リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~   作:九十九足一

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第一話.(三)

 バルバレから、ギルドが提供するポポ車(馬車のようなもの)で揺られて一時間くらい。僕たちは、遺跡平原と呼ばれる土地に辿り着いた。

 透き通るような青空の下、どこまでも広がる一面の草原。色鮮やかな草々は風によってなびかれ、さながら金色の大海原を連想させた。

 それは僕たちが始めてこの世界で目覚めた場所に似ていた。

 違いがあるとすれば、草原のあちこちに点在する崩れ落ちた石柱である。古の巨大な建造物の一部と思しきそれらは、かつてこの土地で栄えた古代文明の名残らしい。

 ボロボロに風化したそれら文明の残滓を冠し、『遺跡平原』と呼ばれるに至った土地であることが窺えた。

「――よし、ここから先がようやくハンターの本分だ」

「確か……アプトノスというやつを倒して、その肉を剥ぎ取るのだったな」

 健吾がクエスト内容を思い出しながら口にした。

「その通りだ。こっから先は二手に分かれよう」

「何でまた?」

 恭介の提案に疑問を投げかける真人。

「こんだけ広いフィールドなんだ。目的のモンスターを探すのだって一苦労だろう。二手に分かれたほうが効率的だ」

「けど、大丈夫なの? いざモンスターに出会っても、なんとかなるの?」

「大丈夫だろう。聞いた話だと、アプトノスというやつは大人しい草食のモンスターだそうだからな。武器もあるし、二人いて油断さえしなければ、なんとか狩猟できる相手だ」

「なら、いいけど……」

 それでも一抹の不安は残る。全員固まって動いた方が安全じゃないだろうか。

「それじゃ、俺と理樹、真人と健吾に別れよう。二時間後に再びここで集合な」

 恭介の言葉に、真人が嫌そうな顔で健吾を指差す。

「なんでこいつとペアなんだよ」

「それはこちらのセリフだ。こんな馬鹿と一緒はごめんだ」

「ああ? んだとコラ! 触りまくって馬鹿移すぞ!」

「バリヤー! そんなの効かんわ!」

「小学生かよ!」

 真人と健吾の二人が、いつもと変わらない言い争いをしている。

 僕はというと、その光景を見て少しばかりほっとしていた。

 いつも通りのにぎやかな光景、たとえ世界が違っていても、変わらないもの。

 それがあることがどれだけ心強い事か。もしも彼らがいなかったら、僕は今頃きっとパニックでどうにかしていただろう。

「まあ待て、お前ら。そんなに血の気が余っているなら、モンスター相手に発散するべきだ。それじゃ――ミッション、スタートだ!」

 こうして、僕たちは初のクエストを迎えたのだった。

 

 

 丘を越えた向こうで、その動く影を見つけたのは、真人たちと別れてしばらく経ってからだった。

 ゆったりとした動作で歩いている動物の集団がいたのである。

 それを目にした途端、僕は驚きに言葉を失った。

 そこには、まるで昔読んだ恐竜図鑑にでも登場しそうな動物が悠々とした様子で闊歩していたのだから。

 シルエットで言うなら、ステゴサウルスやケントロサウルスみたいに、山なりに広がった背中を持つ四足型の草食恐竜に似ている。岩と見まごう灰色の表皮に加え、特徴的なのは、パラサウロロフスにも似た棒状のトサカを頭部から伸ばしていたことである。

 固体によって大きさは違うけれど、平均的なサイズのもので高さは2メートル強、全長においては3メートル以上あるだろう。

 そのような動物の群れが、ざっと五、六頭。草食動物らしく、草を食べながらゆっくりと群れで移動していた。

「あれが、アプトノスかな……?」

「間違いないな。事前に貰った、モンスターの特徴を描いた絵とも合致している」

 クエストの受注表には、ターゲットとなるモンスターがディフォルメされた絵で載せられていた。

 それによると、確かに四足で灰色の肌、特徴的な頭部など、合致している部分が多かった。あれが件のアプトノスと見て、間違いないだろう。

 図体こそそれなりに大きいけれど、事前に聞いていた通り、温厚そうなモンスターだった。見たところ、そんなに強そうには思えなかった。

 クエストの目的でいえば、あれの肉が必要ということだけど――

「まずは俺からいこう」

 恭介が立ち上がって、足音を殺しつつ移動する。

 群れから逸れた一頭が、近くで暢気に草を食んでいる。恭介は姿勢を低くしながらゆっくりとした動作で、背後からアプトノスに忍び寄った。

 刃のついた長柄の棒(操虫棍というらしい)を構え、豹のように身体を撓らせる。

そして――そこから先は一瞬だった。

「――はあっ!」

 気合とともに、恭介は武器を繰り出した。

 ザンッ!

 ブモォオオオオオ――!

 武器が肉を切り裂く音。次いで、アプトノスの断末魔が響く。

 閃光もかくやという武器の一閃は、狙い違えることなくモンスターの急所を捉えていた。

 ズン、と大きな音を立てて、アプトノスの巨体が大地に横たわった。

「ふぅ……、漫画の見様見真似なんだが、上手くいったようだな」

 デタラメみたいな事を言いながら、ブン、と武器を軽く振る恭介。

「すごい……」

 僕はというと、恭介の動きがあまりに人外じみていたので、呆然とそんな感想しか出てこない。

 もともと恭介は運動神経がいいほうである。真人や健吾も高校生にしては身体能力が高い方だけれど、腕力に長けた真人や、剣道に特化した健吾とは違い、純粋に『運動が得意』という意味でなら、恭介は僕たち幼馴染の中でもダントツで優れていた。

 そんな恭介だからこそ、このような芸当が可能だったかもしれない。

「一匹倒したが……、おそらくこれだけだと目標の生肉十個には届かないだろう。理樹、次はお前の番だ。向こうの一匹を頼むぞ」

「ええっ! 僕が!?」

 役目を言い渡され、思わず上ずった声を出してしまう。

 向こうを見れば、少し離れた場所で、これまた群れから逸れた一頭が姿を現していた。

 先ほど倒したアプトノスの断末魔を聞いたのか、若干周囲を警戒しているように見える。だが、その場から急いで移動しようとする気配はなかった。

(やるしか……ないのかな)

 ごくり、と唾を飲み込む。

 僕は腰に納められた片手剣を抜くと、覚悟を決めて、おそるおそるとモンスターの背後に移動する。

 ――モンスターの位置まで、おおよそ十メートル。

 極力音を立てないように足を動かしながらも、僕は今の状況がまるで他人事のように実感がなかった。これが全て夢で、次の瞬間にはベッドから目覚めているのではないか、と思ったくらいである。

 ――モンスターの位置まで、おおよそ八メートル。

 アプトノスの身体が大きく見えるにしたがって、僕は自分の手にある武器が急に重く感じるようになった。目の前にあるモンスターの身体が、コンピュータグラフィックによって作られた映像ではなく、確かな質感を持った生物そのものであると認識し始めるようになってからだった。

 ――モンスターの位置まで、おおよそ五メートル。

 呼吸が息苦しくなる。

 これがいくらゲームの世界とはいえ、相手がいくらモンスターとはいえ、自分がこれからやろうとしていることは、紛れも無く『殺す』という行為だ。それに気づいたとき、僕はべっとりとした汗をかいていることに気が付いた。

 ――モンスターの位置まで、おおよそ三メートル。

 くらくらとする。

 考えてみれば、殺して肉を剥ぎ取るなんて、相手がモンスターでなくてもかなり残酷なことじゃないだろうか。そりゃあ、僕だって普通に肉や魚は食べるけれど、養豚場や養鶏場で動物が殺される姿を見た事なんて一度もないのだし、こんなことを急にやれと言われたって、できるわけないじゃないか。

 ――モンスターの位置まで、おおよそ――

 結局、僕はできなかった。

 武器を構えていた腕を力なく下ろすと、恭介に向かって振り返った。

「ごめん……、やっぱり恭介がやって……」

 恭介は、そんな僕の姿を見て、小さくため息をついた。

「……しょうがないな」

 ――その時だった。

 ブモォオオオ!

「うわっ!」

 背後にいたアプトノスが、危機を察したのか突然暴れだしたのである。

 僕は驚きのあまり、みっともなく尻餅をついてしまう。

「危ない! 理樹!」

 恭介が叫ぶ。

 アプトノスは、尻餅をついて動けない僕に向かって、猛然と突進してきたのである。

 あんな巨体に押し潰されたのでは、それこそひとたまりも無いだろう。内臓出血――どころか、即死確定である。

 走馬灯というやつだろうか、目の前に迫ったアプトノスの足が、まるでスローモーションのようにゆっくりと映った。

「理樹――――っ!」

 恭介が僕の身体を抱えるような形で、横合いからタックルしてきた。

 そのまま僕と恭介の身体はごろころと平原を転がっていく。

 だがそのおかげで、あわや僕を轢殺しようとした巨体は通り過ぎ、その速度のまま地平の彼方へと消えていった。

 やがて、草原が静かになり、ようやく命の危機が去ったのだと理解してほっとする。

「あ……、ありがとう、恭介……」

「ああ……。だが――」

 恭介は彼方を見やる。

 そこには草食獣の姿など影も形も見当たらなかった。

「逃がしてしまったか……。仕方ない、さっき倒した一匹からできるだけ多く肉を剥ぎ取ろう」

「ごめん……」

「済んだ事をいつまでも気にするな」

 恭介はぽんぽんと僕の頭を撫でた。

 恭介と一緒にさっきの場所まで戻ると、先ほど恭介が倒したアプトノスが転がっていた。

 ぴくりとも動かないその死体を見て、僕は衝撃を受けていた。

 ――光を失った眼球、力なく投げ出された四肢、地面を濡らす黒澄んだ血溜まり。

 動かない死体――そしてそれは、一歩間違えれば、今頃、僕もこのようになっていたのかもしれない、という事実を否応なしに突きつけるものだった。『死』というものを、まざまざとリアルに感じさせるには、充分すぎるほどだった。

 ――当分は夢に見そうだった。

「どうかしたのか、理樹」

「……ううん、なんでもない」

 僕は内心の動揺を悟られないように振舞った。

「けど、剥ぎ取りなんてどうやってやるの? 僕、やり方知らないんだけど」

 すると恭介は自信ありげに言った。

「以前旅をしていたとき、東北の農家で鹿の解体に立ち会ったことがある。多分、その応用でいけるだろう。俺のやり方を真似すればいい」

 鹿とモンスターを一緒くたにしていいかどうかは甚だ疑問だったが、恭介は手際よくテキパキと剥ぎ取りを進めていた。

 僕は恭介のやり方を見ながら、支給品の剥ぎ取り用ナイフでアプトノスの身体を割いていった。

 ――ザシュ、ザシュ。

 無言で作業を進める中、肉にナイフが突きつけられる音だけが響く。

「剥ぎ取った肉はこっちの袋に詰めるんだ。これ一袋分で生肉一個になる」

 恭介はスーパーのビニール袋大の皮袋を、僕に何枚か手渡した。

 ――ザシュ、ザシュ。

(けど……これは……思ったより大変かも)

 アプトノスの身体は大きく、肉の剥ぎ取りなんてそれだけでも仕事が多い。

 力仕事だし、時折、骨や筋に引っかかって、上手く刃が入れられないこともあるから、精密さだって要求される。

 加えて、暑い日差しの下でやるものだから、集中力だって切れ切れだった。

 血でべたべたと手が汚れるのに我慢して、臓物の匂いに耐えながら、僕は作業を進めていた。

「っく……」

 涙を流しそうになるのを堪える。

 過酷な労働の中で、不意に、先ほど死にかけたことを思い出し、どうしてこんな事をしなければならないのかと無性に怒りと悲しみが湧いてくる。

 それでも恭介と協力しながら、僕はアプトノスから生肉2個分の剥ぎ取りに成功したのである。

「この調子で、ようやく二個か……。生肉十個集めるまで、どれだけ時間が掛かるんだろう」

 僕は心底疲れきった声を出した。

「真人や健吾たちが集めてくる分もあるだろうから、日が沈むまでは掛からないだろう」

 恭介はそのように言うが、僕としては正直うんざりな気分だった。

 労働を終えた後だからだろうか、舞い込んでくる風が涼しく感じられた。

 そうして、草原を駆ける風がひときわ強くなったときである。

 ――風上から少女の悲鳴が響き渡った。

 それは僕たちの耳にも届いていた。

「今、人の声がしたよね……?」

「ああ、向こうから聞こえたな。――理樹、行くぞ」

「う、うん」

 気になった僕は、恭介に一歩遅れつつも、後に続いたのだった。

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