彼は再び指揮を執る   作:shureid

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軽空母龍驤

海水で濡れた手を服で拭いながらこれまで共にした艤装である巻物広げる。

広げられた巻物から手のひらサイズの水晶の様なものが浮かび上がると、瞬く間に空へと駆けて行く。何度繰り返した動きだろうか。百、千、いや万かもしれない。ただ愚直に艦載機を飛ばし、敵を屠り続けた。何度艦載機を飛ばす訓練を繰り返したか、これを愚直と言わず何と言うか。整備を怠った日など無い。あの作戦で出撃を拒んでいる間も艦載機の整備は欠かす事は無かった。

 

「……正念場やな」

 

フラヲは余力を残して勝てる相手では無い。ましてやフラヲ改まで居ては被害艦が出ない方がおかしいと言っても過言ではない。龍驤は一呼吸置くと、高鳴る心臓を押さえつけながら赤城と加賀にとある事を告げる。

 

「赤城、加賀。あのヲ級は任せてくれへんか」

 

「ッ……何をっ!?」

 

「あんたらはこの先の敵棲地でやる事あるやろ、こう言うのは軽空母の役目や」

 

軽空母と空母では根本的に搭載出来る艦載機の数や火力に差がある。これは駆逐艦が重巡や戦艦に火力で劣る事と同義であり、それを埋める為に駆逐艦は日々砲撃の精度を上げる。空母の艦載機は基本的に妖精さんに各々の動きを預け、それ全体を空母がある程度命令し艦載機を操る。故に空母は錬度を上げる為に、艦載機を完全オートでは無く、一機でも多くマニュアルで動かす為の訓練を行う。しかし、砲弾が飛び交う戦場で艦載機を自分の意思で操るのは容易な事では無く、更に非常に集中力を要する為、赤城と加賀でさえ十機程操るのがやっとであった。後どれ位で最深部へ到達するだろうか、もしかしたらまだまだ敵が出てくるかもしれない。しかし、これは自分にしか出来無い事であり、これが自分の使命。

 

「自分で動かせる艦載機以外は引っ込めや」

 

「ちょっと待って下さいッ!敵艦載機は凡そ六十機ッ!それじゃ……」

 

「ウチ全部がやる……ええやろ、キミ」

 

「………………」

 

その会話を無線で通して聞いていた朝霧は、一瞬の間固まっていたが、直ぐ様了解の返事を出すと、龍驤は心の中で礼を言いいながら赤城と目を合わせる。返事を返した朝霧は、直後に深く椅子へ腰を預け項垂れる。出来る事ならそんな事はやって欲しくはない。艦載機全てに意識を回すと言う事は、他の注意が散漫になる。そうなればどうなるかは想像に難くなく、ましてや結婚を約束した相手にゴーサインを出すのは何が何でも阻止したい。しかし、龍驤はそれ以前に艦であり兵器である。無論それがヤケクソの捨て身であれば絶対に許可は出さないが、龍驤は唯一それが出来る。その本分を奪う事は朝霧にも出来ない事であった。

 

「……分かりました。私と加賀さんは全力でサポートします」

 

「……助かるわ」

 

龍驤が放った艦載機、流星改二十八機にその旨を伝え、同時に現在交戦中の第一艦隊、第二艦隊へ震える声を無理矢理押し込め言い放った。

 

「……今からキミらに敵艦載機を指一本触れさせへん。その代わり砲撃戦は頼んだで」

 

それがどれ程戦艦や駆逐艦達の負担を軽くさせるか、龍驤は身に染みている。空を飛び交う一機一機が自分の命を狙っているのだ。そんな中で他の皆は神経をすり減らしながら戦っている。高鳴る鼓動で心臓が破裂するのではないかと錯覚する程心拍数が上がり、息が荒くなる。

赤城が見た龍驤は既に瞬き一つしておらず、見方によってはただ空を見上げながら呆けている様にも見える。しかしそれでも隊列は一切乱しておらず、赤城達の動きに合わせ回避行動や旋回を淡々と行っており、その姿に赤城は感服する。

 

最初に音が消えた。

 

周りで鳴り響いている筈の砲撃音は掻き消え、静寂の世界が訪れる。

 

体が動かなくなる。

 

しかし、気が遠くなる程繰り返した隊列運動を体が勝手に実行する。灰色の空に自分の体ごと溶け込んでいく様な感覚に陥る。まるで空から下を見下ろす様な、この局面を将棋盤を見下ろす棋士の様に艦載機を操っていく。周りに光は無い、ただ眼前の局面をただただ見下ろす。

暗闇にただ一人、相手の顔も見えない。そんな孤独の中、淡々と戦況を読み切っていく。

 

歩が前に出た。

何故か、一瞬考えた後、奥に角が控えているからだろうと察する。ならばその進路を断とう。

敵艦載機が一機墜落する。

 

次にいきなり桂馬が攻めてきた。

何故か、此処でこれを取るか。いや、これを取った先に飛車が控えている。その進路に歩を置こう。そして桂馬を取る。敵艦載機が一機墜落する。

 

何だ、自分の銀の先に香車を置いて来た。取らなければならない。だが、これを取ればその隙に別の角が銀を取る。どうすればいいか、どれが最善手か。どうすれば味方に被害が及ばないか。

 

「龍驤さん」

 

その時、暗闇に座る自分の隣に、確かな気配を感じた。悩む龍驤の横から赤城が顔を覗かせる。

 

「何や?」

 

「此処に歩を置きましょう。同時に香車をお願いします」

 

「ありがとな」

 

「ならその角は私が取ります」

 

赤城と反対方向から加賀が盤を指差す。

 

「頼んだで」

 

敵艦載機が二機墜落する。

将棋は続く。意識を切らせてしまえば、間違い無く将棋盤へ向かい倒れてしまうだろう。キツい、しんどい。負の感情が腹の底から込み上げてくる。まるで水を張った洗面器に顔をつけ続けている様だ。顔を上げたい。しかし、龍驤の肩を赤城と加賀が支える。自分は一人ではない。一人では不可能な事も、仲間が支えてくれる。それに応えようと歯を食いしばる。

 

「龍驤さん」

 

「なんや?」

 

「貴女は何の為に其処までするのですか?」

 

「何でやろなーって、決まっとるやん。ウチらは艦や、提督に戦果をプレゼントする為やろ」

 

そこは龍驤の心中。誰にも明かさない龍驤の内面。

 

「それに、提督はウチに指輪、くれたんや。これ位しか、ウチにはお返し出来へんからな」

 

「では提督の為にと言う事ですか?」

 

加賀が首を傾げる。

 

「こう言うと薄情かもしれへんけど、皆何かの為に戦っとるやろ。ウチはたまたまあいつやったってだけやな」

 

「提督の事が好きですか?」

 

「当たり前や。だからこんだけ踏ん張れるんや。辛くても、痛くても、あいつが待ってくれとる。それだけでウチは戦える」

 

そろそろ終盤だろうか、盤面は此方に有利。このまま行けば敵の王は取れるだろう。一瞬龍驤は安堵する。しかし、将棋は盤面全てが戦場であり、どの場所からも互いに王を狙っている。

集中力が一瞬散漫になった瞬間。王の前へ、金が置かれた。周りに駒は無い。取ってしまおう。

これで撃墜、後は――。

 

「龍驤さんッッ!」

 

赤城が何かを必死な形相で叫んでいる、が、何を言っているのか聞き取れない。先程まで聞こえていた声は既に無く、龍驤の耳には何一つ音が入って来ない。

何をそんなに叫んでいるのだろうか。

次に将棋盤を見下ろした瞬間、既に自分の王は無く、其処には敵の飛車が鎮座していた。

何故だ、盤面に飛車等居なかった筈だ。何故――。

凄まじい衝撃と共に龍驤は海面を転がって行き、水の冷たさ、そして左腕に走った激痛が龍驤の意識を現実の世界へと返す。それは敵重巡が沈む直前、苦し紛れに放った一撃。少し避けるだけで回避出来るその砲撃は、本来なら当たる筈の無い龍驤の左腕に直撃した。

立膝を突いた龍驤は、凄まじい激痛、そして精神の消耗に胃の中の物を全て海面へと吐き出す。そして崩れ落ちそうになった瞬間、両脇から赤城と加賀が支え、龍驤を立ち上がらせる。

 

「………ど……なった」

 

「敵艦隊……壊滅です。此方の被害は龍驤さん以外……無しです」

 

赤城は龍驤の姿を見ると、唇を噛み締めながら震える声で報告する。

 

「はは……よかった……わぁ」

 

龍驤の覚悟が艦隊全員の意識を跳ね上げた。全員が龍驤の覚悟を受け取り、その覚悟に応えた結果、対空に要する弾薬を殆ど消費せず、無傷で敵を壊滅させた。しかし、艦隊皆の龍驤を見る目が凍り付いている事に気付く。

 

「なんか……左腕が寒いなあ」

 

龍驤の意識が段々現実へとリンクされていき、左腕に妙な違和感を感じた。赤城は表情を歪めると、龍驤を引き連れ第二艦隊と合流する。左肩を支えていた赤城の艤装は血で塗れている。加賀が右腕を支えているのに対し、赤城は左肩を支えている。

 

「……報告です。敵艦隊壊滅。此方の被害は軽空母龍驤。艤装に影響は無いですが……左腕欠損」

 

その赤城の声を聞き、ようやく龍驤は自分の左腕が跡形も無くなっている事に気付く。どう声をかけていいか分からなくなっている艦隊の面々に対し、龍驤は驚く程淡白に服を破り、右手と口を器用に使いながら左肩を力を込め縛る。

 

「……気に……せんといてや……これ位ドックで治るわ……それに艦載機はまだ……残っとるで」

 

奇跡的に艤装が無傷だった事が不幸中の幸いだった。艦娘である以上、入渠さえすればどんな怪我でも全快する。しかし、傷自体は治るものの、欠損した部位と言うのは戻る事は決して無い。胃に穴が空こうが、骨が砕けようが体の内部的な傷は癒えるが、完全に消え去った部位は修復される事は無い。これ以上進軍させるべきだろうか、赤城は非常に悩んでいた。

此処で撤退しては龍驤の覚悟は水の泡になる。しかし、片腕を失い精神を消耗しきった龍驤を進軍させるのもまた、非常に危険であった。この危険海域を単独で退避させる事は不可能である。かと言って駆逐艦を曳航させれば、主力戦力から二人も戦力を失う事になる。これが海域の緒戦だったなら、一旦退避と言う考えもあったが、其処は既に最深部近くである。

赤城は自分の判断では決めかねると朝霧に判断を仰ぐ。眉間に皺を寄せ低く唸る朝霧だったが、龍驤のある呟きで更にその顔を歪めた。

 

「ははっ……指輪、無くなってもうたな……」

 

「っ…………」

 

その時、主力部隊と朝霧の元に第三艦隊からの飛龍から打電が入る。

 

「敵確認しましたッ!敵編成は空母ヲ級改flagship、空母ヲ級改flagship、軽巡ツ級elite、軽巡ツ級elite、駆逐ニ級後期型elite、駆逐ニ級後期型elite……恐らく編成から見てこれが敵棲地目前でしょうか……」

 

酷すぎる。

朝霧はそう呟きながら天井を仰ぎ、フラヲ改が二体も確認された事にこの作戦の難易度を改めて実感する。

 

「なら、それもウチが……やるで」

 

「っ……ですがッ!」

 

「ええねん。こうやってまたこうして……此処まで来れたんは……皆のお陰や……恩返しさせてな……」

 

朝霧は唇を血が出んばかりの勢いで噛み締めながら、感情論を捨て考える。もし、次の戦いで再び龍驤が敵空母を相手取り、今と同じ無傷で最深部へ辿り着ければ、どれ程勝率が上がるだろうか。第三艦隊は道中で弾薬を全て消費する。撤退すると同時に龍驤を曳航させる事も可能だろう。この采配が全ての鍵を握る。朝霧としては龍驤の考えと同じく赤城と加賀を最深部の為に温存させておきたい。

かと言って、今回はたまたま片腕で済んだものの、あれが艤装に直撃すれば轟沈の可能性だってあった。どす黒い感情が湧き上がってくる。冷や汗がシャツを濡らし、額は汗で塗れている。戦いに絶対は無い。朝霧はそれが身に染みており、更に判断を決めあぐねる。

 

「提督ッ!砲撃を開始しますかッ!?」

 

飛龍の声に第三艦隊へ砲撃命令を出すと、決めあぐねている時間も無くなっている事に焦りを生む。

 

「信じてや、ウチを」

 

「……龍驤……頼めるか、だけど条件だ。絶対次の戦闘で第三艦隊と一緒に退避しろ」

 

「……ありがとうな」

 

龍驤は皆と向きなおすと、何時も通りの人懐っこい笑顔を浮かべ言い放つ。

 

「次も絶対艦載機には邪魔させへん。せやから、頼むで」

 

主力艦隊の最古参であり、鎮守府を支え続けた仲間に此処まで言われ、燃えない艦娘等居ない。先程からの龍驤の覚悟に艦隊のモチベーションは上昇の一途と辿っており、所謂戦意高揚状態にあった。

艦隊は進軍する。この時、全員の心中には絶対に沈ませるものかと、断固たる決意があった。

その雰囲気を朝霧は感じ、龍驤に感謝しながら第三艦隊の報告を待つ。赤城はこの時、朝霧が言ったこの作戦には龍驤が必要不可欠と言った意味が、戦力としてだけでは無く、その覚悟とそれが及ぼす全体の戦意高揚にあると察する。

同じく龍驤は心の中で断固たる決意があった。

 

 

キミは、この作戦が失敗したらどうするんやろな。

やっぱり此処から出て行くんか?

絶対に、ウチがそんな事はさせへん。

さて、もうひと踏ん張りや。

 

 

 

 

 


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