リトルバスターズ! ~理樹くんの異世界モンスターハンター奇譚~   作:九十九足一

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第二話.(四)

 

 翌日、僕たちはまたしても遺跡平原に来ていた。

 その日は昨日言われたとおりに、健吾と二人でクエストを受けていた。恭介と真人は、遺跡平原に来るまでは一緒だったが、別のクエストのために先ほど別れたところだった。

 

『クエスト:クンチュウ八匹の討伐

 場所:遺跡平原

 募集制限:なし

 内容:遺跡平原の山岳地帯で、最近クンチュウが増え続けており、山から降りては旅人に襲い掛かって被害を出している。これを討伐する事。

 契約料:50z

 報酬:700z

 支給品:地図、応急薬、携帯食料、携帯砥石』

 

 クエストの内容は、モンスター討伐のクエストだった。恭介と真人の方も、同じように『ジャギィノス五匹の討伐』というクエストに出掛けていた。

 昨日、恭介が言っていた言葉が蘇る。

『――理樹、お前は健吾から戦い方を教えてもらえ。健吾の傍でその戦い方を見る事で、今のお前に何が足りないのかを知るんだ』

 そう言って、僕は恭介からこのクエストを託されたのだった。

(けど……モンスターの討伐か……)

 嫌だなぁ、と、僕は遺跡平原の山道を歩きながら心の中で不平を漏らした。

 クンチュウというのがどんなモンスターか知らないけれど、先日のジャギィみたいな怖いモンスターだったらどうしようと考える。

 流石にドスジャギィみたいな強いモンスターを八匹も倒せということはないと思うが、それでも、もう怖い思いも痛い思いもこりごりだった。

 前を見ると、健吾が口を閉ざしながら山道を歩いていた。その表情からは、恐れとか不安とか、そうした感情は微塵も見受けられなかった。

(健吾は……怖くないのかな?)

 無言で山道を進む中、僕はぼんやりとそんな事を考えた。

 その場の沈黙を破ったのは、健吾の方だった。

「――理樹」

「え、あ――何?」

 ぼぅっと考え事をしていた僕は、呼ばれた事にすぐに気づかず、上ずった声を上げてしまう。

 そんな僕の様子に構わず、健吾は落ち着いた口調で言った。

「モンスターが現れたら俺が前の方で戦うから、お前は後ろの方で、俺が撃ち漏らしたモンスターを倒してくれ。俺の背中はお前に任せる」

「………………」

 僕は、驚いて声も出なかった。

 健吾はこう言っているのだ。『モンスターに対して自分が矢面に立つから、お前は援護だけをしてくれればいい』と。

 僕には、健吾がどうしてそんな命知らずな事が言えるのかが分らなかった。

「怖くないの? 健吾は……」

「何がだ? モンスターと戦う事がか?」

「うん……」

「そうだな……」

 僕の疑問に対し、健吾は道の前方を向いて歩きながら答えた。

「まったく怖くない、といえば嘘になるがな。しかしだ、戦うしかないと分っているなら戦うだけだ」

 健吾はさらに言葉を続ける。

「元の世界で、幼い頃から剣道を続けてきた俺だからこそ解る。戦いの場では、状況を分析し、最適な判断を下して行動することこそが一番なんだが――あいにく、そんなロボットみたいな事は、どんな人間にだって完璧にはできやしない。剣道の試合においては、誰もが不安や恐怖に脅かされながらも、それに負けないよう自分を奮い立たせて試合に臨んでいる。それはモンスターとの戦いにおいても同じだ。克己復礼といってな、己に克つこと、それは全ての武道の基本だ」

 それが健吾の答えだった。

 怖くないわけがない。けれど、健吾はその恐怖に打ち勝つ事ができる。

 それができるだけの鍛錬を――元の世界での健吾は続けてきたのだから。

「すごいね、健吾は……」

 それは心からの言葉だった。

 僕は本気で、健吾を尊敬していた。

「僕には、無理だよ。たとえ戦うしかないって分っていても、いざというときにはどうしても体が動かないんだ。震えて、どうしようもなく怖くなってしまうんだ……」

「理樹……」

 健吾は何かを言おうとしていたが――言葉がないのか、結局何も言う事がなかった。

 

 

 山の中腹にたどり着くと、草木のほとんどない場所となっていた。

 代わりに、灰色の大きな岩がいくつも積み重なって岩山を成しており、一転して寒々しい景色となっていた。

「クエストの受注表によると、クンチュウの縄張りはもう少し先にあるそうだが……」

「――って、まさかここを登るっていうの!?」

 僕たちの目の前には、切り立った崖が広がっていた。

 それは、ゆるい斜面や子供の背ほどの段差などではない。断崖絶壁、と形容しても遜色がない、上から落ちたら存分に死ねる、限りなく垂直に近い壁である。

 この岩壁をロッククライミングしないといけないというのだろうか、リポ○タンDのCMの人じゃないんだから、こんなもの僕には絶対に無理である。

「だが、ここを乗り越えないと、目的の場所にいけないぞ」

「いやいやいや、無理だから、絶対」

 体力や運動神経のある健吾ならともかく、僕には自信をもって不可能といえる。

「ふむ…………」

 健吾は持ってきた荷物の中から、何かを探し始めた。

 やがて、ある程度の太さを持つロープを見つけると、片方の端を僕に渡してきた。

「とりあえず、命綱代わりだ。お互いの腰に結び付けておけ。いざというときは、俺がお前を引っ張って助けよう」

 そう言って、健吾は自分の腰にロープを巻きつけた。

「俺が先に登るから、お前は俺が登った後を見て、同じように登坂するんだ。体力が尽きかけたときは、俺がロープを引っ張って支えるから、その間に休んでから登れ。いいな」

「う、うん……」

 僕は健吾に押されつつ、頷いた。

 

 

 ――そうして、何とか僕たちは登りきった。

 途中、何度か掴んだ石が崩れることに冷や汗をかきつつも、何とか上まで登り終えたのである。

「ぜぇっ、ぜぇ……、や、やっと登りきった……」

「よく頑張ったな、理樹」

 先に上にたどり着いた健吾が、労いの言葉を投げかけた。

 正直、息も絶え絶えで、すぐには一歩も動けない状態だった。

「痛っ……」

 見ると、手の指の爪が割れていた。あれだけ何度も岩を掴んでいたのだから、当たり前だった。

「休憩にしよう。すぐには動けないだろう」

「そうだね……」

 健吾の提案に、僕は一も二もなく頷いた。

「ふぅ…………」

 一息付きつつ、後ろを振り返る。

 崖からは、遺跡平原の様子が一望できた。

 眼下には広大な自然の風景が広がっている。それは――日本の街にいたのなら、絶対に見る事ができないほど、雄大かつ美しい景色だった。

「すごいや……」

 僕は目の前の光景に心奪われていた。

 平原は時折雲の影を映しつつも、陽の光を浴びて輝いていた。

 透き通る湖、緑の木々、そして黄金の草原、風に運ばれる白い雲と青空のコントラスト――それら全てを内包するこの光景は、どんな絵画や写真でさえ再現することができないほど、圧倒的な迫力と美を備えていたのである。

「見ろよ、あそこにバルバレが見えるぞ」

「あ、本当だ……」

 健吾の指を指す方向を見れば、確かに小さく街並みが見えていた。

 あれほどの大きな街ですら、ここから見ればミニチュアサイズでしかなかった。けれど、そこには確かに数え切れないほどの人々が暮らしているはずなのである。

 そんな街ですら――この自然に比べれば、本当にちっぽけな存在でしかないのだ。

「知らなかった。人間って、こんなにも小さい存在だったんだね……」

 無意識のうちに、僕はそんな事を呟いていた。

 健吾は何も言わず、僕たちはしばらくそうして景色に浸っていた。

 そうして、どれほど時間が経ったことか――

 不意に健吾が立ち上がった。

「さて、そろそろ行くとするか」

「うん……」

 僕もまた立ち上がった。

 そうして、二人してさらに山道を登ろうとした時である。

 コロコロコロ――

 何かが転がってくる音が聞こえた。

 思えば――僕たちは、もっと危機感を持つべきだったかもしれない。そこが既にモンスターのテリトリーであったことに。

 その丸い何かは、道を転がってきて僕たちの目の前にやってくると、ぱっ、と体が広がってその姿を現す。

 キチキチキチ――

 虫が鳴く不快な音が響く。

「うえぇっ! なんだこれっ!」

「こいつが……クンチュウか……!」

 僕は嫌悪感を露に呻いた。健吾も苦い表情だ。

 確かに、クエストの受注表に描いてあった絵と特徴は一致している。

 クンチュウは、ジャギィとは別のベクトルで恐ろしい外見をしていた。

 例えるならそいつは、犬ほどの大きさもあるダンゴムシのような外見だった。

 丸みを帯びた黄金色の外殻で全身を包み、刃物のような顎をクワガタムシのように合せている。粘液で全身がテラテラと光っており、怖さよりも、まず先に気色悪さが際立つような外見だった。

 キチキチチ――

 キチキチキチ――

 見れば、周囲には同じようなモンスターが続々と姿を見せており、あっという間に囲まれてしまっていた。

 数は八匹――このクエストで目標となる数と同じだった。

 逃げようにも後ろは崖――生き延びるには、戦ってこいつらに勝つしかない。

「戦うぞ、理樹」

「う、うん……」

 すらり、と太刀を抜く健吾。僕も腰から片手剣を抜いて構えた。

 健吾は、数歩、僕を庇うように前に出た。事前に言っていたとおり、彼が前に出て戦うようだ。

「………………」

 僕は忸怩たる思いでその健吾の姿を見ていた。

 親友を盾にして戦っている事に後ろめたさを感じると同時に、仕方がない、僕は健吾とは違って弱いんだからという諦めにも似た感情が内心渦巻いていた。

 キシャャァ――!

 クンチュウが金切り声を上げた。

 次いで、先ほどと同じように体を球体状に丸めたと思うと、猛烈なスピードでボーリングの玉のように転がってきた。

「避けろ! 理樹!」

 僕は健吾の言葉に従い、慌てて回避した。

 体を丸めて突貫してきたクンチュウだったが、目標を外して、その勢いのまま壁際の岩へとぶつかる。

 ――ドカァッ!

 ぱらぱらと石の破片が飛び散る音がして、岩が破砕する。

「――――っ!」

 その威力を見て、僕は絶句していた。

 鉄球並みの硬度と重量を持つと思わしきクンチュウが転がって突進すれば、これほどまでの威力になるのだろうか。人間が喰らえば、当然ながら無事では済まないだろう。

キチキチキチ――

 クンチュウの群れが、威嚇するように身体を反らして、一斉に金切り声を上げる。

「ヤアアアアアアアアッ――ドォオオーッ!」

 健吾が剣道ならではの雄叫びを上げて、クンチュウに切りかかる。

 だが――

 カキィィン!

 金属同士がぶつかるような音を立て、健吾の太刀がいとも容易く弾かれてしまった。

 どうやら、クンチュウの外殻は凄まじいまでの硬度らしい。攻撃を受けたはずのクンチュウは、何もなかったかのような様子だった。

 キチキチ、とまるであざ笑っているかのように泣き声を鳴らす。

 僕は絶望的な気持ちだった。あの健吾の太刀ですら、全く通じないような相手だなんで、いったいどうやって倒せばいいというのだろうか。

 だが、健吾は冷静だった。

 その表情には焦り一つ見せず、刀を中段に構えると、息を深く吐く。

「理樹、俺の戦い方をよく見ておけ!」

 健吾が叫んだ。

 クンチュウと戦いつつも、油断することなく言葉を続ける。

「戦いにおいて、重要なのは相手の動きを予測する事だ! 相手の動きをよく見ろ! 予備動作があるのなら、ちゃんとそれを見極めろ! 相手がどこを狙って攻撃してくるのか、見切るように努力しろ!」

 クンチュウが健吾に向けて飛び掛ってきた。

 だが健吾は、まるでその動きすら予想済みだったかのように、最低限の動作で回避する。

 目標を失ったクンチュウが地面に転がった。

「隙を逃がすな! たとえ全く攻撃のチャンスがないように見える相手でも、ずっとその状態を保っていられる存在なんていない! じっと耐え、こちらが攻撃できるチャンスが訪れるのを待つんだ!」

 転がったクンチュウに対して、健吾は攻撃を仕掛けた。

 殻と殻の隙間を縫うように、クンチュウの甲殻の隙間から太刀を突き入れる。

 ピギィィィィ――

 生理的嫌悪感を催すような断末魔が響き、クンチュウはしばらくのた打ち回ったが、やがてぴくりとも動かなくなった。

 健吾の背後から、別のクンチュウが忍び寄り、その一見して無防備な背中に飛び掛った。また、別のクンチュウが身体をボールのように丸めて、健吾に向けて突進してきた。

「攻撃に成功したからといって油断するな! 剣道には残心というものがある! 戦いが終わる最後まで気を抜くなということだ! 忘れるな! 人間は自分が成功したと思ったその直後がもっとも危険なんだぞ!」

 健吾は、丸まって突進してきたクンチュウをジャンプで避け、飛び掛ってきたクンチュウを振り向きざまに太刀で払った。突進を回避されたクンチュウは向こうに転がっていき、払われたクンチュウは吹っ飛ばされて引っくり返る。

 そうして、健吾は六匹ものクンチュウを相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。

 僕は健吾の言葉を聞きつつも、その華麗な戦い方に見惚れていた。

「理樹! そっちに一匹行ったぞ!」

 見れば、逸れた一匹のクンチュウが僕に向かってにじり寄ってきた。

 当然ながら、健吾は他のクンチュウを相手に手一杯だ。僕がやるしかないのである。

(よし……僕も……)

 片手剣を構える。

 汗で手の中が濡れているが、そんな事を気にしている暇などない。

 もちろん――怖かった。だが、相手がジャギィよりも体格が小さいお陰か、身体が動かないほどじゃない。それでも、こちらから仕掛けるのには抵抗があったが――

 キシャアア――!

 クンチュウが威嚇の声を上げ、身体をバネのように曲げて飛び上がった。

 そして空中で球状に変化すると、そのまま地面を転がって僕に向かってきていた。

(相手の動きをよく見るんだ……、タイミングは――今だ!)

 僕は健吾の言葉を思い出し、クンチュウの攻撃から回避するべく横に飛んだ。

 回避に成功し、クンチュウはそのまま転がって壁にぶつかって、仰向けに引っくり返り、じたばたともがいている。

『隙を逃がすな』という健吾の言葉を思い返す。今、あのクンチュウは腹を向けてもがいている。ひっくりかえった亀が自力でなんとかできないのと同じだ。今が攻撃のチャンスでなくて、なんなのか。

 一瞬、ちらり、と恐怖がよぎったが。

「――ええぇいっ!」

 僕は、その引っくり返ったクンチュウの、むき出しの腹部に思いっきり片手剣を突き刺した。

 ピギャアアアアアア――!

 断末魔の声、そして剣を突き刺された腹部から、緑色の濃厚な体液が飛び出し、僕の頬を濡らす。

 僕はその声に一瞬だけびっくりしたが、我に返ると、未だにもがいているクンチュウに刺した剣に対し、更なる力を入れる。

 ピギ、ピギィィィィィ!

 その声が、まるで『痛い』と叫んでいるように聞こえ、僕は一瞬躊躇するが、それでも捻り込むように力を入れて剣を刺し入れる。

 クンチュウの身体に、剣が深々と突き刺さった。

 そうして――さしたる時間をかけずにクンチュウが動かなくなった。

 僕は呆然としていた。初めて、自らの手でモンスターを殺してしまったのだから。

「理樹! 後ろだ!」

 健吾の声に振り返ると、またしても別の一匹が僕に向かってきていた。

 僕は内心自分を叱咤する。さっき、戦いが終わるまで気を抜くなと言われたばかりではないか。

 僕は立ち上がって剣を構えた。

 クンチュウが、鎌首を上げるように身体を曲げた。

(――攻撃してくる!)

 それがクンチュウの攻撃の予備動作であると考えた僕は、手に持った盾を構えた。

 案の定、クンチュウは僕目がけて飛び掛ってきた。

 予想していたため、その攻撃のガードに成功する。

(――いいぞ、大丈夫だ!)

 盾でクンチュウの攻撃を防ぎ、クンチュウは盾に弾かれて引っくり返った。

 先ほど倒したクンチュウと同じように、腹を向けてじたばたもがいている。

(よし、今だ!)

 反撃のチャンスとばかりに、僕は引っくり返ったクンチュウに攻撃しようとする。

 ――そのときだった。

「あれ……?」

 思わず声を漏らした。

 身体の力が入らない。

 頭がぼぅっとする。

 瞼が非常に重くなっていた。

(知っている――この感覚――)

 僕には持病があった。

 ナルコレプシー――眠り病だ。

 日常生活の中で、突然睡魔がやってきて、自分の意思とは無関係に眠りに陥ってしまう病気だ。

(よりにもよって……、こんな……ときに……)

 膝をつく。もはや立つ事すら叶わなかった。

 意識が闇に落ちようとしていた。

 向こうで、「理樹!」と叫ぶ健吾の声が聞こえるが、それを最後に、僕の視界が暗転した。

 

 

 ――とても怖い、夢を見た。

 ナルコレプシーで眠ったときはほとんど夢を見ない。それでも、眠りが浅いときは、やはり通常と同様、夢を見る。

 一切の光もない闇の中で、僕は一人立ち尽くしていた。

 ――ギャア、ギャア!

 ――ギャア、ギャア!

 耳障りなモンスターの叫び声が、闇の空間の中で木霊する。

 あ――と僕は恐怖に呻く。

 目の前には、一匹、二匹、とかつて僕を殺そうとしたモンスター、ジャギィがその恐ろしい姿を現していた。

(怖い……やっぱり、怖いよ)

 ジャギィが吼えるたびに、僕は肺腑がすくみ上がるような気分だった。

 やがて、ジャギィが吼えるごとに、仲間が増え続け、三匹、五匹、十匹――と、目の前がジャギィだらけになる。

 そしてジャギィたちの背後には、とてつもなく大きな存在――ドスジャギィが聳え立っていた。

 ジャギィと、その親玉たるドスジャギィの、赤い鮮血色の瞳が一斉に僕に向けられる。

 赤――赤、赤、赤、赤、赤!

 殺意に満ちた双眸の群れ。

 ジャギィの凶悪な口で唾液が光る。

 僕の身体を引き裂き、その肉を喰らえと色めき立つ。

「――うわぁああああああああああっ!」

 僕は逃げ出した。

 みっともなく大声を上げ、暗闇の中を走り出す。

 ――ギャア、ギャア!

 ――ギャア、ギャア!

 ジャギィとドスジャギィが追いかけてくる。

 僕は力の限り走り出すが、闇の中で、どれだけ逃げてもジャギィたちから引き離せなかった。それどころか、ジャギィたちに徐々に距離を詰められている気配すら感じる。

 その時、僕の足が力強く何かに引っ張られ、僕はつんのめって転倒してしまう。

 何に引っ張られたのか――僕は自分の足を見て、そしてさらに驚いて絶叫する。

「うわああああああああああああああっ!」

 僕の足を引っ張ったのは、一匹のクンチュウだった。それは――自分が先ほど殺したクンチュウだ。牙を僕の靴に突き刺して、捕まえている。

 ニガサナイ――とまるで言っているようだった。

 オマエも死ね、と。

 無残に引き裂かれて、殺されてしまえ、と言っているように思えた。

 ジャギィたちの鳴き声が聞こえてくる。

 闇の中で、包囲するようにジャギィたちがその気配を増やしている。

「怖い……怖いよ、……助けて……助けてよ、恭介――――っ!」

 声の限りに、僕は叫び続けた。

 

 

 僕は、はっとして目覚めた。

 いつの間にか日陰にいた身体を起き上がらせる。

「……目覚めたか、理樹」

「健吾!」

 傍らには、健吾がいた。

「どうして……僕たちは、クンチュウと戦っていたんじゃ……」

「周りを見てみろ」

 健吾の言葉に、え――と僕は辺りを見渡して、そして息を呑んだ。

 周囲には、クンチュウの亡骸が転がっていた。全てのモンスターが、太刀によって身体を裂かれて、横たわっている。

「これ、健吾がやったの……?」

「ああ、なんとかな……」

 そういった健吾の表情は、どこか青ざめていた。

 表情から不審に思った僕は、健吾のそれに気づき、動揺する。

「健吾、怪我を――!」

 見れば、健吾の腕はクンチュウの突進を受けたかのような腫れがあった。

 対して、僕の身体には、痛みも怪我もなかった。モンスターと戦っている途中で寝てしまったというのに、全くの無事だったのだ。

「健吾、もしかして、僕を庇って――」

「大丈夫だ。支給品の応急薬を飲んで、今は落ちついた」

 つまりは、寝てしまった僕を庇いつつも、健吾は全てのクンチュウを倒したのだ。

 多方面から攻撃してくるクンチュウから僕を守ろうとするならば、攻撃を代わりに受けるくらいはしたのだろう。

 僕は、激しいほど申し訳ない気持ちに襲われた。

「ごめん……」

 僕にはそれしか言えなかった。

 自分を殴り飛ばせるなら、殴り飛ばしたかった。けれど、それをしても気分が楽になるのは僕だけだ。僕は友人に対して、心の底から詫びた。

「ごめん……、本当に、ごめん」

 その様子を見た健吾は、優しい声で語りかけた。

「理樹、無理はしなくていいんだぞ」

 え、と僕は健吾を見た。

 健吾はさらに優しい声と表情で続ける。

「戦う事が辛いんだろう、理樹。お前は――もともと、戦いに向いているような性格じゃない。お前が、それくらい優しいやつだってことは、俺は勿論、恭介も真人も判っている。だから、お前がもう戦いたくないというのなら、そう言ってくれていいんだ」

「健吾、それは――」

「恭介には俺から言っておく。モンスターと戦うようなクエストは俺たちに任せておいて、お前はキャラバンで待っていればいい」

「………………」

 大丈夫だ、僕も頑張るから、なんて言えなかった。

 僕のせいで、実際、健吾に怪我をさせてしまったのだから。

 それに――本心を言えば、どこかほっとしている自分がいた。

 同時に、そんな自分が恥ずかしく思って、許せなかった。

 ぎゅっ、と僕は拳を握り締める。

 爪が掌に食い込むほど、拳に力を入れた。

 健吾の優しさが――彼の言葉が、純粋な思いやりからきていると判っているからこそ、辛かった。

 僕は、男の子なのだから。

 

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