※表現一部修正
「僕が、死ぬ?」
――あと数年もかからず、君は死ぬ。
榊博士から齎されたその言葉を、僕は聞き返す。
「左肩。左膝より下。左あばらの内側の呼吸器や、腎臓を含めた臓器数箇所。切羽詰ってたのか意図的なのか定かではないが、神薙ユウとしてのパッチテストは移植後に行われているらしい。それゆえ私も発見に手間取ったが、この事実は変わらない。
現在の君は、はっきり言って説明が難しい。素の本体はパッチテストの通過基準を遥かに下回る値だった。にもかかわらず、適合可能な他者の細胞を移殖されたからと言って、その数値が跳ね上がると言うのは普通、あり得ないと言って良い。それが可能なら、もっと何人ものゴッドイーターが生まれていておかしくないし、人は皆資源となるからね。受け入れでもめる事もない」
「……」
「そして同時に、これは一つの事実を示唆する。当たり前のことであるが、これは君の余命ではない。君の中の『彼女』の余命とも言い換えられる。
過剰に適合したオラクル細胞が、彼女の身体を侵食する。これがまず第一に起こる。
変質した細胞により、君の肉体の同調が失われるだろうことは、容易に想像が出来るからね。彼女を喰いつくした後は、ドミノ倒しに君の身体が喰い尽くされることだろう」
何せ君は、只の人間なのだからね、と。
あの時生き残ってからずっと、僕が抱えている一つの事実。そこに肉薄する言葉を聞きながら、僕はどんどん、自分の顔から血が失われて行くのを感じていた。
「もし再び神機を持って戦えば、適合率は今以上に跳ね上がり、『終わりの時計』は更に早まる。
また、仮に神機を使わなかったとしたら、三年程度は生きられるだろう」
「さん、ねん――」
「残念だが、『死』は変えられない。例えばリンドウ君のように、数値がやや高くとも上限があり安定しているのだとすれば、数年から十数年ほど他人より短いくらいだろうという計算も可能だ。
だが、君の場合はそうじゃない。上がった適合率を下げることが出来ない上、どの程度まで彼女が侵食されると、君との同調が計れなくなるかさえ分からない。偏食因子の調整を続ける事になるだろう」
偏食因子。オラクル細胞にとっての好き嫌い。
それは当然、体内にオラクル細胞を入れられた僕等ゴッドイーターにも当然あり、投薬やメンテナンスを受けなければ暴走を起して、いずれ「人として」死んでしまう。
榊博士の以前の説明を思い起しながら、僕は彼の話を聞く。
「ゴッドイーターとなった以上、フェンリルから離れる事は叶わない。……例外も居ない訳ではないが、ともかく少しでも長く生きたいのなら、ゴッドイーターを引退する事を勧める」
細められた目を僅かに開きながら、榊博士は僕に言い聞かせる。
「もし、それでも戦うことを臨むというのなら――ソングバードを『改良』しよう。君に合わせて戦えるよう。
全ては君次第だ」
「……あの、このことを知ってるのは」
立ち去るように歩く榊博士。思わず振り返り、僕は質問をした。
声の調子を少しだけ戻しながら、博士は答える。
「私とリッカ君だけだ。ツバキ君などとても話せたものじゃない。言ったら一発で退官させることだろう。あれで中々過保護だからね」
「……知ってます」
「そうか。なら今更だね。
君の過去のことはおぼろげながら調べたが……、後悔のない選択肢をしなさい」
それだけ言って立ち去る榊博士。
部屋の扉が閉まった瞬間――僕は、膝から崩れ落ちた。
「三年……、三年?」
そんな、わずかな時間しかないのかと。抗おうと、心に誓って立ち上がっても、それだけしか生きることしか出来ないのかと。
そんな勇ましい思考と切り離されて、僕の心は、ただただ震えていた。
――死ぬ、という、それだけ一つの事実に。
「怖いよ」
言葉が続けられない。頭の中で何度もループする博士の言葉。僕は左手を握りながら、ただひたすらに小さく震えるしかない。
――ユウは、どうしたいの?
「僕は……」
ゆれる意識の片隅で、視界に入ったソングバードの隣に大人になったアキちゃんの姿を幻視する。
でも、それさえ一瞬で掻き消えて――それが「あの時」を思い出させて、僕は、リッカさんが帰ってくるまで動くことが出来なかった。
※
衝撃的だった日から、一日おいて翌日。
「支部長から貰ってきたよー!」とリッカさんから渡された概要書を読んで、あらかた昨日の集会で何が話し合われたのか、僕は理解することが出来た。
メテオライト作戦。
研究段階から進んだアラガミを誘導する装置を使い、特定種類のアラガミを集める。これを一定間隔でポイントを決めて設置し、アラガミを種類ごとに一点へ誘導する。
そうして集ったアラガミを、全ゴッドイーターの戦力を持って倒し、コアを回収する。
エイジス計画と同時に生活のリソース確保を、より効率的に行おうと言う作戦だ。
「……それが、なんで
思わず独り言を呟きながら、作戦会議が始まるのを待つ僕。
コウタに「昨日どうしたんだよ?」と聞かれたのに無難に答えつつ(榊博士と神機について話していた的な感じで)、支部長から齎された概要書を読む。
「戦うか、そうじゃないか、か」
未だ、心は迷ってる。
僕は「生きる事から逃げちゃいけない」。それは間違いなく存在して、誓っていることだ。でも、だからこそ僕が抱える死への恐怖を、決して無視することが出来ないのだ。
我ながら情けない話。でも、だったら……、今にも震え出しそうなこの手を、どうしたら良いんんだろう。
そうこうしている内に人数が集り、ツバキさんが大型モニターの前に立つ。僕を見て一瞬微笑んだのは、どういうことだろうか。
「今日集ってもらったのは、メテオライト作戦の要である誘導装置の設置についてだ。
作業は専門の技術班が行うが、無論危険が伴う。お前達の任務はその護衛だ。
装置の数は5機。つまり、部隊を五つ組む必要が出てくる。
以下の者に、各部隊の指揮を任せる。橘サクヤ。大森タツミ――」
読み上げられる名前を、意識していたと言えば嘘になる。この時の僕は一杯一杯で、とてもじゃないが会議の内容が頭にストレートには入ってきて居なかった。
だからこそ。
「――ジーナ・ディキンソン。神薙ユウ」
「……うぇ、は、はい!?」
呼ばれた名前に、思わず反射的に立ち上がってしまった。
周囲から嘲笑とか陰口めいたのとか、それ以上の何とも言えない生暖かい視線が送られてくる。
「……どうした」
「あ、いえ、すみません」
ため息をつくツバキさんに、これまた反射的に頭を下げた。
「ゆ、ユウをリーダーに……?」
「すげー! やっぱこの間のが良かったのか?」
サクヤさんやコウタの声。それを耳に入れながら、ふと僕は思い出した。
「……あの、ツバキさん。僕神機が」
「辞退は当然可能だ。だが、今回はそれも込みで考えている。
エイジスのための重要な任務だ。悪いが人材を遊ばせておく余裕はない」
「ッ」
ツバキさんの言葉に、あの村の人達の顔が過ぎる。
またねと手を振る女の子の笑顔と、泣き顔とがフラッシュバックして。
「……わかりました。よろしくお願いします」
「そうか。……まあ、肩肘を張るな。
ではソーマ、神薙の隊に入れ」
「了解」
無表情な声を聞き、僕は彼の方を見る。
どこか遠くを眺めるような顔は、酷く疲れた、どこかで見たことのあるような顔だった。
会議が終わった後。去り行く彼の背中に、僕は声をかける。
「ソーマ!」
「……何だ、神薙」
億劫そうに振り返る視線。何か人を射殺せるようなものあるんだけど、不思議なことに、僕はどうしてかそれが怖くはなかった。
「あんまり話してなかったから、いくつか。
今回の部隊もそうだけど、第一部隊としても。よろしく」
「……どうしてお前は、俺には最初から砕けてるんだよ」
「それは……、えっと……、あれ?
さあ」
はぁ、と付くため息がツバキさんを思い出させる。
でも、そう言うソーマもいきなり蹴飛ばしてきた前とちょっと違うような気が。
「第一、後の方のそれは休隊が解けてからにしろ」
「……あ、それもそうか」
納得する僕を鼻で笑い、彼はまた背を向けた。
「前も言ったが、俺にはあまり関わるな。……死にたくないならな」
「死にたく?」
これ以上は話さんとばかりに、彼は足を進める。
エレベータに向かう背中は、一人。
「大変だなー、アンタも」
「へ?」
振り返ると、僕らより年上そうな先輩ゴッドイーターが二人。
その表情は、ソーマの背を見ながらどこか棘々としたものだった。
「死神に殺されないよう、気をつけろよ」
「最近じゃエリックだろ? はぁ……」
ため息をつくように去る彼等を見て、僕は違和感を覚える。
「死神……?」
その言葉は、どうしてか胸の底に、嫌な感じにこびりついた。
「決心がついた、と考えて良いかな?」
整備室にて、榊博士。
包帯ぐるぐる巻きにされたソングバードを前に絶句していると、微笑みながらそう声をかけられた。
「……済みません。まだ、迷ってます。
でも、今あることから逃げちゃいけないので」
「……逃げられない、ではなく逃げちゃいけない、か。
そうだね、盾くらいは使えるよう調整はしよう。だがリスクは変わりないのを覚えておきたまえ。覚悟が決まってないのなら、自重すべきだと言っておこう。これは技術班としての言葉だ」
「……」
無駄のようだね、と、僕の目を見て彼は苦笑いを浮かべた。
「以前と比べて、最近どんどんリンドウ君やツバキ君に似てきてるというか……。
まあ、一緒に組むのがソーマ君だというのなら、使わないで済むかもしれないが。そこを見てのコンビなのだろうし」
「あ、やっぱりそうなんですか」
「君やリンドウ君に次いで、戦力として高い適合率を誇るのは彼だからね。多少難はあるが。
ところでさっきから、どうしてそう微妙な表情なのかね? ユウ君」
バレましたか、と思わず反射的に頭を下げる。
「えっと、盾はほとんど役立たずだって読んだもので」
「……ちょっと君、今、教本を持っているかい? 少し見せてくれたまえ。
ふむふむ。奥付けから執筆者を……、エリック君じゃないか、何故彼がここを書いているのか。大問題じゃないか、編集者は何を考えていたのだ」
「へ?」
「彼、ほとんど防御しなかったのだよ。華麗じゃないとか言いながら」
それはそれは……。あ、でも言われて見ると確かに、文章の所々が変というか、そんな感じだった。
「ある意味で妹さんのためとは言え、彼も生き急いでいた部分もあるのだろう。それが良いか悪いかは別にして。
しかし、まさかこんな所で彼の影響を見ることになるとは……」
「妹さん?」
「ああ。最近は居ないが、たまにアナグラで見かけるだろう。まあ、詳しくはソーマ君に聞きたまえ。なんだかんだで、ここで一番仲のよかったのは彼だからね」
「ソーマ……」
瞬間的に、脳裏にあの会話が駆け巡る。
「……死神って、どういうことですか?」
「ふむ。……いくつか意味はあるが、この場合『私』の口から言うべきことではないか。
ただ『観測者』として言えることは、残酷な運命。君と同じく、彼もその被害者ということだ」
一部についてはターミナルを見てみると良い、と榊博士。どう思うかは僕次第だと、彼は言って部屋の入り口へ。
「――君は好奇心、旺盛な方かな?」
そんなことを言って扉を閉める。何か含みのあるその言い方に、僕は思わず振り返って。
「……あれ?」
扉の近くに、小さい記録媒体が落ちていて。
それを拾って、僕は、扉の向こうに行った博士の背を見た。
※
ノイズが走る。音声も割れている。
そんな中、映し出されたのは何かの実験室。薄暗い中、褐色の肌をした女性研究者と、少し恰幅の良い研究者が、微動だにしないオウガテイルをいじっていた。
何をしてるんだろうと思う間もなく、映像のオウガテイルからは、血のようなものが吹き出す。
いや、それは血というよりも――。
『麻酔、効いてないの!? 一体どうして――』
『おいアイーシャ、手伝え!』
聞き覚えのある男性の叫び声。
倒れるカメラの向こう、駆けていく白衣の背中。ゆれる金髪は、やはり見覚えのあるもので。
再び画面には砂嵐。
映像と映像の接続が甘いのか、それとも最初は別な記録媒体で作られたデータだったのか。
『また銃弾に搭載した因子が効かなくなった、ということだ』
『おそらく、またアラガミたちの偏食傾向が変動しているのだろう』
『彼等も進化している、ということね』
映像に映し出されたのは、三人の研究者。
白衣を纏った彼等は、黒髪をした榊博士。今より険のとれた表情のシックザール支部長。そして、見覚えのない褐色の肌の女性。
『だからまだ実用段階じゃないと伝えたのに――ッ』
『効果があったのは事実よ。少なくとも一度は。助かった人だって少なくは――』
『だが、それを特効薬のように売り捌くのはどうかと思うけどね。フェンリルもまた、どこを目指しているのか……。
何にせよ、現状の武器では限界がある。偏食因子の純度を高めようにも、アラガミから摘出した時点で劣化は始まる。そこで、これを見てくれ』
三人を映すカメラは、斜め横から彼等の顔を映すような角度。それゆえ何が榊博士のパソコンに映し出されているのかは、見る事はできない。
でも、言葉を失う二人の様子からして、薄々は察することが出来た。
『君が設計したのか、これを。ペイラー』
『ああ、ヨハン。純粋な偏食因子を武器に転用するためには、武器そのものも無茶苦茶する必要がある』
『だが、これじゃまるで――』
『――生態兵器? というのが正しいかしら』
映し出されているそれは、きっと、神機の設計図なのだろう。
『だが、無論問題はある。人為的にアラガミを作るようなものである以上、触れるもの全てを捕食しようと動くということだ』
『無人コントロールは?』
『生物である以上、制御は難しいだろうね。
並行で研究している、生態へのオラクル細胞移殖が難しいのと原理は一緒だ。アポトーシスが誘発され辛い以上、以前の増殖に対する実験同様、結果は悪夢だろう』
解析するにも長く時間がかかると、博士は言う。
そんな彼等に、女性研究者は呟いた。
『―― 一つだけ方法があるわ。ラットでも成功しているのが』
振り返る二人に、彼女は、思い詰めたような声音で言う。
『使う側、つまり人間側に偏食因子を投与して、こちら側を適合させるのよ』
それは正に逆転の発想で。
『それは……ッ』
『確かにそれが一番手っ取り早い方法だろうが……、悪魔的な閃きだ。アイーシャ。人体の臨床実験も兼ねるということだね』
榊博士の言葉の通り、それは、少なくとも映像の当時はそうなのだろう。
『それにだ。P73偏食因子の解明は始まったばかり。一体どれだけの人間が実験の犠牲になるか――』
『…… 一日数十万人で利かない人間が、アラガミに捕喰されている状況だ。確かに、もはや悠長なことを言っていられる状況ではないのかもしれない。
原理がわからないものを、分からないままでも使うのが必要だというのなら――』
支部長の、いや、当時は研究者だったのだろう彼の言葉に、アイーシャと呼ばれた彼女は微笑む。
『――そのためなら僕は、ペッテンコーファーになろう』
『ッ、正気かヨハン! 君は――』
『それが合理的に必要とされるならば、僕は自分さえ使おう。……もっと早く止められたのだから、自分の尻拭いであるとも言えるがね』
皮肉っぽく笑う支部長。でも、アイーシャさんは首を左右に振る。
『言ったでしょう? ラットでの実験は成功してるって。ヨハン、貴方じゃない』
『……? ということは』
『子宮経由の投与よ。それなら、直接投与より格段に安全な投与が出来るわ』
それを聞いて、僕は自分の耳を疑った。
『……そうかもしれない。だが、こんな危険な実験の被験者に誰が――』
『私が受けるわ。
……いえ、私達、かしら』
自分の腹部を擦りながら、やや照れたように言うアイーシャさん。
え? と驚いた表情をする二人の男性に、少しだけ彼女は微笑んだ。
『まさか……、そ、そんな』
『妊娠? いや、良かったじゃないかヨハン! 君たちの子だ――いや、だがッ』
『ヨハネスも言ったわ。現状を考えれば、ペイラーのアイデアが一番可能性のある選択よ。
誰かが渡らなきゃいけない橋だというのなら、私だって貴方と一緒よ。ヨハネス』
『アイーシャ……』
『ずっと前から、私達は共犯よ』
諭すように、彼女は言う。
支部長は、今の落ち着いた様子など欠片も意識させないような取り乱し方で、彼女に言った。
『だが……、もし失敗したら、君も、その、子供も……。
違う方法が何か、もっと、良く考えてッ』
『僕も同意見だ。合理的だが賛同しかねる。少なくとも、この場ですぐ判断すべきことじゃ――』
『時間なんてないでしょ? もう、
その言葉に、支部長は今にも泣き出しそうな顔になる。
『私のことは良いのよ、ヨハネス? ペイラー?
でも……、生まれてくる子供達に、滅び行く世界を見せたくない。この子たちの未来に、希望を托したいの』
長い、沈黙が室内を支配する。
『……アイーシャ。済まない。
僕は……、僕は……』
支部長は泣きながら、手を握って頷く。
アイーシャさんは足を進めて、支部長の抱きしめた。
『両親、共に賛同か。決意は固い。
……説得の余地はないだろうね』
榊博士は、席から立ち上がる。
『ならば、私は降ろさせてもらおう。この武器の設計データなど、今後とも目にはするだろうが、こうして共に語らうのは今日限りだ。
君達とは方法論が違うらしい』
『ペイラー……』
『よくヨハンが言うだろう。私は、スターゲイザー。星の観測者だと。
……全くその通りだよ。こうして友が重大な選択をしている時に――ひょっとしなくても歴史的な選択をしているだろう時に、介入することさえ出来ないのだから。
観測とは第三者だからこそ出来る。……私は、どうやら傍観者でしかないらしい』
その、ドライのようにも聞こえる言葉に、込められた感情が痛い。
声音は、言葉ほど冷静なそれではないのだから。
『こちらはこちらの方法で、別なアプローチを進めよう。その先でまた、どこかで交わることもあるだろう。
……それじゃ、失礼』
『――ペイラーッ!』
涙声で叫ぶ支部長に、博士は立ち去りながら言う。
『願わくば、君達と君達の子に輝かしい未来あれ』
そして、また映像が乱れた。
砂嵐から回復した映像は、病人服を着て愛おしそうに腹を撫でるアイーシャさんの姿。カメラがぶれているので、これは手で撮影したものなのだろう。
『気分はどうだい? アイーシャ』
『うん。体調も良いし……、元気で生まれて来てね』
擦る彼女の手からは――いや、彼女の身体の内からは、神機のコアの発光と同種の光が溢れていた。
『ペイラーは? ヨハン』
『安産の御守りが送られて来たが、音信不通のままだ』
『そう。……強行したから、まだ怒ってるのよね、きっと』
『アイツは表情から、分かり辛いからな。
今は考えるな。体調に障るよ』
暖かい声ではあるけど、二人の声音はどこか沈んでいる。
『その御守りは、貴方が持っていて頂戴? 明日はきっと上手くいくわ』
『アイーシャ……』
『
「ソーマ?」
僕は、彼女の言葉を繰り返す。
映像の中で、支部長の声が困惑した感じになった。
『ソーマ……、インド神話のかい?』
『ええ。ダメ、かしら』
『いや、そんなことないよ。
人に活力を与え、命を永らえさせる「神」の酒、か』
支部長の言葉に、彼女はいたずらっぽく笑った。
『きっと今の人類に、必要なものじゃない? これって』
『……そうだね』
『早く生まれて来てね。元気で――そして、みんなに未来を』
また、映像が乱れる。
そして――今より少し多少若いくらいの支部長。服装や、手を組んだ態度は完成していて、背後に映る部屋はまさに、今の支部長室のそれだ。
『――やあペイラー。探したよ、久しぶりだね。
あの忌まわしい事件の後、君も知ってるだろうが”マーナガルム”は事実上凍結された。
あの事故で生き残ったのは、生まれながら偏食因子と「適合」できていたソーマと、君から御守りをもらっていた私だけ。
……まさか、あの技術がそのままフェンリルの、アラガミ装甲壁で使われることになろうとはね。そこで君の名前を見た時、思ったよ。研究者として君には敵わないとね。君はおそらく、予見していたのだろうか。私がもっと察していられれば、アイーシャも……。
話が、逸れたか。念のため言っておくが、別に君を攻めてる訳じゃない。言いたい事は一つ。近々、私はフェンリル極東支部を任されることになった。
そこで、再び君の力を貸してはもらえないだろうか』
声音や表情は、アイーシャさんに向けていた温かなものとも、研究者として葛藤していた時のものでもない。
冷静に選択肢をつきつける様は、まさしく審判者のそれだ。
『研究のための充分な費用と、神機使い――俗に「ゴッドイーター」にまつわる全ての開発統括権だ』
そこで、ふっと自嘲げに微笑む。どこかそれは、以前の彼の表情を彷彿とさせるものだった。
『……そういえば、息子を紹介してなかったね。
まあ、そんな訳で近々、挨拶に向かおう。無愛想だったら申し訳ない、やはり僕だけでは親として不十分なのだろう』
では失礼と言って、彼はカメラを切る。
映像が再び乱れ、僕は、言葉が出てこなかった。
自室。榊博士がおそらく「意図的に」落した小型ディスクを起動して、僕は内部にある映像ファイルを開いた。
好奇心旺盛か、否か。どちらかと言えば前者ではあるけど、あの言い方で聞きたかったのは、少し違うような気がした。
ひょっとしなくても、あれは神機と、ゴッドイーターそのものに対する始まりだ。
だとしたら最初の、オリジナルゴッドイーターとでも言うべきは――。
と、真面目に考え込んでいると、映像が切り替わり。
『――このディスクを拾われた方は、ペイラー榊の研究室まで持って来てくれ。
まーさーか、中身は見てないよね?』
「……テンションに差が激しすぎるでしょ! っていうか、最後にあっても意味ないじゃないかッ!?」
思わず榊博士の声にツッコんだ僕。画面には、デフォルメされて描かれたオウガテイルと博士と、今彼の肉声で流れたそれの注意書きが書かれていた。
それも数秒で消えて、今度こそ再生は終了する。
最後の最後でどっと疲れさせてきて、思わず僕は嘆息した。
やるべきことは、まず一つ。
ターミナルを操作して、登録されてるゴッドイーターのプロフィールカードのデータを探す。
その際にソーマのスペルを入力し。
「ソーマ……、ソーマ・”シックザール”」
予測変化に出てきた名前に、僕は、何とも言えない表情になった。
※
「よう、ユウ」
「……リンドウさん」
外壁手前の窓から、他のハイヴを見下しつつぼうっとしている僕。極東支部は八つのハイヴに区切られていて、地上地下突っ切ったここアナグラが第8ハイヴ。それ以外は第1~第4までが地上、後は地下となっていた。
ここから見える景色は、いつか見た最初の戦いの時のそれ。
そして、コウタと一緒に下りた街並。
リンドウさんの声を聞いても反応が遅れたのは、色々と思い出すこと、考えることがあったからか。
「探したぞ。……何、黄昏てんだ?」
「ちょっと、色々考えてて。気分変えようかなーって。リンドウさんこそ最近見かけませんけど、どうされてるんです?」
「あ? あーまちょっとな。デートだ、デート」
「……そうですか」
視線を逸らして頬を搔く姿からは、言ってる事の信憑性を窺い知ることは出来ない。
でも、彼が居ないことに対してツバキさんが何も言わない事が、一つの答えのように感じた。
僕は視線を下ろし、ターミナルから引っ張ってきたデータを端末で見る。
――妻アイーシャ・ゴーシュは、息子ソーマ・シックザールの出産時、死亡。
奇しくもそれは、ソーマから辿っていった支部長のデータに記録されていた。苗字が違うのは、時間があまりになかったせいだろうか。それでも妻と記載されているあたり、執筆者の意図というか、意識をなんとなく察することができた。
「ソーマと任務らしいな。
気付いてるとは思うが、アイツも色々ワケアリだ。まぁこんなご時勢、皆色々な悲劇を背負ってるっちゃ、背負ってるんだがな……。
アリサも、アイツも、お前も」
「……リンドウさんは、知ってるんですか?」
何について、とは聞かない。
その一言は、ぼくら三人分のそれを同時に聞いているのだから。
彼は直接答えず、背を向けて言った。
「アイツは放っておくと、一人で死に行っちまう。目、離すなよ」
「……」
「仲間の命、預かるってのはタフな仕事だからなぁ。……いつの間にか、みんなの命を自分が背負ってる気になっちまう。
そういう意味でも、お前は少し気をつけろ。『両方』の意味でな」
話はそんだけだ、と手を振り、リンドウさんは立ち去る。
「みんなの命を、背負う、か」
その言葉を繰り返して、左手を見て、ぐっと握る。
翌日。神機の様子を見に行った。
盾くらいは直すと言っていた博士の言葉通りに、神機の一部の包帯は外れていた。
教本を取りだし、今まで使ってこなかったその機能のところをじっと読む。
ソングバードを手に取って実験できないので、イメージトレーニングになってしまうのは仕方ない。
「……ユウ、何をやってる」
「うぁ!? つ、ツバキさん?」
と、突然背後から声をかけられた。
どうやら入ってきてから、ずっと見られていたらしい。羞恥で変なリアクションをとってしまいそうになる。
ツバキさんは「仕方ない」とばかりにため息をついて、僕に言った。
「せっかく居るし、装置の確認をするぞ。こっちに来い」
「あ、はい」
何も返せず、彼女に促されるまま続いた。
立てられた等間隔で並べられたポールのようなもの。それを指差し、ツバキさんは話す。
「原理は防壁と大差ない。装置の周囲にこの杭を配置し茶道させることで、擬似的な防壁が形成され、作戦開始までの数日間に装置はアラガミから守られる。
まだ研究中の技術でな、耐久度など含めてどの程度まで使えるか試してみないとわからないそうだ」
そう話していると、通信が入る。
『三佐、12:00より新人訓練です』
「わかった。すぐ向かおう」
そう言う彼女の右手には神機とリンクするための腕輪がされていて。
でも、その投入口には、×印のように蓋がされていた。
「説明は以上になる。……誘導装置は貴重だ、頼むぞ」
立ち去る彼女に、ふと、僕は思い出したように聞いた。
「ツバキさんは、どうしてゴッドイーターを引退したんですか?」
「……どうした? ユウ」
「あ、いえ……、何でもないです」
不思議そうな顔で僕を見る彼女に、どうしてか僕は言葉が詰まる。心配されるのが嫌なのか、それとも三年のことを知られるのが嫌なのか。
何か言ったわけではないけど、ツバキさんはまた、僕に近づいてきた。
「お前は、アラガミが生まれる瞬間を見たことがあるか?」
「……」
「見れば誰しも思うだろう。アラガミを根絶するなど、夢物語でしかないのかも、とな」
だがな、と彼女は目を閉じて、断言する。
「それでも私はいつか終わりが来ると信じる。
だからこそ次の世代を育て、未来を托すことを選んだのだ」
「未来――」
と、ツバキさんが僕の目の前で足を止めて。
「――つ、ツバキさん!?」
突然抱きしめられ、硬直する僕。
彼女はそっと、普段の厳しい声を忘れるほどに、いっそ優しい声で僕に言った。
「いつかお前にも分かる。
『命をかけて』托されたものは、また繋がなきゃならないのだということを」
「……あの、ツバキさん」
僕から離れる彼女に、思わず、僕は聞く。
脳裏に過ぎった、全てを失った直後の思い出と共に。
「僕達、昔、会ったことってありましたっけ」
「……さぁて、な」
回答はせず、彼女は部屋を後にした。
※
ヘリの中、僕とソーマと設置のための専門の人達三人。
パイロットの話では、到着までもう少し時間があるらしい。
自分の横にあるボロボロの神機と、震える左手に苦笑い。ソーマたち含めて、任務の内容をもう一度確認する。
「誘導装置は貴重だと伺ってます。みんなで協力して成功させましょう」
何か言いたい事、聞きたいことは? と周囲に視線を振る。
整備員の一人が、わずかに身を引いた。
「いえ、そういうのはないのですが……、不安で」
「?」
「ソーマさんと部隊を組んだ人は、死ぬって」
それを聞いた時、僕はどんな顔をしたのだろうか。
「いえあの、噂なんですけど――」
「おい」
当のソーマ本人は、僕等の方を面倒そうに見ていた。
「死にたくなければ俺には近づかないことだ。
神薙もな。リンドウが言ってるだろ」
「……」
「ヤバくなったら装置なんて捨てて逃げりゃいい」
ポイントの位置でヘリが下降し、釣り下げていた装置をまずは地面に固定。
地面に着地した上で僕等も降り、直接接地状況を確認して、地面に固定。
またヘリ内部にあった装置も取り出し、例のポールのようなそれを上から尽き刺す。
「静かだな」
静かすぎて不気味と言えば不気味だ。風の音さえ聞こえない。僕等の作業の音ばかりがビル間に反射している。
『――誘導装置の設定、終わりました』
「了解。――ッ! ソーマ!」
と、唐突に音が聞こえて後ろを振り返る。
ソーマの方、彼の背後に無数のオウガテイルが居た。
億劫そうに振り返ると、彼は自分の神機を手に取り、振りかぶって構える。
と、神機から光が迸り――。
「――チャージ、クラッシュッ!」
「!」
迸った光がそのまま刀身を被い尽くし、赤と紫のような閃光が放たれる。
放たれたそれは地面に乗り、衝撃波のように進みながらアラガミを飲み込んで、粉砕した。
「なんだ、今の――」
『――ボサっとすんな。作業続けろ』
「お、おっけい」
『――お前、慌てると素が出る所を直せ。こっちも気が散る』
ため息をついて、ソーマはヘリの方へ。
後は僕の今持ってるこれを付き立てれば終了。
機械の腕がポールのようなこれを固定した瞬間、内部にあった偏食因子からエネルギーが溢れ、照射される。
形状は六角形。
ある程度中心から余裕を持たせた、リングのようなそれの完成。
引き上げの指示を出して、僕等はヘリに再度乗り込んだ。
「よし。任務完了かな? えっと、このまま後は帰り――いや、待って下さい」
「……わかるか、神薙」
妙な音、ぐぼぐぼと建物のアスファルトが溶けるような音が聞こえて、思わず静止をかける僕。
背後ではソーマが、僕とは反対方向(進行の関係でこっちら装置の方向になっていた)を見下ろしていた。
視線の先では、地面に罅が入る。
数箇所の罅からは、何かが盛り上がり、そして姿を現す。
「あれは――ッ」
「シユウか。……擬似防壁と相性が悪いか?」
所々変に足りないような形をしていた箇所に、周囲から光が集り、形作られていき。
現れたのは、翼を腕から生やしたような、そんな姿のアラガミ。立ち上がる姿はヒトガタで、身体をある種の拳法らしい感じに動かし、ポージング。
――お前は、アラガミが生まれる瞬間を見たことがあるか?
シユウは一歩一歩、僕等が作ったバリケードに接近する。
そしてそれを手で掴もうとするけど――エネルギー体に阻まれ、つかむ事ができない。
「とりあえず効いてるか……」
「……いや、まだ早い」
ソーマがそう言った瞬間、シユウは「掴む」ではなく「押す」を選んだ。
このバリケードは、確かに壁。
でも壁だからこそ、その固定が甘ければ簡単に動かされてしまう。
地中にめり込む固定器具だからこそ、僕等は大丈夫だと考えていたのだけれど。
実際の所、目の前の相手には大した問題ではなかったらしい。
「ぼ、防壁が――」
「ちょ、一斉に押すなって!」
全方向同時とまでは言わないけど、二面、をシユウ三体で押されてしまっては、流石にまずい。
ごりごりと地面に固定されていたそれが、簡単に動かされてしまう。
どうします、という声に僕が考えようとすると、ソーマは、そんなこちらなど無視して平然と下に降りた。
「クソがッ」
「――ッ、ソーマ!」
こちらの静止など、もはや物理的に解決する事は出来ない。
重力に乗った彼は、神機をぶんぶん振り回して脳天に一撃。
一体を仕留めた後、彼の方を振り返るシユウたちを見据えて、歩く。
『――来やがれ、似非拳法家共』
答えるように、シユウが彼へと向かう。
ソーマは、誘導装置を守る為に一人降り立った。
このままヘリを下ろすことは、難しい。
ソングバードが万全ならそれも可能かもしれないけど、今の破損した状況でそれを願うのはおこがましいだろう。
だったらどうするべきだ。
「ヘリの位置を、出来るだけ動かさないようにしてください」
「ッ! な、何をするつもりですか!」
「考えてます!」
「は、はぁ!?」
後ろを振り返り、僕は言う。
無責任に聞こえるかもしれない。でも、一人で出来ることには限界があるのだから。
「みんなで考えましょう。時間はあまりありませんが――みんなで生きて帰るんです」
「勘弁してくれ! 防壁杭だって完璧じゃないんだぞ!」「あんな『死神』助けるためなんかに――」
「だったら考えてください! 僕も考えてます」
その上でダメなら撤退もありうる。だけど、何もしないまま彼だけを見捨てるなんてことは、僕には出来ない。
そんなタイミングで、ソーマから通信が入った。
『――お前等は降りるな。下手に動かれると足手まといだ』
「――っ、強がってんじゃない! 増えてるんだぞ、段々と!」
『――チッ』
距離が離れてる僕が音で感知できることだ。現場で戦ってるソーマなら、一発でわかるだろう。
徐々に再び増え始めている、というよりも第二波と言うべきか。また二体増えたシユウが、両手を突き出してエネルギー弾のようなもをソーマ目掛けて放つ。
舌打ちしながら彼は誘導装置から離れ、囮のように全体の視線を集めていた。
でも、いくら戦力が高くても、どうにもできない事がある。
三方向に加え上まで覆われて、突き飛ばされたソーマは蹲っていた。
「装置は諦めて! 一人でそいつらには勝てない!」
思わず乱暴な口調で怒鳴る。
それに対して、ソーマは言葉を返してこない。
「死ぬな、死にそうになったら逃げろ!
ソーマ!」
『――隠れる場所なんてねぇじゃねーか』
ただ、リンドウさんの引用には自嘲するような響きで返してきて。
『――もう、死ぬのは俺だけでいいんだ。
俺一人だけで、もう帰りたくない』
その言葉に、ヘリに乗っていた全員が言葉を失った。
立ち上がり、ふらふらになりながらもシユウたちと戦う彼。
僕の脳裏には、榊博士の映像ディスクで見せられた過去の映像。支部長と、アイーシャさんと、榊博士と。
形はどうあれ、彼等に祝福されて生を受けたソーマのことを。
そんな彼がこう考えてしまうまで、どれくらい感情を抱え込んでいたのかということを。
親との蟠りもあったかもしれない。周囲との軋轢もあったかもしれない。
でもだからこそ、こんなの、こんなのって――。
――ユウは、どうしたいの?
「……決めた」
自分でもびっくりするくらい、低い、力強い声が出る。
「僕は戦おう。戦おうじゃないか『仲間のために』」
アキちゃんや先生たちに対する贖罪も、あるかもしれない。時に怖がって、震えてダメになってしまう時もあるかもしれない。
でもだからこそ、立ち上がろう。
だって、僕は「神薙ユウ」なのだから。
「仲間一人助けられないで、何がゴッドイーターだッ!」
吼える。意味もなく吼えてるわけじゃない。自分を鼓舞する意味も込めている。
ここに来るまでの恐怖も、ソングバードを持ってくる時に震えた手も、そんなものは二の次だ。
考えろ、どうすれば助けられるかを。
「……あ、あの、神薙さん?」
「何ですか」
後ろに居た青年の誘導員が、僕に言う。
「装置って、オンオフの切り替えが可能なんですよ。オフの状態でも引き付けるって事は、だから――」
「――ッ、ありがとうございます!」
おい、と静止する他の二人を見て、彼は震えながらも言う。
「……だって、あんなこと言われて、どうしろって言うんですか!」
「そ、そりゃ……」「でも……」
「ど、どっちにしても、神薙さんがイエスって言わなきゃ離れられないんだから、仕方ないです、よ」
バツが悪そうな三人。僕はそれを内心で微苦笑しながら、パイロットに言う。ヘリを装置の上に付けてくれと。
降ろさなくても良い。それくらいはサクヤさんも、リンドウさんもやっていたことだ。
だったら、経験が浅かろうとアリサやコウタや、僕がやって出来ないはずはない。
ソングバードを強く握る。
「さぁ、行こうか」
――よーし、頑張ろっ!
脳裏でアキちゃんの声を幻視しつつ、僕はヘリを飛び降りた。
地面に着地した時点で、足に走った衝撃と激痛。でも同時に「蠢く何か」の不快感が、足に集中してそれすら忘れさせる。
「よし」
杭の内側で、僕は装置の方へ行き、起動させようとする。
するけど……、あれ?
『――横の方にレバーがあります。その中に0と1って描かれたものがあるから、それを1の方に倒して』
『――起動したら、少し離れた方が良いと思います。発熱するってマニュアルにはありましたから!』
「は、はい!」
三人のうち、残り二人の声を聞き、僕は装置を起動させた。
通信が流れたせいか、ソーマはこちらに気付き、振り返った。
「~~何やってる、装置を切れ、神薙!」
慌てたように叫ぶ彼に、僕はどこか、過去の支部長の面影のようなものを見た。
少しだけ謎の安心感を覚えながら、僕も叫び返す。
「ソーマ! 今なら
「――ッ、またアレをやれってか」
神機をまた回してから振りかぶり、彼は僕の方を見て苦い顔をする。
回りこむ余裕はない。神機の柄を引いて回し、盾の状態にする。中途半端にギターらしさの残ったそれを構えて、僕は待つ。
『――撃て、ソーマ!』
『――だが……ッ』
何をためらって居るのか、僕にはわからない。
ひょっとしたら彼の脳裏には、今まで組んできた仲間たちの姿が見えたのかもしれない。母親や父親のかつての姿が見えたのかもしれないし、僕の知らない何かだったのかもしれない。
でも、僕は叫ぶ。
「君は仲間たちを、母親を、犠牲にして生きているんじゃない!
君は――」
だって、あんなにも両親の二人は、幸せそうに話していたのだ。ソーマの名前について。
だったら、そこにあった愛情はきっと本物のはずだ。
だとしたらそれは、せんせいと同じだ。
「――希望を托されて、母親がその命を繋いだんだ!
君は死神なんかなじゃない! 僕等の仲間で――ゴッドイーターだ!」
撃って、戦って――守れ、ソーマ!
『――クソ、言うじゃねえか
今度こそ、神機には破壊のための光が纏われ、放たれる。
「でああああッ!」
「ッ、お、おおおおおおおおおおおぁああああああッ!」
迸る閃光は周囲を焼き、かすれていたバリケードの手前で炸裂した。
エネルギー自体はソングバードまで届き、僕さえも焼こうとする。
でも、倒れちゃいけない。倒れはしない。
僕はまだ死ねない。やらなきゃならないことがあるのだから、死んだりしちゃいけない。
衝撃が止まり、煙が晴れる。
向こうでは、茫然とこちらを見るソーマが居た。
「だい、じょうぶ、だよ。
僕は死ねないから、まだ」
それだけ言って、僕は倒れる。
死ねないとは言っても、体力的には色々限界なのだ。
「おい、ユウ――、お前――――って言っておいていきなり――!」
叫ぶソーマの声が途切れ途切れに聞こえるけれど、意識を集中できない。
気が付けばそのまま、僕は意識を手放した。
※
目を開ければ、空は真っ黒。
「気が付いたか」
「……ソーマ? ッ、装置は!?」
上の方から見下ろすソーマ。上下逆転している視界で、僕は思わず叫ぶ。
あっちは無事だ、と言って彼はため息をついた。
身を起こして見ると、確かにその通り。スイッチも落されていて、再度の調整をしているらしかった。
向こうもこっちに気づいたらしく、三人とも手をふったりしてくれた。
「……ターミナルで見たのか、榊のオッサンに聞いたのかは知らないが。
お前に俺の何がわかる」
無感情に見下ろす彼の目に、僕は一瞬答えに詰まる。
まさか当時のモノホンの映像を見たとは言えまい。でも、だったら何がわかるのかと言えば――。
――大丈夫だよ。
不意に、アキちゃんの声が脳裏に反射して、そうか、と納得した。
「……わからないよ。ただ、わかることもあるってだけ。
少なくとも僕にも、命を繋いでくれた人達がいたってことくらいは」
「お前……。これ使え、隠すくらいしろ」
そう言って、包帯を投げてくるソーマ。
言われずともわかってる。僕の右腕の、腕輪の回り。皮膚の下側の筋肉だろうか、そこの色は激しく変色していたのだから。
もはやそれは人体の色ではない。別な何かが形作られようとしてるかのように、歪な斑点。
包帯を巻いて、それを隠す。
「そんな身体で、どうして任務を受けた。死ねないって言っただろ、お前」
「少なくとも『今』は、ね。
……でも、もう決めたから」
神機を手に取ったのは、ただ失われて行く状況を覆すため。
ゴッドイーターとして戦うのは――仲間たちのために。
「わかりやすい目標としてはエイジス島の完成のため、ってなるのかな。そういう風に言うと」
「……馬鹿か。あんなモン、出来たところでどうなる。
アラガミはコアを破壊しないと倒せず、倒したところで霧散したオラクル細胞がまた集り、いずれどこかでまたアラガミを生み出す。オラクル細胞の総量は変わらない。誰が何をどうしたところで、希望なんてない。
いずれエイジスに特攻かけられるアラガミが生まれて終わりだ」
ソーマの言葉はそれだけ多く現実を突きつけられたということだろう。他ならぬ、支部長の子供だということもあるのだろうから。
でも、だったらそれこそ。
「――なら、誰かに托せばいいんだよ」
「……托す?」
「君のお母さんや、お父さんがそうしたようにさ。子供を生むとか、そういうことだけじゃないさ。
自分を使って、希望を、誰かに托すんだ。そうやって命を繋いできたんだから――君はまだ、死んだリしたらダメだ。次は君の番なんだから」
「俺の、か」
だって僕
言葉にできないことは、胸に仕舞い込む。そんな僅かな嫉妬でさえ、今はどうでも良い。
あの時、アキちゃんが何を考えていたのか、正確なところは推測さえできない。でもきっと、大丈夫だと笑った時のそれに、今の僕みたいな心境も含まれてたんじゃないだろうか。
いつかきっと、誰かが報われてくれるっていう安心感を。
「さて、と……、痛てて」
「……ほら」
ソングバードを杖代わりに立ち上がろうとすると、ソーマが手を差し出した。
慣れないことをしてる自覚があるのか、ちょっと僕から視線を逸らして、一言。
「……俺だって死ななかったんだ。
お前だって、死ぬんじゃない」
「……大丈夫」
それだけ言って、手を借り立ち上がる僕。
微笑む僕に、のんきな野郎だとソーマは皮肉げに言って、ため息をついた。
「注意はあまり聞いてくれなかったようだ。
まあ、予想はしていたけれどもね。伊達にメンタルチェックまでしていないさ」
「ごめんなさい」
「と言いつつ微笑みは絶やさない、と。……あの時より自然に笑っているあたり、無理はしていないのかな?」
「多少はありますけど、多少です」
ふむ、と榊博士は唸る。
とりあえず、と僕は例のディスクを差し出した。
「嗚呼ごめんごめん。君が拾っていてくれたか。助かったよ。
もちろん中身は見ないでいてくれたよね?」
「……ちなみに何が?」
「なに、若い日の苦い思い出さ。
さて、と――」
整備室を一周見回した後、博士は僕に聞いた。
「覚悟は、決まったかい?」
「はい」
「そうか。……では、引た――」
「直してください、ソングバードを」
訝しげな表情をする彼に、僕はもう一度繰り返す。
「もう一度、立ち上がる為に。みんなと戦えるよう、直してください」
「……、正気かね君は」
「あと、もう一つ。余命は、誰にも言わないでおいて下さい。任務に行けなくなっちゃいますから」
メガネの位置を調整して、榊博士は糸目から想像もつかないほどに目を見開いた。……って、いや、そんな顔できたんですね博士。そんなに目を開けたのかと、ちょっとびっくり。
「興味深いな、と言っておこう。わかった、引き受けようじゃないか。
だが一つ聞かせてくれ」
何故、そこまでゴッドイーターであろうとするのか。
彼の質問に、僕は力を抜いて答える。
「僕が、神薙ユウだからです」
せんせいからそう貰って、アキちゃんたちがそう呼んで。
一人だけ生き残った無力感を、もう、味わいたくないと願って、戦うことが出来ると知って。
その上で、もう僕は、一人じゃないのだと知って。
「誰かから失わせないために。
仲間を守る為に」
きっと第三者から聞けば、絵空事というか、具体的なそれでさえないのだろう。
絵に書いた餅というか、机上の空論と言うか。現実感が薄いって、言葉にして自分でも思う。
でも、僕はそれに命をかけられる――希望を見出せる。
「理由は、それだけで充分です」
僕の答えに、榊博士は何も言わなかった。
ただ、棚の上に置いてあった「試作8249」のジュースの缶を手渡して、僕の背を押した。
味は酷く甘ったるくて――それこそ、酔っ払ってしまいそうな程だった。
最終話ではありませんが、1stシーズンは一旦お休みです。
今後については現在検討中ですが、とりあえず冬までは短編数話くらいは予定しています。時系列とかしっちゃかめっちゃかなのはお察しということで;
※ちょっと忘れていたシーンを追加