あの神を薙ぎはらうは貴方   作:黒兎可

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サブタイ長ぇ・・・。今回はちょっと時間かかりました


 Episode Ex. アリサ・イリーニチナ・アミエーラ/ 6 to 7

 

 

 

 

 

 ジェットエンジンの旋回する音。

 耳に聞こえるそれを軽く流しつつ、私は窓の外の風景を見る。

 

「お薬の時間だよー、アリサ」

 

 大車先生が、薬のケースを私の目の前に置く。

 

 極東まであと半分ほど、という彼。不安はないか確認されたことに対して、一瞬胸の内に違和感を覚えたけれども、すぐに振り払う。

 

「特には。先生も居てくれますし」

「アリサは強いからね。大丈夫だよ。すぐ慣れるさ」

 

 こちらを気遣う言葉を言う大車先生。

 その表情が、何かを思い出したという風に動いた。

 

「そうそう。向こうにも新型が一人居るそうだよ?」

「新型……?」

 

 自分の赤い腕輪を確認して、先生の言葉を待つ。

 

 落ち着けるように肩に手を乗せ、彼は言う。

 

「ああ。アリサほど優秀かどうか、わからないけどね。

 ペイラー博士はどうにも絶賛してたらしいけど――」

 

 くすりと笑いながら、私は帽子越しに彼を見る。

 

「――私より優秀な神機使いはいません」

 

 その自負に、迷いはない。

 それだけの覚悟を持って訓練してきたのだから、折れない自信は充分。

 

 その後にアラガミの襲撃を撃退するため外に出て、しかし、私は出会うことになった。

 

 

 名を、神薙ユウ。

 

 

 いつも笑っているくせに、とびきり真っ黒な目をした青年に。

 

 

 

 

 

 

 Episode Ex. アリサ・イリーニチナ・アミエーラ/ 6 to 7

 

 

 

 

 

 

 ――雨が降り注ぐ音。

 

 イメージのぼやける視界。食い荒らされた街並を前に、私は索敵をする。

 

「どこに――ッ」

 

 唸り声は聞こえる。

 それだけを頼りに探すが、どこにも見当たらない。

 

 そして、そんなタイミングで背後からヤツが、私目掛けて――。

 

 

 

「――ピターッ!」

 

 はっ、として気付き、私は肩で息をした。

 

 場所は、窓のある廃墟。

 カーテンレールが残っていて、ベッドにも(砂埃があったけど)毛布がかけられてる。

 

「……具合、大丈夫?」

「……ほぇ?」

 

 予想外のタイミングだったこともあって、変な声が出た。

 簡単に作られたベッドもどきの近くで、ユウは腹を押さえて微笑んだ。

 

「……ここは?」

「簡単に言えば、川に落ちて、流されたっぽいかな」

 

 川に落ちた、という言葉を聞いて、多少予測が立つ。

 あの時、私はたぶん気絶したのだ。

 

 ディアウスピター。

 

 ヴァジュラと同系統の接触禁忌種。帝王の名でも呼ばれる、威厳ある人間の顔を持つ魔獣。

 

 きっと彼は、それに襲われた私をかついで移動していたのだろう。

 そして逃げ切れず、運悪く川にダイブしたか。

 

 慌ててユウに聞けば、わからないという返答。

 

「次は、必ず……ッ」

 

 怒りに震える拳。

 脳裏でスパークする怒りが走り、同時に、とある光景が脳裏にフラッシュバック。

 

 このままでは戦えない。

 

 だから、大車先生に処方された薬を飲まないと――。

 

「……ッ」

 

 残りは、一粒。

 

 迂闊だった。あの時、勢いに任せて無茶な使い方をしたから。

 後悔してもどうしようもない。諦めて、震える手で私は最後の一粒を飲んだ。

 

「……っ、わ、私の神機はッ」

「……周りには、見当たらなかっ……ッ」

 

 腹を押さえてうめくユウ。こんな時でも笑顔を崩さない。

 それにとりあえず大丈夫かと考え、私は立ち上がる。

 

 武器。戦える状態であっても、神機がなければ意味は無い。ゴッドイーターの運用は、生身なんて想定されている仕様ではないのだから。

 

 探しに行かなければならない。それは、ある意味で必然、必要。

 そう思って部屋を出ようとした時、私は信じられないものを見た。

 

 

 

 神薙ユウが、バケモノ(ヽヽヽヽ)じみた(ヽヽヽ)彼が、唐突に倒れたのだ。

 

 

 

 

 思わず名前を呼び、彼に駆け寄る。ある意味でショックが大きくて、一体どうしたというのだろう。

 

 彼の左手は、がたがたと震えていた。

 

「アキちゃん……、せんせい……、『とおさん』……、『かあさん』……、おねえさん――」

 

 日本語とドイツ語の入り交じる、震える声。

 それを聞いて、驚きながらも、どうしてか私は安堵した。

 

「……不謹慎ですけど、案外人間らしいんですね。

 泣かないし、落ち込まないし。おまけに私よりも……。いえ、今は止めます」

 

 震える手を覆うように握る。握ってみて初めて分かった。彼の指先は、細い。あまりに細い。私のそれより細いかもしれないけど、健康的な細さではない。

 

 腹部を押さえていたこと、服のその部分が血にまみれていたことを確認して、私は服を脱がす。

 

 現れたのは、背中からほぼ貫通しかかっている傷口。

 瀕死と言えば良いか、どうしてこれで私を担いだり出来たのだろう。

 

 肉の隙間から破損した内蔵が見えかかっている。そこから視線をそらし、私はバッグから、リンクエイドを取り出した。

 

 リンクエイド。ゴッドイーター同士で、体内にあるオラクル細胞とエネルギーをやり取りし、相手の傷を修復する技術。

 今の所試験運用中らしいこれを、私は極東支部に来る前に渡されていた。

 

 その実験というわけではないが、現状、他に手当ても見当たらない。

 

 だからこそ腕に打ち、私の体から光が彼に吸収されたのを見た時、思わず顔が引きつった。

 

 

 何故なら、まるでビデオでも逆再生するかのごとく、破損した腹部が「内側から」回復していったのだから。

 

 どうしてそんな状態から回復できるのか。さっぱり理解できない。

 

「オラクル細胞との、適合率が高い……?」

 

 推論を述べても、答える相手は誰もいない。

 包帯を巻きながら、私は考え事を続ける。

 

 しかし、それにしてもどうしてこう、細いというか、ガリガリというか……。

 長袖に数枚重ね着しているためか、それとも顔は初めて会った飛行機の時よりふっくらしてきたからか。一見して分かり辛いが、彼の身体は妙に細い。重量はそこまで大きく変わらないが、私の神機などは使い辛そうな印象がある。

 

 シャツを再び着せ、彼の顔をうかがう。

 ……暢気な顔をして寝息を立てる彼の顔があるばかりで、どうしてかちょっとイラっとくる。

 

 思えば、彼は変だ。

 

 フェンリルの支部の人間の受け入れは、ある程度制限がされている。

 オラクル細胞と適合する人間が優先されるそれは、例えどれほど年端もいかない相手だって容赦がない。

 

 初任務の帰り、それに遭遇したのだからゴッドイーターとしてのノルマに拘ってる私だって、多少は気落ちする。

 

 だからこそ、私の目から見て彼はおかしかった。

 

 オペレータの方に納品の確認をしてもらっている間、私達は時間を持て余す。旧型の隊長たちはともかく、私と同期の浮ついた少年や、無愛想な先輩たる少年。そして、笑顔に苛立たされる青年と私は数分の間場に拘束されるのみ。

 

 そんな中で、神薙ユウはおかしかった。

 

 日をまたいでもいないのに、先ほど、支部への難民の受け入れを拒否されたという事実を受けて、飄々と食事をとっていた。勢い良くガツガツと、それこそ飢餓に喘いでいた人間が貪るかのごとく。

 それを見て、ドライというか、冷たいと思う私。口に出そうとしたタイミングで、彼はその場から走り去る。

 

 聞けば、その後も訓練だったそうだ。

 

 彼の過去は知らないが、元々外部で育っていたというのも、その割り切った様な性格の根底になっているのだろうか。  

 あるいは、メンタルが怪物のように硬いのか……。いや、さっきあんなに震えていたのだから、それはないか。

 

 初めて会った時も、思えば不自然だ。

 初めて神機を変形させたというのに、私でさえ初回は一秒強かかった変形をわずか半秒ほどでこなす。戦闘面でも「本で読んだ」と言うばかりのくせに、動きが妙に様になっているというか。

 

 おまけにこの間のミッションでは、背後から来たオウガテイルすら薙ぎ、私にサポートをするくらい。

 

 いつも笑って、生意気なくらい折れず、そのくせ私よりも良い成績を出す。

 

 こんなもの、認めるわけにはいかない。だから私からすれば、彼はバケモノのようなそれだ。

 じゃなかったら、私は一体何の為に……、オ××××にも笑われ――。

 

「……ッ」

 

 一瞬の頭痛の後、思考が一時中断された。理由のわからない頭痛に違和感を覚えたけど、すぐにそれを振り払って。

 

 

 そして、気付いた。

 神機だ。ユウの使っている神機。

 

 青系統、エメラルドグリーンと言えば良いか、フェンリル制服に対応するようなカラーリンクのそれ。途中途中に弦が張っているのが常のそれは、先端から折られて妙に寂れた印象を与えてくる。

 

 ある種の予感を持って、私はそれに指先で一瞬だけ触れた。

 

「……反応が、ない? それじゃあ――ッ!」

 

 本来、神機は対応するゴッドイーターでなければ、捕食対象として見るのが常。

 対処法もなくはないが、基本的に使い手たるゴッドイーターに対してのみ偏食因子が発動する。

 

 だというのに、この、ギターとブレードが入り交じったようなそれを連想させる神機は、何一つ反応を返さなかった。

 

 それは、即ち――。

 

 思考を、吼えるアラガミの声が中断する。窓から伺えば下にはヴァジュラ。

 壁に背を預けて、私は蹲る。

 

 しばらくこれでやり過ごす他はない。

 

――ありがとね。見捨てないでくれて。

 

「……?」

 

 どこからか声が聞こえた気がした。でも見回したところで誰も居ない。

 気のせいか。左には寝ているユウに、右側には壊れた神機。

 

 どこからも、女の子の声(ヽヽヽヽヽ)がする言われがない。

 

 視線を前に戻し、閉じられた扉に意識が向かう。

 

 

『――もーいいかい』

『――まーだだよ♪』

 

「……ッ」

 

 薬が切れたせいか。断続的にフラッシュバックが来る。今のはきっと、量番の扉の内側にいるというのがキーになったのだろう。

 

 そしてそれは、徐々に開く扉の向こうで、蠢く何かの声により更に呼び覚まされる。

 

 

 

 

 

 

『ねえ、パパ、ママー』

『アリサ、駄目よ。パパお仕事でお話してるんだから……』

『つまんないっ』

 

 母が困った顔をして、拗ねる私に言い聞かせて居た事。

 フェンリル職員たちと話し合う父親が、私の方を見て困った表情を浮かべていたこと。

 

『もう、あの子ったら……。どこ行ったのかしら』

『パパー! ママー! もういいかい!』

 

 私の名を叫ぶ母親と、笑いながら私の遊びに付きあってくれた父親の表情。窮屈な思いをしていた私に対して、せめて場所が場所であっても、少しでも気を晴らしてあげようという、そういう考えだったんだろう。

 

 だからこそ。

 

『アリサー!』『アリサ? アリサー!』

 

 自分の名を呼んでくれた両親に、笑みをこぼし、隠れていたクローゼットから出ようとして。

 

 一瞬の間に、黒い影が二人を奪い去った。

 

 

「あ……、あっ」

 

 こちらを見る人のような顔。

 

 赤い目に真っ黒な肌。咥えているそれは、赤く染まった白衣と、そこにある筈の胴体。

 ついさっきまで見ていた、見覚えしかないそれは――。

 

 

 

 

 

 

「いぃいいいいいいいいいいいやああああッ!」

 

 

 

 

 目の前のオウガテイルが出てきたそれに、脳裏の恐怖が重なる。

 何を言ってるか、自分でもわからない。習慣から落ち着こうと薬を探しても、何一つ残っておらず。

 

「――あああああッ!」

 

 ただ私に向かってきたその顎に、さっきまで寝ていたユウが肩から体当たりをした。お陰で食い殺されずに済む私。直後に神機で殴るユウだったけど、それでは敵は倒れない。

 消耗してるとは言え、判断力はそれでも普段通りのユウ。

 

「……ッ! !? きゃ――」

「――あああああああああああああッ!」

 

 動揺する私を抱え、彼は窓を飛び降りた。

 

 地面に落ちるとすぐさま体勢を立て直し、私の手を引く。

 

「あー、ここの辺りが一番まともな廃墟なんだけどなぁ……。

 惜しい、逃げるためとは言え惜しいッ!」

 

 未だ混乱していた頭でも、その台詞がこの場で出てくるのは可笑しいと言う判断はできたのか。くすり、と思わず私の口は動いた。

 それに少しだけほっとしたように目を細め、ユウは走る。

 

 私は、その手に引かれるまま。

 

 後ろを確認すべきであるはずなのに、どうしても、怖くて振り返ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

『お前はここで、空でも見てろ。

 混乱しちまった時は空を見ろ。そんで動物に似た形の雲を探して数えんだ。落ち着くぞ?』

「……はぁ」

 

 隊長の言葉を思い出し、私は思わずため息一つ。

 言葉は湯船の面を揺らし、曇ったままの表情を映す。

 

 シャワーをするほど水に余裕がないということらしく、こちらでも湯船に付かれたのは異国といえど有難い。

 

「……足を引っ張ってしまった」

 

 それでも、曇った気持ちは晴れないまま。

 

 あの後。廃墟の間を移動中、気が付けばユウが雑談を振ったり、あるいはこちらの様子も見て休憩を入れたりしていた。それは、もちろん彼自身の体調もふまえてのことなのだろうけど、それでも、定期的に気遣うような視線を受けるのが、鬱陶しいのと同時に申し訳なかった。

 

 いや、それだけならまだ良い。

 

 いくら薬がなくて混乱していたとは言え、あんな、あんな敵の渦中で武器を持っていたのに、フラッシュバックで身動きがとれなくなってしまったのは、ない。

 

 我ながらドン引き。×××シ×に言われるまでもなく。

 

「――ッ」

 

 暗い記憶、欠損したどこかから何かが引っ張り出されようとして、弾かれた感覚がある。その正体を私は探ることが出来ない。探ろうとすれば、またフラッシュバックに囚われてしまいそうで。

 

 空を見上げ、抜けた天井から雲を見る。

 

「……雲が多すぎて、数え切れないです」

 

 動物の形に似た、というのも絵本とか映像資料で見て覚えている範囲のものくらいだ。一度だけミッションに向かう最中「犬」だと思われる生き物を見たりもしたけど、ただそればかり。

 

 ため息。

 

 あの後リンドウさんと合流し、外部に作られた特殊な村で、私達は今休息をとっていた。

 

 

 そういえば、かなり酷い言われ方だったが、気分転換もかねてユウは私に入浴しろと言ったのだろう。それくらいのことは、いくら相手がバケモノじみた何かでも察しはつく。どれほど私に理解できなかろうとも、彼は人間で、ゴッドイーター。ピーマンとかと違って、アラガミじゃない。

 

 いえ、別にピーマンもアラガミというわけではないのだけれど。

 ……いや、やっぱりアレはアラガミの一種です。絶対。

 

 ため息が、また一つ。

 

 水の底に見える、肉付きの良い体。昔からこれで、からかわれたような記憶があったりなかったり。状況からしておそらく胸部圧迫の際に多少見られてしまったかもしれないのが、少しだけ思い出して気恥ずかしい。

 

 見られて、見てしまった、といえばユウの体だ。

 細かった。……ウェストとか、私より細かったんじゃないだろうか。四肢は言わずもがな。その体を見ていたからか、雑談の廃墟トークに妙な説得力があって、どう反応を返したら良いか分からなかった。

 

 そして、不意に。

 

 ユウの、あの表情が脳裏を駆け巡る。

 

――お前は、どうしてゴッドイーターになったんだ?

――思い出せ。そして、考えろ。

 

「……ゴッドイーターになった理由」

 

 あの時、ユウは泣いていた。私の前に立ち、大丈夫だと言っていたバケモノじみた彼が。

 リンドウさんに謝りながら。元はと言えば私のせいで、私が少しでも冷静に逃げる動作をとれていれば、あんなことになりもしなかったはずなのに。

 それでも言い訳一つせず、ただただ立ち尽くして。

 

 あの背中が一瞬、だらりと垂れた両親の背中、最後に見たあの背中と重なった事が自分でも驚きだった。

 

「……地獄」

 

 大車先生にも言ったけれど、彼の目は、きっと私のそれと同じ。

 大事なものを失った悲しみと、特定の事物に向ける憤りや怒り。

 

 それを力に変えて、復讐のため立ち上がったはずの私。

 

 一体、彼と何が違うというのだろう。

 

 

 

「――ッ」

 

 

 

 また頭痛。ここまで続くと、流石に何かがおかしいような気がしてくる。でもそれを確かめる術はないし、大車先生に早く会いにいかなきゃ。そして、薬を貰わないと。

 

 そうでないと、只でさえ迷惑をかけているユウに、更に迷惑をかけることになりかねない。それは、流石にこれ以上は面目も立たないし、立ち直れなくなりそう。

 

 そして何より、ディアウスピターを今度こそ――。

 

 そう思った時、聞き覚えのあるサイレンが耳に聞こえる。

 

「な、何……?」

 

 アラガミだ、逃げろと部屋の外から声が聞こえる。

 

 そしてこんな時に、あの時のピターのフラッシュバックが重なる。あの赤さが。

 自分がゴッドイーターであることさえ忘れさせるその感覚は、どうしても拭いされるものではない。

 

 慌てて立ち上がり、バランスを崩して転倒。湯船ごとひっくり返る。

 

「助けて……、助けてッ」

 

 何を言ってるんだ、と後になってから思う。私は助ける側だろうと。

 でも一度フラッシュバックが起きてしまうと、後は連鎖的に全てが正常に動かなくなってしまう。立て直す暇なんてなくて、だから薬を使って崩れないようにしているのだけれど。

 

 でも混乱していた私は、周囲を見回して、着替えることさえせず震えながら隠れる場所を探していた。

 

 ここを襲われれば、隠れていたって意味などないのに。

 

 バスルームを出た私は、会議室の下で使われてないラウンジに走りこむ。廊下をほぼ跨がずそこに入ったのは、混乱しながらでも生存にかけては冷静だったからか。

 

 その奥のクローゼットに引篭もり、私は、いつの間にか手に持っていた布を巻いて、震えていた。

 

 

 記憶にある子供のように。ただ襲われるのを待っていると言わんばかりに。

 恐怖で身動きが助けを求めることしか出来ずに。

 

「アリサ! アリサ! アリサどこなんだ!」

 

 僅かに開いたクローゼットの隙間の光源。その向こうから連呼してくる声はユウのもの。

 

 でも、そこから一歩足を踏み出すことが出来ない。

 着替えにだって五分もかからない。神機だってすぐそこにあるのに。

 

「ごめんなさい――」

 

 私の口は、謝ってばかり。力不足なんかで謝るのではない。ただの恐怖から、その声に答えることが出来ない情け無い自分に謝っていたわけでも無い。

 

 ひとえに、私を守ってくれ

 

 静かに、そっとしておいてくれ。

 

 怒りや悲しみもあった。でも、やっぱり怖かったのだ。私は。両親が死んだ時、同時に私も殺されたかもしれないという事実が。自分の命が喰われてしまうかもしれなかったことが、怖くて怖くて仕方なかったのだ。

 

 ユウの震えていた手を思い出す。

 でも――なら何で彼は、あんな状態でも立ち上がって、アラガミに立ち向かうことが出来るのだろうか。

 

 浮かぶ疑問は、震える手足の感覚に占領され、小さく私は蹲った。

 

 震える意識の中で、段々とその波長が弱くなっていく感じがする。

 

 小さく、小さく、みつからないようにしていれば。

 かくれんぼとおなじだ。そうすれば――。

 

 

 トントン トントン

 

 

 どこからか、ノックをするような音が聞こえる。

 

 

 トントン トントン

 

 

 ……。

 

 

 

――って、囚われのお姫様じゃないんだから、とっとと出なさい!

  ドツボにはまってるのはこの際しょーがないけど、今ヘバってるところじゃないでしょーがーッ!

 

 

「――ッ!?」

 

 

 突然、右腕に熱を覚えて、私はその場で転がり落ちた。

 痛みに足を伸ばして、閉じられたクローゼットから外に出る。

 

「な、何が……ッ」

 

 見れば、私の神機(アヴェンジャー)のコアと、腕輪とが何かに反応するよう、熱を帯びて光を放っていた。

 

 それはどこか、リンクエイドの時のそれを思い起させる。揺らめく薄い金色は、立ち昇り、まるで「見ろ」といわんばかりに外へと向かっていた。

 

 

 そして私は立ち上がり、その光景を見た。

 

 

 ユウだ。ただし、その全身から金色の光を撒き散らした。

 神機からは、青紫の光が迸っている。

 

「うそ、そんな……!」

 

 そしてその両手に持つ神機は、捕喰形態の形をとっていた。

 

 剣を砕かれ、銃を断たれ。接触にさえ反応しなくなっていた神機が、確かに脈動しているのが、私の「腕輪ごしに」感じ取れた。

 

 

「『ああああああああああああああああああああ――ッ!』」

 

 

 神機は姿を変える。捕喰の顎に弦が絡み付き、徐々に、徐々に大きくなる。

 

 ついにはアラガミの盾にさえ噛み付くようになったそれを使い、一気にユウはアラガミを押し出した!

 おまけとばかりに敵の盾の片方を砕く。

 

 そして、示し合わせたようにダムが動き出し、水流にボルグ・カムランが押し流されて行く。

 

「や、やった!」

 

 ユウの方を思わず見て、そして、私は絶句する。

 

 私はその時、見てしまった。いえ、見たような気がするが正確か。ノイズが走ったように、視界に映ったり映らなかったりするものの。

 

 ただそれでも、ユウの隣に、一緒に神機を持っていた「誰か」が居たような――。

 

 右手の熱が抜け、アヴェンジャーの反応も落ち着く。

 それと同時に、ユウの隣に映っていた何かは、私の視界から完全に消え失せた。

 

「今のは……」

 

 説明のつかない映像に、混乱する私。

 まさか幽霊なんてことはないだろうとしても。

 

 いや、そんなことはどうでも良い。

 

「……」

 

 ユウの元に、見覚えのある小さな女の子が走って駆け寄り、その両手を握った。横顔で見え辛いものの、その表情は笑顔に包まれている。

 彼女だけじゃない。段々と周囲から人が集り、ユウに手や肩を貸してくれる人も現れ始めた。

 

 そんな状態でも、なおユウはユウだった。

 

 突然数人の男性を連れて、その場から立ち去る。

 何をするかと思えば数十秒後。足を負傷した男性を引っ張ってきていた。

 

 ノルマを前提として活動していた私にとって、その光景は色々な意味で衝撃的で、同時に当たり前であるとも納得した。

 納得したからこそ、なお胸の奥が痛む。

 

「……私は……」

 

 帰って来たリンドウさんと話をするユウ。

 視線を落とすと、胸元を隠していた布がユウから渡された上着だったということに気付く。

 

 どうしてこう、今、私は彼に助けられてばかりなのだろう。

 

 彼自信その気がなくっても、私は、誰より優秀なゴッドイーターでなくてはいけないのに。

 

 

 

――大丈夫、いつかその悲しみも――。

 

 

 

「……いい加減、着替えましょう」

 

 一瞬の頭痛が、私の気分を切り替える。

 そうだ。いつまでもこんな格好で居るわけにもいかない。

 

 そうと決まれば、早速バスルームに戻って、急いで着替えを――。

 

 

「――あれ?」

「……ふぇ?」

 

 そんなタイミングだった。

 手には下着な、その瞬間。

 

 バスルームに入ってきたユウは、シャツのボタンを外していて、上半身が若干半裸で。

 対する私は、着替えに手を付けたままで。当然服を着用するのだから、バスタオルなんて足元。ユウの上着も立て掛けたままなので――。

 

 ユウと私の視線が交差。

 共に沈黙。

 

 そして。

 

 

 

「き……ッ」

「あー……、アキちゃんごめん。たぶん死んだ」

 

 

 

 微笑みながらも青ざめた顔の彼に。

 

「きゃあああああああああああああああああ――ッ!」

 

 ディアウスピターも真っ青なほど、あらん限りの絶叫をしながら、私はアヴェンジャーを掴んで顔面目掛けて投げつけた。

 

 

 

 




――その悲しみも、アリサだったらきっと。




※ソングバードが間に挟まれたので、アヴェンジャーは直撃しませんでした
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