あの神を薙ぎはらうは貴方   作:黒兎可

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レンカとユウとの違い ⑤ラッキースケベ


Episode 3. 新型が二人

 

 

 

 ゆらめく波は、嵐のごとく。

 巨大なものが飛び跳ね、水面に沈む響き。

 

 体の根元を揺さぶられるような、そんな振動を僕は感じる。

 

「――ウ。おい、ユウ?」

「……、あ、は、はい?」

「大丈夫かお前。今、携帯食喰いながら寝てたぞ」

 

 目の前に居る僕の肩を揺さぶりながら、リンドウさんは呆れたように笑う。

 

「えっと、あんまり昨日寝れなくて……」

「任務に支障がない範囲にしろよ」

「大丈夫です。……携帯食って、まだありますか?」

「なくはないが、一応非常食だからなぁ……。っていうか、よく食えるな。味酷いだろ、それ」

「虫よりはマシです」

 

 え? という顔をするリンドウさんに頷いて、僕はスティック状の、極彩色をした携帯食をかじる。

 極東支部一の変人と噂される、ペイラー榊博士肝入りの一品で、これ一つでジャイアントとうもろこしニ粒くらいのカロリーが補えるとか何とか。

 原料がちょっと怖いけど、背に腹は変えられない。

 

 まあ、フェンリルの配給に頼っていた時代よりは、きちんと衣食住が保障されてることに違いない。

 あの頃は、合法非合法問わずに働く事もなく、完全にフェンリルのそれだけに頼っていた。

 

 お陰でゴッドイーターになった今でも、身体は細いまま。

 長袖長ズボンだからわかりにくいけど、実はコウタよりも華奢だ。

 適正試験の前に最初にやられたことが、点滴を打たれてタンパク質を多くとらされたことだったりもした。

 

 それはさておき。

 

 僕等は今、ヘリの中。

 旧日本海側を飛行して、目的の輸送機を目指す。

 

「そろそろです」

 

 操縦士さんの声を聞いて、リンドウさんの表情が引き締まる。

 

「分かっちゃいるだろうが、ユウ。お前には後がないぞ」

「……はい。ありがとうございます」

 

 本来なら、こうして名誉挽回のチャンスすら与えられないはずだったのに。

 現在、こうして第一部隊の二人とこの場に居るのは、ひとえにこのリンドウさんのお陰だ。

 

 と、不意にリンドウさんは、僕の眉間に指をやって、揉み出した。

 

「あんま気張んなよ? お前危なっかしいからな。リラックスしていけ、リラックス」

「えっと……」

「無理難題だって?

 あーまあ、要は任務対象が極東支部(アナグラ)に着くまで無事なら、ミッション成功ってわけだ」

 

 その場で、立ち上がり、ストレッチをしながら、数歩前進するリンドウさん。

 

「あ、そういえば任務対象のゴッドイーターだがな。

 ――お前と同じ新型らしいぞ」

「……」

 

 その言葉に、わずかに思うところがないわけでもない。

 何故わざわざ、ロシアから極東くんだりまで配属されるのか。

 

 本部の肝入りという話は、リンドウさんの雑談で多少聞きはしたけど。

 

 いや、それだけ極東が最前線っていうだけか。

 

「あっちの新型は、無茶しない子だといいけど」

「……すみません」

「あら、ちゃんと謝れるのね。てっきりもっと、意固地だと思ってたけど」

 

 僕の顔を意外そうな目で見てから、銃タイプの神機使いの女性は、にこりと微笑んだ。

 

「一応、自己紹介ね。神薙ユウ君、だったかしら。

 橘サクヤよ。

 リンドウと、あとソーマって子がいるんだけど、その三人が現在の第一部隊ね」

「現在の?」

「前は、姉上がリーダーしてたんだ。

 ――っと、見えてきたぞ!」

 

 リンドウさんの言葉に、僕もサクヤさんもヘリの側面に視線が向く。

 

 扉が展開され、僕等は取っ手に手をかけて、身を乗り出す。

 

 雲海から現れる巨体は、下降しつつある。

 墜落の動きではないけど、普通の飛行とは到底呼べない。

 

 そして、その周囲には水色にグラデーションの翼を持つ、一つ目のアラガミがごまんと(ヽヽヽヽ)群がっていた。

 今はなき、昔に見た映像資料。海に生きる小さな魚達が、渦を巻いて群体を成して、まるで巨大な魚のよに振舞っているような、そんな光景に思えた。

 

「何て数なの……!

 新人クン、大丈夫?」

「……生理的に」

「まあ気持ちは分かるけど、こらえて」

 

 コウタにも言われたけど、口数以上に僕は表情で物を語っているらしかった。

 うえっとなりそうな口元を一度押さえて、僕は眼下の光景を見る。

 

「ザイゴート、でしたっけ? 形的に」

「……いや、ありゃ近似種だな。見ろ、姉ーちゃんみたいな胴体が、下にくっ付いてねぇだろ」

 

 下手すりゃもっと厄介だ、とリンドウさん。

 翼や本体にかじりつくその様は、いっそ醜悪なまでにアラガミの本質を表していた。

 

 すなわち――荒ぶり、貪る。

 

 僕等のヘリに見向きもしないのは、偏食因子がこちらを求めていないからか。

 

「機体が持ちそうにないな……。輸送機と通信は?」

「応答、依然ありません」

 

 万事休すか、と思われたその時。

 

――タタタン!

 

「――ッ、誰か居ます!」

「ん!?」

 

 狙撃音と、爆発が輸送機の上部で確認できた。

 アラガミの群がる、青い揺り篭の上部。

 

 神機の姿を次々と切り替える、赤い帽子の女の子。

 

「……!」

 

 視線が合った。年は、僕よりいくらか下に見える。だけど同年代なことに違いはない。

 

 彼女はこちらを一瞥すると、そのまま何事もなかったかのように戦闘に戻っていった。

 

「おい、アイツと周波数を合わせてくれ」

 

 リンドウさんの指示を受けて、操縦士さんが無線の番号をいじる。

 使われているチャンネルの同期を計った後、通話を彼に明け渡した。

 

「こちら極東支部第一部隊。聞こえたら応答しろ」

『――はい。こちら、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ』

 

 返答は、即座に僕等のイヤホンに回ってきた。

 それにしても、長い名前だ……。昔の(ヽヽ)僕の名前と良い勝負だ。

 

「部隊長の雨宮リンドウだ。お前さんを救助する。退路を開くから、機体の後方へ――」

『――退路?』

 

 胴体部の上でぐるりと回転し、銃形態に切り替えて狙撃するアリサ。通話による戦闘への影響は皆無のようだ。

 

「この状況ではそっちを諦めて、お前さんを回収する他ない。

 それが今回、最低限俺達がこなすべき任務だ」

『――私を……』

 

 立ち上がると、アリサは一旦動きを止め、周囲を見回した。

 ザイゴート亜種の動きが、段々と変化する。

 

 そして、夜明けのように、太陽の光が差し込んできた。

 

 しばらくの時間経過すると、彼女は無感情に言ってきた。

 

『――いりません』

「……あ?」

『――救助なんて、いりません』

「おい、応答しろ……、チッ、切りやがった」

「!?」「どういうこと……?」

 

 輸送機の上で、彼女はこちらのことなど無視をして、戦闘を継続する。

 

 

 

 

 

Episode 3. 新型が二人

  

 

 

 

 

「救助を断るなんて……ッ」

「よっぽど腕に自身ありか、それとも別に理由があるか……。ん、ユウ?」

 

 様子見を続けるリンドウさんたちの後ろで、僕は、僕の相棒を準備する。

 

 ブレード、ブラスト、貫通バックラー。

 コバルトブルーで塗り固められた、ギターの弦のようなものが走る神機。

 

 あの時とは違い、陽光を浴びるこいつは、まるで青空のような透明さを持っていた。

 

「……援護するなとは、言われてませんし。どっち道あの量じゃ、僕等も近づけません」

「だな。サクヤ、頼むぞ」

「了解」

 

 僕とサクヤさんとは、狙撃をはじめる。

 僕のこれは新型神機というらしいけど、銃形態の扱い方とかはさほど変わらないらしい。

 

 いや、弦を引っ張ってリロードとかするのがちょっと不思議な感覚だったけど。

 

 散発的に、空中で爆発するアラガミたち。

 アリサはそれを一睨みして、くるくると回転しながら敵を薙ぎ払う。

 

「上手く使いこなしやがる」

「……どうやって変形させてるんだろう」

「あ? あー、そっか教本には新型とか書いてないか……」

「リンドウ貴方、新人クンにあれ読ませたの?」

「暇そうにしてたからな」

「結構覚えやすかったですよ」

「……そう、ありがと。銃の所を書いたのは私やエリックよ」

「剣の所は主に俺だな」

「……どうして不評?」

 

 僕の言葉に、二人は顔を見合わせて、そろって言った。

 

「「実践じゃ、思い出してる余裕なんてないから」」

 

 どうやら、体で覚えないと死ぬ職場らしかった。

 まあ、僕は僕なりに頑張ろう。

 

 しかし、まあ何というか。

 

「……あれが、新型の戦い方」

 

 あざやかに神機の形を切り替える姿には、なるほどソーマやサクヤさん、リンドウさんたちにはない独特の利便性がある。

 それらを無駄なく使いこなせれば、確かにより多くの人を助けられるかもしれない。

 

 狙撃に戻りながらも、僕はアリサの戦い方を視界から外さず見ていた。

 

「ユウ、補充……、って上手いわね」

 

 投げられた弾装を、僕は「背後を確認せずに」受け取る。実際のところ、大体のものの動きは「音」だけである程度判断することが出来た。

 

 これは、引篭もり生活を続けていた時に体得した技術だ。

 廃墟すれすれの場所で、蹲って寝泊りしていた僕は、気を抜けばドブネズミや、建物崩落の危機にさらされていた。それらを回避し続ける事、約六年間。

 筋力も俊敏さも欠片たりともなかろうが、感知するくらいは出来るようになった。

 

「……あ、そうか、アリサも弾切れが――」

 

 と、そこで気付いた。

 あの場所で戦い続けているアリサは、今の僕のように補給が効かない。

 剣と銃を使い分けていても、いずれはその攻撃が止まる瞬間がくる。

 

 飛行機の下方にいった敵を、命綱をつけて下に回りこみ迎撃しようとする彼女。

 

 その状態で、時間が止まったように彼女の手元が動きを停止した。

 

「サクヤ、何とか出来ないか?」

「エンジンのすぐ近くよ! この距離だと巻き込まれて、バンよ!」

 

 だけどこの状況に対して、アリサは全く想像だにしなかった方法で解決を計った。

 

 神機の柄を「二段階」引き、その姿を剣でも、銃でもない第三の姿へと変貌させる。

 

「あれは――」

 

 記憶の隅にある、原点の一つ。眼前につきつけられた、巨大な(あぎと)を思い起させる、真っ黒な牙。

 

 ――アラガミのごとき形に変化した神機は、そのまま体を伸ばし、前方を飛んでいたザイゴート亜種を噛み砕く。

 

「知ってるとは思うが、見るのは初めてか? ユウ」

「……捕喰形態(プレデターフォーム)

「俺達ゴッドイーターの、名前の由来の一つだ」

 

 文字通り神を「喰らう」その様は、まさしく神喰らい(ゴッドイーター)の呼び名そのものだ。

 

 武器を銃に戻すアリサ。一瞬全身から金色のオーラを迸らせると、すぐさま射撃に戻った。

 いや待て。射撃に戻った(ヽヽヽヽヽヽ)

 

「捕喰してエネルギーに変えた? 便利なものね」

「新型の変形機構はこのためか……。だが、コイツは何とかなるかもな」

 

 でも、僕等は知っている。

 そういう甘い物の見方で生き残れるほど、アラガミが支配するこの世界は、人間に優しくはないのだと。

 

 突如鳴り響く、独特な鳴き声。

 僕等もアリサも、その方向に視線が向く。

 

 そこには、今までの亜種からさらに姿が変化した、ザイゴートの原型から「逸脱しはじめた」個体がいた。

 

 抜け出した真っ白な胴体は、いびつに、人間の女性の上半身をゆがめたような形状。

 

「進化した……? ッ、な!」

 

 サクヤさんは、その場で慄く。

 僕だってどうしたもんか。リンドウさんが、その進化したアラガミによってもたらされた状況に、強くにらみ付ける。

 

「仲間を呼び寄せてやがる」

 

 一言で言えば、援軍。

 更なる集団で集る、ザイゴートの群れだった。

 

「……まずいわ、あの数が来たらッ」

「でも、今なら行けるなぁ。あの新型が追い払った分で、少しだが攻撃に『隙間』が出来てる」

 

 立ち上がると、リンドウさんは僕の肩を叩く。

 

「アレが来ないうちにアリサを回収する。サクヤは援護を続けろ。

 で、ユウ。行けるか?」

「……」

 

 言葉は言わない。ただ、強く見つめ返すだけ。

 この状況、それ以上の言葉の確認は必要もない。

 

 にっと笑った彼に続き、僕は空中に身を投げた。

 

 

 

   ※

 

 

 

 風にゆられながらも、アリサは狙撃を続ける。

 数初外れはしたけど、弾丸は確実に獲物を仕留めていった。

 

「ッ!」

「おい、大丈夫かユウ!」

 

 そんな様子に気をとられていたせいか、天井への着地が不安定になる僕。

 

 足首を若干捻りながらも、ぎりぎりバランスをとって着陸した。

 

「大丈夫か? たく、ゴッドイーターなりたてでも運動神経は……って、待て、何だこの腕。

 ちゃんと飯喰ってるか?」

「あは……」

 

 返す言葉もなく、リンドウさんに引っ張ってもらって立ち上がる僕だ。

 憮然とした態度アリサに、若干格好がつかない。

 そんな僕の心境など気にせず、リンドウさんは追加で現れた群れを指差した。

 

「状況が変わった。悪いが一緒に来てもら――あ、おいこらッ」

 

 リンドウさんの言葉が終わらないうちに、彼女は僕等の前を走りぬける。

 追おうとすると、リンドウさんがアラガミに食いかかられ、神機でせりあう。

 

 今にも舌打ちをしそうな表情で、リンドウさんは叫んだ。

 

「ユウ、追え!」

 

 一度首肯してから、僕はアリサの後へ続く。

 

 尾部で飛び、下の足場に落下する彼女。

 輸送機らしく展開された底部は、びっくりするくらいガランドウで。

 

「……あれ?」

 

 ふと彼女を見失い、一歩、一歩と進み――。

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、左腕を取り押さえられた。

 突然の動きに、元々腕力も足りてない僕は対抗できるわけもない。

 

 そのまま倒れこみ、両足で僕の右肩の関節を決める彼女。

 

 下から見上げる形になる表情は、びっくりするくらい可愛らしい顔をしているはずなのに、

 

 しかし、今の状況は僕に不快感しかもたらさない。

 

「う……ッ」「クッ……」

 

 互いに膠着状態が続く。ここで力技で彼女のそれを振り解ければ良かったんだろうけど、生憎足腰の力を含めて、ようやく彼女のホールドとつりあうくらい。

 

 わずかにばたばたと動いても、その拘束からは抜け出し難く――。

 

「あ……」「あッ!」

 

 そして、あろうことか偶然も甚だしいところだけど。

 僕の右手が、彼女のへそから開いた服の内部へと、侵入してしまった。

 

 腕輪から上が感じるやわらかな感触など、しかし今の僕に感じる余裕などない。

 

 対するアリサは、しかし動揺したのか、拘束が一瞬緩んだ。

 ようやく、無理やり引き剥がせた僕。でも彼女は、顔をわずかに赤くしながら猛攻撃。

 

「ちょ、いや、今のはわざとじゃ……」

「ど、ん、引、き、です!」

 

 返す言葉もない。

 

 しかしその羞恥とは別に、殴り、蹴り、顔の側面をヒールが撫ぜる。

 倒れた僕に、容赦なく顔面へかかとが落され――。

 

 ぎりぎりでかわしたところで、振りあげられた手刀が僕の首筋にダイレクトに落された。

 

「……私を力ずくで連れて行こうとしても無駄です」

 

 どうやらさっきのは流すことにしたらしい。

 だけど、次の一言がいけなかった。

 

「この輸送機から離れるつもりはありません。私の邪魔(ヽヽ)です」

 

 次の瞬間、倒れてくらくらとした意識のままだったはずの僕は、立ち上がり、心の底から怒りを向ける。

 

 それほどまでに、彼女の言葉に対して反感を覚えた。

 

「……理由を、話せ」

「……はい?」

 

 億劫そうにこちらを振り返る彼女。

 相棒を手に持ちながら、僕は彼女に向かって、ありったけ叫んだ。

 

「どんな状況においても、ゴッドイーターの生存率は一人で臨むより二人、二人で臨むより三人と、人数を増やした方が成功率が上がる」

 

 何を当たり前のことを、という風な顔の彼女。

 だからこそ、僕の怒りは止まらない。

 

「だったら、何で下手を打てば、救援に来たゴッドイーターを戦闘不能にしようとした」

「……そんなのは、」

「それだけ任務の失敗確率が、誰かから(ヽヽヽヽ)失われる(ヽヽヽヽ)確率が上がるんだぞ!

 今回以外の任務でも、その調子でいるつもりかッ!」

 

 これだけは、僕の絶対に譲れないボーダーライン。

 僕がゴッドイーターになった以上、これを超えることをする人間だけは、絶対に好きになれない。

 だからこそ、歩みには激情が宿る。

 

 一歩一歩と前進する僕に、彼女の顔には、戸惑いが浮かんだ。

 そんなものお構いなしに、僕は彼女の顔を上から見下ろし、額を突きつけた。

 

「理由があるなら、ちゃんと答えろ! アリサ・イリーニチナ・アミエーラ!!」

 

 ほとんど恫喝に近いそれだったけど、彼女はきょとんとした表情になった後、付いて来いと機体側指差した。

 

「……これが理由です」

「ッ!」

 

 展開したゲートの向こう側。連絡通路には、多くの負傷者が転がされていた。

 

「輸送機だからといって、別に君一人の運搬を目的としたものじゃなかったわけか」

 

 無論、彼女の運搬に関わる関係者もそれなりにいるだろうけど、それ以上に向こう側との人員入れ替えという面も強いのだろう。

 

 確かにこれなら、アリサがこの場を離れたがらない理由に説明がつく。

 キャビンではなくここに避難させられたのは、おそらくここが一番強固だからだろう。

 

 白衣の医師の下へ走り、彼女は、背中をさする。

 

「どうして、リンドウさんに言わなかったんだ」

「……貴方たちの救助者リストに、この人達の名前はありましたか?」

「……僕等を拒絶していた理由は、わかった」

 

 嗚呼、確かにミッションとして言われたのは、あくまでアリサを送り届けるまでだ。

 

 でもだからと言って、彼女のその態度は、僕等に対する信頼がなさすぎじゃないだろうか。……いや、今の時代だ。同じゴッドイーター同士であっても、緊張状態を維持するだけの過去が彼女にだってあるのだろう。

 

 或いは、リンドウさんが少し変わっているだけか。

 

 僕は、ある種の確信を持って連絡を入れる。ヘリに入りきらない負傷者の数に、二人は沈痛そうな声を出した。

 

「リンドウ隊長……」

『――隊長はいらん。

 この状況だとアリサだけなら助けられるかもしれんが……、そういう相談じゃないな』

「当たり前です」

 

 僕は、当然のように言い放つ。

 いや、言い放たなければならない。

 

「僕は……、全員、極東まで送り届けたい」

「!?」

 

 その一言に、アリサは目を大きく見開いた。

 

「できないなら、できないでギリギリまで粘りたいと思います。

 リンドウさん――この輸送機で、極東支部まで行かせてください」

 

 僕の懇願に、リンドウさんは少し時間を置いてから続けた。

 

『―― ……サクヤ。弾はまだあるか?』

『――はぁ。腐るほどあるわよ、生憎とね』

 

『――ってことで、どうだアリサ。この場には、お前のわがままに付き合う馬鹿共が「三人」居るわけだ。

 俺に作戦がある。共闘戦線ってやつだ。乗るか?』

 

 リンドウさんの通信が切れると、彼女は周囲を見てから、今一度、僕の目を見据えた。

 

「……名前、教えてください」

「?」

「不公平です」

 

 一瞬、自分の名前を聞かれてると気付けないあたりがコミュ症たる所以か。

 

you(ユウ)……。変な名前ですね」

「そっちが変だと言われるのは、逆に珍しいかな」

「行きますよ、ユウ」

 

 皮肉っぽく一瞬笑った後、彼女は無表情に僕を横切り先を行く。

 どうやら、共闘戦線には乗ってくれるようだけれど……。

 

「……堅いなぁ」

 

 僕が言えた義理じゃないけど、そんな感想を持った。

 

 

 

   ※

 

 

 

「お前達二人で、進化した奴を積極的に処理しろ。俺とサクヤはサポートに回る」

 

 タバコをふかしながら、リンドウさんは僕等にそう説明した。

 群れをこれ以上増やさず、確実に減らしていく。

 

「サクヤは二人のバックアップ。無理なら機上に誘導するか、そのまま仕留めろ」

『――了解』

「近距離の奴は、俺の方でなんとかする。……旧型の俺にゃ、遠距離攻撃は無理だからなぁ。

 期待してんぜ? 新型」

 

 冗談めかして言うリンドウさんに、アリサは真顔でこんなことを言った。

 

「……旧型は、旧型なりの仕事をしていただければ結構です」

 

 その一言に、鳩が豆鉄砲くらったような顔をするリンドウさん。

 僕と顔を見合わせて、なんとなく、そろって腹を抱えて笑った。

 

「……ちょ、何がおかしいんですか!」

「い、いや、ごめ――うぅ、お腹痛いッ」

「また殴られたいですか?」

「それは勘弁」

 

 ともかく。機上に上れば、ザイゴート亜種の群れ。うねりを描く様は、やはりどこか気色悪い。

 

「ハエ叩きだ」

 

 タバコをふかしながら、リンドウさんは呟く。

 答えを求めていない独り言のようでいて、しかしそれは三人の連携を合わせる準備の一環でもあった。

 

 銃を構えなおすアリサ。腕時計を一瞬だけ握り、上空を睨む僕。

 

「ふぅ……。――狼煙を上げろォ!」

 

 言葉に合わせてサクヤさんのバレットが、群れの何割かを焼き払う。

 赤と黒の煙が踊る様は、まさに狼煙だ。

 

「……さあ、行こうか」

「言われなくとも」

 

 僕等も作戦指示に合わせて、順次機上を散開。

 

 アリサの方を見る余裕もない。僕は、とにかく周囲に気を配る。

 

 ある意味、本当の意味で初戦とも言える今回。

 脳裏には、背後から襲われるエリックさんの姿が幻視される。

 

 元々耳で周囲の状況を強く察知できるとは言っても、物事に完璧はない。警戒するに越した事はないだろう。

 

 狙撃の命中率については、あまり高くないのは仕方ないか。

 

 途中途中、ちらほら見えるリンドウさんの神機捌きは、流石の一言。

 棒立ちのまま歩いて、接近してくる相手を「物理法則でも無視したように」薙ぎ払うその動き。

 教本に書かれていた通りなら、それは「受け流し」の応用だ。

 

 リンドウさんの神機は、チェーンソー型の刃をしている。

 そのため相手の動きを「刃」の部分で流せば、それだけで攻撃となる。

 

 一見して分かり辛いけど、あれはある種、カウンター攻撃の極地に近いものなのかもしれない。

 

『――ユウ、五時の方向! 進化しかかってるのが来るわよ!』

「ッ!」

 

 振り返れば、目玉と胴体の間に新しい何かが出来かかっているものが一体。

 でもトリガーを引いても、反応はない。

 

 ――思い出せ。

 

 弾切れだと頭が判断を下すよりも先に、僕は神機の柄を、殴りつけるように押し込んだ。

 

「あ……ッ!」

 

 背後でアリサの驚く声が聞こえる。

 そんなことを気にしている余裕もなく、僕は出現した顎を構えながら、翼を駆け抜ける。

 

「ああああああッ!」

 

 目的のザイゴートの手前にある死体に噛み付かせ、柄だけを持って振り回す。

 遠心力で展開する神機を、そのまま変形しつつアーチ状に移動する間、ずっとトリガーを押しっぱなしに。

 

 命中度が低くても、数打てば何とやら。

 

 放たれた弾丸が、目的のザイゴートと周囲の数体を爆破させる。

 

「言ってなかったか。アイツもお前さんと同じ、新型だ」

「…… 一緒にしないで下さい」

 

 戦闘中にもかかわらず、なんか微妙に失礼なその返答だけは耳に聞こえた。

 もっとも、耳で捉えてる以上に僕も余裕はない。

 

 メンタルヘルスのチェックで、メガネをかけた妙齢の男性医師(?)は言った。「君のポテンシャルは、おそらくゴッドイーター史上で一、ニを争うほどに高い」と。

 

 でも別に、僕自身はそうは考えていない。所詮は元引篭もり、ある程度は器が知れてる。

 

 形状を剣に変形させ、迫り来る敵の目に叩きこむ。

 

 弦がこすれて、強烈なエレキギターのようなサウンドが五月蝿い。これって、あのリッカさんの趣味か?

 

「ふッ」

 

 ただそうであっても、今この時の僕は、確かに気分が高揚しはじめていた。

 

 振りきり、上空にアラガミを投げる。そこに居た数体に激突し、バランスを崩したところで狙撃。

 落下してくる破片を捕喰し、再び剣へ。

 

 見よう見真似で、アリサの動作を思い出しながら、教本の動きを取り入れる僕。

 

 動いていて思うのは、やっぱり身体が出来上がってないことだ。

 

 今でこそ、突如体から涌きあがっている「金色の」エネルギーみたいなのに包まれてるから無茶ができるけど、おそらくそれで調子に乗って無茶すれば、また病院に搬送されることだろう。

 

 ただ、もう少しだけ――。

 

「はああああ!」

 

 もう少しだけ、このまま。

 このままいさせてくれと、誰ともわからない何かに祈る。

 

――時を止まれ、汝は美しい。

――昔の小説の言葉だけど、いい言葉だよね。

 

 脳裏に聞こえる、好きだったあの子の声。

 突然涌いた、もう届く事のないその悲しみを胸に仕舞い込み、僕は半身を振り回す。

 

 空中を舞い、斬り続けるアリサの動きをとらえる。

 

 ああは出来ない。所詮、僕は凡才だ。

 

 でも、今は僕にできる事をしよう。その決心だけは、決して揺るがない。

 

『――各自、残りのアラガミを殲滅しろ!』

 

 攻撃は、激しさを増す。

 進化しそうになるアラガミの個数が、状況の変化に合わせてか劇的に増えていく。

 

 それに相対していると、アリサと背中がぶつかった。

 

 反射的に振り返る僕等。息ぴったりに銃口を構え、視線を交わす。

 

 息を呑む彼女は、冷静ではあるがどこか瞳の奥に憎悪を抱えているような――。

 わずかに見合っただけで、僕はそんなことが「なんとなく」わかったような気がした。

 

 対する僕はといえば、おそらく表情は微笑んだままだろう。

 

 でも、内側に渦巻くこの憎悪だけは、どうしても拭い去る事はできない。

 

 瞬間的に剣へと変形させ、お互いに、お互いの背後のアラガミを切る。

 

 片方はねじ切れる金属音。

 片方はそれ以上に響く弦の和音。

 

 立場も状況も思想も違うというのに、僕等はこの場で、確かに一つの「仲間」として、共に戦っていた。

 

 

 

   ※

 

 

 

 夕方まで時間がかかるって、どういうことだろう。

 まさか戦闘中に携帯食をとることになるとは、全く想像だにしなかった。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 流石のアリサも息絶え絶え。

 僕も座りこみ、膝が震えている。

 

 結局あの後、三、四回くらい増援があった。

 

 つまりデスマーチを三、四回繰り返したということに他ならない。

 

 徐々に極東支部(アナグラ)に近づいていったお陰か、徐々に数そのものは減っていったけど、そんなこと関係なしに疲労だけは蓄積していた。

 

「ふぅ――」

 

 タバコを吸って一息着くリンドウさん。

 見上げれば、ヘリの上で周囲の警戒を続けるサクヤさん。

 もうこの二人は、流石ベテランと言う他なかった。

 

 伊達に職員から噂されていた、修羅の極東と呼ばれる激戦区を生き残っているわけじゃないということか。

 

 二人そろってリンドウさんに続き、内部の人達の状況を確かめに行く。

 

『――それは、期待以上の成果だね。ともかく皆、ご苦労だった。安全に帰投するように、だそうだ』

「了解」

 

 ツバキさんの通信が流れて、思わず僕は一息。

 

 包帯を巻いたりして、手当てをしているアリサに比べ、僕ができる事は色々な意味で少ない。

 せいぜい、飛行機酔い状態になっている人にエチケット袋を差し上げるくらいだ。

 

「随分と買われてんだなぁ、お前さん」

 

 リンドウさんが、少し明るく言う。

 

「……極東支部で買われているのは、私だけ(ヽヽ)ですか?」

「さてね……」

 

 つれない反応に、リンドウさんは「やれやれ」と頭をかいた。

 

「生憎、俺達は言われた事を信じるしかないんでね。……嫌われたもんだな」

 

 最期の言葉を無視して、アリサは僕の方に歩いて来る。

 

「……?」

「……」

 

 アリサは、僕を物問いたげな目で見下ろしてくる。

 僕が言えた立場じゃないけど、黙っていちゃわかんないって。

 

 丁度そんなタイミングで、サクヤさんが慌てた様子で連絡を入れてきた。

 

『――リンドウ、応答して。オラクル反応を確認したわ』

「またさっきの奴等か?」

『――わからない。でも……、大きい、何これ。とてつもなく巨大なものが、こちらに近づいてきてるッ』

 

 その言葉に、リンドウさんは僕等に顔を見合わせる。

 

 神機を手にとり、貨物スペースへ駆ける僕等。

 

「リンドウさん!」

「……サクヤ、ヘリのデコイを最大にしろ」

『――了解』

 

 オートパイロットに切り替えて、万が一のための準備をするらしい。

 

「輸送機が離れるまで、持ってくれりゃ良いが……ッ、お出ましだ」

「「ッ!」」

 

 機体の天井に、サクヤさんが落下する音が聞こえる。

 重量のある響がするのは、間違いなく神機のせいだ。

 

 だが、それと同時にヘリを潰して現れたのは――。

 

「……何でよりにもよって、このタイミングでサリエルだぁ?」

 

 悪態をつくリンドウさん。

 大して、僕は驚愕して目の前のアラガミを見ていた。

 

 色そのものは、今まで僕等が戦ってきたザイゴート亜種のそれ。

 ただ、姿形、大きさが根本から異なっていた。

 

 例えるなら、人間と蝶。

 

 組み合わさったその姿は、知能すら感じさせるほどに、美しい人間の上半身をしていて。

 

 瞬間的に銃を構えるアリサ。

 僕も一瞬遅れて、装備を構える。

 

 でも、問題はそれどころじゃなかった。

 

 

 

――BOAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!

 

 

 

 音に形容することが難しい。そんな鳴き声が、空中に響き渡る。

 サリエルというらしいアラガミが、その音にびくりとなり――。

 

「「「『ッ!』」」」

 

 次の瞬間、どこからともなく伸びた触手のようなものが、サリエルの胴体を貫いていた。

 

 人間のような悲鳴を上げながら、サリエルはそのまま引きずられる。

 

 

 

 ――そして数秒後、とても、とても人間で知覚できるサイズを超えたシルエットが、夕日の雲の合間に映った。

 

 

 

 それは、いわゆる「獣」であり。竜のようなものでもあり。

 しかしやはり形容することの難しい、それは、アラガミのものなのだろう。

 

「「…………」」

 

 僕もアリサも、言葉が、本当に出て来ない。

 例えるなら、それは本能的な恐怖だ。

 

 コンゴウを前にした時に浮かび上がる、憎悪と入り交じった恐怖とは違う。

 

 純然たる事実として、何をしても太刀打ち出来ない。そういう畏怖を感じさせるだけの、それほどの巨体がそこには映し出されていた。

 

「アラガミ……」

「……だろうな」

 

 嗚呼、まさに。

 あれこそが、荒ぶる神。

 

 ついさっきまで戦っていたザイゴート亜種や、直前に出てきたサリエルが霞むほどに。

 

 人智ではどうにもできないだろう、神々しさすら伴った存在に違いない。

 

 神という呼び名が、それこそ大げさでないほどに。

 

「……触らぬ神になんとやらって奴だ」

 

 そう言ってリンドウさんは、立ち去ろうとする。

 僕は――思わず、腰が抜けた。

 

「大丈夫か? ユウ」

「……すみません。少し、休ませてください」

「そうかい? ……まあ、世界は広いってこった」

 

 リンドウさんは、たぶん察してくれたんだろう。

 そのまま手だけでアリサも促す。

 

 その場で四肢を投げ出す僕に、不審な目を向ける彼女。でも、それ以上は何も言わず、奥の方へ行った。

 

 扉が閉まり、二人がいなくなったのを確認してから。

 

「……やっぱ怖いや、せんせい」

 

 僕は、目を閉じて、盛大に笑った。

 笑う他なかった。

 

 色々な感情が入り交じった笑いだった。

 

 エリックさんのこととか、リンドウさんの言葉とか、ツバキさんの気遣いとか、アリサの生意気さとか、コウタの好感だとか。

 

 ゴッドイーターになってから体感した全ての事や。

 今まで僕の内側に溜まっていた感情が。

 

 今の、わずか数秒の間に、消し飛んでしまうような錯覚をした。

 

 それが滑稽で、滑稽で。

 同時に、果てしなく悲しくて。

 

 左手のグローブで目元を拭い、右手で腕時計を握る。

 

「……怖いよ、アキちゃん」

 

 昔の僕に勇気をくれた女の子の名前を呼んで、そのまま、僕は少しだけ小さく蹲った。

 

 また戦うためには、勇気が欲しい。

 だけれど、くれる彼女はもう、何処とも知れぬ、赤いサインとなってしまって。

 

 もう少しだけ。

 もう少しだけと僕は自分に言い聞かせ、その場から動くことが出来なかった。

 

 

 




次回はたぶん、リンドウ視点で今までのフォロー回だと思います。

Q.ユウの使ってる神機は何?
A.アニメでオリジナルを使ってたので、こちらでも一応オリジナルを使ってます。名称はギター神機「ソングバード」です。響剣ソングバード+響銃ソングバード+響壁ソングバードの三つで構成されてます。
 最終的に本来のアレとは、乗り換えるか、使い分けるかは未定です。
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