学園生活部と一人のオジサン   作:倉敷

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話は全く進展していない。
というか進展するころが来るのだろうか。


じゅぎょう

「はーい、じゃあオジサンの教科書三ページを開いてー」

 

「オジサンの教科書ってなんだよ……」

 

 オジサンの授業はいつも2―Aで行われる。ゾンビ騒動のせいで一時は荒れ果ててしまったが、オジサンは暇を見つけてはコツコツと掃除し、何とか授業を行う程度のものには出来たのだ。机や椅子は壊れたり血の汚れが酷かったりと、なかなかいいものが見つからなかったが、いくつかの教室を回り使えるものは調達できた。とは言え、窓を修繕することは出来ず、風は入り放題の酷い有様ではある。

 

 そんな教室内に、教壇と教卓と、机と椅子を三つおき、これまでにも数回授業を行っている。

 

「オジサンの教科書はオジサンの教科書だよ。ほら、見えない?」

 

 オジサンは明らかに何も持っていなかったが、あたかも教科書を持っているかのように手を動かしている。ずばりエア教科書であった。そんなオジサンに恵飛須沢と若狭は哀れめいた視線を送っていた。

 

「はいはい。今日はオジサンに付き合ってあげましょ?」

 

「あれ、りーちゃん反応が冷たくない? おかしいなあ、君はオジサンに優しい子だったはずなのに……」

 

 悲しくなったオジサンだったが、これくらいでめげるオジサンでもない。チョークを持ち、かっ、かっ、かっ、と音を響かせ板書していく。

 

「相変わらず字は綺麗だよな、オジサン」

 

「そうねえ、慣れてるのかしら」

 

 オジサンに似つかわしくない流麗な板書に、二人はオジサンに聞こえない程度の声で話した。内容はひどいように聞こえるが、相手がオジサンなのだから仕方がない。

 

 板書し終えたオジサンは振り返る。

 

「さて、今日はこれから話していくよ」

 

「ええと、なになに……『オジサンの軌跡』?」

 

 恵飛須沢は板書を読み、訝しげに声を上げた。

 

「そう、オジサンの軌跡。最初からだとオジサンが生まれてからとかになるけど、そこまでは興味ないと思うんだ。だからこの学校に来ることになったところでも話そうかなと考えてる。どう?」

 

「それがいいと思うわ。小さいころのオジサンに興味もないもの」

 

「あたしも」

 

 あれ、何か改めてそう言われるとちょっと寂しい。あとりーちゃんが冷たい。オジサンは表情には出さなかったが、その胸に去来する寂寥感を覚えた。まあ、いつものことである。オジサンは一つ咳ばらいをした。

 

「じゃ、じゃあ話していこう」

 

 オジサンはまた板書を始める。話しながら書いていくつもりのようだ。

 

「ええと、まずオジサンは普通の会社員だったんだ」

 

 黒板の端に会社員と書いた。

 

「で、ちょうどあの日にクビになって」

 

 書いた会社員と言う文字に、即座に×を付ける。

 

「次に……」

 

「なあ、なんでオジサンはクビになったんだ?」

 

 恵飛須沢が声を上げた。部室でも言っていた疑問である。

 

「あ、そこ知りたい?」

 

 二人の方を向いたオジサンがそう問うと、二人ともうんうん、と頷いた。

 

「そうだねえ、かいつまんで話すと、オジサンに対して社内での風当たりが強くてね。上司はどんどん自分の仕事までこっちに回すし、同僚は何も手伝ってくれないし、仕事内容も好きじゃなかったし……理由はたくさんあるんだけど、まああの会社が合わなくなって、かと言って辞めても次の就職先があるわけでもなくて。上司に話してみたら、じゃあやめればと言われてねえ。オジサンもカチンと来ちゃってさ、その場の勢いでいろいろ言ってたらクビになっちゃった」

 

 あっはっは、とオジサンは最後に笑った。若狭も恵飛須沢もなんとも言えない表情であった。オジサンのこういう話にはさすがに口をはさめないようである。

 

「でもまあ、クビになってすぐは不安ばかりだったけど、なんとかなってるからね、今。最後に笑う者の笑いが最上ってやつだよ。今が最後ってわけじゃないけど、笑えてるからいいかなと思ってるんだ」

 

「オジサンもいろいろあったんだな……」

 

「そりゃそうよ。四十年ちょっと生きてればそう言うこともある、うん」

 

「でも、そこからどうしてここに来たのかしら?」

 

「ん、じゃあさっきの続きを話そうか」

 

 オジサンは板書を再開した。×を付けられた会社員の隣に矢印を書く。

 

「クビになってどうしようかっていろいろ考えててさ、適当にドライブしてたらこの高校が目に入ってね。オジサンそのとき今と同じでスーツ着てたから、違和感なく入り込めそうだと思って、ふらっと侵入しちゃった」

 

 ええ……、と二人はオジサンのよく分からない行動力に驚くと同時に呆れた。それを気にしながらも、オジサンは矢印の後に学校と書いた。

 

「まあでも本当に、中に入っても誰にも止められなくてさ、あれ、オジサンって本当にここに居るのかなあって不安になっちゃったよ。で、当てもなく校内を彷徨ってたら屋上に出てね。あ、野菜があるって気づいて、ここなら生活できると思ったね」

 

 学校の下に(屋上)と付け加える。

 

「だから屋上で寝転がってたのかよ、オジサン」

 

「ああ、うん。あの時はびっくりしたよ。屋上でごろごろしてたら悲鳴は聞こえるわ、物が壊れる音はするわでさあ。なんだろうと思って隅っこから出てみれば、佐倉先生とゆきちゃんとりーちゃん、それにくるみちゃんもいてねえ」

 

「オジサンには気づいていたけど、こっちには気にする余裕なんてなかったもの。最後には扉押さえるの手伝ってもらってたしね」

 

「あれのおかげで、連帯感と言うかなんというか、オジサンもみんなと仲良くなれた気がするよ」

 

「いい思い出とまではいかないけど、確かにそうかもしれないわね」

 

「あれがなかったらオジサンただの不審者だったからな」

 

 三人は思い出話に花を咲かせる。それは傍から見ればごくありふれた日常の光景であったが、現在の状況で行われるそれは、逆に異常とでも認識されるものである。非日常の中で日常と同じように行動できている彼、彼女らは、とても贅沢な時間を享受していると言えよう。

 

「それで、と」

 

 オジサンは学校と書かれた隣に矢印を書き、その先に今と書いた。

 

「これで終わりかな」

 

 オジサンはチョークを置き、教卓にエア教科書を置いた。ご丁寧に置いたときの擬音まで自分でやる徹底ぶりである。いらないところに力を使うのがオジサンであった。

 

「ずっと教科書持ってたのか……」

 

「授業に教科書は付き物だからねえ。せめて先生は持ってないと」

 

 正論のように思えるが、オジサンが言うとどうにも不信感が先に出るのはなぜだろう。雰囲気とでも言うのだろうか。オジサンをオジサンたらしめる部分であるのかもしれない。

 

「ちなみにその教科書は何ページあるの?」

 

「三百五十ページ」

 

「長っ!」

 

「オジサンの人生を綴った教科書だからねえ。そりゃあ長くなるよ」

 

「今の授業でどこまで進んだのかしら」

 

「最初から最後までかなあ」

 

「進み速いな! 一ページに書かれてる内容薄すぎだろ!」

 

 恵飛須沢のつっこみぶりに、オジサンはついつい冗談を言ってしまっていた。若狭もそれが分かったようで、オジサンに乗っかってボケていた。オジサンはいつの間にか笑っていた。若狭も笑っていた。恵飛須沢もその雰囲気にのまれたのか、笑っている。

 

 学園生活部、みんな仲良く授業中。

 

 一方その頃丈槍は、佐倉に数学を教えられ、理解できずに煙を吐いていた。

 

 

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