彼は再び指揮を執る   作:shureid

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第六駆逐隊救出作戦

時は少し遡り、横浜鎮守府の司令室にて。呉鎮守府へと向けて発信した電話が、数コール後に取られ、若干のノイズと共に艦娘の声が受話器の向こうから流れてくる。

 

「はい、呉鎮守府指令室です」

 

「こちら横浜鎮守府だ、緊急だからすぐに答えてくれ。ここ数日間、高難易度海域に出撃したか?」

 

「え……?」

 

その日は出撃する予定が無く、二航戦飛龍は提督の補佐役、秘書官として司令室で雑務をこなしていた。呉鎮守府の指令室で鳴った電話をすぐさま取った飛龍は、聞き覚えの無い声と突然の質問に返答に一瞬戸惑う。今は野暮用でたまたま提督が司令室に居らず、代わりに電話を取ったのだが、答えていいものなのかと悩む。しかし、受話器横に設置されたディスプレイの発信番号は確かに横浜鎮守府の司令室であり、緊急を要すると言う事で返答することを決める。

 

「はい、先日第一艦隊がE海域に出撃しました」

 

「その中に鬼か姫は居たか?」

 

深海棲艦はイロハ順に名前がつけられるが、それとは一線を画した強さを持つ深海棲艦が居る。それはより人型に近く、より人類に対する憎しみを持っており、鬼や姫の名をつけられている。先日まさに自分が参加していた為記憶に新しい。

 

「そういえば……elite級やflagship級は居ましたが、鬼や姫といった上位固体は確認出来ませんでした。そこは現在の最深地でしたので少し疑問でしたが」

 

「その出撃した海域は?」

 

「南のサーモン海域です」

 

「助かる、礼はまた」

 

朝霧はそう言い残すと一方的に電話を切り、こちらの指示を待っている面々に体を向ける。

 

「ビンゴだ、舞鎮にかける手間が省けた。瑞鶴、第六が対敵したのは何隻だ?」

 

「目視で十一隻、大体二艦隊分よ」

 

「……今出撃しているのは?」

 

「さっき重巡の利根、筑摩、那智、羽黒、軽巡の川内、神通に第六駆逐隊の捜索、付近の哨戒に行ってもらったわ」

 

「……まずいかもな」

 

「どういうことです?」

 

朝霧はファイルを棚に並んだファイルを漁り、第六駆逐隊から最後に打電が入った珊瑚礁付近の地図を取り出すと、サーモン海域との距離を測る。目を地図に落としたまま、緊張と焦燥が混ざった音色で翔鶴を呼び寄せる。

 

「対敵地点は?」

 

「この辺りだそうです」

 

翔鶴は朝霧によって広げられた地図の、ある一点を指差す。

 

「……多分奴らは第六駆逐隊を餌にしてる。間抜けに助けに行けば鬼か姫とご対面だ」

 

その地図を折りたたみ、ポケットに押し込むと顔を上げ、司令室に設置されている入渠中の船を見ることの出来るディスプレイを確認しながら、頭を回転させる。

 

「それって……」

 

その言葉を聞き、一同に動揺が走る。陽炎を始めとする駆逐艦の面々は少し青ざめており、瑞鶴はしまったという表情を浮かべる。

朝霧の異様な焦り様を見た瑞鶴は、先ほどの電話と照らし合わせ一つの結論を出す。

 

「助けに来た艦隊を確実に沈めるための手の込んだ罠……ってこと?」

 

「可能性が高い、今すぐ出るぞ」

 

「はいッ!」

 

一同は敬礼すると提督としての朝霧の指示を仰ぐ。

 

「瑞鶴!戦艦と空母を集めて一秒でも早く追いつけ!一人も沈ませるなッ!第七駆逐隊は燃料を全部使ってもいい、全速で珊瑚礁を迂回して瑞鶴達と向かい合う形を取れッ!」

 

陽炎を先頭とし、真っ先に出撃ドッグへ走り出した第七駆逐隊の後に朝霧も続き、残された瑞鶴は鎮守府内の放送で手の空いてる者を募る。朝霧は第七駆逐隊の小さくなっている背中を見ながら、とある場所へ向かう道中。更に考えをまとめていく。まず第六駆逐隊が一人も轟沈していないことが疑問だった、戦艦や空母に襲われて大破二人だけというのは有り得ない、何よりタンカーに攻撃が向いていなかった。さっきの呉への電話で、南方奥地のサーモン海域で姫や鬼の存在が確認できなかった事を知り、最悪の可能性を考える。

 

深海棲艦はだんだんこちらの心理を理解し始めている――。

第六駆逐隊を沈めずに、かつ逃げられない状況に追い込めばどうするか、確実に奴らはこの死に損ない共を助けに来るだろう。あちらには燃料などの資源が限られている。救助に来るのは海域を攻略する空母や戦艦中心の編成ではなく、少々手強い深海棲艦を相手するつもりの編成だろう。ならば、その油断を掬ってやろう。同じ方角のサーモン海域に上位固体が居る、そこを捨ててもいい。この作戦ならば、助けに来た間抜けな重巡や軽巡を沈め、その後ゆっくりと猪口才駆逐艦共を確実に沈めることが出来る。

 

「……させねーよ」

 

最後の作戦を打つ為、朝霧は入渠ドッグへと急いだ。その道中、ガラスを通し窓から漏れ、容赦なく照りつける日差しに顔をしかめると、晴天の空を見上げる。朝霧が見上げた空と同じ空。雲無く、日差しが燦々と照りつけ続けているその晴天を、翔けている艦載機は筑摩達を挟み込んでいた深海棲艦に狙いを定め、爆撃を開始する。艦載機が放たれた水平線上を見つめると、瑞鶴、翔鶴を先導とした、軽空母龍驤、隼鷹、飛鷹の空母機動部隊が此方に向かい滑走している姿が見えた。その後から、航空戦艦扶桑、山城、榛名、霧島、鈴谷、熊野と、戦艦を中心とした遊撃部隊が続く。戦艦による主に南方棲戦姫へ狙いが定められた砲撃は、確実に南方棲戦姫の足を止め、その装甲を剥がしていく。

 

「何で……主力部隊が……」

 

呆気に取られていた筑摩だが、自分達の目の前にはレ級が未だに佇んでいることを思い出し、警戒態勢を取る。レ級から放たれた艦載機は、空母部隊の艦載機により撃ち落されたが、戦艦の名の通りレ級は強烈な砲撃も手にしている。レ級は再び不気味な笑みを浮かべると、その主砲を筑摩達に向ける。

 

「くっ……主力部隊は間に合わないっ!皆さん左舷へ旋回!主力部隊に合流します!」

 

主力部隊が此方に到着するより、レ級の砲撃で自分達が沈められるのは火を見るより明らかだった。背中に備えられた主砲はその笑みとは裏腹に、筑摩達の命を一撃で刈り取る死の鎌と成りえる。神通達は指示通り、舵を左舷へ取り、旋回運動を開始する。しかし、神通達の後ろに筑摩は着いておらず、その場に取り残されていた。

 

「筑摩さんッ!」

 

筑摩は足を踏ん張り、旋回しようと試みるが、利根を支えている上、自分の艤装も砲撃で故障する箇所が出ており、先ほどの全速運動により足の艤装は満足な機能を果たしていなかった。もはや動くことも出来なくなった筑摩は、今まさに砲撃を撃たんとしているレ級と目が合う。何とか目視出来るという距離ではあったが、筑摩は確かに、レ級が木偶と化している自分達を嘲笑っているのが読み取れた。

 

「此処まで……きて――」

 

もはや此処までかと思い、せめて利根だけは庇おうとレ級に背を向け、利根を抱き寄せ目を瞑り、衝撃に備える。しかし、筑摩の耳に届いたのは、自分達を屠る衝撃では無く、爆音と共に上がる水飛沫の音だった。

 

「間に合ったっ!第七駆逐隊の出番よみんな!」

 

全速で後方へ回り込んでいた第七駆逐隊は、レ級へ魚雷を一斉掃射し、間一髪のところで砲撃を防いでいた。駆逐艦の攻撃とはいえ、魚雷が背後から直撃したレ級は、装甲の半分が崩れ、海に膝を着いていた。先ほどの笑みとは一変、その表情は玩具を目の前で取り上げられた子供の様に、憎悪の感情が浮かんでいた。レ級は筑摩達から第七駆逐隊へ主砲を向け、砲撃するが、万全の状態の駆逐艦相手に、夾叉無しでは掠りもしない。

 

「みんなっ!筑摩さん達を助けに行くわよ!」

 

陽炎の一言により、レ級と一定の距離を空け、面々は手にある副砲をレ級に放ちながら円を描くように筑摩へ滑走する。一方の主力艦隊は、空母ヲ級や戦艦タ級を確実に沈めながら、南方棲戦姫へと近付いていった。

 

「敵艦残り駆逐艦六隻、軽巡四隻!南方棲戦姫と戦艦レ級!行けるわ!」

 

空母部隊は、後方に居た深海棲艦は戦艦の遊撃部隊全て撃破したことを確認すると、前方の深海棲艦へ艦載機を発艦する。潜水艦の攻撃に注意しつつ、意表を突かれ、統制が乱れている深海棲艦を次々と撃破していくと、第七駆逐隊が筑摩達と合流したことを確認する。

 

「このまま駆逐艦と軽巡を落とすわ!その後あの二体を片付ける!」

 

駆逐艦や軽巡の群れを落とさなければ南方棲戦姫に近付くことが出来ない。しかし、此方の損害は殆ど無く、筑摩達も無事陽炎達と合流しレ級の砲撃から守っている。此方の有利は動かなかった。一方、南方棲戦姫は、自分達の手が読みきられていることに気付き、イラつきを覚える。

 

「コザカシイ人間ドモガ……ッ!」

 

しかし、こうなってしまっては此方側は沈んでいくしかない。

遠くない未来、駆逐艦や軽巡が落とされ、自分やレ級も数の暴力により屠られるだろう。

 

ならば。

 

ならば――。

 

「セメテアノ駆逐艦ダケデモ……シズメル」

 

南方棲戦姫の脳裏には、自分達に餌として生かされている駆逐艦四隻の姿が過ぎる。あの駆逐艦なら、レ級か自分の砲撃一発で確実に沈めることが出来る。南方棲戦姫はレ級に合図を送ると、同時に駆逐艦や軽巡に命令を出す。自分達の盾となれと。

 

「なっ……」

 

今まで縦一列の単縦陣を取っていた駆逐艦達が、急に動きを見せた。南方棲戦姫を隠すように、横一列に並び、進路を珊瑚礁へと向け全速で滑走し始めていた。それを受けたレ級も踵を返し、珊瑚礁へと向かい走り出す。

 

「撤退かしら……?」

 

「いやあの方向は……まさか……ッ!」

 

瑞鶴の脳裏には、助けを待っているはずの第六駆逐隊の姿が映る。勝ち目がないと踏んだ深海棲艦が、確実に艦娘を屠るため、瀕死の第六駆逐隊へ引導を渡しに向かったのだとすれば。南方棲戦姫の狙いに気付いた瑞鶴は、艦載機を放ち、戦艦達も砲撃を打ち込むが、十数に上る駆逐艦達の壁を突破することが出来ない。

 

「っ!全艦全力で追うわよ!……私の馬鹿!」

 

出遅れたと唇を噛んだ瑞鶴は、慢心していた自分に渇を入れ、全速で南方棲戦姫の後を追う。その後、第七駆逐隊に追いついた瑞鶴は、鎮守府へ撤退の指示を出す。

 

「第七駆逐隊は筑摩達を連れて鎮守府へ戻って!」

 

その頃には、南方棲戦姫の姿は、目視でなんとか確認できるほどの距離まで離されていた。

 

「お願い間に合ってッ!」

 

空母機動部隊、そして遊撃部隊は艤装に力を込め、オーバーヒートによる破損も厭わず、まさに全身全霊で敵深海棲艦を後を追う。

 


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