あの神を薙ぎはらうは貴方   作:黒兎可

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カノンちゃん的には大満足出来たんですが、展開的にはめちゃめちゃ後が怖い今回です・・・;



Episode 8. 右手と左手

 

 

 

 

 

「――」

「あ、あの、リッカさん……?」

 

 久々の帰還後の朝、リッカさんは回収されたソングバードを見て、絶句していた。

 開いた口が塞がらないというところか……。いや、僕だってそうなんだから、相当なものだろう。

 

 刃は中折れして、先端で止められていた弦がだらりと垂れてる。銃身も根っこの細胞が残るのみで、嗚呼コレは生体兵器なんだなというのが、一目見て理解できるレベルだった。

 

 コア周辺の止め具も残り二つ。

 

 かなり無茶したね、と、時間をかけてから彼女は言った。

 

「アリサの方は大丈夫だったけど、ユウの方はちょっと……、どうしたものかな。

 止め具が残っていたら、少し違ったんだけど」

「へ?」

「詳しく話してなかったっけ」

 

 リッカさんは、ガレージの下の方を漁り、なにやら設計図のような紙を取り出した。

 

「ソングバードが特殊だって話はしたと思うけど、ここなんだよね。

 この止め具を外すことで、そこで遮断されている回路が接続して、神機の中でちょっとした暴走状態を引き起こす、みたいな。無理やりエネルギーを使って増殖させて、一時的に武器を強化するって考え方。

 それが、性能の拡張に繋がるんだ」

「は、はぁ……」

「榊博士が中心になって『彼のポテンシャルならこれくらいは行ける!』って悪ノリしてたところもあるんだけど、暴走状態っていうのが問題なんだよね」

 

 つまりね、とリッカさんはソングバードを見上げて言う。

 

「この神機は残りの止め具全部を抜いたら、『死ぬ』よ」

「――ッ」

 

 その言葉に、僕は思わず左手の時計を握る。

 

「最後に一回だけ強化するのを最後に、きっと活動を停止する。それだけは覚えておいて。安易に使う機能じゃないから。……まあ、きっと必要があったからそうしたんだろうけどね。

 でも、もっと残ってたら修理の時に、ちょっと細工してやれば早く行きそうなんだけど、二つかぁ……。

 うん、でもやれるだけやってみる。これ以上減らすのはマズいから、考えてとくよ」

「……ありがとう、ございます」

「もっと砕けて良いって。でも、二人とも死ななくて良かったぁ……」

 

 心底安堵した声を出すリッカさんに頭を下げ、僕は整備室を出る。

 エレベータを昇り、ラウンジへ。移動中、ちらっと目に入った自動販売機で

 

「……お疲れ様です?」

「わ! ゆ、ユウさん!?」

 

 ヒバリさんが、どうやらお仕事中らしい。タイピングを一時中断し背もたれに体重を預け、はあ、と深いため息。

 なんとなく声をかけてみると、顔を少し赤くしてぎょっと飛び上がった。

 

「きゅ、急に現れましたね、どうされました? また訓練とか」

「そんなに存在感ないかな……。

 いえ流石に今日はツバキさんに止められたから……。はい、飲み物」

「あ、ありがとうございま……、何ですこれ?」

「さあ」

 

 「試作8247」とだけ書かれた白いパッケージの缶ジュースをじっと見つめて、ヒバリさんは「気持ちだけ貰っておきます」と笑顔で返却して来た。それはすごく良い笑顔で、同時に有無を言わせない感じのそれだった。

 

 と、突然「あれ?」とヒバリさんが頭を傾げた。

 

「どうしたの?」

「あー、いえ何でも。

 そうだ、丁度今、ユウさんたちのデータをまとめていたんですよ」

「データ?」

「ええ」

 

 画面に表示されるテキストデータを見る。

 

――西暦2071年、7月2日。

 

 神薙、アミエーラの両名の救助。同日18時に極東支部へ帰還。

 アミエーラはメンタルルームに収容。また神薙は神機の損傷が著しく、両名は翌三日10時をもって、第一部隊を休隊。

 なお、期間は本日現在、未定である。

 

「流石に無茶したみたいですね。ツバキさんから聞きましたけど、体大丈夫ですか?」

「今のところは、かなぁ……。後は食べて寝るしかない感じ。目指せ健康優良児! って感じで」

「ユウさんの体格的に、目標達成は先になりそうですねそれ……」

 

 大変にごもっとも。

 

「んん、今回は流石にドクターストップっぽいし、何やったらいいんだろうか……。

 コウタも任務行っちゃってるし」

「でしたら、アナグラを探索してみては? ユウさん、ゴッドイーターになってからずっと訓練漬けでしたし、たまには羽根を伸ばしてみるのも」

「探索かぁ……」

 

 慣れないことと思いつつも、僕は彼女に礼を言って後にする。

 

「……アリサ、大丈夫かな」

 

 あの後、大分落ち込んでいたまま、大車先生の元に行った彼女。大分先生に頭を下げられたのは、記憶に新しい。

 

 彼女が何と向き合ってるか、予想はあるけど具体的には知らない。ただ何時の日か、僕もそれを知る時が来るのだろうか。だとしたら、僕は、力になれるんだろうか。

 

 ……って、あ、そういえば配給の上着、まだ返してもらってなかったや。

 どうしよう、服ってアレ含めて三着しか用意がないんだけど……。

 

 廊下を歩きながらそんなことを考えつつ、開けた缶を一口。

 味は、だいぶ酷いのに慣れてるはずの僕をして名状しがたいものだった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「~♪」

「お、ユウ! どうしたんだ!」

「コウタ! お帰り。ほらほら、見てくれ」

 

 任務終わりらしいコウタ。多少全体的にすすけていたけど、疲れた様子も見せず僕に近寄ってきたので、僕も普通に応対。

 手に持っていた袋から、それを取り出して見せた。

 

「なん……、だそれ? えっと、映像ディスク?」

「CDラジカセ! 音楽だけのやつだよ、ほらバガラリーにもあったじゃん。

 こう、ヘッドホンとか使って聞いたり、スピーカーで流したり」

「あーあー、あれか。……って、どっからそんなモン拾ってきたんだ!?」

 

 目を剥いて、オーバーに驚くリアクションをとるコウタ。

 買ったんだよ、と僕はうきうきしながら言う。

 

「なんか、ここであった露店? みたいなところで、バレット用のジャンク品としてあったから、予算的にも買えるしせっかくだから♪」

「よろず屋か、はぁ……。でも、それだと聴けないんじゃね?」

「おやおや、君は私を誰だと思っているのかね、コウタ君」

「何、そのノリ?」

 

 そんな話をしてると、部屋に到着。僕の様子を見て興味を持ったのか、後ろからコウタが付いてきた。

 殺風景な僕の部屋に入ると、彼は「ファ!?」と変な声を上げた。

 

「何、これもCDラジカセ?」  

「CDプレイヤーだけだけどさ。こっちもジャンク品。

 って言っても、読み込みのところが割れてるだけなんだけで、要はほとんど壊れてないやつ。これと、破損箇所的に大丈夫そうなこっちを弄ってやるくらいなら、僕でも出来る」

「うぇ、意外!!!」

「何だよ、うぇって」

「いや、案外器用なのなユウって!」

「……い、いや、ほら、慣れだよ」

「あっ」

 

 何かを察したコウタは、床の上に座った。

 孤児院時代、壊れて捨てるっていう家電とか腕時計とかを徹底的にバラしていたせいか、それとも間違ってバラしたそれを丁寧に直す先生を見ていたせいか。多少はこういうのは出来る気がしていた。

 

 まあ、見切り発車ってやつだ。

 

 実際やってみると、案外難しい……。ボルトと、ネジの対応関係は、上と下で大きさが違って……。

 えっと、何だこれ、基盤? あ、ちょっと断線してるなコレ。

 もう片方のジャンク品の方は、CDとラジカセ部分が別々らしく、そっちの基盤は奇跡的に無事だった。

 

 だたら、こことここと切って繋ぎ直して、絶縁体にカバーを……。スイッチの個数は一緒だし、そのまま裏から抜いて持って来ても良いか?

 

「……よし!」

「おー、終わった?」

 

 振り返ると、何時の間にやらバガラリーのコミックを読んでたコウタ。時間にして一時間もかかってはいないけど、素人目には退屈な作業か(僕だって素人だけど)。

 

 ターミナル裏のタコ足配線の電圧を確かめてから、ズブリと刺す。

 

「さて、と……」

「お? へぇーCDあるんだ。どっから持ってきたんだ?」

「まあ、ちょっとね」

 

 これは、はぐらかさざるを得ない。これはリンドウさんとの約束だった。

 遭難後リンドウさんに助けられた僕等は、一時、彼がサポートしている小規模な村でお世話になった。そこには僕らが受け入れる事の出来なかった難民の人達が多く生活していて、見知った女の子も居た。

 

 去り際に、その女の子が持ってきたのが、何枚かのCDを僕に持って来てくれた。

 

『前に見た時、武器がギターみたいだったから、好きなのかなって。……倉庫の奥に埋もれてたし、ユウお兄ちゃんが貰って! どうせこっちだと聴けないし』

 

 満面の笑みでそう言われ、僕も好意を無下にすることはできない。というより、素直に嬉しかった。

 少し浮き足立ってアリサから変な目で見られたりもしたけど、別におかしなことはないと思う。

 

 誰だって、人から感謝されて物を貰ったら、心のどこかが温まるものだと思う。

 

「じゃ、どれ聴こうか……」

「お、バガラリーの昔の挿入歌入ってるじゃん! これにしよーぜユウ!」

「いやいや、ここは定石通り”ドイツの歌”から――」

「知らねーよ! 何の定石だよ!? てか何だよそっちのCD!!? クラシックでもないし邦楽でもないし!!」

 

 色々揉めて結局、再生したのはジャズ音楽らしいものとなった。

 クラリネットを中心とした、ギターとドラムのアップテンポな曲。でもエレキチックなサウンドじゃなく、どこか温かみを思い起させる。

 

 なんとなく、瞼の裏に孤児院のことが「うっすら」浮かんだ。

 

「あー、なんかこーゆーの良いなー! 悪く無いぜ。あんまり聴いてると眠くなりそうだけど」

「コウタって、そういうところ素直だよなー」

「ん? あ、悪い悪い」

「別にいいよ。そういうのって、美徳でもあると思うし」

 

 いつかあの子にも聴かせてあげられないかなーと、そんなことを思っていた矢先、ターミナルがメッセージを受信。

 音楽をかけたまま立ち上がり、メッセージを確認して、僕は一気に現実に引き戻された。

 

「お、どうしたユウ?」

「コウタ悪い、ちょっと用事できた。鍵閉めるから」

「おっけー。じゃ、また今度なー」

 

 CDを止めてプレイヤーを根元から引き抜き、僕は適当に片付け部屋を出た。

 コウタと入り口で別れてから、走る。

 

 エレベータへ乗って整備室へ。

 

 逸る足は、どうしても緩める事は出来ない。ちくりと腹部に痛みを感じはしても、止まらない。 

 

「――リッカさん! 神機の調査が終わったって……?」

 

 だからこそ部屋の扉を開けた時、僕は固まった。

 

 リッカさんは普通にこちらを振り返る。が、その手前に居た男性だ。

 

「やあ。神薙ユウ君。ディアウスピターと戦って、神機を折られたそうだが、大丈夫だったかな?」 

「……ドクター? あれ、何でここに?」

 

 独特な和服のような、名状しがたい服に身を包んだ男性。年齢が妙に読めない、メガネの男のヒト。

 疑問を浮かべる僕に、リッカさんは「そりゃ当然だよ」と言った。

 

「こちら、ペイラー榊博士。

 極東支部のアラガミ技術開発責任者で、全部の神機の生みの親でもある人だよ?」

「……へ?」

 

 数秒、理解が追いつかず、そして僕は絶叫した。

 

「えええええええええええ――!」

「はははは、なかなか良いリアクションをありがとう」

 

 僕の反応に違和感があったのか、リッカさんがお医者さん……、いや、榊博士を見る。

 

「いやぁ何、健康診断から彼のデータを取るには、技術開発者だと言っても信頼が得られないと思ってね。少し身分詐称させてもらったのさ。

 ヨハンとの会話でも、取り繕う必要はなかったからね」

「どういうこと? ユウ」

「……えっと、僕がゴッドイーターになる直前から、なった後のメンタルチェックまでの主治医さん、だった、んだよね、その」

「今の今まで気付かなかったと。

 博士……」

 

 軽くジト目になるリッカさんに「ちょっとした茶目っ気じゃないか」と博士は笑った。

 

 

「だが、そのデータを反映した結果、誕生したのがソングバードだ。リンドウ君によれば、なかなか使いこなしてくれいていたそうじゃないか。結構、結構」

「……携帯食はよくお世話になってます。

 あと、試作って書いてあったジュースだけはちょっとなかったです」

「そ、そうかい? では次のバージョンでは改良しよう……。

 ともかく、今日はリッカ君から相談を受けてね。君の神機を、再度調べさせてもらった」

 

 直りますか、という僕の言葉に、博士たちは心電図のようなそれを見る。

 

「生体反応は、かすかだが確認できる。修復自体は、不可能じゃない」

「……! よかったぁ」

 

 僕の安堵に、ソングバードのコアが一瞬鈍く光る。丁度そのタイミングで、波形が一瞬大きくなる。

 榊博士とリッカさんは、同時に首をばっと、そのコアの方へ向けた。

 

「は、博士、今のって……」

「……ま、まあ理由はいくつか考えられる。説明を続けよう。

 問題は、折れた、というところなのだよ」

「?」

 

 頭を傾げる僕に、細目のまま彼はにっと笑う。

 

「覚えているかな?

 神機とは、アラガミを構成するオラクル細胞を培養し、改造、制御して複合させた、いわば『人為的に調整されたアラガミ』だ。オラクル細胞の結合を喰い破り、崩壊させることの出来る唯一の武器。

 それが『折れる』というのが、今までになかった。リンドウ君でさえ、外装にガタが来たり変形機構の制御がおかしくなったりといた程度だったからね」

「それもそれで、えっと……」

「こっちの方が危なそうに聞こえるかな? だが、実はどちらも同様の問題なのだよ。

 神機は、コアと適合したゴッドイーターのと腕輪を介してリンクし、初めて制御が可能になる。そしてそのスペックは、その人間の適合率によって大きく変わってくるんだ。リンドウ君の場合、それなりに高い適合率を維持していることもあって、初期の頃は不調が続いてね」

 

 説明の最中、本人の扱い方も荒っぽかったが、と博士は少しだけグチるように呟いた。

 

「まあ、そんな訳で今一度、君の体を調べさせて欲しい。きっとそれで、対処方法が見えてくるはずだ」

 

 彼のその提案に、僕は深く頭を下げた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 結果が出るまで二十四時間。

 そんな訳で、全身スキャンをかけた翌日の朝。

 

 整備室の前、出撃ドッグのようなそこで、僕はなんとなくぼうっとしていた。

 

 丁度そんな時、見覚えのあるような面々や、コウタたちがやって来た。お互い「よ!」とテキトーな挨拶を交わす。

 

「サクヤさん? これから任務ですか?」

「……あ、ユウ。そうそう、第二部隊と合同で」

「……そういえば、人員的な問題で結構そういうのってあるって話でしたっけ」

「本当、よく覚えてるわね教本……。

 貴方は――」

 

 その表情が、一瞬何かを察したように固まる。けど、それについては僕は微笑を返した。 

 気のせいじゃなければ、きっと自然に笑えてたはずだ。

 

「任務、気を付けて。油断せずに行きましょう」

「……そうね、ありがとう」

 

 ちらり、と何か居心地の悪さみたいなものを感じて視線を動かすと、その先でソーマが半眼でこっちを見ていた。試しに「やあ」と手を振ったら、軽く背を向けられた。

 うん、まあ予想はしてたけどさ……。

 

「リンドウは、随分貴方のこと信頼してるのね」

「?」

「ちょっと、天然っぽいけれど。

 任務の成功を見守ってて頂戴。行ってくるわ」

 

 くすりと笑ってから、サクヤさんは真剣な顔になって足を進めた。

 今度こそバガラリーのヤツ聴こうぜ! と大声で言うコウタに苦笑いを浮かべ、僕は皆を見送った。

 

「見守ってて、か……。入れたっけ、あの場所って」

 

 少し時間を置いてから、エレベータで上がって廊下を歩き、例のモニタールームへ。

 部屋ではヒバリさんをはじめとして、全員臨戦体勢。

 

「……どうしたユウ」

 

 部屋の真ん中で、ツバキさんが僕に半眼を向ける。

 見てて良いですか? と聞くと、鼻で笑うだけの返事をした。

 

 拒否されないってことは、好きにしろってことだ。なんだかんだで、ずっと訓練を見てもらってきてない。ディスコミュニケーションくさくても、コミュ症的なそれでないだけマシだった。

 

「サクヤ、状況を報告しろ」

 

 今回サクヤさん達が向かった先は、どこかのドーム跡のようだ。まだアラガミの姿は見えない、とサクヤさん。

 

「三十メートル先、左側中央口へ出口です。オラクル反応、多数確認できます。注意して進んでください」

『――了解。

 ……司令部、コンゴウ6、7体を視認』

 

 コンゴウ、という名前に思わず僕は顔を顰める。色々あって、アラガミの中でも忘れがたい種別に違いはない。

 アリサにとっての仇がディアウスピターなら、僕にとってのそれは、コンゴウの亜種だ。

 

 でも、何か違和感を感じる。

 

「モニタの数と、合わない……?」

 

 画面に映し出されている数は、既に両手で確認できるレベルじゃない。どう考えても十数体はいる計算だ。

 とすると、これは地下に居るということか? でも、そうだとすると――。

 

 僕の経験則(ヽヽヽ)が、嫌な予感を告げている。

 

 おびき寄せて一体ずつ倒せという指示を、一瞬止めようとして躊躇う。

 

『――その腕、バラバラにしてあげるから。あははははは――ッ!』

『――新入り、上から来るぞ気を付けろ!』

『――タツミさん? って、うああああああああああああああッ!?』

『――コウタ、大丈夫!?』

 

 

「あの、ツバキさん?」

「あはは……」

「……気にするな、戦闘中だけだ」

 

 いやいや、ちょっと。ヒバリさんも苦笑いだけで流してるけどさ。

 誤射ってる誤射ってる。大分ストレートに誤射ってる。その上連射なさってるよあの人!?

 

 台場カノンさんだっけ、この声……?

 

『――射線上に入るなって、私、言わなかったっけ?』

『『『――ア、ハイ』』』

 

 反射的に僕も頭を下げてしまいそうになる、威圧感が漂っていた。

 

 い、いやでも、ちょっとずつ敵も減ってはいるし、一応コウタも避けられたのかな……。帰ってきたら、ちゃんとバガラリーの曲流そう。うん。

 

「性格は良いんだが、腕は矯正してもあれが限界だったんだ……。固定砲台としてなら、なんとか運用も可能なんだ……」

「あ、あはは……」

 

 珍しく、ちょっといじけたような声を上げるツバキさんだった。

 

 と、そんな気が抜けていたタイミングで事態が動く。

 ソーマが中心部で、敵一体の脳天に一撃入れた時にそれは起こった。

 

「どうした、応答しろ!」

『――と、突然地面が崩れて、地下に……ッ。

 第一部隊は三名とも無事です』

「タツミさん、そちらは?」

『――第二部隊、損傷なしだぜ?』

『――うああああああああッ!?』

『――おい、穴から離れろ!』

「コウタ!?」

 

 ソーマの声が注意を投げかける。

 サクヤさんは、上からコンゴウが降ってくると続けた。

 

 おまけにこの声。きっとそれは、上方からだけではないはずだ――。

 

「合同部隊、応戦しつつ撤退!」

『――撤退って三佐、どっち向かえばッ』

「ヒバリ、地図を上げろ」

「えっと、えっと……、データがありません! 上部はともかく地下は古い施設時代のもののようで」

 

 歯軋りをして顔を顰めるツバキさん。

 

『――あいつ等を倒して、早く地上にッ』『――上に登ってもまた崩れるだけだ。柱が見当たらねぇ』『――なら地下を行くか? ソーマ』『――でも、出口があるとも限らないわッ』

 

 新手が追加されたとの報告を受けて、ツバキさんは叫ぶ。

 

「撤退が最優先だ! ただちに地上に――」

「――ダメです! その構造じゃ登った衝撃で全体が崩れかねない……、そのまま地下を行ってください!」

 

 思わず叫んだ僕に、通信機の向こうは困惑を示した。

 

『―ー新型君?』

『――あの時、エリックと一緒に運ばれていた君か』

 

「下がれ神薙。口を挟むな任務中だぞ」

「何年廃墟で暮らして来たと思ってるんですか。えっと、地下の周辺の状況を教えてくださ――ッ」

 

 ガン、とツバキさんの額が僕にぶつけられる。

 痛みで一瞬ぐらりと来たまま、僕はツバキさんの目を見る。

 

 相手の目には、いつか見た激情が宿っていた。

 

「黙れと言っている。

 お前は、あいつらの命を預かれるのか――?」

  

 僕は――僕は、言葉を無理やり続ける。

 

「100メートル、も、行けば、壁があるはずです。

 お願いします、ツバキさん。

 助けたいんです。

 少しでもその可能性があるなら、みんなを助けることができるなら――止まっていたくないんですッ」

 

 襟を閉められ声が出辛い。

 その状況でも、我侭でも何でも、僕は止まる事は出来なかった。

 

 リンドウさんに言った。答えはこれから考えると。

 

 でも、それでも今目の前の「仲間たち」を助けることができるかもしれないなら、僕は、躊躇することは出来ない。少なくともこれは、この場において僕になら、僕にしか出来ないかもしれないことだ。

 

 だったら――僕は、ツバキさんの目を見つめ返す。いっそ睨む勢いで、同じだけの感情を視線に乗せ。

 

『――雨宮三佐。試してみるのも良いかもしれません。

 どの道、このままじゃ時間切れになります』

「……」

 

 

 サクヤさんの言葉を受けても、ツバキさんは僕を睨んだまま。

 でも、数秒置いてから、目を閉じて言った。

 

「……合同部隊、地下を進め」

『『『『『了解!』』』』』

 

 ばっと首が解放されて、げほげほと僕は咽った。

 

「どうして壁があると言い切れる。広さも分からないんだぞ」

「……ドーム状の建物であるならば、通行や細かい設備が必要になるから、最低でも地下は儲けられています。

 そして、地下が必要になるなら、そこまで巨大な空洞を儲ける事は出来ません。重さで自壊してしまわないように、一定間隔で支えが必要になってきます。また根本的に、建物事に形状が区切られていると考えるのが自然です。

 加えて、特に極東の建築物は、家屋含めて柱や壁が狭く並べられてます。

 大きさが変わっても、その基本自体は代わりありません」

「……経験則か?」

「経験則です」

『――壁だ!?』

 

 コータの声が、僕の言った事を肯定する。

 次はどうするの、というサクヤさんの言葉を受け、僕はツバキさんを見る。

 

「……やってみろ。

 ヒバリ、インカムを貸してやれ」

「――ありがとう、ございます」

 

 頭を下げた後、ヒバリさんの席の方へ走る。

 降りて来た椅子の足場に乗って、一緒に彼女の端末前へ。

 

「じゃあ、頑張ってください!」

「はい。

 ……えっと、壁はどっち側にありますか? 左?

 えっと、ヒバリさん周辺地図500メートル前後、出してもらえますか?」

「あ、はい! 小さいウィンドウになりますけど……」

 

 映し出された画面から、僕は目的の方向にアタりを付ける。

 

「壁に対して右手を当てて、そのまま進んで下さい。途中で隅の方に、大きな柱が見えるはずです」

『――当ってるが、何か気持ち悪いぞ』

 

 ソーマの一言にちょっとぐさっと来ながらも、僕は指示を続ける。

 

「その場で良いので、柱の位置を中心に、全体を見回して下さい。そう遠くない位置に――」

『――す、水路です!』

「その先にはアラガミの反応がないので、そのまま進んで下さい」

『――了解!』

 

 それから数秒も立たず、タツミさんたちの声が聞こえた。

 

『――光だ!』『――やったー、出口だ!!』

 

 だが、その言葉で僕は浮かれることが出来ない。

 というよりも、ここからが問題だからだ。

 

「サクヤさん、道はまだ続いてますか?」

『――え、ええ。上には出られそうだけど、ずっと続いてるわ』

「だったら……。

 ツバキさん。提案します」

「何だ」

 

 僕は、視線だけ見て、確認をとる。

 

「逃げますか? それとも――迎え撃ちますか?」

「――ッ」

 

 僕の言葉で、一瞬彼女は逡巡を見せる。瞬間的に地形を見て、僕の言いたい事を察したらしい。

 でも、この場で即決するあたりは、やっぱり流石なんだろう。

 

「……私は、やってみろと言った」

「……わかりました。

 第一部隊とタツミさんは、そのまま水路を進んで下さい。後の二人はそこに隠れて待機を。左右に分岐があるので、そこの裏側に回ると早いと思います」

『――どういうこと? ユウ』

 

 反射的に、それこそいつもの僕らしくなく。

 

「逃げるのはオシマイです。

 逃げて、隠れてたら――」

『―― ……隙を見て、ぶっ殺せか』

 

 ソーマの言葉に、浮かんだ微笑はきっと不敵なものだったろう。

 

「――そこでなら、挟み撃ちにできます。

 一網、打尽だ!」

 

 息を呑む声と、笑う声が聞こえる。

 

『――神薙君だっけ。君、なんかリンドウさんみたいなこと言うね。

 OK。合図は任せる』

 

 タツミさんの言葉に、第二部隊の面々が頷く声をマイクが拾った。

 

 全体的に、指示通りに分散。

 通路が狭いからか、コンゴウたちの移動速度も多少遅くなってるように見える。

 

「今です!」

『――喰らえッ!』

 

 あの、カノン先輩、豹変度合いが怖いです……。

 口に出さず、僕は思わずそんなことを思った。隣にいるだろうブレンダンさんの引きつった声が、なんとも身につまされた。

 っと、気を取り直して。

 

 後はひたすらに、殲滅戦。

 コンゴウ自体はそこまで手間取りはしないだろう。重要なのは、数と奇襲。エリックさんみたいに、予想もしない形で追撃されると陣形が崩れるのだ。

 

 だったら、僕の仕事はじっと動きを見張っていること。

 これ以上、アラガミの追撃がないか確認をすること。

 

 それが功を奏したわけでもないだろうけど、最後の最後まで、それ以上の追加は現れず。

 

「ユウさん、すごいです! 初めてなのに、あんな状況なのに適確に指示できるなんて~~ッ!」

「うわっと!」

 

 ミッション終了と帰りのヘリへの搭乗が完了した段階で、ヒバリさんが両手を掴んで、ぴょんぴょんと跳ね回っていた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「ユウー! 助かったぜ、今日は生きた心地しなかった! いやマジで色々な意味で! さんきゅー!」

「だろうね。うん。僕もその……いや、何でもない」

「あ、悪い悪い。腹大丈夫か?」

 

 アナグラへ帰って来た段階で、コウタが感極まったのか僕に飛び付いてきた。

 よっぽど感極まってたのか、テンションが高い。

 

「ありがとな、今日は! でも無鉄砲はすんなよー」

「今日は助かりました。今度は一緒に任務、出たいですねー! 私の射撃、見てください」

「え゛、あ、はい、お願いします」

 

 タツミさんとカノンさんの言葉。後者のそれに反射的に頭を下げてしまった僕の肩に、ブレンダンさんの手が置かれる。

 

「お陰で生き残れたぜ。

 あっちはまぁ……、がんばれ」

 

 もっと具体的なアドバイスを下さい。

 

 視線で訴えかけるも、語れることは何もないとばかりに首を左右に振り、彼はこの場を立ち去った。

 

 と、その直後。僕は少し驚かされた。

 

 

「――おい神薙(ヽヽ)

「……!」

 

 

 ソーマが、僕の苗字を呼んだのだ。新型だの、お前だのと言われたり、蹴られかけたりしたことこそあったけど、これは、初めてだった。

 

「お前の神機、早く直せと榊のオッサンに伝えとけ。じゃあな」

 

 それだけ言って背を向け、彼はエレベータへ向かう。呆気にとられる僕とコウタ。

 

 そして、そっちの方ではツバキさんとヒバリさんがエレベータの前に立っていた。閉まる扉の傍で、彼女は僕にこう言った。

 

「……今回は、たまたま上手く行った。だが全てがそうだという訳では無い。

 そのことを、忘れるな」

「わかってます」

「なら良い。行くぞヒバリ」

「あ、えっと、はい! ユウさん、お疲れ様でした」

「あ、ツバキさん――」

 

 

 背を向けてエレベータのボタンを押すツバキさんと、彼女に追従するヒバリさん。

 僕は、その背に声をかける。

 

「また、勝手をして済みませんでした。えっと、懲罰とか――」

「……いや、今回は気にするな。

 前より表情が自然になったな、ユウ(ヽヽ)

「…………ツバキさん?」

「お前は、逃げずに(ヽヽヽヽ)良くやった」

 

「えっと……、あ、後で放送もしますけど、十九時から支部長の作戦決行宣言があります。

 各自出席お願いしますね」

「ん! じゃ、また後でな」

「うん。今日はお疲れコウタ。主に上と背中」

「思い出させんなよな、ユウ!?」

 

 立ち去るコウタとそんな風にふざけあったりして。

 そんなやりとりを、ヒバリさんは笑いながら見ていた。

 

「なんか、結構良い性格してるわねユウ」

「サクヤさん」

 

 振り返ると、サクヤさんが疲れたように笑っていた。アイカメラを外しながら、肩をすくめて言う。

 

「全く、リンドウを思い出すわ。

 男の子って、いつの間にか成長していくものね」

「……そこはよくわかりませんけど。

 でも、皆助けられたなら、良かったです」

「……ふふ、行きましょうか」

 

 そう言いながら、サクヤさんはエレベータへ向かい――。

 

 途中で何かに気付いて、僕の左手を掴んだ。

 

 

「――こ、この時計……? ユウ、一体誰からもらったの?」

「へ? あ、ああ……」

 

 

 そういえば今、左手のグローブ外してたっけ。

 妙に驚くサクヤさんに一瞬戸惑ったけど、少しだけ懐かしさを覚えながら、僕は言う。

 

「形見なんです。みんな(ヽヽヽ)の。

 本当は、僕の保護者だった人のものなんですけど。もうこれしか残ってなかったから」

「……そう、なの」

 

 わずかに声を消沈させながら、サクヤさんはエレベータの中へ。

 そして、去り際にこんなことを言った。

 

「ユウ? 貴方ね、笑い方が昔のリンドウそっくりになってきわたよ?」

「……はい?」

「ふふっ」

 

 それだけ言って扉が閉まり、僕は、リアクションに困った。目つきだって全然違うってのに、一体それって……。

 

「どうなのかな、アキちゃん」

 

 左手の時計を見ながら、僕は思わず呟く。

 一人になると、どうしてもこういう感じの独り言が増えて仕方ない。

 

 でも、耳に聞こえる足音は、すぐ近くから現れた。

 

「ああ、居た居た。ユウ君」

「? 榊博士」

「ちょっと時間、良いかな? ああ、一応後でヨハンには言っておこう」

 

 こっちだ、と言って榊博士は僕を整備室へと誘う。

 ふと、道中思い付いた疑問を口にした。

 

「……そういえば前から気になってたんですけど、榊博士と支部長って、名前で呼びあってましたけど……?」

「ん? ああそうだね。研究者として同期と言える。

 私と彼と、彼の妻を交えた三人でね。……っと、その話はまた今度にしよう。普段なら脱線しても構わないのあが、今はある意味、一刻を争う」

「?」

 

 疑問符を浮かべる僕を見て、彼は真剣な声で言う。

 ソングバードを起し、突きつけるように。

 

「折れた原因が判明した。

 問題ははやり、君の方にあった」

「僕の?」

「ああ。

 端的に言えば神機が折れたのは、君の適合率のいびつさ(ヽヽヽヽ)に、神機が対応しきれなかったからだ」

「……?」

 

 分かり難かったかね、と言って、博士は、僕に爆弾を投入する。

 

「あまりにも予想外だったからね。情報収集に少々時間がかかったが……。

 君が神薙ユウになる前(ヽヽヽ)の、検査記録を引き当てた」

「――ッ!」

 

 榊博士の言葉に、僕は、頭が真っ白になった。

 この波形を見てくれ、と榊さんは僕に言う。

 

「これが、君がゴッドイーターになった直後の適合率だ。

 そして――こちらが、今の君の『胴体』の適合率だ」

 

 映し出された波形は二つ。

 一つは、安定して徐々に右肩上がりになっているもの。

 

 そしてもう一つは――下降。徐々にだけど、でも無視できないレベルで、段々と青い波形が下に向けて落ちていっていた。

 

「本来、これならば神機を握ることもできない。いや、そもそも本来なら君は『ゴッドイーターにすらなれない』はずだった」

 

 そして、と博士は、決定的なそれを映し出す。

 止めてくれ、という僕の心の声は、しかし外には出て来れない。

 

 まるで、喉からその機能が奪われてしまったかのように――。

 

 

「――そしてこれが、君の左腕を中心とした『左半身』の適合率だ」

 

 

 その波の上がり方は、尋常ではなかった。

 基本とされている中心線を、大きく逸脱して伸びるそれは――。

 

「……『彼女(ヽヽ)』の適合率は、非常に高かった。

 それは我々の想像を遥かに上回り、神機を使う内に、驚くべき早さで高まってしまった。それこそ、君と神機とか共鳴してしまうほどに。

 本来ならあり得ないはずの、同調していた『君自身』さえ置き去りにしてしまう程に」

 

 嗚呼、誤魔化すことは出来ないんだなと、僕は思った。その途端、ついぞさっきまでの明るい感情全てが抜け落ちたような、深い、なつかしい感覚に襲われる。

 

「そして現状、我々は上がった適合率を下げる方法を持っていない。

 ハッキリ言おう、××××君。

 君の命は、長くてもあと数年だろう」

 

 その言葉と共に、巻き戻る感覚。頭の中を犯す、死の恐怖。

 

「表面的な変調はまだないだろうが、君の命は、君の左半身が『人間として』持つ限りだ。つまり――」

 

 榊博士は。

 僕の目を見据えて言う。

 

 

 

「――あと数年もかからず、君は死ぬ。

 オラクルに侵蝕され尽くした『彼女』が、いずれ君自身さえもを喰い尽くすだろう」

「……」

 

 

 それを聞いても、なお、僕は左手の時計を――左半身(アキちゃん)の手を、強く握っていた。

 

 

 

 

 




※本作は独自解釈が入ってるので、本家がこの設定ということではありません
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