彼は再び指揮を執る   作:shureid

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彼は再び指揮を執る

「ぼのぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁ!」

 

 

「やめっ!ちょ!マジ何処触ってんのよッ!」

 

作戦が終了したその晩、間宮食堂には横浜鎮守府を始めとする面々に加え、横須賀鎮守府一同が乱痴気騒ぎを起こしていた。

朝霧は目に入る艦娘に片っ端から飛び掛り、ある者はやれやれと受け入れ、ある者は返り討ちにし食堂内はかつてない程の大騒ぎになっていた。

皆高速修復剤により傷は癒え、呑めや歌えや無礼講で騒ぎ合い、普段寡黙で真面目な不知火でさえ、目に入る全ての艦娘にビールを浴びせていた。

 

「…………ああ」

 

幸せだ。赤城は日本酒を呷りながら自分の中を駆け巡るその感覚に浸っていた。隣でビールを呑んでいた墨田は、何も言わず赤城と目を合わせ首を捻る。

 

「自分にはもったいないですね」

 

闇の中を彷徨い続けたその先、何があるのか。その答えが眼前に広がっている。

 

「それは僕の台詞ですよ」

 

加賀と不知火の取っ組み合いと言う恐らく一生見られないであろう光景に苦笑いしながら、赤城は日本酒を飲み干すと、とっくりをテーブルに置き立ち上がる。

 

「何処へ?」

 

「行ってきます」

 

ああ、この笑顔だ。墨田は満面の笑みを浮かべた赤城の背中を見送る。その赤城は少々優勢だった加賀に飛び掛ると寝技を仕掛ける。気高き一航戦、その二人が取っ組み合いに加わり、周りは更にヒートアップし野次や声援が飛び交う。そこだ、締め落とせと物騒な声を聞きながら、墨田は椅子から立ち上がり外の風に当たってこようと食堂の入り口へと踏み出す。

それに気付いた朝霧は、明石と目を合わせると羞恥で放心状態の曙を放り出し、外へと出た墨田の後を追う。

 

「よう」

 

「先輩?」

 

「ちょっと付き合えよ」

 

朝霧は明石を連れ、工廠の方を指差すと、墨田はその後に続き工廠へと向かう。道中、幾つか見える星を眺めながら、朝霧はふと墨田に問い掛ける。

 

「誘っておいてあれだけど、お前にはきついかも知れないから、戻ってもいいんだぞ?」

 

朝霧は目的を話していないが、こんなタイミングで工廠に呼び出したのだ、大方の目処はついている。墨田は無言で首を横に振ると、朝霧はそうかと呟き工廠の扉を開け明りを点す。

それは中央に、小奇麗に整理されている工廠内に不釣合いな物が無造作に置かれていた。

 

「明石さんよ、準備は出来てるんだよな」

 

「はい!ちょっと火急でしたが、全力で当たらせて貰いました!」

 

「…………」

 

それは艤装、では誰の艤装だろうか。いや、現艦娘の中でそれを使いこなす事が出来る艦娘等、唯の二人しか居ない。その巨大な砲身、そこから繰り出される砲撃は深海棲艦を紙屑の様に薙ぎ払う、現艦娘最強の火力を持つ51cm三連装砲に墨田は息を呑んでいた。

 

「どうするよ」

 

「……意地悪ですね、先輩は」

 

今の自分に提督の資質があるかどうかは分からないのは事実だ。しかし、この瞬間を狂ってしまう程待ち侘びたのも事実であった。墨田は中々踏み出さない足を右手で殴りつけると、一歩一歩ゆっくりとその艤装に歩み寄って行く。それを眼前に見据え、さあ、手を伸ばそうかと決意するが、その手は一向に出てこない。

怖い、ああ怖い。もし帰ってきてくれなかったら、今までの自分は何だったんだろうか。無言で見守る朝霧だったが、その内心は気がどうにかしそうであった。

もしこれで大和が応えてくれなかったなら、この男はその場で自殺でもしかねない。それ位の覚悟で狂い、それ位の覚悟で戻って来た。しかし、朝霧は食堂の皆を思い出し、その不安は一気に消え去っていた。でなければ、横須賀の面々があんな顔を出来る筈が無い。

 

「信じてやれよ」

 

「…………」

 

「大和を、それにお前の艦娘を」

 

「……はい」

 

手が伸びていた。それに触れるのは何年振りだろうか。建造自体もう何年も行っていない。ただ触れるだけのその作業に随分心が削られた。

 

だが良かったのだ、そんな削られた心がお釣りで帰ってくる程、素晴らしい人が其処に立っていたのだから。

 

大和撫子を象徴する様な長い黒髪に、凛とした顔付き。墨田より背が一回り高い位置から見た光景は、非常に懐かしいものだった。

そしてまた、丁度自分の胸辺りの暖かな感覚も、非常に懐かしかった。少し回らない頭を必死で働かせていたが、最初に言うべき事は考えずとも出てきた。

 

「ただいまです。提督」

 

「…………おかえり」

 

顔を上げた大和は、朝霧と目を合わせると少し頭を下げる。朝霧は右手を上げ後はごゆっくりと頷くと、明石を連れ食堂へと戻って行った。未だに自分の胸に顔を埋め嗚咽している自分の提督に、やれやれと苦笑いすると、その頭に右手を乗せ優しく撫でていく。

 

「変わってませんね」

 

「……大和、大和!」

 

「はい、あなたの大和ですよ」

 

 

食堂に戻った朝霧は、未だに続く赤城、不知火対加賀を観戦し野次を飛ばしている龍驤を見つけると、テーブルに置かれていたビール瓶を手に取り忍び寄る。

 

「りゅぅぅぅぅじょぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「わっひゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

背中にビールを流し込まれた龍驤は悲鳴を上げながら辺りを転がる。その様子を腹を抱えて笑っていると、背後から気配を感じ、身構えようとするが時は既に遅い。

 

「しれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

「ぁぁぁぁぁぁ!」

 

陽炎から背中にビールを流し込まれた朝霧は、龍驤と共に床へと倒れ込む。そしてその背後、曙は手に持っていた爆発寸前のビール瓶の栓を抜き、陽炎の後頭部へとぶっ掛ける。乱痴気騒ぎは終わらない。ようやく食堂が静かになったのは、皆が疲れ果てて眠り始めた二時間後の話であった。

 

「さて……」

 

朝霧は端のテーブルに座りながら食堂の床やテーブルで雑魚寝している何十人もの艦娘に思わず笑いを溢すと、どうしようかと溜息を吐いていた。

 

「それで、何でキミは呑まへんかったんや?」

 

「……ん?ああ」

 

龍驤は朝霧の横へと腰を下ろすと、右手で頬杖を突きながら朝霧に問う。大の酒好きである朝霧が、この騒ぎの中一口も呑んでいない事に龍驤だけが気付いていた。朝霧は気恥ずかしいなと頬を掻くと、煙草を咥えながら呟く。

 

「もったいないだろ、酔ってこの光景を忘れたら」

 

「……やなあ」

 

しばらくの間無言で食堂内を見つめていた朝霧だったが、靡いている龍驤の左袖を見ながら気まずそうに煙草を吹かす。謝ってはいない。普通の提督なら自分がもっとしっかりしていたら、そうさせずに済んだと謝っている所だろうが、朝霧は謝罪の言葉は述べていない。それがどれ程龍驤を侮辱するか分かっていたし、それを龍驤も分かっていた。

 

「明石が、義手作ってくれるってよ」

 

「へえ、明石の腕やったら信頼出来るわ、ちょっち不便やからなあ」

 

「……そうだな」

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「キミは続けるんか?提督」

 

海域を取り戻したと言っても、やる事は山積みである。中継基地を作るのにも護衛が必要になり、まだ残党の可能性を否定出来ない為暫く哨戒は続くだろう。しかし、軍備は縮小され、協議次第だが横浜鎮守府か横須賀鎮守府のどちらかが解体される事は明白だった。そうなれば朝霧は墨田に提督を譲り、自身は身を引くつもりでいた。

 

「んー……」

 

「まあ、ウチはキミに出て行ってほしく無い一心で戦ったんやけどな」

 

「んじゃあ続けた方がいいか?」

 

「それは離れ離れになるかもしれんからって話しや、腕もこれやし、戦争も一息吐いたんや、一緒に暮らせばええんちゃうか?」

 

「天才」

 

「決まりやな」

 

驚く程あっさり同棲の持ちかけを肯定され、まあ予想通りだったかと龍驤は苦笑いする。その会話をテーブルを背に腰掛けながら聞いていた翔鶴は、寄り添って眠っている瑞鶴の頭を撫でると、ケッコンカッコカリの指輪を見ながら物思いに耽る。同様に床に転がっていた不知火と陽炎は、ブレスレットを手で弄りながら手で目を覆う。二人は結局指輪を貰えなかった事に悔しさを覚えたが、優柔不断にするのでは無くきっぱりと一人を選んでくれた朝霧に感謝しつつ、これからまた良い男を捜せばいいかと決意しながら寝息を立て始めた。

 

「そいえば、最後はあのヲ級のお陰やってな?これには来られへんかったんかいな」

 

「まあ流石に明るみになったから報告しないとな、案の定上に召還された。まあ絶対悪い様にはならないだろ、今回の作戦の立役者だしな」

 

一旦大本営にて様々な検査やカウンセリング等を受ける為に召還されたヲ級は、その場で鎮守府を破壊してしまうのでは無いかと思うほど駄々を捏ねたが、朝霧の帰ってきたら相手をするとの説得により、渋々了承していた。

 

「……そう思えば、まだやり残した事いっぱいあるな」

 

「ん?」

 

「まだ不知火と陽炎に指輪を渡してないし、そのヲ級の件もだ。多分あいつ俺以外の話は聞かないだろうからなあ、それに一年も経ってない内に辞めたらまた川内にいびられる」

 

「じゃあまだ続けるんか?」

 

「……どうしよ?」

 

「……好きにせえや」

 

「じゃあ、提督は墨田に任せて非常勤で鎮守府に出勤とかどうよ、お前は家で家事とか」

 

「んー。それええんちゃう?そん代わり家でいーぱいかまってもらうで?」

 

「おうよ、決めたッ!そうしようッ!やるぞぉぉぉぉぉぉぉ」

 

朝霧は椅子から飛び上がると、思い立ったが吉日と早速その件を大本営と相談する為に司令室へと走り出す。その背中を見ながら、龍驤はこの男と出会って良かったなとの想いに耽ると、心地良い疲労を感じ顔をテーブルへと突っ伏した。

 

 

 

そしてその騒ぎから一週間が経ち、横須賀鎮守府の司令室のデスクの上へ湯呑みを置いた大和は、ソファーの上で寝転んでいる北上とヲ級を見て溜息を吐いていた。

 

「もう、だらしないですね」

 

「まあまあ、あっちではずっとこんな感じだったそうですし」

 

「うーす」

 

「おはようございます。早いですね」

 

「ケツ蹴られながら出てきた」

 

元々固まっていた鎮守府の解体に加えた朝霧の要求はすんなりと通り、横須賀鎮守府の非常勤として通う事となっていた。執務は墨田に任せ、演習や訓練の指導を主に行い、また何時も通りの日常が其処には広がっていた。

陽炎や不知火は練度がケッコンカッコカリに至るまでと怒涛の勢いで訓練を積み重ね、それに付き添っていた曙と吹雪は余りの疲労に毎日根を上げている。

瑞鶴と翔鶴や、加賀、赤城等は基地の建設の護衛として大半は横須賀鎮守府を出ており、他の鎮守府の艦娘も殆どがそれに駆り出されていた。

 

「あ。そうだ、先輩。今日急用で大本営へと出向く事になったんですが、午後から入っている呉との演習の指揮、お願いして大丈夫ですか?」

 

「演習……演習ッ!?」

 

そのワードにヲ級は飛び起きると、目を輝かせながら墨田に問い詰める。詰め寄ったヲ級を引き剥がした大和は、裏のある笑顔で首を横に振る。そんな大和の意思を汲み取れる訳も無く、ヲ級は首を傾げながら墨田の返事を待つ。

 

「ええ、ヲ級さんにもその演習に参加して貰いますよ」

 

「いえーい!」

 

ヲ級は右手を朝霧に向かい差し出すと、朝霧はその右手に手を叩きつける。こんなもの何処で覚えて来たんだと疑問に思う朝霧だったが、本人が楽しそうだったので詮索はしなかった。

 

「それじゃあ、お願いします」

 

「へーい、帰りは遅くなるかもって連絡入れとかないとな……」

 

「すっかり新婚ですね」

 

「あーもうラブラブよ」

 

「では、僕達は朝食に行ってきます」

 

「ほいほい」

 

司令室を後にした大和と墨田を見送った後、朝霧はソファーに腰掛け天井を見上げる。

一度は手放した。それを皆が手繰り寄せた。もう一度手放そうとしたが、それを手繰り寄せたのはまたもや皆だった。

 

「まあ、天職って奴かね」

 

朝霧は再び指揮を執る事になる。それは挫折や苦難の道のりであったが、最後に辿り着いたその指揮は敵を屠るものではなく、安寧のものであった。

その事に感謝しながら、朝霧は窓の外を見上げる。あの部屋から見た外とは違う、光に満ちた空に眩しいと顔を顰めるがそれは心地の良いものである。

 

「さーて、給料貰う為にも仕事しないとな」

 

朝霧は演習の編成を考える為にデスクへと向かい合う。しかしものの五分で急激な眠気が襲い、顔をデスクへと突っ伏した。

その数分後目を覚ました北上は、変わらない朝霧を見て安心すると、自室から持ってきていた安眠用毛布を朝霧に掛け部屋を後にする。

 

窓から射す光は、何時までも朝霧を照らし続けていた。

 

 


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