リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~   作:九十九足一

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第二話.(二)

 みんな揃って朝食を終えたあと、おもむろにユイコさんが切り出した。

「さて諸君、実はいいニュースが二つと、悪いニュースが一つあるのだが、諸君らはどちらが聞きたい?」

 不敵な笑みを浮かべつつ、そのような事を尋ねてくる。

 ――元の世界の、ユイコさんに瓜二つの友人の事を思い浮かべる。

 その人は、こんな感じの表情をしていると、大概ロクでもないことを言う人だった。

「えっと、じゃあ猛烈に嫌な予感がするので悪いニュースから……」

「うむ、実はこのキャラバンの運営費だが、じつはかなりヤバいことになっている」

 やっぱりロクでもなかった。

「ふえ? そんなに大変なの?」

「うむ、もとからビンボーなところに、急に食い扶持が増えたからな、実に見事なまでの火の車だ」

 ふう、と艶かしい溜息を吐いて、切なそうな瞳で。

「このまま何も仕事をしなければ、三日後には食うものにも困るようになる」

「それは――ヤバいね」

「ああ、超ピンチ、というやつだ」

 はっはっは、と朗らかに笑うユイコさん。その表情からは、全然困っているようには見えない。

「よーし、なら私が頑張るよー。鍛冶をして作った武具を売れば――」

「コマリ君、それは無理だ」

「ふええええっ!?」

 コマリさんがガッツを見せようとしていたときに、ユイコさんの横槍が入る。

「なぜならば武具を作るにも素材がないからな。素材がなければ武具を作れない。武具を作れなければ金がない。金がなければ素材を仕入れることもできない。という負のスパイラルだ」

「う、うわーん、不幸せスパイラル~」

「つまり、商人のくせに元手がないから、にっちもさっちも行かない、と」

「まあ、そういうことだ」

 健吾が纏めに入ると、ユイコさんが頷いた。

「しかしまあ、商売の元手がないわけでもないだろう」

 そう言ったのは恭介だ。

 恭介は僕たちを見回して言った。

「ここにはハンターが四人もいる。ハンターなら肉体が資本だろう。クエストをクリアすれば報酬はもらえるし、フィールドで素材を手に入れることもできる。何の問題もないじゃないか」

「ああ、キョウスケ氏の言うとおりだ。そして――都合がいい事に、今朝早くにギルドからこんな通達書が出回ってな」

 ユイコさんは懐から一枚の紙を取り出した。

 それはクエストの依頼表だった。

 

『クエスト:ドスジャギィ一頭の狩猟

 場所:遺跡平原

 募集制限:なし

 内容:最近になって遺跡平原に住み着いたドスジャギィが悪事を働いている。これを狩猟する事。なお、狩猟にあたって討伐・捕獲などの手段は問わないものとする。

 契約料:100z

 報酬:2000z

 支給品:地図、たいまつ、応急薬、携帯食料、携帯砥石、支給品用閃光玉』

 

「なんでも、ギルドでも今は人手が足りないから、各所のキャラバンにこうしたクエストの依頼が来ているらしい。私たちの所にもお鉢が回ってきたそうだ」

「ひょっとして、いいニュースってこれのこと?」

「うむ、御名答だ。報酬は2000zもある。一度でこれだけ稼げれば、当分のキャラバンの維持費には困らないだろう。期待しているぞ、少年たち」

 ニッコリと笑うユイコさん。

 なんかいいように使われている気もするけど――まあ、気にしない事にした。

「この、ドスジャギィというのはどんなモンスターなんだ?」

 恭介が尋ねると、コマリさんが答えた。

「えっとね、ドスジャギィは、別名『狗竜』と呼ばれるモンスターで、ジャギィたちの親分さんだよ。普通のジャギィよりも、体格が大きくて、パワーもスピードも高い相手かな」

「ジャギィ……」

 昨日戦ったモンスターの名前を思い出し、僕は苦い表情をしていた。あの時危うく死にかけた経験を、簡単に忘れるはずもなかった。

「ジャギィというのは本来群れで行動するモンスターなんだ。その群れを率いるリーダー格が、ドスジャギィと呼ばれている。そのドスジャギィが遺跡平原に住み着いたということは、遺跡平原を中心にジャギィたちが大きく勢力を拡大している、ということだ」

「じゃあ、昨日戦ったジャギィたちも――」

「おそらくは、そういうことだろうな。私たちが昨日ポポ車で通った道も、本来ならば比較的安全な道のはずだった。だが昨日ああしてジャギィたちに囲まれたことからも、近頃遺跡平原でジャギィが増え続けているようだ」

 だからこそ、こうした依頼がギルドから来たのだろうな、とユイコさんは纏めた。

 コマリさんが隣から口を挟んだ。

「ドスジャギィの狩猟は、ハンターとして登竜門のクエストって言われているよ。このクエストをクリアできて、ようやく最低限のハンターとして認められるっていうクエストなんだ」

「ドスジャギィって、強いの?」

「うーん、大型・中型のモンスターの中だと、かなり弱い方って言われているけど……。初心者向けのクエストで間違いはないと思うよ」

「そうなんだ……」

 それなら、僕たちでもなんとかなると思った。それに、こちらには恭介、真人、健吾といった頼りになる仲間がいる。昨日のジャギィの群れでも圧勝できたのだから、楽勝だろうと考えた。

「そういえば、もう一つのいいことって?」

 僕はふと思ってユイコさんに尋ねた。

「ああ、実はこのキャラバンに新しい仲間が加わった。昨日バルバレに着いてから知り合ってな。約束の時間では、そろそろ来る頃だが――」

「……遅れてごめんなさーい! 今来ましたー!」

 やってきた少女の声に、全員が振り向いた。

 年の頃は、僕たちと同じくらい。パッチリとした瞳が印象的な、溌剌とした雰囲気の娘だった。赤みがかった長い髪をサイドテールに纏め、健康的な色香を漂わせている。

 少女は、まるでラーメン屋やおでん屋でも広げられそうな小さな屋台を引きながら、颯爽と現れたのである。

「紹介しよう。今日からこのキャラバンの食事担当をしてもらう、ハルカ君だ」

「オイッス、ハルカっていいます! 皆さん、よろしくお願いしまーす!」

 わー、とコマリさんは歓迎ムードだ。リンは相変わらず無表情。

「………………」

 僕、恭介、真人、健吾は全員言いようのない表情を浮かべていた。

 皆の言いたい事は同じだった。

 なにせ、現れた少女は、またしても僕たちの元居た世界の友人にそっくりだったのだから。

 というか、三枝葉留佳と瓜二つだった。

「……なんか、この分だと全員揃いそうな気がするな」

「うん……」

 隣で真人がこっそり耳打ちする。

 僕は頷きながらも、元居た世界でリトルバスターズと仲の良かった面々を思い浮かべていた。真人の言う事が現実になるなら、あと二人ほど仲間が増える予定だ。

「食事担当ってなんだ?」

 それまで黙っていたリンが尋ねた。

「知らないのか? ネコ飯を作れるコックの事を言うのだ。ネコ飯とは、アイルー一族に伝わる食事でな。ハンターが食べると、クエスト中に様々な恩恵を受けることができると言われている」

「そうなのか」

 ちりん、とリンの髪飾りが音を立てた。

 リンは彼女の隣にいたアイルーに視線を向ける。

「おまえも食事作れるのか?」

 にゃ、とその白いアイルーは首を横に振った。

 アイルーに話しかけているリンを尻目に、真人が言った。

「つーかさ、さっき金ないって言っていたのに、また仲間を増やすのかよ」

「未来のための先行投資だ。ハルカくん、頼むぞ」

「オイッス。任せてください、姉御!」

 ハルカさんは敬礼をすると、さっそく引いてきた屋台をオープンした。

 屋台が広げられると、簡易的なキッチンがそこにあった。なんと小型の冷蔵庫も設えている。ハルカさんは冷蔵庫から食材をいくつか取り出すと、キッチンに向かいだした。

「何をするの?」

「何って、ハンターさんたちの食事を作るんですヨ。ドスジャギィと戦うようなクエストにいくんなら、食べないと力出ないですからネ」

 ハルカさんは備え付けのエプロンを着けて、家庭的な印象の姿にフォルムチェンジすると、包丁とフライパンを取り出した。

「いや、というか僕たち、朝ごはん食べたばっかりなんだけど……」

「なに、君らも男の子だ。これくらいなら食べたうちに入らないだろう。それに中型以上のモンスターと戦うクエストなら、ネコ飯を食べてから行くことは必須と言ってもいいくらいだ」

 ユイコさんはそのように言う。

 確かに、あと一皿くらいの食事なら、無理して入らなくもなかった。

「まーまー、任せてくださいヨ。ほら、ハンターさんたちはそこのテーブルについちゃってください」

 言われるまま、僕、真人、健吾、恭介の四人は、キッチンの近くにある四人掛けの円形テーブルに着席した。

 ハルカさんは鼻歌でも歌いながら、軽快かつリズミカルに包丁の音を立てていた。

「ところで理樹。気になったのだが……、元の世界の三枝の作る料理は美味いのか?」

 健吾がこっそりとそのような事を訊いてくる。

 僕は思い返すように考えた。

 そういえば、と僕は思い出す。元の世界にいたとき、葉留佳さんはよく厨房で何かを作っていた記憶があった。結局彼女の手料理を食べたことは一度もなかったけれど、あれだけ料理に向かっていたなら、苦手ってことは――ないはずだろう。多分。

「以前、卵料理が得意、とか言っていたような気がする……。でも、気にしなくていいんじゃないかな? 仮に元の世界の葉留佳さんの料理がどうであれ、こっちのハルカさんは、僕たちの知っている葉留佳さんとは別人なんだから。現に、コマリさんにしたって、元の世界の小毬さんに鍛冶のスキルがあったとは思えないし……」

「なるほど、確かにそうだな。目の前のあの娘も、料理人を名乗るからにはそれなりに期待していいのだろう」

 健吾は納得して頷いた。

 一方でハルカさんは、コンロに火をつけてフライパンに食材を流し入れていた。

 炎がフライパンを焦がし、ハルカさんは目の前のコンロの火同様に、火がついたような瞳を見せていた。

「必殺! はるちんスーパーハイパーダイナミックグレードエクセレントゴージャスデリシャスデンジャラスエクスぺリオンウルトラフライ返しーっ!」

 まるで有名な落語のオチのような意味不明な技名を叫び出し、ハルカさんは人が変わったかのようにフライパンを動かして空中に食材を飛ばし、豪快に食材を炒めていた。

「なんか……スゲー不安になってきたぜ」

「真人、何かのフラグが立つようなこと言わないでよ……」

 十分後――

「お待たセリヌンティウスー! できたよー!」

 ハルカさんは元気一杯に言って、僕たち四人分の料理をテーブルに並べた。

 僕たちは目の前に並んだ料理を凝視する。

 野菜炒めのようなもの?――に見える。

『?』などと疑問符を付けたのは、料理であるにもかかわらず、なんか紫とか緑とか灰色とか黒色とか謎のオーラが滲み出ており、モザイクでも掛けられそうなほど、異界の物質もかくやという雰囲気を醸し出していたからだった。

「えっと……ハルカさん、これは何て料理なの?」

「私の必殺料理、はるちんスペシャル一号っす! 召し上がれー♪」

 僕たちは顔を見合わせる。

 はっきり言って、嫌な予感しかしないコレを目の前にして、どうすればいいのか誰も口に出せないでいた。

「大丈夫! 見た目は多少悪いかもしれないけど、味は保障するから。安心してください。こう見えて、地元じゃ『料理の破壊神』などと呼ばれていたんですヨ」

「それぜんぜん安心できないから! むしろ不安要素だから!」

 そんなド○クエの○ドーみたいな名称を付けられる料理人は普通いない。

 どうしよう。さっきのフラグと合わせて、僕には目の前の物質が特大の地雷としか思えなくなってきた。

(恭介は、どうするのかな……?)

 僕は恭介を見た。

 すると、驚くべき事に、恭介は無言で箸を手にして食べ物を口にしようとしていた。

「お前たち、何をやっているんだ。食べるぞ」

「え、食べるって……これを?」

「当たり前だろ。ユイコの言っていることが正しいなら、これを食べる事でクエストが楽になるんだ。なら、食べないなんて選択肢はないだろう」

「……………」

 僕、真人、健吾の三人は、まだ何か言いたい事はあったが、それでも箸を手に取った。

 正直、僕の本能が『食べるな』、『逃げろ』と警鐘を鳴らしているような気がしないでもないけれど、悪いのは見た目だけかもしれないし――

 僕たちは覚悟を決めて箸で料理を摘み、一斉に、はくりっ、と口にした。

 

(※描写はイメージです)

 深遠なる宇宙の彼方から、巨大な隕石群が地表に向けて降り注ぐ。

 隕石は大気摩擦によって真っ赤に燃え、それは地獄の業火もかくやというくらい、紅蓮に染め上がっていた。

 悪魔の化身ともいえる巨大な破滅を前にして、地上の覇者たる太古の恐竜たちは、一斉に逃げ惑うが、逃げ場などない。隕石が地表に衝突すれば、業炎は際限なく広がり、全ての生物を無差別に焼き尽くす。

 それはまさに世界の終焉――無慈悲に、ただ全てを根こそぎ鏖殺し尽くす。

 後に残るのは灰燼のみだ。全てが終わった後はぺんぺん草すら生えないだろう。

 

 ――などという手○ゾーンみたいな映像が脳裏を駆け巡っていた。

「「「「ぐげふぐぉ!」」」」

 ハルカさんの料理を口にした後、全員からの感嘆の声が唱和した。

 むろん、『美味い』などという感嘆ではない。どうやれば、ごく普通の食材を使って、こんな毒物が練成できるのかと、そういう意味での感嘆である。

 まるでカタストロフィーとラグナロクとアルマゲドンとグランドクロスと、ついでに盆と正月とクリスマスが一緒にやってきたような食感だった。

 あまりのインパクトの強すぎる味に――もはや甘いのか辛いのかすら判らない。

(なんてことだ……! 必殺料理と言っていたけど、まさかそっちの意味での必殺だったとは……)

 悔恨に呻くが、混沌の坩堝のごとき後味が舌の上でまだ続いていた。

「ぐぇえええ……、なんじゃこりゃあぁぁぁ……」

 真人が潰れたヒキガエルみたいな呻き声を上げている。

 健吾に至っては、顔が水死体のごとく真っ青になってブルブル震えており、それだけで雄弁に料理の味を物語っていた。

「あっれー、おかしいなー? おいしいと思ったのに」

 全員の反応を見て、ハルカさんが腑に落ちない表情をしていた。

「ハルカさん……一体どんな調理法をしたら、こんな風になるのさ……」

「なにって、そりゃー……普通に作ったんじゃつまらないと思って、ただちょっと隠し味を入れただけですヨ」

「ちょっと待って、隠し味って、何入れたのさ!? ていうか、『つまらない』って何!?」

「何って、それは勿論モンスターの――ごほん、なんでもない(はぁと)」

「なに!? モンスターの何!? すごい気になるんだけど! 隠し味のくせに、全然隠れていないよ! むしろ全身全霊で存在をアピールしているよ! というか、そんなもの人に食べさせないでよ! 可愛く『(はぁと)』なんて付けても誤魔化されないよ!」

「理樹……、すげぇツッコミラッシュだな……」

 真人がそんなことを呟くが、僕は無視してハルカさんに詰め寄った。

「だってー、せっかくなら、できるだけおいしい物を作りたいじゃん! 私なりにいろいろ考えて、レシピ通りに作るよりも効果的だと思ったんだよ!」

(いけない! ハルカさん、完全にメシマズの思考だ!)

 下手にアレンジを加えようとするから、かえって惨劇になるのだ。

 もはやこれは料理に対する冒涜どころではない、テロである。

 ぶっちゃけ、『こんなもの食えるかーっ!』、と言ってテーブルをひっくり返しても失礼に当たらないだろう。それくらいのブツだった。

「恭介、流石にこれは――」

 食べ残したほうがいいのかな、と問い掛けようとして恭介を見て、僕は驚いた。

 なんと、恭介は一人ハルカさんの料理を食べ続けていたのである。

 不味くないと感じているわけではないのだろう。顔はびっしりと汗をかいており、手は震えている。それでも、箸を止める気配はない。

「きょ、恭介!」

 僕は驚いて恭介を制止しようとするが、恭介は真剣な表情で僕たちに向き直った。

「――食えよ、お前ら。そもそも、女の子の作ってくれたものを残すなんて失礼だろ」

 そんな殊勝な事を言ったのである。

 恭介は、さらに言葉を続けた。

「言っただろ、クエストのクリアのために必要だって。それにな、お前ら。仮にクエストと関係がなくても、こんな過酷な世界で、食べ物を捨てることはとんでもない事だとは思わないか? ここは俺たちが居た日本とは違う。コンビニやスーパーでいつでも食べ物が買えるような飽食の世界とは違うんだ。――食べ物があるうちは、食べろ。食べられるから、明日も生きていられるんだ」

「………………」

 僕と真人と健吾はぐうの音も出なかった。

 恭介の言っていることはもっともだ。平和な日本に生まれた僕たちは、食べ物という、人間にとって絶対的に必要なものを、どこか軽く見ていたに違いない。日本から遠く離れた国々では、食べるものすらなくて大勢の人が死んでいるというのに。ましては、ここは異世界。食料っていうのは、俺たちが考えている以上に深刻なものなのだろう。

 真人、健吾も恭介に倣って粛々と食事を再開した。

 僕もまた食べ出した。相変わらず、ドブに漬かった消しゴムでも噛んでいるかのような舌触りだったけれど、ひたすら味覚をシャットアウトして飲み込んだ。

 これは戦いだ。

 モンスターとの対峙も戦いなら、これも戦いなのだ。

 生きるための――たとえその内容が地獄的な罰ゲームじみたものであったとしても!

(――よし、勝負だ料理!)

 もはや何と戦っているのかすら解らなかった。

 

 

 ――しばらくして、ようやく全員が完食した。

 チーン、とどこかで葬式みたいな音が鳴った気がする。

 僕たちはテーブルに突っ伏して死屍累々、阿鼻地獄もさながらのような光景だった。

「ふぇ、大丈夫かな……?」

「少年たちよ……勇者だったぞ……。君たちの事は生涯忘れないだろう……」

 コマリさんが心配の表情を浮かべ、ユイコさんがしみじみと頷いた。

 

『体力が上がった

 スタミナが上がった

 防御力が上がった

 ネコの医療術が発動!』

 

 それでもネコ飯の効果はあったみたいで、体の奥から力が沸いてくるような気配があった。代わりに精神的な何かが著しく減ったような気がするが――

 ひたすら気力が尽きた僕の目の前に、とん、と何かが置かれた。

 それは大きめのコップに入った水だった。

 ちりん、と音がした。

 振り返ると、リンが遠くに逃げていく背中が見えた。

(リン……水を持ってきてくれたんだ)

 それは僕だけしか気付かなかったようで、他の三人はテーブルの上で(精神的に)死んでいた。

 そうしてしばらく休憩し、僕たちはようやく立ち上がった。

「クエストに行くのか。気をつけて行きたまえよ。受注表は、クエスト受付係りのリン君が持っている。受注表に旅団のスタンプを押す事で、初めてキャラバンとしてこのクエストを受けたことになるんだ」

 見れば、確かにリンの手には、スタンプの押された受注表らしき羊皮紙があった。

 だが――

「この距離感は一体……?」

 リンは、僕たちから十メートル以上離れた場所にいた。

 そんでもって、一向に僕たちにそれを手渡す気配を見せない。

「おい、リン。寄こせよ。それがないとクエストに行けねえだろ」

「――っ!」

 近づこうとする真人に、ダッシュで逃げるリン。

 大柄な真人に凄まれ、怖くなって逃げ出したようである。

 しかも受注表を持ったままだった。

「おい! リン!」

「真人、落ち着いて! リンは人見知りなんだから」

 これほどのレベルの人見知りもそうそういないけど。

 とりあえず、僕が対処する事にした。

「リン、ちょっと逃げないで!」

 ぴたり、とリンが立ち止まる。

 とにかく怖がらせては駄目だと思った僕は、他の三人にその場で静止するよう手で合図して、僕はゆっくりとリンに向かって歩き出した。

「ほら、怖くない、怖くないよ……」

 僕はゆっくりと両手を上げて近づいた。

(なんか、興奮している立て篭もり犯にでも相手にしている気分だけど……)

 そうしてリンの傍に近づくと、怯えたような表情をしているリンに、友好でも求めるかのように手を差し伸べた。

「リン、その紙が必要なんだ。ほら……」

 できるだけ優しく語り掛ける。

 リンはおそるおそると受注表を差し出して、僕にそれを手渡し終えると――凄まじい速度で逃げ出した。

 土ぼこりだけ残し、あとには誰もいなくなった。

「なんか……はぐれ○タルみたいだったね」

「まあとにかく、これでクエストに行けるな。やるじゃないか、理樹」

 恭介が僕を褒める。

 僕はちょっとだけ嬉しくなった。

「よし、しまって行くぞ! お前ら! 目指すはドスジャギィ撃破だ!」

 恭介の声に応じ、僕たちはおーっ、と勇ましく声を唱和させた。

 そうして僕たち四人は、そのまま意気揚々とクエストに向かったのであった。

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