彼は再び指揮を執る   作:shureid

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意中の人

意識が暗闇に溶けていた様な、何も考えられないそんな感じだった。最初に呼ばれた時とは違う、本当に不愉快な真っ暗闇。どれだけそうしてたかは知らないけど、凄く懐かしい感覚があたしの中に流れ込んできた。急に寒い海底から海の上に引き上げられた様な、そこにはやっぱり海底とは違う温かさがあった。沈んだ瞬間、皆とは違って特に悔いは無かった。次に生まれる時は戦艦か空母が良いなーなんて思ってたくらいだ。そう思ってたけど、ホントの最期の瞬間、一つだけ悔いが浮かんだ。馬鹿で、頭が良くて、ヘタレで、実は泣き虫なあの提督。あたしが居なくても大丈夫かなーって。何だかんだ着任したてから一番長く傍に居たから、そりゃそう言う情も湧いちゃうよね。結局、伝えられなかったなー。まあ、一回伝えようとしたけど、恥ずかしくてはぐらかしちゃったし。それだけが心残りだったかな。段々意識が鮮明になって来る。体があるっていいねー。生きてるって感じするよ。

ホントに戦艦や空母になってないか期待したけど。

やっぱり、あたしは重雷装艦だった。

 

 

「えーと、やっほー提督、久しぶり」

 

久しぶりすぎて何を言えばいいか分からなかったから、とりあえず挨拶してみる。おー、提督かなり老けてる。浦島太郎の気分だよ。そう思って周りの連中を見渡してみると全然変わってなかった。まぁ艦娘だしねぇ。

 

「えー、あたしの事もしかして忘れちゃったー?」

 

未だに阿保面浮かべてる提督の顔を見上げてみる。と言うか提督なのに軍服着なくても大丈夫なのかな。老けてると言うかやつれたみたいに見える。まぁ提督の事だから、あの後どうなったかは想像つくけど。

 

「……お前の間抜け面がまた見られてよかったよ」

 

「お、言うねー。感動の再会って場面じゃないの?」

 

素直じゃないなー、顔見ればどれだけあたしの事待ってたか直ぐ分かるのに。それと提督の後ろには嘗て戦った仲間の顔があった。でもそれは随分少なくて、やっぱりそう言う事だったんだと実感する。とりあえず近くに居た唯一の主力艦隊出身の龍驤にどれくらい経ったか聞いてみる。

 

「どれ位経ったの?」

 

「三年と三ヶ月、待たせすぎやアホ」

 

「ごめんごめん」

 

腰からぶら下がってる魚雷を見て改めて帰って来た事を実感する。そうなると、お腹が空くし、甘い物も食べたくなる。

 

「とりあえず間宮アイス食べにいきたいねぇ」

 

「那珂ちゃん賛成ー!」

 

「じゃあ私も……」

 

「……そうね。復帰祝いってところかしら」

 

那珂と神通の様子は特に変わらなさそうだ。ただ瑞鶴さんと翔鶴さんは何か逞しくなってる様な気がする。それと、翔鶴さんの薬指に嵌っている指輪が死ぬ程気になってしまう。もう沈むのはゴメンだけど。

 

「さんせーい」

 

「いいぞー、行くか。全部川内の奢りで」

 

「なんで!?」

 

「毎晩喧しいって苦情が来てるからよ。悔い改めろよ」

 

「あー、そう言う事言うんだ。私提督の秘密知ってるんだよー。言っちゃうよー」

 

「俺疚しい事とか一切無いんで」

 

「この前司令室で疲れて寝てる瑞鶴さんの胸揉んで――」

 

「誤解です」

 

「……瑞鶴の、何ですって?」

 

「いや誤解だよ。まず揉む胸が無いから。せめて翔鶴位まで育ってからどうぞ」

 

「じゃああれなんだったの?」

 

「擦ってた」

 

瑞鶴と翔鶴にお尻を蹴られながら食堂へ連行されていく提督を見て思わず笑ってしまう。そうだよねー。此処が私の場所だったっけ。とりあえず艤装は置いて行こう、重いし。後から続いていく龍驤に走って追いつくと肩を並べて歩き出す。

 

「変わらないねえ」

 

「せやなぁ、けど大変やったで。あの後捻くれた提督が引き籠ってなぁ」

 

「へー。それで帰って来たの?」

 

「……まぁ、そやなあ」

 

恥ずかしそうに頬を掻きながら言う龍驤を見て、誰が提督を連れ戻したのか直ぐに分かった。

 

「で、あの指輪何なの?」

 

「あれなぁ。ケッコンカッコカリとか言うて、艦娘の能力を引き上げられる代物らしいわ」

 

結婚、カッコカリとか言ってるけど、指輪渡して薬指に嵌めてる時点でそう言う事なんじゃないの。あーあ、相手は翔鶴さんかー。先寄越されちゃったな。となると、龍驤も失恋仲間なのかな。結局主力艦隊比叡さん以外皆提督の事好きだったみたいだからねえ。そんなあたしの心中を知ってか知らずか、意中の提督は相変わらずセクハラでぼこぼこにされちゃってる。川内にまで嬲られてるのは流石に可哀そうな気もするけど自業自得か。

 

「生き残ったのは龍驤だけ、なのー?」

 

「いきなり重い質問やな……ウチ以外全員沈んでしもたわ。現時点じゃ金剛、赤城、加賀は建造されとるけど、戻って来れたのはあんただけや」

 

「戻って来れたって?」

 

「普通は沈んだ艦娘が次建造される時は記憶も練度も綺麗サッパリ無くなってるんやけどな。深海棲艦から艤装が解放される時があるらしいんや。それで建造した艦娘はあんたみたいに記憶と練度を持って建造されるんや」

 

「私はそれで拾われたってワケね」

 

「佐世保鎮守府で比叡らしき艤装も引き取られたし、もしかしたら勢揃いなんて事もあるかもしれんなあ」

 

「……勢揃いかぁ」

 

縁起悪そうだけど。あの面々とやる作戦は確かに心地よかった。そのもしかしたらが実現する可能性はあるのかなーと考えてる内に、食堂に着いた。おお、懐かしい。全然変わってないなーこの食堂も。皆が適当に席に座っていく中。あたしは厨房に近付いて間宮さんに挨拶しに行く。中を覗いてみると忙しそうに料理の仕込みをしてる間宮さんの姿があった。向こうは直ぐこっちに気付いて変わらぬ笑みを浮かべてくれる。

 

「お久しぶりですね」

 

「やっほー、また間宮さんの美味しい料理食べられるの、感激」

 

「誰かさんと同じ事仰いますね」

 

間宮さんは甘味の準備をしながらテーブルに突っ伏している提督に視線を向けた、成る程ね。

厨房を出てみると、提督の両端は既に予約席だったのか、翔鶴さんと龍驤が座っていた。川内達は一つ隣のテーブルで待ち遠しそうに甘味の話題で盛り上がっていた。テーブルに突っ伏した提督の懐を弄って、甘味引換券を奪い取った瑞鶴さんが、嬉しそうにその券を間宮さんの所に持っていく。ああ、ご愁傷様提督。提督も好きだもんねー間宮デザート。好きなだけ食べれちゃうと皆ずっと食べてキリが無いから引換券制にしたんだよね。提督と龍驤がよく取っ組み合いで引換券を奪い合ってたのを思い出すよー。

まあそんな感じで久しぶりのデザートを堪能した後は、提督に勧められて鎮守府内を見回る事にした。と言っても、変わらないし流石に覚えてるから特に感慨深い事も無かった。ただ、見慣れない顔ばかりって言うのは変な感じだったねえ。そんな中、見覚えのある顔が向かいから歩いて来てるのに気付いた。龍驤の話だとあっちは覚えてないだろうから、初めましてでいいかな。

 

「Oh!Newfaceネ!」

 

「初めましてー、北上です」

 

「金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!」

 

相変わらず変な片言で喋る金剛さんの懐かしい顔を眺めながら、横を通り過ぎる。まぁ、あれだけ一緒に戦って覚えてないのはちょっと寂しい気もするけどね。さて、これで宿舎以外は大体見回ったかな。外は段々暗くなって来てるし、そろそろ夕飯時かぁ。とりあえず司令室に戻ってみるかな。懐かしの司令室が直ぐ近くだった事もあって、夕飯まで司令室でのんびり過ごす事にした。扉の前まで来ると、ノックしようか迷ったけど特に必要無いと思ってドアを開ける。

 

「あーらら……」

 

夕暮れの司令室のソファーで、提督と龍驤が肩を寄せ合いながらうたた寝してるのを見てしまった。よくよく気になってた龍驤の指輪の事も考えて、もしかしたら提督は一夫多妻制みたいな暴挙に走ったんじゃないかと勘繰ってしまう。それでも、この二人を見てると――。

 

 

「はぁー」

 

もう太陽が沈む寸前、あたしは食欲も湧かず一人防波堤に座って海を見て黄昏てた。遅刻したあたしに元から入る余地なんて無かったんだ。翔鶴さんの時で覚悟はしてたけど。

いや待てよ、一夫多妻制ならあたしにも――。

 

「おー、何黄昏てんだよ」

 

そんな時、ナイスタイミングか、将又最悪なタイミングか。提督があたしの横に座り込んでくる。

 

「何さー」

 

「飯、わざわざ呼びに来てやったんだよ」

 

「……食欲無い」

 

今までだったら引っ張って連れてかれた所だけど、帰って来たばかりのあたしを気遣ってか、提督はそれ以上何も言わずにあたしと一緒に海を眺めていた。どれ位そこに居たんだろう、日が完全に落ちて辺りが真っ暗になる。

 

「もうご飯無いよ、お腹空いてたんじゃないの?」

 

「誰のせいだと思ってんだよ」

 

「さあ」

 

さて、まあ、気持ちの整理もついたし、そろそろ戻りますかね。だけど提督はあたしが立ち上がった後も、一人海を見続けていた。

 

「戻らないの?」

 

「……あー、そのなんだ」

 

お、この提督の反応。変わってないなー。何時も言いたい事はズバズバ言うのに、恥ずかしい事は急に歯切れ悪くなるんだよね。言いたい事は大体わかるけど、悪戯心からあえて問いただしてみる。

 

「何々?」

 

「まあ……」

 

「何さー」

 

「……えー、そのな」

 

「うん」

 

「嬉しかったよ、お前が帰って来て。その、これでやっと横鎮に雷巡が増えるしな」

 

素直じゃないなあ。でもこんなヘタレが、自分の意志でちゃんと指輪を渡したんだよね。

あたしにはくれないのかなー。前鎮守府に居た時は気持ちそこそこだったけど、今こうして帰って来たらこの気持ちがより強くなってるのが分かる。

 

「ねえ、提督好きな人出来たの?」

 

「ぶっ!」

 

いきなりすぎたか、提督があまりのぶっ飛んだ質問に吹き出してしまう。

 

「……ああ、出来たよ」

 

「龍驤?」

 

「…………見てたのか」

 

「さあねえ。じゃあ何で翔鶴さんに指輪渡したの?」

 

「練度が足りなかったんだよ。あれは練度が足りてない艦娘がつけても意味無いからな」

 

成る程、そう言う事だったのね。って事はあたしの練度凄い事になってる筈だしもしかしたら。

 

「まあ……その…………ウチらいい感じだった……じゃん?」

 

駄目だ、あたしもヘタレだった。肝心な事を言おうとしたら言い淀んじゃう。これじゃ前と変わらないなー。

 

「………………いや、何でもない。もう戻るよ―」

 

あー恥ずかしい。提督に背を向けてさっさと建物に戻ろうとした時、後ろから声をかけられる。

 

「指輪は無理だけど、同じ位良い物やるよ」

 

「…………楽しみにしとくよー」

 

何かな、同じ位ってそれってつまり指輪をくれるって事と同じ意味なんじゃないの。嬉しいねえ。何より提督の口から、あたしに指輪をくれるって言ってくれたのが。自然とスキップになっていたのにも気付かない位浮かれたあたしは、直ぐにお風呂を済ませて布団へ飛び込んだ。

散々眠ってた筈だけど、今夜はよく眠れそうだよ。

 


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