リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~   作:九十九足一

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第二話.Interlude:群れの長ドスジャギィ

 

 ――彼がこの世に誕生したとき、彼はまだ大勢の中の一匹という存在でしかなかった。

 彼の種族は、群れを成す事を常として。集団で行動する事が習性としてあった。

 一匹は全体のために、全体は一匹のために。

 産まれたときから歯車の一部として生きることを強いられるような生き方。全のために、個の存在が徹頭徹尾無視されるような習性を持ち合わせていた。

 

 

 彼の種族は、決して強い存在ではない。

 自然界のピラミッドでいえば、決して上位ではなかった。モンスター全体から見ても、さして強い種族ではなかったのだ。

 そんな彼らの種が、自然界で淘汰されずに生き残ろうとするならば、集団を優先しようとするのは――なるほど、理に適ったシステムだ。

 そんな中で、彼が他の同族と比べて違う点が挙げられるとするならば――それは、彼が他に類を見ないほどの強固な『意思』を持っていたことだろう。

 ――生き延びてやる――

 執念――否、ともすれば妄執にすら近い、その『意思』。

 それが彼の持つ、唯一の武器でもあった。

 

 

 彼は、生まれたときから自然界の仕組みについて熟知していた。

 ――弱肉強食。弱いものは死に、強いものが生き残る。

 小難しい理屈など不必要な、それは当然にして絶対の摂理。

 自分を産んだ親が目の前で他のモンスターに食い殺されたときから、それは確信に代わった。

 ――生き延びてやる――

 まだ生まれて間もない彼は、母親の肉を貪る大型モンスターと、弱弱しく最後を迎えようとしていた母親だった肉塊(モノ)の姿を目に焼き付けて、心に誓ったのである。

 

 

 それからの彼は、生きるために己が全身全霊をもって立ち回った。

 群れの一員としての立場を弁えつつも、時には大胆に、そして時には狡猾に、生きるためにありとあらゆる努力を惜しまなかった。

 時には同族の仲間を見捨てて、時には同種を裏切って食べ物を奪い。

 狩りの時には、自分よりも弱い存在だけを対象にして、決して危険は冒さなかった。

 生きる事は綺麗ごとではない。

 モンスターとして以前に、それは生物として当然のことだった。

 

 

 やがて、ある程度体格が大きくなったときである。

 それまで彼が所属していた群れが、突如として他の大型モンスターの襲撃を受けて、壊滅したのである。

 彼は餌を探すために運よく群れから逸れており、危機を逃れていた。

 相手は自分たちとは比べ物にならないほど大きな体躯のモンスターだった。相手が一匹に対し、こちらが束になってかかっても敵わないくらいの体格差があったのである。

 彼が群れに戻ったときは、無残に食い散らかされた同族たちの死体だけが転がっていた。

 仲間も、恋人も、全て、大型モンスターの胃袋に収められた後であった。

 全て、失ったのである。

 

 彼は一匹(ひとり)になった。

 それまで集団で生きる事を強いられてきた身である。狩りをするにも、寝床を確保するにも、何をするにしても不便が付きまとった。

 獲物を得ることすら難しくなり、やがて彼は飢えに苦しむようになっていった。

 そうして――彼はその場に立ち会った。

 森の中で彷徨っていた彼の目の前に、弱弱しく怪我をした獣が現れたのである。

 それまで三日近く餌を食べていない彼にとっては、生きるか死ぬかの瀬戸際で得た奇跡であった。

 彼はその獣に牙を突きたて、爪で肉を切り裂き、仕留めた。

 さてようやく食事にありつける――そう安堵した彼の目の前に、さらに別の生物が現れた。

 この辺りをテリトリーとする、別の肉食のモンスターだった。

 青い体躯の肉食獣で、彼とは同族ではない。

 ランポス、と呼ばれる種族であったが、それは彼が知る由もなかった。

 ――ギャアー! ギャアー!

 青いモンスターが吼える。

 自分が仕留めたその獣を置いていけ、と言っているようだった。

 そのモンスターは、自分よりも一回り体格が大きかった。戦いとなれば、まず勝ち目はないだろう。

 だが彼としては、ここは是非とも引けなかった。もう彼は随分長く食事をしていない。もう一度このような獣に出会える事など、まずありえないし、ここで逃げては、あとは飢え死にを待つだけだった。

 彼はその青いモンスターに立ち向かった。

 噛み付き、爪を繰り出すが、相手の方がパワーが上だった。振り解かれ、爪で逆に切り裂かれ、体当たりで身体を吹き飛ばされる。

 もはや弱々しくふら付きながらも、それでも、彼は諦めなかった。

 彼を突き動かすのは、唯一つの想いだけだった。

 

 ――生き延びてやる!――

 

 窮鼠猫を噛むように、彼は勢いよく飛び掛り、爪を繰り出した。

 気力を鋭さに変え、爪は運よくランポスの目に突き刺さり、青いモンスターはたまらず痛みに呻きつつも、逃げるように去っていった。

 一匹勝ち残った彼は、そこでようやく自分が生き延びたのだと理解した。

 そして彼の胸中には――それまでの生き延びたいという執念意外にも、別の感情が生まれていた。

 自分の力だけで格上の相手に勝ち上がったという事実が、彼の心に別のものを与えていたのである。

 ――それは、『誇り』であった。

 

 

 それからも、彼は一匹で生き続けた。

 一匹で狩りをして、一匹で縄張りを確保する毎日。

 時には他のモンスターとの小競り合いを続けるが、その全てに彼は打ち勝ってきた。

 勿論、明らかに勝てないような相手とは戦わなかった。その辺りの狡猾さと用心深さは依然として健在である。むしろ、どんどん研ぎ澄まされていったほどだった。

 そうして月日が経つほどに、彼の身体は見る見る太く、巨大に成長していった。

 彼の身体が大きくなるにつれて、他の獣を狩ることも、他のモンスターと戦う事も容易になり、彼はより大きな獣、より大きな他のモンスターとも戦いを繰り広げていった。

 弱肉強食のピラミッドの最下層にいたはずの彼が、いつのまにか、どんどん上位に駆け上がっていったのだった。

 

 

 そうして、彼が以前とは比べ物にならないほど巨大な体躯を手に入れてからである。

 縄張りにいる獣をあらかた狩り尽くした彼は、以前彼が群れと一緒に暮らしていた地方に移動する事に決めたのだった。

 そうして辿り付いたそこで、彼は目にする事になる。

 その地では、彼の同族が別の群れを作っていた。

 そして、その同族の群れが、その土地に新たに住み着いたランポスの群れに脅かされている事、追い詰められている事を知ったのである。

 彼は同族を守るため、ランポスの群れと戦う決意をした。

 

 

 ランポスの群れは、数こそ多かったが、彼の敵ではなかった。

 多くのランポスを彼は斃し、彼の種族のテリトリーは次第にその領域を伸ばしていった。

 最後には、ランポスの親玉らしきモンスターとも戦った。

 そこで相手に打ち勝ち――ランポスの群れを駆逐することに成功したのである。

 彼は同族から、歓呼の声をもって迎え入れられた。

 そうして彼は、そこの群れのリーダーとして生まれ変わった。

 新たに得たリーダーという地位に、彼は最初こそ戸惑ったが、しっくりとくるのにさしたる時間は掛からなかった。

 なぜならば、彼には他の同族にはないものを持っていたからだった。

 それは『誇り』だった。ただ生き延びたいという執念から戦い続け、過酷な生存競争を生き抜いてきた自負――そうしたプライドが、目に見えないカリスマとなって、仲間たちを従えていたのである。

 過ぎた傲慢は己の身を滅ぼす事に関しては、人間もモンスターも同じであるが、正しいプライドは行動を戒め、自身の見えない力となることすらある。

 事実、彼は狩りとなれば敵なしであった。

 決して危険は冒さず、仲間たちをより安全かつ効率的に狩りへと導いてきた。

 自分よりも大型のモンスターでさえ、撃退に成功したこともあった。

 そうやって功績を積み上げるごとに、仲間たちからも慕われるようになり、模範となるようになっていった。

 そうして得た『誇り』と、自分を信じて付いてきてくれる仲間たちが、彼にとって何物にも代えがたい力となっていた。

 そうして『群れの長』はジャギィたちによる一大勢力を築いていたのである。

 

 

 彼は、様々な相手と戦ってきた。

 そしてその全てに打ち勝ってきた。

 時には意見を違えた同族と。時には他のモンスターと。そして――時には、人間とすらも。

 武器を構えた人間とも戦い、そして幾度も勝ち上がってきた。

 彼にとっては、人間も他の動物と変わらなかった。ただ自分に倒され、餌となる存在に違いはなかったのである。

 だから――その四人の人間が、武器を構えて目の前に立ち塞がったときも、彼には特別な感情は抱かなかった。

 相手は全員、同じくらいの年齢の人間の雄だった。人間の年齢は詳しく判らないが、おそらくは成人しているかどうかすら怪しいほど、若い人間たちである。

 数日前に見た人間たちと、同じ顔ぶれのような気がするが――どの道、彼には関係のないことだった。

 どのような敵だろうと、倒す。

『群れの長』としての誇りにかけて――彼は咆哮を上げたのだった。

 

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