辺り一面に広がる砂漠、その地に照りつける太陽、そんな灼熱の大地を一台のトラックが走っていた。
「今どこら辺だっけ?」
黒茶髪の青年、アトゥム・シラク准尉は助手席を見ながらもハードルをしっかり握り、隣に座っている金髪の青年、ジョシュア・ニグニット曹長に話しかける。
「多分アルジェリアを抜けた辺りかな」
情報端末を見ながらジョシュアが答えた。
「んじゃ、もうすぐか!」
アトゥムが威勢よく独り言を言ったのを最後にしばらく沈黙が続いた。
それからさらにしばらくして、沈黙を何とかしたかったのかアトゥムが口を開いた。
「まさかリビアに飛ばされるとはな~」
アトゥムは笑いながら喋ったあと、ジョシュアの反応をうかがった。
「新しく設立された中隊に配属されるのがそんなに嬉しいのか」
ジョシュアは相変わらず情報端末に目を向けたままだが、その表情には微笑が見られた。
「確かに新しい中隊は楽しみだけど違うんだよなぁ」
アトゥムはジョシュアを少しからかったような言い方して次の言葉に期待した。
「なんか誘導されてる気がするから言いたくないけど…じゃあ何が嬉しいんだよ」
ジョシュアはブツブツと文句を言いながらもアトゥムの期待通りの質問をした。アトゥムは待ってました!といわんばかりにその質問に即答した。
「MSだよ!MS!俺MS貰ったんだよ!」
その言葉を聞いた途端ジョシュアは情報端末から即座に目を離し、アトゥムに視線を向けた。そして興奮しそうな気持ちを抑えて問いかけた。
「いつ、どこで貰った?」
数秒前の行動とは裏腹にジョシュアの声は落ち着いていた。だがアトゥムにはジョシュアが興奮しているのを抑えてるが分かった。彼の目がギラギラ輝いていたのだ。
「昨日…レビル将軍から…」
アトゥムはジョシュアに少し圧倒されながら答えた。
「き、昨日!?ど、どうして」
ジョシュアは更に質問を重ねた。
「えーっと、急な転属命令だったからそのお詫びだったはず。あ、あと丁度完成してたらしいよ。」
アトゥムは昨日のことを思いだしながら正確に答えた。
「…………まあ…そうだよな…昨日のあれは少し酷い気もしたしな…」
アトゥムの言葉に納得したのと同時にジョシュアの目からギラギラした輝きが消えた。
「さすがにあれはな…」
ジョシュアの言葉にアトゥムが呟いた。
そして二人は昨日の出来事を再び思い出した。
昨日 連邦ワルシャワベースキャンプ
キャンプ地は物凄く慌ただしかった。それもそのはず、オデッサ作戦のために多くの連邦兵がワルシャワ基地に召集をかけられたが、兵が中々集まらず、多くのオペレーターや手の空いている兵が召集の催促や移動手段の手配をおこなっているからだ。その慌ただしいキャンプ地の比較的静かな食事場で、ジョシュア・ニグニット軍曹は目の前の食器にろくに手をつけず、情報端末に目を向けていた。
「宇宙用ジム正式採用されたのか…」
<MS開発部>というページを見ながら呟いた。
その時、ジョシュアのテーブルの前に食器を持った人影が現れた。
「悪い遅れた」
その人物は手短に謝罪しながら椅子に腰をかけた。アトゥム・シラク准尉だ。
「仕事だったんだろ?気にしてないよ」
情報端末をポケットにしまいながら、落ち着いた声でアトゥムに言った。そして、そんなことより食事にしようと言わんばかりに食器に手をつけ始めた。アトゥムも「いただきます」と手を合わせた後、昼食を取り始めた。
「ジョシュは明日出るんだっけ?」
アトゥムは口の中の食べ物を飲み込んだ後、ジョシュアに尋ねた。因みにジョシュとはジョシュアのあだ名で彼の友達はだいたい彼をそう呼ぶ。
「まあな、集合時間が正午だから明日は早いよ」
ため息をつきながらジョシュアは嫌々そうに答えた。
そんなジョシュアを見てアトゥムが申し訳なさそうに言った。
「なんか悪いことしちゃったな~…」
「気にするなよ。ここに寄るって決めたのは俺だし、久々にお前とも話したかったし」
ジョシュアは再びため息をつきながらそう言った。しかし、今回のため息はやれやれ、と言った感じのものだった。
「そうか、なら良かった。で、どこに所属するんだっけ?」
アトゥムはほっと胸撫で下ろし、そういえば、という感じでジョシュアに質問した。
ジョシュアは空になった食器をテーブルの端によけ、テーブルに腕を置いた。
「アフリカだよ。詳しく言うとリビアだ」
「アフリカって!ジョシュノルウェーから遥々アフリカまで行くのか!?俺てっきりドイツ辺りかと思ってたよ」
アトゥムは身ぶり手振りで自分の驚きを表現しながらそう言った後、落ち着きを取り戻してさらに続けた。
「アフリカで何するんだ?」
その質問にジョシュアは苦笑いした。
「「端くれ」の俺に聞くなよ」
その声は少し怒っていた。
アトゥムは少しまずいと感じなんとかフォローに回った。
「オデッサ作戦には含まれてるんだしなんか特殊なことやるんじゃね」
「そうなることを祈るよ…」
ジョシュアは半ば諦めた様子だった。
ジョシュアがアフリカ勤務が嫌がるのには理由があった。
オデッサ作戦に参加する連邦兵のほとんどはワルシャワに召集される。そして、全体で作戦概要を確認した後、各自の持ち場に就くのが普通である。しかし、ジョシュアのようなワルシャワには召集されない例も存在する。直接作戦の拠点に召集され、そこで初めて部隊のメンバーと顔を合わせ、隊長から作戦概要を聞くという方法だ。この方法で作られた部隊はメンバー全員がこの召集方法で集められる。オデッサ方面の奪還を主軸に行う部隊はワルシャワに召集され、それ以外はジョシュアのような召集のされ方をしている。このようなことから連邦内部では、オデッサ奪還の部隊を「主力」それ以外は「端くれ」と呼ばれている。ジョシュアはその「端くれ」の部隊に所属する羽目になってしまったのだ。 しかも所属するのは現状あまり重要とされてないアフリカだ。 彼が嫌がるのもわかる。
数分の沈黙の後、アトゥムが切り出した。
「飯食ったし散歩でも行かね?」
「そうだな、少し気分転換しに行くか」
ジョシュアは椅子から立ち上がった。
「よし!決まり」
アトゥムもジョシュアに続いて立ち上がった。
二人が食事場を出た時、1人の女性に話し掛けられた。
「すいません。貴方はアトゥム・シラク准尉ですか?」
その質問にアトゥムが簡単に答える。
「はい、自分がアトゥム・シラクですが、どうかなされましたか?」
その女性はアトゥムに告げた。
「レビル将軍が貴方のことをお呼びになっておられます。至急司令室に行ってください」
女性は「失礼します」と、言うなり、足早にその場を去った。
「……」
ジョシュアは呆然とその場に立ち尽くすアトゥムに声を掛けた。
「なんかあったのか?」
アトゥムは呟いた。
「俺にもわからない。今までのことを思い返してみたけど、呼び出されるようなことした覚えがない。しかも将軍に…」
アトゥムは不安でいっぱいだった。特に悪いことをしてはいない。しかし、彼の頭には不吉な言葉しか浮かんでこなかった。
「とりあえず行こう…」
彼の言葉には緊張感が溢れていた。
ジョシュアはアトゥムの言葉に頷き無言で彼に着いていった。
「じゃあ行ってくるね…」
司令室の前でアトゥムはまるでこれから死にに行くかのようにジョシュアに告げた。
「頑張れよ」
頑張るも何もできないけど、ジョシュアはアトゥムになにかしら言いたかったらしく、その言葉を投げ掛けた。
トントン
アトゥムが扉をノックすると扉が開いた。そして、一番奥に司令官用の大きい机が置いてあり、そこの後ろにレビル将軍が立っていた。
「アトゥム・シラク准尉参りました。」
アトゥムは敬礼をしなが名乗った。司令室に入る前とは違い、非常に落ち着いていた。
「急に呼び出してすまなかった。申し訳ないがいきなり本題に入らせてもらう。時間がないもんでな」
レビルは真剣な表情で続けた。
「貴公にアフリカ中隊への転属を命じる」
「えっ…」
アトゥムはレビルの言っていることが理解できなかった。
「それはどういうことですか?」
アトゥムは頭の中を整理するためにそう聞いた。
「昨日、アフリカ中隊に所属するはずだった者が事故で亡くなってしまった。その代わりとして貴公をアフリカ中隊へ転属させることにした。」
レビルはアトゥムのことを思ってか、しっかりと説明してくれた。
「………わかりました……」
アトゥムは敬礼をした後、しばらく黙ってしまった。命令だから仕方がないとわかっていても彼には非常にショックだった。なぜなら彼はオデッサ作戦主力部隊に特別な思い入れがあったからだ。
アトゥムは元々ワルシャワ勤務だったこともあって、レビルが全兵に向けてオデッサ作戦の準備を発表する前から作戦の準備に携わっていたのだ。決して多くはない人数の中で、彼は作戦のために土地情報の確認や簡単な偵察などを行って準備に尽力を尽くした。その甲斐もあって彼はレビルから主力部隊の選抜隊に選ばれた。そして、明日には揃う選抜隊のメンバーと親睦会をやるところまできていたのだ。
「なにか質問はあるかね」
黙っているアトゥムを見てレビルが尋ねた。
「何故自分なのですか?自分は主力作戦に大きく関わっていると思うのですが…」
アトゥムは思い切って言った。
レビルはアトゥムの働きぶりをよく知っているはずだ。それなのに、そのレビルから転属命令を受けたのがアトゥムには理解できなかった。
レビルはガラス張りの窓から外を見ながら答えた。
「この命令は信頼している貴公にだから出来ることなのだよ。どんなに優秀な兵でも確かな信頼がない者にはこのような命令は出さない。今までの作戦のことは捨て、新しい作戦だけに集中する、これほど難しいことはない。しかも前の作戦が大きなものほど。私が今まで見てきた兵の中でこれができたものはほとんどいない。どの兵もどこかで前の作戦のことを引きずりいずれボロがでる。だが、貴公にはそれが出来ると私は確信している。何事にも前向きな貴公ならな。」
アトゥムはその言葉に大変感動した。アトゥムは幼いころからどんな時でも前向きで、それが取り柄だった。しかし、連邦軍入隊後は「能天気だ」「戦争を舐めるな!」と言われるばかりであった。しかし、今回はその前向きさが評価されたのだ。
(そうだよ、たった一回の転属がなんだって言うんだ。転属先で活躍すれば主力部隊に選ばれるチャンスだっていくらでもあるんだ。)
アトゥムは心の中でそう呟いた。
「ありがとうございます!」
アトゥムは感謝の気持ちをこめて深くお辞儀した。彼の顔は生き生きとしていた。
「いい表情だ」
レビルが微笑んだ。
「それと私から餞別をやろう」
その言葉にアトゥムは驚いた。
「餞別って!自分転属するだけですよ」
アトゥムは申し訳ないと思って断ろうとしたがレビルはお構い無しだった。
「貴公に先行量産されたMSを授けよう」
アトゥムは驚いたが、それより口元が歪むのが分かった。
「あ、ありがとうございます!大事に使わせていただきます!」
選抜隊でも数人しか乗ることができなかったMSを手にすることが出来たことにアトゥムは感謝の気持ちでいっぱいだった。
ウィーン
司令室の外ではジョシュアが情報端末を見ながらアトゥムのことを待っていた。
「お待たせ」
アトゥムは軽く伸びをした。
「その様子だと大した内容じゃなかったようだな」
ジョシュアはほっとため息をついた。
「いやー、そんなことないよ。多分ジョシュ超驚くと思う」
アトゥムはそう言った後、ジョシュアに司令室での出来事を話した。MSの話は抜いて。
そのようなのことがあって今に至る。
「どうしてあの時MSの話をしなかったんだ」
ジョシュアが機嫌悪そうに言った。
「ジョシュがヒートアップしちゃうと思ってアフリカ着いたら話そうかと思ってたんだけど、俺気まずいの苦手だから話題作りに話しちゃた」
アトゥムは「いやー」と言いながら頭を掻いた。
「話しちゃた、じゃないだろ…」
ジョシュアはすっかり呆れていた。
「おっ、街が見えて来たぞ!」
アトゥムはジョシュアをなだめるようにそう言った。
「街を抜けたらいよいよ基地か…」
ジョシュアの顔が緊張してきた。
「そんな緊張するなって!」
アトゥムはジョシュアの肩を軽く叩いた。
「緊張してない。あとしっかり運転しろ」
「悪い悪い」
他愛ないやりとりをしているうちにトラックは街に入った。アフリカ基地はもうすぐそこだ。