冬が近づき、肌寒い日が増えてきた そんなある日の午後 東條希は一人、部屋で寛いでいた。
先日、秋葉原で開催されたハロウィンイベントでのライブも無事に終わりを迎え、今日は今までの練習やライブでの疲れを抜く為の休息日である。
いつもと変わりなく 洗濯等の水事や昼食を済ませた希は自室のベッドの上に座って、読書をしていた。
読書に夢中になり、ページをめくる音だけが聞こえる静寂を破るように傍に置いている携帯が音を立てて鳴り出した。
驚いた表情を一瞬、浮べて携帯に目を向けると、そこにはデジタル文字で綾瀬絵里と表示されていた。希は何の用だろうと首を傾げながら、通話ボタンを押すと、聞きなれた声が電話の先から聞こえてくる。
「いきなり電話してごめんね。今、ちょっといいかしら?」
「大丈夫やで それで何の用なん?」
「たいした用じゃないんだけど、さっき、真姫から電話があってね。明日の活動は作曲についての話し合いがしたいから部室に集合するようにと言われたのよ。他の皆には連絡を済ませたけど、まだ、連絡してないのは希だけだったから」
「そうやったんやね。確かに次の曲を決めんと、ダンスの練習も出来んもんな」
「そうね。でも、皆で協力して案を出し合えば、次の曲もすぐに決まるわよ。」
「そうやね。それにしても、最後がうちって、エリチは冷たいな~ うちらの友情も終わりなんやろうかぁ~」
絵里と会話中に希は悪戯を思いつき、声色を変えて言葉を吐き出す。
「え?そ、そんなつもりはないのよ。偶々、希が最後だっただけで、蔑ろにしてたつもりじゃ・・・」
「ふふ 冗談や、冗談 エリチは可愛いなぁ~」
ほんの少し、からかうつもりで言った事を本気にした絵里の表情を想像して、こみ上げてくる笑いを堪えている希の目に涙が浮かんでいた。
「もう!からかうのはやめてちょうだい。次やったら、承知しないわよ。」
自分をからかう友人に軽い苛立ちを感じながら、絵里はきつい口調で釘を刺す。
「ごめんな~ 少し調子に乗りすぎたわ。 そうや、エリチは今から家に来れる?良かったら、二人でお茶でも飲まへん?」
希は悪ノリが過ぎた事を謝り、お詫びを兼ねて、絵里に誘いの言葉をかけた。
「もう気にしてないからいいわ。それより、折角のお休みにお邪魔してもいいのかしら?」
「どうせ、暇やったからね。話相手が欲しかったし、遠慮する必要はないんよ。それにうちとエリチの中やん」
「ありがとう。それなら、途中でケーキでも買っていくわね。希の紅茶は美味しいから楽しみだわ。」
「嬉しいこと言ってくれるやん それじゃあ、エリチが来るのを楽しみにしとるで」
そう言って、電話を切ると希は友人を迎える為に部屋の片づけを始めた。
だが、普段から部屋の掃除を欠かしてない事もあり、数分も経たないうちに終わってしまう。そして部屋に取り込んだ洗濯物を箪笥にしまっている時にふと、紅茶を切らしていた事を思い出す。うっかりしていたと、希は財布を手にして切らしている紅茶を買いに行くために部屋を出た。だが、自分がいつも飲んでいる紅茶が売っているスーパーまでは30分はかかる。その間に絵里が来てしまったら、部屋の前で待たせることになってしまう。それだけは避けないといけない。そう思った希は仕方なく、近くのコンビニへ急ぎ足で向かった。
マンションから15分程歩き、コンビニに着いた希は目的の品がある棚に向かい、ティーバッグタイプの紅茶の箱を一つ手にすると、レジに向かった。そして買い物を済ませ、マンションへの帰り道を行きと同じく急ぎ足で歩いていると、聞きなれた声が後ろから聞こえてきた。
「あら?希じゃない。ここで何してるの?」
声のする方向に目を向けると、そこにはケーキの箱を持った絵里の姿があった。
「エリチ・・・・ 実は、紅茶を切らしてた事に気づいてね。買いに来てたんよ。」
「そうだったの。希も結構、うっかりしているところもあるのね。」
「む~ それはどういう意味なん?」
さっきの仕返しと言わんばかりにからかう絵里を、希はジト目で見つめる。
「さっきのお返しよ。これでおあいこねって、ごめん ごめん。謝るからそんなに睨まないでよ。」
「ふーんだ もうエリチなんかしーらない」
希は大きくほっぺを膨らませて、拗ねるようにそっぽをむいた。
「お願いだから、機嫌を治してよ。それにほら、紅茶に合うようなケーキも買ってきたんだから。」
そう言って、絵里はケーキの箱を高く上げて希に見せつける。必死になって、自分の機嫌を取ろうとする親友の姿に希は堪らず、声を出して笑う。
「ぷっ、あははははは な、何もそこまで必死になることないやん。」
堪えきれずに笑いだした希をキョトンとした顔で見ていたが、からかわれていたと知ると、ムッとした表情を絵里は浮かべる。
「もう~ 次、やったら承知しないって、言ったでしょ。」
「堪忍な エリチがあまりにも可愛かったから、また調子に乗ってしもうたんよ。それにこんな風に友達と騒いだ事はあまり無かったからね。」
珍しく本音を漏らす希に絵里はかける言葉が浮ばなかった。
「そろそろ、家に行こか。風も出てきたし、少し、冷えてきたからね。」
希の言葉に絵里は頷くと、二人は並んで歩きだす。
冷たい風が吹く中 無言のまま二人は歩いていると、希が前を向きながら絵里に話しかけた。
「なぁ エリチ うちとエリチが最初に会った時の事を覚えてる?」
「え?ええ 覚えてるわよ。確か、私たちが入学して間もない頃だったわね。」
いつもの作った関西弁ではなく、素の言葉で希は自分の過去を語り始めた。
「うん。そういえば、エリチには話してなかったよね。うちは親の都合で良く転校と引っ越しを繰り返してんだ。だから、小学生の時も、中学生の時も友達と呼べる人は誰もいなかった。」
時には転校しても手紙を書くね。引っ越しても電話をするね。と言ってくれる子たちもいた。だが、電話がかかって来る事も、手紙が届く事はなかった。
「そんな毎日が続くうちに、私は友達を作るのを諦めるようになったんだ。」
勇気を出して友達を作っても、すぐに別れることになる。
それなら、いっその事、友達を作らなければいい そうすれば、傷ついたり、悲しい思いをしなくて済む。
希はそんな考えを抱くようになっていた。
絵里はそんな希の過去を聞いて、愕然とした。気持ちを表すことが苦手な自分とは違い、表情豊かで社交性があるこの少女には、自分以外の友達も多くいるのだと思っていたからだ。
「それで音ノ木坂に入学した時も友達を作る事を諦めてた。だけど、そんな時にエリチと出会って、まるでもう一人の自分を見てるような気持ちになったんよ。そう思ったら、居ても立っても居られないなくなって、声をかけてたんや。ひどいやろ?うちは自分勝手な印象をエリチに押し付けとったんやから。」
自嘲的な笑みを浮かべて話す希の手をそっと握ると、絵里は優しい表情で希に言葉をかけた。
「そんな事はないわ。あの時、周りに馴染め無かった私に声をかけてくれた希には、とても感謝してるのよ。あなたがあの日、勇気を出して言葉をかけてくれなかったら、私は一人ぼっちのままで今の私はここにはいないわ。だからあなたが自分を責める必要はないのよ。それと遅くなってしまったけど、今度は私の気持ちも言わせてもらうわね。私と友達になってくれてありがとう。」
その言葉を聞いた希は唇を噛み締め、こみ上げてくる感情を堪えられずに大粒の涙を目に浮かべる。
そして、震えた声で希も絵里に言葉を返す。
「ううん。うちの方こそ、友達になってくれてありがとう。」
「ふふ どういたしまして。お礼は希の紅茶でいいわ。」
絵里はウィンクをすると、明るい表情でそう言った。
真面目で不器用だが、時に可愛らしいそんな自慢の友達に希も明るい表情で言葉を返した。
「うん 任しとき エリチのほっぺが落ちるような美味しい紅茶を入れたるで~」
二人は笑顔を浮かべて歩き出す。温もりを伝え合うようにお互いの手をしっかりと繋いで。
冷たい風が吹き、肌寒いが何処か暖かい これは冬が近づく在りし日の午後に起きた出来事。
今回の話は読んだ人の心を温かくなるように意識して書きました。
第2期の8話を見た時、絵里は希の過去をいつ知ったんだろう?
もしかして、8話の前にこんなやり取りがあったのかなと想像してます。
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