戦姫絶唱シンフォギア~歌わない決闘者系ノイズ目録~ 作:特撮仮面
「おじさん悪い人じゃ無いアルヨ」
「怪しすぎだぞその台詞」
「デスヨネー、知ってる。てか態とやってるっと」
遊吾はしゃがむと女の子に目線を合わせ、そっと頭を撫でてやりながら、ポケットからハンカチを取りだし目元を拭ってやる。
「ほら、可愛い顔が台無しだぞ? 泣き止んだ泣き止んだ」
「だって…」
「あーはいはい。泣くな泣くな。お兄ちゃんとそこのお姉ちゃんが一緒にお父さん探すから、な?」
おい、何勝手に決めてるんだ、そう文句を言いそうになる彼女だったが、本当!? と瞳を輝かせる女の子の姿を見たら流石にそんなことが言えるわけも無く、あーもう、と頭を掻いて面倒なことになったと内心で愚痴をこぼす。
「ところで、腹減ってるだろ?」
「え? ……うん」
「だよなー。と言うわけでほら」
彼がコートの中から取り出したのは紙袋。そこからたい焼きを取り出すと、それを女の子に渡してやる。ほんのり温かいたい焼き。食べて良いのと目で語る女の子に笑いかけてやる。
「ほら、少年もな」
「え? いや、あ、ありがとう」
「どういたしまして。ほら、ベンチに座って食べな?」
見知らぬ人に物を貰ってはいけないとでも教育されているのだろう。仕方がないので男の子にたい焼きを押し付けて無理矢理ベンチに誘導、食べなければならない状態を作り出す。
そして彼は、もう一つたい焼きを紙袋から取り出すと、今度はクリスに向かって差し出した。え? 私も? 自分を指差しながら尋ねるクリスに、真面目な顔をして頷く彼。
正直拒否したい。だが、彼の目は面倒臭い。そう、あの立花響と同じような目をしている。どうすればいい? 彼女が悩んだとき、意外な形で答えが出た。
「っあ!」
「…ほら、腹減ってんじゃねえか」
顔を真っ赤にして伏くクリス。ぐぅ、と言う如何にもな腹の虫の声。昼も夜もまともに何も口にしていないことを思い出したクリスは、大人しくたい焼きを受け取りベンチに座る。今更意地を張ることもできやしない。
はぁ、とため息を吐きつつ彼女はたい焼きにかぶり付き――衝撃が走る。
パリッと焼けた外側とは裏腹に、内部はほどよい弾力の生地が歯に刺激を与え、その下からカスタードクリームの甘い波。甘過ぎない生地にその甘味が心地良い。
「あ、美味い」
「だろ?」
彼女の言葉に自慢気に胸を張る彼。お前が作った訳じゃないだろ、彼の態度に内心ツッコミを入れながら彼女は隣に座る兄妹を見る。
兄妹は、迷子の不安よりもたい焼きの美味しさが上回ったらしく、二人で美味しいね、と笑いあってたい焼きを頬張っていた。
そんな微笑ましい光景に口元を緩めて微笑むクリス。
「…なんでたい焼きなのにノイズ相当のフォニックゲインが吸収できるんだよ…。ハッ、つまりこれから戦闘ではノイズ、日常生活を人間の姿でたい焼きをずっと食べながら行えば俺は――いや、今もそうだけど消耗が激しすぎて非効率的にも程があるぞ…」
「何だよ、ブツブツ呟いて」
「ん? ああいや、このたい焼き不味いなって」
「不味い!? これがか!?」
これほど美味しいものを不味いと言う彼が信じられないと驚く彼女に、苦笑しながら違う違うと言う。
「これのことだよ」
「……何だよそれ」
彼女に差し出されたたい焼きの断面の色はとても黒い青。一体なんだよこれ、表情をひきつらせる彼女に、彼はどこか遠くを見つめていった。
「ブルーハワイ味。久しぶりの大ヒットだな。ブルーハワイ独特の味が白米の甘味と生地の甘味と絡まりあって想像を絶する不味さを生み出している」
「平然と解説しながら食べるなよ…」
「まあ、食べられないことはないからな」
本当に食べられないことはないだけじゃないか、まったく、と彼女は自分のたい焼きを千切ると彼の方を見ないようにしてそれを差し出す。
「ん?」
「あたしは他人の施しなんか受けない。てか、これやるから口直ししな」
「…ありがたいが、元々俺のなんだけどなそれ」
「うるせえ! 要らないんなら食べるぞ!」
顔を赤くするクリスに、苦笑しなからもありがとなと礼を言って受けとる彼。
早速食べたらしく「やっぱうま――あれ? これ今食ったらブルーハワイ味が苦痛じゃね? ミスった…」などと呟く彼に、少しだけムズ痒くなった心。顔が暑くなっている。赤い顔を見せないように顔を伏せるクリスであったが、視線を感じてそちらを向く。
「な、何だよ」
「ほえー」
何やら凄いものを見たと言った兄弟の様子。一体何だよ、と困惑する彼女に、男の子が言った。
「お姉ちゃん、顔真っ赤だね」
「なぁ!? ばっ、ばか!?」
慌てて彼の方をチラリと見るが、どうやら彼は何やら考え込んでいるようだ。聞こえていないことにホッとしていると、女の子が続けていった。
「お姉ちゃん、まんがの女の子みたい!」
「なぁあ!? ちょ、ど、どういう!?」
「おーい、はしゃぐのは良いがそろそろ行くぞ?」
「ひゃぁ!?」
彼に声をかけられて思わず叫んでしまう彼女。一体どうした? 首を傾げている様子から、どうやら彼女と兄妹の会話は聞かれていなかったらしい。だが、気恥ずかしさが先に出たらしく彼女は慌てた様子でベンチから立ち上がると、彼の静止も無視してズンズンと一人街に向かって歩き出した。
な、何なんだ? 俺なんかした? 彼が兄妹に視線で問いかけるが、二人も良く分かっていないらしく首を傾げるばかり。とは言え、彼女から悪感情は感じられなかったのでそこまで悪いことではないのだろうと考えると、彼は二人を連れて彼女の背中を追うのであった。
夜も遅くなってきたと言うのに、変わらず人の多い街の大通り。そんな場所で、人々の視線を惹きつけるモノがあった。
広い道を占拠する四つの並んだ人影。トゲトゲした黒髪、変わったデザインのコートを身に纏い、腕の鎖を鳴らしながら歩く長身の男。美しい銀髪を揺らし、赤色のドレスを纏った誰もが振り返るような美少女。そして、そんな二人に両脇を固められて手を繋いで歩く男の子と女の子。
男の子と女の子は一目で兄妹だと分かるものの、両脇の二人が一体どんな関係なのか予想が出来ない。顔立ちも年齢も、まして一人に至っては人種も違う、そんな不思議な一団は人の多い夜の街であっても尚目立っていた。
小さく聞こえる歌。どうやらクリスが歌っている鼻歌らしい。戦闘時の歌と比べるとあまりにも綺麗で可愛らしい旋律に、意外だなと耳を傾ける彼。そんな中、彼女に向かって女の子が声をかけた。
「お姉ちゃん、お歌好きなの?」
「ん…あたしは歌が嫌いだ」
女の子の言葉に首を振るクリス。その表情は否定笑顔であったがどこか悲しそうに見える。ちょっと手を離すぞ、少年。彼はそう言って男の子の手を離すと下を向くクリスの背後に近づき後ろから流れる清らかな水のごとく彼女の脇の間に腕を差し込み、彼女を抱き上げた。
「うひゃあ!?」
「HAHAHA! 元気がないぞクリスチャンもといクリスちゃん! そんなんで満足できないじゃねえか。 ほーら、元気がないぞ! 元気になーれ!」
「ば、下ろせ馬鹿!!」
顔を真っ赤にして暴れるクリスを宥めつつグルグルと回る彼。
「お姉ちゃん楽しそう!」
「……うわぁ」
純粋に瞳を輝かせる妹と、やっぱあのお兄ちゃんどこかおかしいと子供心ながらに悟る兄。
「こんの、はなせっつってんだろ!」
「スーパー懺悔タイム!?」
「ってあ!?」
暴れたクリスの肘が上手い具合に顎に当たったらしく、後ろに崩れ落ちる彼。抱きしめられた状態なので彼女も自然に彼と共に地面へと倒れ――
「おごぉ!?」
「…あ、あれ? …って、おい!? 大丈夫かお前!?」
「大丈夫お兄ちゃん!?」
「だ、大丈夫かよ兄ちゃん!?」
鈍器で殴られたような鈍い音が響く。後頭部からコンクリートにいった彼。彼女を咄嗟に抱え直したことで、彼女には被害はないものの、その分反応が遅れてしまった彼はそのまま後頭部を強打してしまったのだ。
慌てて二人が駆け寄る。下手をすれば重症だ。特に彼のせいとは言えある意味直接的な原因となったクリスは気が気ではない。
しかし、そんな三人の心配をよそに、彼は後頭部をさすりながら何事も無かったかのように立ち上がった。
「ったく、いってぇな。酷くねえか?」
「酷いって、お前があんなことをしたからだろ!?」
顔を赤くして吠えるクリス。いや、まあそうだけどお前が暗い表情してたのが悪い、と笑う彼。
「もう、そういう夫婦漫才は良いから早く父ちゃん探そうよ」
「な!? だ、誰が夫婦だ!!」
「お、難しい言葉知ってんな少年」
顔を真っ赤にして言うクリスと、それとは対称的によく知ってるなと笑う彼。全く正反対だなぁこの人達、とこの数分で妙に達観的な視点を得始めた男の子が思う。
「うん、この間父ちゃんが言ってた」
「そうか。夫婦だってよ、マイハニー」
「……」
「グハッ!? ちょ、ゴメン!? 止めて、肘は止めて!!」
ちょっとふざけたらこの仕打ちか!? 彼が言うが、それを上回る声で彼女が言う。
「んなこっ恥ずかしい台詞をこんなとこで吐いてんじゃねえよ!!」
「家なら良いってか?」
「家なら良いとか言ってねえよ!?」
「お兄ちゃんも、お姉ちゃんも仲良くして!」
『…はい』
二人の足の間に割って入った女の子。流石にそんなことをされれば冷静になる。ちょっと大人気なかったな、二人で苦笑すると、彼は大丈夫だと女の子の頭を撫でてやる。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、喧嘩するほど仲が良いって奴だから大丈夫だ」
「ケンカするほど仲が良いの?」
「おう。それだけお互い分かり合ってるってことだからな」
疑問符を頭に浮かべる女の子。いずれ分かるさ、いずれな、と笑って頭を撫でる。ふと、相変わらず緊張感がねえ奴だなぁと自分のことを思って苦笑しつつ彼は遠目に交番を確認する。と、その前で何やら警察官と話している男性の姿。その慌てようと話を聞くたびに少しずつ下がっていく肩は何か大切なものを無くしたような――そこで、もしやと思い彼は兄妹に声をかける。
「おーい、もしかしたらお父さん見つけたかもしんねえぞ?」
「本当!? どこどこ?」
「あそこの交番」
「交番――って、アレか?」
重火器を主武器とするクリスの眼をもってしても人混みから交番を、ましてそこにいる人を見ることなんてできない。こいつは一体どんな視力をしてやがるんだ? 訝しげに彼を見つめる。
決闘者は目が命とは誰が言ったか。相手の動きを予測し、見極めるのに視力は必須である。そのせいか、決闘者と呼ばれる人々は何かと視力が良い。中には町から離れた小高い丘の上から、町中の決闘の様子を把握する決闘者もいるくらいだ。
特に彼は疾走決闘者。Dホイールを駆り、道を、壁を、天井を利用して高速の決闘を繰り広げる疾走決闘をメインスタイルとしているのだ。その為、スタンディングデュエル――基本の基本である決闘盤を使用した決闘。大半の決闘者はこのスタイルが基本だ――を生業としている決闘者、そして同じ疾走決闘者と比べても尚視力を含めてあらゆる感覚が強化されている。
ほら、行こうぜ。男の子の手を取り直し、四人で移動を開始する。どちらにしても交番に行く予定だったから丁度良い。
「本当に父ちゃん居たのかよ?」
「おいおい、信用ねぇな俺」
お兄さん傷ついちゃう、と笑う彼に、クリスが女の子と笑いながら言った。
「お兄ちゃん、変質者だもんね」
「そうだな。変態だもんな」
「おいお前ら、本気で叩くぞコラ!」
きゃっきゃとはしゃぐ女の子。本気で叩くとは言うが、男の子の手を繋いで叩けるはずもなく、その顔には笑顔。出会ってからほんの十数分のはずなのに、四人の間には歳の離れた兄妹のような暖かな雰囲気があった。
談笑しながら歩いていると、そんな四人、いや二人の間に居る兄妹に声がかかった。
「お前たち!?」
「あ、お父さんだ!」
「あ、父ちゃん」
駆け寄ってくるのは先程から交番で話をしていた中年の男性。どうやら彼の言葉の通り兄妹の父親だったらしい。クリスは驚いて、親子の様子を見て微笑む彼を見た。
「お前、何で分かったんだよ!?」
「そりゃ、目元が似てたからな」
目元って…。仮に交番の前で顔が正面から見えたとして、あの距離から人の顔を識別するなんて、それも裸眼で識別するなんて不可能だ。マジでどんな視力してやがるんだよこいつは…。本気で訝しむ彼女の視線に気づかず、彼は兄妹の父親と話をする。
「あの、本当にお世話になりました」
「いえいえ、こっちも成り行き――というか、泣いてる子供を放っておく奴なんて居ないですよ。な?」
「え? あ、ああ。って、違う! あたしはただ成り行きでこんなことになっただけでだなぁ――」
そっぽを向いて憎まれ口を叩く彼女。父親と遊吾はそんな彼女を見て微笑ましい物を見るかのように微笑む。
父親が兄妹の方を向いて、お礼を言いなさいと促した。
「ほら、お前たちもお礼を言いなさい」
「はーい。お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとー!」
「姉ちゃん、ありがとう!」
「おい少年、俺に礼を言わないとか中々良い度胸してるじゃねえか?」
「兄ちゃんはこっちの方が良いでしょ?」
「…お前将来大物になるな」
まったく、と笑う彼と、照れ臭そうに笑うクリス。そんな四人の姿を見て、父親は思わず顔を綻ばせる。迷子にしてしまったのは自分のミス、そしてそれはこれから二度としてはいけないこと。だが、今日迷子になったことで自分の子供たちはきっと何物にも代え難い素敵な出会いをしたのだろう、と。
ありがとうございました。さ、行くぞ。そう言って兄妹の手を引いて歩き出そうとする親子に、クリスが思わず声をかけた。
「あ、な、なあ!」
立ち止まる親子。不思議そうな三人の視線を受けてうぐっ、と引き下がりそうになる心をぐっと抑えて訪ねる。
「何でお前ら仲良いんだ?」
「え? 知らないよ。確かに喧嘩はするけどさ…」
「喧嘩しても仲良しなの! すぐに仲直りするから!」
「喧嘩しても…か」
ありがとな。なにか答えを見つけたらしく、そう頭を下げる彼女。
それから一言二言話をすると、今度こそ親子は夜の喧騒に紛れていった。
ほんの十数分の出会い。それは彼に、彼女に決意をさせるのに十分だった。何も言わずにその場を去ろうとする彼女の腕を彼は掴む。
「なんだよ?」
「ちょっと家来い」
な、なんだよ!? 驚く彼女をつれて、彼もまた夜の喧騒に紛れていく。
※※※※※※※
「で、ここは?」
「俺の家ver1.57だ」
「…この際段ボールハウスなのは良いとして、何で本当にハウスの形してんだよ!?」
彼につれられてやって来たのは、とても不便な心臓破りの階段を越えた場所にある寂れた公園。
ここで一体何をし始めるのか。首をかしげる彼女の目の前で、彼が地面や木上からなにやら茶色い板を引っ張り出して組み上げたのは――家だった。しかも無駄にデカイ。オーソドックスな住居をモチーフにした外装。窓も硝子で出来ており、南京錠とはいえ鍵もしっかりある。
手招きされるままに入った家? は内装こそ予想通りであったが、内部も広く、中腰ならば問題なく入れ、彼と彼女含めてもあと一人か二人は人が入る。よく見たら耐震強度を上げるための柱が仕込んである徹底っぷり。
「てか、ver1.57って何だよ?」
「いやー、前の家は20畳あったんだけどさすがに広すぎと怒られてな。だから高さと強度にキャパティシー割り振った。だから1.57」
「20畳って…そりゃ怒られるに決まってるだろうに」
怒られているポイントはそこではないのだが、あまりにもツッコミを入れるポイントが多すぎて処理しきれていないらしい。
あのときの未来は恐ろしかった…。そう呟きながら彼は続ける。
「お前、この家に住んで良いぞ?」
「は?」
「てか、やるわ」
「おいこら、ちょっと待て」
「大丈夫、火に当てられても三十秒は燃えないし、台風にも対応できる。防水性もバッチリだ! あ、地震にも対応しているが、親父には対応してないぞ!」
「無駄にハイスペックだなおい!? そしてなぜそこで親父!? って、そうじゃない! な、何であたしに家を譲るんだよ? お前のなんだろ!?」
彼女の言うことは尤もである。しかし、彼は自分の発言を訂正する気はない。
「まあ、事情があってな。お前、家に帰れないんだろ?」
「そ、そんなことは――」
「ある。俺と同じタイプだ。根本的に帰る家がない奴」
「なっ!?」
断言できる。雪音クリスの言葉は嘘だと。何か根拠があるわけではないが、昔の俺のような、親父に会う前の俺みたいな表情をしているから。
サテライト。ネオドミノシティと呼ばれる街の中にある、生まれ故郷だと思われる場所に居た頃の時分と今の彼女は似ているような気がしたから。
彼が生まれた頃は、ネオドミノシティの中心となるシティとの通行のための巨大な橋が掛けられていたこと、そしてサテライト、シティの両方にそれまでの隔たりを無くそうと言う動きがあったからマシだったらしいのだが、昔のサテライトは今よりも酷かったと言う。
しかし、広大なサテライトは今でも昔のような薄暗い場所が存在している。彼もそんな場所で生きていた。
サイコデュエリスト。あくまでも映像でしかない仮想立体映像に質量を持たせる、またはカードのモンスター、魔法、罠を現実に作用、発現させる特殊な力を持つ決闘者の総称。彼は生まれ持ったこの能力に、更に実体化したモノに憑依合体すると言う、彼のみの特別な力をもちいて、様々な悪事を働いてきた。
恫喝、恐喝、強盗、スリ、万引き。殺人以外は思い付く限りの悪事を働いてきたと自負している。それは生きるためだった。だが、だからと言って人を襲って良い訳じゃない。
彼は思う。あの時、サテライト奥地に来ていたジャック・アトラス。彼の義理の父親となる男に戦いを挑み、無様に負けていなければ、きっと自分はこうして生きていなかっただろうと。
だから彼は思うのだ。キングになって恩返しをしなければと。キングになれなければ今の自分に生きる資格など無いと。挑み続けなければ…。
「おい、話聞いてんのか?」
「あ? あ、ああ。うん、たい焼きは餡子が安定だよな」
「あたしはカスタードクリームの方が――って違う! そんな話をしてたわけじゃない!」
「え?」
「…はぁ、あのな? 同情なんか要らないんだよあたしは」
施しを受けるつもりはない。そして同時に、こんなところにいるつもりはない。しかし、彼はそんな彼女の言葉を聞いて鼻で笑う。
「ハァン。 馬鹿じゃねえの? 誰が同情するかっての。これは俺がしたいからしてるだけだ」
「…お前もあいつみたいに人助けが趣味だ、とか言うのかよ」
意外なことに、響の言葉を律儀に覚えていたらしい。しかし、彼は彼女の言葉を笑い飛ばす。
「悪いな。お前が思っているほど俺はお人好しじゃなくてな。俺は親父と同じことをしたいだけさ」
「親父と同じこと?」
「そっ、親父と同じこと。居場所も住み家も、まともな飯の食い方すら知らなかった俺に、それら全てを教えてくれて、人間らしくしてくれた親父みたいにさ。いくらこの国が平和って言ったってあぶねえところはあるし、とりあえずここを拠点にしてくれ。この家は良くも悪くも有名だからな」
そう、優しさとかそう言うわけではない。彼は考える。
自分の行動はあくまでも利己的な、自分はキングと同じ振る舞いをしているという自己満足という、満足とは程遠い満足を感じる為に行っているだけであり、人を助けたい、助けになりたいという自己犠牲的な精神や、他者に対する愛情などの行動では決してない。
だから彼は彼女に、ここに居ろ――そう言おうとして表情を固めた。
「ど、どうした? 急に顔色を悪くして――」
「とにかく! この公園に風鳴響一郎と言うたい焼き売りが来るから、困ったらそいつに色々聞け!!」
彼はそう捲し立てると段ボールハウスから飛び出して何処かへと去っていく。制限時間。妙に体調がいいから忘れていたが、彼には制限時間が、特に今のように無理矢理人型に戻っている場合は通常の倍フォニックゲインを消費する。
事前にリミッターをかけておいたとは言え、たい焼きに込められていたフォニックゲインが意外と効いていたらしく予想以上に時間が伸びてしまったのだ。そのせいで彼の想定した時間とのズレが起こり、気付けないという事態が発生してしまったらしい。
自分が次に戦闘できる分のエネルギー、そして一部エネルギーを小分けにすることで人型になる時間を作りだしたのだが、今、その小分けにしていた分のフォニックゲインが消費されつつある。まだ彼女に言いたいことが色々あったのだが、仕方がない。ここで位相空間に戻らなければ次まともに戦闘ができなくなる恐れがある。急いで転移を開始する彼。
急に出ていった彼の様子を心配してすぐに外へと出たクリスであったが、公園内にはどこにも彼の姿は無く、仕方がないので彼の言う通り彼女は今日は段ボールハウスで寝ることにした。
「べ、別にあいつに言われたからじゃねえからな。あくまでも良い寝床が見つかったからであってだな…」
そんなことを呟きながら、段ボールの床に寝転がる彼女。どんな加工がされているのか、なぜかカーペットのような柔らかさの段ボールの床に、改めてこの家はどうなっているんだ? などと考えながら彼女は目を閉じるのであった。
次の日。小日向未来は朝早くから不便な公園へと向かっていた。
立花響との喧嘩。自分が悪いのは分かっているが、それでも我慢のできない自分を諌める為、悩みを聞いてもらうために響一郎の元に向かったのだ。
「お、未来ちゃんじゃないか」
「おはようございます、響一郎さん」
風鳴響一郎はこの不便な公園に出現する謎のたい焼きやの店主であるが、毎朝この不便な公園の中で謎の拳法の練習を行っているのだ。そのことを知っていたから彼女はこうして公園に来たのだが、彼に挨拶をしたあと彼女は、公園の隅にある物を見て思わず動きを止めてしまった。
彼女の視線の先にあるのは、遊吾の段ボールハウスver1.57。二十畳と言う非常識な大きさの段ボールハウスを改造したそれが出来た経緯は、彼女が良く知っている。というか、彼女がもっと小さくしろ! と怒ったことが原因だ。
玄関の傍に取り付けられた蒲鉾の板に刻まれた文字は、遊吾・アトラス。もしや、ノイズとなっていた彼が人となって帰ってきているのではないか、そう考えた彼女ははやる気持ちを抑えて段ボールハウスへと近づいていく。
「あ、未来ちゃん? そこには――って、聞いてないな。何で俺の周りの子供は皆話を聞かずに一直線なんだ…」
遊吾の家に全神経を集中させている彼女に、響一郎の言葉は聞こえない。
気配を周囲に同調させることで環境に痕跡一つ気配一つ残さず溶け込み、足音一つ立てずに扉の前に到達、扉に手をかけた彼女は、迷わず扉に耳を近づける。窓は襤褸布で出来たカーテンのせいで中を見ることが出来ない。そうなれば、扉を通して中の様子を探るしかない。
微かに聞こえる寝息。少し浅い気がするが、扉越しならこんなものだろう。彼女はゆっくりとドアノブに力を入れ――扉を開け放った。
「すぅ……すぅ……」
そこに居たのは天使だった。いや、実際には只の人間なのだが、美しい銀髪、二房に分かれたそれは天使の翼を思わせる。身長からして恐らく未来と同年代。しかし、妖艶に育ちつつある身体付きとは裏腹に、その子供のような安心しきった寝顔と赤いドレスがそんな妖艶さに可愛らしさと言う正反対の要素を加える。
なぜ遊吾の家にこんな美少女が? とか、ただでさえ響のこと、彼のことで頭がいっぱいなのにそれ以上の衝撃のせいで、彼女は思わず言った。
「どういう…ことだ…?」
忙しいが、書きたい。書きたいが、書き出すと書きたいことと、キャラクターが勝手に動くことによる描写の増加によって文章が多くなるという罠。
今は遊吾視点で話が進んでいるが、いつか別視点で話を作ってみたいな…。