彼は再び指揮を執る   作:shureid

38 / 52
恋するヲ級

どこまでも続く灰色の空の下で、岩礁に腰掛け頭を岩に預けていた空母ヲ級は、まだ見ぬある人物を思い浮かべ碧い瞳を輝かせた直後、その日三度目の溜息を吐いていた。自分の周りは誰も彼も憎しみを持ち、ただ海へ繰り出す者達を蹂躙し続けている。自分も深海棲艦としてはそうあるべきはずなのだが、周りに比べ生み出された時からその感情は希薄だった。最初はその様なものなのだろうと思っていたが、案外自分だけらしく、当初は周りに合わせていたがそれも惰性となっていた。あの血の気盛んな中、自分は特に艦娘に対し何も思っていませんなどとのたまわったなら、即沈められてしまうだろう。他の空母よりも更に強力なflagship、艦娘の無線を傍受して自分がフラヲ改と略され、恐れられているのを知っている。駆逐艦や軽巡程度にやられる自分ではないが、流石に無限に沸いて出る深海棲艦との連戦は骨が折れる。

目を瞑ったヲ級は、ただでさえおかしかった自分が更におかしくなってしまったあの日、横浜鎮守府へ襲撃を仕掛けたあの日の事を思い出していた。旗艦であった自分は遥か後方から偵察機を飛ばし、無難な指示を飛ばしていた。鎮守府に攻め込むには非力すぎる面子にやる気が起きなかったヲ級は、とっとと撤退してしまおうと考えていたが、存外奮闘している仲間に少し期待しつつ援護を行っていた。憎い訳ではないが、戦う艦として生を受けたのだ。敵城へ攻め込んでこれを落とす。生きる目的としてそれを達成してみたかった。

しかし、その戦闘は凄まじい爆発と共に幕を閉じた。あろうことがドラム缶を爆発させまとめて吹き飛ばしたのだ。かつて戦った相手にこれ程ぶっ飛んだ作戦を用いてきた者が居ただろうか。あらかじめ後方で直ぐ撤退出来るようにしていたヲ級は、棲地へ戻る道中、あの作戦を決行した指揮官の事を思い浮かべていた。それからもそうだ。優秀な指揮官が着任したのだろう。あの鎮守府の成果は目覚しい。あのレ級が単身乗り込んで敗北したと言うのだ。深海棲艦内で囁かれている噂では素手でレ級を倒した等と広がっている。その話を聞くと皆が苦虫を噛み潰したような顔をするが、自分は陰でケラケラと笑っていた。素手であのレ級に挑む馬鹿が居るのかと。

会いたい、会って話がしてみたい。その気持ちが生まれ始め、月日が経つ毎にその気持ちは強くなっていた。これが恋焦がれると言う事なのだろうか、生物学的上は雌にあたるであろう自分だ、恋くらいはする。どうにも自分は指揮が上手ではない、どうせなら優秀な指揮官の下で戦ってみたいと言うのが艦の性ではないだろうか。いっそ寝返る事も考えていたが、それは絶対に成し得られない事も理解していた。のこのこ鎮守府へ向かいでもしたものなら、間違いなく蜂の巣だ。仲間になるどころか会って話す事も叶わないだろう。

 

「でも顔だけでも見たい、うーむ」

 

しかし、あの男ならばと。一人呟いたヲ級は決心を決め、自分の頭部に付いている艤装部分を取り外すと、岩礁の隙間に隠し、両手を組み天へ伸ばし背伸びをした。直後、銀色の髪を揺らしながら黒いマントを靡かせ、進路を横浜鎮守府へ向け滑走し始めた。

 

一方、横浜鎮守府では吹き付ける風に体を震わせている艦娘達が、鎮守府正面海域にて隊列移動や砲撃等の基礎訓練を行っていた。朝霧も堤防からその様子を傍観しており、動きに乱れが無いかチェックしながら寒さに唸り声を上げていた。

 

「ねー提督ー。そんなに寒いんだったら戻ったら?」

 

横で堤防に座り込んでいた北上は、その日秘書艦であった為訓練を免れた事にほっとしながら朝霧の様子を愉快そうに見ていた。顔面蒼白になっている朝霧は、暖を求めて先程から北上に抱きつこうとしているのだが、度々飛んでくる艦載機や砲弾に阻まれ寒さと落胆に打ちひしがれていた。

 

「提督たるものー、隊の練度を確認するのは仕事として当然なのであーる」

 

「あたしにセクハラしようとするのも提督の仕事なの?」

 

「当然であーる。と言うかそのヘソ出しルックで寒くないの」

 

「勿論寒いよ。戻っちゃおうか」

 

「後は俺が見とくから良いよ」

 

「ま、提督が居るならずっと此処に居るよ。たとえ寒い中でもさ」

 

「きゃー北上さん素敵」

 

「いえーい」

 

北上と惚気ている朝霧にその日五度目の艦載機を飛ばそうかと考えていた龍驤はだったが、偵察機を飛ばす訓練の最中、戻ってきた偵察機の報告に唖然とし、横に居た飛鷹に声をかける。

 

「なあ」

 

「何?」

 

「五海里先に敵影が一つ見えるんやけどな」

 

鎮守府正面に敵影が一つ映る事は多々ある。恐らく艦隊から逸れてしまったのであろう駆逐艦が一隻度々出現するのだ。飛鷹は何時もの事だと思いながら、同時に新しい艦載機を試すチャンスでもあると思ったが、見つけた龍驤に譲る事に決めた。しかし、何故わざわざそれを自分に報告したのかが分からず、問い返す。

 

「駆逐艦でしょ?」

 

「……空母ヲ級や。それもflagship、それも丸腰。真っ直ぐこっちに向かって来とる」

 

その発言を聞いた飛鷹は目を丸くし、開いた口が塞がらなかった。歴戦の戦士である龍驤でさえ状況が飲み込めず戸惑っていた。深海棲艦は艦娘側と同じく隊を組む、単身より勝率が遥かに上昇する為だ。それが単身、しかも丸腰で乗り込んできていると言うのだ。思考出来るレベルの深海棲艦がこんな暴挙に出る理由が分からなかった。

 

「罠かも知れへん。ありったけの偵察機出すで。ウチは偵察機出したらあいつに報告するわ」

 

「了解」

 

偵察機を発艦した龍驤は、踵を返し朝霧の元まで全力で駆け寄り、その様子を見ていた朝霧は龍驤の表情に只事ではないと察し、表情を引き締める。事の顛末を報告した龍驤は、眉毛をひん曲げている朝霧の判断を仰ぐ。

 

「とりあえず、周囲十海里、潜水艦でも何でも他の敵影があったら即落とせ。一つも無かったら此処まで通せ」

 

「他の連中はどうするんや」

 

「敵影があったなら警戒態勢、無かったなら金剛と不知火以外全員引き上げさせろ、ついでに見張り台にも報告」

 

「……了解したで」

 

深海棲艦を朝霧の眼前に通すのは気が引けたが、思慮深い朝霧の思惑に口を出す訳にはいかず、指示を実行するため皆に声をかける。その際戻ってきた偵察機の報告に敵影は無く、同時に飛鷹の偵察機にも敵影は映らなかった。朝霧の指示通り皆を引き上げさせ、まだ予定時間に届いてないにも関わらず終了した事に皆疑問を浮かべていたが、早く終われる事の嬉しさの方が勝っており、さっさと引き上げドックへと戻って行った。頭にクエスチョンマークを浮かべている金剛と不知火を引き連れ朝霧の元へ戻った龍驤は、次の指示を仰ぐ。

 

「龍驤も戻ってて良いよ」

 

「せやけど」

 

「大丈夫だって」

 

「…………」

 

龍驤は納得いかないと言った表情で、渋々陸へ上がりドックへと歩いていく。その際も、朝霧は思考を続け、考えうる可能性と状況を洗い出していった。疑問を今すぐにでもぶつけたい二人だったが、海域攻略時にしか見せない程真剣な表情で思考している朝霧に聞くにも聞けず、戸惑っていた所を、察した北上から事情を説明された。何故ヲ級は丸腰で乗り込んできたのか、一番可能性が高いのは囮だ。しかし、囮ならわざわざ絶大なる戦力になるフラヲ改を使う必要は毛ほども無い。それに周囲に敵影は無かった。次に不意打ち。丸腰で友好的に近付き、油断した所を仕留める。艦載機を飛ばさずとも深海棲艦なら人間一人位は軽く捻り潰せるだろう。それを避ける為に金剛と不知火を呼び寄せた。

次にあるのは内情調査。同じく丸腰で友好的に近付き油断させ、手の内を探る。これが一番現実味があるだろう。これは分かっていれば防げる。会話をすればある程度相手の心理が分かってくる。思考し終わった朝霧は何故わざわざリスクを背負って会う必要があるのだろうかと自問自答したが、答えは直ぐに出た。事情は分からないがそのヲ級はリスクを負った。それも余りに分が悪いものを。恐らく此処以外の鎮守府でそんな暴挙を冒したのなら、即海の底だろう。もしかしたらそのヲ級は沈む覚悟で伝えたい事があるのかもしれない。敵との対談、それは少しでもこの戦争を変えるかもしれない、その可能性に賭け朝霧はヲ級を待つ。何事もそうだ。何か大きい事を成す時、其処には必ずリスクがある。

 

「……正気デスカ?」

 

「不知火も反対です」

 

「お前らを信頼してっからよ」

 

朝霧は自分に好意を寄せている金剛と不知火を護衛として選んでいた。もしヲ級が少しでも朝霧に危害を加えようとしたのなら、鼠を狙う猫よりも早くこの二人はそのヲ級を消し去るだろう。じきに到着するであろう瞬間を待っていた朝霧は、少しの緊張を覚え煙草に火を点ける。

慌てて艤装を装着しに行った北上が戻り、朝霧と三人は吹き付ける風に体を震わせその時を待つ。

 

「……来ましたね」

 

最初はただの点だったが、それは段々と形を成していく。朝霧どころか、北上達でさえ頭部の艤装を外したヲ級を見たことが無かった。朝霧はそれを外すと案外普通の人型なのだと思いながら、眼前へ近寄ってくるヲ級を見下ろした。それと同時に金剛と不知火の警戒レベルが跳ね上がる。話は聞いていたが、いざ深海棲艦と向かい合うと言うのは緊張してしまう。だがこのヲ級が想い人に何かしようとした瞬間、首から上を消し飛ばす覚悟だけは揺るがなかった。

吹き付ける風に黒いマントを靡かせながら、その碧い瞳を朝霧に向けたヲ級は、やっと会えたと表情を緩める。この時点で朝霧はこのヲ級は普通ではないと一瞬で悟った。深海棲艦はかつての観測で憎しみ以外の感情を決して見せる事は無かったからだ。

 

「すまんね。こんな出迎えで」

 

瞬きすらせず、銃口を突きつけている金剛と不知火を尻目に、ヲ級は気にしていないと言った表情で返答する。

 

「いいよ、会ってくれただけでも有難いし」

 

「……まあこんな所ではなんだな。あがっていくか」

 

「じゃ遠慮無く」

 

堤防に手を突き、陸へ飛び乗ってくるヲ級に想像していたよりも遥かに人間臭さを感じ、そのペースに呑まれそうになる。朝霧は頬を手で叩くと、深呼吸し司令室へ向かう事を決め踵を返す。その後を北上が追い、次にヲ級が追う。そして北上と挟み込むように金剛と不知火が後から着いて行った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。