リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~   作:九十九足一

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第三話.(二)

 

『クエスト:ババコンガ一頭の狩猟

 場所:地底洞窟

 募集制限:なし

 内容:地底洞窟にコンガの群れが現れた。親玉たるババコンガが、鉱夫の食べ物を狙って襲い掛かってくるので、採掘が捗らない。至急ババコンガを狩猟する事。

 契約料:200z

 報酬:2100z

 支給品:地図、たいまつ、携帯食料、携帯砥石、ペイントボール』

 

 地底洞窟は、位置的には遺跡平原の近くにある場所だった。

 そこはもはや洞窟というよりも、渓谷といったほうが適切かもしれない。

 鬱蒼とした森の奥地に、巨大に広がった大地の裂け目、そこが地底洞窟の入り口だった。

 地中へと続く谷を降りていけば、そこには巨大な地下空洞の世界が広がっていた。広々とした空間がどこまでも続いており、奥は迷路のように入り組んだ地形となっている。

 地中であるにもかかわらず、発光性の成分を持った鉱石と蛍のような虫が飛んでいるおかげで、明るさには困らない。静謐な空気と神秘的な情景の織り成す清涼的なフィールドだった。

 ギルドのポポ車で地底洞窟の入り口にたどり着いた僕たちは、谷を降りるとババコンガの探索に向かった。

 実は地底洞窟に来るのは初めてではない。前にテツカブラと戦ったときも来ているし、地図もあるので大体のマップは頭の中に入っていた。

 洞窟に入ってすぐ近く、キノコが採集できるエリアで早速ババコンガと遭遇した。

 桃毛獣ババコンガは、その名が示すとおり、桃色の体毛を身に纏ったゴリラのような外見をしていた。頭部にはまるでリーゼントのようなトサカがその存在を主張している。

 パワーは高そうであるが、スピードは前に戦ったイャンクックよりも遅かった。落ち着いて対処すれば、そこまでは苦戦はしない――はずだった。

 ババコンガの真の恐ろしさは別にあった。始まった戦闘にて僕たちは直にそれを目にする事になる――

 

 

 ババコンガが、突如として何かを投げつけてきた。

 投石攻撃か――と一瞬思ったが、そうではなく、それは茶色い何かだった。

 べちゃあり、と非常に嫌な音を立てて、それは真人の顔面にヒットした。

「真人、大丈夫!?」

 よく見れば、その茶色いものはババコンガの糞だった。

 直後、真人の顔面を中心地として、鼻がもげるような悪臭がここまで漂ってきていた。

「ぐおっ、く、くせえええええっ! だれか、助けてくれー!」

「ええい、近寄るな妖怪! えんがちょー!」

「真人! 落ち着いてよ! 今消臭玉を投げるから! お願いだからその状態で近寄らないで!」

 ババコンガは糞尿を飛ばして攻撃してくる――とは事前に聞いていたけれど、まさかこんな恐ろしい攻撃だとは思わなかった。

 茶糞まみれになった真人は、一見して面妖な怪奇生物のようで、今ここに、恐ろしいモンスターが誕生したようである。

 その姿を見て恭介が叫ぶ。

「真人――お前のアダ名は今日から『ウンコマン』だっ!」

『真人は『ウンコマン』の称号を得た!』

 妙なテロップが入った気がした。

 ハッキリ言って、小学生並みのセンスである。

「うおおおおおおおおっ――! 地味にすっげぇ傷つく――っ! くそぉっ! こうなったら道連れだ! てめえらもウンコマンになりやがれ!」

 ゾンビのようになだれかかる真人。

 薄暗い地底洞窟でその行為は本気でシャレにならない。

「やめてよ真人! 今は戦闘中だよ! 味方同士で何やってんのさ!」

 ――ブウォッホッホッホ。

 ババコンガが高笑いするように声を上げる。

 まるで悪戯に成功したことを笑っているようだった。

「ちっくしょー、もう許さねえ! ぶっ倒す!」

 激昂した真人が、ハンマーを構えてモンスターに突貫する。

「待って真人! そんな考えなしに突撃したら――」

 ――ぶおっ!

 直後、ババコンガを中心として凄まじい音が響く。

 有毒ガスのように変色した空気は、ババコンガの特大の放屁だった。

 ――バタン。

 近くにいたために、モロにプーを吸い込んでしまった真人は、臭さのあまり失神する。

 下品極まるババコンガの攻撃だが、その威力は強烈である。ひくひくと白目を剥いて痙攣する真人、彼は今も地獄の只中で苦しんでいるのだろう。

「ああっ、真人が倒れた!」

「まったく、世話の焼ける――」

 倒れた真人に僕が向かい、健吾と恭介がフォローするようにババコンガとの間に入る。

 そうして僕たちはモンスターとの戦いを繰り広げるのだった。

 

 

 ピンクの悪魔との死闘が完了する。

 苦労したが、なんとかババコンガの狩猟に成功した。

 その後、倒れた真人を介抱して、地底洞窟にあった池で身体を洗い、僕たちはバルバレに戻ってきていた。

「ただいま……」

「おかえりなさいー」

「おかえりー」

 キャラバンにたどり着くと、コマリさんとハルカさんが迎えてくれた。

「ふぃー、えらい目にあったぜ」

 真人がやれやれとばかりに声を出す。

「うむ、ご苦労だったようだな」

 ユイコさんが現れるが、直後顔を顰めた。

 その視線は真人へと注がれている。

「……どうした?」

 自分に向けられる視線に、真人が尋ねる。

 ユイコさんはきっぱりと言った。

「マサト少年……君、ちょっと臭うぞ……。あまり近寄らないでもらおうか」

「………………」

(うわっ、真人がすごい表情で傷ついている!)

 でもまあ、そりゃあそうなのである。いくら消臭玉を使って水で身体を洗っても、あれだけの臭いがそう簡単に取れるはずもなかった。

 しかし――『臭い』というのは、男が女子から言われて傷つく言葉ベストテンに入る言葉だろう。真人であってもそれは例外ではなく、なおかつユイコさんのような美人に言われるとならば、またダメージも一入だった(一部の人にとってはむしろご褒美かもしれないけど)。

「く、臭くないよな……俺、なっ!」

 焦るあまり、周囲に意見を求める真人。

 すぃー、と目を逸らすコマリさんとハルカさん。

 その反応が如実に真実を物語っていた。

 そこにリンが現れた。

「リン! お前は違うよな! 頼む、臭くないって言ってくれ!」

 しかし、ただでさえ歯に絹を着せないリンに、相手を傷つけないように嘘を言うことなどできるはずもなく、結果として――

「くさっ! 近寄るな怪物! ウンコマンめ! ウンコマンはトイレの国に帰って、便器と結婚でもしていろ!」

 恭介と似たようなセンスで、かつそれ以上の毒舌で罵倒するリン。

 この世界は残酷だっ!

「うおおおおお――っ! こんなん耐えられるか――っ! てめぇら揃いも揃ってなんだ――っ! 汚れた筋肉には価値がねえとでも言うのか――っ!」

 ぶちぶちぶちっ!

 ショックのあまり、自らの髪の毛を引き抜く真人。

「ああっ、落ち着いてよ真人! 心を鎮めて! 僕だけは真人を嫌ったりしないから。ね、僕はどこにも行かないから……」

 僕は必死で真人を慰める。

 その様子を見ていたユイコさんが言った。

「まあ、マサト少年だけじゃなく、君ら全員臭うぞ。街の風呂に行って、さっぱりしてくるといい」

 

 

 ユイコさんに言われるまま、僕たちはバルバレの公衆浴場に来ていた。

 浴場は、まるで日本の銭湯と似たような構造だった。

 時間帯のせいか、広々とした浴室には他に入浴客は見受けられない。

「うぉおおお、貸切じゃねぇか、うぉおおおおお!」

「まあまて、はしゃぐな。ひゃっほー!」

「一番風呂は俺が頂いたぜ!」

「ああもう、みんな落ち着きなよ。浴槽に入る前に、身体くらい洗おうよ」

 異様にテンションが高い三人を宥めながら、僕も浴場に入る。

 備え付けの石鹸とタオルで身体を洗うことにした。

 ちなみに、キャラバンでのお風呂事情はどうしているのかと問われると、ポポ車の荷台の一つがお風呂になっており、それを使っているのだ。

 とはいえ、手間とコストを考えると頻繁に使う事ができないので、普段はお湯に濡らしたタオルで身体を拭いて洗っていた。

 こんな風に、たくさんのお湯を使って身体を洗うことが中々できないので、僕は久し振りにさっぱりとした気持ちだった。

 ふと、鏡に映った自分の姿を見る。

 そこである事に気づいた。

(あれ、ひょっとして、僕、ちょっと逞しくなったのかも……)

 この世界に来てから、まだ半月ちょっとだが、あれだけ剣を振って戦っていたのなら当然かもしれない。

 実を言うと、二週間前にドスジャギィと戦ってから、僕は毎日筋トレと剣の鍛錬を続けていた。

 少しは筋肉付いたかな――と、僕は鏡の前でマッスルポーズなんかをしてみたりする。

 うん、やっぱり逞しくなっている、とそんな気がして、僕は満足げに頷いた。

「おう、なにやってんだ、理樹」

 横合いから真人の声がかかる。

 その声に僕は振り返り――そして真っ青になった。

 背後には、一糸纏わぬ姿で立っている真人と健吾がいた。

 ずおおおおお――と屈強に聳え立つマッチョメン。

 その二人を見て、せっかく付いた自信がコナゴナに砕かれる。

 僕は顔面蒼白で、口を三角(△←こんなの)にして、友人二人を見ていた。

(うん……改めて見ると分かるけど、この二人って本当にいい体つきをしているよね)

 古の城壁を髣髴とさせるような胸板、魔獣のごとき太い腕、それでいて、余分な脂肪などただの一片も見当たらず、極限まで鍛え上げられた肉体である。

 そしてその股間に燦然と輝くそれは――

 ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だ、完成度高いね、オイ。

 ――じゃなくって!

 二人の股間には、巨大なイチモツがボロロンと音すら立てる勢いで君臨していた。

「隣、失礼するぜ」

 真人が僕の隣に座り、身体を洗う。

 健吾もまた、僕を挟んで真人の反対側に座った。

 ダブル筋肉に挟まれつつ、僕は自分の股間に視線を落とす。

 平均的なサイズと比べて、決して小さいわけでも短いわけでもない――とは思いたいけれど、この二人に比べればハッキリ言って可愛いモノである。

 僕ははっとして鏡に映る自分を見た。

 顔は女の子みたいな童顔だし、体つきは全然華奢だし、肌もどちらかといえば白い方だし、ひょっとすると僕って、実は男としてかなりやばいんじゃ――

 その事実に気づいたとき、僕はがっくりと項垂れた。

「どうした? 理樹」

「うん……もっと強くならないと、と思っただけ」

「?」

 勝手に敗北を悟って打ちひしがれる僕に対し、二人は疑問符を浮かべるだけだった。

 

 

「ふぅ……」

 湯船に入って息を吐く。

 いい湯だった。

 風呂には菖蒲にも似た薬草が入れられていたのか、匂いもいい。

 とりあえず、さっき男としての自信が喪失したことは気にしない事にした。

(そういえば……)

 湯船の中で寛ぎながら、僕は日本で読んだとある漫画の事を思い出していた。

 古代ローマの建築家が、お風呂で溺れると現代日本にタイムスリップしていたという話だ。

 もしかすると、僕も今ここで溺れたら、元の世界に戻っているかもしれない。

 そう思って、僕は湯船の中に頭まで浸かった。

 その状態で一分くらい蹲る。

「――ぷはっ!」

 目覚めると、そこは日本――ではなかった。

 やはりバルバレの公衆浴場である。

(だよね……)

 落胆するが、どこか納得している自分もいた。

 こんな簡単にもとの世界に戻れるわけがない。苦しいだけだった。

「なんだ理樹、そんなに遊びたいのか? 子供だな」

 そんな様子を見ていた恭介が勘違いしたのか、呆れたように言った。

「――よし、じゃあ遊ぶか。お前ら、水中で息止め大会をやるぞ」

 何が『よし』なのか分からないけれど、真人と健吾も含めて、僕たちは水中で潜りっこをすることになった。

 要するに、湯船に潜って一番息を止めていた者が勝者となるゲームだった。

 まあ、他の入浴客の迷惑になるだろうから、人のいないときしかできないゲームだろうけれど……。

「じゃあ始めるぞ、ミッションスタートだ!」

 恭介の言葉に、一斉に僕たちはお湯の中に身を沈める。

 僕はお湯の中で目を瞑って、静かに息を止める。

 十秒――二十秒――と頭の中で時間を数える。

 そのとき、トントンと肩を叩かれた。

 ちらり、と僕はお湯の中で目を開ける。

 目の前に恭介の変顔があった。

 元がイケメンなだけに、これはひどい。

「――ぶふぅおっ!」

 僕はたまらず水中で吹いてしまい、急いで顔を上げる。

 ゲホゲホと咽ていると、すぐさま健吾と真人も同じ目にあったのか、湯の中から浮上してきた。

「よし、俺の勝ちだな」

 最後までお湯の中に潜っていた恭介が、余裕綽々で勝ち誇る。

「恭介、今のは卑怯だよ……」

「別に俺は、『水中で相手を笑わせてはいけない』なんてルールを決めた覚えはないぞ」

 恭介の屁理屈に、今度は二回戦をやることになった。

「――スタート!」

 またしても一斉にお湯の中に潜る。

 僕は無心のまま、水中で目を閉じる。

 ――トントン。

 再度、肩を叩いてくる手があった。

 しかし今度はそんな手は食らわない。僕は無視して目を閉じたまま息を止め続けた。

 ――コチョコチョ。

 直後、僕の脇腹をくすぐってくる手があった。

「ごぼ、ごぼぼぼぼっ!」

 驚きとくすぐったさに、思わずお湯の中から浮上する。

「ぶはっ、げほげほっ!」

 お湯の中から出て、先ほどと同じように咽る。

 直後、健吾と真人も同じように戻ってきた。

「よし、俺の勝ちだ」

 相変わらず涼しげに無茶な事を言う恭介。

「くそぅ、そっちがそのつもりなら、次はこっちだってやってやるぜ」

 真人が対抗心を燃やして、三回戦に突入した。

 ――いつの間にか、水中にらめっこ大会、および水中バトル大会になっていた。

 

 

 やっぱり、異世界に来ても変わらない。

 騒がしくも、馬鹿馬鹿しい日常。

 けれど決して嫌じゃなく、寧ろ楽しいとすら思える日々。

 彼らと一緒に過ごす、こんな日がいつまでも続けばいい、そう思っていた。

 

 

 ひとしきり遊んでお風呂を堪能した僕たちは、ぽかぽかの身体で帰路へと赴いた。

「――どうだ? まだ臭うか?」

 尋ねてくる真人に、僕は臭いを嗅いでから答えた。

「ううん、大丈夫。もう臭くないよ」

「装備も後で洗って干しておかないといけないな……。まったく、今日の敵は違った意味で強敵だったな」

「お、健吾っち、今のは『今日』と『強』を掛けたギャグか?」

「そんなわけないだろ」

 そうしてキャラバンに戻ると、なにやら様子がおかしかった。

 ユイコさんが、見知らぬ女性の人と何かを話していた。

「……そうか、分かった。知らせてくれてありがとう」

 ユイコさんがその女性に礼を言うと、女性はすぐさま帰っていった。

「ふぅ……」

 憂鬱そうにため息をつくユイコさん。

 僕は丁度そこに声をかけた。

「ユイコさん、今の人は?」

「ああ……、君たちも帰ったか。丁度いい、今伝えておこう」

 ユイコさんはどこか浮かない顔だ。

「先ほど、ギルドから各所のキャラバンに通達があった。しばらく、遺跡平原に踏み入る事が全面的に禁止となったらしい」

「……何かあったのか?」

 不穏な気配を察知したのか、恭介が尋ねる。

「現れたんだよ。遺跡平原の本来の支配者――リオレウスが」

「うへー、火竜リオレウスっすか。そりゃ流石にやっかいっすねー」

 通りがかったハルカさんが口を挟んだ。

 しかし、リオレウスと言われても、僕たちには何のことか分からなかった。

「……リオレウスって何?」

「へ? リキくん、知らないの?」

 ハルカさんが驚いた声を上げる。

 ユイコさんが説明した。

「リオレウスは、大型モンスターの中でも、童話や英雄憚に描かれるほど、とりわけポピュラーな存在だ。それと同時に、並のモンスターとは比べ物にならないほどの強大な力を持った飛竜としても知られている」

「別名、『空の王者』。飛竜種の中でも最強クラスの空中戦闘能力を持つモンスターって言われているくらいだよ。本当に知らないの?」

「こう言ってはなんだが、今の君たちでは到底太刀打ちできる相手じゃない。ここはギルドの言う事に従い、遺跡平原に入らない方が賢明だ」

 その後、ユイコさんは更に説明してくれた。

 今回のリオレウス出現に対して、ギルドから上位ハンターで構成された精鋭の討伐隊が編成されるという事。

 部隊の準備が出来次第、すぐさま討伐に向かうことから、おそらく数日後には立ち入り禁止が解除されるという事だった。

 ユイコさんはどちらかといえば気楽そうに語ってくれたが、僕は内心不安を感じていた。

 上手くは説明できないけれど――先ほどの楽しかった時間が晴天なら、突如として暗雲が立ち込めてくるような、言いようのない悪い予感があったのである。

 そしてこの数日後――その予感は現実のものとなるのだった。

 

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