あの神を薙ぎはらうは貴方   作:黒兎可

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※展開次第で小説版に繋げられなくなるかもしれませんが、まぁ出来る限り頑張ろうかと思います;
※グロ注意
※本作のユウの過去は、決して公式のものではありません


メテオライト編
Episode 10. 半身


 

 

 

 

 

 

 Episode 10. 半身

 

 

 

 

 

 いつか見た部屋。いつか見た光景。

 いつかと違うのは僕の腕と――この場を仕切る審判者。

 

 徐々にライトアップされていく部屋は、僕が腕輪を最初に装着した時を思い出させる。

 

 僕は再び、この場所に舞い戻ってきた。

 

 また、戦うために。

 

『――これより、改良神機との適合調整を行う。

 腕を置きなさい』

 

 榊博士の言葉に従い、僕は右腕をあの(あぎと)のような装置の前にくべる。

 

 未だ内側で蠢く何かは、僕の意思とはやはり無関係なものだった。

 

『――この再調整は、アームドインプラント内のオラクル細胞に干渉する。端的に言えば一度「引き剥がす」ことになる。腕輪装着時よりも、はるかに大きな苦痛を伴うだろう。

 それでもやるというのなら――はじめよう』

 

 ――お願いします。

 

 僕の言葉を受けて、装置が動き出す。

 あの時よりは低い高さから落とされたそれ。でも、その動作は明らかにあの時と異なった。

 

 上の蓋の部分に、腕輪の上半分が吸着し。

 

 下半分も固定され、その状態で引き剥がされようとしている――。

 

 上に持ち上げられたそれと、下に残っているその中間。腕を侵食しているものと同様のそれが、腕の、腕輪があった、手首の「内側から」――もっと言えば切り込みか、傷跡か。赤黒くさえ血が残って居ないのは、きっとオラクル細胞に捕食されたからだろう。

 穴の開いた手首の、その要所要所を、今、腕を侵食しつつあるオラクル細胞と同様のそれが補っていた。

 

「――ッ」

 

 補っていたそれが、無理やり引き剥がされようとしていた。

 

「ぐ……ッ」

 

 腕の穴から漏れ出たような、蠢くオラクル細胞。

 まるで引き剥がされまいと抵抗するように輝き、僕の腕の内側を焼くように痛みを走らせる。

 

 その深奥に――僕は、意識を刈り取られそうになる。

 

「――――」

 

 だが、不思議と声は出なかった。

 いや、違う。声にもならなかった。自分の中の限界値を、その痛みは振り切った。

 

 激痛が、意識を焼く。

 

 それでも、踏ん張らないといけない――。

 

 

 この程度のことで、「生きる事から逃げてはいけない」のだから。

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

 自分の記憶がいつからあるのか――。

 

 振り返ることも難しいけど、最初の記憶の時点で、僕には父親が居なかった。

 いや、より正確には母親さえ居なかった。母親代わりの女性は居たけれども。ある程度まとまった人数。黙々と作業を続けて、野営をしていた彼らの中に僕は居た。

 

 初めに居た場所は、酷く寒かった。

 

 そこの土地を抜け、暖かい地域に移りながら。わずかばかりの食料を持ち、僕らはゆらりゆらりと、足を進めた。

  

 

 来る日も、来る日も、来る日も来る日も来る日も――。

 

 

 気が遠くなるような長い間、歩いていたように思う。年月は、この頃は全く数えていなかった。

 

 

 なんでこんなことをしているのか。全く理解できず、一度だけ母親代わりの女性に聞いた。

 

 咳を繰り返しながらも、彼女は笑って言った。何処かを探してる、と。何処か受け入れてくれる場所を探していると。

 

 

「かあさん、無理にしゃべらなくて大丈夫だよ」

「××××は、やさしいねぇ」

 

  

 寂しげに微笑む母親代わりの彼女。顔立ちもどこか僕と似ていたから、ひょっとしたら血縁者だったのかもしれない。

 僕の名前を呼びながら、頭をなでてくるのが少しくすぐったかった。

 

  

 そんな彼女が、その数日後。血を吐き、目を見開き。僕の呼びかけに一切答えなくなった。

 お母さん、と揺さぶる僕。大きく目を開き、苦しそうな彼女。

 

 

 やがて他の男性が僕を彼女から引き離し、血まみれになった僕を一杯洗った。

 

 彼女は、服以外の身ぐるみをはがされて埋められた。

 

 薬が手に入らなきゃいけない――。女性のかかっていた病気に他の人々もかかり始めた。

 

 僕は夜の見張りとかくらの仕事を任されはしたけど、ただそれだけだった。その場には居たけど、やっぱり誰も僕には見向きしなかった。

 

 発症してなかったヒトたちで、まだ残ってる街の跡に薬を取りに行くという話が上がった。

 

 

 僕は、それに参加した。それまで全然話してくれなかった大人が、少しだけ笑って僕の頭をなでてくれた。

 

 

 薬をとって帰ったら、帰った先のヒトたちが食い荒らされていた。

 

 

 

 当時の僕は、ただ悲しむということもよくわからなくて。周囲の大人たちが泣いているのを、ただただ困惑して見つめるしかなくって。

 母親代わりの女性が死んだときのことを思い出し、そして、その時の周囲の人たちと反応が同じであることに、この時ようやく気づいた。

 

 

 思えば、泣いた事はなかった。

 

 

 海を渡り、島国に渡り。

 その先で、また襲われた。

 

 人数が半分くらいに減った。不思議と、みんなは僕を庇ってくれた。

 

 逃げろ、と叫ばれた。僕は、周りの何人かと走って逃げた。

 

 

 大きな顎が、人間の胴体を上下につぶす音を聞きながら、必死に、必死に。

 

 

 大きな門の前にたどり着いた時、人数は三人になっていた。

 最初にあれだけの人数が居たのに、気がつけばそんな人数だった。実に、一割にも満たなかった。

 

 

 そして、僕らは腕に何かのシートを付けさせられた。

 

 僕と、男性の一人の色は青だった。

 残った一人は、橙色だった。

 

 

 橙色だった彼は、門を通された。

 

「今日から、俺が父親代わりだ……へへっ」 

 

 僕と男のヒトは、一緒にキャンプを目指した。門の中に入れないヒトは、そこに行かないといけないらしい。

 

 ただ、その男性はその日の夜。笑いながら僕の頭を撫でて。

 少しだけ休ませてくれとやさしく目を閉じて、そのまま動かなくなった。

 

「とおさん? ……」

 

 眠った訳じゃなかった。彼は、あくる日も、あくる日も動かなかった。

 

 

 

 僕は、一人になった。

 

 

 

 どうしたら良いか分からなかった。分からなかったけど、みんながそうしていたように。彼の脈が止まっているのを確認して、僕は彼の持っていたものをまとめて。

 みんながそうしていたように、彼を、埋めた。

 

 

 埋めてる僕の背後に、何か大きな気配が飛び掛ってきていた。

 僕はそれに、その時は気づいていなかった。一瞬の出来事で、単に知覚能力も低かったんだろう。

 

 

 数秒後、その影が真っ二つに引き裂かれたのが、幸運だったのか不幸だったのか。

 

 

「――何、やってんだ?」

 

 

 タバコを吹かしながら、その男のヒトは僕を見下ろしてそう言った。

 わからないです、と僕は正直に答えた。

 

 

「なにですか、あなたは? あなたは、たおしてました、アラガミを」

「ゴッドイーターってんだ。……お前、何処から来たんだ?」

「わたしは、しらない。でも、わたしはきました、とおくから」

 

  

 たどたどしい受け答えに、でもその男のヒトは邪険にせず、しゃがんで、僕と目を合わせてくれた。

 腕には、腕時計が巻かれていた。

 

「お前、名前は?」

「××××」

「……人間の名前じゃねぇな、そりゃ――」

 

 しばらく彼と何かとりとめもないようなことを話した。

 

 

「――生きたいか? お前」

「なんですか、いきるって」

 

 

 僕の頭を撫でて、彼は扉の入り口に向かった。

 

 そこには車があって――そこで僕は、彼女と出会った。

  

 

「ちょっと、コイツを任せたい」

「り、リンドウさん、また……」

「まだ枠は余ってるだろ? あんまり気は進まないが……、見過ごしたんじゃ、姉上とかサクヤからどやしつけられるだろ、な? ”目の前の光景に、鈍くなっちゃ”いけねぇんだわ」

「単なるエゴですよね、それ……。みんな私のところで、引き受けられるって訳でもないのに。

 あー、ごめんね? 君、なんて言うの? 私は――」

 

 

 それが、僕とせんせいとの最初の出会いだった。

 

「おう、××××。餞別だ」

 

 せんせいの元に僕を引き渡すと、彼は腕時計をとって、僕の腕に巻いた。

 僕の頭に手を置いて、彼は言った。

 

 

「わからないなら、これから行く先でしっかり見極めろ。

 ――自分の生きる方角を」

 

 

 車に揺られながら、僕らは門を後にした。

 

「全く、キザなんだからあのヒトは……。サクヤさんだけじゃなくて、何人落ちてるのかしら」

「あなた、は、こいびと、かれ?」

「え、へ? あ、いやいやそんなんじゃ……。

 ”って、ドイツっぽいね。言葉わかる?”」

 

 言語を切り替えてくれたお陰で、その後はある程度会話がスムーズになったことはよく覚えていた。

 

「”これ、あげます”」

「”んー、だーめ。これは君がもらったものでしょ?”」

「”だって、恋人さんの――”」

「”だから違うっての。んー、でもそういうことなら、君が預かってて? 返さなくても、いいから”」

 

 彼女は、色々教えてくれた。僕が全く知らなかったことを。

 

 アラガミという生き物から、人類を護るために生み出された人々――ゴッドイーター。 

 何故、こうした塀の中に入れる人間と入れない人間とに分かれてしまっているのか。

 

「”××××って名前じゃ、ちょっと壮大すぎるし、何よりパッチテストの記録が残ってるわよね。

 調べれば足はつくけど、そのまま素通りさせると問題あるし……。名前、決めないとね?”」

「”何か、いみがあるんですか?”」

「”意味っていうか……、んー、みんなにも相談ね?”」

 

 着いた先は地上の、壁沿いの建物だった。

 

 そこそこの大きさで、でも周囲の建物からはいくらか距離が開いていて。

 

 車からせんせいが降りると、わーっと、子供達が群がって。

 その中にもみくちゃにされながら、僕は大きく困惑した。

 

 

 施設は、学校のようであったらしい。周りの子たちに説明されて、なんとか、ぎりぎり理解できた。当時は言葉もいまいち理解できてなくって。でも、名前を決めようとなったとき、真っ先に手を上げた女の子が居た。

 

 

「はい、じゃあ――アキちゃん」

「にゅう! なんか、にゅーって感じの髪型だから!」

 

 

 そんなよく分からないことをのたまったのが、彼女だった。

 霊代(たましろ)アキ。アキちゃん。赤毛を揺らした、元気な女の子。

 

 流石に「にゅう」はまずいということで、その後もしばらく案を出し続けた結果。最終的にはせんせいが僕につけてくれることになった。

 

 

 

「君の名前は――今日から、神薙(かんなぎ)ユウくんです。よろしくね?」

「”あの、どういう意味なんですか?”」

「”ふふ。上は、ゴッドイーターみたいな感じにねー。強く生きなさい! みたいな感じで”」

 

 

 そこからの三年間。

 何を感じるのか、何を考えるのか。よく分からないなりに、僕の環境は恵まれていたのだろう。

 食べ物も以前に比べれば安定していて、背も伸びた。ぐんぐん伸びた。あっという間にアキちゃんを追い抜いて、態度の大きかったあの男の子も追い抜いて、絡まれたりケンカしたり。

 みんなでご飯を食べて、会話して、勉強を教えてもらって。

 そんな、そんなことを経験するのは初めてで。

 

「今ある景色に、鈍感になってはいけないよ。それは、きっと誰も幸せになれないから」

 

 何をするのも新鮮で、何をするのもちょっと怖くて。そして何をするのも、みんなが一緒に居て。

 

 いたずらして怒られたり、あの「恋人さん」と話してるせんせいを見て今日の夕食はちょっと豪華だってみんなに触れ回ったり。配給の手伝いをしたりして。

 

 その時、少し気づいた。僕らみたいな子供たちが何人か、ここ以外にも居ることを。

 その子供達が、数ヶ月置きにみんな別な人間と入れ替わってることを。

 

 先生が、すごく悲しそうな顔をしていたことを。

 

 

 

「ユウね。私、決めてることがあったんだ」

 

 アキちゃんは、ある夜、僕にそんなことを言った。

 一緒に星を見上げながら、僕の手を握ってアキちゃんは笑った。

 

「私――ゴッドイーターになるの! もっと大きくなったら。それで、みんな、みんなをもっと助けたい」

 

 夜の闇、屈託なく笑う彼女の笑顔が、僕には何より眩しかった。

 

 アキちゃんには、適正があった。家族みんなが死んで、それでも一人逃げ逃れ、パッチテストを通過してここに入った。だからより一層、家族のためにと胸を張っていた。

 

「だから、出来ればなんだけどさ。そうなったらユウも、私を助けてくれない?

 駄目……、かな」

 

 上目遣いに見上げてくる彼女に、僕は動揺しながらも頷いた。

 

 アキちゃんは、本当に、本当に嬉しそうに笑った。

 

 

 この時に決めたんだ。僕の生きる方角を。

 

 この笑顔のために、何かしたいと。みんなを助けると言った、この笑顔のために。

 

 

 

 ――この笑顔が、失われませんようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夜。警報が鳴った。

 

 鳴り響く警報に、僕は跳ね起きた。

 

 

 外に出ると、ここからそう遠くない場所で、壁が破られていた。

 見覚えのある白い、大きな(あぎと)が、こちらに向かって駆け出していた。

 

 ちょうどその時だ。――どこからともなく飛来した何かが、僕らの孤児院の前で爆発したのは。

 

 

 

 急いで孤児院の中に入った。みんなを起こして、逃げるんだと言った。

 寝ぼけながらも、子供達はみんなで逃げようとしていた。

 

 せんせいは、何か道具を集めていた。今となってはそれが何なのか検討もつかない。

 

 

 ちょうどその時だ――入り口のところの壁が、巨大な、筋肉の塊のようなアラガミに襲われたのは。

 

 僕らを庇うように立ちはだかった先生の胴体が、見たこともないくらい、簡単に「弾けた」。

 

 

 

 悲鳴を上げながら、子供達は逃げた。裏口じゃない。「建物の隅々に」。ただ隠れるように逃げた子供達。僕や態度のでかい男の子、年長たちの言葉を混乱した子供たちは聞かなかった。

 

 

 でも、それだって全員が隠れられた訳でもないし、隠れたところで意味があった訳でもない。

 

 走り続けながら持ち上げられ、一口。

 足を叩きつぶされ、胴体を叩きつぶされ、頭だけを持ち上げて一口。

 隠れた棚を、暴力的な一撃で粉砕されて、飛び散ったものを啜りながら残ったものを一口。

 

 

 僕も、あいつも、そのアラガミたちに追われていた。

 

 

 躓いた僕を「何やってんだ!」と言って蹴飛ばした彼。

 いつもあんなに僕とケンカしていたのに、何故僕を庇ったのか。

 

 答えを知る前に、僕の目の前で彼の首から下は、消えた。

  

「あ……」

 

 自分の中に湧き上がる感覚に、不気味なその感覚の名前を、僕は知らなかった。

 今ならわかる。――恐怖だ。

 

 かつての自分には、なかった日常が。毎日が、みんなが。僕を引き受けてくれたせんせいが。

 

「ああ……」

 

 一瞬のうちに全て消滅してしまう、それが。

 

 

 

「――ああああああああああああああああッ!!!!!?」

 

 

 

 とてもじゃないけど、出来始めていた自分の精神には、耐えられなかった。

 絶叫して、でも、それでも僕は立ち向かうことが出来なかった。

 

 ただひたすらに、逃げようとしていた。

 

 

 それでも、奴はそんなことなどお構いなしに僕の身体を持ち上げる。

 

 

 出てきたアラガミの中でもひときわ大きくて、羽衣のようなそれを巻いたアラガミ。

 

 

「――目を閉じて!」

 

 

 そんな声と同時に、僕と奴の視界が真っ白に包まれた。

 目を押さえて僕を振り落とすアラガミ。

 

 倒れた僕は、誰かに――アキちゃんに手を引かれて、そのまま逃げた。

 

 

「あ、アキちゃん?」

「(し! もう、周りみんなアラガミに囲まれちゃって、出るに出れないから。

  とりあえず一晩は、ここで待ってよ)」

 

 

 アキちゃんに言われ、僕らは地下に逃げた。

 地下なんてのがここにあったなんて、僕は知らなかった。

 

 アキちゃんは、地下室にあった資料をライトで照らして、苦い顔をした。

 

 

「……囮、か。まぁユウ以外にもパッチ通ってない子も居たし、仕方ないって言えば仕方ないか」

「アキちゃん?」

「大丈夫。だって、ユウは私が護るから」

 

 僕を抱き寄せながら、アキちゃんは自信まんまんといった笑顔をして笑った。

 

 その背中に回された手が、小刻みに震えていたのを僕は知っていた。

 

 

 僕らは息を殺していた。

 物音の方向を確認しながら、時にちょっとずつ場所を移動しながら。

 

 

 地下は地上と同じくらいに広く、そして所々に食べ物があった。

 

「場合によっては足止めも出来るか。……ユウ、時計貸して?」

「うん」

 

 「恋人さん」からもらった腕時計をして、アキちゃんは時間を確認しながら、棚にあったものを少し崩したりして、バリケードのようにした。

 

 

 僕らは、その奥で手を合わせて震えていた。

 

 

 

 

 どれくらい時間が経っただろう。

 

 ゴッドイーターたちが来たのか、地上からずっと響いていた音が小さくなっていった。

 地下に入ってくることもなく、バリケードも突破されることもなく。

 

 恐る恐る、僕とアキちゃんは地上に出た。

 

 

 

 ――その判断が間違いだった。

 

 

 

 地上に出て、大穴の開いた壁を見つめる僕らは、背後からアラガミの一撃によって、吹き飛ばされた。

 

 

 その一撃で、僕は左足を失った。空中を舞う足と血に、アキちゃんが目を見開いた。

 動けない僕と、それに駆け寄るアキちゃん。

 

 それを見下ろすアラガミは、気のせいでなければ、笑っていたように思った。

 

 

 

「――大丈夫だよ、ユウ」

 

 

 

 そう言いながら、アキちゃんが僕の前に立った。

 アラガミの前に、立ちはだかった。

 

 

 何をするんだ。意味ないじゃないか。僕の困惑も、恐怖も、悲しみも、しかし彼女は笑顔で受けた。

 

 

 彼女の上半身が凪がれ、右肩を中心とした胴体が抉られた。

 

 

 飛び散った中身に、僕はひたすら困惑するしかなかった。恐怖するしかなかった。悲しむしかなかった。

 この期に及んで、僕の内からは「戦う」という言葉は生まれてこなかった。

 

 

 アキちゃんの大部分を占める残りを摘み、アラガミは舐めるとその場に捨てた。まるで後で、いくらでも食べられると言わんばかりに。

 

 

 壁に激突した瞬間、彼女の胴体の残りの、左腕の時計が壊れたのだろう。

 

 

 

 にたりと、笑われた気がした。目の前のアラガミは、僕を小ばかにしたような気がした。

 

 僕は――もう、どうでも良くなってた。死にたいか、死にたくないかじゃない。「みんなが居ない」のは、死ぬ事と代わりがないのだから。

 

 

 

 みんなが居ないなら、失われてしまったなら――それは、死んでるのとなんら変わりはないのだから。

 

 

 

 振り上げられた拳。でも、それが僕に振り下ろされることはなかった。

 

 アラガミの胴体に、銃弾が数発当たった。軽くダメージを受けたのか、アラガミはその先を見た。

 

 

「ユウ、逃げ、て――」

「――アキちゃん?」

 

 

 アキちゃんは、まだ生きていた。

 大量の血を断面から流しながら。腕が片手になりながら。ショックで死んでもおかしくないはずなのに、それでも歯を食いしばって。

 

 せんせいが持ち出していたモノの中から、銃を取り出して。

 

 そんなもの、アラガミに効く訳がない。アラガミ用の弾丸だとしても、意味があればゴッドイーターなんてそもそも生まれていない。

 

 なのに、アキちゃんは「大丈夫」と言う。

 

 

 アラガミが、標的を彼女に変えた。

 

 

 止めてくれ、という言葉は届かない。

 

 アキちゃんは、首を掴まれ持ち上げられながら。大口を開けるアラガミに、拳銃を向ける。

 

「私は、ゴッドイーターになるんだ……」

『――』

「ユウを、ユウだけでも護るんだ……、ユウだけでも、護らなきゃいけないんだ。

 こんなところで――」

 

 アラガミが、アキちゃんを口の中に入れようとして――。

 

 

 

「――生きる事から、逃げてたまるかッ!」

 

 

 

 銃声が一つ、鳴った。

 

 アキちゃんは、鎖骨から上だけが残った。

 それでも、アキちゃんの一撃で、アラガミは動かなくなった。その場に倒れて、微動だにしなくなっていた。

 

 

 アキちゃんの顔は、強い決意に満ちた表情だった。

 

 

 

 僕は――何もできなかった。

 

 また周囲でアラガミの音が鳴って、僕は身体を引きずりながら、アキちゃんの「残り」を抱えた。

 残りを抱えて、地下に逃げた。

 

 作ったバリケードを、越える事はもう出来なかった。

 

 どれくらい時間が過ぎたかは知らない。アキちゃんが腐らなかったことからして、数日も経ってないだろう。ひょっとしたら、一日程度かもしれない。

 

 

 まだ周囲にアラガミが居るような音がする。僕は地上に上がれず、ただ小さくなっていた。

 

 アキちゃんの顔を、見る事はもう出来なかった。

 空腹を押さえながら、それでも、もう一歩も動くことが出来なかった。

 

 死にたい。死にたい。そう思っていた。

 

 でも、それさえも僕は嫌であるらしい。死んでるのと同じでも、僕は「死ぬ事から逃げた」。

 

 

 記憶がなかった。ただ気が付くと――アキちゃんの残りの、右足が、ボロボロになっていた。抉られたような、ちぎられたような跡が沢山残っていた。

  

 

 

 その理由に気づいた時、自分の感じていた飢餓感が満たされたことを知った時。僕は、血の気が引いた。アキちゃんの頭も、身体も、もう抱きしめることさえ出来なかった。そんな資格もなかった。

 

 

 そんな資格も、最初からなかった。

 

 

 

 白い(あぎと)のようなアラガミが、地下にやって来た。

 僕は、動くことさえ出来なかった。

 

 アラガミは、僕の左腕を齧った。感じる痛みに、僕は言葉も出せなかった。続いて胴体に差し掛かる。今度こそ、僕は死ぬのかもしれない。

 

 そう考えている時――アラガミは、いつかのように倒された。

 

 

 風穴が開いたアラガミを僕からどかし、彼女は――ゴッドイーターのお姉さんは、僕を抱きしめた。

 力強く。その感触は、まるで数十年も日の光に当たってなかった人間が、感じる暖かさのように感じられた。

 

 口調がどこか硬いヒトだった。不器用に、彼女は言葉を紡いでいた。

 

「遅れて済まなかった――本当に、済まなかった――」

 

 ただただ僕に泣いてくれる彼女。それでも、僕はもう何も反応を返せなかった。

 

 

 気が付くと、病院に居た。

 入院費用や手術代は、ゴッドイーターのお姉さんが出してくれたようだった。

 

  

 僕の身体は――治っていた。

 

 

 左足と左手は、右のものよりかなり細かった。

 色が、少しだけ白くて。懐かしい匂いがして。

 

 

 それだけで、一体それが誰なのか、僕には分かってしまった。

 

 

 棚の上には、時間の止まった腕時計。

 

 

 僕は――左手を包み込み、泣くしかなかった。泣くことしか出来なかった。

 

 

 

 

  

 

 

 ――一体どれくらいの時間が経ったのだろう。

 

 僕は、病院を逃げ出した。地上でも廃墟同然となっている場所に逃げ込み、配給の時だけ外に出て。

 本当は死のうと思ってた。でも、どうしても死ねなかった。

 

 

『――アキちゃんと言ったか。彼女は、君に託してくれたんだ。君は、だから死んではいけない』

 

 

 お見舞いに来てくれていた、あのお姉さんの言葉が、頭のどこかにこびりついて居たのかもしれない。

 あるいは、やっぱり「死ぬ事から逃げたかった」のかもしれない。

 

 何がしたいのかさえ分からず。何をすれば良いのかさえ分からず――。

 

 

 そして、黒い服の人たちが、僕の元に来た。

  

 

「――神薙ユウさん、ですね。五年前、入院時に行われたパッチテストが合格していました」

 

 

 手渡された、僕の身分照明のカード。孤児院に入ったとき、名前を変えたせいか、パッチテストの記録はなかったようで。

 そして、あの入院した時に行われていたテストで――僕は、合格したのだそうだ。

 

 何かの間違いだと言った。そして、右手でパッチテストを行った。

 

 

 結果は――合格だった。青じゃなく、橙色だった。

 

 

 

 僕は、フェンリルに運ばれた。

 身分照明のカードを見ながら、僕は、じっと、自分の名前を見た。みんなが付けてくれた、せんせいが付けてくれた名前を。

 

 

 ――神薙、ユウ。

 

 

 せんせいは、ゴッドイーターのように、と言った。強く生きろ、と言った。

 ならば――嗚呼そうだ、僕はそうなんだ。

  

 

 

 僕の名前は。

 

 

 ――お前(you)は神を薙ぎはらえ、と言ってるのだと。

 

 

 

 ならば、そう生きるべきだ。

 

 もう誰も失わないように――誰からも、失わせないように。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 感動的なものなんて何もなく。ただただ、僕が人間として足りないというだけで。

 結局は、武器を手に取るのは自分の都合なんだと。痛みが走る脳内で、そう改めて理解した。

 

『――神薙ユウ。君は再び、戦う道を選んだ。

 新たなる神機を手にする前に、今一度聞こう』

 

 腕輪が再び降りた瞬間、僕の脳裏の痛みが急速に引いていく。それと同時に、思考力さえ奪われるような気がした。

 

 それでも、僕は立ってなければならない。

 

「――みんなのために」

 

 ――自分のために。

 

 

 今度は僕が護る番だ。護って――誰かにつなげる番だ。

 

 

 

 

 

 




イロハさんがヒロインすぎて、アリサ入り込む余地ないよね、ホント・・・。これどうなるんだろ

やっぱり余裕があれば、ufoの仕事は完璧なんや! とアニメ見て思いましたね、ええ;
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