彼は再び指揮を執る   作:shureid

51 / 52
バトンを繋げ

 

自分が天才だと思った事がある。それは驕りでは無く、他人に出来ない事がいとも容易く出来た。更に雷巡として高みに登り続け、性能面を取れば戦艦とも引けを取らないと言えるだろう。15.5cm三連装副砲のトリガーに指を掛けながら、北上は己の手が少し震えている事に気付いた。時は着々と迫る。戦艦棲姫が特攻を仕掛けてくると勘違いし、その主砲を金剛と比叡に向けたその瞬間から、弾が発射されるまでの刹那の間、それが迫りつつある事に動揺しているのだろうか。アドレナリンが大量に分泌される。視界はぼやけ心なしか先程より暗くなっている様に感じる。そして周りの音が消え、まるで自分だけの世界に入り込んだ様に北上は感じられた。

 

「ねえ提督」

 

「ん?」

 

「外したらどうしよっか」

 

考えるな。

 

「大丈夫、大丈夫。外しても次がある」

 

ぽつんとだだっ広い空間で向かい合っている目の前の朝霧の顔はよく見えない。

 

「だよねえ。援軍も来るかもしれないし」

 

チャンスは一度だ。援軍も来る訳が無い。

 

「そうそう、何時ものお前みたいに気楽に考えようや。適当にやれよ」

 

「かな?まあとりあえず撃ってみて外れたらその時だよねえ」

 

今まで物事を楽観的に考えても、その物事を蔑ろにした事等一度も無い。止めろ、あたしの提督は絶対そんな事を言わない。

 

「そう言うことだ」

 

しかし、北上の声は届かない。まるで何かが自分に絡み付いているかの様にさえ錯覚する程、北上の平常心は雁字搦めになっていた。朝霧はヘラヘラと笑っている。もうその時が来る、焦燥感のみで卒倒しそうな気分の悪さだ。ああ、もう終わりか。また、あの時みたいに自分は仲間と共に沈――。

 

「しっかりしなさいッ!」

 

その瞬間、目の前に居た朝霧がまるで飛散する様に消え去り、直後胸倉を掴み上げられる。

 

「それでも主力艦隊の一員なのッ!?Admiralが貴女を主力艦隊に抜擢したのは性能が良いからッ!?違うでしょッ!」

 

「っ!」

 

「貴女が雷巡北上じゃなく、北上だったからこそでしょッ!?」

 

どんな強敵だろうと物怖じしない。楽観主義者に見えてもその実、向かう事に関しては真剣で一直線に進んで行く。仲間の事を思いやり、着任当初の朝霧を支え続けていた横浜鎮守府の立役者。その瞬間、胸倉を掴んでいたビスマルクの背後に、今度ははっきりとした形で朝霧の姿が映った。朝霧は右手を握り締め、北上に向かい突き出す。

 

「行けよ、北上」

 

「りょーかい」

 

大丈夫だ。視界は鮮明に見える。今なら海の上に浮かぶゴルフボールにさえ当てられそうだ。

自分の肩に置かれたビスマルクの手に自分の手を重ね、感謝の意を呟く。

 

「ほいじゃー、ハイパー北上さまの本気、見せますかー!」

 

時は迫った。後コンマ数秒後には戦艦棲姫の主砲は金剛に向けられるであろう。その腕が上がりきる直前。戦艦棲姫の目の前にはまるで海中から何かが噴出した様に感じる程、凄まじい水柱が視界を覆う。

それはまるでリレーの様だった。同じ想いのバトンを受け渡していく。北上とビスマルクのバトンは、確かに金剛と比叡の手に渡った。突然の水柱に怯んだものの、先程までの進路へすかさず主砲を放つ。しかし、その主砲は水の中を空しく通り抜けて行き、海面へと突き刺さる。

水柱の水位が低くなっていき、戦艦棲姫の視界がようやく取り戻された時には既に、金剛と比叡の姿は無い。戦艦棲姫は野生の勘を働かせ、両者共に主砲を死角となる左右へと向け、間髪入れず撃ち抜く。

左方の戦艦棲姫が主砲を放った直後、爆音と共に火柱が上がり、戦艦棲姫はとりあえず一匹仕留めたとほくそ笑む。しかし、その爆音に紛れ右方の戦艦棲姫からの火柱が噴き力無く崩れ落ちていた。

 

「コザカシイ……」

 

これで一対一かと考え、戦艦棲姫は右方の戦艦棲姫を仕留めたであろう戦艦と向かい合う為体を捻り、主砲を向ける。此方へ向かい主砲を構えていたのは髪の長い方の戦艦であり、先程自分が仕留めたのは短髪の方かと判断し、直後に主砲をそれに目掛け撃ち抜く。

二人の距離はもう十メートルも無いだろう。当たれば一撃必殺の距離と成り得る。戦艦棲姫の放った砲撃は金剛の顔面を掠めて行く。対に金剛の放った主砲も戦艦棲姫を掠め、砲弾は海の中へと吸い込まれていく。

それから数秒も無く、再び互いに銃口を向け合い、主砲を撃ち抜く。金剛が放った砲撃はまたもや戦艦棲姫の脇腹を掠めて行き、戦艦棲姫の放った砲弾を回避しようと体を捻る。

しかし、その瞬間、まるで何トンもの重りが自分の上に圧し掛かったかの様に膝が垂直に折れる。先程一隻目の戦艦棲姫を沈める際、その砲撃は直撃はしなかったものの、力が入らなくなる程度には金剛の右足にダメージを与えていた。

やがて戦艦棲姫の砲弾は自分の眼前まで迫り、それを回避する手段も無く金剛の腹部に砲弾が直撃し、大爆発を引き起こす。凄まじい衝撃に、意識が飛びそうになりながらも何とかそれを手繰り寄せる。しかし、体は思う様に動かせず、崩れ落ち始める。

とりあえず厄介な戦艦を仕留めたと、戦艦棲姫は崩れ行く金剛を眺めた後、残りの艦娘をどう処理しようかと体を向き直す。その直前。煙が上がっている中から、確かに、その戦艦が右手の拳を前に突き出しているのが映る。

 

何を――。

 

確かに繋いだデス。比叡――。

 

バトンは渡る。

 

その瞬間、戦艦棲姫の足は海面から離れ、何かに持ち上げられている様な感覚に陥る。一瞬何が起きているのか理解出来なかったが、それの正体を見て理解する。

それもその筈であった。何故なら額から血を流し、圧し折れた右腕を宙に遊ばせ、鬼の形相で此方を睨み付けながら左手一本で自分を持ち上げている戦艦が其処に立っていたから。

 

「艦娘をッ!嘗めるなァァァッ!」

 

こうなれば避けるも何も無い。考える間も無く火を噴いた比叡の主砲は戦艦棲姫の上半身を吹き飛ばし、その反動で自身も海へと転がって行く。

 

「ッハァ……ハァ……」

 

海へ沈んでいく戦艦棲姫を確認した比叡は、歯を食いしばりながら金剛へと駆け寄り、左腕を掴むと自身の肩へと回し、立ち上がらせる。比叡は頭から飛んでいたと焦りつつ防空棲姫の動向を確認するが、空母が操る決死の艦載機に舌を巻き、此方からは意識が反れている事に安堵し、金剛を引っ張りながら隊列へと復帰する。

そして加賀の最後の艦載機を撃ち落した後、既に満身創痍の面々へと向き直し、不気味な笑みを浮かべる。

 

「ッ……」

 

厳しい。と赤城は冷静に現状を把握する。比叡、金剛は言わずもがな大破。プリンツ、大井が大破し、夕立と時雨が付き添っている。北上は魚雷を撃ち尽くし、阿武隈とビスマルクも弾薬が尽きかけている。加賀の艦載機は殆ど残っておらず、赤城の艦載機も底を突く所だった。それに加え両名とも防空棲姫の砲撃を多少なりとも受け、艦載機をマニュアルで動かし、精神力を大幅に消耗していた。現状で防空棲姫を撃破するのは不可能と言い切っても過言では無く、残された手段は撤退のみだったが、これ程大破者が出ていればそれも厳しい。

自分が囮になる事も考えたが、今の墨田も朝霧も、それを絶対に許さないだろう。

 

(……提督)

 

それは長いトンネルの様だった。

赤城は艦として沈んだ頃から、そのトンネルを歩き続けている様な気がしていた。

最初は全く先が見えないような暗いトンネルだったが、段々と先に光が見えてきている様に感じた。やがて光は大きくなり、もう出口の直前まで足を踏み入れている所まで来ていた。

しかし、その光は遠ざかっていき、再び周りは闇ばかりのトンネルに取り残されていた。

 

「赤城さ――」

 

ああ、よく見える。自身に迫っている防空棲姫の砲撃が。

もう腕も上がらず、その砲撃を避ける事も叶わない。

 

防空棲姫の火力は凄まじい、小破している自分ならばもしかすれば轟沈するかもしれない。

ごめんなさい、加賀さん。言葉にしようとするが口も開かない。

 

ああ、後一秒――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだ、眩しい。刹那の間、赤城の進んでいたトンネルは既に出口を抜けており、そこには目も開けてられない程の光が満ちていた。

振り返った赤城の視界の先には朝霧が立っており、顎で前を指し示した。

 

 

 

最後のバトンが渡る。

 

赤城に着弾する寸前、その砲弾は不自然な動きで上へ跳ね上がると、赤城を飛び越え後方の海面へと着弾する。目の前には白い布が靡いており、それは赤城の眼前を覆う。

そしてそれは前方へ遠ざかって行き、防空棲姫の元へと駆け出していた。

 

 

 

 

 

思考が停止していた。

だが、その時北上は何故か自分の役割が分かっていた様に感じた。ああ、自分のキャラでも無いな。大声を出した記憶等無い。しかし、それを受け取った北上は、大きく息を吸うと、腹の底から湧き上がってくるものと共にかつて無い程の声を上げる。

 

「総員ッ!あのヲ級を援護ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

  

ああ、楽しい、愉しい、嬉しい。ヲ級はかつて無い程多彩な感情が胸に渦巻く中で、頬を緩ませ顔を綻ばせながら海上を疾走していた。皆が自分の為に、傷つきながらも決死の形相で防空棲姫への砲撃を続けている。背に受けたその想いを今なら感じられる。使役するだけでは無く互いを助け合う艦娘、思えばそれに近くもあり遠くもあるどっちつかずの存在だった自分は、誰よりもそれに憧れていた。今、それが叶っている。普通に突っ込んでいけば防空棲姫の的であろうが、艦娘達の援護により此方に狙いを定め辛くなっている。

おおよそ顔が鮮明に見える距離まで近付いただろうか、先程まで握り締めていた拳に更に力が入る。高ぶった感情を更に高揚させ、己の拳に力に宿らせて行く。

動けるものは全員、ただ我武者羅に防空棲姫への砲撃を続けていた。

無論これが決定打になる筈も無いが、その一つ一つが防空棲姫のヲ級への狙いを阻害していた。先程まで余裕の表情を浮かべていた防空棲姫も、小賢しいと眉を顰め、眼光が鋭くなっている。

ああ、五メートル程だろうか。ヲ級は道中、落ち着かないと海上に漂っている白い布を羽織り、背に靡かせていた。その白い布を掴み、防空棲姫の顔面へ向かい放り投げる。

眼前一杯に広がった白い布に視界を奪われた防空棲姫は、咄嗟に顔面を両手で覆い衝撃に備える。視界を奪われた瞬間、顔面を庇ってしまうのは生物としての性であり、一種の条件反射であった。

 

「ばーか」

 

最期、確かに聞いた。同胞である筈のヲ級の気の抜けた声を。それは自分達とは違い、憎しみも怨念も篭っていない純粋な発声。

 

 

嗚呼、このヲ級は、一体何を見て、何を得たのだろうか。

 

「オマエハ……」

 

そうでも無ければ、最強と自負している自分の装甲を素手で、それも一撃で打ち抜く何て事、出来る筈が無いだろう。防空棲姫の問い掛けに、ヲ級は答える事無く、防空棲姫の胸部を貫いた手を引き抜きながら大きく息を吐いた。

 

「おーわり」

 

振り返ったヲ級の目に映る艦娘を見て、此処まで来るのが決して容易では無かった事は垣間見える。美味しいとこ取りかなと思ったヲ級だが、あの惨状を見てそうも言ってられなかったかと自己完結し、主力部隊へと歩み寄って行く。

一瞬警戒した赤城だが北上に視線を移し、目で合図すると任せたと頷き、北上は気の抜けた返事を返すとヲ級へと駆け寄る。

 

「あー、提督の命令?」

 

「うん、ぶっ飛ばして来いって。役に立ったよね?」

 

「役に立ったどころか……来なかったらやばかったよ、さんきゅー」

 

北上は右手を顔の横へと上げると、ヲ級も首を傾げながら見よう見まねで右手を上げる。ヲ級の右手に自分の手を叩き付けると、お疲れと肩を叩き一同を見渡す。

 

「よし。帰るよー」

 

その言葉に漸く自分達が勝利したと実感した面々は、ある者は叫びながら仲間と抱き合い、ある者は泣きながら飛び跳ねる。

そんな中、赤城は冷静に無線を繋ぐと、司令部へと打電を入れる。

 

「提督」

 

「ああ、聞こえてるよ」

 

朝霧は赤城の無線を通して聞こえる歓喜の声に、浮いていた腰をゆっくりと降ろすと全艦隊へと無線を飛ばす。

 

「諸君ご苦労ッ!LE海域攻略作戦は成功した、とっとと帰って来いッ!」

 

やる事が山積みだなと重い腰を上げた朝霧は、とりあえずは間宮の手伝いに行こうと食堂へと足を向けた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。