていったのですか?」

 

「ああ、それで助けに船を出すのに、色々モメててな……この様子だとまだ決まりそうにないな」

 

「睦月ちゃん」

 

如月は目線で睦月に合図すると、降ろしたバッグに駆け寄り中に入っている艤装を手に取る。

手慣れた手付きで艤装を装備すると、バッグの奥にしまわれていた三式ソナーと三式爆雷に目が留まる。艦娘は装備出来る艤装の数が固定されている。

現段階の睦月と如月には三つの装備が可能になっており、基本的には主砲を二つ、加えて魚雷や電探が主流になっている。今は作戦期間中であり、数が多くない電探は皆本隊に集められており、今の如月達には主砲が二つ、魚雷が一つ装備されていた。

 

「……睦月ちゃん、このソナー。持っていくわね」

 

「……うん。睦月は爆雷持っていくね」

 

二人は主砲の一つの代わりにそれぞれ三式ソナー、三式魚雷を装備すると、踵を返し先程話しかけた男性の元へと駆け出した。現実的な選択をすると、睦月型の主砲が二つから一つになった所で、倒せる敵駆逐艦が数隻から二隻になる程の変化しかない。だからこそ、もし潜水艦が居た時の事を考え、二人は貴重な装備の枠に対潜水艦装備を装着した。砲雷撃戦は華であり憧れでもある。しかし二人は理より実を取っていた。如月達の様子を傍観し、呆気に取られていた男性は、我に返ると如月達と向かい合う。

 

「お嬢ちゃん達……艦娘だったのか」

 

「はい、移動中のトラブルで少し寄り道を。救助は私達に任せて下さい」

 

「そうだな……時間が無い、頼めるか?爺様方には俺が話しておくよ」

 

「はい、その船の向かった方角は?」

 

「この港をそのまま直進していったそうだ。あのクルーザーはもう古くて速度は出ない。もしかしたら追いつけるかもしれん」

 

「任せて下さい」

 

二人は勢い良く海へ向かい駆け出すと、地面を蹴り上げまるで走り幅跳びの様に海へ向かい飛び出す。

 

「駆逐艦如月、出撃します!」

 

「如月ちゃんと睦月の艦隊!いざ参りますよー!」

 

海へ降り立った二人は速力を上げ、水平線へ向かい海を駆け始めた。その様子を傍観していた男性達は呆気に取られながら、二人の背中が小さくなるまで立ち尽くしていた。その日は雲がほんの少しだけ太陽にかかっているものの、日差しが海面に照り付けている快晴であり、見晴らしもよく波も穏やかだった。電探や偵察機が無い事が不便で仕方なかったが、無い物ねだりである事が分かっていた如月は声には出さず周囲を警戒しながら先へ進んで行く。五海里程直進した地点で如月は速力を落とし眉間に皺を寄せ周囲を見渡す。つられて睦月も敵影を確認するが、それらしき物は見当たらない。その様子を横目で見た如月は右手の人差し指を二時の方向へと向ける。

 

「如月ちゃん?」

 

「……よく見て」

 

睦月は如月に促され、指差された方向を凝視する。水平線上に見える黒い点、それが深海棲艦である事を睦月は即座に把握し如月に視線を移す。如月はその指を三時の方向へ向け、遥か先の海面を指し示す。そこには船舶等が走行した跡である航跡が伸びており、その航跡は五時の方向へと旋回している。

 

「如月ちゃんッ!」

 

如月は思考を巡らすより先に足を五時の方角へと踏み出し、全速力で航跡を目指し海面を疾走する。その後を睦月が追い、ただ速く滑る事のみを考え航跡をなぞる様に船を追う。

 

「見えたッ……!」

 

航跡が続く水平線の先、二時の方角から迫り来る深海棲艦から逃げる様に旋回している船の姿を捉えた。深海棲艦より先に船に辿り着く為、更に速力を上げる。二人は一言も発さず、歯を食い縛りながら全力で海面を蹴り上げ風を切る。

 

 

 

思えば馬鹿な事をした。舵を取りながら何度も後悔に震える手を無理矢理抑えつける。何時もの喧嘩からヤケになり、海へ繰り出したのが間違いだった。こんなご時世護衛を随伴させずに海へ出る事の愚かさは、きつく両親から言いつけられていた。後ろからは黒い悪魔が自分を追っている、祖父が残した年代物のこのクルーザーでは逃げ切れる筈も無い、後一分もすれば追いつかれるだろう。流れる涙を拭う気力は無く、ハンドルを取る手により無理矢理体を立たせているだけだった。ガソリンの残量を指し示す針は、既に空の方向へと振り切っている。どちらにせよ追いつかれるのは時間の問題だった。やがて船はゆっくりと速度を落としながら動きを緩めていく。これから確実に死ぬと分かってしまうと、恐怖で頭が支配され何を考えられなくなる。現に自分は今、ただ深海棲艦に背を向け舵を取る事しか出来ない。刻々と近付く処刑の時間に気が狂いそうになり、ついに全体重を支えていた手を離してしまい尻が床へと叩き付けられる。振り返れば確実に深海棲艦と目が合う事になる。まるで視線を固定されたかの様に前を見つめる事しか出来なかった。やがて腹の奥まで突き抜ける様な轟音と共に、船の前方に視界を遮る程の高い水飛沫が上がる。再び響いた轟音に次は無いと目を瞑り、両親の事を思い浮かべた。

 

(ごめんッ……)

 

 

 

「如月ちゃんッ!」

 

しかし、その瞬間耳に届いたのは自分の船が木端微塵になる音では無く、こんな所で響く筈の無い少女の悲鳴だった。その悲痛な叫びに思わず体を背後へ捻り状況を確認する。すると直後、クルーザーの後方に何か重い物が叩き付けられた様な、鈍い音が響き渡った。震える足を殴りつけ、船の後方へと歩み寄ると、そこにはあらぬ方向へと曲がった左腕から血を滴らせ、顔に無数の痣を作っている少女が肩で息をしながら立ち上がっていた。少女は自分の存在に気付き、振り返ると安堵した表情を浮かべる。

 

「良かった……ハァハァ……間に合ったみたいね」

 

「その怪我……それに……艦娘……?」

 

こんな場所に船も無く人間が居る事の意味は、海の仕事の手伝いに携わっていた身なら考えるまでも無かった。

 

「少し……待ってて……ね。今片付けるから」

 

「如月ちゃんッ!大丈夫!?」

 

「ええ……それより――」

 

如月は笑みを残したまま船から飛び降りると、急いで駆け寄って来た睦月を諌める。すぐさま深海棲艦へと視線を移すと、その数を目視で確認する。

 

「駆逐艦が二隻だけ……行ける……わね」

 

 

「うん、行くよ如月ちゃん」

 

睦月は如月の身が心配であったが、先ずは深海棲艦を倒す事が先決だと判断し主砲を駆逐艦へ向ける。

 

「主砲、撃ちます!」

 

如月は痛みに顔を歪めながらも、狙いを定め主砲を深海棲艦目掛け撃ち抜く。睦月と同時に発射された砲弾は、放物線を描きながら深海棲艦の直上へと吸い込まれていく。やがて爆音と共に火柱を上げ、煙が晴れた先には駆逐艦二隻の姿は無く、残骸が海上を漂っていた。

 

「轟沈確認……」

 

「うん、それより如月ちゃん!大丈夫なの!?」

 

身を挺して深海棲艦の砲撃から船を守った如月は肩で息をしており、魚雷管は使い物にならなくなっていた。睦月に肩を借り、体を預けた満身創痍の如月は意識を何とか保とうと唇を噛み締める。

 

「ええ……早く……戻りましょうか……」

 

朦朧とする意識の中、如月は睦月に心配をかけぬ様笑顔を向けるが、無事だったソナーが反応している事に目を見開く。ソナーには三時の方角に敵影が映っており、凄まじい勢いで距離を詰めている。

 

「潜水――」

 

敵砲撃の直撃により意識が薄れ、注意力が散漫していた如月は、既に自分達が潜水艦による魚雷の射程圏内に入っていた事に気付いていなかった。その事を理解した直後、白い泡を吹き上げながら一直線に向かう魚雷を目視で確認する。如月は咄嗟に睦月を突き飛ばすと、睦月を庇う様に魚雷に背を向ける。

 

「きさ――」

 

爆風で吹き飛ばされる睦月の目に映ったのは、背中の艤装から火を上げながら海面に叩き付けられる如月の姿だった。海面を転がる様に吹き飛ばされた睦月は直ぐに顔を上げるが、睦月の視界には如月の姿は映っていなかった。半分沈んでいた片足を無理矢理引っ張り上げ立ち上がり、周囲を見渡すが如月の姿は何処にも無い。声を上げようとするが、肺から上手く空気を吐き出せない。泣きそうになりながら周囲を見渡すと、とある物が視界に入り絶句する。

 

 

そこにはただ一つ、如月の艤装が海面を漂っていた。

 


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