あの神を薙ぎはらうは貴方   作:黒兎可

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ユウとレンカとの違いは、①生意気さが低い ②受動的 ③雰囲気がのほほんとしている そして決定的な ④ある条件を満たすと精神が狂気に片足突っ込む だと思ってます。


Episode 2. 命令は三つ

 

 

 

――ピッ

 

――ピッ

 

 耳を打つ電子音。

 走りぬける真っ白な天井。

 

 走る車輪の音を鳴らしながら、僕は、寝たまま移動する。

 

 口元は、強制的に呼吸を持たせられていて。

 

「――お前まで、死なせなくて良かった」

 

 聞き覚えのある女性の声がして、なんとなく、僕は目を閉じた。

 

 

 

 

 

Episode 2. 命令は三つ

 

 

 

 

 

 目の前に見える、大きな顎。

 開いたそれが口を閉じ、僕の全てを飲み込む。

 

 そんなイメージと共に、僕は目を覚ました。

 

「……」

 

 汗をだくだくとかいていた。

 手を握れば、湿った指先。

 

「……ない」

 

 左腕の腕時計が、気が付けばどこかに。

 たぶん、戦っていた時だろう。

 もう探しようもない。

 

 やるせない気分のまま見覚えのない天井から身を起こすと、視線の先に鉄格子が見えた。

 

 牢屋の中から医療班の人が出て、丁度閉まったところだった。

 そして、牢の向こう側では、彼女が僕を見ていた。

 

「……雨宮さん」

「……三佐と呼べ、神薙上等兵」

 

 いつものように冷徹に言い放つ。立ち姿も、安心してしまうほどにいつも通りだった。

 

「ここは……」

「――お前は命令違反の罪でここに居る。わかっているだろ」

「……」

「査問委員会でしかるべき判断が下されるまで、しばらくここで拘留される」

 

 覚悟はしていた。

 衝動的に突っ走って、彼女の言葉を無視したのは僕だ。

 

 そのことで、今更言い訳のしようもない。

 

 軍隊なのだから、我侭を通すためには、それなりに必要なものが多いはずだ。

 生憎、僕はそのどれも持ってはいない。

 

 ふっと、彼女は一瞬だけ視線を緩め、微苦笑した。

 

「そう怯えるな。開き直るのも問題が、そこまで怖がるのも困りものだぞ」

「……あの、どうなりましたか? みんな」

 

 僕の確認に、彼女は背を向ける。

 

「――お前はまだ、出るべきではなかった」

 

 続けられた言葉は、ただそれだけ。

 でも、それだって僕には充分意味が理解できる。

 

 立ち去る靴音を聞きながら、僕は、牢にすがり、彼女の背中をじっとみていた。

 

 立ち姿は、どこか寂しいように見えた。

 

「……済みません」

 

 その言葉に一瞬足を止め、再び歩きだした。

 

 見送った後ベッドに横になり、両手を頭の後ろに回す。

 両足を投げ出して、目を閉じ、反芻する。

 

――もう誰も、誰からも失わせたくはない。

 

 ただただ、その衝動に付き動かされて無茶をした。

 武器を手にとり、静止を振りきり、自分の命を投げ出して。

 その結果がこの様じゃ、笑うしかない。

 

 例え自分が訓練生であったとしても。

 ゴッドイーターの適正試験を受けるまで、わずか三日(ヽヽ)しか(ヽヽ)なかったとしても。

 

 そんなもの、あの場で言い訳になりはしない。

 

「言われた通りだな」

 

 彼女は僕を聡いと言ったが、本当に聡いならあんな無茶は、そもそもしない。

 馬鹿と言われればカチンとくるけど、特別頭が良いわけでもない。

 

 結局、今も昔も。僕には僕のこの身一つ以外、何もないのだ。

 

「……さて、どうなるかな。また無職か」

 

 誰も居ないと、独り言がすすむ。

 

 実際問題、一度ゴッドイーターになった以上は、そう簡単にフェンリルを止めることは出来ないのかもしれないけど。いや、ひょっとしたら人体実験とかに使われてしまうのかな。

 

「それはそれで嫌だなぁ……。でも、まあ――」

 

 ただ、僕は本心からそう思ってしまう。

 

「――誰かの命を繋げるのなら、それでもいいか」

 

 そんな言葉に納得できる自分が、心底気持ち悪い。

 行動が伴って居ない以上、ただ酔っているだけにしか思えない。

 フェンリルに来たのだって、自発的なそれでさえないのだから。

 

「……そういう意味だと、今日のは珍しく、自分で選択したってことなのかな」

「今日じゃなくて、二日前だぞ」

「!」

 

 がば、と起き上がって、僕は声の方向を見た。

 向こう側では、黒い服を着たゴッドイーターの男性が、何とも言えない笑いを浮かべていた。

 

「よう。あんまり話さないって聞いたけど、結構しゃべれんじゃねぇか」

「……! ッあ、あ、あ――」

「上がり症か何かか? まあ、ちょっとずつでいいから慣れろよ。戦場で張り詰めて、帰ってきてからも張り詰めてたんじゃ、そうそう身がもたねぇぜ?」

 

 周囲を見回す彼。見覚えのあるその姿。

 鋭い目つきに飄々としたしゃべりは、間違い様もない。第一部隊隊長、リンドウさんだ。

 

「相変わらず汚ねぇなあここは……」

「……?」

「俺も昔、何度か入れられた事があってよ。……って、まあそういう話じゃねぇな。

 二日前だ。お前が倒れて搬送されたのは」

「搬送……?」

 

 頭をかしげる僕に、彼は頭をかきながら答えた。

 

「四肢の筋肉の、内側での断絶だな。お前、あっち行く時相当無理したろ。

 体の中にアラガミの細胞が入っちまってはいるが、そこまで俺達の体も、人間離れはしちゃいねぇよ。特にゴッドイーターなりたての新米が、そういう訓練もなしに体を充分に使えるようになるかって話だな。敵にやられんじゃなくて、自滅してたら笑いモンだぜ」

「……」

「しっかしお前、豪気な奴だなぁ」

 

 にやりと笑いながら、無言の僕にリンドウさんは続ける。

 なんとなく気恥ずかしくて、僕は視線を落した。

 

「内気っぽいくせに、爆発力はありやがる。それでいて、教官殿にゃ目をかけられてるし。ちったぁ偏りがあるが、別に悪いってわけでもねぇ。

 ただ、気を付けろ? ”優秀な奴ほど早死にする”が、ゴッドイーターの常識だ。決して奢るな、浮かれるなって感じだ」

 

 僕の緊張を解こうとしてくれているのか、リンドウさんはやたらフレンドリーに話しかけてくれる。

 それを受けちゃ、流石に僕も黙って居るのは、ばつが悪い。

 

「リンドウさんが居るってことは、勝ったんですよね。あの後」

「……コンゴウなら倒した。ヴァジュラがあの後出てきたりもしたが、な」

「そうですか……」

「でも、最後の最後である意味負けだ」

 

 タバコを口に咥えて、大丈夫か、と僕に確認をとるリンドウさん。

 首肯をすると、何度かライターをこすり、着火した。

 

 紫煙を揺らめかせながら、リンドウさんは遠い目をする。

 

「何をもって勝ちとするか、だな」

「?」

「エリックは……、お前と一緒に居た、派手な格好したゴッドイーターな。わかるか?」

 

 首を縦に振ると、リンドウさんは何ということもないように、言った。

 

 

 

「死んだ」

「……は?」

 

 

 

 短い一言だった。

 あまりに現実味が感じられなかった。

 

 でも、その断言は続く。

 

「お前にとっちゃ、ちいとばかり酷なことを言うが、死んだ。

 オウガテイルに、左肩から心臓の大動脈付近にかけて、ぱっくりと、な」

「……何が、あったんですか」

 

 わずかに、それだけ言葉をひねり出せた。

 

「……」

 

 リンドウさんは、誰かに似た感情を押し殺したような、冷徹な目で僕を見据えた。

 

「お前が助けた親子な。銃にして助けた母親だ。その人がお前に頭を深く下げて、お礼を言って来てな。

 帰投途中だったこともあって、俺達も多少は気が抜けていた。

 それがいけなかった――オウガテイルが一匹、まだ辛うじて息を残していてな」

 

――エリック、上だ!

 

「ソーマ……、青い服来た無愛想な奴なんだが、あいつはたぶん『逃げろ』って意味で叫んだんだろ。位置的に、アイツと搬送中のお前、両方が食われそうになっていた。付き合いも長かったし、お前の優先順位がソーマの中で、エリックより低かったのも当たり前だ。

 でもエリックは違った」

 

 人の凝固しかかった血を撒き散らしながら、顎を大きく開いたアラガミ。

 それが、救護班の人達と、僕等を飲み込もうと牙を向き――。

 

 エリックさんは、そこに左手を伸ばし、僕等を付き飛ばした。

 

 言われずとも、僕はその光景をありありと想像することができた。

 見てもいないのに鮮明に。

 

 まるで、目の前でその光景が繰り広げられているかのように――。

 

「腕輪が残ってたから、介錯はしないでも大丈夫だったのが救いか。

 だが、どちらにしろソーマにゃ辛い仕事になったろう」

「……」

「何か言い残す事はあるか聞いたら。あいつ、お前を見ながら笑ってやがった」

 

 どーしようもねぇ世界だよな、と彼は続ける。

 

 僕は、言葉が出なかった。

 何を言うのも駄目だと思った。

 

 僕はこのことについて、何か言うのは、なんか、こう、駄目だ。

 

 言葉に上手く出来ない。まとまらない思考が、蛇のようにのた打ち回る。

 

「……。ほれ」

 

 リンドウさんは、僕に何かを手渡した。

 それは、腕時計だった。罅が入って壊れた、そんな腕時計。

 

 血が盤に残り、時間の止まった時計。

 

「落し物だろ。腕のところが切れてたから、直しといた。良かったか」

「……ありがとう、ございます」

「ああ。そうだ、そうやって、少しでも笑ってろ」

 

 笑ってる?

 言われて、僕は自分の口元に手をあてた。

 

「エリックは死んだが、お前は生きてる。さっきみてぇにずっとウジウジしてるよりは、辛そうでも笑ってる方が、健康的だろ?」

「健康的……、って言うんですかね」

「昔からよく言うだろ? 笑う角には……、えっと……、まあアレだ。ほれ」

 

 リンドウさんは、ポケットから本を取り出し、僕に手渡した。

 

「一応ここは、本の持ち込みくらいは許可されてる。

 それは、俺とかが一応作った教本だ。どーしてか評判は悪いが……。気が向いたら、読んでくれ。暇つぶしくらいにはなるだろ」

 

 それだけ言って、リンドウさんは僕に背を向けた。

 立ち去るその背中に、僕は、どうしてか、何も言葉が出てこなかった。

 

 ただ。

 

「……よし」

 

 視線は、手元の本を見据えていた。

 

 

 

   ※

  

 

 

「トリガーは、手元の。リロードは、奥のここ。

 実際に持った時の動きは――」

 

 誰の声もしない牢屋は、はっきり言って発狂ものだった。

 音一つしない空間は、駄目な考えを増長させる。

 

 時計と蛍光灯のちかちかする音だけが、物理的に僕に生きてると知らせてくれる。

 

「……」

 

 食事を持ってきた職員たちの話では、おそらく今頃、上でエリックさんの葬儀が営まれているはずだ。

 

「……剣は、まず握り方――」

 

 エリックさんには、妹がいたらしい。

 彼女へのプレゼントを密かに準備していたらしい。

 

 皮肉にも、それが彼の形見となってしまったわけだが。

 

「よし」

 

 一度動きを読んで把握し、体のモーションとして動かす。

 武器こそ持ち込めないけど、とにかく、何か動いていたかった。

 

「はあああああ……」

 

 手先は、低く。

 重心は、後方に。

 

「――ッ!」

 

 前方に一回。

 続けざまに切り上げ、二回。

 

 飛びあがって撃ち落すところを、足だけ避けて三回。

 

「――あああああッ!」

 

 下に構え、撃ち下ろして四回。

 

 回転するモーションは、僕の無駄のある動きではなく。

 それこそ、そう。僕の目の前でオウガテイルを屠った、彼の、ソーマのように。

 

「……」

 

 なんど動いても、どうしても、僕の胸の内には感情が渦巻く。

 きっと今頃、上の階では多くの人が、彼の死を悼んでいるはずだ。

 

 リンドウさんも。雨宮教官も。サクヤさんといったか、あの人もソーマも、シックザール支部長も、リッカさんも。

 付き合いがなくったって、それこそ、コウタだって。

 

「はあああああ……」

 

 その場に僕が居れないことが、酷くむなしくて、悲しくて、どうしようもなかった。

 元はと言えば、僕が原因なのだ。エリックさんが死んだのは。

 

 もしかしたらそんなこと関係なかったかもしれないけど、それでも。

 

 目の前にいたはずなのに、救えなかったのなら、それは僕の咎だ。

 

「――ッ!」

 

 だというのに、だ。

 僕は、エリックさんの最期に何一つ関われない。

 

「――あああああああああああ!」

 

 おまけに僕は、彼がどんな人なのかさえ、何一つ知らないのだ。

 

 先輩のゴッドイーターで。

 第一部隊のソーマとも友人で。

 

 きっと彼から教われることは沢山合って。

 笑い合って、一緒に任務に出て。時に失敗して、怒られて、それでも勇ましく共に立ち向かって――。

 

 そんな未来があったはずなのに。

 そんな未来は、絶対にもう訪れない。

 

「――はあああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 それが、どうしようもなく腹が立ち、悔しかった。

 

 もう、誰に向けた悔しさなのか。何に向けた怒りなのかさえ、わからないくらいに。

 

「……う……、う……」

 

 結局、また僕は失ってしまった……、失わせてしまった。

 未だ手に入るものも、何もなかったのに。

 

 振りきりのモーションを一旦止め、僕は、本を手にとる。

 とにかく、やらないければ。

 何かをして、少しでも前進しなければ。

 

 そうでもしてないと、今度こそ。

 今度こそ、僕の心は壊れてしまいそうだ。

 

 あの時。「せんせい」たち全てを失って以来、久しく感じなかった焦燥感が、僕の胸の奥を焼いていた。

 

 背後から声をかけられ、僕は首だけで振り返った。

 

「……よう」

「…………ッ」

「酷ぇ顔してんな、ユウ」

 

 リンドウさんは、僕を見て、苦笑いを浮かべた。

 

「お前、神機なしで戦おうとしたんだって?」

「……そんなんじゃ、ないですよ」

 

 この時ばかりは、どうしてか、僕の口は雄弁に物を語った。

 

「でも、逃げられませんでしたから」

 

 リンドウさんに向けて、僕は笑う。

 少しでも、そうしてないと、どうにかなりそうだった。

 

「――目の前で人が死にそうな時に、武器がないからって逃げますか? リンドウさんなら」

「……そうか」

 

 リンドウさんは、多く言葉を続けなかった。

 

 僕は彼に向き直り、頭を下げた。

 ここからは、もう、また衝動的なものに違いはなかったけど。

 

 それでもやっぱり、言わずにはいられないらしい。

 

「どうすれば良かったのか、僕にはわかりません」

「……」

「だから――教えてください」

 

 僕は、心の底から渇望する。

 

「戦い方を、守り方を――みんな(ヽヽヽ)のためになる力を!」

「……!」

 

 わずかに、リンドウさんの声が上がった。

 こころなし、動揺したような声だった。

 

「…………顔上げろ。その話は、今回の後始末が終わってからだな」

「……はい」

 

 恐る恐る見て見れば、リンドウさんは、むしろ心底楽しそうに笑いながら、僕を見ていた。

 

「何ていうか、危なっかしいな。上手く取り繕えているくせに、ぽろっと零れる本音が、渇いてる。

 どおりで姉上が気にかけるわけだぜ」

「姉上?」

「何でもねぇさ。ま、あとはホレ」

 

 手渡されたそれは、何というか、子供向けのアニメのコミックだった。

 

「コウタからの差し入れだ。暇してるだろうからって。後でちゃんと返せとのことだ」

「……ありがとうって、伝えといてください」

「応。ま、後はアレだ。読む前に、顔を一回洗え」

 

 リンドウさんはそう言って、この場から立ち去った。

 ベッドにバガラリーの漫画を置き、言われた通りに顔を洗おうと、鏡の前にたつ。

 

「……あ、なんだ」

 

 そこに居た、ドイツ系の血の混じった東洋人の顔。

 見慣れてるようで見慣れていない、そんな僕の頬には、一筋のラインが引かれていた。

 

「気を遣わせちゃったかな。まったく、情けない」

 

 どうやらさっきまで、僕は泣いていたらしい。

 袖で目元を拭って、僕はちゃんと、念入りに顔に水をぶつけた。

 

 

 

   ※

 

 

 

 どれくら時間が経過したろうか。

 

 コウタのバガラリーを読んで、一人独房全体に響き渡るくらいに大笑いしたり。

 また教本を読んで、身のこなしを実践して、急所にベッドの縁をぶつけて転げ回ったり。

 

 少し疲れたから仮眠をとって、手元の時計を見て感傷に浸ったり。

 

 そんなことをしている時、丁度、三佐は僕の前に来た。

 

「――神薙ユウ。お前に与えらた選択肢は二つだ」

 

 顔を上げて、彼女を見る。

 その表情は、いつも通り。

 

 でも、気のせいでなければ。続く言葉には、どこか挑んでくるような、そんな響きがあるような気がした。

 

「ここに留まり査問委員会を待つか。出て自らの力で、お前に価値があることを証明するか」

 

 お前次第だ。そう続けて、彼女は僕の目を見る。

 

 どうやら僕には、任務を受けて現状を挽回する措置がとられたらしい。

 

 言われるまでもなく、僕の腹は決まっている。

 でも、その衝動と直感に従っていいものか。

 

 わずかに迷っている僕に、彼女は投げかける。

 

「はっきり言えば、私としてはお前を出すのは本意ではない。

 選択肢を与える事すら、ある意味で上からの指示だ。

 だが、あの時お前は確かに言った」

 

――もう誰も、失わせないためにゴッドイーターになったんだ!

 

「その言葉をどう実践するか――決めるのは、お前だ」

 

 彼女の言葉は、やはり否定的で。同時にどこか、僕を、僕等を気遣うような感情があるような気がしてならない。

 でもだからこそ。それを聞いて、僕は今度こそ決心した。

 

「ここで待っていて、神様が助けてくれるなんてこと、ないですよね」

「……」

「祈ったって、誰からも、僕からも、そしてたぶん貴女からも……、みんなからも失われていくんだと思います。今の世界は、アラガミの手によって」

 

 だから――。

 立ち上がり、グローブを手にとる。

 

 腕時計の位置を調整し、その上からグローブをかけ。

 彼女の目を見据えて、僕は、言葉として言い放った。

 

「――こんな状況、覆してやるッ」

 

「……フッ。起きたばかりより、少しは良い目になったな」

 

 一瞬だけだったけど、彼女の目が細まった。

 凛とした強さを持つその微笑に、僕は不意打ちを撃たれ、思考が一瞬停止した。

 

 目の前で彼女が牢屋を操作し、そして、ゲージが開かれる。

 

「出ろ、神薙ユウ。今から、貴様は保釈処分とする」

 

 牢を出ると、彼女は続けた。

 

「前科が前科だから、当然お前には監視がつく。……感謝するんだな、我が愚弟に」

「弟……?」

 

 くるりと振り返ると、ため息をついてから、僕の目を見返して、頭を掴み。

 そのまま自分の鼻先まで引き寄せて、力強く言った。

 

「エリックが繋いだその命。決して無駄にするな。

 忘れるな。私はお前達を、使い潰す為に送り出すんじゃない」

 

 顔の近さとか、良い匂いがするとか、そんなことが気にならないほどの激情が、双眸の奥で燃え滾っていた。

 

 ば、と離され、僕は、反射的に頭を下げた。

 

「い、いってきます」

「……」

 

 ぷい、と顔を背け、彼女はもう僕の方を見ない。

 もう一度頭を下げて、僕は足早に、エレベータへ向かう。

 

 丁度その入り口で、リンドウさんが手を振っていた。

 

「姉上から聞いたろ。俺が監視、というか同行者だ」

「姉上……? あ、そうか雨宮」

「そそ。俺は雨宮リンドウ。あっちは、雨宮ツバキ」

 

 通りで、彼の顔をみて、何処かで見覚えがあると思った。

 いつも訓練の時、僕とコウタをじっと見てくれていた、彼女のまなざしにそっくりだったのだ。

 

「――命令は三つだ」

 

 にやりと笑いながら、リンドウさんは指を一本ずつ立てて行く。

 

「死ぬな」

 人差し指。

 

「死にそうになったら逃げろ」

 中指。

 

「そんで隠れろ」

 薬指。

 

「で、隙を見てぶっ倒せ」

「……四つじゃないですか?」

 

 小指を立てた彼に、思わず僕はツッコんだ。

 ははは、と笑いながら、リンドウさんは僕の頭をぽんぽんと叩いた。

 

「方角を間違えるなよ? 向かう先は――空だ」

 

 僕の先を行く彼の背中。

 大きく、力強く。そして他者をそう簡単に寄せ付けない。

 

 獣のような力強さが溢れるそれを見て、僕は、足を進め。

 

 左腕のグローブをめくり、止まった時間を見る。

 

「……」

 

 言うべき事は、何もない。

 ただ、拳を強く握りしめる。

 

「一応これ着ておけ。武器は……、ああ、出した事はあるか。

 じゃ行くぞ、ユウ?」

「はいっ」

 

 装備を整え、向かう先は、ばたばたと大きな音が響くヘリ。

 

「新入りくん! リンドウも、早く行くわよー!」

「待ってろサクヤ君。そうせかすなって」

 

 向こうで叫ぶ彼女に、リンドウさんは笑いながら手を振る。

 

「……がんばろう」

 

 泣いても笑っても、この任務で僕のこの後の全てが決まるはずだ。

 良くも悪くも。それこそ何がおこるか分からないけれど。

 

 扉が閉まり、機体が基地から離陸する。

 

 段々と遠くなっていくその光景を見つつ、僕は、腕時計を強く握り締めた。

 

 

 

 




※別にツバキさん押しというわけじゃないです
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