彼は再び指揮を執る   作:shureid

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曙と朝霧提督

違う鎮守府の門を潜るのは何度目になるのだろうか。綾波型八番艦の曙はサイドにまとめた紫色の髪を揺らしながら物思いに耽っていた。その重い足を何とか前に進ませながら番兵に了承を得て、昼時で賑わっている横浜鎮守府の門を潜る。南方作戦が終わって直ぐ、五回目の異動命令が下された。理由は考えるまでも無い、あれ程提督に暴言や砲撃諸々、好き勝手やってきたのだ、厄介払いの他無い。此処は陸に上がる上位個体の深海棲艦に何度か襲われたと聞いた事がある。その対策として周囲を取り囲む壁の補強に勤しむ作業員を横目に司令室目指し歩き始めた。

佐世保を追われ、呉や舞鶴を経由しながらついに此処まで来てしまった。まさか日本横断をする事になるとは当初は考えもしなかった。当初は多少のやる気があった。しかし、自分の記憶を思い出す度引け目を感じ、周りとの温度差を感じる様になってきた。今更自分ごときに何が出来ると言うのだろうか。戦艦ならまだしも最も数の多い駆逐艦、重宝される事も無く役に立つ事など遠征くらいのものだ。気づけば提督に当り散らし、目に余ると佐世保を追い出された。次の呉でも、舞鶴でも、此処のお隣の横須賀でも。横須賀ではあの何時も敬語のニコニコしている提督は何も言わなかったが、秘書艦の赤城や加賀に追い出されたに等しい。此処の提督は大層優秀だったと聞く、過去の大敗で一度身を引いたが再び戻ってきたと。どうせ戦果に目が眩んでほとぼりが冷めて戻ってきたんだろう。自分が一番嫌いなタイプの人間だ。

 

「……どいつもこいつも、クソ提督ばっかり」

 

口癖にもなりつつ台詞を吐き捨てると、大きな溜息を吐く。もう此処を終点にしようか。解体されれば特に問題無く人としての余生を過ごせる。今度追い出されたなら、潔く艤装を返還して普通の生活に戻ろう。悲惨な艦としての最期だったが、せっかく人間の姿になれたのなら普通に最期を遂げたいものだ。

 

「潮達は元気かしらね……」

 

佐世保に残っている仲間の顔を思い浮かべ、らしく無い独り言を漏らした曙は頬を両手で叩くと頭を振り、重い艤装を引き摺る様にしながら司令室の前まで辿り着く。此処までの鎮守府では流石にノックや挨拶はしていたが、どうせ最後になる事を考えノックをせずドアノブを捻る。扉を開け、足を踏み入れるとぶっきらぼうに挨拶を並べていく。

 

「綾波型の八番艦、曙よ。横須賀から異動に――」

 

曙が踏み入れた司令室の中は静寂に包まれており、目の前の提督用デスクには誰も座っていない。代わりに中央のソファーで緑髪のロングヘアーの少女と、おさげをソファーから垂れ下げたヘソ丸出しの少女が気持ちよさそうに熟睡していた。目の前の光景に理解出来ず、流石の曙も頭を抱えてしまう。司令室といえば、鎮守府の中心で全ての指令を司り人類の反撃の起点となる神聖な領域ではないのか。曙は部屋の外へ出ると、部屋の上に取り付けられているプレートを何度も見直すが、其処が司令室である事に間違いはない。その時、廊下の向こうから誰かが歩いてきている事に気づき、少し緊張しながら荷物が詰まったバッグを廊下に下ろす。緑色のツインテールを揺らしながら歩いてきたその日の秘書艦であった瑞鶴は曙の姿を認めると、緩やかな笑みを浮かべ歩み寄ってくる。

 

「貴女が曙ね?」

 

「え、ええ」

 

「予定より随分早かったのね。出迎えしようと思ってたのに」

 

秘書艦に睨まれ居心地の悪い鎮守府をとっとと出てきたとは言えず、お茶を濁すように頬を掻く。

 

「瑞鶴よ、よろしくね」

 

「曙です、よろしく」

 

流石に正規空母に真っ向からぶっきらぼうに接する訳にもいかず、瑞鶴が差し出した右手を握り返す。曙は態度がそっけないものの、艦娘に喧嘩を売って鎮守府を追われてきた訳ではない。提督に限度の無い暴言を尽くし、提督を信頼する者達に睨まれてきたのだ。

 

「……提督はどこに行ったのかしら?」

 

「あー……今は昼休みだから、多分釣りに行ってるんじゃないかしら?」

 

「釣り?」

 

「秋刀釣りよ」

 

「……釣れるの?」

 

「釣れる訳無いでしょ、こんな浅瀬の堤防で」

 

「……一応挨拶に行ってくるわ」

 

「あらそう。なら荷物預かるわ」

 

「良いの?」

 

「ええ、あいつなら門を出て東に少し歩いた所に居ると思うわ。絶好の釣り場とか言ってたし」

 

「ありがとう」

 

瑞鶴に素直に感謝しながら曙は荷物を手渡すと、提督の頭に不安を覚えながら門目掛け歩き出した。道中すれ違う艦娘達の会釈を、ほんの数ミリ頭を下げ返していきながら、先程の瑞鶴の台詞を思い返し少しの違和感を感じていた。瑞鶴は躊躇い無く提督の事をあいつ呼ばわりしていた。今までの鎮守府でそんな事言おうものなら提督大好き艦娘達に罵詈雑言だ。

一体どんな提督なのだろうかと、様々な考えを巡らせながら自然と早歩きになっている事にも気づかず門を出る。海岸沿いを少し歩いていくと、堤防が続く開けた場所に出た。辺りを見渡すが、提督のトレードマークとも言える真っ白な軍服が見当たらない。代わりにジーパンに黒シャツ、上から灰色のジャケットを羽織った男が釣り糸を垂らしているのを見つける。

まさか。考えたくも無かったが、他に人影は見当たらない。恐る恐る距離を詰め、その男の背後に立つと、男は釣竿を横へと置き腰を上げる。

 

「えーと、綾波型八番艦、曙か?」

 

「………………」

 

嫌な予感が的中し、顔を引きつらせながら首を縦に振る。

 

「おー、よく来たな。横浜鎮守府提督の朝霧です。よろしく」

 

「……よ、ろしく」

 

こんなのが提督なのか。引き攣った顔が戻らない。趣味で釣りに来ていたおっさんと言われても否定できないその男は、何かを言い澱んでいる曙を見て何かを察したのか、釣竿を手に取り屈託の無い笑みを浮かべ曙に差し出す。

 

「そうかそうか!曙も釣りをしたいのか。竿はまだあるからとりあえず貸してやるよ」

 

「誰かするかぁぁ!」

 

空っぽのバケツを尻目に釣竿を差し出し続ける朝霧の前で拳を握り締めた曙は、一度深呼吸する。冷静を保つ為この馬鹿を放って置いて鎮守府に戻る事を決意し踵を返す。

 

「ぼぉぉのぉぉぉ!」

 

その瞬間、脇腹を鷲掴みにされ、自分でもかつて発した事のないような悲鳴を上げる。

 

「ひぃやぁぁん!」

 

「連れない事言うなよ。誘っても誰も来ないしおじさん寂しいよー」

 

「やっやめ!」

 

自分の脇腹を弄り続ける男に制裁を加えようと握り締めた拳を更に硬く握る。次の瞬間その拳を朝霧の顔面目掛け振り抜く。曙の拳をモロに受けた朝霧の体は背後に吹き飛ばされ、海の中へと吸い込まれていく。

 

「死ね!クソ提督!」

 

そう吐き捨てると曙は朝霧に目もくれず、鎮守府へと戻る。頭に上がった血が下り、少しやりすぎたのでは無いかと思い始めたが、あんな事されれば誰でもあんな反応するだろうと納得し、正当防衛を頭の中で自己主張した。再び司令室へ戻ると、既にソファーで寝ていた二人は居らず、瑞鶴が机と向き合いながら淡々と書類仕事をこなしていた。

 

「あら、早かったわね。会えた?」

 

「……一応」

 

曙の反応の鈍さを察した瑞鶴は事情を問うと、頭を抱え曙に頭を下げる。

 

「ほんっとうにごめんなさい!後できつーく言っておくから……いや、今からね」

 

瑞鶴は机の横に立てかけてあった弓を手に取ると、司令室の向かいの窓へ歩み寄る。

 

「ぎ、艤装?」

 

「秘書艦の時は何時も持ち歩いてるわ。こう言う時の為にねっと……全機爆装、準備出来次第発艦!目標、鎮守府堤防の提督、やっちゃって!」

 

躊躇い無く弓を引いた瑞鶴は、目標を朝霧に定め艦載機を発艦した。羽音と立てながら空を駆けて行く艦載機達を見送ると、瑞鶴は一息吐きながら司令室に戻る。弓を置くと、ソファーに曙を座るように促し、瑞鶴はお茶を淹れようとポットへ近づく。

 

「紅茶もあるけど、お茶がいい?」

 

「お茶でいいわ……その、提督は何時もあんな感じなの?」

 

「んー、まあそうね。でも初対面の相手にセクハラは珍しいわね。貴女気に入られたんじゃない?」

 

「冗談じゃないわよ」

 

溜息を吐きながら瑞鶴の差し出されたお茶を手に取ると、息を吹きかけ冷まし始める。

 

「……瑞鶴は」

 

「ん?」

 

向かいに腰掛けた瑞鶴はお茶を啜りながら視線を曙に向け返答する。

 

「私が此処に来た理由、知ってるの?」

 

普段なら絶対こんな話を切り出す事はないのだが、この鎮守府の雰囲気にのまれたのか、瑞鶴が聞き上手だからか、話す気の無い事まで話してしまう。

 

「ええ。此処では日替わりで秘書艦をやるのだけど、そうなると色々と中の情報も知る機会が多いのよ。最近はバタバタしてて瑞鶴がずっとやってるけどね」

 

「…………」

 

「提督への暴言に砲撃ねえ……ま、此処ではそんなに気にする事も無いわよ」

 

たった今提督に向かい艦載機を発艦した瑞鶴に言われた曙は、その説得力に頷きながらお茶を啜る。

 

「それでも、私は提督が嫌いよ……みんな」

 

「あら気が合うわね。瑞鶴も嫌いだったわ、あの提督」

 

「……秘書艦なのに?」

 

「秘書艦でも嫌いなものは嫌いよ。まあ最近は認めてあげてるけどね。中くらいまで」

 

「……付き合いは長いのかしら」

 

「そこそこね。三年ちょっとくらい」

 

何故だろうか、どの艦娘も提督に対し様々な好意を持っている。にも関わらず提督の事をハッキリ嫌いと言った艦娘に初めて出会った曙は、同類を見つけた為か少し安堵の溜息を漏らす。

曙はカップをテーブルに置くと、ソファーに深く腰を預け天井を見上げた。もしかしたら自分は此処でやっていけるのではないか、そんな予感が曙の胸を過ぎっていた。しかし、例に漏れず此処には朝霧を慕う艦娘も居るだろう事は予想出来る。そんな艦娘と衝突するであろう未来に頭を悩ませながら、曙は言葉を漏らす。

 

「やっていけるのかしら、ね」

 

「……まあ、名誉の為に言っておくけどあの男は駆逐艦だろうが決して蔑ろにはしないわ。提督としてなら、あいつは信頼してるわ」

 

そう言う瑞鶴の顔は穏やかで、先程艦載機を撃ち込み嫌いと言い放った人間の顔とは思えなかった。

 

(……そう、瑞鶴も、なのね)

 

「お茶ありがとう」

 

「もういいの?」

 

「ええ。宿舎に戻ってるわ」

 

曙はそそくさと立ち上がると、司令室を後にする。好きな提督も、信頼出来る提督も居なかった。結局自分の仲間等居なかったのだ。肩を落とした曙は宿舎の道を尋ねる為、近くを歩いていた艦娘に声をかけた。

 


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