リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~   作:九十九足一

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第二話.(六)

 

 遺跡平原にて、僕たちはドスジャギィを待ち構えていた。

 地図でいうところの、恭介が記した『4』のエリアの辺りである。

 そこは起伏の多い地面の場所で、大型のモンスターが通れるような道の左右に、切り立った小高い崖が隆起していた。

 僕たちは、二手に分かれ、左右の崖の上に身を隠した。

 あらかじめ打ち合わせは済ませてある。ドスジャギィが現れたら、僕たちは左右から挟み撃ちにする形で奇襲を仕掛ける手はずとなっていた。攻撃する合図は、恭介がする予定だ。

「………………」

 僕は無言で待機していた。崖の上で身を隠しつつ、緊張の面持ちで武器を握る手に力を入れる。

 傍らには恭介がいる。恭介は真剣な面持ちで崖下に気を配っていた。

 僕はそっと自分の胸に手を当てる。

 心臓がバクバクと言っていた、鼓動は激しく、収まる気配は一向に見えなかった。

「――怖いか、理樹」

 恭介が振り向きもせずに尋ねる。僕は見栄も張らずに頷いた。

「うん……震えが止まらない……」

 すると、恭介はふっ、と息を吐いた。

「そうか、まあ、こんな状況なら当然だろうな。だがな、理樹。闘うと決めた上での震えなら、それは『恐れ』ではなく、『武者震い』だ。堂々と胸を張っていいと思うぞ」

 ――ひょっとしたら、恭介は僕の恐怖を和らげるためにも、そんな事を言ったのかもしれなかった。

「恭介……」

「――――しっ!」

 言葉を発しようとした僕に対し、恭介が人差し指を立てて黙らせる。

 僕は顔を強張らせた。

 岩陰に身を隠しつつ、崖下に視線を向ける。

 ドスジャギィが、配下であるジャギィとジャギィノスを四匹引き連れて、その姿を現していた。

 恭介が僕に振り向き、一度無言で頷いて見せ、僕もまた無言で頷き返した。

 恭介は、懐から小さな玉のようなものを取り出した。それは、このクエストを受ける際に受け取った支給品のアイテム――『支給専用閃光玉』だった。

 ひゅん――と、小さな玉が投げ入れられる。

 玉は、狙い違わずドスジャギィたちの頭上に来たかと思うと――直後、目も眩む凄まじい閃光を発したのだった。

 パスッ――ピカァァァァァァァァァ!

 ――ギャ!

 ――ギャアアアッ!

 耳を劈くような音とともに閃光が広がり、ジャギィたちの悲鳴が響き渡る。

 光が収まれば――圧倒的な光量で前後不覚に陥った、ドスジャギィとジャギィの群れが一斉に目を回していた。

「よし――ミッション、スタートだ!」

 恭介が健吾たちにも聞こえるよう叫び、崖下へと身を躍らせる。

 ほぼ同時に、真人と健吾も向こうの崖から飛び降りていた。

 僕も一歩遅れて、恭介に続いた。

 作戦としてはこうだ。まず、ドスジャギィが現れたら恭介が閃光玉を投げ入れる。

 すると、ジャギィたちは目を回して混乱するはずだから、そこに僕たち四人で、まずドスジャギィの周囲にいるジャギィたちを速攻で倒す。

 そうすると、後はドスジャギィ一匹になるので、ジャギィに邪魔される事なくドスジャギィへの攻撃に集中できる。そうしてドスジャギィが視力を取り戻す前に、一気に畳み掛ける作戦だった。

「――はあああっ!」

「でりゃあああっ!」

「イヤアアアアアアッ!」

 恭介、真人、健吾が、一際気合の入った雄叫びを上げ、周囲のジャギィたちに切り掛った。

 真人のハンマーと、健吾の太刀によって、ジャギィとジャギィノスが一匹ずつ倒され、残る二匹も恭介の操虫棍によって、いとも容易く薙ぎ払われた。

「今だ! ドスジャギィに攻撃するぞ!」

「今度は負けん!」

 恭介の指示に、健吾と真人も呼応して、攻撃を仕掛ける。

 だが――

 ――グォオオオオッ!

 ドスジャギィが突如として咆哮を上げた。

 その、僕たちの予想を遥かに超える大音量に、僕だけでなく、恭介たちもとっさに耳を塞いで硬直してしまっていた。

 次いで、ドスジャギィはその丸太のような尻尾を鞭のように撓らせると、ビュン、と空気すら裂く勢いで繰り出してきた。

 恭介、健吾が咄嗟に横に飛んで回避する。振り回されたドスジャギィの尻尾は、さっきまで恭介たちがいた空間を通り過ぎ、傍にあった木々や岩に直撃する。

 ドガァッ! ドゴオッ!

 木々が真っ二つに折れ、岩が粉みじんに粉砕される。

 ぞっとするほどの威力を目の当たりにして、僕は思わず身体を止めてしまっていた。

 ビュン――

 さらに追撃とばかりに繰り出される尻尾。何とか紙一重で避ける恭介だが、その狙いは恐ろしいほど正確だった。

「なっ――こいつ、もう視力を取り戻したのか!」

 健吾が驚きに目を剥く。

 確かに、ドスジャギィの攻撃は、閃光玉によって視力を奪われた事なんて微塵も感じさせないほど正確だった。

「関係ねぇ! ここまで来たなら、一気にやるぞ!」

 真人が叫び、ドスジャギィの尻尾をかいくぐって、ハンマーの一撃を入れた。

 ドゴォッ――

 真人の攻撃によって、ドスジャギィの体勢が揺らいだ。どうやら、コマリさんの手によってパワーアップした武器は、確かにドスジャギィの身体には効いているようだった。

 その威力に対し、ドスジャギィはやや警戒したような表情を浮かべる。

 次いで、ステップによって一旦距離をとると、天空に向けて雄叫びを上げたのだった。

 ――アーウッアッアッアッオーウッ!

 それは、大きいというよりもひたすら甲高い咆哮だった。

 管楽器にも似た音のドスジャギィの咆哮が、木々の合間を抜けて、四方に飛散する。

 ――ギャア! ギャア!

 ――ギャア! ギャア!

 ドスジャギィの咆哮を聞き付けて、どこからかジャギィの群れが集まってきていた。

 さっきの咆哮は、仲間を呼ぶ合図だったようである。ドスジャギィを取り囲んでいたつもりが、今度は逆に僕たちがジャギィたちに包囲されようとしていた。

「くそっ、仲間を呼ばれたか……。健吾! 集まってきたジャギィたちを食い止めるんだ! 真人! お前は反対側からやってきたジャギィを頼む! 理樹! 俺と二人でドスジャギィを挟み撃ちにするぞ!」

「承知!」

「任せろっ!」

 恭介の素早い指示に、健吾と真人はドスジャギィに背を向けてジャギィたちを迎え撃った。

 僕はドスジャギィの背後に回った。ドスジャギィは、僕よりも恭介を警戒しているようで、僕に背を向けたまま振り向きもしなかった。

 かといって、このまま無策に斬り込むのは抵抗があった。なにせ、ドスジャギィの背後には、あの巨大な丸太のような尻尾があった。先ほどの威力を思い出すなら、恐ろしさのあまりに足が竦むほどである。

 ――怖い!

 ――怖い!

 胸にどす黒いほどの恐怖が占める。

 僕は過呼吸症候群のように息を荒くしながら、震える手で剣を構えていた。

 僕は、もはや泣きそうだった。いっそこのまま武器を放り出して蹲ってしまえば、どんなに楽だったことだろう。

 恭介と対峙して戦っているドスジャギィの後ろにいながらも、僕はなにもできずにいたのである。

(やっぱり……僕には無理だよ、恭介……)

 心の中に、後悔の念が圧し掛かる。やはり、あの時、無理を言ってでもキャラバンに置いてきて貰うべきだったのだ。

 ドスジャギィが、恭介に向けて爪を振り下ろした。恭介は素早くバックステップで回避する。振り下ろされた爪の勢いのまま、ドスジャギィの姿勢が傾ぎ、尻尾が左右に揺れる。

 ――その時、ドスジャギィの姿を見ていた僕ははたと気付いた。

 ドスジャギィが攻撃に使う前足は、お世辞にもリーチが長いとはいえない。あの鋭い爪は確かに威力こそ高いだろうが、それを前方に繰り出すときは、必ずといっていいほど、身体を傾けないといけない。

 そして身体を傾ければ――その勢いのまま、尻尾はその方向に流れるようになっている。ならば、その直後にすぐに尻尾を攻撃に使うのは不可能のはずだった。

 そこに思考が至ったとき、僕はすっと冷静になるのがわかった。思考が驚くほどクリアになる。

 試してみる価値は――あるのかもしれない。

 僕は武器を構えて、じっとそのチャンスが訪れるのを待った。

 ――ギャアアッ!

 一際大きくドスジャギィが吼えて、再度、恭介に向けて爪が振り下ろされる。

(――今だっ!)

 僕は一気にドスジャギィの背中に向けて駆け抜けた。

「――やああああっ!」

 僕は精一杯の気迫を吐いて、全くの無防備だったドスジャギィの背中に斬り付けたのだった。

 ――ギャアッ!?

 ドスジャギィが痛みに呻く。

 僕の剣は、ドスジャギィの皮膚を切り裂き、僅かながらも赤い鮮血を噴出させていた。

(――やった!)

 僕は攻撃に成功した事に対し喜んだ。

 だが――

 ギンッ!

 ドスジャギィの凶暴な双眸が、射抜くようにこちらに向けられる。

「あ――――」

 僕は背筋が寒くなる思いになりながら、呆然としていた。攻撃に成功したことなど忘れて、恐怖で頭の中が真っ白になる。

 確かに僕はドスジャギィに一撃を入れることに成功した。だけど、代わりに僕はドスジャギィを怒らせてしまったようだった。

 ドスジャギィの攻撃対象がこちらへと移り変わったのを理解して、僕は咄嗟に盾を身構えた。

 ドスジャギィが、その大きな口を空けて襲い掛かろうとしていた。

(敵の攻撃をよく見て――防御を――)

 僕は盾を構えつつ、攻撃に耐えようとする。

 だが、次の瞬間には、僕の身体は衝撃でふっとばされてしまっていた。

 巨大な体躯から繰り出されるドスジャギィの一撃である。盾越しだったとはいえ、その威力たるや、以前に受けたクンチュウの攻撃とは段違いだ。

 僕はふっとばされた勢いで地面に倒れてしまっていた。そして、その体勢のまま、次の光景を見守ることとなる。

 ドスジャギィは、膝を曲げて身体をバネのように縮めると、倒れた僕に向かって猛然とした勢いでタックルしてきたのだった。

 迫りくる巨大なドスジャギィの身体に、僕は立ち上がる事もできずに呆然としたまま視界に納めていた。

 そのときの僕の胸に去来した気持ちは、かつてないほど穏やかなものだった。

(ああ――これで、死ぬんだ――)

 恐怖なんてなかった。

 あるのは、ただ諦観だった。

 ここで死ぬ事を、どうしようもなく頭が理解してしまったのである。

(でも――仕方ないよね。むしろ、弱い僕なんかが、よくやったと思うよ。――ごめん、真人、健吾、恭介――そして、鈴。僕は――ここでリタイアするよ――)

 僕はそっと目を閉じた。

 そして、後はただ静かに死を受け入れようとしていた。

 そのとき――

 ドンっ、と身体に衝撃が走り、僕は突き飛ばされた。

(え――――?)

 何が起こったのか判らず、僕は目を開ける。

 そして、今度こそ僕は驚きに目を見開いた。

 そこには――僕を助けるべく突き飛ばした恭介が、僕の代わりにドスジャギィのタックルを喰らっているという、信じられない光景だった。

「――ぐふっ!」

 ミシミシ、と骨にヒビが入る音がここまで届いていた。

 例えるなら、猛スピードを出して突進してきた車にはねられたのと同じだった。恭介の身体は、ボールのように宙に舞い、次の瞬間には、どしゃあっと音を立ててボロ雑巾のように地面に打ち捨てられた。

 つー、と、地面に落ちた恭介の頭部から、赤い液体が広がるのがここまで見えた。

 恭介は動かない。

 それが何を意味するのか、脳が理解を拒み、しばし思考が空白となる。

 真人も健吾も、その光景に驚き、動きを止めていた。

「きょ――――」

 そうして、音のない世界が動き出す。

 僕は世界の終わりでも訪れたかのように、狂ったかのような声で叫んだ。

「恭介―――――――――っ!」

 僕は真っ先に恭介に向かって駆け寄った。

「テメェ――ッ!」

「よくも恭介をっ――!」

 真人と健吾が激昂してドスジャギィに攻撃を仕掛ける。

 僕は一人、必死の態で恭介に呼び掛けた。

「恭介! 恭介! しっかりしてよ! 恭介っ!」

 恭介の返事はなかった。

 瞼を閉じて、呻き声一つすら上げない。

 その様子を見た健吾が叫ぶ。

「理樹! 恭介を連れて退がれ! ここは俺たちが食い止める!」

 健吾の声に我に返った僕は、恭介の身体を背負って、力の限りにその場から離れようとする。

 健吾たちと、ジャギィの群れが戦いを繰り広げる音をその場に残し、僕は恭介を連れて戦場から逃れたのだった。

 

 

 そうして――僕は恭介を背負ったまま、遠くに逃げていた。

 静かに風が凪ぐ中で、僕は恭介の身体を横たえる。

「恭介、どうして……」

 僕は涙で頬を濡らしていた。

 どうして――恭介が僕を庇ったのか、解らなかった。

 どうして――恭介がこんな目にあうのか、解らなかった。

 僕は混乱しながら、恭介の顔を見下ろしていた。やがて、恭介の瞼がほんの微かに動きを見せる。

「理樹……?」

「恭介っ!」

 恭介が弱々しい声で呻き、僕は驚いて恭介の手を取った。

 恭介はゆっくりと目を開ける。その視線は虚ろのままで、瞳からは光が失せ掛けていた。

 僕は恭介の手を取りつつ、その体温を逃さないように握り締める。

 恭介は力ない声で呟いた。

「理樹……無事か……?」

 この期に及んで、まだ僕のことを心配しようとする恭介に、僕は必死で答えた。

「僕は――僕は無事だよ! 恭介が庇ってくれたから――けれど、代わりに恭介が――」

「いいんだよ。……お前が無事で、よかった」

 恭介は心底安心した表情で、再び目を瞑った。

 僕は怒りと悲しみでない交ぜになったような表情で、恭介に問いかける。

「恭介……どうして、どうして僕なんかを助けたのさ! あの時、僕を見捨てていたら、恭介がこんな風にならずに済んだのに……!」

「当たり前だろ、だって俺は――」

 そこで、がはっ、と音を立てて恭介が吐血する。それでも恭介は言葉を続けた。

「――俺はお前のことが、好きだからな」

 はっとして恭介を見る。

 恭介は僕に向かって微笑んだ。

「お前が大切だから――お前を守りたいと思ったから、助けたんだ。他に理由なんてない。俺にとっては、お前はただの幼馴染じゃなく、鈴と同じくらい、大切な弟分なんだ」

「恭介……」

 僕は、今までにないくらい、胸に後悔が重く圧し掛かっていた。

 恭介は、こんなにも僕のことを想ってくれていた。

 それに対し、僕はずっと恭介に甘えていた。

 このクエストを受けるときも、僕は心のどこかで思っていた。恭介なら負けるはずなんてない。きっと最後にはドスジャギィに勝てるし、僕がピンチのときは、きっと問題もなく助けてくれると信じていた。

 けれど、恭介だって神じゃない。傷つくときは傷つくし、勝てない相手なんていくらでもいる。恭介が危ないときは、僕だって助けないといけなかったんだ。

 だけど、僕にはそれができなかった。

 なぜなら――僕は弱いから。

 弱いから、恭介を助けられなかった。

 弱いから、恭介に怪我をさせてしまった。

 弱いから――弱いから――

「理樹……なんで泣いているんだ……? やっぱり、どこか痛いのか?」

 僕は必死でかぶりを振った。

「違う……僕は悔しいんだ。悔しくて、悲しくて、怒っているんだ……。僕自身の弱さに対して――」

 だから――

 決然とした表情で、僕は叫んだ。

「僕は――強くなりたい! ただみんなに守られるだけの弱い僕なんて、もう嫌なんだ!」

 そうだ――だから、僕は。

 僕は真顔で恭介に向かった。その目には、涙はもう止まっていた。

「恭介、僕は――強くなる。モンスターよりも、この世界のどんなハンターよりも、もっともっと強くなる。みんなに守られる僕じゃなくて、みんなを守れる僕になるよ!」

「お前なら――なれる。きっとなれるさ」

 恭介はそこでふっと笑うと、静かに瞼を閉じた。

 血の気の失せた表情で何も言わなくなる。

 僕は泣き腫らした表情で、恭介の身体を抱きしめた。

「嫌だ……、恭介……、お願いだから、死なないでよ……」

「――勝手に殺すな」

 びずっ、とデコピンが僕の頭に見舞われる。

「痛っ!」

 僕は額を押さえたまま、恭介を見た。

 恭介は目を開けて僕を見ていた、重傷そうはあったが、その意識はしっかりとしたものに見えた。

「俺なら、大丈夫だ。――コマリが作ってくれた。この鎧のお陰だろう」

 そう言って、恭介は自分が装備している鎧――アロイメイルを叩いた。

「――しばらく、休ませて貰う。回復薬グレートを飲んで、安静にしておくから、俺のことは構うな。お前は――自分のするべきことをするんだ」

 恭介はそれきり静かになった。

 僕はほっとして胸を撫で下ろし、そして背後を振り返った。

 遠くからは、ドスジャギィのものと思しき鳴き声が、かすかに聞こえている。

 残してきた真人と健吾は、今もまだあそこで戦っているはずだ。

 みんなを守る――そのために、自分がするべきことをしなければならない。

 僕は、生まれたばかりの決意を胸に、元来た道を戻るのだった。

 

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