リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~ 作:九十九足一
――火竜リオレウス。
伝説にすら謳われる、その姿。
全身を覆う真紅の鱗、天空の支配者に相応しい強壮な翼――雄々しくも優雅に天を舞うその様子を、人々は畏敬すら込め、『空の王者』と奉る。
これより語られるは――ある一組の夫婦と、一人の少女の物語である。
光に満ちた世界に祝福され、『王』はこの世界に生を受けた。
彼が生まれ落ちたのは、人間が立ち入らぬような天嶮の霊峰だった。
世界で一番、最も大空に近い頂にて、多くの同胞たちに見守られ、彼は『王』として産声を上げた。
――彼には、名前がない。
仲間たちから与えられなかった。
その必要はなかったのである。
生まれながらにして、万物の支配者たる力を持って産まれた彼には、『王』という敬称だけで十分だった。
両親ですら、彼のことを『王』と呼んだ。
それは彼が、比類ないほどの立派な翼を持って産まれてきた事に起因していた。
卵から産まれた彼のその翼を見たとき、彼の両親は、自分たちの子がこの世界を支配するに相応しい力を持っている事に気づいたのだ。
事実、『王』の名に恥じぬよう、彼は同族の中でも一際強大に成長した。
卵から産まれて三日後には空を飛んだ。
一週間後には、初めて自分の力だけで獲物を狩った。
半年後には、大型モンスターと戦って勝ちを収めた。
数年も経てば、同族の誰もが彼を『王』と崇め奉った。
『空の王者』とすら謳われる種の中でも――彼は正真正銘、本物の『王』だった。
世界に敵なしの、まさに最強の存在がこの世に生まれ出た瞬間であった。
だが多くの仲間たちから賞賛を集め、畏敬され、全てを支配できるような、絶大な力を持とうとも――彼の心が満たされる事は、決してなかった。
例えば、人間が――というよりも、生物がその一生の中で、何かを達成したときに喜びを感じることができるのは、それが努力や苦労と引き換えに報われたものであるからこそ、その幸福がなによりも掛け替えのないものであると噛み締めることができるからだ。
ならば、もしもここに、文字通り『叶えられないことなど、何もない』などという力を持った存在がいたら、どうだろうか。
どのような勝利も、どのような達成も、当人には何の意味ももたらさない。
つまるところ、『王』にとって、全てを支配するということは、そういうことだった。
他者と戦えば、さしたる傷も負わずに勝ちを収め、餌が欲しい思えば、さしたる労も掛けずに得る事ができる。
咆哮一つ上げれば、目の前の生物全てが竦み上がり、ブレスを吐けば、どのようなモンスターだろうと逃げ惑う。
『王』の力があれば、それらは造作もないこと。
自分の思い通りにならない事など、何もない。
どのような努力も、どのような工夫も必要ない。
それは『王』にとって、『当然のこと』だから――
だからこそ彼には、生きる者ならば当然として得る事ができる満足感も達成感もなかった。
そんな『王』の苦悩は、周囲の誰も気付かなかった。
いや――気付こうともしなかった、と言ったほうが正しかった。なぜならば、周囲の者にとって、彼は『王』であって、『彼』ではない。
必要とされるのは、『王』という名のシステム、象徴――
王は自分たちとは違う存在、だからこそ『彼』として理解する必要も接する必要もない。
――結果、彼は
隙間風の吹くような想いを胸に抱きつつ、黄昏に染まる大空を一匹で飛びながら、彼は自問していた。
――『私』は誰だ。
――『私』は何者だ。
――『私』はどこにいる。
――『私』はどこへゆく。
――『私』は――
答えは出ない。
空は――何も答えてはくれない。
――月日が流れる。
たとえ彼が自分の生に疑問を持とうと、今更生き方を変えることはできなかった。
彼には『王』としての生き方以外、知らなかったから。
やがて彼は、人間でいうところの、成人と呼ばれる年齢に達した。
彼自身の意思とは裏腹に、彼の肉体は、周囲の期待に沿うように偉大に成長していった。
時には山に住む同胞たちを諌める目的で、その力を示した事がある。
『王』自身が山から降りて、戯れに、一つの街を焦土に変えてみた。
武器を持った人間たちが何人も出てきたが――『王』の力を前に、全て灰燼となった。
そうした『王』の力を示すごとに、同胞たちは喜んだが――だがやはり、彼自身には何の感慨もなかった。
圧倒的な力で他者を蹂躙しようにも、虚しいだけだった。
――詰らない。
世界は、こんなにも無駄で意味のないものに溢れている。
大空から世界を見下ろして、殊更にそれは感じていた。
地上には、彼の種族のように空を飛ぶこともできない他のモンスターや、人間たちが蠢いている。
それらは、履いて捨てるほどにいた。
どこに行っても、そのような小さな存在は目に付いた。
大空から見下ろすそれらに対し、その時の彼には、虫ケラ同然の、取るに足らないちっぽけな存在にしか思えなかった。
――だが彼には解っていた。本当は、自分自身こそが何よりも無駄で意味のない存在であることに。
自分自身の空虚さを抱えながら、天空の支配者は独り、大空を飛んでいた。
その人里離れた、寂れた山に降り立ったのは、ただの偶然に過ぎない。
やはり仲間たちを鼓舞する目的で山の外に赴き、さしたる時間もかけずにグラビモスを狩って、帰路の途中に休憩のために立ち寄っただけである。
だからこそ――その出会いは、ただの偶然と片付けるには、余りにも数奇で運命じみていた。
その日、『王』は――その土地で、一匹の
山の中腹で――蹲った一匹のリオレイアがいた。
生まれ育った山以外では、中々目にする事のなかった同族の雌だった。
その雌を見た最初の印象は――ひたすらみすぼらしかった。
見たところまだ若いにも関わらず、まるで老いさばらえたように痩せきった、ボロボロの姿をしていた。
あちこちで鱗は剥げ、そしてなにより、翼が片方なかった。
彼はただの気まぐれで、その雌に尋ねた。
“ここで何をしている?”
『王』の問いに対し、その一匹のリオレイアは答えた。
“この子を温めているのです”
見れば、彼女の懐には一匹の幼い飛竜がいた。
“お前の子か?”
そう尋ねると、彼女はゆっくりとかぶりを振った。
“私は生まれつき病気のせいで、卵を産むことができません。この子は、親を人間に殺されて一匹でいたところを、私が育てているのです”
淡々と語る彼女の答えに、『王』は不思議に思った。
なぜ、まったく関係のない子を拾って、育てているのか。
そのような事をして、一体何になるのだろうか。
その事を尋ねると、彼女は薄く笑って答えた。
“――さあ、なぜでしょうか。しいて言えば、可哀想だと思ったからです。この世に生まれて、愛を知らずに独り死ぬ事は、寂しい事でしょう”
リオレイアは、その幼い飛竜を軽く撫でた。
その様子を見ながら、『王』は口にした。
“その子供は、放っておいてもいずれは死ぬぞ”
『王』の言うとおり、幼い飛竜は傍目にも判るほど元気がなかった。
栄養失調なのか、病気なのか、どこかぐったりとしていた。
“……そうかもしれません。けど、それならばそれで、最後を看取ることはしてあげようと思います。私には、それくらいしかできませんから”
そう言って、リオレイアはその幼い飛竜から離れなかった。
自らの体温を分け与えるように、じっとして寄り添っていた。
『愛』――そのときの『王』には、なんと空虚な言葉に聞こえた事だろう。
彼の故郷の山では、強さこそが全てであった。
愛などとは、より強い遺伝子を残すための、肉体に埋め込まれたプログラム、システムに過ぎない。
当然ながら、そのシステムはこの身にも備わっている――忌々しい事に。
山では、周囲の同胞たちから、『王』の遺伝子を残すことを望まれている。そのために、山では今もなお多くの雌火竜を彼に宛がおうとする動きがあった。
だからこそ『王』には、『愛』などと軽々しくほざくそのリオレイアが、唾棄すべき存在のように忌まわしく思った。
――それきり、『王』はその雌に興味が失せたとばかりに、飛び立った。
期せずしてその雌と再会したのは、それから数年後の事だった。