暇つぶしにでもどうぞ一読してください。もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。
「ケンジおっそーい。やっと来たよ。ずっと待ってたんだから。」
そう叱りながら、さちは俺に笑いかける。
「ごめんごめん。なかなかこの桜の木を見つけるのに時間がかかってさ。この公園無駄に広いし。」
今いる公園はさちの家から数分の場所にある。自然公園と言ってもいいくらいとにかく広い。休日なんかは家族ずれでよくピクニックに来ているのをよく見かける。
「そんなはずないよ。この公園で一番大きな桜の木って言ったらここしかないじゃん。」
「無茶言うなよ。ここに来たのは9年ぶりだぞ。いろいろ変わってて、夜で周り分かりづらいし、この公園に来るのも一苦労だったよ。」
そう、俺が引っ越してから9年経つ。さちとは家が近所で同い年で同じ学校に通っていた。いわゆる幼馴染だ。会うのも9年ぶりであのころと比べて見違えるような姿だった。
背は前よりも高くなり、あのころは短髪だったが腰に届きそうなくらい長くなっている。顔もなんだか女っぽい顔になっていた。胸は――まあ、視認できるくらいにはなった。
「ちょっと、どこ見てんのよ。」
「いや、その……見違えたなって。」
苦し紛れの言い訳にじっと俺を睨んでいたが、しばらくすると、ふふっ、と笑った。
「どう、この制服似合う?」
さちはそういうとくるっと一回りする。
高校の制服のようで、今どきの紺のブレザーにスカート、薄い水色のネクタイを締めている。
「ああ、とても似合ってるよ。」
「ありがと。そっちのスーツはなんだか服に着られてるね。」
「ほっとけ、そんなことは自分が一番知ってる。」
また、ふふっ、と笑って俺の隣に立つとさちは桜を見上げた。
「でも、そっか。もう9年もたったんだ。なんだかあっという間だね。」
「……そうだな。」
風が吹き、桜の花びらが舞っていく。
さちは顔にかかった髪を手でかき上げる。
「ねえ、覚えてる?小学生のころ、この桜の下にはおばけがいて人を木の下に埋めちゃうっていう怪談が流行ったの。」
「ああ、覚えてるよ。あのときはひどい目にあった。さちがその怪談を確かめに行こうって言って、わざわざ深夜にうちに忍び込んで寝てるのをたたき起こされた。」
「それで、私がケンジを連れ出して桜の木の下を掘ったら本当に骨が出てきて。あの時ケンジビービ―泣いてたよね。」
「うるせえ、お前だって泣いてたじゃねえかよ。自分で埋めた犬のえさ用の骨だったくせに。おかげで親父に俺がお前を連れ出したって勘違いされて叱られたんだ。」
「だってしょうがないじゃない。ケンジがいつまでも泣いてるからだんだん私まで怖くなってきちゃったんだから。」
あはは、とさちが笑う。今日のさちはよく笑うな。
そんなことを思いながら俺も桜の木を見上げる。
「……さち、ごめんな。」
「……」
俺は今日ここに来た本題を切り出した。さちは桜の木を見上げながらじっとしている。
「中学1年の時、お前からこの桜の木の下で待ってるって手紙もらった時、そこでなにが起こるかなんとなくわかった。それですごくうれしかった。でも、それを友達に見られてはやしたてられたら、なんだかすごく恥ずかしくなって、俺は逃げ出した。」
あの頃はまだ周りも小学生と中学生のはざまで、妙に大人ぶるけどまだ子供で、要するにいわゆる思春期だったんだ。女の子と仲良くしているだけではやしたてるくらいには。
「俺はそのあとさちに何も言えないまま親の都合ですぐに引っ越してしまって、9年も経ってしまった。今更かもしれないけど、ずっと俺はお前に謝りたかったんだ。引っ越してからもこのことは一時も忘れたことはなかった。」
俺は視線をさちに向ける。
「だから、ごめん。」
腰を折って頭を下げる。
少しして頭を上げると、まださちは桜を見上げていた。
「うん、わかった。でも、今私が欲しい言葉は違うかな。」
そう言うと、こちらに向き直り俺の目をじっと見つめる。その目を見ていると吸い込まれそうになる。さちの制服が夜の闇と同化していく。
「……そうだな。」
さちと中学1年生の時に離れ離れになって9年が経ち、俺は大学4年生になった。
「さち、俺は……」
でもさちは何も変わっていない。今日俺がさちの家で見た写真と。
「俺はお前に、死んでほしくはなかった!」
高校1年生のころから。なにひとつ。
さちが死んだと聞いたのは一昨日のことだった。
就活のために行った企業説明会で小学生のころ同じ学校だったやつと偶然出会った。
昔話に花が咲き、近況なんかを話しているうちにさちの話題となった。
さちが自殺した、と聞いたときは誰の事かわからなかった。さちと自殺という単語が結びつかなかった。
さちは俺が引っ越した後荒れに荒れ、ガラの悪い連中とつるむようになったらしい。
そのうちの一人と付き合い始めて、高校1年の秋、さちに子供ができた。
親は生むのを反対したが、さちはゆずらなかった。必ずこの子を産むんだと、彼に子供を見せてやるんだと、そう言っていたそうだ。まるでなにかにすがりつくように。
しかし、さちが子供を産むことはなかった。
流産したのだ。原因は彼氏の暴力だった。
もともと彼氏は生むことを反対していたようだ。なんとか産ませまいと産んだら別れると脅したり、顔を殴ったりしていたが、さちは生むことを曲げなかった。
そして彼氏は最終手段をとった。お腹を殴る蹴るなどの暴行を加え、そのまま逃げた。
その彼氏は、すぐに警察に捕まったが、病院に運ばれたさちは、そこで医者に流産を知らされる。
そしてさらに、暴力は今のおなかの子供だけでなく、未来の子供をも殺した。
さちはもう子供を産めなくなってしまったのだ。
さちの精神は彼氏の暴力と流産、子供を産めなくなったことでボロボロだった。
家族はさちの事をなんとか支えようとした。高校の先生も決して素行の良くはないさちを元気づけに来てくれた。中学で付き合うようになった友達も、小学校の時の友達もお見舞いにやってきた。
どんなになっても、さちには駆けつけてくれる人たちがいた。それだけさちの人望は厚かったのだ。
だが、みんなの声は届かなかった。
その年の冬、雪が積もる中さちはこの桜の木の下で手首を切って自殺した。
彼氏の名前は俺と同じけんじだった。
「俺はお前にもっと生きていて欲しかった。何十年かして、同窓会であの時はああだったね。こんなこともあったねって、昔みたいにお前と話したかった。」
いつの間にか涙が俺の頬を伝っている。
「それで、あの時言えなかったけど、さちのこと大好きだったって、言いたかった!」
桜の木がなびくように、さちの髪が風で流れる。
「おそいよ、ばーか。」
少し口をとがらせながらそんなことを言った。
「私にとっては最初で最後の本気の恋だったんだからね。」
「うん」
「運命の相手って占いの本にも載ってたんだから。」
「うん」
だんだんとさちの目には涙がたまっていく。
「ずっとずっと、待ってたんだよ。」
「すまん」
「ケンジには似ても似つかない偽物を使うほど寂しかったんだよ。」
涙はあふれ、頬を伝って地面に吸い込まれていく。
「でも、ケンジは来てくれた。」
「大遅刻しちまったけどな。」
「そうだよ、9年も待ってあげたんだよ。」
さちの足がだんだんと透けていく。それは侵食していくように上へと登っていく。
「さち!」
「でも、会いに来てくれた。」
「っ――」
気づくと俺はさちに走り寄り、抱きすくめていた。ここからどこにも行かないように。
「――まったく、そんな顔しちゃダメだよ。20歳も過ぎたいい大人が。」
そう言いながら、さちは左手を背中に回し、右手で俺の頭をなでる。
俺は泣くことしかできない。あの頃に手放してしまったものを、ようやくもう一度この手につかむことができたのに、またその手を放してしまう。
そんなことはもう嫌だった。
しかし、さちの体はどんどん透けていく。
「まだ、まだ話してないことがたくさんあるんだ。高校の部活の事だって、大学の就活のことだって、まだ話してないんだ。だから……」
「ねえケンジ、お願いがあるの。」
さちは手で俺の胸を押して少し距離を取った。
「さち?」
「さっきの言葉をもう一度言ってほしいな。」
わかってしまった。これを言ったらもうさちには会えない。でも、これは中学のころのあの時の続きなのだ。だから、今度は俺は逃げたくない。逃げちゃいけない。だから。
「俺は、さちの事が……ずっとずっと大好きでした!」
「うん、ありがとう。」
そういってあの頃の笑顔で笑った。
もう、さちの顔はほとんど見えなくなっていく。
「待ってくれ、まだ、まだ、返事を聞いてない。」
「私の思いは桜の木の下に……」
そううっすらと聞こえながら、さちの姿は消えた。
さちの痕跡を消すように地面に落ちている桜の花びらを風がさらっていく。
「結局、答え聞けなかったな。」
またさちが戻ってくるんではないかと、ありもしないことを思いながら、呆然と俺は立っていた。
でも、さっきの最後の言葉の意味はどういう意味だろう。思いは木の下に、てことはこの桜の木の下のどこかに答えが?
そう思い、桜の木の下をぐるりと回ってみると、裏側に白い物体が地面から突き出していた。
「これどっかで見たことがあるような?」
手でつかんで引っ張ってみると、あっさりと抜けた。
「これって!」
それは犬のえさ用の骨だった。
「そういうことか。」
俺はしゃがみこんで、その骨でさっきこれが埋めっていたところを掘り返す。
しばらく掘ると文庫本サイズの缶が出てきた。
その缶を掘り出して、地面に置く。
「これってたしか、さちが宝物入れにしていた……」
小学生のころ、よくさちがビー玉やら、貝殻やらを入れておくためにこんな缶を使っていたはず。
ゆっくりとその缶を開けると、中には便箋が1枚入っていた。表には『ケンジへ』と書かれている。
中を開くと、あのころと変わってないさちの文字で書かれた遺書だった。
『ケンジへ
これを読んでくれてるってことはやっと来てくれたんだね。もう私は待つことができなくなっちゃったからここに私の思いを埋めておきました。
私はケンジのことが大好きです。出会った時から今でもずっと。
私はケンジと結婚して子供を産んで、あったかい家庭を作ってずっとそばにいたいです。
なんだか書いてて恥ずかしくなっちゃった。女の子にこんなこと言わせるなんてケンジのバカ!でも、ケンジは私にとって最高でした。
大好きです。
最後に、これを読んでいるのがいつなのかわからないけれど、恐らく私はこの世にいないでしょう。一度は書いてみたかったんだよね、これ。でもホントの事だから。私は死んでるはずだから。
だから、ケンジのいなかった時の私は忘れてください。私は死んでいて、ケンジは生きているんだから。私のことを気にしちゃダメ。書いてあることはすべて過去の私の気持ち。ケンジの知っている、過去のさちの気持ち。だからこれはただの思い出として、ケンジは幸せになって。そしてたまにこんな子がいたなって、思い出として私を思い出して。それが私の最後の願い。
それじゃあバイバイ
さち』
「ばっか、こんなプロポーズこっちが恥ずかしいよ。」
遺書には俺の事しか書かれていなかった。さちから逃げてしまった俺の事を、それでもずっと好きだったと、大好きだったと。そして、挙句の果てにはこれからの俺のことまで考えてやがって。
もう、俺にはしてやれることがただ一つしかなかった。
手紙をたたみ、便箋に戻す。ポケットに便箋をしまい、缶と骨を持って立ち上がる。
桜の木を見上げてみると、さっきまであんなに咲いていた桜の花はなくなっていて、枝しかない寒々しい姿になっていた。
次にここに来るのはこの木が、また花をつけたころかな。あいつを思い出しに。
そう思いながら、俺は木から視線を外し、公園の出口へと歩き出した。