彼は再び指揮を執る   作:shureid

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曙と朝霧提督

「ちょっといいかしら」

 

「へ?あ、うん」

 

「宿舎ってどっち行けばいいのかしら」

 

「えーと……此処から出て右の方に歩いていけば見えるけど」

 

「ありがと」

 

「あ、あの!」

 

曙は礼を言うとそそくさとその場を去ろうとするが、背後から声をかけられ足を止める。振り向いた曙の顔は不機嫌オーラが溢れており、本人も必要以上に他の艦娘と関り合うつもりもなかった。共に作戦を行う艦娘と交友を深めることは非常に大切と言えるが、曙は自分から関わる事をせず、その態度に愛想を尽かした艦娘達もまた曙と関わる事を諦めた。曙自身は来る者拒まず去るもの追わず精神なのだが、いかんせんその態度で自分が嫌われていると思い込んで離れていった艦娘が多々いたのだ。

 

「私駆逐艦の吹雪って言います!貴女は?」

 

「……今日此処に配属された駆逐艦曙よ」

 

突然見知らぬ艦娘に話しかけられた吹雪は、その愛想の悪さに顔を引き攣らせながらも、勇気を出して声をかけていた。愛想が良く、どんな艦娘とも仲の良くなれる吹雪は、何時も通り距離を詰めて曙と会話を試みる。

 

「案内するよ!」

 

「いいわよ別に」

 

「いいからいいから」

 

曙はそれ以上何も言わず、吹雪と肩を並べながら宿舎への道のりを歩み始める。

 

「曙ちゃんは何処から来たの?」

 

「………横須賀」

 

本当は佐世保から鎮守府を転々として来たのだが、説明するのが億劫になった曙はぶっきらぼうに返事を返す。この時点での曙の吹雪に対する印象は良いものではなかった。

かつて同じ様に話しかけてきた艦娘達は皆離れていった。どうせこの駆逐艦も同様なのだろうと。

 

「へえー。お隣さんだったんだ。一緒の艦隊で戦えるといいね!」

 

「…………そうね」

 

適当に返事を返しているのに、吹雪は嫌な顔ひとつせず会話を続けている。そうしている内に宿舎の前まで歩いて来たその時、向かいから第七駆逐隊の面々が歩いて来た。真っ先に新顔である曙の姿を認めた夕立は、共に居た吹雪に手を振った後、小走りで駆け寄ってくる。

 

「新しい艦娘っぽい?」

 

「うん、今日配属になった駆逐艦の曙ちゃん!」

 

「夕立だよ!よろしく!」

 

「よろしく」

 

夕立に続き、続々と曙の前に顔を並べた第七駆逐隊の面々は曙に挨拶していくが、曙は表情一つ変えず淡々と挨拶を返していく。

 

「ありがと。此処までくれば分かるわ、じゃ」

 

曙は一方的に吹雪に礼を言うと、他の面々と目を合わせる事無く、そそくさと宿舎の中へと入っていった。その背中を見届けた夕立は頬を膨らませながら時雨に抱きつき、愚痴を漏らす。

 

「愛想悪いっぽいー!」

 

「ほ、ほら。今日配属されたばかりで緊張してるんだよ。きっと」

 

「むー!」

 

その様子を傍から見ていた朝霧は、ずぶ濡れになりながら、更に多少焦げた上着を手に持ちながら低く唸っていた。そんな朝霧の背後から足音が聞こえたと思えば、背中に柔らかい感触と共に前に倒れそうな衝撃が襲う。

 

「テイトクー!そんなボロ雑巾みたいになってどうしたんデスカー!」

 

「色々あってな……ほら、シャワー浴びに行くから離れろ」

 

「嫌デース!もう離しませんヨ!」

 

「おら、胸揉まれたくなければ離せ」

 

「oh!大胆ネ!時間と場所を弁えてくれさえすればオ――」

 

金剛が言い終わる前に朝霧のチョップが金剛の脳天に突き刺さり、金剛は呻きながら頭を抱える。何時もならセクハラに乗ってくれるのだが、少し様子の違う朝霧にそれ以上踏み込む事はせず、背中を見送る。道中、鎮守府に馴染めそうにない曙の事をずっと考えていた。

本人が心を開かなければ、朝霧には手の打ちようがない。吹雪の様な天真爛漫な駆逐艦が接し続けて心を開いていくしか手がないだろう。司令室へ戻った朝霧は、シャワーを浴び替えの普段着に着替えると、涼しい顔で机に向かっている瑞鶴を睨む。

 

「なんか艦載機に爆撃されたんだけど、知らない?」

 

「さあ」

 

朝霧は怪訝な視線を瑞鶴に向けながら、椅子に腰掛けデスクの受話器を手に取り、横須賀の司令室への番号を押し耳に当てる。数コール後に取られた受話器の奥から、赤城の声を確認した朝霧は墨田に代わってもらうよう促す。

 

「お久しぶりですね。珍しいじゃないですか電話なんて」

 

「曙が着いたぞ、追い出したって?」

 

「……やっぱりその事でしたか。僕も反対したんですが、あの態度は目に余ると加賀さんが」

 

「俺は鎮守府に馴染めない艦娘には全力で手を打つけど、馴染もうとしない艦娘は切り捨てるぞ。士気下がるし」

 

「先輩なら何とかなると思って横浜への転属を薦めたんですが」

 

「どうにもならんよ、本人にその気がないならな」

 

「……ですが、彼女は駆逐艦としては非常に優秀です。多大な戦果を上げてくれるでしょう」

 

「駆逐艦一隻の戦果と鎮守府全体の士気低下はどう見ても釣り合わないだろ」

 

「……珍しいですね。先輩がそこまで言うなんて」

 

「俺だって愚痴の一つは言いたいよ。まあ、また何かあったら連絡する」

 

「はい」

 

受話器をデスクに置くと、瑞鶴は席を立ち上がりポットへ歩み寄る。お茶を淹れながら先程の会話の内容を察していた瑞鶴は曙の事について問う。

 

「どうするの、あの子」

 

「どうもこうもねえよ。墨田は好き放題やって良い提督が俺だから此処を推したんだろうけど――」

 

「違うの?」

 

「……否定はしない」

 

「じゃあいいじゃない。他のとこでは提督に粗相をして追い出されたんでしょ?艦娘同士のトラブルは聞いてないわよ。その内馴染めるんじゃない?」

 

「……だといいけどな」

 

朝霧は瑞鶴の淹れたお茶を啜りながら、デスクの上に散らばった資料から一つの書類を手に取り見つめる。建造依頼と書かれたその紙をデスクの空いたスペースに置くと、ペンと手に取り書類に書き込んでいく。

 

「あら、建造?」

 

「まあ、愚痴ついでに切り捨てるなんて言ったけど。どうせ俺には出来ないから何とかするんよ。胃がいてえ」

 

その台詞を聞き、瑞鶴はやはりこの男の事が嫌いになりきれていなかった事を再確認する。元々は普通の仲と言えたが、あの日を境に完全に愛想を尽かしていた。主力の空母が居なくなり海域攻略は困難を極めた、果てには提督の仕事を兼任するなど瑞鶴自身に負担がかかりすぎていたのだ。その末にのこのこと戻って来たのだ、出会った瞬間殴りつけてやろうかと思っていた。

時を経て、次第に朝霧の気持ちを理解するようになってきた。傍から見ても、兼任した自分からしてみても、提督にかかる負担は凄まじい。それを踏まえ、戻って来た事は既に認めている。瑞鶴には想像もつかない程の覚悟があったんだろう。曙には嫌いではなく、嫌いだったと言った辺り、自分の感情はとっくに動いていた事を自覚する。決して恋愛感情では無いが、何時も艦娘を想い真剣な朝霧の事が好きだった。手渡された建造依頼に、駆逐艦の建造が記されている事に朝霧の思惑を察し、書類を大本営に提出する為封筒にしまっていく。

 

「じゃ、それ近いうち出しといて」

 

「了解」

 

朝霧は一息吐くとソファーへ飛び込み、体をもぞもぞと動かしながら仰向きになり目を閉じる。一方の曙も宿舎の自室に戻った後、朝霧と同じくベッドに寝転がり天井を仰いでいた。

朝霧の配慮か偶然か、川内型を含む、吹雪と同室になっていた事に少し驚きながらも、迫り来る眠気には耐える事が出来ず瞼をゆっくりと下ろしていく。

次に曙が目を覚ました時には既に日が落ちきっており、そろそろ夕餉の時間といったところだった。目を開こうとするが、顔に影がかかっている事に気付き、薄目で自分の寝顔を覗き込んでいる不届き者の正体を確かめた。

 

「……何してんの」

 

「曙ちゃんの寝顔可愛いなーと思って」

 

そこには満面の笑みを浮かべている吹雪が、ベッドの縁から体を乗り出し曙を見下ろしていた。暇人ねと呟きながら曙は体を起こすと、働かない頭を何とか起動させ柱にかかっている時計を見上げる。

 

「ご飯ですよ」

 

「そう」

 

ベッドから這い出ると一度床に転がり、そのままの勢いで立ち上がると何事も無かったかの様に皺が出来た艤装を手で伸ばしていく。その部屋には三段ベッドが二つ設置されており、川内型が姉妹でベッドを使っている為、吹雪は何時も三段ベッドを一人で使っていた。そんな中相方が出来た事がつい嬉しくなり、ベッドの上から下を見下ろしてみる等舞い上がりながらはしゃいでいた。

 

「食堂の案内するね」

 

「ええ」

 

先程から曙が会話を短く切っているにも関わらず、吹雪からは一切の不快感が無く、自然と会話を運んでいる。こんな良い娘がまだ残っていたのねと感心しながら、曙は吹雪と肩を並べて食堂へと向かった。既に賑わっている食堂に到着した吹雪は、席を確保する為に辺りを見渡すと丁度端の二席が空いている事に気付いた。間宮から夕食を受け取ると、隣に座っていた扶桑姉妹に一言断りを入れ、曙と向かい合うように座った。

 

「あら、新しい娘?」

 

「はい!駆逐艦の曙ちゃんです!」

 

「よろしくね」

 

扶桑は何時も通り覇気の無い話し方で曙に微笑みかけると手を差し出した。曙は蚊の飛び回る音程の声量で挨拶を返すと手を握り、続けて山城とも握手を交わした。その後直ぐに両手を合わせると、間宮の夕食に手をつけ始める。まるで興味を示されなかった山城は不幸だわと嘆きながら夕食を口に運んでいく。半分程手をつけた所で、入り口の方が賑やかになっている事に気付き、顔こそ向けないものの耳を傾け動向を探る。どうやらあのクソ提督が食堂に到着し、駆逐艦と潜水艦がはしゃいでるだけの様だった。時折曙と言う単語を耳に挟んだが、自分には直接関係無いと無視を決め込み、たまに話題を振ってくる吹雪へ適当に相槌を返しながら、箸を進めていく。段々その声が此方に近付いて来ている事に苛立ちを覚えながらも、視線を落とし続ける。

私を話題に上げるな、放って置いてくれ。

やがてその声が真横に来て、吹雪と会話を始めるが曙は一向に顔を上げない。曙は時折横目で睨み不機嫌なオーラを放つが、朝霧は気にした様子も無く会話を進めていく。

 

「あー、今日から此処に配属になった駆逐艦曙だ。仲良くしてやってくれよー」

 

小学校の会かと、よろしくー等と飛び交う言葉にピーマンを噛み潰した曙は、椅子を引き勢い良く立ち上がると、食べ終わった食器を手に取り返却口へ歩いていく。

 

「つれねえなーぼのー」

 

「馴れ合いたいならよそでやってよ」

 

「馴れ合うにこしたことはないだろ。艦隊は一人で組めんぞ」

 

その異質な空気に周りは押し黙り、二人の動向を見守っている。問題児が来る、と風の噂で情報を得ていた艦娘達は、その理由を何となく察しながら傍観する。

 

「良いわよ別に、どうせ駆逐艦なんて遠征して随伴して終わりよ。くっだらない」

 

「ひねくれてんなー」

 

曙の心のもやもやが更に降り積もる。これ以上話していては爆発してしまうと、曙自身もここでそれを爆発させてしまうのはただの八つ当たりの他ないと理解していた為、平静を保とうと深呼吸する。震える手で食器を返却し、朝霧に背を向け出口に向かい歩き始める。

自分でも何がしたいのか分からなくなってくる。幾度も蔑まれ続け鎮守府を追われ、原因が自分にあると理解しながらも無意味なプライドがそれの解決を阻む。何故自分はこんなことになりながらも艦娘であり続けようとするのか。

思えば羨ましかったのかもしれない。戦果を上げて素直に褒めて貰っている艦娘達が、素直に褒めている提督が。自分の性格から素直に褒めて貰おうとはせず、口を開けば憎まれ口を叩いてしまう。

もしかしたら、もっと素直になればこんな思いをしなくて済むのではないか。だが無理だからこうなっている。何かきっかけがないか、曙はそんな事を思いながら横須賀の門を潜っていた。そして行き着いた横浜鎮守府、ここの提督は今までとはまるで違う男。この男ならもしかしたら自分を扱いきれるのではないだろうか。後ろで文句を垂れる男にそんな期待を抱いてしまう。自己完結の結果、先程のもやもやが取れた事を感じ、相変わらず身勝手だと足を止める。

 

「……曙」

 

背後から聞こえたその言葉と同時に、目の前に紙切れが放り投げられる。地面に視線を落とすと、そんな淡い期待を裏切られ、その紙切れに艤装返還申請書と書かれている事に気付く。

 

「辞めたいなら辞めろよ、俺が強制する理由はないし」

 

その瞬間、平静を保っていた曙の理性は吹き飛び、朝霧の胸倉を掴み上げた。

 


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