やはり俺がアニメを作るのはまちがっている。 作:ソラリス隊長
「どうしたんですか?みんなして……」
部屋中が暗い雰囲気に包まれている中、扉が開いて宮森先輩が入ってきた。それを見て監督が何か思いついたのか宮森先輩を指差した。
「瀬川さんに、頼めないかな?」
「え?」
「瀬川さんって、四話の作監の?」
「成る程」
いや、全然成る程じゃないでしょ。ただでさえあの人四話の作監をしている最中なのに三話まで任されたらいくら働き人のあの人でも倒れちゃいますよ。
で、結局俺と本田さん、宮森先輩と高梨先輩で瀬川さん宅へ行ったが、俺たちの姿を見るなり無言で戸を閉めようとした。本田さんが何とか引き止めて現状の説明を行う。
「わ、おもっ、原画アップいつまで?」
「えっと、明後日……午前中まで……です」
「それは無理」
「ですよね」
俺との会話が終わり、次にデスクの本田さんが頭を下げる。
「お願いします!瀬川さんにしか頼めないんです!」
「しゃす!」
「ラフ原でも構いませんから!」
「それはやだ。やるならちゃんとやりたいし」
おお、この状況でもちゃんとやるという意気込みはもう雪ノ下クラスの真面目さだ。
すると瀬川さんは俺と宮森先輩を交互に見ながら尋ねてくる。
「……もし私がこれをやったら四話はどうするの?明日作監アップなんでしょ?」
「それは一旦止めていただいて…」
すると本田さんが代わりに答えてくれた。
「えぇっ、……それと三話の作監、遠藤君でしょ?遠藤君と演出の円さんは何て言ってるの?」
本田さんが遠藤さんに電話をかけている間、瀬川さんが再び俺と宮森先輩に尋ねてくる。
「私の方はともかくだけど、作監の作業が止まるって事はその尻拭いを後の人たちにに押し付ける事になっちゃうの。君達はまだまだ分からない事の方が多いかもしれないけど、一話作るのにも沢山の人たちの苦労がある事を覚えててね」
「はい、本当にすみません」
宮森先輩は頭を下げて瀬川さんに謝る。
そして俺の方に目線を送り、比企谷さんも、とアイコンタクトをしてくる。
「あの、瀬川さん……」
「ん? どうしたの?」
「本当に大丈夫なんですか?頼んでる此方から言うのはおかしいですけど、このスケジュールはかなり困難ですよ。徹夜しても間に合うかどうか分かりません。それに瀬川さんはこの後に四話の作監も……」
そこでやっと気付いたが、瀬川さんは俺の方を見て鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をしていた。いや、俺って今とても心配したのにその表情は一体何ですか?すると隣にいた宮森先輩までもが俺の方を驚愕の表情で見つめている事に気付いた。俺って一体どんな奴だと思われてるんだよ。……あ、ただのボッチな奴でしたね。テヘペロ☆ ……平塚先生がいたら殴られてたな今。
「……比企谷さんが……人を心配した!?」
「ちょっと待ってください。そこでそんなに驚かれると俺もどう反応すればいいのか分かりません。俺だってきちんとした一人の人間なんですから心配くらいしますよ」
「ありがとう比企谷くん。けど大丈夫。三話も四話もちゃんと放映出来るように頑張るから」
そう笑った瀬川さんの表情は高校時代、文化祭の実行部で見た雪ノ下と同じ表情をしていた。大丈夫だから、とそう言っていた雪ノ下はあの後、過度な疲労により学校を休んでしまう羽目になってしまった。
……瀬川さんは大丈夫なのだろうか?
そして遠藤さんとの電話を終えた本田さんがこちらに戻ってきた。
「頼めるなら是非お願いしたいと」
「本当かなぁ。……四話本当に大丈夫?」
「……確信を持って断言は出来ないです。けどやれる事はやります。なんの根拠もない勝手な意見ですけど……必ず放映させます」
「大丈夫です。なんとかする……いや、なんとかします!」
「しゃす!」
俺と宮森先輩、あとついでに高梨先輩の言葉を聞いた瀬川さんは悩んだ表情を一瞬浮かべるが、突然鋭い目をして高梨先輩に目線を向けた。
「……高梨くんだっけ?回収は君じゃなくて比企谷くんと宮森さんにお願い出来るかな……なんかそれイラっとする」
すると瀬川さんはこちらを振り向き笑顔を浮かべて俺と宮森先輩の肩を叩いた。
「この業界にいたら少なからずこんな感じのアクシデントに見舞われる事もあるし、それ以上の苦しみを味わう事もあるかもしれない。そこの高梨くんみたいに半端な気持ちでいるようなら正直辞めた方がいいと思う。それでも君達二人には何か不思議な物があると私は思うな。それがどういった物かは私には分からないし、多分私には一生かけても手に入らない物だと思う。だからその才能を無駄にしないで」
才能か……。そんなの考えた事もなかった。
瀬川さん宅を後にして、とりあえず今日の仕事は全て終わったので挨拶をして自宅へと向かう。自宅へと自転車を漕いでいる間も瀬川さんに言われた言葉が頭の中をリフレインする。
才能ねぇ……例えば由比ヶ浜の場合だと空気が読めるところ…とかか? 雪ノ下だと……うん、アイツは才能の塊だったな。じゃあ、比企谷八幡の才能は……ボッチ、高校時代国語学年三位……ボッチは才能ではないな。これが才能ならもう俺は神すら超越しちゃってるレベル。なんなら全世界で比企谷教が崇拝されていることだろう。そうなったら世界終わりだ。
現在一人暮らしをしているアパートに到着し、駐輪場に自転車を止める。てか免許取ったのになんで車買ってくれないんだよあの親父は。大学に合格した小町には最新の電動自転車を買っていたのに。おのれ許すまじ。
なので家には仕送りなど送っていない。ちなみに小町には月一万円渡している。し、仕方ないだろ。だってアイツに上目遣いで頼まれて断れるような心臓持ってないし。むしろ断った奴は殴りに行くまでである。俺、小町のこと好きすぎでしょ。
「はぁ〜、疲れた」
誰もいない部屋にただいまと一言いれ、ベッドに倒れこむ。入社半年、初めて携わるアニメ制作、そして初のアクシデント。出だしがこれで残り十二本もやっていけるのか俺たち。
「うわっ、ヒッキー目が死んでる! いつも以上に死んでる!」
やばいな。疲れてる所為なのか、目の前にいる犬のぬいぐるみが喋ってるような気がする。とうとう俺の耳は目と同様腐ってしまったのだろうか?
「止しましょう由比ヶ浜さん。この男の目が死んでるなんて何時もの事だわ。それよりも、なぜ四話の作監を止めてしまうのに断らなかったのかしら。これはあのダメ男の不甲斐なさが生んだトラブルなのに貴方や瀬川さんが不利益を被る必要はないと思うのだれけど」
今度は隣の猫のぬいぐるみが喋っていやがる。ははっ、俺ももう末期か。最後に戸塚と小町に会いたかった。
「し、仕方ないよ。監督とデスクに言われたら断れないだろうし……」
「それもそうね。ならあのダメ男に責任をとってもらいましょう」
「ねぇ、ゆきのん。さっきから言ってるそのダメ男って誰の事?」
「あのモヒカン男よ」
「あ、高梨さんだっけ?……責任って?」
「……そうね……死ぬまで仕事、死ぬまで雑用、死ぬまで奴隷……かしら?」
「死ぬまでなんだ!? けどヒッキーをこんなに疲れさせるなんて酷いよね!」
「ええ、当然の報いだと思うわ」
「えへへ、ゆきのんも何だかんだ言ってヒッキーの事が心配なんだ」
「わ、私は、その、友達として当然の事を言ってるだけよ……」
「えへへ、ゆきのん!」
「ちょ、ちょっと、由比ヶ浜さん、抱きつかないでくれるかしら?」
「はっ!?」
いかんいかん! 一瞬犬と猫がじゃれあっている夢を見てしまった。ってか今の夢だよね?机の上に置いてある由比ヶ浜から貰った犬のぬいぐるみと雪ノ下から貰った猫のぬいぐるみが規則正しく座っていた。……ほんと疲れてんな俺。
くそっ、結局ろくに寝れてねえ。
えっと、瀬川さんの原画は十三時頃に終わるらしいから……それまで寝てていいかな。
「比企谷さん、この書類の整理お願いします」
「比企谷くん、冷蔵庫のMAXコーヒーが減っていなかったので昨日私が全部お持ち帰りしましたよ」
ははっ、そうですよねぇ。他にも仕事ありますよねー。あと興津さん、土下座するのでMAXコーヒー返してください。それがないと僕明日から生きていけません。
しぶしぶと自分の仕事を減らして行くと、そろそろ瀬川さんが原画を書き終える時間になっていた。どうする? 早めに瀬川さんのとこに行って待った方がいいのか……。
「比企谷さん、そろそろ時間ですよ」
「そうだぜ、直撃してせっつけよ。詰めが甘いんだよなぁ」
あんたに言われたくねぇ。本当反省してねえなこの人。隣の宮森先輩なんかは小声で「ミンチィ……」と言ってた。怖いです。本当に怖いです宮森先輩。一体何をミンチするつもりですか。
「けど、瀬川さんから連絡を待った方が。直ぐに行くと瀬川さんの邪魔になってしまうかもしれないですし」
「確かに、そうですね。もう少し待ってみましょう」
そう結論を出し、もう少しだけ休憩する。決して、決して休憩時間を伸ばす為に待とうと考えた訳ではない。いやホントホント。ハチマンウソツカナイ。ハチマンイイコ。
「はっはーっ!八幡〜! 我の書いた絵を見るがいい!この絵は八話にて命を宿されるのだぞ!」
「宮森先輩、今すぐ行きましょう。やはり直ぐに受け取れる様に自宅で待っていた方が効率がいいと思います。さぁ、早く」
「あれ!? なんかさっきと言ってる事が違わないですか!?」
「は、八幡〜……」
視界の端にいる材木座を無視してすぐさま車の鍵を取る。てか命を宿すって……絵が動くだけだろうが。いい年してんだからいい加減その病気を直せよ。困惑している宮森先輩の背中を押して、俺たちは武蔵野アニメーションを出ていった。
「ごめん、ダビング大丈夫?」
「バリバリ大丈夫です! ありがとうございます!」
瀬川さんはおでこに冷えピタを貼っている状態で俺たちに原画を渡してくれた。頬も赤くなっていて、体調は良くなさそうだ。しかし、時間が無いのですぐに瀬川さん宅を後にする。行きは宮森先輩が、帰りは俺が運転する事になっていたので今度は俺が運転席に乗車する。
走行中、宮森先輩にスピードが遅いと言われまくったがこの速度が標準なんですよ先輩。今までよく警察に捕まらなかったですね。
「……お、終わった」
終わったよぉ。辛かったよぉ。しんどかったよぉ。あの後、円さんをR&Dスタジオに送ったり材木座の絵を批評したりと大変だった。後者の方は一分掛からずに終わったが……。
さて明日は四話の作監だな。瀬川さんの方は大丈夫だろうか?
荷物をまとめて帰ろうと席を立つ。すると、同じく帰ろうとしていた宮森先輩に呼びかけられた。
「あ、比企谷くん。今から瀬川さんにお礼をしに行くんだけど一緒に来てくれない?」
高校時代の俺なら、今日はアレがアレで、とか言ってたんだろうがこれでももう23才のおじさんだ。そういった礼儀作法くらいは身についている。それに個人的にも瀬川さんの体調は気になる。
「分かりました。それじゃあ行きましょう」
そう言って駐車場に向かう。運転は宮森先輩がしてくれるだろうから俺はサッサと助手席の方に乗る。
途中、ドーナツ屋で宮森先輩がドーナツ選びに十五分程かかってしまったが無事瀬川さん宅に到着した。
しかし宮森先輩が瀬川さんの住む部屋のインターホンを押したのだが一分程たっても瀬川さんが出てくる様子がない。何時もならインターホンを押した後すぐに中から声がするのだが、今回はその声すらなかった。
まあ、あの人だって人間なんだからずっと部屋に引きこもってるなんて事はないか。
お礼は明日の四話の作監アップの時にしましょう。そう言おうとした瞬間、部屋から物音がした。何かが倒れ込んだ音……まさか……。最悪の考えが脳裏に浮かびドアノブに触れてみる。鍵はかかっていなかった。
「瀬川さん!?」
宮森先輩の声がした瞬間、うつ伏せになって倒れている瀬川さんが俺の目に映った。おいおい、今度こそ万策尽きたんじゃねえのか。
読んでくださった皆様ありがとうございます。
是非、読んだ感想やこんな話が読みたいなどの希望を寄越してほしいです。