精霊に一番近い人   作:奇妙な海老

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世界樹の人間

世界樹歴600年。

今年は記念すべき精霊誕生600年目の年であるし、それと同時に世界樹の出現から600年の日であるともいえる。

精霊達はこの年を祝福し、世界樹全体を喜びの渦に巻き込んだ。どんな種族も種の垣根を飛び越えて笑いあい、地球の生命と聖なる樹木に祈りを捧げた。

 

世界樹の新たな年を祝う祭りに、誰もその存在を思い浮かべることは無い。その昔、世界を欲望のままに蹂躙し、あらゆる大陸を支配したあの生物の存在を。

 

彼等…いや、我等は静かに息を潜めている。

精霊達の奴隷となることで自らの意思を完全に掻き消し、気付かれることなくその刃を尖らせる。

所詮六百年如きの歴史しかない精霊達には分からないだろう。この種の残忍な精神、狡猾な頭脳、そして、執念。

たった六百年の月日では消えることのないのだ。

我等のこびりつく様な復讐心は、どの世代にも受け継がれる。

 

「やっとお前を使う日が来たよ、エル」

「……あぁ」

 

ヒューズのいつもの憎たらしい笑い顔が、座り込む俺に話しかける。

 

「どうだ?これまでの努力がやっと実を結ぶ瞬間は」

「まだ実はできてないだろ」

 

「確かにそうだ」と彼奴は笑って、俺に背を向け歩き出した。その背中を見る俺も、直ぐに立ち上がって追いついて行く。

暗い道を歩く二人。誰の目にも見つからず、ただ前へと歩いてゆく。

 

「やっと当主からオッケー貰ったんだ。お前は明日から学生兼奴隷、上手くやってくれるな?」

「…相手がどんな奴なのかによるな」

「そう言うなよ」

 

一瞬だけ苦笑して、彼奴は俺の顔を見た。

その視線に目を合わせず、特に意味はないがそっぽを向く。痛んだ白髪が揺れ、俺はそれがうっとおしかった。

 

「今まで地獄みたいだったろ?これが終わったら、我等の天下が始まるぜ」

「…そうだな」

 

我等、か。

あぁ、そうだな。我等のためだ。

俺が我等の牙となる。

 

六百年間虐げられた人間達の怨念。

その全てが俺に宿っている。

この傷んだ白髪も、もはや消えないこの傷も、誇り高き人間の集大成。

 

今やどの人間達も精霊達に抵抗すること諦めかけている。自分の家族を守るために、その圧倒的な力の前に、人間は抗うことを恐怖している。

 

…俺が変えてみせる。

六世紀分の雪辱を乗り越え、人間を支配者に返り咲かせる為に。

 

 

 

 

 

 

『忘れてはならない。その昔、この地球は人間が支配していたということを』

 

うんざりする程聞かされる、大好きな父の大嫌いな戒めの言葉。

 

少女は厚い本を開いて、興味深げにそれを読む。

昔は世界樹のあった場所には広大な海原が広がっていたらしい。そこは太平洋と名付けられ、どこまでも深い深海が存在していたのだという。

 

世界樹。

それは今から600年前に現れた、『精霊』が暮らす巨大な樹木である。

一夜にして姿を現し、瞬く間に太平洋を覆い尽くしたその大樹には、精霊という未知の種族が暮らしていた。

精霊は『魔法』という特殊な技術を持っており、その力は人間の科学技術では到底不可能な現象を引き起こす。

人間はその技術を調べようと世界樹に接近したが、数体の精霊に返り討ちにあい、それを火種に世界はどんどん精霊に支配されて行く。

そして地球から人間がいなくなった時、精霊は生き残った人間を捕らえ、世界樹に帰って行った。

 

少女は捲る指先を止め、ほうと感嘆の息を漏らす。この地球に世界樹が存在していなかったなんて、とてもじゃないが信じられない。なんてロマンの溢れる話。少女の興味は止まらない。

長い首を持った動物の話。

世界中を支配した騎馬民族の話。

天にも届くほどの巨大な塔の話。

今では全く考えられない、遠い遠い過去の歴史。

 

__コンコン。

そんな時、一つの小さな音によって、少女は現実に引き戻された。

 

「お嬢様、まだ起きていらしたんですか」

「まだ入って良いとは言ってないでしょ、ヒューリ」

「申し訳ございません」

 

肩ほど伸びた金色の髪から、ハラリと落ちる一本の髪。少女はそれを栞代わりにして、本を閉じて振り返った。

そこにいるのは白髪の老人。黒い執事服を着た彼は、ニコリと何時もの笑顔を向けていた。

まったく、と少女は溜息を漏らす。この老人はいつもこうだ、もう良い歳であろうにも、その背骨が折れる様子はない。

 

「明日から精霊学校ですぞ。夜更かししすぎて始業式で眠ってしまったらどうするのですか」

「もともとその予定だったわよ。煩いわね」

 

おやおやと肩を竦める口煩い執事。

そんな従者を横目に、少女は明日のことを考えていた。

 

彼女の名前はアリス・サンライト。

偉大なるサンライト家の現当主、光の賢者イオラ・サンライトの愛娘である。

幼少期はサンライト家の光の妖精などと言われ、可愛がられていた彼女ももう十五。妖精学校を卒業して、精霊学校に入学する時期である。

一般的に精霊は魔力回路が完全に成熟する十五歳まで妖精と呼ばれ、その間は妖精学校という教育機関で学業に励まされる。中にはアリスのように早い時期から魔力回路を制御できるようになる子もいるが、それはとても稀なことだ。

アリスは所謂、天才なのである。

 

「ヒューリ。明日の準備をしておきなさい。私は寝るわ」

「仰せのままに、お嬢様」

 

果たして、精霊学校とはどのようなところなのだろうか。まだ見ぬ精霊学校に思いを馳せる。

話によると、アリスの通うことになるユグドラシル精霊学校は、かなり競争率が高い学校らしい。

しかし、もう既にユグドラシル精霊学校への入学が決まっているということは、彼女はその学校の合格基準を満たしているということなのだろう。

なんだかなぁ、と口を尖らせるアリス。気づいた時には決まっていた、よく分からない進学先。父に連れて行かれた場所で適当に魔法を使い、適当に問題を解いてはい合格。

アリスも友人のように受験勉強とやらをしてみたかったが、それに手を出す頃には進学が決まってしまっていた。

 

「受験勉強、してみたかったなぁ」

 

あの笑顔の執事は既にいなく、アリスは一人、少し広い部屋で愚痴を漏らす。読みかけの本を本棚に入れ、ボソリと何かを呟いた。

その瞬間、部屋を照らしていた光が消え、少女はベットに入り込む。

明日から始まる学校生活、友人とは離れ離れになってしまったけど、それでも楽しくやっていけるだろうか。

ゆっくりと夢の世界に誘われる中、少女はハッとして天井を見上げる。

そしてまたボソリと呟いて、応答が来るのを待った。

 

『なんでしょうお嬢様』

 

頭の中で流れるあの執事の声。

いつも通り良好な自分の魔法の制度に満足し、頭の中で言葉を紡いだ。

 

『あのヒューリはどんな感じ?』

『明日に向けてもう寝ていますよ』

 

その返答にうんと頷いて、そこで魔法を切る少女。

 

__ヒューリとは、精霊達のいう人間、または奴隷(にんげん) という意味の蔑称である。

 

 

 

 

 

 

魔法が使える人間。

そのコンセプトで、彼は作られたらしい。

 

重い鉄の扉が開いて、始めてアリスとエルの二人は合間見えた。

久しぶりに感じる日の光がエルの目を遮り、その視界を少しの間純白に染める。目を顰め腕で日光を遮り、従順な従者にしては少し態度が悪かった。

 

「始めまして、ヒューリ。いや、エルって呼んだ方が良いかしら?」

 

軽く頭を前に下げて、笑って問いかけるアリス。およそ奴隷に対する精霊の行動じゃないので、エルは少しばかり面食らった。

それによってか、エルのアリスに対する第一印象は、そんなに悪いものではなかった。

奴隷(ヒューリ)どもに向かって、名前で呼んだ方が良いか、など、わざわざ聞く精霊なんて彼女をおいて他にはいないだろう。名前など奴隷にとってあってないようなものなのに、この精霊は名前で呼んでやっても良いと言っている。

それはつまり、人間に対して少しでも情があるということになる。これは人間の観点でいえば素直に感心させられるし、エル、引いては我等の計画に利用しやすいということでもある。

なかなか、運が良いのかもしれない。彼はそう感じた。

 

「…好きに呼んでください」

 

エルを育ててくれた青年…ヒューズの言うとおり、なるべく敬語で返事をする。

最初は憎き精霊に敬語を使うなどと、かなり癪に障ったこともあったが、これならばそんなに悪く無いとエルは妥協する。

 

「ならヒューリって呼ぶわね。貴方は私をアリス様と呼びなさい」

 

しかし、アリスはお茶目な少女だ。時折少し突拍子もない行動に出る。

 

あれ?と、エルはほんの少しだけ青筋を立てた。

なんて典型的な人間差別。おのれ、驕り高ぶった精霊め。人間が支配されるのは今年で終わりだと思え。

とても短気な性格なのか、エルの精神病とも言える精霊批判思想が溢れだす。

 

__お前はこれから奴隷になるんだ。絶対に口答えなんかするなよ。

 

ヒューズの声が頭に響く。

確かにここで噛み付くのはいけないと思うが、しかしこれでは人間に示しがつかない。

 

「…いえ、やはりエルと及びください」

 

せめてもの抵抗で、奴隷の分際で自分の意見を申してみる。

するとアリスはニコリと笑って、少し馬鹿にするように口を開いた。

 

「ん、分ったわ。よろしくね」

 

美しい金髪が日光を弾いて、サラサラと風に持ち上げられる。

エルがほんの一瞬でも、見惚れるほどの美しさ。

こいつはなかなか侮れないと、エルは心の中で呟いた。

 

「お嬢様。代表の台詞です」

「あら、気が利くわね」

 

アリスの傍にいた一人のヒューリが、一枚の紙を持ってアリスに話しかける。

アリスはそれをぐしゃぐしゃに丸めて、少しだけ魔力を流した。

すると紙は発行とともに消滅し、空中に青白いスクリーンのようなものが映し出される。

 

「また変な魔法を作っていたんですね、お嬢様」

「変とは何よ。暗い所で文字を読むための魔法よ、凡庸性があるわ」

 

創作魔法か…と、エルは心の中で感嘆する。どうやら、光の賢者の愛娘の名は伊達ではないようだ。

魔法を使うには数々の術式を理解しなければならないと、ヒューズはエルに言っていた。魔法を一つ操るには、自然の摂理を理解し、正確に魔力を流す力がなくてはならない。

それを彼女は十五歳にして完全に制御し、何の無理もなく発現させている。

それこそ本来精霊学校で習う内容。今更学校に行く必要などないのではないかと、エルは一つ息を吐いた。

 

「ふんふん、大体内容は分ったわ。あとは貴方の対応だけね」

「…はい」

「魔法が使える人間の特別入学…かぁ、珍しいこともあるものね」

 

感心するように頷くアリス。

その様子を横目に、エルは右手を耳に当てていた。

 

_……≫さて、そろそろ頃合いだ。第一の作戦をおさらいするぞ。

 

…≫ああ。

 

頭に響く声に向かって、エルは心で返事を返す。

とても不思議な感覚だ。意識した言葉だけが、洞窟の中を響くように反響する。

 

ヒューズとエルの一部の思考は、魔法によって繋がっている。ヒューズが繋げたいと思えばいつでも繋がるし、切りたいと思えばいつでも切ることができる。

それは人間達にとって、ヒューズが参謀で、エルはその駒だからだ。

 

「貴方達の考えていることはお父様から聞いてるわ。人間の立場を復興して、世界を取り戻すんでしょう?」

 

そう、この計画は、サンライト家の手助けがなくては成立しない。

精霊の誰か一人でも仲間になってくれなければ、エルが精霊学校に入ることさえ不可能だったのだ。

現に、ヒューズとエルの思考を繋いでいる魔法を施しているのは、イオラ・サンライトの力が掛かっている。

 

≫当主に何度も頼み込んだ甲斐があったってもんよ。

 

ヒューズの疲れたような声が、エルの脳内に響き渡る。

とても驚いただろう、足元を掬っててくると思っていた人間が、なんと助けを求めてきたのだ。

それを断らずに手を貸すなんて、光の賢者は何を考えているか分からない。

何にせよ、警戒しなくてはならない。ヒューズはそう言っていた。

 

「あぁ。そのために俺達は動いている」

「私を道具に使うんだから、相応の対価を出しなさいよ?」

「勿論です」

 

目指すは精霊学校。

世界樹の中層部にあるサンライト家の豪邸から、一つ上の階にある。

 

 

 

 

 

 

始業式。

かつて人間の社会にも存在した、若い生徒達の精神力を鍛える、学校で最初の行事である。

 

「風精霊も水精霊も手を合わせて団結し、我らがユグドラシル精霊学校の功績を__因みに、ユグドラシル精霊学校は今年も世界樹第一位の成績を誇り__」

 

全校生徒を見渡せられる巨大なステージの中心で、音声増幅魔法を片手に饒舌で喋る老人が一人。

風精霊特有の、絹のように滑らかな二対の羽を背中に垂らし、長い髭を一切手を加えることなく伸ばしている。

 

「えぇ〜、前回の世界樹総合魔法大会でも我が校は三度目の優勝を果たしており、心技体どれも欠かすことなく成長した屈強で優秀な生徒達が、他の国の精霊学校の生徒達をなぎ倒して行く姿はとても豪勇で_」

 

よくまぁそうペラペラと言葉が出てくるなぁ、と逆に感心させるほど、この学校長の話は長い。

その証拠に既にエルの隣に座るアリスは船を漕いでしまっているし、エルはエルでヒューズとお喋りに勤しんでしまっている。

 

まだ彼奴の話は終わらないのか。

エルは頭の中の誰かに向かって話しかける。

 

≫信じらんねぇよな。あれで十神霊の一人なんだからよ。

 

世界樹の周辺は、虫の一匹も入ることさえできない強力な結界に覆われている。それは、十神霊と呼ばれる十人の精霊が、世界樹を支配している為であった。

十神霊は600年前、世界樹に始めに誕生した精霊であるとされる。今もなお健在でありながら、地域によっては神格化もされているような規格外の存在で、その力は強大。

そして特にその代表格なのが、ユグドラシル精霊学校の校長、レーベル・レイリーフ。

実力はあまり知られていないが、十神霊の中で唯一彼だけ顔が知れ渡っている十神霊であり、十神霊と言えばこの方と言われるほど、知名度の高い精霊だ。

 

≫アリス嬢の対価って確か、世界樹の結界を解くことだったよなぁ…十神霊が皆あんなんだったらどうしようか…

 

レーベル・レイリーフは、とても格調高い十神霊の一人とは思えないほどのお調子者だ。あれを如何にかして服従させるビジョンがまったく浮かばない。

あの飄々とした姿。とてもじゃないが、舐めてかかれる相手ではない。

 

ここは置いておくか、と、ヒューズは取り敢えずこの問題をとどめて置き、エルにこの後の行動を指示することにした。

 

 

__しかしその時、レーベル・レイリーフがニヤリと笑う。

 

 

「…ッ!?」

 

一瞬だけ跳ねる鼓動に、反応するように声が聞こえる。

 

≫何動揺してんだ。お前じゃねぇ、アリス嬢だ。

 

エルがふと横を見ると、そこには俯いていた筈のアリスはいなくて、颯爽とステージの中心に向かって歩いているアリスの姿が確認できた。

 

…あ、あぁ、なんだ。代表の挨拶か。やっとだな。

 

アリスとエルの座る場所。それは、巨大なステージの一番隅。壇上に上がる物が座る、特別生徒席であった。

 

『私が今年の新入生代表挨拶を務めさせていただく、アリス・サンライトです。どうかよろしく』

 

少しも気取った様子のない彼女の態度に、全生徒の声が静まり返る。

 

この巨大な《体育館》は、ステージを中心にして周りを囲むように作られている。古代ローマのコロシアムのように、半径2km程の広大な、土が敷き詰められた円形競技場を中心にして、外側には階段を作るようにしてそそり立つ石段の生徒席が周りを全て囲んでいた。

確かに、全生徒数約2400人の精霊を全てここに集めるには、これくらいのスケールが必要である。

しかし、魔法によって作られた煌びやかなステージに立つアリスに、緊張といった感情の類は全く見受けられない。相手は約2400人の精霊達。それを目前にこと態度とは、彼女は相当大物らしい。

 

『世界樹生誕600年祭のこの時期ではありますが、祭りの活気に押され勉学が疎かにならないよう、新入生の我々一同精一杯精進して行こうと思っております』

 

彼女の凛とした声が学校内に響く。

まだ妖精の面影の残る一年坊主の精霊達は、アリスのこの声を聞いて随分気合を込めているようだ。

エルはその灰色の目を凝らす。

あの眼鏡の精霊も、あの赤毛の精霊も、皆活気のある表情をしている。

 

…少し人間臭くて、面白くない。

 

『新入生代表挨拶、アリス・サンライトさん。有難うございました』

 

会場はもれなくスタンディングオベーション。

少し男の精霊の興奮具合が異常だが、皆彼女に向けて惜しみない拍手と声援の嵐を送る。

 

と、エルが何やら考えているうちに、どうやらアリスの話は終わったようだ。

次の話し手は誰かと、腕を組んで待ちわびてみる。

 

「貴方がヒューリの中で唯一、魔法が使える者ですか」

 

肩を叩かれて、気だるそうにエルは後ろを向く。

そこにはアリスとは対照的な、長い青髪を持った美麗な精霊が立っていた。

金の刺繍が施された紫色のマントを着ていることから、この学校の三年生だろうか。ユグドラシル精霊学校では、制服のマントの色は一年生から順に、赤、青、紫と決まっている。

それにしても、とエルは息を吐く。

透き通るような白い肌に、青色の妖美な瞳。

アリスの可憐さとはまた違う、とても学生とは思えない美しい精霊の姿。

 

しかし、そんな絶世の美女を目の前にしても、彼の頭は冷静に分析を始めていた。

 

髪の色と蝶のような美しい羽の構造からして、この精霊はおそらく水精霊だろう、と、エルは確信する。なによりもの証拠に、触れた手がとても冷たい。

 

水精霊は、主に水を操る魔法を得意とする。その主な原因は、身体の血管が水分に干渉する特殊な物質を巡らせている所にあり、その物質を発見した水精霊の学者は、その物質に対して青血球と名を付けた。

そしてその青血球は、他の精霊の血液の常温と比べると比較的温度が低く冷たい。

 

故に、その身体は幽霊のようにひんやりとしていて、病的。

 

「…有名なんですか?」

「いいえ、生徒間では私しか知っていないことです」

「……お前」

 

少し目を丸くするエルを相手に、彼女はその長い青髪を優雅にかきあげ、冷たい双眸でステージを見やる。

そこにいるのは作り笑顔満面のアリス。会場からくる膨大な拍手に、少し引いているようである。

 

『次は生徒会長からの挨拶です』

 

司会の女性の声が聞こえる。

エルがその綺麗な声に無意識に聞き入っていると、水精霊の少女はアリスの方へ向かって行き、音声増幅魔法の魔法陣を譲り受けた。

 

『魔法陣変わりました。皆さんお久しぶり。生徒会長の、シャイラ・ウンディーネです』

 

マイク変わりました、とでも言うように言葉を使う、シャイラ・ウンディーネ。その美麗さとミスマッチして、思わずエルは吹き出してしまった。

しかし、なるほど、あの精霊が、と、納得したようにエルは頷く。

何故自分の存在を知っていたのか、これで合点が行ったと言うもの。

 

ユグドラシル精霊学校生徒会長、シャイラ・ウンディーネ。

水精霊一族の中でも有数の権力を持つ、ウンディーネ家の長女様。

家の格式の高さもさることながら、兄は魔法師団の元帥を務め、父はリーズアリア合衆国の官房長官を一任されている、超大物の家系の生まれ。

そして彼女自身の才能もまたピカイチ。それに容姿の良さも合わさって、その人気は高い。

しかも、彼女はこの学校の生徒会長をしており、この学校の情報に関しては生徒の中では特に強い力を持っている精霊でもある。

人間であるエルがどうしてこの学校に入学してきたのか、その事情を知っていてもおかしくはないのだ。

ま、それでも魔法を使えるくらいの情報しか持っていないだろうが。

 

≫いいねぇ。ウンディーネ家のお嬢様か、やっぱりこの学校に入れて正解だったな

 

数多く存在する世界樹の重要施設で、人間の切り札《エル》 をユグドラシル精霊学校に入学させた理由は、単《ひとえ》にこの貴重な人材の多さにある。

 

全校生徒約2400人。

 

その大半が強い権力を持った者の子供か兄弟で、たった十数歳程度で半端な権力を持ってしまった若者の集まりだ。

加えてここには、世界樹に存在するあらゆる種族の精霊がいる。

世界樹各国から集うこの精霊学校は、世界樹自体を内側から揺るがすにはこれ以上ないほど都合の良い場所だった。

 

≫お前の番がきたぞ。エル。

 

エルがその声に気づいた時には、会場は拍手の音で蔓延していた。聞こえる口笛の音と男たちの声援から、その興奮具合が伺える。

 

生徒会長の話はどうやら終わったようだ。

さて、やっと自分の番が来た。

 

エルは臆することなくステージの中心に向かって歩き出す。

純白の髪が風に煽られて、赤い一年生のマントがバタバタとはためいた。

魔術回路を上手く制御し、音声増幅魔法を作り出して行く。

 

彼が創り出す何処か不可思議な光景に、会場の精霊はやっと気づいた。

 

奴は、私達と同じ存在ではない。

今まで虫と同程度とでも見ていた、人権などある筈もない穢れた存在。機械を知らない精霊達にとって、都合の良い道具程度にしか認識されていなかった惨めな生物。

 

異質な髪の色をした、彼の正体が人間であること。

その事に気づいた大半の精霊は、ほぼ直感でそれを突き止めた。

 

 

 

 

 




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