あの神を薙ぎはらうは貴方   作:黒兎可

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職歴:【検閲削除】→引き篭り無職→ゴッドイーター


Episode 1. 神薙ユウ

 記憶にあるのは、荒野。

 

 砕けた街と、大切な人たちと。

 仲の良かった友達も。

 ちょっと苦手だったアイツも。

 密かに好きだったあの女の子も。

 

 大事に育ててくれた、せんせいたちも。

 

 赤茶けた(うろ)のごとく、記憶にあるその場所は、ガランドウに吹き抜けていた。

 

 

 

――巨大な足が、振り下ろされる音。

 

 

 

 結局、僕は逃げ出したのだ。

 これ以上、失うものなんてなくなっても。

 

 僕等を守るこの壁でさえ、いつまで持つかは分からない。

 奴等が僕等を襲えば、その命なんてのは一溜まりもない。

 

 だったら享楽的に生きれば、と思いはするけど、そうするだけの気力もない。

 

 全力で。死ぬ気で、何かをやりたいとも思わない。

 

 ただただ、失うのが怖くって。

 僕の周りから、失われるのが怖くって。

 

 それならいっそ、はじめから作らなければと思って。

 

 それでもなお、生き汚くも寂れた街の奥に引篭もって。

 

 

 

 そして、そんな日々を過ごしていた時――。

 

 僕は、僕の名前の意味を知った。

 

 

 

 

 

 

 

   【Episode 1. 神薙ユウ】

 

 

 

 

 

 

『――ようこそ。人類最後の砦。”フェンリル”へ』

「……」

 

 防音設備の整った頑丈な部屋。ライトが照らされ、部屋の中央と奥へ視線が行く。

 僕に話しかけるその声は、まるでこの世の終わりを見定める、審判のような声だった。

 

『今から対アラガミ討伐部隊――”ゴッドイーター”の適合試験を始める』

 

 その冷徹な声に、感覚が研ぎ澄まされるような錯覚を受ける。

 そして、僕は一歩。一歩と足を踏み出した。

 

 中央の装置。差し込まれた腕を噛み砕かんとする、(あぎと)のようなそれに、手をくべる。

 

――ガンッ!

 

 予想通り、僕の右手はそれに上下から挟みこまれた。

 

 手首に大きな穴が開く感触がある。

 骨が粉砕される感触がある。

 僕の筋肉の中を、何かが這い回るような感覚がある。

 

「……ッ」

 

 でも、決して耐えられない程じゃない。

 結局この程度じゃ、人間は「死なない」。

 

 だから、体の中に流れ込んでくる何かも、抵抗せず、すんなりと受け入れるような感覚があった。

 

『――今、君の体にはアラガミと同じ細胞が埋め込まれる。その腕輪の基部は肉体と融合し、生涯外すことは叶わない』

 

 筋肉の付き方が薄い腕に、時折黒い脈が走る。

 わずかに内側で暴れるそれらを、僕は必死に押さえ込んだ。

 

『――君の覚悟を聞きたい』

 

 この場の審判者――フェンリル極東支部のシックザール支部長は言う。

 

 僕は、何も言わずにただ見上げる。

 語る言葉など、僕は持ち合わせていない。

 

 ただ彼の視線に、真正面から応えるだけでいい。

 

 何故なら僕は――。

 

『……おめでとう。合格だ』

 

 チャンバーが外れ、僕の右手が現れる。

 赤い、巨大なリング。

 薬品と、武器とに接続するための虚が開けられたそれは、間違いなく僕が生まれ変わった証拠だ。

 

 その場に設置されていた、シンプルな大型武器。

 以前の僕なら持ち上げられなかったろう。

 

 だが、今の僕は違う。

 軽々と持ち上げ、空に掲げる。

 

 武器から黒い触手のようなものが一瞬伸び、僕の腕輪の穴に刺さる。

 

 その瞬間、僕の体の中の拍動と、武器の中との拍動が、一致したような感覚を覚えた。

 

『――期待しているよ。”神薙(かんなぎ)ユウ”君』

 

 呼ばれて数瞬気付けず、一度、口の中で咀嚼する。

 

 神薙ユウ。

 それが、僕の名前。

 

 未だに馴染めない。でも、確かに「せんせい」がくれた、僕の名前。

 

 わずかに自分の内から涌き起こる興奮と、渦巻く恐怖と、そびえ立つ緊張とに、僕は、足が震えた。

 

 

 

   ※

 

 

 

「――装甲壁付近に、アラガミ多数確認! 第二部隊は、出動してください! 繰り返します。装甲壁付近に、アラガミ多数確認! 第二部隊は――」

 

 アナウンスを受けて数人が走り出す。幾度となく僕の横を横切る人達も、慌しそうに動く。

 僕はといえば、エントランスでそんな人達の姿を見ながら、画面に映るアラガミを薄く睨む。

 

 名前は知らない。

 正規の訓練や、勉強をしてきたわけじゃないからだ。

 

 ただ、あの大きな達磨のような胴体と、仮面のような顔と、巨大な顎と。

 筋力に物を言わせる物理的に力強い腕とは、見覚えがあり、同時に内側に強い感情を涌き立たせる。

 

「――このところ出動が続いているが、注意を怠るな。人々を守り、必ず生きて帰って来い!」

「「「了解!」」」

 

 指揮官の女性の激励を受けて、第二部隊だろう三人が唱和した。

 

 じっと、僕は画面を見つめ続ける。

 

「……」

「おい、こっちだ」

「!」

 

 服の首根っこを、力強く引かれ、投げられた。

 

「うわッ!」

 

 飛ばされた向こうで、僕と同じ服を着た奴とぶつかる。

 

「ッ」

「あー …… 痛ぇ」

 

「藤木コウタと神薙ユウ。一二:○○より訓練を始める。第三ルームに集合するように」

「「……」」

 

 見上げる僕等は、そろって言葉を失った。凛とした佇まいの女性は、酷く力強く、同時に美しかった。

 

「……どうした。返事は?」

「あ、はい!」

 

 後ろの、コウタと言ったか。彼は返事をしたが、僕は言葉が続かない。

 でも理解はしたと思ってくれたのか、カツカツと靴を鳴らしてその場から離れる。

 

「……」

 

 画面を見つつ、僕は考える。

 こんな時でも訓練?

 今は非常時に思える。実際、アラガミが居住区に入っている時点で、人的被害は免れないはずだ。

 何か手伝えることがあるのなら、そちらに向かわせるべきじゃないだろうか。

 

 しかしそれでも訓練をしろ、ということは――。

 

 一つは、単純に僕等の力不足。

 もう一つは、この程度日常茶飯事な職場だということか。

 

 そのことを聞こうと立ち上がり、僕は彼女の方へ足を進める。

 オペレーターと相談をしあっている彼女は、後ろ姿もどこか刺々しい。

 

 ちらりとこちらに振り向かれ、一瞬たじろいで、そういえば名前を聞いてなったなと思った。

 

「……」

「……雨宮だ。私の命令には全てYESで応えろ。いいな」

 

 彼女は、まるで僕の胸中を見透かしたように言う。

 

「――貴様等の今の任務は、訓練だ」

 

 決して馬鹿にしているわけではない。

 純粋に、それが必要なことだと思ってる人の目だと思った。

 

 だから僕は、首を縦に振った。

 

 ふん、と鼻を鳴らすと、彼女はそのまま今度こそこの場を後にした。

 

「……」

 

 不満があるか、ないかで言えば、微妙なところだ。

 でも、伊達に極東を生き延びて、今のポストに居るような人じゃない。それくらいは、立ち振るまいや他のゴッドイーターたちを見ればわかる。

 

「ガム食べる」

「?」

 

 色々考えつめていたら、コウタが声を掛けてきた。

 

「ほら、手出して……。あ、切れてた」

「……」

「その生暖かい笑顔止めろって。悪い悪い」

 

 ははは、と頭をかきながら、彼はガムを求めた僕の手に、自分の手を握り重ねた。

 

「同期だな。よろしく、ユウ」

「……!」

 

 あれ、声が出ない。

 

 そこで、ようやく僕は思い出した。

 そういえば、今更だけど人と会話するのなんて、一体どれくらいぶりだろうか。

 

 フェンリルの配給は、指差すだけでなんとかなったし、ゴッドイーターの試験は連れてこられて、意志表示を首でするだけで充分だったし。

 

「あれ、ひょっとして喉、何かやられてたりするか?」

「――!」首を左右に振る。

「んー、じゃあ何か声出し辛いとか? ひょっとして、言葉しばらく話してなかったり?」

「……」

 

 なんとなく顔を背けると、コウタはハハハと笑った。

 

「ユウって結構、顔に出るよな。声出なくても、しばらくは大丈夫か。

 ま、アレだな。外に居た奴とかだと、都市間の移動でずっと人と話さなくて、言葉が出て来ない時とかもあるんだってさ。詳しくは聞かないけど、いつかちゃんとしゃべろうぜ」

「……」

 

 どうやら勘違いしてくれたようだ。彼には悪いが、しばらくはそれで通させてもらおう。

 頷く僕に「一緒に訓練頑張ろうぜ」と、彼はいい笑顔で答えてくれた。

 

 なんだかすごく、良い奴そうだった。

 

「あの雨宮って人、スゲー怖そうだけどさ」

 

 ニヤニヤ笑いながら耳打ちする親しげなノリも、今の僕には心地よい。

 でも同時に――ちょっと、恐かった。

 

 それをさとられまいと、僕は足を進める。

 

「お、行こうぜ!」

 

 後ろをついて来る彼に、僕は、顔を向けることが出来なかった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「さ、行こうか」

「おう! って、しゃべれんじゃん!」

 

 僕の一言に、コウタがツッコミを入れる。

 

 廃墟の町を背景に、僕等はアラガミたちと戦う。オウガテイルといったっけ。大きな怪物の頭に、そのまま下半身が生えて居るような外見をしている。

 

 武器の関係で切るのがむつかしいため、僕はその側面に武器をブチ当て、上方に弾き飛ばした。

 

「うわああああああああ!」

「!」

 

 背後からコウタの声。

 

 振り返れば、彼に正面から顎を開いて迫り来るオウガテイル。

 どうしてか武器を落し、コウタは腰を抜かしていた。

 

 再び走りながら武器を振り回し、下方向に叩き付けて、アッパーのように弾き飛ばす。

 

「大丈夫か!」

「ああ! ――、ユウ!」

「!」

 

 コウタの一言を聞き、すぐさま僕は背後を振り返る。視線に入らない敵を、彼が認識したのだろう。

 案の定、オウガテイルは僕にも牙を向けていた。

 

 一瞬のことで反応が遅れる。

 でも、それで終わるわけにはいかない。

 

 すぐさま半身を動かし、武器の切っ先だけでも相手につきつけ――。

 

『……つまらないことで死んだな』

「……ッ」

 

 訓練室のシュミレーションシステムが落ち、僕はバランスを崩した。

 

 ぎりぎりで最後の動きは、たぶん間に合った。

 間に合ったけど、それだけじゃ意味がない。

 

 結局攻撃につなげられない動作は、只の無駄な動作で、牽制にすらなりゃしない。

 

『動きは悪くない。だから、何が悪かったかをよく考えろ』

 

 彼女の言葉を咀嚼して、僕は立ち上がり、俯くコウタに手を差し伸べた。

 

「……」

「……まあ、大丈夫だ」

 

『もう一度、最初から始める』

 

 

 

 訓練の合間。シュミレーション室を出ると、誰かが担架で運ばれて来ていた。

 すぐさまカートに乗せられ、搬送される。

 

 苦悶に顔を歪め、腕に重症を負うゴッドイーター。

 僕等よりも年上のその男性は、酷くやつれていた。

 

 運ばれた先で、何かを吐き出すような声が聞こえる。

 

「……帰投直前にやられたらしい」

「もう少し早く応援が来てりゃなぁ」

 

「……」

 

 耐えねばならない。

 今の僕は、どこまで行っても彼等の足手まといなのだ。

 

 吐き違えてはいけない。自分一人の力で、何もかも変える事ができるなどとは。

 

 忘れてはいけない。この胸に残る嫌な想いを。戦いの際に、燃やせば良いのだ。

 

 ただ、それでも――。

 

「……」

「……黙っているだけでは分からんぞ、神薙ユウ上等兵」

 

 エントランスで書類にチェックを入れる彼女に、僕は足を進める。

 

「どうした?」

「……お願いします」

 

 小さな声だったが、言えた。

 僕のその言葉に、彼女は振り返る。

 

「もっと訓練を、お願いします」

 

 力が足りないなら、僕はもっと強くならなきゃいけない。

 強くなって、もっと強くなって。それこそ、前線で戦えるようになるまでに。

 

「……ターミナルに申請しておけ」

 

 こちらに背を向け、彼女は書類をチェックを再開する。

 

 表情は見えなかったけど、僕はそれに一礼してから、ターミナルの装置へ向かった。

 

「……」

「ユウ?」

「あっ」

 

 コウタが、後ろから声をかけてきた。

 近づいてきて、僕の手元を覗き込む。

 

「訓練の申請か? ……って、作業止まってるっぽいな。まあ、確かにこれ使い辛いよ――って、追加!? 今から!?」

「……雨宮さんに、頼んだ」

「すげーなぁ……。何でそんなに頑張るんだ?」

 

 驚きつつも聞いてくるコウタに、僕は微笑む。

 

「………… 一日でも早く、戦わなきゃいけないから」

 

 僕のその一言に、コウタは目を開いて、何も返してはこなかった。

 

 

 

 

 訓練を続ける夜。

 明かりも暗くなったテラスに腰を下ろしていると、コウタが飲みものを投げてきた。

 

「お疲れさん。……どした?」

「……」

 

 たぶん、今の僕の表情は優れないはずだ。

 

 訓練の成績は上がっているはずだ。

 武器の扱いも、多少慣れた気はしている。

 

 それでも、どうしても雨宮三佐は僕の出撃に首を縦に振ってくれない。

 

 どうしたものか、という風にコウタは頭をかいて、僕に言った。

 

「……ちょっと来いよ」

「?」

 

 彼に導かれるまま、エレベータに行き下りる。

 

 着いた先はまるでゴッドイーターたちの出撃ドッグのようだった。

 中央で多くの人が作業をすることが出来るよう、広々ととられたスペース。

 左右対称に配置された、僕等の武器が格納されている赤いマシンケース。

 

 それをぼうっと見ていた僕の横を、二人のゴッドイーターたちが走りぬける。

 一人は――ちょっと前に、搬送された一人だった。固定されたままの腕が痛々しかったけど、でも、それでも彼は揺るぎない表情で、当たり前のように走る。

 

 ターミナルにリングを挿入すると、マシンケースの一つが展開し、バスターブレードとライフル丈の武器が展開される。

 それを持って駆けだす二人を、僕は無言で見送った。

 

「こっちこっち」

 

 その出撃ドッグの隣に、コウタの目的地はあった。

 一言で言えば、作業ドッグだ。

 

「リッカさん!」

「……ぉ? あれ、コウタ君」

 

 ツナギに白のタンクトップ姿の女性が、僕等に振り返った。

 その手元は、礼のマシンケースが展開されていて、その内側の武器をいじっているようだった。

 

「こっちが、同期のユウ。コイツのアレ(ヽヽ)、見せてやろうかって思いまして」

「あー、なるほどねぇ。そうか君がかぁ……」

 

 僕を品定めするように上から下まで見てから、彼女は名乗った。

 

「整備質主任の、楠リッカです。よろしく」

「……」

 

 声が出ない。我ながら完璧な人見知りだった。

 

 緊張しなくていいから、と言いつつ、彼女はマシンケースを操作する。

 

「丁度今、最終調整が終わるところだったんだぁ。さあ、とくとご覧あれ――」

「――!」

 

 回転して、立ち上がるマシンケース。それに固定されている武器は――僕の、僕のための武器は、その刃に堂々と鈍い玉虫色を反射していた。

 

「今日の訓練は、間に合わなくって御免ね。明日からは、この()で訓練できるはずだよ? 実際使ってみたら、今までのそれとは比べ物にならんくって驚くだろうねー。

 そう、つまり――これが君の神機さ」

 

 ここにきて、僕はこの武器の名称を初めて知った。

 

 アラガミの核を移殖し、その生態と同等の力を持つ武器。

 使い手たるゴッドイーターの半身とも呼べる、神さえ喰らう(ヽヽヽヽヽヽ)その武器の名前を。

 

「アラガミに対抗できる、人類の叡智の結晶の一つ。今私達が生き延びていられるのは、この神機と、それを操るゴッドイーター ――つまり君達と、その先達たちとのお陰さ」

「……!」

 

 自分の半身が、眼前にある。

 何をいわずとも、僕の心臓の鼓動が、それを知らせてくる。

 

 どうしてか震える拳。これは、きっと興奮だ。武者震いだ。

 

 そんな僕に、彼女は頑張ってね、と笑った。

 

 

 

   ※

 

 

 

「じゃ、俺部屋に戻るわ」

「……ッ」

 

 声が、こういう時に出ない。

 立ち去るコウタに、それでも僕は頭を軽く下げる。

 にしし、と笑いながら、コウタは手を振った。

 

「気にすんなって。顔に出やすい分、落ち込んでるの丸分かりだぞ?

 ま、大変な時はお互い様だ。どうしても元気出ないっていうなら―― 俺の部屋で、一緒にバガラリー見ようぜ?」

 

 じゃあまた明日、と手を振る彼に、どうやら僕は頭が上がらない気がした。

 いい奴すぎるぞ、コウタ。こんな対人障害みたいな奴相手に。

 

『臨時ニュースです。極東支部ゴッドイーター第一部隊が、ヴァジュラの――』

 

 流れるニュースをテキトーに流しながら、僕は足を進める。

 

「第一部隊、やっぱすげーよなぁ」

「リンドウさんが隊長になってから、戦死者も出てないって言うし」

「……」

 

 第一部隊……、確か、大型のアラガミの討伐を専門にしているんだったっけ。

 

「……リンドウ?」

 

 はて、僕はどこかでその名前を聞いたような記憶がある。

 記憶があるだけで、思い出せはしないのだけれど。

 

 そのままの足で、また僕は訓練室へ向かった。

 

 部屋に入り、訓練用の、重量だけを再現した模造神機を手に取り、振り回す。

 

「受け流し……、受け流し……」

 

 今までの反省を元に、別な視点の動きも組み合わせる。

 単純な力押しで勝てない以上は、それに変わる何かが必要だろう。

 

 どれくらい練習したかは考えてなかったが、深夜を回りそうなくらいは連続してやっていたらしい。

 没頭すると時感覚がおかしくなるのは、相変わらず昔から変わらない。

 「せんせい」にも、よく言われていたっけ。

 

「……あっ」

 

 部屋を出て廊下を歩いていると、オペレーターの人とぶつかる。

 「すみません!」と言って駆けて行く彼女は、名前を……、えっと……。ごめんなさい、覚えてないです。

 相変わらず、人の顔と名前を覚えるのは苦手。

 

「……?」

 

 あれ、と。僕は足元を見る。

 これは、身分証かな?

 

 竹田ヒバリ、と書かれたそれを手に取り、僕は彼女の後を追った。

 

 そして、その先で言葉を失った。 

 

「――何故お前がここに居る。神薙上等兵」

 

 モニターに映し出される映像。外部居住区のアラガミ装甲壁が破られ、内部へと侵入を許して絞まった光景。

 さっきのオペレーターが、前線のゴッドイーターたちに指示を飛ばす。

 明らかに平時と状況が違う。

 当たり前だ、大惨事なのだ。

 

 燃えるカメラの映像に映る、達磨状のボディが僕に嫌悪感を煽る。

 

「もう一度聞く。どうしてお前がここに居る」

「……」

「そうか。落しものか。……今は忙しいから私が一旦預かろう。終わったらとっとと持ち場(自分の部屋)に戻れ」

「……そんなッ! B地区Aポイントにも、アラガミの侵入を確認!」

「チッ、モニターに映せ!」

 

 雨宮さんの指示に合わせて、画面にアイコン化したアラガミの群れと、ゴッドイーターたちの姿が映し出される。レーダーで、ここフェンリル極東支部を上から俯瞰してるような図だ。

 

「……反対側ッ」

 

 今戦っている人達が、どうあがいても対応できない。そんな位置関係だ。A地区から分隊を出させろと雨宮さんが言うが、間に合うわけない。

 

「……最低でも、二十分ほどは」

 

 僕の言葉を聞いてか、オペレーターのヒバリさんが言う。たぶん、沈痛な表情をしているだろう。

 

「……」

 

 何で今すぐここから出ないのだろうか。そう考える必要もない。

 そうだ。僕がフェンリルの黒服たちに引っ張られるまでもなく、いつも言われていたことじゃないか。

 

 ――ゴッドイーターは人手不足。

 

 つまり、もうここに、戦えるゴッドイーターは居ないのだ。

 

「……行かせてください、雨宮さん」

 

 不意に、僕はそんなことを彼女に向かって言っていた。

 

「お前は出るな」

 

 当然のように、彼女は僕の言葉を却下した。

 

「口数こそ少ないが、私の見た限り、お前は聡い。だから分かるだろ。何故駄目なのか」

「……ッ」

「私は――お前たち(ゴッドイーター)死なせる(すり潰す)ために出撃させるつもりはない」

 

 つねに冷静で、表情も変えず僕等を見下ろしていた彼女。

 その終始、真摯に僕等の能力だけを見ようと言う姿勢は、単なる能力至上主義とかでないことくらい、気付ける。

 

 嗚呼そうだ。そうだろうとも。

 せんせいも、友達も、みんなアラガミの前に殺された。

 僕等を助けに来たゴッドイーターでさえ、僕の目の前で上半身が一瞬にして消えたのだから。

 

 実力が伴わなければ、死ぬ。

 

 当たり前の摂理を知ってるからこそ、僕等のために彼女は厳しく当るのだ。

 

 でも。

 でも、だからこそ――。

 

 モニターの中で、人が崩れた建物の下に飲まれる。

 

 それを見て、どうしても、僕は言うことを止められなかった。

 

「……それでも、行かせて下さい」

「――これは命令だッ!」

 

 激昂する彼女の言葉に、体の芯が震える。

 でも――でも! 

 

「僕は――ッ」

 

 もう、目を背けたくないんだ!

 

 

 

 

 

「――僕はもう、誰も失わせないために、ゴッドイーターになったんだッ!」

 

 

 

 

 

 嗚呼、そのためならば僕は何にでもなろう。

 そう誓ったから、フェンリル(ここ)に来たんだ。

 

 失礼しますと頭を下げた後、僕は走る。

 それこそ、猛烈な速度で。

 

 この時ばかりは、今この時ばかりは、何人たりとも僕の歩みを止めるに能わず。

 

 この間見た要領で、出撃ドッグのような整備保管庫から僕の神機を手に取る。

 はじめて手にとった、完成した僕の相棒。

 腕輪をつけたとき、申し訳程度の素体だけで組まれていたコイツは、今こそ、僕の手となり、足となった。

 

 ゲートは駄目だ。閉じられたら一巻の終わりだ。

 だったら、塀の上を渡ろう。

 

 半身を背負いながら、僕は夜の世界を走る。

 

 飛び降り街に出て、赤茶けた懐かしい空気を吸い込みながら。

 

 

 

 どれくらい走ったか。ようやく僕は目的地へ着いた。

 崩れ落ちた町並。逃惑う人たちに、牙を向くアラガミ。

 

 雨の振るこの舞台の上でも、砕かれ引き割かれた人体から舞う赤だけは、とても鮮烈に目に焼き付く。

 

「死屍累々じゃないか……ッ」

 

 ゴッドイーター以外の部隊も救助に当っているけど、いかんせん実力が間に合っていない。

 命が失われる場所は、嗚呼、どうしていつもこんなに――。

 

「―― 一般兵は下がっていろ!」

 

 横方向上部から聞こえた声に、僕は振り返る。

 

 赤い髪に半透明なサングラスをかけた、ロックンローラーみたいな格好のゴッドイーターが、射撃をしていた。

 構えや照準に無駄がなく、反動も最小限以下に押さえ込まれている。

 

「――ッ、後ろだ!」

「――なッ!」

 

 そんな彼の背後に、筋肉達磨という表現が適切なアラガミが下りてきて、殴り飛ばした。

 いくら強化人間となったゴッドイーターでも、これにはひとたまりもない。

 

 ガレキの山に埋もれた彼。

 

 僕は、ほとんど衝動的に走り出した。

 

「――あああああああああああああああああああッ!」

 

 脳裏にフラッシュバックする光景が、僕の一歩一歩に力を入れる。

 踏み込むその一歩に、体内の黒い脈動が答えてくれる気がした。

 

 その進路に降り立つアラガミ、オウガテイル。

 だけど、そんなものに構っている気は、僕はさらさらなかった。

 

 神機を使い、向かってくる敵をすべらせ、受け流す。

 流した勢いを利用して腕を振りきり、体を前方に押し出す反動とする。

 

 狙うべきは、背後からの一撃。

 

「――!」

 

 でもしかし、さっきの激突で気付かれたようだ。

 フラッシュバックと同じように、アラガミは僕を見て、にたりと笑うように口を歪める。

 

「ああああああああああ!」

 

 勢いに任せて振り下ろす神機。もはやモーションを、今更どうこうすることは出来ない。

 案の定それは胴体の硬い部分に当り、跳ね飛ばされる。

 

 どころか、背面から射出された竜巻に巻き困れて、僕の手元から半身は飛んでいった。

 

「――ッ」

 

 最低限、攻撃手段がなければ救助どころのハナシではない。

 取り囲み始めるアラガミたちを振りきって、僕は神機を目指そうと駆け出す。

 

「――逃げろ」

 

 さっきのゴッドイーターの声が、背後から聞こえる。

 

「そのままじゃ勝ち目はない。僕を置いて、生き延びてく――」

「――黙ってろ!」

 

 人見知りさや、対人障害はどこへやら。

 気が付けば、勢いのまま僕は言葉を口走っていた。

 

「こんな所で――」

 

 向かってくるオウガテイルに、転がっていた廃材を手に取り、目に投げる。

 

「――生きること(ヽヽヽヽヽ)から、逃げるな!」

 

 投擲のタイミングは完璧だったはずだ。

 でもそれは、手前に突如現れた別なオウガテイルに捕食され――。

 

「――ッ」

 

 覚えのある感覚。

 背後をわずかに振りかえれば、視界の端には開かれた巨大な顎。

 

 

 

 最後の瞬間を覚悟する暇もなく、その虚は、僕を上下に押しつぶそうと――。

 

 

――キィン!

 

 

「ッ!」

 

 でも、その顎が僕の命を喰らうことはなかった。

 その頭上に、神機が刺さっていたからだ。

 

「……ようこそ、クソッタレな職場へ」

 

 オウガテイルの頭上には、一人の、青いパーカーをまとったゴッドイーターが居た。

 

 足元が光に照らされる。

 頭上には、ヘリコプターが一つ。

 

 そこから、更に二人の人間が降下した。

 

「生きてる、新人クン!」

 

 一人は女性。神機で狙撃をし、ヘリに向かうアラガミを確実に処理していく。

 

「こっちは戻ったばかりだってのに……。人遣いの荒い姉上(ヽヽ)なことだぜ」

 

 一人はタバコをふかす、黒衣のゴッドイーター。

 着地点に集中するアラガミを、わずかに片手で掃除している。

 ブレードの神機は使い込まれていて、その戦歴を物語っていた。

 

「ソーマ、お友達を助けてやれ。サクヤは、ビールなくなってたら後でお前の部屋からもらうからな」

「別に友達じゃねぇ」「今度勝手に持ってったら、殺すわよ? リンドウ」

 

「!」

 

 リンドウ。今、リンドウと言ったか。

 じゃあ、彼が。彼等が――。

 

「新入り、戦えないなら隠れてろ。いけそうなら一発いって、ラッキーパンチでもすりゃめっけもんだ」

 

 ――極東、第一部隊。

 

「片付けるぜ」

 

 リンドウさんのその一言と共に駆け出す背中は、とても力強く、大きく見えた。

 

 そこから先は、圧倒的だった。

 これが。これがゴッドイーターか。

 

 千切っては投げ、千切っては投げ。

 

 倒れたゴッドイーターの救護どころか、ガレキの山を時々吹き飛ばして、死傷者の確認をする余裕さえあるらしい。

 

「……」

 

 痛感するのは、自分の無力さ。

 嗚呼、一体何ができると思って、僕はこの場に出てきたのだろう。

 

 だけれども。僕の耳は、確かに悲鳴を聞いた。

 

「――!」

 

 右後方へ視線を向ければ、逃げ遅れた女性が、筋肉達磨に牙を向かれている。

 考える時間もなく、僕は神機を手に取り駆けだした。

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 雨粒の一滴一滴が、落下する様が目に見える。フレーム単位でアニメーションがスローになるように、僕の視界の時間は停滞した。

 

 大きな顎は、あのままいけば彼女の胴体を無惨な姿にするだろう。

 

 それは、断じてしてさせてはならない。

 

 僕の目の前で、それだけは。それだけは、絶対にさせては駄目だ。

 

 届け――。

 

 手を伸ばし、僕の半身を差し向ける。

 その程度で距離はつまらない。反応できるだけじゃ、結局は意味がない。

 

 届いてくれ――。

 

 それでも、僕は願わずにはいられない。

 手を掴む。

 掴まなければならない。

 

 もう、誰も、僕の周りから失わせてはいけない(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

 

 だから――!

 

「――届けえええええええええええええええええ!」

 

 その言葉に、果たして、僕の神機は応えた。

 

 突如展開したボディ。

 その内側へ刀身が引くのと同時に、有機物と無機物の入り交じった砲身が伸びる。

 

 再度固定されたその形は、さっきまでのものと全く別なシルエットをしていた。

 

 先端部に、光が収束する。

 わずか1秒にも満たないその変化は――。

 

 僕自身を反動で吹き飛ばしながらも、確実に、アラガミの胴体を薙ぎ払った。

 

「届い、た……、ははは……」

 

 どうしてか、こんな状況であるのに。

 僕の口は、どうしてか吊り上がり、笑いを押さえることが出来なかった。

 

「変形した……?」

 

 第一部隊の女の人が、困惑したように呟く。

 その後ろで、リンドウさんが口笛を吹いて。

 

「よくやった新人。後は、俺らに任せろ」

 

 再度起き上がるアラガミに、しかし、僕は一歩も動けない。

 リンドウさんに肩を叩かれ、その場で僕はバランスを崩し、転倒。緊張が途切れたのだろう。

 

「――お前が新型か」

 

 僕を助けてくれた、青いフードの少年が。

 どうしてか、どこか寂しそうな声を出す。

 

 そんなことを耳に入れつつ、僕は、その場で意識が遠退き――瞼を閉じた。

 

 

 




ラスト部分は、アニメ第二話の始まり方でちょっと変わるかもしれません。

※ちょいちょい誤字修正、表現修正は入れますが展開は変えない方針にしました
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