遅くなりました……。
ですが、その遅れに見合った結果は出ていると思います。ということで、オンラインゲームに例えると大幅アップデートでございます。
改稿前と比べると内容が濃くなっており、尚且つ文章も変わっています。ってことで、もう一度じっくりと見ていただけると嬉しく思います。
――以上、作者からの前振りでした。
「お断りします」
担任の先生によって開催された
おそらく彼的にはこっちが本題であると推測出来るので、間違ってはいないのだが、質問タイムとなっている今では間違っていると言える。なので、俺はその勧誘を一刀両断する。
『ラブライブ!』の世界のスクールアイドルであったならば、性別が男であっても女であっても加入していたはずだ。だがしかし、この世界でのスクールアイドルに興味は惹かれない。万が一にもないが、俺が前世から「乙女ゲー楽しい!!」とか言ってる人であったなら、喜んでこの話を引き受けていただろう。……前世の俺が乙女ゲーを楽しんでプレイしている光景をちょっと想像してしまっただけでも、薔薇の花が咲き乱れている様子がパッと頭に浮かび上がってきて吐きそうではあるが。
――とにかく、ここではスクールアイドルはなしだ。
この世界では
「……スクールアイドルなんて」
誰にも聞こえないように声を小にして呟いた一言。
冷たい声音で言い放った一言は質問者の穂乃果には届かなかったようで、すごすごと席につく。正直、納得しているかどうかは本人にしかわからない。けど、十中八九、納得はしていないように思う。あの穂乃果がこれぐらいの拒絶で引き下がるとは思えない。海未とことりの二人は納得しているだろうが……って、ことりさん? なんで、そんな驚いたような視線をこちらに向けているんでしょうかね。
それからの質問タイムは少しの一波乱はあったものの、異性の転入生が来たらそりゃあ気になるよね。って思えるぐらいの質問しかなかったので、俺的には助かった。その質疑応答の最中、ずっと穂乃果がこちらを見ていた事に一抹の不安を感じながら、問い掛けられた質問に対する答えを口にする。
「……さて、そろそろ終わりだ」
教師がそう口にした直後、校舎全体にチャイムが響き渡る。
そのチャイムが鳴り終わる前に担任は教室を後にする。どれだけ早く職員室に戻りたいんだよと心の中でツッコミを入れながら、俺は次の時間の準備に取り掛かる。
……その前に席を取り囲んでリンチでも行うのかという錯覚に陥るような量の男子生徒達を処理しないとね。
休み時間にこれだけの男子生徒に囲まれるのであれば、さっきの質問タイムは何だったんだろうな。と苦笑いを浮かべながら、我先にと質問を投げかけてきた男子生徒に対して答えを用意する。
◇
「……なんで、あんなにもスクールアイドルが嫌なんだろう?」
「スクールアイドルが嫌というより、穂乃果の勧誘が急すぎる事に問題があります」
教室内で転入生ちゃんへの質問タイム延長線が行われているので、彼女に会話を聞かれたくないボクらは廊下に避難して、苦笑しながらも質問に答えている光莉ちゃんを視界に捉える。
海未君は穂乃果君の勧誘が急だったから拒否されたと思っているけど、ボク――『南 ことり』は違うと思う。たぶん、穂乃果君は直感で口にしたのだと思う。けれど、それが的を射てるはず。彼女がうっかりと呟いた一言……誰にも聞かれたくないのか小さな少女らしい声音だった。
『スクールアイドルなんて』
その時の彼女の表情は上手く形容し難いけど、とても儚くちょっと触れただけでも消えそうだった。だからかな。何時もの穂乃果君ならたった一度の勧誘が断られたからと言って諦めるわけがない。あの時はきっと本能でわかってしまったのだろう。今の光莉ちゃんに言ったらダメだと。
触れ方をほんの少しでも間違えてしまったら、おそらくあの小さな少女を傷付けてしまう事になると。そして、それが何を意味しているのかを。
「光莉ちゃん、入ってくれないかな……」
「そんなにも穂乃果は彼女がお気に入りなのですか? あんなにきっぱりと断られたのに」
「確かに、望みを見せないぐらいの勢いで断われたよ。……でも、やっぱり俺はあの子が良い。一目見た瞬間『この子が良い』って思っちゃったから」
「……やっぱり穂乃果は穂乃果ですね。まぁ、今回は納得しますよ。僕も思いましたから」
穂乃果君と海未君の言い分は良く分かる。
教室に入って来た際の立ち振る舞い。そして、ハキハキと喋っている姿。上手く笑顔を浮かべる事が出来ないのかぎこちない笑みを浮かべるあの子を見て、ボクも同じ事を思ったから。
あの子がボクらと一緒に夢を追い掛けてくれたら、ボクらと一緒にいてくれたら、それはきっと楽しい事だろうなって。
……それでもボクは。
「ことり君は?」
「えっ?」
「光莉ちゃんがマネージャーになってくれたら、良いと思うんだ。あんなに可愛い子だし」
「そうだね。美少女が応援してくれるってシチュエーションだけでも、くるものがあるよね。ボクは良いと思うよ」
いつものように誰かに便乗し、自分の意見は隠す。
それがきっとボク達にとっては良い判断だと思うから……。
「じゃ、放課後にまた誘ってみよう」
「……ですね。考えていても仕方ないですし」
そう言って二人は先に教室へと戻っていく。
二人の後ろ姿を目で捉えながら、ボクは呟いた。
「……本当にこれで良かったのかな」
話し合いの結果、放課後にもう一度声を掛けてみる事に決定した。それでも、本当にそれが正解なのかがわからない。昔から穂乃果君は本能のままに動くけれど、彼について回って損をしたなんて思う事は一度としてなかった。だからこそ、今回もそれが正解なのだと思って、ボクは便乗した。
それが正解なのか不正解なのか、蓋を開けてみないとわからない。もしも、この選択が不正解だったら……? あの少女の笑顔をボクらが奪ってしまう事になる。そう考えると胸に激痛が走る。
「光莉ちゃん……」
この胸の痛みを必死に隠しながら、ボクは放課後まで笑顔という名の仮面を被る。
穂乃果君の……ボク達の出した答えが正解だと、そう信じて――。
◇
「……で、なんで私なの? 自慢じゃないけど、力仕事は無理だよ」
悪夢の質問タイムを無事に終え、今日一日のカリキュラムを全てこなした放課後――。
『μ's』の現メンバーである『
あっちの『ラブライブ!』でも思ったけど、やっぱり三人一緒にいたらここは花園かって雰囲気がするよな。皆が皆、可愛いって意味で。
こっちだと、花園は花園でも薔薇が咲き乱れていそうだけどね。
海未やことりも穂乃果と一緒で、髪の色や瞳の色は全く一緒だけど、やっぱり髪型とか長さは変わっていた。あのままの髪型だと確かにおかしいけど、正直こんなにもカッコイイ人じゃなかったら気付かなかったよ。……キャラ補正って大事だね。うん。
「大丈夫だよ。光莉ちゃんに頼みたい仕事に力仕事はないから」
「……穂乃果。ちゃんと順序を守って丁寧に説明しないと伝わらないよ」
「あはは。まぁまぁ、海未君、穂乃果君はいつもこんな感じじゃない。光莉ちゃんに頼みたいことっていうのはね。……あ、光莉ちゃんって呼んでよかった?」
「あ、うん。いいよ」
穂乃果のスクールアイドルに対する熱意はわかったけれど、勢いだけで向かってくる穂乃果はやっぱり怖いね。何事に対しても思い付いたら一直線だし。
それを上手いこと制御するのが男子にしては少し長めに切り揃えている黒髪の美少年――園田海未。
そして、どちらに付くわけでもなく中立に立ち、上手くバランスを取っているのがショタ顔でアッシュ色の髪をふんわりとヘアースタイリングしている、これまた美少年が南ことりだ。
「光莉ちゃんに頼みたいのは、もっとこう別のことなんだ」
「別のこと?」
「練習メニューを組んだりとか、衣装のチェックとかお願いしたいんだ。ボクらより女子の視点で見てもらった方がいいかも知れないからね」
女子の視点で見れもらった方がいいかも……ね。
俺は外面でいったら女子だけど、内面は完全に男子なんだが、言わない方がいいよな。
「……後は作曲家を捕まえて欲しいけど」
「穂乃果。それは図々しいよ。大体、あの西木野の腕前を僕らは知らないんだから、良いも悪いも判断出来ないですし」
「でも、穂乃果君の言いたいことはわかるよ。あの子が音楽室で聞き覚えのない自作っぽい曲をピアノで弾きながら歌ってるの結構な人が耳にしてるみたいだし」
「でしょでしょ! 俺も彼の演奏や歌声を聴いて、『μ's』に入って欲しいって思ったし。でも、いきなり入ってくれっていうのはあれじゃない? ってことで、作曲して欲しいってお願いしたんだけどな」
お断りします。とでも断られたのかな。
普段から聴く曲はクラシックとかで、アイドル系の曲は一切聴かないから曲も作れないからって。アイドルの曲は軽くて嫌なんだよ。とか言ってそうだよね。こっちの真姫ちゃんは。……ちょっと待て。
「なんで、私が説得役にならなきゃいけないの? 『μ's』はあなた達のグループでしょ」
原作でも穂乃果がどうにかしてあのツンデレ娘を引き込んだんだから、こっちでも勝手にしてよ。
ぶっちゃけ『ラブライブ!』の世界だったなら率先して協力してたけどさ。なんちゃってなこの世界ではそこまで魅力を感じないんだよね。前の世界の俺と同じ性別を好きになんてならないし。外見的な意味で言ったら男女でピッタリなんだけど、精神的な事情で言えば俺は男に属するからね、同性愛を否定はしないが、実際にしてみたらどう? と言われたら反射的に「いやだ」と断れる自信がある。
おそらく俺には断られると最初から思っていたんだろう。
穂乃果に対して海未が「ほれみたことか」といった様子で迫っていた。女子が三人揃ったら姦しいとは良く言うが、男子が三人揃っても姦しいんだな。
非協力的な人に必死に頼むぐらいなら別の人……それこそ男子に頼めば良いという海未だが、穂乃果は一向に引かない。何でここまで俺に拘るのか検討もつかない。
二人で言い争いを続けており、ことりが仲裁に入っているがお互いに引く気がないようだ。
「ちょっと来て」
この言い争いは絶対に収まらないと悟ったのか、ことりは強引に俺の腕を引っ張り教室の外へと連れ出される。
「……ねぇ、どこまで連れていく気」
廊下を二人で歩いて約五分ぐらい。
擦れ違う男子生徒から怪訝そうな眼差しを向けられ続けて、俺は少しイライラしていた。なんで、何にも悪いことしていない俺がそんな眼差しを向けられないといけないのさ、って。
イライラが限界に達したと悟ったのか、ここが目的地だったのか知らないが、ことりに連れられて来たのは、人気のない屋上だった。
「こんなとこに連れてきて何?」
俺の問いにことりは一切答えずに、何かを決意したかのように深く深呼吸をした後、妙に据わった瞳をこちらに向ける。俺はそんなことりの様子に恐怖を感じ、一歩ずつ近付いてくることりから距離を取るように少しずつ離れる。
一歩近付いてきたら二歩下がるという行動を何度も行っていると、何かにドンッと背中が当たった感触がした。
「っ!?」
チラッと後ろを確認した俺が目の当たりにしたのは、背中に当たっている飛び降り防止の為の柵と、そこから見える地表までの距離。
高所から下を見下ろしてしまった俺の足は自然と震えてしまい、恐怖のために体が硬直してしまった。
(早く安全な場所に……)
一刻も早く高所から逃げようと扉まで行こうとした俺を止めたのは、紛れもない。同じクラスメイトでここまで一緒に来たことりだ。
このまま突き落とすんじゃないかと思われるぐらいの勢いで、俺はことりに押し倒された。押し倒されたといっても、柵に背が当たったままで、正確に言えば身動き取れなくされた。
顔のすぐ横には手をつかれ、左にも右にも動けない状態。
しゃがんで避けようと足を開けば、隙間に膝を入れられ、完全に身動きの取れない人形のようだった。
今の自分に出来るのは、高所から下の景色を見下ろさないように、ことりの顔を睨み付けることぐらい。目を背けようとしたら景色が目に映ってしまう。ならば、物凄く近いことりの顔を睨み付けて、絶対に屈しないという気持ちを伝えるしか今の俺には出来ない。
ことりとの距離がほんの少ししかない今、彼の身体から放たれている良い香りが
「いやだよ。どうしても離して欲しかったら、マネージャーになってよ」
「それも私じゃなくていいじゃない。力仕事が出来る男子の方が絶対にいいと思うよ」
俺は衣装作りが上手いわけでも、作詞作曲の才能があるわけでもない。何もないんだから。
「ボクは君が良いんだ。君以外の誰かがマネージャーなんて考えられない」
「……っ!」
真っ直ぐ目を見て真剣な顔付きで言い放ったことり。
その想いに嘘偽りがないことに気付いた俺は、どうしようもなく恥ずかしくなり、ことりから少しだけ視線を逸らす。
(……なんだよ、これ。必要とされたことが嬉しいのかな。凄くドキドキして恥ずかしい)
「光莉ちゃん、お願い」
顔を背けたことで、より近くなった俺の耳に直接ことりが囁くように呟いた。
「……わ、わかったから。『μ's』のマネージャーやるから離れて!」
心臓がバクバクと凄い勢いで脈打ち出し、このままの状態が続けばどうにかなっちゃいそうだったので、降参の意を示す言葉を口から漏らす。
俺の許可を得たことりは嬉しそうに「二人に伝えてくる」と言って、屋上から去っていった。
ことりがいつ気付いたのかは定かではないが、俺の体が震えている事を理解したことりは、屋上から去る前に俺を校舎への入り口の壁に凭れ掛けて、自身が羽織っていたブレザーを体に掛けてくれる始末。
まだ春とはいえ、若干風は冷たい。その寒気がキッカケで体が震えていると察して上着を掛けてくれた事は凄く嬉しいよ。でもね。その運び方が嫌だった。何が悲しくてお姫様抱っこされなきゃいけないんだよ。生まれて初めての経験だよ。
(……でも、嫌な気がしなかったのはなんでだろ。ドキドキが止まらないし)
自分に掛けられたブレザーをギュッと握り締め、俺は思った。
「暖かいなぁ……」
何処まで『μ's』のために出来るかわからない。
才能のない自分だけど、ほんの少しでも力になれるのであればなりたいな。とさっきまでの俺なら一切考えないことを思い始めていた。
ことりがしたのはセクハラに当て嵌まる行為だったかも知れない。けど、それもこれも穂乃果や海未が、『μ's』が大好きだから。
大切にしたいと思っているモノを護るために、仕方のない手段だったのかもと考えると怒りもなくなった。
「私も、好きになれるのかな」
――この世界の『μ's』を。
――自分自身を。