「うま」
「馬?」
なんと新鮮な刺身だろうか。このカワハギ、口に入れると、一瞬で広がったワサビの香りと醤油の風味とうまい事とろけあって最高の味になっている。
そのあまりの美味さに『うまい』のイの字を言うのを忘れてしまっていた。
「っく~~~~~~、飲める年なら酒が欲しかった! たまらんなぁ!たまらんよ!」
「竜也、おじさん臭い」
シャルロットさんの言葉の五寸釘が俺の心臓にクリーンヒットした。女心と同じで、あんがい男心も繊細なのよ?
さて、こっそり抜け出したせいで千冬さんにされた説教も済み、夕食の時間であった。大広間を幾つかつなげて出来た、まるで大宴会場。もちろん女子たちなりの盛り上がり方を見せ、なかなか臨海学校らしくなってきた。
ちなみに席は一夏から二つ右隣。要はシャルロットの右隣である。で、俺の右隣にはラウラさん。
『お食事中は浴衣着用』という謎ルールのおかげで、みんなの浴衣が見られて眼福でござる。クラスメートの誰々ちゃんが浴衣が似合うとか。口に出すのはアレだから脳内メモリーにしっかり刻み込んでおきます。
「うむ、美味いな」
「あれ、ラウラは生魚食べられるの?」
飯時前に、セシリアが刺身の話を聞いてドン引きしてたのを思い出した。生魚を食べるという文化自体が少ない国は中々多い。アメリカではウニとか、そういうものは食べないから平気でゴロゴロ転がってたりするとか(理由:見た目がグロイ)。
ラウラさんはああ、と当然のように返事をする。
「生の食材を食べる訓練は受けているからな。例えば、ジャングルで孤立無援になったときに生き延びるために」
「はい悪かった俺が悪うござんしたから許してくださいお願いします」
もう少し、こう……『ドイツでも生魚は食べるぞ』的なね?豆知識とかをね?期待してたんですけどね?
「美味しく食べていただけるなら何でもいいですから……」
「ん?ああ、美味いぞ。お前の料理には負けるがな。」
「あ、はい。ありがとうございます」
なんか不意に褒められてしまった。ちょっと嬉しい。でもラウラさんはそんなに意識して褒めた訳ではないっぽいな、気にしないほうがいいのかな?
「……」
「……(もぐもぐ)」
「……」
「……なんだ? 先ほどから」
「あっごめん。うん、なんでもない」
ラウラさんがご飯食べてるのが可愛かったとか言ったら多分怒られる。この気持ちは静かに心のメモリーの奥底にしまっておこう。
と、ここで一夏がセシリアに『あーん』を提案するという自殺行為を発動した。
「わっ馬鹿一夏っ」
「え?どうした竜也」
「一夏さんっ、それは本当ですのねっ!?」
「えっ、あ、あぁ」
セシリアの声に遮られ、俺の制止はもはや時既に遅し。この状況でそんなの見せ付けようとしたら……
「あああーー! セシリアずるーーーい!!」
ほら来た!嫉妬に飲まれた女子達が一夏を襲う!
ラウラとともにすぐさまその席から離れ、殺到する女子達を避ける。ちゃっかり料理の小鉢は持ったままである。
「ほぉらこうなる。おお醜い醜い」
「そろそろ、あいつも自分の置かれている状況と自分の立場を自覚をするべきだな」
「それ言っちゃうかー。うん、今度しっかり教えてやろう」
と、ここでラウラの視線がこっち……の、手にある小鉢に向いていたことに気付いた。主にカワハギさん(刺身)に。
「……食べる?」
「うむ」
ずいぶんお刺身が気に入ったようですよ。新鮮な魚って中々食べる機会無いからねえ、ハマっちゃうのも無理はないか。
さて、お箸でラウラの皿に……ふむ。
面白くないな。
「はい、ラウラあーん」
「え、あ、いやっそれは」
「え?じゃああげない」
「ぐぬぅ……」
ぐぬぬ顔のラウラもレアですね、心のメモリーにしまっておこう。……って流石にしまいすぎだ、さすがにそろそろ容量足りなくなるんじゃないの?
ちょっと悩んで、ラウラはそのまま口をあけた。
「あ、あー……」
「ほい」
お口にひょいと入れてあげる。真っ赤なまま口をもぐもぐさせるラウラさん。
「美味しい?」
「う、美味い、な。うん」
「そうだよね、やっぱり魚は新鮮な内に生が一番だよね。」
俺としては焼いたサーモンにマヨネーズかけたのが中々好き……って、あれ?なんか周りがものすごい静かになって……
「え?」
「「「「「「「…………」」」」」」」
どうやら先ほどの騒ぎは千冬さんの一声によって既に収まっていたようで、全員が全員こちらを見て口をぽかーんとあけていた。
「お前達もあのくらい静かに出来んのか。まったく」
そういえばあーんする直前に『お前らもあいつらを見習え』的な千冬さんの声が聞こえた気がする。不覚……。
「えーーい!こっちを見るな!早く席に戻らんかー!」
「珍しく竜也君が取り乱してる……」
「いいなあ、あの二人うらやましい……」
やめんか!遠くの方でヒソヒソ俺達の話をするのはやめんか!
ささっと席に戻って、一騒動終えて若干疲れた顔の一夏を見る。
「あんまり不用意にああいうことを大々的にするなよ、お前は」
「あ、ああ……次からは気をつける」
流石に懲りたのか、すっかりお疲れ顔だ。
ん、待てよ。確かこの後もある程度まで自由時間だよな。
「ま、流石に今日はお疲れだろ?あとで一緒に風呂いこーぜ、風呂。男子二人だけで二人締めと豪勢に行こうぜ」
「それはいいな!たのしみだ!」
一夏さんはお風呂大好きなの知ってるから、ちょっとはこれで疲れも取れるだろう。
そんな事を考えている内に、夕食の時間は終わったのだった。
露天風呂を男二人だけで、というのも中々乙なものである。遠く広がる海岸線が随分と美しく見えた。
「風も無くて丁度いいし」
「ああー、癒されるーーー」
一夏はぐったりと岩にもたれかかっていた。普段トレーニングしてる分、泳ぎ疲れはそう大きくないだろうが、夕食時のアレはまた別なのだろう。
「……一夏はさあ、」
「ん? なんだ?」
「好きな人ってのはいないわけ?」
常々考えていた疑問を、思い切ってぶつけてみる。この雰囲気ならそれなりに答えてくれるのではないかと思ったからだ。
「好きな人?」
「そう。例えば箒さんとか、セシリアとか、鈴ちゃんとか、シャルロットとか」
「何であいつらの名前を……」
「いいからいいから。」
ってか今の返事の時点で大分終わってるわ。このこ本当に自覚が無いんだな、まるで流行のハーレム漫画の主人公だ。
一夏はうーんと少し思案の表情を浮かべたあと、
「わからん」
と、一言だけ呟いた。
「わからん、か。うん」
「ああ。なんつーか、そういうことを考えてる余裕が無いというか」
「なーに言ってんだか」
このトウヘンボクを切り倒すにはまだまだ時間がかかりそうですよ、皆さん。
それから数十分じっくりと湯につかった後、一夏は湯から上がった。
「俺はもう上がるけど、お前はどうする?」
「そうだね、俺も……あー、いや……もう少しいることにするわ。うん。」
一夏の向こう側の塀を見て、苦笑いを浮かべながら俺は答えた。
「そうか。じゃあ先に失礼するぜ」
「おう。またなー」
一夏が先に暖簾をくぐったのを確認して、再び塀のほうを見た。いや、塀の上からね。機械的なウサ耳がぴょんこぴょんこしてるんですよ。
「束さーん、いい加減にしてください」
「む! バレてしまっては仕方が無い!」
くるくると宙を舞い、塀を飛び越して着地……に見事失敗。ゴンッと鈍い音が露天に響く。
「いったーーーー!!」
「そりゃそうだ。」
ざまぁみやがれ天才少女。まったく、目の前で足滑らせてすっころんでるこの少女のせいで全世界が一騒ぎしてるというのに。それがまるで馬鹿の空回りだ。
「手ぇ貸してやりたいですけど、なにぶん全裸なもんで。自力で頑張ってくださいね」
「私的にはりっくんの全裸、ありだけど!需要バリバリのバリ3だよー!」
「ってか風呂から上がりたくないんで。あんまり騒ぐと人に見つかりますよ」
「むーん、りっくん冷たいー。もっとこう、束さんに敬意とか愛情というものをだね!」
「俺があなたに払うのは裾の埃くらいです。」
むきーっと(口で)音を出しながら、束さんはそこらをじたばた転がる。その辺り水だらけだし、それなりに寒いと思うんだが……。
俺のほうも、いい加減湯船から上がりたいところだ。そろそろ本題に入っていただきたい。
「で? 何の御用ですか?」
「うー……じつは、箒ちゃんにプレゼントをしようと思ってね?」
「あら、珍しい。」
そう、それはとても珍しい事だ。俺の記憶によれば、束さんは音信不通だったりしたせいで箒さんのお誕生日なぞ祝ってるところは見たことが無い。
だから、俺は。
「ナニ企んでるんです?」
「んー?」
絶対に、この人は何か【しでかす】。そう考えていた。
だが、いつも通りの束さんは吹き出して大笑いした。
「あはは、りっくんのその顔、やっぱり好きだなー。言うなれば『獣が獲物を狩るときの目』! いいねー、中二病真っ盛りだね!」
どうやらそれなりに目つきは悪かったらしい。流石に年上にそういう目をするのはいけない、すぐに眉間の力を抜いた。
「ナニ、か。そこは『何を送るんです?』って聞いて欲しかったけどね!」
「何を送るんです?」
「んー!待ってましたその質問!いいでしょうお答えしましょう!」
すっと立ち上がって、くるくると回りだす。まさにそれは『不思議の国のアリス』で、夜の明かりに幻想的に微笑む少女は、
「……」
小さく何かを呟いて、俺から目をそらした。
「ッ束さん!!」
「じゃあねー、りっくん。また明日」
「待ってください! おい!待て!!」
湯から上がった俺をあざ笑うように、束さんは塀を軽々飛び越えた。
あの人の呟き。潮風と波音にかき消されそうだったが、俺には確かに聞こえた。
「何がプレゼントだよ……クソッ!!」
第四世代型。ISの暴走。言葉の断片が脳内を渦巻く。
プレゼントにしてはいささか物騒、……いや、それどころではない。
「……ったく、本当に、もう。」
不器用なお姉さんですね、あんたは。
時間も時間だ、流石に一夏も心配してるのではないだろうか。風呂から上がり、そう思いながら旅館の自室へと戻っていた。その道中、いや、門前である。
「「「「「……」」」」」
なにしてんのこの五人。山になって襖にびっしり集まって。
前々から思ってたんだが、ほんっとこの人たち仲いいよね。一夏を奪い合ってる仲とは思えないわ。
で、俺も途中で買った水を飲み切ったことだし、さっさと中でゴロゴロしたいんですけど。臨海学校とか修学旅行ってそういうもんだと思ってるんですけど、俺。
むしろこうやって後ろに立ってる俺に気付かないほど熱中してるって、何?中で何が起きてるの? 俺的にはラウラさんが気付いてくれないのが若干悲しいんですけど。
「なー、お前ら何してんの?」
「「「「「!!!???」」」」」
耐え切れなくなって声をかけると、五人一斉にこちらを見……ながら襖に力をかけるもんだから、襖が外れて倒れちまいましたよ。
で、俺は中でぽかーんとしてるマッサージ中の一夏と目が合った。おっす。
「……ぶふっふぉ」
一夏が千冬さんに飲み物を買ってくるよう指示を受けた後、五人が襖の前にいた事情を聞いた俺の反応。耐え切れず噴出してしまった。
「一夏と千冬さんがそんな関係になるわけ無いでしょひひひひ腹痛い」
また堪えきれずに噴出しかけると、流石に全員からの視線が冷たくなってきた。怖い。
救いを求めようと千冬さんを見ると、顎で、さっき直したばかりの襖のほうをさされた。……えーと、とどのつまりですよ。
「えー、じゃあ俺は二度目のお風呂を楽しんできますので……皆さんごゆっくり……」
ラウラに向かって軽く手を振り、さっさと襖を開けて露天風呂へと向かう。
きっと女子だけで面白い話をしてるんだろうなー、ちょっと聞いてたかった。そんな風に考えていると、廊下の向こうのほうからスポドリを持った一夏が帰ってきた。
「おう、どうした? 二度風呂か?」
「あー、まあそんなところ。」
わざわざ俺を外に出させたんだ、一夏をあの部屋に行かせるわけにもいかないな。
「一夏も行こうぜ。ほら、その、うん。千冬さんが、ね。うん。」
「? 別にいいけど、汗がすごいぞ。」
「おう。 いやー、それにしても女子って怖いよな」
「ん? そうかもな」
嗚呼、辛い。辛い。
ここ最近、全く筆が進まないのです。2ヶ月も離れていてすみません。
スランプに陥りやすいタイプなのは以前からなのですが、読んでくださってる方々をお待たせしてしまうのが申し訳ないです。ごめんなさい。
気長に更新をお待ちいただければ幸いです。
今回のQ?は
「あいえすっ!」ではワインでお米を炊いてたけど、このお話では合成着色料を使ったみたいですね!
A。
……あ、はい。汗ダラッダラです今。はい。
アンソロジー一冊も読んでないとか口が裂けてもいえませんね本当。
原作読んで想像して書いてたら他のところで正解出されてたなんて考えても見ませんでした。いや、ちゃんとそういうのも目を通してみることにします。すみません。
それでは、また次回もよろしくお願いします。