彼は再び指揮を執る   作:shureid

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最深部

第四艦隊の姿が見えない。作戦が必ずしもそれ通りに行く事はむしろ稀であり、トラブルは付き物である。この海域の事だ、もしかしたら自分達と合流する前に他の深海棲艦と対敵しているのかもしれない。

 

「――さん」

 

しかし、無線封鎖をするまで朝霧からその旨は伝えられていないのに加え、自分達に報告も無い。つまり何らかの理由で遅れているか、いや、遅れていたのなら朝霧から前もって何か伝えられる筈だ。なら無線封鎖直後、つまり自分達と合流直前に何かあったと考えるべきだろう。

 

「――城さん」

 

そうなれば、もしかしたら深海棲艦が直ぐそこに迫っていたと考えるべきだろうか、ならば見切りをつけて早々に進軍するべきだが、第四艦隊を欠いたまま最深部へと向かうのは些か危険ではないだろうか。

 

「赤城さんッ!」

 

「へっ……あ……ごめんなさい」

 

加賀に耳元で叫ばれ、ようやく我に返った赤城は、第二艦隊旗艦のビスマルクに赤城の考えを伝え状況を判断する。

 

「そうね……その可能性はあるわ。第四艦隊との合流は難しくなったかもしれないわね。そうなると……」

 

「いこういこうー。どうせ提督の事だし、空母が足りない事に関しては何とかしてくれるってー」

 

楽観的な北上の気の抜けた声に、一同の張り詰めていた緊張は多少薄らいだが、北上の言うとおり此処で足を止めていても仕方が無いと言う事実も各々の頭の中には浮かんでいた。

 

「……では、進軍します。恐らく次が最深部。深海棲艦もより強力なものになるでしょう。ですが――」

 

「私達に任せて下さいネー!」

 

「はい!比叡!気合入れて行きます!」

 

「あら、ドイツ艦だって負けてないわよ。ねえプリンツ」

 

「はい!ビスマルクお姉さま!」

 

「北上さぁぁん!頑張りましょう!」

 

「阿武隈も、頑張ります!」

 

「いっちゃいますかー」

 

「夕立も行けるっぽい!」

 

「行こう!」

 

赤城は面々の心強い声に強く頷き、今まで自分を支え続けてきてくれた加賀と目を合わせる。

何も言わずとも伝わっていると、笑みを浮かべた加賀に感謝の念を抱きながら、目標を最深部に見据え主力部隊は海の上を駆け出した。

一方、横浜鎮守府工廠では、未だにヲ級が朝霧から手を離さず、顔を胸板に埋めていた。

あの時伸ばせなかった手を朝霧の腰へ回し、あれから一言も声を漏らさずただただその余韻に酔いしれている。

 

「あのー。ヲ級さん?そろそろ、と言うか頭のそれがゴツゴツ当たって痛いんですけど」

 

「……仕方ないね。色々聞きたいことはあるんだけど……」

 

「簡単な事よ、お前を造ったんだよ。つまりこれで完全な俺の部下って事だな」

 

「へえー。深海棲艦って提督も作れるんだ」

 

「言い方に語弊があるな……。お前だから、だよ」

 

「キャー!それって告白?」

 

「やかましい。それに時間が無いんだよ」

 

「何?私の初陣?」

 

「ああ、と言っても最初で最後になるかもな。今すぐ今から教える海域まで行って深海棲艦共をぶっ倒して来い」

 

「了解であります、提督どの」

 

帰って来たばかりのヲ級は、不思議と気分が良かった。勿論沈んだ時の事を忘れた訳ではない。しかし、今はあの時よりも心の奥底が澄んでおり、多少あった人類への敵意が完全に失せている事に気付く。ヲ級は自分の頭部の艤装を撫でながら、朝霧から体を離すと、改めて向かい合う。

 

「そう言えば、私が行っても大丈夫なの?見た目完全にヲ級だよ」

 

盲点だったと頭を抱えた朝霧は、肝心のコンタクトを取っていた不知火が第四艦隊に居る事に気付く。現状主力部隊でヲ級の事情を知っているのは北上と金剛位であろう。加えて敵が入り乱れる最深部で突っ込んで行ってはもしかしたら敵として狙われる可能性もある。

こうして向かい合いヲ級の瞳を見ると明らかに異質であり、判別はつくのだが、今の主力部隊にそれを見分けろと言うのは不可能であろう。

 

「……どうしようか、無線は封鎖してるし」

 

「じゃあこれで行く?」

 

ヲ級は頭部の艤装を外すと慎重に床へ置き、背に羽織っている黒いマントをその上に被せる。

白銀のサラサラとした髪が露になったヲ級は、パッと見てもヲ級に見えない。ヲ級をヲ級たらしめている部分はやはりあの頭部の艤装であり、それがなければ一瞬誰だか分からなくなる。

 

「それじゃあ艦載機出せないんじゃないか」

 

「いいよ別に、私素手でも強いし。あのオバさん沈めたの素手だよ?」

 

このヲ級は艤装が無いまま防空棲姫と戦い、そして勝利した。勝利したと言うより相打ちと言う表現が正しいであろうが、このヲ級が艤装を持たずとも戦力になりえるのはその発言で理解する。制空権が欲しかったのだが、直接相手を殴り倒せるならば、それでもお釣りが来る程だろう。

 

「……分かった、その代わり絶対に条件がある」

 

「んー?」

 

「沈むな。この前はいざ知らず、お前はもう俺の艦だ。素手とはいえ捨て身の攻撃は絶対にするなよ」

 

「当たり前だよ。せっかく提督とまた会えたのに、このチャンスを溝に捨てるなんてしないよー」

 

「……じゃあ、頼めるか?」

 

「了解!」

 

その後、ヲ級に正確な場所を伝え、すぐさま出撃するよう命令し、出撃ドックへと急ぐ。事の成り行きをただただ傍観していた明石も急いでその後を追う。今までは岩場や堤防から直接降りていたヲ級は、少しはしゃぎながらドックの中を見渡すと、海面の目前で足を止め振り向く。

 

「じゃ、行ってくるねー。五分で終わらせてくるよー」

 

「ああ、行って来い」

 

勢い良く海面へと飛び出したヲ級は、嘗て無い程の速度で海面を疾走し、気付いた時には既に水平線の奥へと消えていった。

 

「ええと……凄く頼もしいですね」

 

「……フラヲ改だからな」

 

「でも、ヲ級の見分け方って瞳の色ですよね。あれって両方青色ですけど普通のヲ級では無いんでしょうか」

 

「防空棲姫を倒したのなら確実にフラヲ改だろ。出会った時はもう両方青色のオーラが出てたよ」

 

「うーん……謎な事ばかりですね」

 

「だな。さて、俺は戻るから、あの艤装片付けておいてくれ」

 

「はい」

 

朝霧が司令室へと向かい歩き始めている間、ヲ級は吹き抜ける涼しい風に心を躍らせていた。

まさか戻って来れるとは夢にも思わなかった。ヲ級は両手を空に向け手を伸ばすと、その手を握り締める。あの時、伸ばそうとももげてしまった手、それが届く。気分が高揚し、更に速度が上がる。これ程気分が良いのは初めてだろう。今ならどんな敵が来ようと素手でも倒せる自信がある。黒い手袋を嵌め直したヲ級は段々雲が重なり合い薄暗くなって来ている事に気付き、警戒体勢に入る。

 

「まっ、何が来ようが私は無敵だー!」

 

 

 

 

「プリンツッ!」

 

「大井っちッ!」

 

「きゃぁ!」

 

「くッ!」

 

そんなヲ級とは裏腹に、主力部隊の面々の表情は非常に渋く、息を切らせながら歯を食いしばっていた。覚悟はしていた。だが敵のあまりの強大さに、一同の士気は下がり始め、戦況は大きく傾いていた。

防空棲姫。

戦艦棲姫。

戦艦棲姫。

重巡ネ級elite。

駆逐ニ級後期型elite。

駆逐ニ級後期型elite。

それはあまりに強力であり、防空棲姫の対空能力は赤城と加賀の心を折ってしまう程であった。艦載機を撃てども撃てども全て叩き落され、その度薄ら笑いを浮かべている防空棲姫がまさに死神にも見えた。敵に空母が居ないのが幸いだろうか、それでも空母がただの置物と化している現状は非常に不味いと言えた。

戦艦棲姫の砲撃が直撃し、プリンツ、大井の艤装は炎上し、使い物にならなくなる。一撃一撃が非常に強力な戦艦棲姫の砲撃が矢の様に降り注いで来る。

その光景に戦慄した阿武隈は、必死に心が折れぬ様耐えながら魚雷を放つ。雷巡までとは行かないものの、大規模改装により強力な魚雷を撃てる様になった阿武隈は戦艦棲姫へ狙いを定め放つが、目視で回避された後、反撃されその砲弾が脇腹を掠めていく。

開幕に大井とプリンツが大破したものの、阿武隈と夕立、時雨の踏ん張りで何とか初っ端に駆逐艦二隻とネ級を落としたのは幸先が良かったが、その後戦況は膠着状態が続き、やはり防空棲姫と戦艦棲姫二隻が非常に脅威であった。防空棲姫に狙いを定めるも、戦艦棲姫が壁になり攻撃が届く事が無い。それに加え戦艦棲姫は火力、装甲、耐久がどれも優れており、そう簡単に落とせる相手では無かった。更に絶望的なのは、防空棲姫の装甲であった。戦艦棲姫を遥かに凌駕するその装甲は、そうやすやすと抜けるものではなく、軽巡や駆逐艦の砲撃程度なら掠り傷一つつける事さえ出来ない。赤城は先ず狙いを戦艦棲姫に絞るように決定し、それを各々に伝える。主力部隊の面々は先程から戦艦棲姫への攻撃に重点を置いているが、決定打に至っていない。

その理由は敵の火力によるものであり、敵三体の内どの砲撃が直撃しても大破が確実と、まるでロシアンルーレットとも言える状況で冷静になり切れるもの等居なかった。

更に空母の艦載機は悉く落とされ、もう出せる残りの艦載機は残っておらず、撤退しようにも目の前の敵から全力で逃げる燃料も無く、大破した二人を庇いながら背を向けるのは不可能とも言えた。

ならば、倒さねばなるまい。しかし、唯一まともに動け、敵に打撃を与える事の出来るのは現状ビスマルク、金剛、比叡、北上の四人であった。

時雨はプリンツを、夕立は大井に手を貸し、敵の砲撃を避けるので精一杯であった。

 

「お姉さま」

 

「デスネ。私達で決めるしかありまセン」

 

「どうするのッ!?」

 

「考えてる暇は無いねー。あたしの魚雷も後一回しか撃てないし……仕方ないか、あたしとビス子が一瞬隙を作るから、二人は頑張ってねー。後赤城さんと加賀さんはそのまま艦載機出して防空棲姫の足止めで」

 

「誰がビス子よ!」

 

「……いいんデスカ?私達に託して」

 

「良いも悪いも無いよ。信じてるからさー。じゃ、ちゃっちゃと行きますか!」

 

北上は金剛、比叡、ビスマルクにその作戦を伝えると、その内容を聞いたビスマルクの顔は蒼白になり、出来るものかと怒鳴る。

 

「まあ、やるしか無いよね」

 

「うっ……分かったわよ。その代わりあなたもしっかり狙ってよね」

 

「ほいほい」

 

思い立ったが吉日と言わんばかりに北上は作戦実行の為、最後の魚雷を二隻の戦艦棲姫の間に発射する。

そのタイミングに合わせ、赤城と加賀は残り少ない艦載機を発艦し、金剛と比叡はその魚雷の後を追うように海面を疾走し始める。

 

 

「チャンスは一回、このまま当たらない砲撃を撃つより絶対当たる距離で撃つのが賢いよねえ。あたしの魚雷が戦艦棲姫に当たる前、と言ってもどうせ当たらないから届く前じゃないと意味ないけど。あたしとビス子で魚雷を直接撃ち抜くよ。そしたら大爆発。それに乗じて金剛と比叡が戦艦棲姫を叩く、多分一番難難易度高いのは動いてる魚雷に直接当てるうちらだから、頑張ろー」

 


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