あの神を薙ぎはらうは貴方   作:黒兎可

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いい鬱屈でしたね(白目)

事案発生じゃないと思いたい


Episode 4. 今ある光景

 

 

 

「失礼します。アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。並びに神薙ユウ。連れて参りました」

「……ご苦労だった」

 

 ツバキさんに連れられて、僕とアリサは支部長室に来ていた。ここに来るのは健康診断の直後くらいだったか。……ドクターに調子の狂わされた支部長を思い出す。

 

「私は、ヨハネス・フォン・シックザール。フェンリル極東支部の支部長だ」

 

 これは、アリサに対する自己紹介だろう。一応僕も目礼に続く。

 

「アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。貴官をここ極東支部に呼んだのは――」

「エイジス計画……」

「?」

 

 聞き慣れない単語が出てきた。

 横目でアリサを確認しても、それ以上の反応はない。

 

 どうも、知ってて当たり前みたいな、そんなやり取りに聞こえる。

 

「そうだ。貴官等、新型ゴッドイーターの双肩には、人類の存亡が懸かっている。

 ……神薙ユウ。先の任務での功績を考慮し、貴官の命令違反に対する処分は、当面保留とする」

「……ありがとうございます」

 

 すっと、言葉が出てきてほっとしている自分がいる。

 

 僕の保釈処分やら何やらは、リンドウさんが仮に言い出したことであっても、最終的に承認する人間がいなければ話にならない。ならツバキさんが首を縦に振るかと言えば、否だろう。

 要するに、僕が再びゴッドイーターとして活動できるよう、取り計らったのはこの人なのだ。

 

 そんな僕の反応に、少し意外そうな顔をしてから、彼はふっと微笑んだ。

 疲れた顔付きだけど、優しそうに笑う人だ。……あと、あの時のお医者さん共々年齢が読めない。

 

「二人とも、期待に応えてくれたまえ」

 

 それだけ言って、彼は再び椅子に座る。

 

 ツバキさんに促され、僕等はエレベータに乗り込んだ。

 

「神薙。私としては、お前をもっと叩き直したいところだが……、上からの命令だ。

 お前達二人は、これから部隊に配属される」

「……ッ」

 

 僕の隣で、アリサが息を飲む。

 僕も多少、緊張はする。実戦をして少しは調子が上がった気はするけど、これからの生活こそが、ゴッドイーターとしてのそれなのだ。

 

 ただ、これだけは言っておこう。

 

「……訓練用のミッションて、夜でも付きあってもらえますか?」

「……は?」

 

 ツバキさんは、珍しく呆けた顔で僕等を振り返る。アリサも何故か似たような顔で僕を見る。

 どうしてそんな顔をするんだろう。そんなに珍しいのかな。

 

 僕としては命令違反をして実戦に出てしまったのだから、きちんとツバキさんから「合格」をもらえないと、しっくり来ないだけなのだけど。

 

 ただ、前に向き直り、彼女はくつくつと肩を震わせた。

 

「くく……っ、ああ、そんなにやりたいなら、せいぜい覚悟しておけ。

 実戦に出る以上、以前よりもキビキビしごいてやる」

「そ、それは……」

「嘆くな。男なら、自分の言葉に責任を持て。……行くぞ」

 

 表情は、苦笑い一択だ。

 

 エレベータの扉が開き、エントランスに。暗がりに大掛かりな画面。赤い光が少し不安定。

 その中央に立つ姿には、服装こそ違えど見覚えがあった。

 

「……コウタ?」

「お、よっ!」

 

 小声ながら軽く僕に手を振るコウタ。なんとなくほっとして、僕も微笑んだ。

 

「並べ。

 ――藤木コウタ。アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。神薙ユウ。

 以上三名を、現時刻を持って第一部隊に配属する」

 

 スッと自然な動作で敬礼をとる二人。

 それに遅れて、僕も右手を額へ。

 

「「了解!」」

 

 大きな声が出ない。

 ちょっと気まずい僕だったけど、ツバキさんは呆れたようにため息をつくだけで何も言わなかった。

 

「以後は部隊長の支持に従って行動しろ。

 雨宮隊長……」

 

 振り返ると、リンドウさんが面白そうに笑いながら、こっちを見ていた。

 

「よぉーい。っつー訳で、隊長の雨宮リンドウだ。リンドウでいい」

「はい! リンドウさん!」

 

 コウタが素直に答える。アリサは興味なさそうに髪の先端を弄ってる。僕は微笑みながら会釈。……綺麗に微笑めてるかは、ちょっと怪しい。

 

「ま、気楽に行こうや。

 であっちが――」

「副隊長の橘サクヤよ。ヨロシクね!」

「は、はい! お願いしますサクヤさん!」

 

 コウタの声がちょっと跳ね上がった。

 にしてもサクヤさん、副隊長だったか……。まあ、後ろのもう一人が副隊長って感じでもないか。

 

「お前の番だぞー。挨拶くらしとけ」

「チッ」

 

 舌打ちして飛びあがり、彼はラウンジの出入り口の方へ。

 

「……ソーマだ」

「よろしくお願いします、ソーマさん!」

「覚えなくてもいい。俺とは、あんまり関わるな」

 

 アリサ並というか、それ以上にトゲトゲしていた。

 まったく仕方ないなぁと頭を左右に振り、リンドウさんは彼に続いた。

 

「とっとと背中預けられるくらいに育ってくれよー?

 任務は明日からだ。今日はゆっくりしておけー」

 

 軽い風に言いながら、ラウンジを出て行く第一部隊。

 いや、今日から僕等も第一部隊なのだから、先輩と言うべきか。

 

 これから、正式に僕のゴッドイーターとしての毎日が始まる。

 

「……頑張るよ、せんせい。アキちゃん」

 

 腕時計を握りながら、わずかな興奮を押さえつつ僕は呟いた。

 

 ツバキさんも立ち去ると、コウタは肩を落す。よぽど緊張してたのかな。

 

「はぁ……。あ、改めてよろしくな、ユウ」

「……うん。あ、これバガラリーのコミック」

「お、サンキュー! 忘れないでくれてたか!」

 

 明らかにテンションの上がるコウタ。今の時代、私物の喪失は下手すると同じものを二度と入手出来ないことに繋がりかねない。嗜好品の類は特に数に限りがあるはずだし、この反応は当然とも言えた。

 

「そうえいばコウタ、その服……」

「お、良いだろ!」

「なんで、へそ出してるの? 女の子?」

「そこツッコミ入れるところじゃねーから! ってか、話すと大分フランクだなお前……。

 いやこれさぁ、訓練終了祝いに母ちゃんが――あ、君!」

 

 立ち去ろうとするアリサに声をかけるコウタ。振り向く彼女の視線は胡乱で、正直怖い。

 そんな彼女にも物怖じせず、話を続けられるのはコウタの美徳なんだろう。

 

「せっかくのオフだしさ。街に出ない? ユウも一緒にさ、俺達三人の入隊祝いってことで――」

「……よくそんな浮ついた考えで、ゴッドイーターになれましたね」

 

 流石のコウタも、これには一瞬怯んだ。

 

 辛辣。

 声に感情が篭ってないのも相まって、言葉の威力が半端じゃない。

 

「ああ、ちょっと!」

 

 立ち去る彼女を止める言葉を、コウタは持たない。

 

 でも、僕としては言わないといけないと思った。

 

「アリサ! それは、ちょっとないと思うよ」

「……ッ! ……」

 

 僕の言葉に一瞬立ち止まって、彼女はまた歩きだす。

 少なくとも僕の印象では、コウタはコウタなりに事情があってゴッドイーターになったと思う。アリサだってそうだろうし、僕だってそうだとは思うし。

 

 ちゃんと話し合い、やりとりをする上でならその言葉も、後々ジョークとして流せるのかもしれないけど。

 周囲に壁を作っているなら、きちんと相手のことくらい弁えて言葉を言わないと。

 

 我が事を思い出しながら、その背中に僕は苦笑いを浮かべた。

 

「……まあいっか。行こうぜユウ」

 

 楽しそうに誘ってくるコウタ。でも、

 

「ごめん、この後ツバキさんの訓練受けなおすつもりで――」

 

 言った瞬間、コウタの時間が止まる。

 

「……わかったから、そんな世界の終わりみたいな顔するの止めてくれって」

「……お、おう! そうだ行こうぜ! ぱーっと、ぱーっとな!」

 

 明るく振舞うそれが、妙に空元気に見えたのは仕方なかった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 街並は旧時代を彷彿とさせるビル群。極東拠点(アナグラ)の中でも、中央にある極東支部に近い場所ほどこうして建築物が乱立している。

 一歩そこから外れれば廃墟や、もっと酷いところだとテント生活なんて場所もあるくらいだけれど。

 

 ただそれでも、生き残っているだけマシだと思えてしまうくらい、僕の感覚も大分磨耗していた。

 

「……」

 

 落ち着かない。

 運送車(バスと言うには堅牢過ぎるので)の窓から外を見回すと、昔を思い出す。あれは、僕がせんせいに引き取られた頃だったか。

 こうした街並を背景に、どんどん過ぎ去って行く映像が脳裏にフラッシュバックする。

 

 孤児院のことを思い出していると、ふと僕の口から言葉が零れた。

 

「フェンリル傘下の企業は――」

 

 僕の独り言に、コウタが耳を傾ける。

 

「企業って言えるのかな」

「ん、どうして?」

「だって、全部フェンリルが管理してるじゃん」

「ん?」

「研究施設とか、表面上のスケープゴートであっても、ちゃんと企業として成り立ってはいないんじゃないかなって」

「うーん、なんか急に難しい話になったな、ユウ」

 

 頭を傾げるコウタ。

 

「ごめんごめん。でもほら、インスタントおでんとか、ジャイアントトウモロコシとかさ。企業が販売してるって言っても、最終的に配給にも回されてるわけじゃん? それって普通に考えて、回収できるものがなかったら意味がないんじゃないかなって。民間に経済活動なんて、あってないようなもんじゃん」

「ボランティアなら、そういうもんじゃないのか?」

「情けは人の為ならずって。例えば……、孤児院の話だけどさ。子供達を受け入れたりする代わり、ゴッドイーターを養成したりするんだよ」

「……ま、まぁ、今時はそうだろうな」

「だから、その見返りに『適正のない』人間も引き受けたりすることが出来る訳なんだけどさ。……でも大半の孤児院はそういうことしないんだよ。結果、みんな塀の外に放逐される」

「世知辛いなぁ、なんか……」

「そうじゃ無い場合は、人体実験とかしたりしてさ……」

 

 そういう意味で言うと、せんせいは、本当珍しい人だったのだと思う。元フェンリル職員という意味でも、フェンリルらしくない人に違いない。

 

「ま、何が言いたいかっていうとさ。塀の中で生きられるっていうのは、待遇の違いはあってもかなり恵まれてることなんだろうってさ」

「その割切り方は辛すぎんだろって……。ユウって、ひょっとして外から来たのか?」

「大分昔ね。こっちの生活は、八年くらいかな」

「結構長いんだなぁ。じゃあ、何か教育関係とかで働いてたとか?」

「……」

「ゆ、ユウ?」

「引篭もり無職でしたが何か?」

「お、おう……」

 

 軽い口調で言ったのだけど、どうしてかコウタは悪いと頭を下げてきた。

 

「そういう意味じゃ、コウタ偉いよなぁ。僕より若いのに、ちゃんと働いて」

「い、いやぁ……」

「訓練して、バガラリー見て、バガラリー見て、メシ食べて、バガラリー見て、バガラリー見て、バガラリー見て、バガラリー見て、バガラリー見て――」

「ちょっ、ほとんどバガラリーしか見てないじゃん! それだと!」

「あははっ」

「……何か、吹っ切れたみたいに喋るな、お前」

 

 それは自分も同意。果てしなく、かなり昔になるあの頃を思い出す。まだ孤児院に居た頃、小さな子たちの面倒をアキちゃんと見ていたあの頃を。

 一瞬だけでも、あの頃の自分に戻ったような錯覚を――。

 

「……ッ」

 

 強く頬の裏側を噛み、払拭する。

 もう、僕はそんな感情を抱いちゃいけない。

 

 あの時「死ぬこと」から逃げた僕に、そんな権利なんてないのだから。

 

「今ある光景に対して、鈍感であってはいけない」

「ユウ?」

「……何でもないよ、バ()ラリー」

()だからな! バ・ガ・ラ・リー! お前、ホントいい性格してるよ!」

 

 そんな風にコウタとわいのわいの遊びながら(?)、たどり着いた先は外周スレスレの居住区。

 小さな家が連なる風景は、北米の外周に沿うように作られた、中に入れない民間人達の集落を思わせて少し鬱。

 

「ひっさしぶりに肩の力抜けるわー」

「……配給か」

 

 居住区の一角では、食糧の配給が行われている。ゴッドイーターたちも基本的には配給制で、それに加えて多少はラウンジで食品を購入することが出来るくらい。

 昔は驚いた、大勢の人が並ぶその光景。だけど、今は大して何も感じない。

 

「行こうぜ!」

 

 首を縦に振り、コウタの後を続く。

 案内された先の家で、コウタは僕を待たせた。

 

「只今、母ちゃん! あれノゾミは?」

「コウタ! お帰り。そうそう、ちょっとね」

「ふーん。あ、これお土産」

 

 と、僕が返したバガラリーの冊子の入った紙袋を母親に渡すコウタ。「妹も読んでんだ」と、にししっと笑う。

 

「?」

「ああ、コイツ同期のユウ。母ちゃん、俺、部隊に正式配属されたんだ! それで入隊祝いに母ちゃんの料理――」

「……ッ! 外に、出るの?」

 

 喜んでそれを報告するコウタに、コウタのお母さんは怖がっている顔をする。

 コウタの手をとり、震える声で確認した。

 

「……」

 

 わからなくはない。むしろ、嫌というほど分かる。年間のゴッドイーターたちの死傷率や、子供まで駆りだされる現状からして、親の心境としては当たり前のものだろう。僕だってそう思うくらいだ。

 記録にある最年少ゴッドイーターが、数年前に確か12歳くらいだったっけ。

 

 それでもフェンリルに批難が集らないのは、集められるほど人類に余裕がないのと、たぶん、情報統制とかもあるから。

 

 だからこそ、まともな価値観を発揮して当人をたしなめられる人は、少ない。

 

「フェンリルに採用されたって聞いてたけど……、アンタがゴッドイーターだなんて……」

「……か……、お、俺やっぱり、今日はもう行くよ! ノゾミにバガラリー渡しといて」

「……っ、コウタ!」

 

 その場から、逃げるように走るコウタ。背中にかけられる声に、足を止める。

 

「無事に、帰ってきて……ッ」

「……大丈夫だって。また来るからさ!」

 

 心配するな、という風に、にっと笑うコウタ。

 手を振りながら、ゆっくりと、その場を離れる。

 

「……コウタを、お願いします。あの子無茶するから」

「……神薙です。僕に出来る限りなら」

 

 心配してくれる人が居るっていうのは、すごく幸せなことで。その上で背中を押してもらえるなら、それ以上の喜びはないだろう。

 一礼して、僕は彼の後を追いかける。

 

 もう夕方にさしかかろうって時間帯。

 

「……コウタ」

 

 やっぱりコウタはいい奴だ。

 あと――きっと、僕なんかよりはるかに強い。

 だからこそ、僕は続く言葉が見つけられない。

 

 彼が見つめる先は、破壊された街。復興作業に努める人々と、悲しみにくれる人達。

 

 僕の脳裏にも、否応無くあの日の映像がフラッシュバックする。初めての戦闘。エリックさん。そして――。

 

「酷いな」

「……うん」

「早く”エイジス”を完成させなきゃな……」

「?」

 

 頭を傾げる僕に、コウタは意外そうなものを見た目をする。

 

「あれ、知らない? って、あー、ちょっと……」

「……なあ、今何を察した? 言ってみ? お兄さん優しいから。ん?」

「拳作ってぐりぐりする仕草しても信じろって方がおかしーからそれ! いや、まあ、いいから来いよ」

 

 たぶん引篭もりすぎてて外部との情報に差があるということを察したんだろうけど、ギャグで流してくれる分、こっちとしても気が楽だった。

 

 防壁の裏側に入り、職員だけが入れる箇所へ入る。そこから外に出て、階段を上り。気が付けば壁の上。

 

 指された先は巨大なドームのある島。島の規模自体それなりに大きいけど、それ以上に、あれじゃまるで――。

 

「あれがエイジス。島まるごとシェルターにしてやろうっていうのが、エイジス計画」

「なるほど……」

 

 確かに、あれを作る為には膨大なアラガミが必要になるだろう。それこそぽっと出の、僕等新型を多く囲い込んで実行しなければならない程に。

 

「アラガミに襲われる事の無い、人類最後の希望。今生きてる世界中の人、みんな入れるんだ」

「……減ったな、人類」

 

 コウタの顔を見て、目を逸らし、そんなことしか言えない僕。

 規模に満ちたその顔は、今の僕には眩しすぎる。

 

 照れたように笑いながら、コウタは続ける。

 

「変な感じするよなぁ。人類の未来が俺達に懸かってるなんてさ」

「僕等第一部隊――フェンリル極東支部討伐班の任務は、主に大型のアラガミのコアを回収すること」

 

 教本の内容を思い出しながら、僕は続ける。

 横を向けば、にっと笑ったコウタの顔。

 

「がんばんないとな、俺達」

「……うん!」

 

 なんとなく拳を握り、彼に向ける。

 コウタも応、と、それに拳をぶつけ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Episode 4. 今ある光景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――そろそろ時間だ。行け』

「済みません。朝から付き合わせちゃって」

『――そう思うなら、きちんと成果を出せ。まあ、訓練はまだ及第点を出せんが』

 

 訓練室で、にやりと笑うツバキさん。

 その、ちょっとサディスティックな笑みに震えながら、僕は部屋を後にした。

 

 結局昨日は、帰ってくる時間的に訓練どころじゃなかった。

 

 だから朝方に頼み込んで、ツバキさんにご教授願った次第。色々と神機の使い方について教えてもらったけど、どうして銃使いだった彼女が、剣の扱いとかにも詳しいのか……。

 あ、リンドウさんの姉だったこのヒト。たぶん、色々手を焼いたんだろう。

 

「おっし、全員揃ってるな。……どした、ユウ」

「ちょ、ちょっと、急いだもので……」

 

 朝食を食べて訓練して、またお腹が空いたので軽食を食べて、任務の時間ぎりぎりに入り口に到着した。

 ちょっぴり吐き気がくるけど、がまん、がまん。

 

 車に揺られながら、僕は神機に手をやる。

 

 ソングバード、と言うらしいこの神機。「せっかく新型来るんだからって、色々頑張ったよー!」とはリッカさんの弁。

 

「コウタ。お前実戦は始めてだったな」

「だ、大丈夫です! 訓練は充分受けてきました!」

 

 あれを合格したのだから、そりゃ頑張ったんだろう、コウタは。

 

「なら先に話しておく。アリサもだ。

 命令は三つ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。んで隠れろ。

 隙を見てぶっ倒せ」

「……四つじゃないんですか?」

「ユウは?」

「先に言ってある。

 っと……あー、じゃあ今日はツーマンセルで行こう」

 

 今日の任務は、グボロ・グボロ六体。

 

 チームはリンドウさんとアリサ、僕とサクヤさん、ソーマとコウタという編成。

 傾向として、銃型と剣型が一応、一対一で存在するチーム分けだった。

 

 一組約二体ずつ。必ずコアを回収すること。

 

「ユウ。倒したら捕喰するのを忘れんな?」

「捕喰が一番回収効率が良い、でしたっけ」

「わかってんじゃねぇか」

 

 頭をわしゃわしゃされる。

 ここのところは、教本で読んだところだ。

 

「捕喰は本来、剣型にしか付いてない機能だ。頼むぜ新入り」

「げほッ」

 

 リンドウさんの煙にむせながら、僕は頷いた。

 ちらりとアリサが何か言いたげな目で見ていたが、この時の僕はそれに気づいてなかった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「……さあ、行こうか」

 

 響き渡る銃撃音。

 キャノン砲とナメクジのような両生類と、大きな顎をと足したとしか言いようの無いアラガミが跳ねる。

 

『――ユウ、陽動!』

 

 狙撃を続けるサクヤさんと、切り結ぶ僕。

 言われて僕は、変形が0.4秒を切ったソングバードを変形。

 

 走りながら変形させつつ、弦をトリガーの上部に這わせて振り回す。

 

 たったこれだけで、通常は出来ない「変形中の攻撃」が出来るようになるのだから、開発者の発想は凄いと思う。

 

 こちらに注意が向いた瞬間、サクヤさんのバレットがグボロのこめかみ(?)を射抜く。

 

『――ユウ、』

「わかってます!」

 

 言われるより先に飛びあがり、僕は神機の柄を押し込む。

 黒い顎が刃を覆った瞬間、そのまま、眼前の相手を抉るように腕を動かす。

 

 意図した通りに顎が伸び、倒れ欠けているグボロの鼻先から口の中を抉る。

 

 背後に居るグボロはサクヤさんに迎撃を任せつつ、顎がこちらに戻ってくる感覚を待つ。

 

 地面に着地する瞬間に戻ってきたそれの反動を利用して、振り回し、丁度地面に倒れ伏したグボロの体を蹴り、再度背後のアラガミに突撃。

 

「ああああああッ!」

 

 槍でも投げるような動作で、ソングバードを更に伸ばす。

 ノルマとしては、これで二つ。

 

『――その調子、その調子。飲み込みが早いわね』

「…… 一応、教本で」

『――普通は思い出してる余裕なんてないみたいなんだけど、相性良いのかしら……。

 ともかく、次行くわよ? ノルマ以上やっても、問題はないしね』

 

 走るサクヤさん。

 僕は相棒を見上げ、どうしてか感じる興奮に震える。

 

 ――ユウはもう! 没頭すると時間の数え方がおかしくなるんだから!

 

「――ッ!」

 

 脳裏に響いたアキちゃんの声のお陰で、正気を取り戻して走り出す。

 道筋はどの建築物も抉られていて、酸化していて、どこか鉄の錆びた臭いと、腐った肉のニオイがした。

 

「……オウガテイル!」

 

 建物の上に、エリックさんを襲ったやつと同型の白い姿が見える。

 反射的に銃へと切り替える僕。しかし、前方から静止がかかった。

 

「ユウ。標的はグボロよ」

「……ッ、で、でも――」

「キリないのよ。こちらが襲われない限りは、目的外のアラガミには対処しない。

 それに、持ち帰れる素材の数だって限られてるんだから」

「……はい」

 

 渋々だか、頷く。言ってる事はわかるし、教本にもまるきり同じ事が書いてあった。っていうか、ひょっとしたら担当したページはサクヤさんが書いたのかもしれない。

 

 わずかにちらりと見えた尻尾に、胸の奥にわだかまりを残しながらも、僕は走る。

 

「このッ」

 

 実際、道中に遭遇したオウガテイルは二人そろって駆除した。一撃で決まらないのは、やはりザイゴートよりも硬いからか。それとも慣れか、基礎的な体力の問題か。

 

 建築物を飛び飛び、たどり着いた先の建物の屋上。

 

 眼下では、アリサがグボロを捕喰している。

 ただそれとは別に、もう一体グボロが蠢いている。

 

「アリサ! とどめを」

『――? ……』

 

 アリサは無言で顔をそらす。

 自分の神機が喰らい付く様を、ただ見ているだけ。

 

「どういうつもり……?」

 

 ともかく、僕は飛ぶ。

 いくら何でも、あの形状で遠距離攻撃がないとは思えない。そして一度はアリサを視界に治めていたあのグボロ。放置しておいて良い事はないだろう。

 

 落下しながらソングバードで斬り付ける。

 

「ッ!」

 

 よけられた。

 咆哮を上げながら、グボロは僕から距離をとる。

 

「この――ッ」

 

 リッカさんから貰ったバレットを装填して、ソングバードを放つ。

 爆発した箇所からワイヤーのようなエネルギーが展開して、グボロ全体を覆い足を止める。

 

 捕喰形態にして、僕は飛びかかる。

 

「BYUAAAAAAAAA」

「ッ!」

 

 しかし、そのタイミングでグボロの背中が盛り上がる。

 何かが放たれるその瞬間、僕の身体は横薙ぎにぶっ飛ばされた。

 

 水なのか消化液なのか、よくわからないものが吹き出した瞬間、僕の身体はぎりぎりそれを回避する位置に。

 

 目の前で、青いパーカーに暴力的な刺々しさを持つ神機が振るわれる。

 

「最初の一発で倒せ、へたくそ」

「ひゃー! すげ……」

「……」

 

 僕の率直な感想に、やれやれと頭を振り背中を向けるソーマ。

 

 ともかく、この日の討伐はこれで終了だった。

 

 

   ※

 

 

 

「何故倒さなかったの!? アリサ」

「別に? …… 私のノルマは達成しました」

「の、ノルマって……ッ」

 

 僕の方を見て言わないで欲しいんだ、アリサ君。

 思わず口調が改まるくらい、状況として僕を巻きこんで欲しくは無い。

 

 任務終了後。帰投前にアリサは、サクヤさんから説教を受けていた。何処吹く風という風に毛先をいじっているけど、えっと、チームってどういうものか、分かってるのだろうか。いくら何でも、小さい頃にスポーツくらいはしたことあると思うのだけど……。僕でさえしたことあるんだし。

 

「お前等、何体倒した?」

「さっきので、二体です。……ソーマさんが」

「ユウ」

「……一応、三体」

 

 ばっ、とアリサの顔がこっちを向いた。

 その、何か言いたげな顔は何だってば。

 

「で、俺とアイツで一体ずつと。……帰るか」

 

 気落ちした心境は、なんとなく同調できる。

 いくら新人だからっていっても、足並みが揃わなさすぎるでしょ、これ。

 

 いや、基本的にコミュ障の僕が言えた義理はないのだけど。

 

 車を走らせるリンドウさんたち。

 と、それが途中で停車した。

 

「……あれは」

 

 道の向こう側では、手を振る人達。大人数人に子供一人。

 装備を見ると、外から逃げてきたという風ではない。……たぶん、崩壊した居住区から逃げ延びて来た人達なんだろう。

 

 僕等を見て、助かったと口にしては涙を流す彼等。

 覚えのあるその光景に、僕の胸はちくりと痛む。

 

 アナグラ以外にも、辛うじて居住区と呼べるスペースはある。無論、常々アラガミの脅威にさらされており、支部の外壁なんかとは比べ物にならないくらい危険だけれど。

 

 他の支部や、そういった居住区から新天地を探してくる難民は、少なくもない。

 

 結局車に乗せて運搬することとなり、僕等は少しスペースを寄せた。

 どうしたものか勝手のわからなさそうなコウタ。僕は、進んで彼等と話をした。

 

 暗がりの中を進む車。リーダーの男のヒトが、疲れたように笑いながら言った。

 

「もう終わりかと思いました。……運が良かった」

「……何割ですか、今」

「…………我々で、一割も残っていません。この子の姉も」

 

 アラガミによる襲撃で、大人数で移動していただろう彼等は徹底的に蹂躙された。

 それこそ当初は足もあったはずだ。だが今では、辛うじてガレキの山を、コンパスを頼りに移動していたばかり。

 

 蹲る女の子に、僕はペットボトルを向ける。

 

「飲みな。僕の口つけた奴で良ければだけど」

「……! あ、ありがと!」

 

 少しでも表情が晴れてくれるなら、これくらいは無問題。

 リーダーの人も「先に飲みなさい」と言って、彼女は頷いてキャップを空けた。

 

「方向としては、どっちからですか?」

「南側ですね。……もっとも、旧新潟側を回ったので、南下してきたとも言えますが」

「ぎりぎり盆地を回れれば良かったんでしょうけど、それは……」

「事前に二手に分かれて、太平洋周りとそっち周りとで動いたんです。結局、相手の連絡は二月前に途絶えました……」

「……」

 

 言葉が続かない。会話して、少しでも間を持たせないといけないのだけれど、それでも上ってくる話題は決して明るいものにならなかった。

 

「……お兄ちゃんたち、ゴッドイーターなの?」

「うん、一応」

 

 笑いながら、右手の腕輪を見せてあげる。

 

「じゃあ、アラガミ、たおして来たんだよね!」

 

 きらきらとしたその顔は、どうしてか癒されるものがあるのと同時に、とても「怖い」。

 視線を逸らしながら、きっと僕の返事は胡乱なものだった。

 

 それでも、すごい、と言ってくれる女の子は、やっぱり強いだろう。気丈に振舞っている部分も大きいと思うけれど、それでも。

 

 アリサもコウタも、表情は優れない。

 

 この後に待ち受ける展開が、必ずしも良いものだと限らないことを知ってるからだ。

 

「……せんせい」

 

 腕時計を握って、僕は願う。

 せめて、せめて誰か一人でも、救われてくれることを――。

 

 

 門の前で、僕等と彼等は別れる。

 

「……民間人用のゲートは、あちらになります」

「本当に、ありがとうございました」

 

 その言葉に、僕等ゴッドイーターは手放しで応じることが出来ない。

 

「またね、お兄ちゃん!」

 

 彼女の頭を撫でて送り出し、僕らは車に入りながら門を通る。

 

 

 

 

 

 結果は――大変に、よろしくなかった。

 

 

 

 

 門の向こうに入ってしばらく、聞こえてきた声が僕に知らせる。

 結果を。

 

「そんな……! ここまで来るのも命がけだったんだぞ!」

「規則です。あなた方の移住を認められません」

「も、もう一度テストしてくれ。そうすれば誰か――」

「退去なさってください。さもなくば……ッ」

 

 そんな声を聞けば、思わず僕も飛び出してしまいたくなる。

 

 サクヤさんが背後から声をかける。でも、そんなの耳に入らないくらい足が進む。

 

「……銃を下ろしてください。やりすぎです」

「「「「「ッ!」」」」」

 

 職員も、彼等も、女の子も、僕の登場に驚かされる。

 僕は足を進め、職員に聞いた。

 

「…………本当に誰も居ませんでしたか? 本当に」

「……はい、残念ながら……ッ」

 

 冷徹に努めていた職員の表情が、その一言と共に決壊した。

 もう一人の職員が、銃を構えて牽制していた彼の肩を抱き、背中を叩く。

 

 誰だって、こんな最後通告なんてしたくはない。されたくたってないだろう。

 

 だけど、フェンリルの拠点はそういう場所だ。

 

「……だけど、せめて一人だけでも――」

「おい、ユウ!」

 

 リンドウさんの声が聞こえる。

 振り返れば、彼は、ツバキさんのような顔をして、こう言った。

 

「――ゴッドイーター(俺達)に、どうこうする権限はない」

 

 それを聞いた瞬間、僕は、膝から力が抜けそうになった。

 

 だって、「僕の時」はそうだったじゃないか。せんせいと、恋人さんが居て。恋人さんが僕を引き連れて来てくれたじゃないか――。

 

 いや、違う。今更ながら、僕は規則を思い出した。

 

 外部者の移住が認められる場合は、三つ。

 フェンリル関係者の親族か、あるいは関係者が許可した民間人。

 

 そして――神機への適合し得る「可能性のある」人間。パッチテストを通過できた人間。

 

 世界は残酷で、企業国家は人民に付き付ける。

 

 世界の未来を双肩に担え無いなら――我々は、どうなろうと知らないと。

 

 だとするならば、僕の時は、せんせいか。せんせいが頼みこんだから、僕が入る事ができたってことか。

 でも、だとしたら何て――。

 

 

「……行こう」

 

 疲れたようにリーダーさんが言う。

 それを見つめ返す僕は、平静を保てている自信はなかった。

 

 絶望を口にする人達に、僕等が出来る事は無い。

 

 僕は――無力だ。 

 

 せんせいのように、彼等を招き入れるだけの力もない。

 だからといって、彼等の立場をどうこう出来ることだってない。

 

 ゴッドイーターになれればとは言うが――この適合試験だって、そもそも成功率は「確実」と言えない。

 

 拳を握って、俯くしかできる事が無い自分が、惨めで、惨めで。

 

 

「……ありがとう、ございました」

 

 消沈する周囲の中、リーダーの男性が僕を見て、力なく笑い、頭を下げた。

 僕は知っている。あの顔を。その未来を。

 

「……」

 

 その足元で、女の子はただただ、無表情を貫いていた。

 そうしないと、きっと全てが壊れてしまうと言わんばかりに。

 

 僕は、何もすることはできない。

 

 謝罪するのだって、感謝を受けるのだっておこがましい。

 

 

 

 ただ、だから――走って、膝をついて、抱きしめた。

 

 

 

 僕を助けてくれた、ゴッドイーターの「おねえさん」がしてくれたように。

 あらん限りの力で、じっと、只々。

 

 ――それでも、君は一人じゃないんだって、気休めを言うかのように。

 

「……うっ」

 

 しゃくりあげる女の子。

 僕も、気が付けば視界が滲んでいる。

 

 ただただその場で不条理を叫ぶ彼女に、何かを言うことさえできず。

 

 ただただ、成すがままに僕は感情が溢れだすのを、堪えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……何も出来ないな、俺達は」

「……」

 

 リンドウさんの言葉に、僕は答えることが出来ない。

 コウタも、アリサも、ソーマでさえ言葉が続かない。

 

 立ち去る彼等を門が閉じるまで見送り、僕等はやるせない気分だ。

 

 ソングバードの弦をいたずらに弄りながら、感傷に浸っている。そんな、このままで良いのか、という疑問が胸を過ぎり、僕は立ち上がった。

 

「今ある風景に対して、鈍感であってはならない」

「ん?」

「……昔、僕を助けてくれたゴッドイーターが、僕を抱きしめながら言ってくれた言葉です」

 

 そうだ。ここで歩みを止めるわけにはいかないのだ。

 

 僕は、そんなことする必要さえない。

 

 

 何故なら、僕は――神薙ユウなのだから。

 

 

 せんせいがくれた、その名前を忘れてはいけない。

 

 

 

 ――ユウは、どうしたいの?

 

 

 

 アキちゃんの声が脳裏に響く。

 

 僕はソングバードを持ち上げ、ある方角へ向けた。

 

 

 その先は――エイジス島。

 

「……絶対、いつか必ず」

 

 

 今あるものを当たり前のものと、思ってはいけない。その瞬間から、きっと何もかもが止まってしまう。

 だからこそ、少しでも希望があるなら、僕等はそこに向かわなきゃいけない。

 

 当面の目標は――エイジス計画。

 そうすれば、あの子たちだって、きっと――。

 

 一つの決心を胸に、僕は、ソングバードの柄を強く握った。

 

 

 

 




ユウの対人方法は

・初見は挙動不審
・共感できそうな第三者は積極的
・慣れてくると妙に馴れ馴れしい
・弄り方は案外ノリが軽い

くらいな感じです。

※ちょっと薄情っぽかったので、若干修正。追加で漢字も一部修正
※決定的なミスを犯していた部分修正
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