閃の日常   作:堕人間(21)

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|´-`)チラッ

|ω' ) スッつ第3話


第3話 おとめ

「いらっしゃいませ」

 

お客が入店したのを知らせるベルを聞き、今日何回言ったのかわからないほど繰り返した言葉を、キルシェの制服に身を包んだ少年──リィンは言う。もちろん、爽やか笑顔を添えて。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

7月上旬、春も終わりを迎え、夏へと変わろうとしているのを知らせるためか太陽はその光を惜しみなくトリスタの街へと降り注がせている。時刻は正午を過ぎたあたりで、休日ということもあってか店内はそれなりに賑わっている。キルシェは軒先にパラソルを立てた席も用意しており、注文した物を店外でも食べれるようにしているが、直射日光は遮れても流石に熱気を持つ空気までは遮れないので今日は使う人がいない。やはり空調が効いている店内を使用する人の方が多いようだ。

 

さて、なぜリィンがキルシェで働いているのかというと、それは今日が自由行動日なのに関係がある。

いつもの如く早朝に起きて制服に身を包んだリィンは1階へと降りていき自分用のポストへと投函されている依頼書を確認した。

本日の依頼は3つあったのだが、その中の1つが"キルシェでのお手伝い"だったのだ。

どうも、今日シフトが入っていたスタッフの1人が体調不良で急に欠勤となってしまったらしい。

そこで急遽、生徒会へと依頼を出したのである。

キルシェへは11時前に来てくれればいいと書いてあったので、それまでに出来るだけ他の依頼をこなし指定時間の20分前にはキルシェへと向かった。

そこで仕事服を渡されたので着替えて、今ここにいるリィンver.キルシェスタッフが出来上がったのである。

 

そして話は冒頭に(説明終わり)

 

先程来店した、この街に住んでいる老夫婦が注文した珈琲2杯を入れるために足元に置いてある入れ物から焙煎済みの豆を計量し、カウンターの上に設置されているミルへと豆を入れ、大きさが不揃いにならないように規則正しくハンドルを回して豆を丁寧に挽いていく。

計量した分を全て挽き終わり、すでに芳醇な香りを漂わせているそれをフィルターをセットしたドリッパーへと移そうとした時、聞き覚えのある話し声と共にキルシェの扉が開かれた。

 

「そう言えばアンちゃん、今日は帝都の方に行かないの?」

 

「いや、実は昨日の放課後に後ろのバンダナ君と今日の昼飯を賭けて勝負をしてね。見事勝利を得たから奢ってもらうために帝都へは行かないんだ」

 

「くそっ…あそこで教頭のヤローに見つからなければ勝てたのに!なんでバレたんだよ…」

 

「ははは…そう言えば昨日の放課後、アンが教頭先生と話してるのを見たけど何か話してるところを見たけど何だったのかな」

 

「ジョルジュそれ分かって言ってるだろ!てか、やっぱり犯人はお前か!アンっ!」

 

賑やかに会話をしながら入店した、ライダースーツな麗人と小柄なほんわかした雰囲気を漂わせる女性、バンダナを身につけた見るからにお調子者っぽい男性と黄色いツナギを着た恰幅のよい男性、男女2人ずつの計4人の集団は空いてる席を見つけるとそこへと歩いて行き各々好きな所へ座りながら和気藹々と話し続けている。

 

入ってきた4人はリィンもよくお世話になる学院の先輩達だった。

ライダースーツの麗人をアンちゃんと呼ぶ小柄な女性の名はトワ・ハーシェル。トールズの生徒会長を務める彼女は自由行動日の日の朝にいつもリィンがいる寮へと依頼書を届けているお人好しである。

対してトワにアンちゃんと呼ばれた女性はアンゼリカ・ログナー。四大名門の1つであるログナー公爵家の息女であるにも関わらずバイクと女性が好きな自由放牧な麗人である。

肩を落としながら扉をくぐり会話途中で憤り始めたバンダナの男性はクロウ・アームブラスト。学園一のお調子者と言っても過言ではないほどイタズラやその他諸々を色々やっておりリィンも度々その被害を被っている。

最後のツナギの男性はジョルジュ・ノーム。学生ながら学院の技術棟を任されておりARCUSの整備やクオーツの精製などあらゆる面でリィン達をサポートしているⅦ組の面々にとっては足を向けては眠れない先輩である。

 

そんな4人を見たリィンは少しの間手を止めてしまったがすぐに自分がおしごとやるべき事を思い出し珈琲を淹れるべく作業を再開した。

ドリッパーへと挽いた豆を入れたら沸かしたばかりのお湯を優しく円を描くように粉が膨らむまで注ぐ。これを数回繰り返す。

以前同街にある『ケインズ書房』で買った『俺の料理・珈琲』を寮で読みながら練習していたところを珈琲好きな友人であるマキアスが見つけ"美味しい珈琲の淹れ方"を享受してくれたのだ。リィンはその際に身につけたテクニックを遺憾無く発揮していた。

余談だが、果たして珈琲は料理に含まれるのか否かと疑問に思ったリィンがその旨をマキアスに聞くと、熱く、珈琲の歴史や種類、豆の保管方法に至るまで、それはフィーが作ったマグマグラタン並みに熱く語ってくれたのは苦い記憶だ。本当に余談だが。

 

そんな事を思い出しつつも淹れた珈琲の出来は店長であるフレッドにも賞賛され心の中でマキアスへと感謝を述べながら、注文をした老夫婦に出してそのまま先程入店してきた先輩集団へと注文を取りに行った。

 

「いらっしゃいませ、大変お待たせいたしました。ご注文の方はお決まりでしょうか?」

 

出来るだけ普段とは違う声音で接客の定型文を言うリィン。

しかし、4人は注文を決めるため、席に座ってから少ししてメニューを見ながら会話をしていたため未だ注文を取りに来た店員がリィンだとは気付いていないようだ。

その中で1番初めに顔を上げたのはトワだった。注文をしようと開けた口をそのままに、リィンを見て驚いたのか固まってしまった。

そんなトワの声が聞こえない事を訝しんだのか残りの3人も顔を上げ、そこに佇んでいる苦笑いのリィンを見るとそんなにではないが3者とも驚いたのだった。

 

「聞き覚えのある声だと思ったらリィン君だったのか。びっくりして少し固まっちゃったよ。」

 

先に固まったトワより早く反応をしたのはジョルジュだった。何を考えているのか分からないがフムフムと腕を組みながら頷いている。

 

「なんだなんだぁ?面白いことやってるなぁ、リィン!意外にキルシェの制服が似合ってるじゃねぇか!」

 

次に反応を示したのはクロウで、その顔に浮かんだ意地悪そうな表情とからかう気満々の声音を隠そうともしない。

 

「ふむ、一瞬誰だか分からいぐらい板についているな。君が学生じゃなかったら個人でも雇いたいぐらいだよ。」

 

アンゼリカはいつも通りだった。

 

「して、未だに固まっている私のトワはいつ再稼動するのかな?」

 

アンゼリカのその言葉でリィンを含むトワ以外の視線が彼女へと向けられるが、件の彼女はリィンへと目を向けたまま動く気配がない。

少ししてからやっと周りの視線に気付いたのか彼女はようやく反応を見せた。

しかしそれは彼女が喋り出したとか動き出したという反応ではなく別なものだが。

朴念仁(リィン)以外はそれに気付いた。

仄かに紅く染まった頬に。

 

「えっと…トワ会長?注文を取りに来たんですけど…」

 

そんな反応に気付かない唐h...んんっ、リィンはトワに近づき言葉をかける。

 

「ふぇっ…!えっ、あぅ、あっ、リリリリィン君!?……っ!」

 

リィンからの声かけによって硬直状態から抜け出したトワはどもりながら──すぐにまた固まった。

何故か。

言わずもがなリィンのせいである。

 

(近い、近い、近い近い近い近い近い近い近い近いよ…っ!?)

 

彼の顔が目の前にあるのである。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

トワ・ハーシェルが知る限り、リィン・シュバルツァーは生徒会の活動から私生活の一部に至るまで、頼みごとをしても嫌な顔をせずに笑顔で助けてくれる。

時には、なにか困ってるんですか?と心配をしてくれて、別な時には、もっと休んでください!と優しく叱ってくれる。それが続いていくうちに他の人達ではそうはならないのに何故か彼の前だけでは心の弱い部分を出してしまい、甘えるような行動をしてしまう。その度々に頬が熱くなり鼓動が速くなってしまう。

彼と話していると胸の奥がぽかぽかと暖まり、逆に彼が女性と話をしているのを見かけると少し寒くなってしまう。

自分でも何故こうなるのか分からず、以前に親友であるアンゼリカに相談もしにいった。

しかしながら彼女は優しい視線を向けながら微笑むばかりで詳しくは教えてくれなかったし、ならばと他の友達に聞いても同じ様な反応で、中には何故か頑張れと応援してくれる人までいた。敵は多いぞ!と謎の助言をくれる人もいたが。

結局のところ自分が陥る症状が何なのか、皆が何故あの様な反応をするのかトワが理解することはまだ出来なかった。

 

そんな親しい者から見れば異性として意識していることがバレバレの──本人に自覚はないが──恋愛初心者な少女には目の前に自分の心を度々惑わせる男の子の顔があるというのは些か刺激が強すぎたらしい。

そんな恋する乙女な反応を間近で見た3人はご馳走様と言わんばかりの表情をしながらも彼女へ向けるそれは暖かいものであった。

 

「見ての通りトワは固まってしまったので此方で勝手に決めさせてもらおうか。」

 

流石にリィンを長らく引き留めるのはいけないと思ったのか、そう言ったアンゼリカは視線をトワからメニューへと戻し、自分の分といつもトワが頼んでいる飲み物を頼みそれに続くようにクロウ、ジョルジュも各々が飲み物やつまむ物を頼んだ。

リィンが固まって動かないトワを気にしながらも受けた注文をフレッドへと伝えに戻ろうと踵を返した時、つんつんと袖の肘辺りを引っ張られたので振り返ってみると再々稼働したらしいトワがリィンを見上げていた。

 

「え、えっとね?その…リ、リィン君の格好凄くかっこいいよ!そ、それだけ!」

 

彼女は若干早口で言うやいなや直ぐに顔を俯かせ、そのまま黙り込んでしまった。

よくよく見れば顔や耳などは触れば火傷をしそうなくらいには赤く染まり、太ももの上に置いた握りこぶしもプルプルと震えていた。

 

 

 

クロウ達3人は今しがた親友が魅せた恋する少女の力にやられたのか

 

「リィン君、注文変更を頼む。私の飲み物を珈琲に変更してくれ。」

 

「俺のもだ。」

 

「僕もお願いするよ。」

 

無表情に近い顔で言ってきた。

あの他人(オモチャ)を弄るのが生きがいと言っても過言ではないクロウですら、だ。

リィンは「分か、りました」と少し詰まりながらも紙を書き直してぼぅっとしたままカウンターへと戻って行った。

 

トワには運が良いのか悪いのか分からないが、リィンの依頼にあった働く時間は残り10分を切ろうとしていたため、出来上がった商品をトワ達へと届けることは無かったが、その残りの時間でのリィンは何かを必死に耐える様に振舞っていたと後にフレッドは語った。

 

小柄で可愛らしい先輩の強烈な仕草と言葉。

流石の鈍感少年にも今のはクるものがあったらしい。

 

その後アンゼリカ、クロウ、ジョルジュは合計珈琲を4杯は飲み、その原因(トワ)はキルシェにいる間はリィンが帰る時にぎこちなく挨拶をしに来る前も、してる間も頑なに顔を上げようとはしなかった。

リィンが去った後もしばらく俯いていたが3人からの優しい視線が未だ向いていることに気付き一度戻った顔色を再び赤く染めながら腕を振って弁解してアンゼリカに血を吹かせた。

3人からの見守る視線は寮の自室へと戻るまで続いた。

彼女は暫くの間、3人にこの事でいじられること間違いないだろう。

 

もちろんキルシェにトールズ学生が他にいない理由もなく、一連の流れを観ていた人たちがあらあらと微笑ましそうに見ていたり、あの野郎また…っ、とカメラ片手に悔しそうに血涙を流していたり、これはアリサに教えなきゃいけませんわ!と使命感に燃えていたりと様々な反応をしていたが、本人達には知らぬが仏である。

 

 

後日、Ⅶ組女性陣に詰め寄られる男がいても知らないと言ったら知らないのである。




( ゚д゚)
前回更新からもう2年…

お恥ずかしながら第3話を投稿させていただきました

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