彼は再び指揮を執る   作:shureid

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作戦前夜

現在横浜鎮守府には、本来在籍している艦娘の半数も居らず、翌日の作戦の為の第四艦隊分、二十名が宿舎にて寝泊りしていた。各部隊の会合は既に済んでいるが、これは朝霧個人として色々話しておきたいのに加え、他意を含みながら寝静まる寸前の宿舎を訪れていた。

最初に訪れたのは第二艦隊の宿泊部屋であり、臨時で部屋前の名札の上から手書きの紙が貼り付けられており、その中には連合艦隊にふさわしい名が連なっていた。

ノックしようと手を眼前に差し出すが、中から漏れる喧騒に必要もないと苦笑いしながら手を下ろし、扉を開けた。

 

「貴方達ッ!明日は作戦なのよッ!?全く……ここのAdmiralは一体どういう教育を……」

 

「そりゃすまんな、見たところお前のとこのプリンツも暴れてるみたいだけどな」

 

寝巻き姿で溜息を吐く戦艦ビスマルクの前には、夕立、時雨対プリンツ、大井と言った構図で枕投げが広がっていた。

 

「みなさぁぁん!寝ましょうよぉ!」

 

大規模改装を終え性能が桁違いに上昇し、見事主戦力に抜擢された阿武隈は、必死に止めようと間を割って入っているものの、何度も凄まじい勢いで飛び交う枕の餌食になり床で哀れに轟沈していた。

 

「まっいいじゃねえのよ。賑やかなのは」

 

「全く……それで、何か用かしら?緊急の打ち合わせ?」

 

「んーいや、特に用って訳は……」

 

朝霧は遊び人だ。作戦中はともかく、羽目を外す時はとことん外す事を生きがいとしており、それを咎める事もない。目の前で枕投げ等と言う面白そうな光景が広がっていては、参加せざるをえない。

 

「いくしかねえッ!」

 

朝霧は体勢を低く保ちながら、床で突っ伏している阿武隈を拾い上げると、盾にしながら枕投げの中心へ突撃して行く。はっと目を覚ました阿武隈だったが、自分の置かれている状況を理解する間も無く、再び顔面に枕がめり込み気を失う。

 

「提督さんもやるっぽいー!」

 

「おうよ、重巡なんか怖くねぇぇぇ!」

 

「ファイアー!」

 

「野郎ぉぉぉぉぉぉぶっ殺してやらぁぁぁぁぁ!」

 

一瞬止めに来たのではと考えたビスマルクだったが、溜息を吐き諦めると床に転がっている阿武隈を回収し、ベッドへ押し込むと何か呑んで来ようと部屋を出ようとする。その瞬間、プリンツが渾身の力で投げた枕がコントロールを失い、ビスマルクの後頭部に直撃する。

 

「ッ…………」

 

まるで氷点下の世界に入ったかの様に全員の体が硬直し、ゆっくりと振り向いたビスマルクの顔を見たその場の全員が戦慄する。

 

「誰?」

 

笑顔で言うビスマルクに、朝霧は真っ先にプリンツを指差そうとするが、それよりも早くプリンツが朝霧を指差す。それに続き、大井が目を逸らしながら朝霧を指差し、夕立と時雨は悩んだ結果朝霧を指差す。首を横に振り、必死に否定する朝霧だったが、次の瞬間には顔面に枕がめり込み、壁まで吹き飛ばされる。朝霧以外の全員が口を唖然とさせ、ビスマルクへ視線を向ける。そこには笑顔で寝ろとジェスチャーするビスマルクが仁王立ちしており、皆口を合わせておやすみなさいと叫ぶと布団へと潜り込んだ。

 

「はい、Gute Nacht」

 

ビスマルクが去り、騒ぎが納まった部屋の中、朝霧はふらつきながら体を起こすと、次の第三艦隊が宿泊している部屋へと足を踏み出した。此方の部屋は先程と違いかなり静まり返っており、部屋の扉を静かにノックすると、部屋の覗き込む。既に電気は消えており、唯一点いている枕元の蛍光灯の明りを頼りに、読書に勤しんでいる艦娘の姿が見えた。

 

「あれ?提督!」

 

声の出所を探ると、もう寝る所であったであろう飛龍が、布団の中から朝霧を見上げていた。

 

「どうしました?」

 

「んにゃ、顔を見たくなっただけだよ」

 

その部屋に居た睦月、如月既に熟睡しており、利根、筑摩も眠りについていた。そして読書をしている艦が隼鷹であった事に死ぬほど驚きながらも、飛龍を手招きする。布団から這い出した飛龍は、他の艦が起きないように息を殺すと、部屋の入り口まで歩いてくる。朝霧は右手を上げ、少し待てと合図すると、隼鷹の読んでいる本を覗き込みに行く。蛍光灯から見える余りの真剣な表情に、何か愛読書でもあるのかと気になったが、そこには酒の銘柄が多数記載されており、真剣な眼差しで本に赤丸をつけていた。

朝霧は声を殺しながら高笑いすると、それに気付き顔を上げた隼鷹も声を出さずに大笑いする。その様子を見ていた飛龍は修学旅行生かと苦笑いしつつも、羨ましそうに二人を見つめながら廊下へと出る。

 

「おまたー」

 

「いえ」

 

廊下へ出た二人は、まだ冬が残り少し冷える中をゆっくりと歩き始めた。窓からは月明かりが漏れ、雲一つ無い空が二人の表情を鮮明に映し出していた。

 

「久しぶりだっけか」

 

「はい。作戦の時はよくお世話になりましたね」

 

朝霧が身を引く前からの仲であり、多数の作戦で指揮を執る事があった飛龍は、数少ない前の朝霧を知る艦娘だった。

 

「すまんな。前衛支援を任せて」

 

第三艦隊の任務は主力部隊の所謂サポートであり、本格的な戦闘を行うのは第一、第二艦隊になる。前衛支援はある意味一番地味とも言える役割であり、目的の敵棲地への道中をサポートするのみと華に欠ける。しかし、これがどれ程重要か朝霧も飛龍も理解しており、朝霧の発言も建前としてだけだった。

 

「いえいえ、嬉しいですよ。凄く、貴方とまた戦えて」

 

「……にしても色っぽくなったな。彼氏出来た?」

 

「もうっ、こんな時に無粋ですよ」

 

「いやいやー、居ないならどうかなーって」

 

「めっ!龍驤さんが居るでしょう?にしても変わってませんねえ……」

 

飛龍は変わってなかった朝霧に呆れながらも安心しつつ、心地良い時を過ごす。

 

「なんだろな、まあ、作戦前はこうやって一緒に居ないと気が触れそうになるんよ」

 

「送り出す側も難儀なのは凄く分かりますよ」

 

「まあそれは今まではの話。今回は不安じゃないよ……目的のナンパも失敗したし、次行くかー!」

 

宿舎をゆっくりと歩き回っていた二人だったが、何時の間にか部屋の前まで戻って来ており、飛龍に礼を言うと朝霧は軽く手を振る。

 

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました!」

 

丁寧に頭を下げた飛龍が部屋の中へ入って行ったのを確認した朝霧は、最後の第四艦隊が寝泊りする部屋へと足を向けた。部屋前の紙には瑞鶴、蒼龍、陽炎、不知火、山城、扶桑の名が記載されている。扉を開けようとした朝霧だったが、先に向こうからドアノブが回され、思わず身を引く。

 

「わっ、司令」

 

眠そうな目を擦りながら出てきた陽炎に道を空けた朝霧だったが、左手でシャツの端を掴まれ、成すがままに陽炎の後を続く。髪を下ろした陽炎に新鮮味を感じながら、後頭部を見つめていた朝霧だったが、突然立ち止まった陽炎に転びそうになる。

すると次の瞬間、陽炎は顔を朝霧の腹部へと押し込むと、両手を腰に回す。

 

「おう、どうしたよー」

 

何も言わずただ抱き締め続ける陽炎に困ったと頬を掻いていた朝霧だったが、頭を撫でながら引き離すと、近くの階段に腰掛けるよう促した。

 

「……しれぇ」

 

「ん?」

 

「……こわい」

 

「敵がかー?大丈夫だって、今回の面子は一味違――」

 

「ちがうっ!」

 

陽炎は立ち上がると、朝霧と目を合わせながら次の言葉を発そうとするが言い淀んでしまう。

しかし、拳を握り締めると震える声で言葉を紡いで行った。

 

「敵なんて怖くないのよ……でももし沈んじゃったら……もう司令とも、不知火とも、皆とも会えなくなる……そう考えたら……眠れなかったの」

 

嘗ての作戦では考えもしなかった。しかし、陽炎がこの半年間で過ごした時は、確実に陽炎の宝物であり、手放し難いものとなっていた。そんな事は考えまいとしていたが、作戦が迫るにつれ頭の中をぐるぐると回り始め、目を瞑れば恋しい半年間の思い出が蘇っていた。

そんな陽炎の様子を見かねた朝霧は少し待ってろと言い残すと、全力で階段を駆け下りて行った。ものの二分もしない内に息を切らしながら帰ってきた朝霧は、手に何かを握っており、それを陽炎へ向かい突き出す。

 

「これ……」

 

「お守り、これがあったら絶対大丈夫!俺を信じろ!」

 

朝霧が差し出したお守りは手作りの様で袋には何も書かれておらず、中には小さな堅い物が入っているのに気付いた。お守りを受け取った陽炎はそれを両手で握り締めると、垂れ下がっていた紐を首からかける。

 

「どう?安心した?」

 

「全然」

 

「おいぃぃぃぃ!」

 

「冗談よ……その、ありがと。何か元気になった……気がする」

 

「おう、それでいいんだよ。病むだけ損、元気になった気がしただけでも儲けもんよ……それに、そのお守り、本当にご利益あるからな!信じろよ!」

 

「はいはい……じゃ、明日に備えて寝るわ」

 

陽炎は苦笑いしながら首から下がっているお守りを手でなぞると、朝霧にお礼を言い背を向ける。しかし、一歩踏み出し立ち止まった陽炎は、少しの間静止し、肩を振るわせ始めた。

 

「そう言えば、私だけ言ってなかった」

 

「ん?」

 

「好き」

 

「ん?何だって?」

 

「もう!何でもない!」

 

顔を真っ赤に染めながら走り去っていく陽炎の背を見送った朝霧は、もう少し散歩をしておこうと階段を降り始める。陽炎にああ言ったもののこうして部屋を回った朝霧自身眠れておらず、期待と不安、様々な思いが交錯していた。

 

「……なるようになる……か」

 

結局一睡も出来なかった朝霧は、作戦当日他の艦娘に茶々を入れられながらも、無糖のコーヒーを一気に飲み干し気合を入れ、出撃予定が集う面々の前に立った。

 


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