彼は再び指揮を執る   作:shureid

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恋するヲ級

傍から見ればこの一行はどう見えていたのだろうか。何時も通りの朝霧に無表情の北上が続き、その後ろに何故か笑顔の空母ヲ級が続く。更に後ろには、瞬きすらせず殺気立っている金剛と不知火が艤装を構えながらヲ級の背中を睨み付けている。皆が入渠ドックへ行く中、向かう元気も無く自室へ戻って一眠りしようとしていた陽炎は、その一行の姿を目の当たりにし咄嗟に陰に身を潜めていた。

 

「あわわわ……何よあれ……何でヲ級……しかもflagshipじゃない……」

 

遠目からであった為何を話しているのか分からないが、少なくとも艦娘三人は一言も口を開いていない。そんな中、朝霧とヲ級が楽しそうに会話しているのは傍目からでも理解出来た。後ろの不知火に至っては目線で人が殺せそうなほど目つきが鋭く、眉間にかつて無い程皺が寄っている。その異様とも呼べる空間に足を踏み入れる勇気は無く、こっそり後をつけてみようかと思い立ったその瞬間。

 

「何やってんのよ、こんな所で突っ立って」

 

「わひゃぁぁぁ!」

 

背後から突然声をかけられた陽炎は体を震わせながら飛び上がると、そのまま自分の足に足をかけ腰から盛大に床へ転げ落ちる。

 

「……そんなにびっくりした?」

 

自室に忘れ物を取りに向かっていた曙は呆れ顔を浮かべ、唸りながら腰を摩る陽炎を見下ろす。涙目になりながら立ち上がった陽炎は、慌てて物陰から朝霧達の姿を確認するが、そこには既に一行の姿は無かった。

 

「ああ!見失っちゃった……」

 

「何がよ」

 

「いやね、司令とヲ級が楽しそうに話してて、その後にとんでもなく怖い顔をした不知火と金剛さんが一緒に居たの」

 

曙は一瞬きょとんとした表情を浮かべ陽炎と視線を合わせていたが、やがて目を瞑ると溜息を吐き、肩に手を置く。

 

「ごめんなさい……打ち所が悪かったのね……その、間宮さんのとこいこっか?甘味奢ってあげるわよ」

 

「私は正常よっ!」

 

嘗て無いほど優しい表情を浮かべている曙に抗議の声を上げるが、甘味を奢って貰えるならそれでいいかと考え、後に話を聞けばいいと結論を出し食堂へ向かった。一方、じきに司令室へ到着しようとしている一行の中の不知火は、気が気ではなかった。朝霧に考えあっての事だろうとそれ程口出しはしなかったが、敵の親玉とも言える深海棲艦を想い人の眼前に晒すと言うのは非常に不安になる。道中緊張の糸を切らさないようにしながら、もし何かあったらこのヲ級をどうバラバラにしてやろうかと考えていた程だ。金剛も同様、瞬きした回数は普段の半分以下になっており、道中殆ど息を止めていた。滞りなく司令室に入っていった朝霧は、真っ先にソファーに腰掛け、向かいにヲ級を座らせる。北上にお茶を淹れるよう指示すると、先程の砕けた表情とは一転し目を細め口角を下げる。不知火と金剛は緊張を切らさないように朝霧の傍で仁王立ちし、艤装の引き金からは決して手を離さない。

 

「さてさて、本題に入るか」

 

先程まで、深海棲艦の私生活について尋ねたりしながらも、此方の重要な生活のルーチンに関しては一切漏らさなかった朝霧にちゃっかりしているなと思いながら、北上はヲ級にお茶を差し出す。

 

「何でまた、こんなとこに丸腰で来たの」

 

「一目惚れしたの」

 

煙草を取り出し、口に咥えようとしていた朝霧は思わず煙草を落とす。同様一切気を緩めなかった金剛と不知火の二人も思わず頭が真っ白になる。一方の北上は、この男はついに深海棲艦まで誑し始めたのかと呆れた表情で溜息を吐く。

 

「ドコカデオアイシタコトアリマシタッケ?」

 

「いや無いよー。ただ面白い指揮する人だったから、一度会ってみたいなって。会ってみたらかなり好みかもと思って、やっぱり一目惚れ」

 

「…………」

 

様々な思考を巡らせ、壮大な駆け引きを想像していた朝霧の頭の中はパニックになり、嘘を言っている風には見えないヲ級を見て更に混乱する。

 

「付き合って下さいって訳ではないよ、会話しにきただけ、ついでに仲間にしてくれないかなと思って」

 

「……本気で言ってんの?」

 

「こう見えて私強いよ」

 

それは満場一致で肯定されるだろう。正規空母より高い耐久を持ち、あの大和型を一撃で大破させる火力を持つ海上の悪魔とも言えるフラヲ改、戦力としては申し分が無い。

 

「質問するぞ、嘘は言うな」

 

「いいよ」

 

「他の深海棲艦にお前みたいなのは居たか」

 

「居ないよ。かなりの数見てきたけど、私みたいなのは私だけだった、隠してる様子も無いし」

 

これは朝霧も納得した。単純な話深海棲艦は皆、目に深い闇を覆わせている。しかしこのヲ級の碧い瞳は非常に澄んでおり、魅入ってしまう程だった。軍属だと派閥や上下関係に悩まされる事になる。その為会話で相手の心理をある程度把握出来るスキルは磨き上げられる。今までのヲ級の話に裏はなさそうなのは薄々感じていた。

 

「お前が此処に来たのは知られているか?」

 

「うーん。ばれてないんじゃないかな、私や……そっちは鬼とか姫級って言ってたっけ?まあ思考出来るのとかは結構気ままだから気にされないかも」

 

「本当に会話しに来ただけなのか?」

 

「うん。お茶まで出して貰えるとは思わなかったけど」

 

「……憎くないのか、俺等が」

 

「えっと……深海棲艦?は皆その気持ち持ってると思うよ、何でかは分からないけど。私の場合その気持ちは少なくて、それ以上に普通に戦いたかっただけ」

 

「あの鎮守府襲撃の時に来てたってな、それもただ戦うためか?しつこいけど憎いからじゃないよな?」

 

「銃に銃を撃つなって言う?」

 

「んあー……」

 

一通り質問し終わった朝霧は、どうしたものかと腰を深く落とす。戦争の和平でも無く、不意打ちでも無く、ただ会話をしに来たヲ級の処遇を決めかねていた。非常に悩み続けている朝霧を満足そうに見つめているヲ級は、北上が淹れたお茶を飲み干し一息吐いていた。

 

「ねー、仲間にしてくれたら色んな事してあげるよー」

 

戦力としては非常に強力、スパイと言う線も今の会話で殆ど消えた。かと言って朝霧は簡単にはいと返事をする事も出来なかった。先ず、朝霧はこの鎮守府の面々と深海棲艦が仲良くなる事を良しとしたくなかった。もし仮に仲間を引き入れたとしよう。恐らく最初は深い溝があるだろう。しかしこのヲ級の表裏の無い性格ならそれも埋まり、じきに信頼が生まれるだろう。

そうなると絶対生まれる感情がある、それはもしかしたら敵にもこのヲ級みたく仲間になってくれる艦が居るのではないかと言う淡い希望。もしかしたらそれを契機に敵と交渉し、この戦争を終結させる事が出来るかもしれないと言う淡い希望。ならば話してみようかと、それこそ敵の思う壺になる。敵も馬鹿じゃない、それを利用して近付いてくるだろう。そうなれば内側から崩されて鎮守府は終わる。誰も彼も敵の真意を見抜ける訳ではないのだ。特に電の様な敵も助けてあげたいと言う思想は非常に危険になってくる。かつての人間同士の戦争では電の思考は納得出来る、敵とは言え同じ種族の人間なのだ。しかし今相手にしているのは正体不明の殺戮兵器、分かち合える訳も無い。

そもそも大本営にどう報告すればいいのか、根拠は朝霧の直感と経験、それで敵を仲間に引き入れるには弱すぎる。隠していても否が応でも目立つヲ級は、出撃すればたちまち上に報告されるだろうか、その末路は実験台にされてバラバラになるだろう。嘗て深海棲艦を捕獲しようとした試みは多々あった。解析する事が出来れば特攻弾等の開発も可能であったからだ。しかし、本能か敵に情報を漏らさないような作戦か捕獲しようとした深海棲艦は皆自爆し、一片の欠片を残す事も無く自害する。今までレ級を二体確保しているものの、どちらも既に死体になっており、良い結果は得られていない。そんな中、非常に貴重な生きている深海棲艦、しかも上位固体が手に入ったとなればお上は喜んでこのヲ級を解体するだろう。

 

「……すまん」

 

「……そっか」

 

ヲ級は言葉を短く切ると、残念そうに目を細め腰を上げる。

 

「お茶ありがとね、楽しかった。話せて良かったし」

 

「……帰るのか?」

 

「うん。目的は果たせたし」

 

「……あーその、何だ」

 

「ん?」

 

「泊まっていけば」

 

「は?」

 

その言葉に横に座り込ながら事の顛末を見守っていた北上と、不知火、金剛の声が同時に重なる。きょとんとした表情で言葉を失っていたヲ級は、周りを見渡し再び朝霧と目線を合わせる。

 

「良いの?」

 

「まだ話し足りないだろ、俺もだ。色々聞きたいし泊まっていけよ」

 

朝霧はこのヲ級をむざむざとお上に引き渡したくは無かった。個人的にはこのあっさりとした性格のヲ級は気に入ったし、私情を挟む訳でも無く、非常に貴重な敵とのパイプだ。それを解体してもし何も成果が得られなかった時の事を考えると、このまま無事帰らせるのが一番だろう。しかし、もし此方に繋がっている事がバレた時の事を考えたら、もうこのヲ級と話す事が叶わなくなる。そうなる前に、もっと様々な情報を聞き出しておきたかった。本音を押し殺した朝霧は、渋い表情を浮かべ横で座り込んでいる北上のおさげを引っ張り遊び始める。

 

(我ながら嫌な性格だな)

 

「司令」

 

「分かってるって。全責任は俺が取るし、目を離さないからさ」

 

「違います、司令の身を案じています」

 

「もー。可愛いなぬいぬいは。心配すんな」

 

「ですが」

 

「俺の事信頼してないの?」

 

朝霧は不知火に近付くと、優しくも力強く頭を撫でる。一瞬抵抗した不知火だったが、顔を赤らめてそのまま手を受け入れる。改めてこの男は凄いと不知火は実感する。あまつさえ深海棲艦とお友達になってしまう提督が何処に居るだろうか。

 

「テイトクー!護衛のご褒美が欲しいネー!」

 

空いた手で同様に金剛の頭を撫でる。流石に此処まで来ればこのヲ級に敵意が無い事が分かった二人は、それ以上何も言わず部屋を後にした。北上は頑張ってねと言い残すと、二人の後を追う。

 

「…………」

 

此処に来るまでその感情は薄かったのだが、それを目の当たりにヲ級は非常に羨ましくなった。今まで駒として深海棲艦を使い、艦隊を指揮していた。そこに信頼関係がある筈も無く、淡々と出撃する毎日。こんな風に優秀な指揮官と毎日を過ごし、一致団結して共通の敵に挑む事が出来ればどれだけ毎日が楽しくなるだろうか。それが叶わない事が分かっていたからこそ、ヲ級はやりきれない気持ちがあった。本音としては朝霧はそれを察しており、せめてもの手向けとしてそれを提案していた。

 

「まあなんだ、この鎮守府に艦として入った時点で俺の部下だ」

 

「…………空母ヲ級!着任しました!」

 

「着任おめでとう」

 

ヲ級は今まで浮かべた事も無かった満面の笑みを浮かべると、朝霧の横へ移動し体を密着させる。その暖かさに気が緩んだヲ級は、頭を肩に預け目を瞑る。

 

「…………提督」

 

「ん?」

 

「……呼んでみたかっただけ!」

 


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