彼は再び指揮を執る   作:shureid

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恋するヲ級

陽が水平線へと沈み、どの家も食卓に明かりが灯り始めた頃、白い息を吐き出すと共に愚痴を漏らしながら、不知火は眼前を歩く二人を背後から睨み付けていた。

 

「ねー。あれ何?光ってるね」

 

「コンビニっつー便利な店」

 

「ねーあれは?」

 

「あれは――」

 

事の発端は突然のヲ級の思いつきによるものであり、ヲ級とデートに行くと言うトチ狂った発言に、不知火は堪らず二人の後を着いて行っていた。たまたま外出しようとする所に居合わせた為、朝霧を問い質し、ヲ級の外を見てみたいという希望を叶えてやるつもりだと返答された。借りを作りたかった朝霧だが、不知火は何が起こるか分かったものではなく、当然反対したが、どうしてもと言う朝霧に押されてしまっていた。言われずとも見張りとして誰かつけるつもりだったらしく、不知火はどうせなら事情を知っている自分が行くのが筋だろうと見張りを申し出ていた。コートを羽織り、ニット帽を被っているヲ級は傍から見れば深海棲艦に見える事も無く、その瞳以外はごく普通の人間の容姿だった為騒ぎになる事もなかった。一方の不知火は艤装の上からコートを羽織っており、何時でも手持ちの単装砲の引き金を引けると脅しをかけながら後ろを歩く。何もしないと呆れ気味に呟くヲ級だったが、自分の立場を考えれば当然であり、もし此処で騒ぎを起こせば朝霧の首が外国位まで吹っ飛んでいくだろうと溜息を吐いた。

 

「そういえばお前らって何か食べるの?」

 

「食べないよ、食べなくてもなんか生きていけるし」

 

「哺乳類じゃないのか……」

 

「深海類?」

 

「何でもありだな……」

 

不知火も深海棲艦の生態には興味があり、途中からは朝霧とヲ級の会話に耳を傾けていた。

集中していたその時、腹の虫が鳴り続けていた事に気付き、食堂へ向かう最中であった為、我に返ると既に強い空腹感を覚えていた。

 

「司令、意見具申」

 

「はい」

 

「お腹が空きました」

 

「…………」

 

「私も何か食べる」

 

「……じゃあ適当にファミレス入るか」

 

「わーい」

 

「ぬーい」

 

街の繁華街まで出てきており、夕食時の街中は大層賑わっており、どの店も家族連れやカップルで溢れていた。目新しい物ばかりで興奮していたヲ級だったが、人ごみに息苦しさを感じ始め、何処か休まる場所を要求した。繁華街では目線を一周させれば何処かに飲食店が存在し、その内の一つに目を止め、はぐれないようヲ級を先導し不知火が続く。店前まで来た朝霧は、入り口から賑わっている店内が見え順番待ちがあるかと思ったが、運良く一席だけ空席があり、店員の案内を受け通して貰う。道中、その明るい店内の奥に不釣合いなサングラスをかけた不審な三人組が視界に入り、朝霧は目を細めるが、気に留める事を止め席に座る。ヲ級は始めて入る店内の様子に圧倒され、だらしなく口を開けながら椅子に腰掛けた。不知火のその桃色の髪は非常に目立ち、艦娘である事が一目で分かったのか、不知火の姿を見てひそひそと話しを始める人間が増える。しかし、それは侮蔑の意味を込めていない為、不知火は全く気にせずメニューを手に取り何を頼んでやろうかと唸り始める。艦娘と言う存在は非常に珍しく、街中で会う事は滅多に無い。その為どうしても視線が集まってしまう。不知火も珍しいものを見る時は同じ反応をするだろうと思っている為、気に留めなかった。しかし、目立ちすぎるのも良くないだろうと考え、失礼承知でキャップを深く被り、朝霧にメニューを手渡した。

 

「何にすんの」

 

「んー……タンカー襲った時、中に入っていた缶詰食べてみたんだけど、あれ中々美味しかったよ」

 

「どんなの」

 

「……サバの味噌煮?」

 

「ファミレスにはねーよ」

 

「不知火は決めました」

 

「じゃー私は提督に合わせるー」

 

「順当にミックスグリルか……」

 

呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばし、呼び鈴のボタンに力を入れた瞬間、それを掻き消す様な爆音が店内に鳴り響いた。人々は短い悲鳴を上げ、何事かと体を震わせるが、朝霧、不知火、ヲ級はその音に聞き覚えがあった。朝霧はそれを命令し、不知火はそれを実行する。そしてヲ級はそれを何度も受けた。嫌程聞いてきたその銃声は、二発目が鳴り響き、店内は静寂に包まれる。テロリストに遭遇する確立はいか程のものか。学生時代退屈な授業中によくそんな妄想を浮かべていた朝霧だったが、まさか自分が遭遇するとは夢にも思っていなかった。

先程見かけたサングラスの男達は、店員にカーテンを閉めさせると、客席に押し込め静かにしろと銃を掲げる。男達が店内を闊歩していく中、皆一言も声を発さず、顔を伏せ小刻みに震えていた。朝霧も同様顔を伏せ続けていたが、一人の男が朝霧の横で足を止める。

 

「……何処かで見た顔だな。新聞で見たな……そう、横浜の提督が一人でファミレスか?」

 

「悪いかよ」

 

朝霧はバレてしまっては仕方が無いと顔を上げると、目の前のコップを手に取り水を飲み干す。次の瞬間朝霧の顎に激しい鈍痛が走ると、ソファーの上を転がり壁に叩き付けられる。男は突き上げた拳を下ろすと、朝霧を見下ろし銃を突きつける。

 

「いや、あんたも運が無いな。丁度良い交渉材料が出来たと思ってな。死ななかったら、だけどな」

 

 

 

「ね――」

 

 

「静かにッ!」

 

 

不知火はヲ級の口を塞ぎ、声を殺してヲ級を睨みつける。その気迫に圧倒されたヲ級はそのまま押し黙ると、カウンターの陰から様子を伺う。朝霧は咄嗟に不知火を自分の下から離れる事を命令し、同時にヲ級を不知火に任せた。常人では絶対に間に合わない距離を一瞬で走り抜け、不知火とヲ級はカウンターの陰へ身を潜めていた。朝霧は不知火、ヲ級のコップをどさくさに紛れ足元に隠すと、一人で来た事を装っていた。これは保険であり、もしもヲ級の存在がこの場で晒されてしまうような事があればどうなるか。想像に難くない。状況が飲み込めない筈のヲ級が何をやらかすか分かってものでは無く、不知火に引率を任せていた。耳を澄まし、朝霧と男の会話を聞き逃さないようにする。

 

「目的は……金か?釈放か?」

 

顎を撥ねられ、切れた口内から唇を通して流れる血を拭うと男を睨みつける。

 

「どちらとも、と言いたいな。同志の解放。それと惰弱な艦娘等に頼っている軟弱者への鉄槌も出来たな」

 

その瞬間、朝霧は近頃ある過激な宗派とも言える団体が一斉逮捕された話を思い出していた。

大本営からの知らせに目を通しただけであったが、この日本の行方を小娘共に任せておけないと、鎮守府や艦娘の解体を要求し、核兵器保有を訴える過激団体の存在を。不知火を引っ込めておいて良かったと内心安堵するが、状況は非常に良くなかった。この男達の目標からすれば、朝霧は討つべき敵である。騒ぎを聞きつけた仲間の二人も駆け寄り、男から状況を説明される。その瞬間、サングラスをかけている為表情は伺いにくいがやはり、朝霧見る目が変わる。

 

「警察と大本営に連絡しろ」

 

朝霧を殴り飛ばしたリーダー格らしき男は、そう命令するとソファーへ土足で踏み込み、頭を壁に預けている朝霧の胸倉を掴む。銃を突きつけられても表情を変えない朝霧をソファーから引き摺り上げると、右手に握った拳を朝霧の左頬へと叩き込んだ。テーブルの上へ叩きつけられた朝霧は、そのまま床へと転がり落ちた。腰を打ちつけられ、乾いた咳を漏らすと殴られた頬を押さえつける。

 

「日本男児として恥ずかしくは無いのか?あんなガキ共のお守を続ける」

 

男はソファーから降りると、起き上がろうとしていた朝霧の腹部を蹴り上げる。咄嗟に腕で庇ったものの、爪先は鳩尾へと突き刺さり、堪らず再び床へと崩れ落ちる。周囲の人々は心配そうに朝霧を見ているが、止める事が出来る筈も無く、成す術無く顔を伏せ続ける。

 

「あんなガキの遊びではこの戦争は勝てんぞ。分からんのか?」

 

朝霧は男を逆上させない様、反論したい気持ちを抑え、腹の底が煮えたぎりながらも口を噤む。今優先されるべきは周囲の一般人の安全であり、それを守る為ならは朝霧は恥辱に塗れ、激痛にも耐える決意があった。

 

 

 

「大丈夫なの提――」

 

状況は飲み込めていないが、不知火に言われ声を潜めたヲ級は不知火の様子を伺う。

かつて声が出ない程気圧された事が自分にはあっただろうか。ヲ級が今まで恐れる物と言えば三式弾位のものだった。上位固体の自分には怖い物等無い。だが、思わず身を引いてしまった。その不知火の表情は鬼人に迫るもので、握り締めているカウンターの縁を握り潰さん勢いで力を込めていた。朝霧は顔を上げ、カウンターに隠れている不知火と目を合わせる。不知火は頷きこの男達を殲滅すると合図を送るが、朝霧は首を横に振る。男達の各距離は離れている、一人ならば何とかなるだろうが、残りの二人を押さえつける事は難しい。安全を考えるならば、今は耐えるしかなかった。見ている事しか出来ない自分に不知火は心底腹が立った。

何とかこの状況を打破出来ないかと模索するが、得策が思いつかず、更には上官である朝霧に止められている為行動に移す事が出来ない。

また一発。

胸倉を掴まれ、立ち上がらさせられた朝霧の頬に拳が叩き込まれる。男達に手加減は無く、この提督をこのまま嬲り殺しにしても良いと考えていた。勿論交渉の際はそれを伏せる。重要拠点の横浜鎮守府提督を始末するのは今の日本を打倒する第一歩だと男は考えていた。這い蹲る朝霧の頭上に足を振り下ろし、罵声を浴びせながら足を捻る。その暴力と罵声の一つ一つが、不知火の心の中に怒りを蓄積させていく。

 

「あまりやりすぎると不味くないか?」

 

仲間の一人がリーダー格の男に声をかけるが、構わないと朝霧への暴行を続ける。

 

「そいつ、俺にもやらせて下さいよ」

 

その時、警察と大本営へと電話し終わった仲間の男がその場に戻り、男と目を合わせる。

 

「ちょいと私怨がありましてね」

 

「……好きにしろ」

 

リーダー格の男は踵を返し、辺りを見回りの為に歩き始めた。止めた男も敵わないと背を向けると、同様に店内を闊歩し始める。朝霧の目の前にしゃがみ込んだ男は、朝霧の髪の毛を掴み、顔面を引き摺り上げる。

 

「俺の親友が死んだのは六年前だ、まだ覚えてるぞ。艦娘のミスで乗ったタンカーが沈んでな。無能な艦娘と提督のせいでよッ!」

 

六年前は朝霧が着任する前の時期であり、朝霧とは直接的な関係は無かった。しかし私怨とは恐ろしく、恨みの対象さえ居れば、それで胸を晴らそうとする。

 

「これはあいつの分だ」

 

男は腕を振り上げると、固く握り締めた拳を朝霧の顔面目掛け振り下ろす。

 

しかし、男の拳は朝霧の眼前で止まる。耳元で確かに聞こえた。その凍るような声を。

 

「ではこれからは、不知火の分です」

 


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