リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~ 作:九十九足一
「俄かには信じられないよ……僕たちが、ゲームの世界に入ってきてしまったなんて」
地面に腰をかけ、僕は虚ろな声で呟いた。
正直に言えば、座っていないと倒れてしまいそうだった。それくらい、目の前の出来事に対して、ショックが強すぎたのである。
「だが、それ以外にこの状況の説明はつかないだろう。それに俺たちが着ているこの格好も、確かにゲームでハンターが装備するものだ」
言われてみれば、僕が今着ているのも、『モンスターハンター4G』のオープニングムービーでハンターが着ていた鎧に酷似していた。
『名前:リキ
武器種:片手剣
装備:
武器:ハンターナイフ
頭:ブレイブヘッド
胴:ブレイブベスト
腕:ブレイブクラブ
腰:ブレイブベルト
足:ブレイブパンツ
スキル:乗り名人、回復速度+1』
「どうしてこんなことに……」
「そう嘆くな、漫画では割とよくあることだ。俺が最近読んだ漫画だと、こうしたオンラインゲームをプレイ中に突然ゲーム世界に閉じ込められ、可愛い女の子とハーレム展開になっていたりしていたな。きっとこのゲームでも『ウッヒョー、こいつは最高だぜ』といった展開になる可能性も――」
「……恭介、僕は真面目に訊いているんだよ」
「俺だって真面目だ。真面目に考えて――俺たちが漫画のような出来事に巻き込まれたのだと判断したんだ」
『名前:キョウスケ
武器種:操虫棍
装備:
武器:ボーンロッド
頭:ハンターヘルム
胴:ハンターメイル
腕:ハンターアーム
腰:ハンターフォールド
足:ハンターグリーヴ
スキル:ハンター生活』
「本当に僕たち、ゲームの中に入っちゃったの? 白昼夢を見ているってことないよね」
「ほっぺた捻ってやろうか? 夢かどうか分かるかもしれないぜ」
「うん……、そうするよ」
「いて、いててててっ、俺のじゃねぇよ!」
『名前:マサト
武器種:ハンマー
装備:
武器:ウォーハンマー
頭:レザーヘッド
胴:レザーベスト
腕:レザークラブ
腰:レザーベルト
足:レザーパンツ
スキル:採取+1、精霊のきまぐれ』
「うぉお、痛てぇ……。まさか理樹からこんな反撃が来るとは思わなかったぜ……」
「ごめん……僕、今ちょっと混乱しているかも」
「まあ、理樹の気持ちも分からなくは無い。こんなときこそ、落ち着くには座禅を組むしかない。さあ、理樹も一緒にやるぞ!」
ああ、やっぱり健吾も混乱しているのかな。
それともこれが素なんだろうか、あるいはこんな摩訶不思議な出来事を前にして、ネジが一本外れてしまったのだろうか。僕はぼんやりとそんな事を考えながら友人を眺めた。
『名前:ケンゴ
武器種:太刀
装備:
武器:鉄刀
頭:チェーンヘッド
胴:チェーンベスト
腕:チェーンクラブ
腰:チェーンベルト
足:チェーンパンツ
スキル:腹減り半減』
「でもさ、これが現実なら……どうすれば僕たち、もとの世界に戻れるの?」
「恭介、お前の知っている漫画なら、どうすりゃもとに戻れるんだ?」
僕と真人の問いに、恭介はさも当然とばかりに応えた。
「そりゃ、まあ、ラスボスを倒すしかないわな」
「ラスボス……」
「ああ、ラスボスを倒してゲームクリアすることで、元の世界に戻る。それがゲームの世界に入る系物語の鉄則じゃないか」
「ラスボスっていうと……この『モンスターハンター4G』のだよね……」
「そうだな。もっとも、俺もこのゲームにそこまで詳しいわけじゃない。どうすればラスボスのもとに辿り着けるのか、ラスボスがどんな相手なのかはまでは分からない」
「結局、ほとんど手がかり無しかぁ……。まったく、僕たち四人じゃどうしていいか――」
――四人?
そのとき、僕は遅まきながら、いつもいる幼馴染のメンバーが一人足りない事に気がついた。
「――そういえば、鈴は!?」
あたりを見渡すが、鈴の姿は見当たらなかった。
「俺たちが目覚めたときにはいなかった」
「こっちの世界に来ていないんじゃないのか? 考えてもみろ、俺たちの中で、鈴だけゲーム機を持っていなかっただろう。今頃、鈴は元の部屋かもしれんぞ」
「そうだといいんだけど……」
不安だった。健吾の言うとおり、鈴だけ元の部屋に残ったのならまだいい。けど、もしも鈴もこちらの世界に来ていて、僕たちとは別の場所に放りだされたのなら、鈴はこんな世界で今も一人きりだということになる。
こんな右も左も分からないような世界で、一人ぼっちの鈴がどれだけ心細い気持ちになるのか、想像しただけでも心がどうにかなりそうだった。
「――おい、見ろよ! 向こうに町があるぜ」
真人の声に振り向いた。
遠くに目を向けると、確かに真人の指し示す方向に、遥か街道の彼方で、建物らしき影が小さく見えていた。
「行ってみようぜ!」
「確かに、いつまでもここに居ても仕方が無いしな……」
真人と謙吾は、こんな状況に早くも適応し始めているようだった。
「ほら、理樹。行くぞ」
恭介が手を差し伸べる。
「うん……」
僕はしばらく逡巡したが、結局、恭介の手をとる事にした。
恭介に手を引かれるまま、みんなの後に続く。
手のひらに感じる恭介の温もりだけを寄る辺に、不安に押し潰されそうな心を奮い立たせた。
――交易拠点バルバレ。
それが僕たちの辿り着いた街の名前だった。
活気溢れる街で、所狭しと商店が立ち並び、行き交う人々や荷馬車などで街はごった返していた。
僕はというと、そんな中をおっかなびっくりしながら歩いていた。
一方で、恭介や真人、健吾といった他の三人は、僕に比べれば堂々としたもので、周囲の喧騒に臆する様子なんてなかった。
「辿り着いたはいいが……これから先、どうするんだ?」
健吾がもっともな事を尋ねる。
「そうだね……っていうか、今気が付いたんだけど、僕たち、この世界の通貨なんて持っていないんじゃないの?」
「装備はあるけど、アイテムらしきものすら持ってねえぞ」
ド○クエですら、50ゴールドと薬草くらいは持っているだろうに、幸先悪いスタートだった。
「お前たち、何を慌てているんだ」
恭介だけが、やたらと落ち着いた態で言った。
「今の俺たちはハンターだ。ならばすることは一つ。街でクエストを受ける事で、モンスターを狩りに行くんだ。――ちょっと待っていろ」
言うなり、人ごみの中に消えていく恭介。
しばらくすると戻ってきた。
「よし、訊いてきた。あのでかい建物がハンターズギルドの集会所らしい」
恭介の指す方向を見ると、船の形にも似た巨大な建造物が聳え立っていた。
「船? 陸の上なのに?」
「ちなみにあの船、陸の上でも動くらしいぞ。なんでも、このバルバレって街は、あの船を中心として形成されている、たくさんのキャラバンの集まりらしい」
「キャラバン、っていうと、確か社会の授業で習った――」
「そう、『隊商』ってやつだ。一つの土地に留まらず、移動しながら商売する商人の一団だな。さ、いくぞ理樹」
先導する恭介に続いて、移動する。
建物の中は、外とはまるで別世界だった。
それも悪い意味で、である。
(うわぁ……、怖そうな人が沢山だ)
彼ら全員、おそらくハンターなのだろう。外見だけでいうならば、「ヒャッハー」とか言い出しそうなほど、柄の悪そうな人間が屯している。
それらがこうして一つの建物のなかでひしめき合っているというのは、なんというか、その、どこの世紀末と疑うような、異次元じみた光景だった。うん、この光景を名付けるなら、差し詰め『北斗のリトバス』といった具合だろう。
そんな『youはshock』みたいな空間で、僕は呆然と立ち尽くしていた。
「おい。大丈夫か、理樹」
完全に気圧されている僕に、真人が気遣うように声をかけてくれた。
僕はそんな真人が原哲夫ワールドの主人公のように見えた。
「ねえ、真人の胸に北斗七星の傷痕ってないかな?」
「あん? 何の話だ?」
「ごめん……やっぱり僕、混乱しているかも……」
あまりの魔界っぷりを目の前にして、妄言を呟いてしまったようだ。
建物の中も薄暗く、煙草の煙とアルコールの匂いが漂っている。
遠くでは、男同士が喧嘩している声も聞こえた。
その殺伐とした声につられ、よそ見したときだった。
どん、と他のハンターにぶつかってしまった。
相手は立派な装備をした、真人に負けないくらいゴツイ体格の男だった。
ぶつかったそのハンターは、じろりと僕を一瞥する。
「あ、ご、ごめんなさい……」
その眼力に気圧されて、思わず謝ってしまう。
「気ぃつけろ、ガキ」
のっしのっしと去っていくハンター。
僕は気を抜くあまり脱力する。
(こ、怖かった……)
ただ大柄なだけの男であるというなら、真人や健吾を相手に見慣れている。
だけど、さっきの人物は、単純に身体が大きいというだけじゃない。
なんというか――くぐってきた修羅場の数が違うというべきか、少なくとも、日本のような平和な世界で生きてきた僕らとは違う、剣呑な空気――そう、生死を掛けた戦いを生業とする人間だけが持つ、歴戦の風格ともいうものを漂わせていた。
(あれが……ハンターというものなのかな……)
未だに高鳴る心臓を押さえる。
立ち上がってあたりを見回すと、重要な事に気づいた。
「しまった……。恭介たちと逸れちゃった……」
さっきまで一緒だったけれど、この人ごみで見失ってしまったようだ。
(どうしよう……)
一人ぼっちになってしまい、僕は急に心もとない気持ちになった。
迷子になったときは、あまり動かないようにするのが鉄則である。僕はその場で立ってじっとしながら、恭介たちの姿を探していた。
「――おい、邪魔だ。そこ退いてくんな」
急に背後から声をかけられ、僕はびっくりして振り返る。
そこには、これまたハンターと思しき屈強な男が仏頂面で佇んでいた。背中には、アフリカゾウの象牙を十倍くらいに大きくしたような巨大な物体を背負っていた。
どうやら僕は知らずの内に通り道を塞いでいたようである。そうでなくても、このような巨大な荷物を背負っている人間からすれば、じっと佇んでいる僕は邪魔者でしかないのだろう。
「す、すみません……」
僕は慌てて道を空けた。
男は何も言わず向こうへ行ってしまった。向こうで仲間のハンターと思しき者たちに迎えられる声が聞こえた。
「おっ、すげえじゃねぇか。角竜を倒したのかよ」
「ああ、苦労したが、角破壊も成功したぜ。戦利品の『上質なねじれた角』ってやつさ」
男は自らの武功を語るように背中の角を仲間たちに見せびらかしていた。
それは、まさに栄光の中心にいる者の姿だった。今の僕にとっては、まさしく理解できない世界の出来事のように感じ、ここにいる自分が一層場違いに思うような疎外感を抱いていた。
――いつまで待っていても、恭介たちは見つからなかった。
ひょっとすると恭介たちも僕を探しているのかもしれないが、このままここに居ても、通行人たちの邪魔になるだけのようだった。
(どのみち、クエストっていうのを受けないといけないんだよね……)
僕は移動する事に決めた。とにかく、この集会所って場所のどこかで、クエストを受ける事ができるらしいのだから。
僕は集会所の中で受付カウンターらしき箇所を見つけ、そこへ向かった。
カウンターには、受付嬢らしき女性が座っていた。
僕は、その女性に向かって勇気を出して声をかけた。
「あの……、すみません。クエストを受けたいのですが……」
「はい、どのようなクエストでしょうか?」
女性は、僕の姿を認めると、営業スマイルを浮かべて対応した。
「ええと、その……、どんなクエストがあるのかも分からないのですが……」
「そうですか、それではそちらのクエストボードをご覧ください」
女性の言葉に振り向くと、カウンターの傍に大きな掲示板らしきものが見えた。
「クエストボードには、現在ギルドに来ている依頼表が掲示されています。受けたいクエストを選んで持ってきていただければ結構です」
「ありがとうございます」
僕は女性に感謝の言葉を述べて、クエストボードと呼ばれた掲示板の前に行く。
そこには、様々な内容の依頼表が張り出されていた。
といっても、書いてある事はいまひとつ分からない。『ゲリョス一頭の狩猟』とか、『灰水晶の原石の納品』など、どんな内容なのか、皆目検討が付かなかった。
「ええと、じゃあこれ……」
僕はなるべく簡単そうに思える依頼表の一つを取った。
それを持って、再びカウンターの前に行く。
「すみません、こちらのクエストを受けたいのですが……」
「畏まりました。ギルドカードの提示をお願いします」
「え? ギルドカード?」
「はい? お持ちでないのですか?」
「ええっと……」
仕方なく、僕は自分の着ているものを調べた。それらしきものはないかと、身体のあちこちを弄る。
やがて、胸元のポケットに、カードらしきものが入っている事に気付いた。
「えっと、これですか……?」
「はい、少々お待ちください」
女性は僕の出したカードを眺めていたが、やがて表情を曇らせた。
「申し訳ありませんが、ハンターランクが足りません。別のクエストを選んでください」
そのとき、周囲から失笑が漏れる声が聞こえた。
周囲にいた別のハンターが、僕の様子をみて囃し立てた。
「おい坊主、ここは上位ハンターのクエストボードだぜ。下位はあっちだ」
「てめえのような雑魚ハンターが受けるクエストなんてここにはねえよ。とっとと家にかえるんだな」
「………………」
(帰れるものなら、とっとと帰りたいよ……こんな場所)
そんな風に、やさぐれた気持ちになりかけた時である。
「理樹、こんなところにいたのか」
「恭介!」
僕は地獄で仏にでも会ったかのような心地だった。
「クエストを受けてきたぞ、ほら」
恭介の腕には、受領スタンプの押された羊皮紙があった。
それを僕にも見せてくれる。
『クエスト:生肉10個の納品
場所:遺跡平原
募集制限:なし
内容:遺跡平原に生息するアプトノスを狩猟して、その肉を剥ぎ取り、納品する事。
契約料:0z
報酬:400z
支給品:地図、たいまつ、携帯食料』
「普通、クエストを受注するには契約料ってのがいるんだが、このクエストはタダで受注できた。まあ、内容は初心者向けらしく、報酬も少ないみたいだがな」
「それでも、すごいよ。こうしてクエスト受けてきたんだから」
「ああ、真人や謙吾はすでに外に出ている。俺たちもいくぞ」
さすがは恭介だ。こういうところでは、しっかりとしている。
恭介がいるだけで、僕はこんな世界でもなんとかなりそうな気がした。