あの神を薙ぎはらうは貴方   作:黒兎可

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Episode 6. 大丈夫

 

 

 

 

 

「……?」

 

 音が鈍い。

 目を開ければ、空は曇天。振り続ける水滴が、僕の顔面を洗う。

 

「ここは――ッ」

 

 うつらうつらする意識の中で、僕は最低限確認すべき事を思い出す。自分の名前と、所属と、年齢と、色々思い出している内に、脳裏に二つの映像がフラッシュバック。

 

 アキちゃんの最期の瞬間と。

 ソングバードの刃が砕ける瞬間の映像が、頭の中でどうしてか重なった。

 

 そして、全身に落ちる命が「あった」という重みが――。

 

「……ッ! げほっ、げほっ」

 

 起き上がり、思わず自分の左腕を見た。

 そこには神機と、アリサの姿。こんな状態だというのに、どうしてか帽子が流れてない。でも、彼女の半身たるそれは近くに見当たらない。

 

 いや、それ以前にあの離れ方でどうしてこんな一緒の場所で気絶していたのか。

 

 その答えは、正直、訳のわからない形で解決した。

 

「……弦?」

 

 僕とアリサの腕とに、ソングバードの根元から伸びた弦が絡まっていた。

 特殊機能というやつだろうか。それにしては、僕は特にそんな操作の説明を受けてはいないというか。

 

 いや、そんなことよりも。

 

「……って、うつ伏せ!?」

 

 アリサは、水面に対してうつ伏せで浮かんでいた。

 腹部の痛みを押さえつつ、立ち上がる。弦はまるで乾燥した枯れ木のように、べきべきと簡単に折れた。

 

 

 

 

 

Episode 6. 大丈夫

 

 

 

 

 

 アリサの腕を肩に回し、ソングバードを引きずりながら陸地の方へ。

 

 底の浅い川とはいえ、いつまたこの天候で土石流が起きるか。

 

 砂利の上に寝かせて、僕は彼女の口元に耳を当てる。

 呼吸はない。

 

 うろ覚えの知識ほど怖いものはないけど、流石にこれはきちんと覚えていた。教本に書かれていたそれを頼りに、僕は確認。

 

 肩を叩きながら声をかける。反応はない。

 服のチャックを少し上に開けて、胸骨のあたりを露出させ、耳を当てる。

 

「……ッ」

 

 周囲を見回して、とりあえずアラガミが居ないことを見てから、僕は両手を重ねる。

 彼女の胸をかきわけ、胸骨の上で重ねた手をあて、体重を上から落す。

 

 回数は、三十回。

 

 一定の間隔で、彼女の心臓をノックする。

 

「死なないで……っ」

 

 口調が幼くなる自覚がある。

 色々あって、混乱してるんだろう。

 

 ただ、それでもこの感情に代わりは無い。

 

 あの場所で食われた沢山の人の映像と。あの時、ただ抱きしめることしか出来なかったあの子と。

 

「……せめて、一人でも――」

 

 どうか、僕の周りから「失わせない」でくれ。

 

 誰に祈ってるのか、自分でもわからない。

 

 人工呼吸は、水辺でのトラブルだから行わない。下手すると肺に水が入ってしまうかもしれない。

 でも、脳が正常な機能を取り戻せれば。血流が体内を廻り、心臓が再び動き出せば――。

 

 果たして、それが通じたのかどうか。

 

「かはっ、げほっ……ッ」

「……! よかった」

 

 アリサは水を吹き出しながら、げほげほと自然呼吸を再開した。顔面に多少、彼女の吐瀉物がかかったけど、そんなことどうでも良い。

 

 良かった、生きててくれた。

 

 ただその事実だけが、乾燥した僕の胸を満たす。

 

 そして同時に、ぐしゃりという足音が聞こえる。二足歩行の音、前方の高所っぽい。

 確認すると、オウガテイルがのそのそと歩いていた。

 

「ここじゃ駄目だよな。えっと……」

 

 アリサの服を戻しながら、見渡せば、喰らわれ、破壊された建築物。ビル群だったそれらを見て、ふと、なんとなく懐かしくなった。引篭もっていた経験から来る感情だというのが、我ながらちょっと皮肉だ。

 

「……恵まれてるな、ここら辺りの廃墟」

 

 雨漏りしなさそうだし、窓ガラスが一部完全な形で残っている建物もあった。

 アリサを背中に背負って、ソングバードの柄を握り、僕は歩いた。

 

 元は企業のビルだったのか、プラスチックや鉄の机や椅子らしきものが、半壊しながら大量に転がっている。足場が上の階は一部不安定っぽかったけど、6階くらいまでは大丈夫か。

 

 会議室なのかエントランスなのか、ソファが置いてある部屋があったので、そこに入りアリサを寝かせる。

 壁に背中を預け、僕は自分の腹に手をやった。

 

「思ったよりキツいな、これ」

 

 フェンリルの制服にも、シャツにも穴が開いている。

 下の部分は傷痕になっていて、血は止まっていたけど、断続的に痛みが走る。

 

 少なくとも、あのヴァジュラの変異種の攻撃は僕の腹を貫通していた訳で、普通だったらどう考えても重症だ。歩く事だって出来もしない。

 

 それでも無理を通せるのは、ゴッドイーターだったからだろうか。

 

 ただどちらにしても、あの時のせんせいほどの酷い傷ではなかった。

 

「――ピターッ!」

「!?」

 

 そんなことを考えてると、魘されていたアリサが飛び起きながら叫んだ。

 ちょっとびっくりして、思わず少し身を引いてしまった。

 

 肩で息をするアリサ。

 

「……具合、大丈夫?」

「はぁ、はぁ……、っ?」

 

 こちらを見る彼女。表情は、茫然としていた。

 

「お、おはよう。気が付いた?」

「……ここは?」

「簡単に言えば、川に落ちて、流されたっぽいかな」

「……ッ、ピターは、どうなったんですか!?」

 

 こちらに詰め寄る勢いのアリサ。僕は、なんとなく視線をそらす。

 

「わかんない。でも、コウタたちは多分無事だと思う。

 それ以外は……」

「……」

「何なんだろう、あの変異種は」

 

 明らかに、あの時の黒いヴァジュラは、僕等を嘲笑うように動いていた。明確に悪意でもインプットしてあるかのような動きは、いくら何でもあり得ないくらい翻弄されていたはずだ。

 

 そんなことを思い出して居ると、アリサはぶつぶつと呟く。

 

「次……、かなら……、ッ」

 

 目を閉じ、一瞬何かに怯えるような、痛みを堪えるような顔になるアリサ。

 腰のポーチに手をやり、透明なケースを取り出して、その表情は愕然としていた。

 

 そういえば、アリサは何か薬を飲んでいたっけ。

 

 でもあの時、勢いに任せて滅茶苦茶な摂取の仕方をしていた。それだけで個数は大きく減ってたんだろう。

 

 最後の一粒なのか、彼女はそれを震えながら手に取り、飲み込んだ。

 

「……っ、わ、私の神機はッ」

「……周りには、見当たらなかっ……ッ」

 

 段々、僕も僕で息が続かなくなってきた。

 

 帽子を被りながら、立ち去ろうとする彼女の背中が、唐突に横向きになる。

 あれ? と思う間もなく、僕の腕はがたがたと震えだした。

 

「ユウ……? ちょ、ちょっと!?」

「……ッ」

 

 声を出せない。肺が潰れるように痛い。呼吸はできるのだから、たぶん近い神経がやられてるか何かしてるんだろう。

 

 それと同時に、僕の手は震えていた。

 

 どうしようもなく、怖かった。

 

 何が怖いのか。

 自分の命が失われそうになったことが怖かったのか。

 あれだけ無茶をしても、結局あの場で誰も助けられなかったことが怖かったのか。

 僕らを嘲笑うような、あの黒いヴァジュラの顔が怖かったのか。

 

 ソングバードの刃が、砕けたのが怖かったのか。

 

「……不謹慎ですけど、案外人間らしいんですね」

 

 朦朧とする意識の中。震える僕の手を覆うように両手で握り、アリサは少し笑った。

 

「泣かないし、落ち込まないし。おまけに私よりも……。いえ、今は止めます」

 

 ぐ、と彼女は僕の手を強く握り締め――。

 ふと、僕の腕の震えは収まった。

 

 仰向けに転がしジャケットのボタンを外すと、彼女はシャツをまくり上げて、腹部を見る。

 

 一瞬顔を顰めると、ポシェットから何かの装置を取り出し、僕の左腕に触れる。そして、何かを刺し、注入。

 

 すると――アリサから光が迸り、僕の体に集るように見えた。 

 緑色の光が、腹部を中心に僕の全身を包む。

 

 何をされたかわからなかった。でもそれだけで、多少、痛みが薄れて行く感じがした。

 

「……どうしてこんな状態から再生できるんでしょうか」

 

 はい?

 何かまた変なことを言われた気がしたけど、それを聞きながら僕の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

『ユウ』

 

 ――どうしたの、アキちゃん。

 

『昔、言ったよね。約束は守ること。あと、女の子は助けてあげること』

 

 ――女の子だけなの? って言ったっけ。

 

『私相手に話してたんだから、それで良いの。ユウは、私を守ってくれるんでしょ?』

 

 ――うん。でも……、ごめん。

 

『もう、ユウはいっつも謝ってばっかなんだから』

 

 ――だって、僕は……、僕はきっと、あの時――。

 

『どうでもいいけどさ。ユウ』

 

 ――?

 

 

 

 

 

「起きないと、きっと後悔するよ?」

 

 

 

 

 

 

「いぃいいいいいいいいいいいやああああッ!」

「……ッ」

 

 耳元で聞こえたアキちゃんの声と、劈くような叫び声が僕の意識を肉体に叩き戻す。

 叫ぶアリサは、ソファの隅に逃げ惑う。

 

 彼女に向けて、オウガテイルが、大きな顎を――。

 

「――あああああッ!」

 

 咄嗟に僕は、タックルをかます。

 ずっと量を無理に食べ続けた成果か、思いの他力が出たのか、アリサに襲いかかる敵の動きをそらした。

 

 ソングバードを手に取り、殴る。

 

 まるでストレートを喰らったボクサーのように、顔面を一度横にそらして、でも目だけがぎょろりとこちらを見て、何事もないようにこちらを向いた。

 

「……なんでッ」

 

 ソングバードのコア近くに刺さった五本を、また一本引き抜こうとして、でもそれは出来なかった。

 あの時はまるで簡単に抜けたっていうのに、どうしてか今はビクともしない。

 

 それでも先端を構えながら、接近してくるオウガテイルと距離をはかり、アリサの横にしゃがむ。

 

「逃げるよ。あー、結構良い立地だったのに……。

 って、アリサ?」

 

 両手を胸元で重ね合わせて、アリサは震えていた。

 

「~~~~あー、うん、仕方ないか」

「……ッ! !?」

 

 オウガテイルが突進してくるのを見つつ、僕はアリサを抱えて、そのまま窓からダイブした。

 

 砕ける破片が体に刺さる感触がないことに気持ち悪さを覚えながら、僕等は落下する。

 

「あああああああああああああッ!」

 

 叫びながら、僕はソングバードをとにかく振り回す。

 タイミングが良かったのか、がん、と地面に激突し、その反動で僕等の身体が一度浮かんだ。

 

 我ながら人間離れした動きだなーと思いつつ、僕等は転がる。

 

 アリサの表情も確認しないで手をつかみ、無理やり引っ張って僕は走った。

 

「あー、ここの辺りが一番まともな廃墟なんだけどなぁ……。

 惜しい、逃げるためとは言え惜しいッ!」

 

 思わず本音がこぼれる。

 このクラスの廃墟だったら、以前の僕なら半年は過ごせる。

 

 くすり、と背後から声が聞こえたけど、まあ、気のせいだ。

 

 いや、少しでも元気になってもらえたなら有難いけどさ。

 

 しばらく走り、ショッピングモールだったっぽい建物に逃げ込む。

 開けっぴろげに砕けたガラス辺を踏みながら、店の奥へ。

 

 オウガテイルの足音が通過するのを聞きながら、アリサは自分の両肩を抱いて、深呼吸していた。

 

「どうしたんだろう、本当」

 

 いや、原因はうっすら分かっている。間違いなく、あの時、黒いヴァジュラに砕かれた時のアレだ。

 

「……傷、大丈夫ですか?」

「? あ、うん。手当て、ありがとう。動けるよ」

 

 視線を逸らしながら、彼女は続けた。

 

「……試験的な”リンクエイド”を使ったとはいえ、風穴が開いていたのが塞がるんですから。

 ”因子”との適合率は高いのかもしれませんね、ユウは」

「……? あれ、ちょっと待って。今、風穴って言った?」

 

 いや、確かに貫通していた以上はそうなんだろうけどさ。

 後半の内容が全部ぶっ飛ぶくらいの爆弾発言だった。

 

 そんな僕の顔を見て、一瞬呆気にとられた後、くすり、と彼女は小さく笑った。

 

 多少気恥ずかしいのもあって、視線をそらしてソングバードを見る。

 

「……直るかな、神機」

「……そこまで損傷したものは、記録も含めて私も初めて見ます」

「あー ……、リッカさんに怒られそうだなぁ」

 

 多少気楽そうに振舞うと、アリサは真剣な顔をして僕の目を見た。

 

「……でも、ユウ。貴方の神機(ソングバード)は、間違いなく活動を停止しています」

「……?」

「貴方が気絶してるときに、確認しました。通常なら使用者以外が触れれば、神機は暴走してその人間を襲います。でも……」

「……わかった」

 

 金属的な物質の塊のような状態になってしまってる、ということか。

 通りでオウガテイルに通じないわけだ。通りで引き抜けないわけだ。通りで、弦が簡単に崩れさる訳だ。

 

「結構、危険なことしたよね。アリサも」

「それは……、スミマセン……」

 

 少し笑いかけて言うと、アリサは視線を落す。

 

「……少なくとも極東支部に戻れば、分かることでしょう」

「捜索隊とか、合流できないものかなぁ」

 

 アリサの表情は、暗い。

 僕も微笑んではいるつもりだけど、底抜けに明るくは無理だ。

 

 状況は、悪い状態から何一つ改善していない。

 

「……せめて、私のアヴェンジャーさえあれば……」

 

 それもそうか、と僕は窓から周囲を確認して、記憶を辿る。

 

 彼女の手から離れて、あの場になかったとするのならば、重量的にもきっとより上流に沈んでるはずだ。

 だけど、安全性を考慮すると何とも言えない。捜索隊が出てるなら、大人しく救助を待つのが最善だ。

 

 でも……、あー、不確定要素が多い。

 

 アリサの顔を見る。不安そうな、十六歳の女の子の顔を。

 

 腕時計を握りながら、僕は話し掛けた。

 

「……廃墟の話をしようか」

「……はい?」

 

 一応は口を開いたので、僕も雑談を続ける。

 

「昔の時代には、こういう建物を好んでいた人達が居たらしいんだけどさ。でもここで生活するということを考えると、色々やっぱり難しいんだよね。水道だって止まってるし、電気だってないし。窓がしまってなきゃ空気は吹き晒しで入られないし、おまけに通信装置の電波だって、場所に寄っちゃ届かない。

 食糧の保存も効かないしね」

「……何が、言いたいんですか」

「探しに行こう。君の神機を」

「ッ!」

 

 僕の言葉に、アリサは目を大きく開ける。

 

「捜索隊も、川を下って探しに行くはずだし。ここに居るよりは早く見つかるかも知れない」

 

 立ち上がりながら、僕は彼女に笑いかける。

 

 判断が難しいのは、待っていても動いても不確定要素が大きいところだ。

 でも、息を殺してじっとしてるよりは多少はマシなはずだ。

 

 少なくとも、僕がそうなんだから。

 

 アリサだって、目的を持って歩くのなら、少しはその震えを忘れられるはずだ。

 加えて神機を回収できれば、戦力面での増強も見込める。ソングバード共々、役立たずになってる今よりはマシには違いない。

 

 アリサの表情は、少しだけ、明るくなってた。

 

 立てる、と聞くと、当たり前ですと自力で立つ。

 

「さあ、行こうか」

「……はい、行きます!」

 

 僕等は周囲を警戒しながら、その廃墟から一歩足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校跡みたいな、そんな建物の中にて。

 

「まあ、要するに廃墟での生活なんて、野宿と同じだからね。屋根があろう、雨風しのげようってくらいで、他は大して変わらないし。装備だって全然充実してないから、どんどん体力も落ちて行くし」

「……貴方のその体も?」

「うん、そんな感じ。

 フェンリルの配給だって、長く放置するのも難しいし……。でも色々あって働けるような状態じゃなかったから、表の仕事も非合法の仕事にも手を出さないし。

 虫とか食べてたかな。ネズミだと、病気とか怖かったから滅多に」

「む、虫……」

 

 ちょっとアリサが引いていたけど、僕は構わず廃墟トークを続ける。

 目的は雑談じゃないので、ここはどれだけ話を継続できるかってところが重要だった。

 

 アリサの神機を目指して移動中。色々なものを見た。

 

 僕等と同じで、流されたコミュニティの人。

 生きているのかと思って近寄れば、その体の左半身は巨人にでも齧られたように抉られていて。

 崖を上って上から見れば、その遺体にオウガテイルが集り、貪り。

 

 今にもあの場で奴等を蹴散らしてしまいたい。そんな衝動が湧くも、それでも僕は無理やりそれを押さえつける他なかった。

 

 死者に価値が無いなんて、絶対に言わないし言わせない。

 

 でも、それでも僕等が優先しなければならないのは、生きてる生を守ることであって。

 この場においては、それはアリサに他ならなかった。

 

 休憩をある程度挟みながら、僕等は少しずつ歩き続ける。

 

 ヴァジュラが数体たむろしている場所で隠れてやり過ごしたり。

 

「うあああああああ!」

「きゃあああああッ!」

 

 突如オウガテイル数体に追い掛け回されたりして、かなり忙しかったり。

 お陰で持って来ていたスタングレネードを、全部使い切ることになった。

 

 そして割と無茶が続いたせいか、腹部の痛みが再発。意識を失わないようにと、アリサから会話を続けましょうと提案されたので、こうしてずっと喋っていた。

 

「そもそも、どうして廃墟なんかで生活しなきゃならなかったんですか?」

「あー、それはちょっと……」

 

 ただ、こうして休憩中の合間でも会話をしてる訳だけど、やっぱり僕はそこまで会話が上手ではない。

 こうして一瞬途切れる質問がくると、あっという間に無言がこの場を支配してしまう。

 

 何か気の効いた話が出来れば良いんだけど、やっぱり基本はコミュ症ゆえか、話題が続けられない。

 

「……?」

 

 どうしたものかと考えてると、アリサが両肩を抱いて、震えていた。

 寒いのかと思いつつ、アキちゃんにかつてそうしたように、僕はジャケットを脱いで上からかけた。

 

 一瞬驚かれたけど、アリサは拒否しなかった。

 

「……遠いよなぁ」

「……?」

「いや、何でもないよ」

 

 グローブの下の腕時計を見ながら、思わず呟く僕。アリサが不思議そうな顔をするのは当然なんだけど、こればっかりは説明できる類の話じゃなかった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 それからまたしばらく歩いて、ようやく、ようやく川のある位置でそれを発見した。

 岩礁に乗り上げた、柄は黒と赤。

 

 わずかに見える、小さくなっているガトリングの姿に、アリサは目を見開いた。

 

 勢い良く駆け出し、転びかけながらも彼女はそれを手に取った。

 

「ありました……、ユウ! ありました!」

「ッ!」

 

 思わず僕も笑う。

 でも、そのタイミングがいけなかったのかもしれない。

 

 理由は色々考えられる。アラガミにとって苦手な因子を含んだ物体がそこにあったから、警戒していたのか。それともアリサが大声を出したからか。あるいは人間が二人この場所にやって来たからか。

 

 いずれにせよ、オウガテイルが彼女目掛けて突進をかけたことは変わらない。

 

「――アリサ、後ろから!」

「……へ? ッ!」

 

 アヴェンジャーを手に取り、その動きを交わす彼女。

 先端を向け、目を光らせる眼前のアラガミと対峙する。

 

 これで大丈夫だろうと、僕はこの時点ではまだタカをくくっていた。

 

 駄目だとわかるのは、わずか数秒後。

 

「!」

 

 一吼えし、アヴェンジャーに顎を当てるオウガテイル。いつもならその動きを余裕で無視して、刃を立てるか弾丸を撃つかしてるはずなに。

 

 かまえる神機は、酷く震えていて。

 

 おまけに肩で息をする声が、離れたこちらまで聞こえる。

 

「……あ、そうか、薬かッ」

 

 なんで忘れていたんだ、と失念していた自分を恨む。戦闘中にあれを飲んだ時点で気付くべきだったんだ。

 理由はともかく、それだけのことをしないと戦闘することが出来ないんだっていう事実に、どうして気付かなかったんだ。

 

 そして期を見計らったかのように、続々と現れるオウガテイル。

 

 アリサが囲まれる。

 

 その状況で、彼女は武器を手放し、その場で蹲った。

 

「ごめんなさい……、ごめんなさい……。

 パパ、ママ……ッ」

「――ッ!」

 

 たとえ鉄の塊のようになっていても、少なくともある程度重量のある物体には違い無い。

 だから僕は、神機を持ったままその場へ突撃した。

 

「ああああああああッ!」

 

 所詮、奴等の顎を引っ掻く程度か。いや、それ以上にダメージはないのかもしれない。

 ただ、そうであってもこの場で引くことは出来ない。

 

 

――命令は三つだ。

 

 

 リンドウさんの姿を不意に幻視したけど、でも、それでも。

 

「――アリサ、逃げて!」

「いや……、嫌……ッ」

 

 完全に、こちらの言葉が聞こえて居ないらしいアリサ。

 

 近寄ってくるオウガテイルに対して、僕は精一杯ソングバードを振るう。

 でも、結局そんなものは対して役に立ちはしない。

 

 空振り、転ばされ、頭突きで吹き飛ばされ。

 

 それでもなお立ち上がろうとも、更に敵は増えてきて。

 

 自然と、僕の視線はアリサの神機へ向けられていて。

 

「……どうしたら、いいんだよ」

 

 彼女を連れて逃げることも難しい。

 かといって、相手を倒すことも出来ない。

 

 だったら、僕に残された選択肢なんて――。

 

 

――だいじょうぶだよ、ユウ。

 

 

 幼い日。アキちゃんが微笑みながら、僕の前に立ったあの姿が、脳裏を過ぎり。

 

 一歩踏み出し、僕は両手を広げ――、微笑んでいた。

 

 

 

「――大丈夫だよ、アリサ」

 

 

 

 きっとこの言葉だって、聞こえてないだろうけど。

 でも、それでも少しくらい時間を稼げるはずだ。

 

 それでも、出来る限り僕は「あの時」のアキちゃんのように、堂々と立とうと思った。

 

 フラッシュバックする、今日までの日々。

 

 気が付いたら既に難民で、その後にせんせいに拾われて。

 孤児院のみんなと、アキちゃんたちと出会って。

 

 みんなのためにと、僕も全力で何かになろうと頑張って。

 

 そんな日々も、巨大なアラガミの暴力によって簡単に蹴散らされて。

 

『――君は悪く無い。

 だって、生きる事から逃げなかったじゃないか』

 

 ゴッドイーターのお姉さんが、ただただ立ち尽くす僕を抱きしめて、泣きながら頭を撫でて。

 正気を取り戻して、自分の仕出かした事の大きさに何も出来なくなって。

 

 そして――運命のあの日。ゴッドイーターになって、ソングバードを手にとって。

 

 

――――ユウッ! 

 

 

 どこかから、アキちゃんの叫ぶ声が聞こえたような気がして。

 

 僕目掛けて襲いかかってくるオウガテイルたち。雨の音を聞きながら、僕は、ずっと「力んで」微笑んでいた顔から、力を抜いた。

 

 

 

 

 

 そんなタイミングで、音と閃光が僕等を包みこんだ。

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 光の中から、動くシルエット。長物のジャケットに、漂うタバコの臭い。

 チェーンソーがバリバリ鳴くのが聞こえれば、もう誰かは言うまでも無い。

 

 現れた彼は、表情を変えず黙々とアラガミの頭部で刃を閃かせる。

 

 神機と同じ色がアラガミから噴き出すのを、軽く往なしながら。まるで嵐か何かのように、リンドウさんはその場を駆け抜け、オウガテイルを一掃した。

 

「……全く、呼ばれて来てみりゃ、何だこの状況」

 

 リンドウさんはツバキさんによく似た目で僕等を見ている。

 

「――自分の力で人を守るなんざ、一人前のやることだ。

 おい新入り、俺の命令忘れたか?」

 

――死ぬな。

――死にそうになったら逃げろ。

――そして隠れろ。

 

 倒せって指示は、一番最後だったっけ。

 

「……ごめんなさい」

 

 僕は、ただただそう言うしかできなかった。

 取り繕っていたものが、剥がれているせいもあるかもしれないけど。

 

 とにかく、僕の口からはその言葉しか出てこなかった。

 

 途中から声にならなくなって、それでも、僕はリンドウさんに何も言えなかった。

 

 タバコの煙を吐きながら、リンドウさんは諭すように言った。

 

「もう誰からも、失わせないためにだったか。

 でもな、ユウ」

 

 その目はやっぱり厳しくて、こちらの言葉を許さない冷たいものではあったけど。

 でも、同時に温かさと、信頼みたいなものを感じさせられた。

 

「俺は、お前らが俺達から『失われなくて』、良かったと思うぞ」

「――」

「決して手放すな。お前の刃を」

 

 一歩進んで、僕の肩を叩き。

 

「――お前は、どうしてゴッドイーターになったんだ?

 思い出せ。そして、考えろ」

「……ッ」

 

 言葉に出来ない感情のうねりは、もう堪えられる限界を超えていて。

 

 その場で、僕は立ったまま、年甲斐もなく泣いた。

 

 

 

 

 人に泣き顔を見せるのは、久々だった。

 

 

 




大丈夫(大丈夫だとは言ってない)
本人的に、笑顔を浮かべてる時はカウントされてない模様

Ep7超良かったよ! でもまたEXだよ(白目) まーたどうしようかしら・・・
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