彼は再び指揮を執る   作:shureid

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第六駆逐隊救出作戦

瑞鶴との話し合いの結果、第六駆逐隊の救助の為に出撃した重巡を中心とした編成部隊は、辺りを警戒しながら南方の珊瑚礁付近へと向かっている。

 

「暁ちゃん達大丈夫かな……」

 

妙高型四番艦、末っ子の重巡羽黒は、先ほどから大破座礁した暁達の安否を憂い、沈んだ表情を浮かべていた。そんな羽黒を見かねた同じ妙高型二番艦の那智が、羽黒の近くに身を寄せなぐさめる。臨時の艦隊ではあるが、旗艦を務めることになった利根も、羽黒に心配をかけさせまいと声をかける。

 

「大丈夫じゃろう、あそこ一帯は本来強い深海棲艦は確認されておらん。たまたま移動中じゃった戦艦級に出遭っただけじゃろう。しかしまだ近くに敵が残っとるかもしれん、急がねばな」

 

「姉さん、目的地までそう遠くありません、そろそろ偵察機を出しましょうか?」

 

「……そうじゃな、頼むぞ筑摩よ」

 

「はい」

 

筑摩は腕に装備されているカタパルトを上空へと向けると、敵の位置を探る水上偵察機を射出し、付近の警戒を行った。その後に続く川内は退屈そうに後方から敵影の確認を行い、神通もその後に続く。

 

「あー夜戦がしたかったのになー」

 

「姉さん、今は暁ちゃん達が先です」

 

「だって、私達の出番なさそうだしね」

 

「そんなことはないです。私達も付近の哨戒と言う立派な役割が――」

 

「ッ利根姉さん!」

 

その時、筑摩の耳に、艦載機から敵影を確認したとの情報が飛び込んだ。そして、それに続く敵艦隊の編成情報を聞いた筑摩は、目を見開き言葉を失う。しかし、報告の義務がある。肺から喉を通ろうとしない空気を、無理やり押し出し言葉にする。

 

「敵艦隊……十二隻です。その中に……南方棲戦姫らしき敵影が……」

 

筑摩の言葉に全員が息を呑み、未だ敵影が見えていない水平線上を見つめる。南方棲戦姫、それは南方にあるEnemy海域に鎮座する最強の深海棲艦。何編成も連携し、作戦を考えつめた末にようやく対等になるであろう、艦娘にとってのまさに怨敵と言える存在だった。

 

「どうしますかッ!?」

 

「っ…………」

 

この瞬間、利根は暁達の救助、深海棲艦の撃退、南方棲戦姫の対処など、様々な思惑を頭に巡らせた。南方棲戦姫は今の編成では確実に歯が立たない、では撤退すべきか、そうなれば助かるはずだったかもしれない第六駆逐隊が確実に沈む。かと行って無理に突破しようとすれば、自分達が確実に沈む。

 

「ッ……夾叉!後ろからですッ!」

 

その利根の思考を寸断するように、自分達の少し前方と後方に轟音と共に水しぶきが上がった。砲撃を海上のような何も無い目標に命中させるのは至難の業だ。なので、砲弾をある程度の場所に打ち込み、そこから前後左右に場所を修正し、中点に合わせた敵に弾を命中させる。後方から砲撃を受けたということは、今自分達は前後から挟み撃ちをされていることに気付く。

 

「利根姉さんッ!」

 

「分かっておるッ!総員左舷へ旋回ッ!挟み撃ちは避けるのじゃッ!第六駆逐隊から引き離すぞッ!」

 

利根を先導に進路を左方へと変更し、砲弾を避けながら、第六駆逐隊と深海棲艦の距離を離そうとする。しかし、相手に空母が多数居るのだろう、敵艦から放たれた艦載機から逃れることが出来ずに、殿を務めていた那智、羽黒に被弾する。

 

「くッ……副砲に被弾ッ!」

 

「こっちは主砲にですッ」

 

「振り切るぞ!」

 

艦娘の命とも言える、足に装着した艤装の主力を上げ、後方からの追撃を振り切ろうとする。しかし、一定の距離を空けると、深海棲艦は追ってくることを止め、そのまま第六駆逐隊の居るであろう方角へと進路を変更する。

 

「なッ……まずいッ!追うのじゃ!」

 

此処で引いてしまっては、第六駆逐隊を見殺しにすることになる。進路を変更した深海棲艦の後を追うと、再び深海棲艦はこちらに主砲を向け、その砲弾を放つ。

 

「く……カタパルトに被弾っ……」

 

敵艦から発射された砲弾が、運悪く筑摩のカタパルトに直撃し、爆風により、電探やその他の副砲、鎮守府と連絡を取る為に必要な無線も破損する。

 

「どうするんだ!?このままだと南方棲戦姫がッ!」

 

「分かっておるッ!しかし……」

 

南方棲戦姫と対敵すればこちらは確実に損大な被害を受ける。かと言って放っておけば、第六駆逐隊どころかこの付近の海域が奪われてしまう。この付近は、陸路では賄いきれない資源輸送の海路として使用されているため、此処を奪われてしまうと資源の調達が困難になる。それだけはなんとしても阻止せねばならない。かと言って喧嘩を吹っかけてしまえば、此方の負けは明白になる。いたちごっこを繰り返すか否かの判断を迫られていた。

 

「姉さんッ!鎮守府に応援をッ!」

 

筑摩が鎮守府への応援を要請しようとした瞬間、筑摩の目には目視出来る敵側から反対、つまり利根の後方から自分達に向かってくる青白い四本の筋が目視出来た。それは今まで嫌と言うほど見てきた、重巡の天敵潜水艦から放たれる魚雷であった。水中を掻き分けながら向かってくるその魚雷は、命中率が低いものの、当たってしまえば例え戦艦でも一撃で大破する恐れのある代物だった。雨の様な砲弾に晒されている今、その魚雷を避けることは困難だった。

 

「危ないッ!」

 

筑摩の尋常ではない叫び声に、利根は咄嗟に振り向き、魚雷が迫っていることを察知した。それと同時に、羽黒や那智、川内と神通にも魚雷が向かってきていること気付く、周りを潜水艦に囲まれていたのだ。挟叉の水しぶきで、今まで目視出来なかった魚雷は、眼前まで迫ってきていた。

 

「不味――」

 

面々は咄嗟に体を捻り、魚雷を回避しようとするが、各二本ずつ放たれた魚雷の一本が、羽黒、川内に命中する。那智、神通、筑摩に向かってきていた魚雷は運よく逸れて行ったが、利根には二本とも魚雷が直撃し、辺り一帯に爆音と共に水飛沫が上がった。羽黒、川内は命中したものの、被害は片足の艤装が壊れ、上手く機能しなくなってる程度だった。しかし、利根には魚雷が直撃していたのだ。筑摩は心臓が締め付けられ、息が出来ず、肺を握り潰されたような感覚に陥った。魚雷が二本とも直撃するということは、良くて大破、運が悪ければそのまま轟沈し、海へ沈んでしまう可能性があった。利根に駆け寄ると、案の定利根は意識を失っており、足に装着している艤装は完全に壊れ煙を上げており、両足が海へと沈んでいた。沈ませまいと筑摩は利根の両腕を掴み、支える。那智、神通も片足の艤装が壊れ、バランスを失いそうになっている姉妹を助けるために肩を貸し、沈まぬように立て直す。

 

「利根姉さんッ!しっかりして下さいっ!」

 

利根がこの状況になってしまっては、逃げることは不可能に近い、筑摩は状況を確認する為に、利根を沈みかけている海中から引き上げ、右腕を肩に回し掴み、左手で腰を支える。

 

「皆さん被害状況は!?」

 

「羽黒が中破ッ!私はなんとか少破で済んだ」

 

「川内姉さんは中破ッ!私も少破です!」

 

此方の被害は甚大だった。仮に今から鎮守府に連絡出来たとしても、潜水艦に囲まれてしまった今、支援要請しても確実に艦隊は間に合わない。もし先に支援艦隊を出してくれていたとしても、恐らく駆逐艦部隊であろう。目の前に居る南方棲戦姫には歯が立たない。

 

筑摩から希望の光が消えようとしていた。みな被害を受けた艦を支えているために、まともに動ける者は居ない。最低でも前方に南方棲戦姫を含めた艦隊が二つ。後方からは戦艦らしき砲撃が続き、潜水艦に囲まれている。頭の中が真っ白になり、視界が薄れ、やがて絶望に染まって行く。その不安が那智や神通にも伝わり、士気が低下していく。次魚雷を撃たれれば、確実に沈む。そんな面々に更に追い討ちをかけるように、前方から南方棲戦姫が迫ってきている事に気付いた。戦艦クラスであったなら、自分達があがけばまだ対処可能だが、今目の前に居る南方棲戦姫は別格であり、自分達が足掻いたところで何の抵抗にもならないといったところだった。ミシッと、その事実が筑摩の心にひびを入れる。しかし、このまま成す術なく終わる訳にもいかない、諦めてしまっては確実に終わってしまう。

 

「皆さん、魚雷に注意しつつ右舷へ旋回ッ!浅瀬に向かいます!」

 

筑摩は利根が崩れ落ちないように、腕を握りなおし、体を支えると、先導に立って潜水艦の間を突破し、挟み撃ちを避けようとする。その動きを受けて、潜水艦は再び魚雷を発射してくるが、予め軌道を予測し、直撃を避ける。今の状況では、潜水艦を落とす事は不可能に近いため、そのまま振り切ろうと艤装の主力を更に上げる。意識のある羽黒と川内を支えている二人とは違い、完全に意識を失っている利根を支えている筑摩の動きは鈍く、敵艦載機の的となっていた。しかし反撃する術も無く、ひたすら包囲網を突破しようと潜水艦の魚雷が飛び交う中を突っ切る。その時、敵の動きに違和感があった。後ろから砲撃を繰り返していた戦艦達が動きを止め、振り向き始めたのだ。南方棲戦姫までもが此方から目を離し、戦艦達と同じ方角を見つめていた。原因は分からなかったが、光明が生まれたことに希望を見い出し、魚雷と敵艦載機の攻撃を避けながら奮闘する。恐らく、鎮守府から応援に来た駆逐艦達だろう。そちらに注意が向いた今、このまま行けば突破できるではないか。駆逐艦達を囮のような扱いにするのは気が引けるが、駆逐艦は動きが素早く、砲撃が命中することは少ない。加えて潜水艦に対する攻撃手段も持っている為、その場を凌いでくれるだろう。その隙に自分達が何とか第六駆逐隊を救出できれば。等、様々な希望が生まれ、筑摩は顔を上げる。

 

「ッ―――」

 

そんな筑摩を地獄に落とすように、自分達の視線の先に、とある深海棲艦が鎮座していることに気付く。

戦艦レ級。

それは鬼や姫の名がついては居ないものの、それに匹敵する程の戦闘力を持っており、今の自分達を一体で沈めることの出来る深海棲艦だった。レ級は此方の姿に気付くと、不気味な笑顔を浮かべ、艦載機を放った。それは持ち直そうとしていた筑摩の心に大きな亀裂を入れる。やがて決壊したダムの様に筑摩の心を完全に折る。

 

「筑摩さんッ!」

 

「筑摩ッ!」

 

那智と神通の叱咤にもわずかに顔を上げただけで、筑摩はすぐに顔を落とし、腕の中に居る愛しい姉に目を向ける。

 

「もっと姉さんと一緒に――」

 

筑摩の耳に、確かに、この場に居るはずのない音が届いた。最初は幻聴とでも思ったが、それはやがて確実なものになってくる。聞きなれた羽音が、確実に海の潮風と共に響き渡る。

それは紛れも無く、空母から放たれた艦載機だった。

 

「第一次攻撃隊。発艦始めッッ!」

 

 


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