翌日。一行は無事ショッピングモールへと辿り着いた。入り口付近にはゾンビの姿は見受けられない。オジサンはそこに車を止めた。物資を運び出す面で考えても、出来るだけ近い方がいいだろうと言う判断であった。オジサンと恵飛須沢はシャベルに加えてリュックサックを背負い、それ以外はリュックサックを背負ってライトを持ち車を出た。すぐ近くには何やら紙が落ちていた。
「……リバーシティ・トロン館内案内って書いてあるわね」
若狭はそれを拾い上げ、読み上げた。中に入ろうとしていた皆がその声に反応し近寄っていく。
「ええと、地下一階が食料品だから、まずはそこに行った方がいいかなあ」
「じゃああたしが行ってくるかな」
「くるみちゃんだけで行くの?」
「おう。まあなんとかなるって。ゆきは自分の心配しろよな。お前が一番危なっかしいんだからさ」
「むう、そんなことないよー」
「ふふ、じゃあゆきちゃんは先生と手をつないで行こっか」
「めぐねえまでー、わたしはそんなに子供じゃないよ!」
と言いながらも、丈槍は佐倉の手を握っていた。恵飛須沢はその手をにやにやと見ていた。丈槍は少しふくれっ面である。
和やかな雰囲気で中に入った一行だったが、そこはやはり酷い状態であった。入り口のドアからして割られており、瓦礫とガラスが散乱していたから予想は出来ていたが、それでも実際に見てみるとそうとしか言えなかった。だが、幸いと言うべきか、一階にはそれほどゾンビの存在は多くない。
「思ったよりもいないみたいだし、オジサンも地下に行くよ」
オジサンは奥に走り抜けながらそう言う。ゾンビが少ないからとはいえ、歩いてはいられない。
「そうね。奴らは階段を上るのが苦手みたいだから、下に集まってる可能性は高いわ」
「いいのかよ。そっちが危ないんじゃないか?」
「大丈夫よ。静かにしていれば寄って来ないし、ここは広いから逃げようと思えば逃げられるでしょ?」
「くるみちゃんは心配しすぎだよ」
心配の種が何言ってるんだか、と恵飛須沢は言ってきた丈槍に小声で返した。
「先生も頑張るわ」
佐倉は何やら意気込んでいた。引率する先生、と見えなくもなかった。もっと頼りにしてほしいとでも思っているのかもしれない。
「じゃあ、あのピアノを目印にして集合しましょう」
若狭が広場の中央付近にあったピアノを指さし、そう言ったのを最後に歩き始めた。薄暗い店内だが、持ってきていたライトを点けて進んで行く。途中で分かれ、恵飛須沢とオジサンはライトを一つもらい地下一階の探索を、それ以外は一階の探索をすることにした。皆、慎重な足取りであった。
○
地下一階に降りた二人を待っていたのは、一階以上に酷い有様になった店内だった。生鮮食料はすべて腐って臭いが酷く、ゾンビも多数徘徊している。二人は臭いに思わず鼻を押さえた。そのままゾンビにばれないように棚の陰に隠れたり、オジサンのポケットマネーであった小銭を転がしたりして探索を進める。
「んんー……大半のものは駄目そうだねえ、こりゃあ」
オジサンは少しだけライトで照らして確認している。もちろん、ゾンビが近づいてきそうなときには消しているが。
「だな。全部腐っちまってる」
並べられていた、以前は瑞々しかっただろう野菜や肉類を見た後二人はそう言った。今ではすべて変色してしまっていたのである。そうだろうとは考えていたため、二人の表情にはショックの色はなかった。
そこから移動し、次は缶詰が並べられているコーナーに向かった。相変わらずゾンビは徘徊しているが、音に反応して移動していくので、オジサンはまた小銭をゾンビの向こう側に投げ込んだ。
「小銭が役に立って良かったなあ」
「よし、今のうちに」
缶詰の近くからいなくなっていくゾンビを確認し、忍び足で移動した。シャベルは床を擦らないように少し上げている。
「結構残ってるね」
「どんどん詰め込んじゃおうぜ」
二人は手分けして手当たり次第に缶詰をリュックサックに入れていく。選り好みなど出来ようはずもなかった。近くにあるものばかり取ったから、同じようなものばかりになってしまったが、気にする余裕もない。出来るだけ詰めると立ち上がる。大量の缶詰は結構な重さがあった。オジサンは持ち上げると少しふらついたが、何とか持ちこたえた。
「腰が心配だなあ」
「歳だもんな」
「うん、そう。人間時間には勝てないねえ」
ゾンビのすぐ近くとは思えないほど、どうでもいいことを会話している。二人はどことなく余裕があった。慣れ、と言うものだろうか。二人はそのまま他愛無い会話を繰り広げながら一階へ上がって行った。
二人が一階に戻り集合場所のピアノまで行くと、すでに三人はそこにいた。皆、手に棒状の何かを持っていた。それが目に入ると、オジサンは手に持っているものが何かを聞いた。
「あれ、何それ?」
「これねえ、凄いんだよ。しゃかしゃか振ると光るんだー」
丈槍はそれを振って光らせてみせた。
「戻るまでに何度か試してみたら効果があってね。これなら学校でも使えそうだと思ってみんなで持ってきたのよ」
聞く限り、それはケミカルライトやルミカライトと呼ばれるもののようだ。
「私のリュックサック、これで埋まっちゃった……重い」
佐倉はリュックサックが重いようで、ピアノの近くにリュックサックを置いた。オジサンも同じように置いた。オジサンは缶詰を馬鹿にできないことを知ったのである。
「なるほど。こっちは缶詰を取って来たよ」
「他のは大体腐っててさ、持ってこられそうになかった。それとあいつらが一杯だったな」
恵飛須沢はリュックサックを揺らした。中に入っている缶と缶が当たり、小さい音が出た。
「なら次は上の階ね。もしかしたら誰かいるかもしれないし」
「そしたら新入部員に誘おうよ。人が増えたらもっと楽しいよね」
「部員が増えたら顧問の私も鼻が高いわ」
そんな楽しい未来を想って、こんな状況においても笑顔になった。いつまでもこんな雰囲気でいけばいいが、そんなわけにもいかないのが今である。
「よし、じゃあ行こうぜ」
「ここにいても始まらないからねえ。……よい、しょ……!?」
オジサンは自分のリュックサックを持ち上げるのと一緒に、佐倉のものも持ち上げようとした。それがいけなかったのか、それともこれまでの筋肉疲労の結果なのか、オジサンの腰に激痛が走った。そのまま倒れそうになり、慌ててピアノに手をつく。
「ど、どうしたんですか?」
佐倉が心配そうに声をかける。オジサンは俯いたまま声を出さない。
「お、オジサン? どうかした?」
若狭もオジサンの近くに行き、声をかけた。それを不安に思ったのか丈槍と恵飛須沢もオジサンの近くに行った。皆オジサンの反応を待っている。
「……こ、腰が……ぎ、ぎっくり腰ってやつかも……痛ぅ……あははは……はぁ」
オジサンは腰に片手を当てながら乾いた笑いを上げた。顔には汗が滲んでいた。その姿に皆は心配そうな視線を送っている。
「言ったばっかでこれかよ……動けるのか?」
「まあ、歩くのなら、何とか」
「なら車に乗って待っててもらったほうがいいわね。オジサンさん、肩貸しますよ」
佐倉はオジサンの腕を持ち上げて、肩を貸した。しかし思っていた以上に重かったのか、少しよろめく。それに合わせてオジサンが小さく呻いた。
「めぐねえだけだと心配だな……あたしも手伝うよ」
オジサンは二人に支えられ、車まで連れられた。若狭と丈槍にはリュックサックを持ってきてもらった。そして運転席を開き、何とか乗り込む。オジサンは息をゆっくりと吐いた。
「ああー、その……迷惑かけちゃってごめんね……」
「大丈夫ですよ。人手はありますから、ゆっくり休んでてください」
「ま、車の番がいたほうがいいだろ」
「シップがあったら持ってくるよ」
「謝らないで。オジサンに無理させてたのはこっちなんだから。安静にしててね?」
オジサンは優しい言葉をかけ続けられ、何だかこのまま死んじゃいそうだなあ、と縁起でもないことを考えていた。少しだけ痛みも和らいだ気がした。だが、ショッピングモール内を歩き回るのに辛いのは変わらず、結局オジサンは車の中で待機と言うことになった。オジサンと佐倉のリュックサックは車の中に置き、佐倉はオジサンの代わりにシャベルとライトを持っていった。
一人残されたオジサンは車のエンジンを入れ、有事の際にも対応できるようにした。そしてこういう時のための煙草だよねえ、と煙草とマッチを取り出し、窓を開けた。煙がこもって車内に臭いが残ってしまえば、帰って来た時にばれてしまうからである。そう言うところは子供っぽいオジサンであった。まあ、窓を開けたところで臭いは残る。そこまで考えていないのがオジサンらしくはあった。
煙草を吸い始めると少しは良くなった気がした。良くなった気がしただけで、実際には何も変わっていないのだが。オジサンは窓の外に煙草を持って腕を伸ばし、灰を落とした。こうして一人残されると、色々考えてしまうものだ。これからどうなるのかとか、生存者はいるのかとか、皆は無事に帰って来るだろうかとか。図書室に入らなかった時と同じようなことしか思い浮かばず、オジサンは知らず苦笑していた。
楽しいことを考えようと思って昔を思い出していた。まだ夢も希望も持っていたころ。この場所で育って、友達もたくさんいて、楽しい未来が待っているんだろうと能天気に考えていた時のことを。走りは速くて勉強もまあまあ出来た。そこそこモテたし、付き合ったこともある。すぐに別れたけれど。友達と馬鹿をやって先生に怒られたこともあった。
オジサンは何のことはない普通の男だった。だと言うのに今では生き残っている。多くの人とは違って。行きたいと願って、そして死んでしまった人たちとは違って。その理由は何だろう。その意味は何だろう。
「……はあ」
オジサンは首を振った。考えても考えても答えは出ないのだ。オジサンはすべての問いに答えがあるとは考えていない。故に深く考えることもない。考え過ぎるのは哲学者にでも任せればいいのだ。
それからどれだけ時間が経っただろう。煙草も吸い終わって手持無沙汰になったオジサンは、疲れからか瞼が落ちそうになっていた。仕舞には舟をこぎ始める。あと一押しでオジサンは眠っていたに違いない。だが、そんなオジサンの耳に叫び声が届いた。若い女の声だった。
「おおっ……!?」
驚いて勢いよく顔を上げ、その影響で腰が痛み瞬時に目が冴えた。オジサンが腰を押さえて窓の外を覗くと、ピアノに上ってゾンビから逃げている少女が目に入った。遠くてオジサンにはどんな人物かは分からなかったが、人であるのはなんとなく輪郭で分かった。
「くそっ、急げ、急げ……!」
オジサンはすぐに車を走らせ、車高ぎりぎり、と言うよりも少し削っていたが、大きな音を響かせながら無理やり中に入った。そしてクラクションを鳴らし、ゾンビの群れに向かって突っ込んでいく。
「オジサンっ!」
声に反応して左を見れば、そこには若狭たちがいた。彼女たちも生存者の声に気づいてここまで来たのだろうか。急いできたようで息が切れていた。しかしオジサンにはその声に言葉を返す余裕はない。クラクションの大きな音に反応したゾンビたちはオジサンの車を見ていた。大きな音を出し過ぎたせいで、他の場所にいたゾンビも近寄ってきている。
「そうだ……そのまま……!」
ゾンビの群れの横っ腹に突っ込んでいったオジサンの車は、多くのゾンビを轢きながら、ピアノがセットされている台に乗り大きく揺れた。だがそのまま止まることはなく、車はピアノを掠った。ピアノが揺れ、上に乗っていた少女がその上に倒れる。車はそこを通り過ぎ、壁にぶつかり急停車した。
「……っ!」
オジサンはあまりの痛みに、声にならぬ悲鳴を上げた。
痛みを我慢してサイドミラーを見ると、多くのゾンビを轢き殺してはいたが、それでも未だ動いているものはいた。オジサンはもう一度轢いてやると思ってバックしようとしたが、体が言うことを聞いてくれない。
一瞬、今まで以上の痛みが走ったかと思うと、その痛みはすぐさま引いていき、オジサンの意識は少しずつ遠のいていく。恵飛須沢と佐倉がシャベルでゾンビを倒しながら、車に近づいてくるのが見えた。甲高い大きな音が聞こえる。泣いているような声も聞こえた。
これ大丈夫かな、帰りどうするんだろう、あの子は無事かな、みんなごめんね、など色々なことを考えていると、目の前が真っ白になっていった。オジサンはハンドルに頭をぶつけると、そのまま動かなくなった。
学園生活部、要救助者を発見。
オジサンが頑張った回。
色々とおかしいところもあるかもしれない。
次回はオジサン以外のメンバーの視点の話か、それとももう学校に戻った後の話か。
基本的にオジサンの視点だから、学校に戻ったあとの話の可能性が高い。
また次回の投稿はタグにある更新不定期の通り、遅くなると思われる。
もし書けたら投稿します。