やはり俺がアニメを作るのはまちがっている。 作:ソラリス隊長
総武高校を無事卒業し、適当な大学に進学し、これまで通りのぼっちライフを送っていた俺はとうとうこの春、社会という名の地獄の一丁目に放り出されてしまった。
高校時代、あれほど働きたくないでござると連呼していたのだが、所詮男は働かなくてはいけない可哀想な生き物だという事は薄々気づいていた。いざ社会人になってみるとあの暗い高校生活でさえ今の俺にとってはかけがえのない大切な日々だったと思える。
由比ヶ浜と雪ノ下との関係は呆気なく終わるという俺の予想は裏切られ、今でも月に一度か二度の頻度で出会っている。こんなの昔の俺じゃ考えられなかったな。やっぱり社会人になって少し大人になったんじゃね俺。
さて、細かい事は置いて俺が就職した会社について説明しよう。
なんと就職先はアニメーション制作会社でしたぁ。わーい、これで大天使な戸塚と小悪魔な小町をメインとしたアニメが作れるぞー。タイトルはそうだな、『やはり俺と天使と小悪魔の恋愛はまちがっている。』ってな感じかな。……長文タイトルはもう流行らないか。
話が脱線したが色々あってこの俺、比企谷八幡は最愛かつ最強の都市、千葉県を離れて東京にある武蔵野アニメーション、略してムサニに就職する事が出来た。……本音を言うと専業主婦になりたかったなぁ。いや、まだ諦めんぞ。アニメーション会社って以外に幅広く活動してるし、もしかしたら何処かで素晴らしい出会いがあるかもしれん。……まあ、俺みたいな自己紹介ですら噛んでしまうコミュ症が広報活動なんか出来るわけないか。
「ちょっと比企谷さん、大丈夫ですか?さっきから心ここにあらずって感じですけど……」
「……いえ、少し現実から目を背けたくなったもんで。後、頼みますから少しは安全運転を心掛けませんか?」
「それは無理です。今からアレと競争しなくちゃいけませんからね」
今俺が喋っていたのは同じ会社の上司、宮森あおい先輩。つってもたった一年しか差が違わねえけどな。てか俺の方が年上、年上だから。ここ重要。
しかし、社会というのは不思議なもので必ずしも年上が敬われる訳ではないのだ。ほら、平塚先生だって雪ノ下や川……なんとかさんにボロクソ言われてる時あったし。……あの人、今なにしてっかなぁ。ちゃんと結婚出来てっかなぁ。……いかん、今悪寒が……。これ以上あの先生の話をするのは止めておこう。
この先輩、普段は普通に仕事をしているザ・仕事人といった何処にでもいそうな感じの人なのだが、車に乗るともう別人。だって鼻歌歌いながらドリフトするんだぜこの人。初めてこの人が運転する車に乗った時なんてもう吐き気が止まらなかったし普段の腐った目が1.5倍ましで腐ってやがった。会社に戻ると高梨に「わっ!?ゾンビが服着て歩いてやがる!?」なんてマジな表情で言われるほどの重症だ。そこらのジェットコースターが可愛く見えるぜ。
……さて、今日もその地獄の時間が始まるのか。
赤信号の前で並ぶ二台の車。向こう側の信号が赤色に変わると同時に、車内で息を飲む音が聞こえる。まあ、俺のなんだけどね。そして遂に目の前の信号が青色に変わってしまった。
「比企谷さん、舌噛まないで下さいね!」
「いや、ちょっと、ここ時速50㎞の道路なんだけどぉぉぉ!?」
普段の俺では考えられない絶叫が腹の底から出てくる。……キャラ崩壊とかいうなよ?実際体験すると本当に笑えないから。
右へ左へとドリフトしながら山道を進む二台の車。ねぇ、これアニメを作る作品だよね?どっかのレースアニメみたいになってんだけど。
隣の宮森先輩は先程から歌いながらドリフト走行を難なくこなしている。もうレーサー目指せばいいのに。はぁ〜、小町ぃ。最後にお前の顔だけでも拝みたかったよぉ〜。
ドリフト走行タイムが終わり、やっと普通の道に出て来ることが出来た。お、終わった、本当に心臓に悪い。……あ、徐行の標識。
標識を無視して目の前を先行してた車は工事中の道路に嵌ってしまい、回転しながら目的の曲がり角を超えてしまう。そりゃあのスピードじゃすぐには止まれないだろ。
宮森先輩はゆっくりと曲がり角を曲がり目的地の駐車場で車を止めた。後ろの車には悪いが駐車場はこの一つしかないので要件が済むまで待ってもらおう。
「くそっ!またお前か宮森あおい!」
「へへっ、富ヶ谷さんお先です」
本日も宮森先輩の勝利。残念でした富ヶ谷さん。本日もご苦労さんです。
心の中で富ヶ谷さんに合掌していると、すでに宮森先輩がインターホンを押していた。
「武蔵野アニメーションの宮森あおいと比企谷八幡です。『えくそだすっ!』、四話の作監上がりをいただきに上がりました」
「はーい」
声と同時に扉が開き中から一人の女性が姿を現わす。
この人は瀬川 美里さん。フリーランスの女性在宅アニメーターだ。仕事には結構厳しい人で、仕事嫌いの俺との相性はあまり良くない……と思っている。
作監者の所にせがわと平仮名で書かれ、その下にスマイルマークが添えられる。
「今日ちょっと少ないんだけど」
これで少ないとは貴方どれ程の仕事人ですか。
「いえいえ、ありがとうございます」
「今夜もう一話始まっちゃうもんね〜」
「始まっちゃいます。いよいよです!」
「そうだ、宮森さんは楽しみなんだ。私は一話の放映前が一番緊張する。待った無しの1クール13本が始まっちゃうよぉ〜って」
「瀬川さんが入ってくれてすごいクオリティになってますよ。監督も大喜びですもん!」
「本当〜?だといいけどなぁ〜」
そう言って瀬川さんが勢いよく背伸びをする。それによって二つの巨大な質量を誇る物が大きく強調された。あ、あの男子の目の前でその格好は流石に良くないですよ。隣の宮森先輩なんかは目を輝かせてソレを見ている。どうやら乳トン先生の万乳引力の法則は男女共に有効らしい。なんの発見だよ。
「んー、やっぱり肩こっちゃって」
「……やっぱり大変ですよね」
その大変は一体何に対してですか宮森先輩。
「ところで、比企谷くん大丈夫?さっきから顔が青ざめてるけど、あと目が何時もの二倍ましで腐ってるわよ」
「いえ、全然、お気に召さらず」
くそ〜、やばい。マジで吐き気が止まんねえ。未だに頭がシェイクされている感覚。
「比企谷くんも頑張ってね。『えくそだすっ!』楽しみにしてるよ」
「……うす、まあ、頑張ります」
瀬川さん宅を後にして再び車に乗り込む。あ、富ヶ谷さん、待ってたんですね。ご苦労さんです。再び心の中で富ヶ谷さんに合掌し、俺たちは武蔵野アニメーションに向かって車を走らせた。
「戻りましたー!」
武蔵野アニメーションのドアを開け中に入ると電気は点いていたが人の姿は何処にもなかった。不審に思ったのか、宮森先輩もあちこち見渡している。
「比企谷さん、今日何かありました?」
「いえ、何にも聞いてないですけど」
この階には誰も居ないと判断し、階段を上がって一つ上の階を覗いてみる。誰も居ないと思っていたら、一つだけ明かりが漏れている部屋を発見した。中からは大勢の喋り声も聞こえてくる。宮森先輩は一瞬俺の方を見て、明かりの点いている部屋を指差す。……とりあえず開けてみるか。
扉を開けてみると、そこには武蔵野の従業員が勢ぞろいして話をしていた。机には大量に並べられた料理、そして中央には少し大きめのテレビ。その下には貧乏ゆすりをしている監督。
「今期はやっぱりファイトかなぁ」
そう言ったのは『えくそだすっ!』制作デスクの本田さん。
「注目度だと…やっぱりGコレじゃないですか?」
そう返したのは制作進行の落合さん。
「いやそこはウチの『えくそだすっ!』ってズバッと言い切りましょう!」
そう力強い発見をしたのは同じく制作進行の高梨さん。……囲みに俺の絶対に許さないリストに登録してある奴だ。
「ヘぇ〜、あのスタジオ出身だったんですね〜」
「そうそう、あそこもトイレが最悪で」
「木佐さん自転車で20キロも痩せたんですって〜。でも怪我して入院して23キロも太ったらしいですよぉ〜」
「なんか緊張するね、オンエアって」
「そうですね、私の絵でいいのかなって感じです」
「あれ?そういえばナベPは?」
「テンパイでしょ、何時もの事」
「一話の放映なのにありえない」
「ナベPだから」
「監督、もう実況始まってますよ」
「い、いちいち言わなくていい!」
「円、お前ネット見すぎ!」
「お、宮森さん、比企谷くんも、カレーあるよカレー」
「あ、はい」
「うす、貰います」
「みゃーもり、こっちこっち」
宮森先輩は矢野先輩に呼ばれてそっちへ向かった。さて、俺は何処か静かな所でゆっくりとカレーを食べるか。まあ、俺が行くところは大体静かな所だ。正確には俺が行くから周りが変な空気になって静かになるまでである。それは置いといて、えーっと……何処か空いている席は……
「遅いぞ八幡! 早く我の所に来い!」
……何処か空いている席は……、
「は、八幡? 聞こえてるよね? 我の声聞こえてるよね?」
……何処か……空いている席は……、
「は、八幡〜。無視しないで、本当頼みます」
「おい、とうとう素が出てるぞ材木座」
くそ、流石に周りからの早く行ってやれの目線に耐えきれなくなってしまった。誰だよアイツの隣空けといた奴は。これなら「はい、奥から詰めていってー」の方が断然ましだった。囲みに中学の時、前に詰めすぎて女子と急接近した時、理由も無しに思いっきり泣かれた。周りからは俺が泣かした様に見えたらしく、後で教師に叱られる始末。教室に戻ると泣いていた本人は「ナル谷に近づかれてマジ最悪〜」と笑っていた。
「八幡?目がすごい勢いで腐っていってるぞ」
「気にすんな。元からだ」
渋々と材木座の隣の席に腰掛ける。
俺の隣に座るのは霊長類中二病科の材木座義輝とかいう見た目は熊、中身は中二病の何から何まで残念な男。残念に定評がある俺が唯一残念な奴と思える程残念な奴だ。
コイツとは高校の体育の時間に知り合い、その後、事あるごとに俺に自作のラノベを読まそうと俺に付きまとう様になった。ぶっちゃけストーカー染みた奴だが、その心はとても努力家でどんな非難や罵詈雑言を言われようと自分の好きな事に熱中出来るという大変羨ましい才能を持っている。コイツならいつか本当にラノベ作家になれるんじゃないだろうかと何度か思った事がある。……しかし……今俺の隣にいる事が最終的な結果だ。
「わっはっは! 八幡!あと三分!あと三分で我らが作り上げた至高の作品が放映されるぞ。高校の時より夢に見たアニメーターに今、我はなっている!」
お前が高校の時に見た夢はラノベ作家だろうがと思ったのは恐らく俺だけではない筈だ。読者の方もそう思っているだろうと思っておこう。
「あと20秒です。ハッシュタグでも付けてツイートでもしますか?」
「んん! ネットはやらん」
「貧乏ゆすり辞めてもらえます?」
「ごめん」
「あと10秒!」
その言葉を聞き、この場にいる全ての人が感嘆の声を上げる。あと、高梨先輩うるさいです。
「なな!ろく!ごー!」
「太郎静かに!」
俺の気持ちを矢野先輩が代弁してくれた。そうこうしている間にも放映時間は迫る。
次第に周りの声は小さくなっていき、テレビの音がやけに大きく聞こえてくる。
そしてCMが終わると、『えくそだすっ!』のオープニング曲が部屋全体に響き渡った。
「おおっ!」
「始まりましたね〜」
「わ、分かってるよ」
それからは全員がただ静かにテレビの画面を凝視していた。もちろん俺もだ。ただ隣の材木座が祈るような格好をして、「どうか我の書いたとこがミスりません様に」と先程から呟いていた。……お前が担当したの三話だから今日の放映は関係ないだろ。
『来週も明日に向かって えくそだすっ!』
放映が終わるとあちこちから拍手や感嘆の声が聞こえてくる。これがアニメを作った達成感か。自分が作った訳ではないが、言葉に出来ない達成感が体全体に流れてきた。
「丁寧に作ってあって良い出来じゃないの木下くん」
「あ、ありがとうございます。頑張ります」
「キーワードランキング2位来ました!」
「だからいいってそういうの!」
「早いなぁ、もう感想か〜。そこそこ評判良いですよ〜」
デスクの本田さんが前にいる監督に評価を伝える。「……そこ、そこ?」と監督の小さく聞こえて来た声は無視しておこう。
「良かったすね。禊すんだんじゃないっすか?」
そう言った高梨先輩はすぐさま矢野先輩に叩かれていた。あの人本当空気読んでないな。
木下監督は「み、そぎ……」と青ざめた表情で自身の腹を摘んでいる。流石にコレはスルー出来なかったのか社長が無理矢理話を変えた。
「ああ、みんなおかわりあるからね。どんどん食べて」
「はいはい!いただきまーす!」
すぐさま気不味い雰囲気を作った高梨先輩がカレーを貰いにいく。先程から静かな材木座は一心不乱にカレーを食べていた。……何があったお前?
「しかし、来週は二話か〜、早えよなぁ」
「てことはその次は三話……」
「は!?」
「? どうしたの太郎くん?」
「いや、いいです。お腹一杯です」
どうしたんだ突然。高梨先輩はすぐに自分の席に帰っていった。そして正座で席に座る。……何故に正座?
「八幡!我カレーおかわりしてくる!」
「お前はいちいち俺に言わないと行動出来ないのかよ」
放映が終わりそれぞれが思い思いの時間を過ごす。約7年ぶりに元請として制作している『えくそだすっ!』。俺と材木座だけでなく、宮森先輩や安原先輩などにとっても初めて携わる作品だけあって成功させるという意識は高い。
しかし、俺はまだ知らない。
この作品を介して思い知るアニメーターの苦悩や挫折、そして喜び。それら全てを体験するのはまだまだ先の事になるのだが……この作品の存亡の危機はすぐ目先まで迫っている事に約一名を除いて誰も気付かない。
読んでいただき感謝です。何が良くて何がダメなのか、今後の参考にさせていただきますので感想よろしくお願いします。