リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~ 作:九十九足一
第三話.(一)
――そこは静謐とした樹海だった。
虫や小動物たちの楽園、自然の営みが静かに繰り広げられている密林である。
樹木は多いものの、決して鬱蒼とした雰囲気ではなく、むしろ光に満ちた明るい情景の空間が広がっていた。
とはいえ、流石に人間が容易く踏み入るような場所ではなく、入り組んだ獣道が続き、小さな獣が、時にはモンスターが、木々や茂みの中を闊歩している姿が見受けられる。
少し開けた道に、野生のクンチュウの群れが列を作って行軍していた。
巣へと帰るべく、小型モンスターの家族は静かに道を進んでいた――その時である。
――バサバサッ。
突如として静けさが破られ、そのモンスターが姿を現す。
それは、二本足で立つ巨大な鳥と思しきモンスターであった。立ち上がった高さは三メートルすら超えるだろう。全身の鮮やかな朱色の体に加え、しゃくれ上がった嘴に、大きく特徴的な耳、大柄な体格に反して、かなり愛嬌のあるモンスターだった。
モンスターの襲来に驚き、クンチュウたちが一斉に防御形態を取る。身体をボール状に丸めて、じっとしていた。
クンチュウの甲殻は硬く、こうなると並大抵の攻撃では傷一つ付けられない。
だが――現れたモンスターは、そんな防御形態になったクンチュウを、巨大な嘴で啄ばむと、そのまま丸呑みにしたのだった。その様は、魚を丸呑みにする鵜に似ていた。
――クェッ。
ゲップするかのように、満足そうな声で鳴く鳥型のモンスター。いかに強力な甲殻を持っていても、丸呑みにされてしまったらどうしようもなかった。憐れクンチュウはそのままモンスターの胃液に溶かされる末路となるだろう。
そうして――その大型モンスターは、再度別のクンチュウをも啄ばもうとしたときだった。
「――やあああああああっ」
突如僕は飛び出し、食事中のそのモンスターに襲い掛かったのだった。
モンスターは驚いて振り向くが、遅かった。懐に飛び込んだ僕は、無防備になっていたその横腹に片手剣の一撃を入れる。
――クエエエエエッ!
モンスターが痛みのあまり、仰け反りつつ、叫び声を上げる。
モンスターの意識がこっちへと向けられる。
しかし、そうすれば当然ながらその背中ががら空きとなっていた。
「――メェエエエンッ!」
そこに、迅雷の速度で現れた健吾が太刀の一撃を入れる。
完全に不意を付いた攻撃だった。背中を薙がれた鳥型モンスターは、もんどりうってうつ伏せに倒れこむ。
倒れこんだおかげで、鳥型モンスターの頭部は、いまや低い位置にあった。
――ぴとっ。
そこに、大きな虫のようなものがモンスターの頭部に張り付いた。虫は、モンスターに張り付くなり何かを吸い取る動作をした後、モンスターの頭部からさっと離れる。
「――よし、エキス取得成功だ」
それは、恭介の『猟虫』だった。
恭介の持つ武器、『操虫棍』は、『猟虫』と呼ばれる虫を操り、モンスターからエキスを取得する事で、自身の能力を短時間上昇させる術を持っていた。
モンスターの頭部から取得したエキスの効果により、恭介の体は今や薄赤く光り、確たる効果を発動させていた。この状態の恭介は、普段よりも優れた攻撃力を発揮する事ができる。普段の恭介の身体能力を考えれば、これはまさに鬼に金棒だった。
僕たち三人は、その大型モンスターと対峙するように向かい合う。
「理樹、健吾! フォーメーションAだ!」
恭介が、視線だけはモンスターに向けたまま、僕たちに向けて指示を出す。
「うん!」
「任せろ!」
僕と健吾は互いに頷くと、動かない恭介だけをその場に残して、二人でその大型モンスターに向かって駆け出した。
――クエエエエエエッ!
その大型モンスターは、向かい来る僕と健吾に対し、迎撃するように口から何かを吐き出した。
僕と健吾は身体を逸らしてそれを回避する。
ブレス――いや、それは黄土色の液体だった。
モンスターの口から吐き出された大量の液体は、べちゃあ、と地面にぶちまけられると、直後、ぼうっと炎上した。
大気に触れると炎上する液体だ。人間が食らえば、火傷どころでは済まないだろう。
僕と健吾はモンスターの攻撃を回避しつつも、足を止めなかった。
一直線にモンスターへと向かい、そのままモンスターへと攻撃――をしない。
攻撃すると見せかけて、モンスターの目の前で素早く左右へと分かれたのである。
――クエッ!?
迎撃しようと尻尾を構えていたモンスターは、敵が見せた思いも寄らない動きに、判断が遅れる。僕か健吾か、左右に分かれたどちらを追うべきか迷うような表情を見せる。
「――こっちだよ!」
僕は挑発するように言った。
その声に釣られるように、モンスターはターゲットを僕へと向ける。
しかし、それこそが僕たちの狙いだった。
そのがら空きの背中に向けて、健吾の太刀と、時間差でモンスターに向かって来た恭介の操虫棍がその刃を入れていた。
――ズバッ、ズバァア!
モンスターの血が高く吹き上がる。
クェェェッ――!
モンスターは激昂して振り返り、狙いを恭介たちへと向けた。
「みんなっ! 耳を塞いで!」
僕はすかさず、懐から取り出した丸い玉を投げ入れた。
――キィィィィィィン!
僕が投げたアイテムは、モンスターの頭上で破裂すると、突如として高周波の音を撒き散らした。
――クェェェ――
調合で作成した『音爆弾』に対し、その大型モンスターはぐったりとした表情で俯いた。
このモンスターはその特徴的な耳が示すように、聴覚が優れている分、間近で大きな音を出される事に弱いのだ。これもまた、事前の調査どおりである。
「ナイスだ、理樹! 今だ! 全員攻撃!」
「――はあっ!」
「タァアアアッ!」
――ズバッ!
――ズバァァッ!
――ザシュッ!
棒立ちとなったそのモンスターに対し、僕たちは三方から攻撃を加えた。
猟虫のエキスによって強化された恭介、さらに健吾もまた、動かないモンスターに怒涛の連撃を加える。
かなりのダメージを与えたが、そのモンスターは見た目以上のタフさを持ち合わせていた。さして時間をかけずに音から回復すると、怒り狂ったように吼えかけてきた。
――クェエエエエエ! クエッ! クエッ! クエッ!
怒り状態となったそのモンスターは、僕たちに向かって突撃してきた。
翼を広げて、頭部を振り乱し、口からは灼熱の液体を吐きつつも、今までにないスピードで向かってくる。
だがその動きも予想済みだった。
――ピキィィン!
モンスターが向かってくる途中、あらかじめ仕掛けておいた『シビレ罠』が発動した。
モンスターが突進してくる事を見越し、進路上に設置していたそれが発動すると、モンスターはビクンッ、と一つ大きく痙攣して、小刻みに震えながら動きを止めていた。
「今だ! 真人!」
「おうよっ!」
茂みから飛び出した真人は、大タル爆弾を両肩に抱えた姿で現れた。
痺れて動けないモンスターの足元に設置する。
都合二個の大タル爆弾が配置された。
「全員離れろ!」
僕、真人、健吾の三人が離れたのを見計らって、恭介が石を投げ入れた。
コツン――とモンスターの足元に置いた大タル爆弾にそれが当たる。
直後、大タル爆弾が盛大な音を立てて爆発した。
二つの爆弾は連鎖して爆発して、大きな爆発にそのモンスターを巻き込んだ。
――クエエエエエエッ!?
モンスターが叫び声を上げる。爆発が収まると、そこにはフラフラの状態のモンスターがいた。今の爆発でかなりのダメージを受け、その自慢の耳は大きく破損していた。
「よし! 一気に畳み掛けるぞ!」
恭介の声に、僕たち四人は瀕死になったモンスターに対し、死力を賭して攻撃を再開した。
――そうして、さほど時間もかからない頃だった。
ズゥゥン、と大きな音を立てて、モンスターが地面に倒れ付す。
僕たちはそのモンスターの討伐に成功したのだった。
「フィニッシュ――怪鳥イャンクック討伐完了だ!」
恭介が勝利宣言をする。
密林の中で、やったね、と僕たちは喜びのハイタッチをし合ったのだった。
「しかし、実際良くやっているよ、君たちは」
バルバレのキャラバンに全員集まっているときに、ユイコさんがそう言った。
ユイコさんは僕、真人、健吾、恭介の四人に向き直り、続ける。
「君たちがドスジャギィを倒して二週間――アルセルタス、ドスランポス、ケチャワチャ、テツカブラ、立て続けに多くのモンスターを倒し、そして昨日はイャンクックすらも討伐に成功した。なかなかの快挙といっていいだろう」
「イャンクックをも倒せるようになれば、もう皆さん充分一人前のハンターっすヨ」
ハルカさんも便乗する。
僕は小さく手を振って否定した。
「一人前だなんて、そんな。僕だけじゃなくて、みんながいたからできた事だよ」
謙遜ではなく、本気でそう思う事である。
実際に戦闘では、健吾の剣技、真人のパワー、恭介の行動力とリーダーシップに、どれほど助けられた事か分からないほどだ。
『名前:リキ
武器種:片手剣
装備:
武器:スターアームズ
頭:ジャギィヘルム
胴:ジャギィメイル
腕:ジャギィアーム
腰:ジャギィフォールド
足:ジャギィグリーヴ
スキル:砥石使用高速化、気絶確立半減』
「へっ、まあ俺様の筋肉があれば、これくらい軽いもんだぜ」
真人が得意げに言う。
その自慢の筋肉は、この前に倒したモンスターの素材で作られた防具に覆われていた。
そこに健吾が口を挟んだ。
「お前は考えなしに敵に突っ込みすぎだ。おかげで余計な反撃を食らって、窮地に陥ったことだって多いだろう」
「なんだとぅ。お前だって、この間も調子に乗って、切れ味の落ちた武器で攻撃していて、ピンチになっていたのを助けてやっただろうが」
「その前に俺が助けた回数のほうが多い」
「いーや、俺だね」
「ああもう、やめてよ、二人とも」
しかしこの二人、なんだかんだいいつつも、お互いをフォローしあっている。実際、いいコンビだと僕は思っていた。
『名前:マサト
武器種:ハンマー
装備:
武器:ロックボーン改
頭:カブラヘルム
胴:カブラメイル
腕:カブラアーム
腰:カブラフォールド
足:カブラグリーヴ
スキル:体力+20、防御力UP【小】、採集-1』
『名前:ケンゴ
武器種:太刀
装備:
武器:鋸斬り七首
頭:ランポスヘルム
胴:ランポスメイル
腕:ランポスアーム
腰:ランポスフォールド
足:ランポスグリーヴ
スキル:攻撃力UP【小】、気絶確率半減』
そこに、コマリさんがやってきた。両手には、新たに作られた防具一式を抱えている。それは昨日持ち帰った素材から作られた新装備だった。
「はい、キョウスケさん。頼まれていたクックシリーズ一式だよ」
「ああ、サンキューな、コマリ」
コマリさんに礼を言って、早速装備する恭介。
イャンクックの鮮やかな朱色の防具だった。
『名前:キョウスケ
武器種:操虫棍
装備:
武器:ボーンロッド改
頭:クックヘルム
胴:クックメイル
腕:クックアーム
腰:クックフォールド
足:クックグリーヴ
スキル:攻撃力UP【小】、火属性強化+1』
恭介は新装備に纏った姿で、ユイコさんに向き直った。
「さて、今日も元気にクエストに行くとするか。ユイコ、今日はどんな依頼が来ている?」
「そうだな……。それなりに実入りのいい依頼が何件か来ているぞ。狩猟、運搬、採集、なんでもござれだ」
前にドスジャギィを倒したことから、キャラバン『リトルバスターズ』の評判はバルバレ内で広まっていた。どのキャラバンでも倒す事ができなかった金冠クラスのドスジャギィを、まったく無名のキャラバン付きハンターが討伐したのだ。期待の新星現るとばかりに、連日キャラバンに来る依頼は増えており、中には大型モンスターとも戦うクエストが入る事もあった。
キャラバンに依頼を持ってくる者は、バルバレの商人や、近隣の町や村に住む人間たちが主だった。集会所のハンターに依頼をするだけの財を持たない者が、キャラバンに依頼を持ってきており、僕たちが依頼を受ける事は、そうした貧しい人々の助けとなっていた。
最初こそ僕たちの実力を懐疑的に見る者もいたが、やってくる依頼を達成して期待に応えるごとに、周囲からの評判は少しずつ変わっていった。
周りからの信頼を積み重ね、今では街を歩いているだけで話しかけてくる者がいるほどであった。
「そうか、それは忙しくなりそうだな。一つずつこなしていくか……。お前らは、今日はどんなクエストに行きたい?」
恭介が僕たちに尋ねてきた。
僕は答えた。
「狩猟クエストがいいな。できれば、中型以上のモンスターと戦えるクエストがいい」
「ほう、今日の少年はやる気が十分なようだな」
ユイコさんが僕の姿勢に感心した声を上げた。
「うん。このところ、自信が付いてきたみたいなんだ。今だったら、どんな奴が相手でも勝てる気がする」
「そうか……。自信をつけるのはいい事だが、足元は掬われないように気をつけることだ。油断はハンターの大敵だぞ」
「大丈夫だよ。みんながいるから」
僕は笑顔で応えた。
はっきりとしたその言葉に、むしろ他のみんなが意表を突かれたようだった。
実のところ、僕が今口にした言葉には、複数の意味が含まれていた。
一つは、みんながいるから、たとえ僕が危ない目にあっても助けてくれるということ。
二つは、戦うのが一人じゃないから、僕はモンスターが相手でも勇気を出せるのだということ。
そして――守りたいみんながいるから、僕は最後まで踏み止まって戦う事ができるのだということ。
互いに守り、守られ合い、協力し合う。仲間と一緒に戦う事が、これほどまでに心強く感じる事は新鮮だった。この気持ちは、元の世界でみんなと一緒に野球したときも感じていたことではあるが、やはり仲間というものはいいなと再認識することができたのだった。
そうして――今日のところは、狩猟クエストに行く事で全員一致した。
ユイコさんは、手に持った依頼表の束を眺めながら言った。
「そうだな。今のところ依頼が来ているクエストは――ああ、あった。桃毛獣ババコンガ一頭の狩猟、行き先は地底洞窟だな」
「よし、じゃあそれでいこう」
恭介が決める。
真人や健吾も異論はないようだった。
「君たちがモンスターの狩猟クエストを受け続けてくれているおかげで、キャラバンの資金も随分潤沢になってきている。助かっているぞ」
「そういえば、素材とかも大分余ってきていたよな」
真人が思い出しように言った。
「売ってしまったらどうだ? これだけあれば、それなりの額になるだろう」
これは健吾の意見だ。確かにモンスターの素材は高値で売れる。聞いた話だと、ドスジャギィ一匹分の素材でも、売れば半月くらいは生活できる資金になるそうだ。
「それもちょっと勿体無いよね。もしかしたら、また必要になるかもしれないし」
「ふむ、素材か……」
それを聞いたユイコさんが、しばらく考える仕草をした。
やがて妙案が閃いたように頷いた。
「そうだな、私にいい考えがある。素材に関しては、私に一任してくれないか」
そのとき、キッチンからハルカさんの声が聞こえた。
「ヘイ、お待ち! 料理ができたよ」
テーブルの上にネコ飯が並ぶ。
うわ、と僕たちは呻いた。
そこには、クトゥルーの邪神も真っ青の、宇宙怪奇物質的な外見の料理が陳列していた。食欲どころかSAN値がマッハで減退するような見た目は相変わらずである。
(やはり何度見ても慣れないよね、これ……)
「必殺料理、はるちんスペシャル二号っす! ほらみんな、座って座ってー!」
ハルカさんの声に従い、僕たちはテーブルにそれぞれ着席する。
このネコ飯が酷いのは見た目だけで、美味である事を僕たちは知っている。
――ただ、三回に一度くらいは失敗するのか、時折凄まじい味の料理が混じるときがあった。初日に食べたネコ飯に匹敵するくらいの破壊力が炸裂するのである。
僕はスプーンを手に取り、覚悟を決めて、ぱくりと口にした。
――よかった、普通の味だ。
ほっと胸を撫で下ろす。
しかし内心は、料理ごときでどうしてそんなロシアンルーレットみたいな気分を味わう必要があるのだろうか、と首を傾げたくなる思いだった。
「――あべしっ!」
「――ひでぶっ!」
あ、今日は真人と健吾が当たったようである。
料理を口に入れて悶絶している二人を尻目に、僕は急いで目の前の料理をかきこんだ。