彼に似た星空   作:おかぴ1129

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8.提督が怒った理由

「何があっても、絶対に口を挟まないでくれよ」

 

第二艦隊が到着したとの報告を受けた提督は、秘書艦の私にこう言うと、第二艦隊の面々が報告に来るのを待った。

 

 さきほど第二艦隊が、とある敵拠点海域を制圧した。以前から幾度となくアタックしては返り討ちにあっていた難攻不落の拠点海域だ。私も姉妹たちを率いて何度かチャレンジしたが、いずれも制圧することは叶わなかった。それを今日、第二艦隊がやってのけた。率いていたのは、鎮守府内随一の武闘派にして、先日重雷装巡洋艦への改造がなされた木曾だ。

 

 実は今回、ちょっとした問題があった。旗艦である木曾が制圧作戦中に敵艦の攻撃を受けて中破した。提督はその段階で第二艦隊に撤退を指示したが、それを旗艦である木曾が拒否した。

 

「提督、心配はいらない。今日こそはお前に最高の勝利をやるから待っててくれ」

 

この言葉を最後に、木曾からの通信は途絶えた。提督はその後何度か木曾に通信を送ったが、木曾はどうやら無線のチャンネルをいじったらしく、まったく繋がらない。仕方なく、同じく第二艦隊として同行していた榛名に無線を繋ぎ、なんとか状況を知ることが出来た。

 

 木曾が提督の指示を無視して独断で進軍した結果、木曾は制圧戦の最後で敵の攻撃を受け、大破判定。同じく榛名も大破判定。赤城と鳳翔と伊勢が中破判定、夕立は小破判定だった。

 

 提督は榛名からの作戦完了の報告を受けるまでの間、ずっと自分の席で腕を組み、無線機を睨みつけていた。傍から見れば、恐らく命令を無視した木曾への怒りを募らせている真っ最中だと皆が思ったことだろう。私もまた、そう思った一人だ。

 

『提督、作戦完了しました。これより第二艦隊帰投します』

「ん。了解した。鎮守府についたら入渠前に執務室に来るよう、全員に伝えてくれ」

 

榛名から作戦完了の報告を受けた後、かぶっていた帽子を脱いで自身の髪を掻き上げると、ふぅーっと深いため息をついていた。その後、脱いだ帽子を深くかぶり直した。おかげで彼の表情が見えなくなった。

 

「テートク」

「ん? どうした?」

「とりあえずみんな無事でよかったネー」

「そうだなぁ」

「攻略困難な海域を制圧できたんだシ、そんなに木曾を叱らなくてもいいと思うヨー」

「んー…」

 

 提督はいまいちハッキリしない返事をした後、椅子の背もたれを倒し、思いっきりそれにもたれて天井を見上げた。帽子のせいで彼の目が見えないためか、中々表情が読み取れない。

 

 それから一時間ほどして、第二艦隊が鎮守府に帰投した。事前に榛名から伝わっていたのだろう。帰投直後にそのまま執務室に直行するという知らせを受けた。

 

「金剛」

「ハイ?」

「何があっても、絶対に口を挟まないでくれよ」

「oh…テートク、やっぱり木曾を叱るんデスカ?」

「んー…それはあいつの出方次第かな…」

「でもテートク優しいから、叱ってもあまり迫力がなさそうネー」

「ハハ……」

「叱るんなら、キチンと叱らないと駄目ダヨー?」

「そうだねぇ」

 

 執務室の外から、大勢の足音と話し声が聞こえてきた。『提督、喜んでくれるかねー』という伊勢の声や『これもみんなが頑張ってくれておかげだ』という木曾の声も聞こえた。その声を聞いた提督は、立ち上がり上着のボタンを上から外していった。

 

 ドアがノックされ、ドアの向こうから木曾の声が聞こえた。

 

「第二艦隊ただいま帰投した。作戦報告に来たぜ」

「お疲れ様。入れ」

 

提督は入室を促し、同時に上着を抜いだ。上着の下は割と体の線が分かる細身のYシャツを着ている。背が高く、細身な体格をしていたのは分かっていたが、腕が思ったより筋肉質なのが、Yシャツの上からでも分かる体つきをしていた。

 

 それと同時に、木曾を先頭として第二艦隊全員が入室してきた。夕立以外は見事に全員ボロボロの状態だ。特に木曾がヒドい。胸が露出しそうなほど服が破け、自慢の眼帯も取れている。サーベルの鞘も折れ曲がり、頭部からも少し出血しているのか、額から血がたれていた。

 

「来たぜ提督。言われたとおり、入渠前に来た」

「ああ。とりあえずこれを着て前を留めろ。目のやり場に困る」

 

提督はそう言って、木曾に自身の上着を投げた。これから叱られるというのは分かっていたが、彼の上着を着ることが出来る木曾に対して、ちょっとヤキモチを妬いたのは秘密だ。

 

「助かる。俺もこう見えて女だからな。正直少し恥ずかしかったんだ」

「みんなは大丈夫か? 榛名も大破判定だったはずだが?」

「榛名はほとんど艤装へのダメージだったので大丈夫です!」

「そうか。ならよかった。みんなも大丈夫そうだな。……木曾、ちゃんと着たか?」

「ああ。待たせてすまん。これで大丈夫だ」

 

 木曾は提督の上着を来て、ボタンをしっかりと閉じた。木曾は非常に男らしい艦娘だが、それでも女の子なんだなぁということは、着た提督の上着が非常に大きくてブカブカなことからも分かる。袖も長く、袖口から指が申し訳程度に出ているだけの状態だ。今の木曾は、あの痛々しい傷さえなければ本当にかわいい。私も提督の上着を着ることができれば、あんなにかわいくなれるのだろうか…などと浮ついたことを考えていた。

 

「すまん提督、上着に血が付いた。返すときにクリーニングして返せばいいか?」

 

木曾がそう言い終わるか終わらないかの時だった。木曾の近くまで来た提督は、突然木曾が着た上着の襟を右手でつかみ、ものすごい勢いで木曾を自分に引き寄せた。その後、襟をねじり上げると、木曾の顔のすぐそばまで自分の顔を近づけた。

 

「お前な…一体どういうつもりだ……?!」

 

ここまで提督が怒りを顕にしたのは初めて見た。襟をねじり上げる提督の右腕にものすごく力がこもっているのは、見ているだけで分かる。声も抑えてはいるが、相手に怒りを伝えるには充分すぎるほど怒気の篭った声だ。

 

「……?!」

「質問に答えろ! どういうつもりでおれの命令を無視した?!」

 

 木曾は鎮守府内でも比較的練度の高い艦娘だ。その分、死ぬか生きるかの修羅場を何度か経験していて、度胸もついている。その木曾が一瞬で提督の怒気に呑まれた。木曾だけではない。戦艦の榛名と伊勢、空母勢の赤城と鳳翔、駆逐艦の夕立…全員が全員、毎日死と隣り合わせの戦場で戦う戦士だ。私だって、死を覚悟した経験が何度もある。そんな、この場にいる戦いの中に身を置く全員が、またたく間に提督の怒気に呑まれた。それほどまでに、今の提督の怒気はあまりにも突然で強烈だった。

 

「……おいおい……これはどういう冗談だ?」

「ぁあ?!」

「こっちは難攻不落の敵拠点を制圧して戻ってきたんだぜ? 褒められこそすれ、文句言われる筋合いなんかないはずだ」

 

木曾は努めて冷静にそう答えたが、声に緊張がこもっているのが分かる。一方の提督の怒りはまったく減速せず、相変わらず怒気の篭った眼差しを木曾からはずさない。

 

「んなことは見りゃ分かるしとっくに報告受けてる! おれが聞きたいのは、おれの命令を無視して進軍した理由だ!!」

「イケると思ったからだ!  確かにおれと赤城は中破判定だったけどな! 他のみんなはほぼ無傷だった! 敵の編成はすでに偵察で分かってたし、勝つ自信もあった!!」

「だからおれの命令を無視したってのか?!!」

「勝つ自信があれば行くのが俺達だ!!」

 

 この瞬間、提督は木曾を投げた。木曾だって艦娘だし、普通の人間ほどの体重がある。それにも関わらず、提督は木曾の襟口を両手で掴み、そのままドア付近の壁に叩きつけた。先の出撃による連戦で疲れ果てている上、大破状態で体に力が入らないのか、木曾は受け身を取ることも出来ず、壁に叩きつけられたあと、力なくズルズルとその場にへたり込んだ。

 

 一方の提督はまだ止まらない。へたりこんだ木曾の元に歩み寄り、さらに両手で襟を掴んでそのまま無理やり木曾を立ち上がらせた。

 

「ストップ! テートク!! 木曾は大破判定を受けてるヨ!! それ以上はやめるネ!!」

「そ、そうっぽい…。木曾さんかわいそうっぽい…」

「提督…作戦も成功したんだし、もうその辺で…」

 

私はもちろん、夕立と鳳翔もなんとか提督を諌めようとするが、提督が落ち着く様子はない。

 

「大破判定を受けてても木曾はこれぐらいじゃ死なないのはおれが一番よく知ってる」

「わかってるじゃないか提督…だったら俺達の事をもっと信用したらどうだ?」

「信用してないわけないだろうが!! そんなヤツにあの作戦を任せるわけがないだろ!!」

「だったら何を怒ってんだよ……作戦は成功させたんだから……文句はないだろ!!」

「……お前、おれに最高の勝利をくれる約束をしたよな?」

「ああ、したさ。だから今回も、お前のために勝利をもぎ取ってきたんだよ…!」

 

木曾が自身の折れたサーベルに手を伸ばした。ボロボロの鞘から抜かれたサーベルは折れて刃が欠けており、おそらく修理をしなければ刃物としては役に立たなくなってしまっている。その状態のサーベルを提督に向けた。精一杯の抵抗のつもりなのだろう。

 

 提督は襟を掴んでいた手を離した。その後木曾の体を支え、ボロボロになった第二艦隊の面々の方に向けた。

 

「なんだよ提督…」

「いいか。目をそらすなよ木曾。榛名は大破判定…不幸中の幸いでダメージの大半は艤装に集中していたが、あと一撃ダメージが入っていたら榛名は確実に轟沈だ」

「提督……榛名はだいじょ……」

「赤城は中破判定。開幕爆撃は可能だが砲雷撃戦時の支援は不可能だ」

「提督…私はまだ…」

「鳳翔も中破判定。だが艦載機はほとんど落とされているから先制攻撃の爆撃は不可能。おまけに直掩機も出せない。こんな調子で赤城だけに航空戦を任せていたら、確実に相手に制空権を握られて艦隊はさらに甚大な被害を被っていただろう」

「……」

「伊勢も中破判定だ。その上瑞雲はすべて撃墜されている。おまけにダメージのせいで火器管制に異常が発生している。砲撃を相手に直撃させるのも難しい状況だ」

「提督…」

「夕立は小破判定だが、火力が高いと言っても駆逐艦だ。夜戦では活躍できても、その前には全員が無傷で昼の戦闘をくぐり抜けなければならない」

「ぽい〜……」

「なにより木曾、お前だ。ダメージのせいで甲標的による先制攻撃は不可能。雷撃もその状態では難しいし、砲撃にも本来の正確さはないだろう。なにより深刻なダメージを受けて今こうやっておれから逃げられないほど動きにキレがない」

 

提督は木曾の体を支え、第二艦隊の面子一人ひとりを見せた。全員が、木曾ほどではないにせよ、大なり小なり傷を負っていた。服は焼け焦げ、艤装は損壊し、矢は尽き、砲塔が折れ曲がっていた。

 

「第二艦隊は満身創痍だ。帰り道に襲撃されていたら、お前らは確実に全滅だ」

「確かにそうだな…」

「……これがお前が言う最高の勝利か! これが、お前がおれに約束してくれた最高の勝利なのか!」

「……」 

 

 提督が木曾から手を離した瞬間、木曾は崩れるようにその場にへたりこんだ。もう体力も限界だったのだろう。一番近い場所にいた赤城と夕立が木曾を支え、やっと立てる状態だった。

 

 一方の提督はそのまま木曾の方を見ることもなく、自身の席に戻った。帽子を深く被っているため、提督の目が見えず、いまいちどんな表情をしているのか分からない。

 

「……説教は終わりだ。各自傷の酷い順に入渠して傷を癒やしてこい。全員に高速修復剤の使用を許可する」

「ここまで俺をなじっといてまだコケにする気か……」

「提督として命令する。第二艦隊はこれより、高速修復剤を使用して順次傷を癒やせ。復唱しろ木曾」

「……了解した。第二艦隊はこれより、高速修復剤を利用して順次傷を癒やす。クソッ……」

 

 木曾は赤城に肩を借りた状態で執務室を出た。身体的なダメージもあるが、恐らく木曾は、提督のために無理をしてまで手に入れた勝利を根本から否定されたことが、よほどのショックだったのだろう。

 

 そしてそれ以上に、私はおろか、執務室にいた全員が、本気で怒った提督を初めて見たことにショックを感じていた。以前ティータイムで提督が怒ったと勘違いしたことがあった。あの時も恐怖を感じたが、今日のそれはその時の比ではなかった。死線を何度もくぐり抜けてきたはずの私達が、ただの人間であるはずの彼に対し、心から恐怖を感じた。伊勢と赤城は絶句し、鳳翔も険しい顔をしていた。榛名と夕立も顔が青ざめていた。傍から見ていただけの私ですら恐怖で体が震えた。実際の当事者だった木曾が感じた恐怖がいかに凄まじい物だったであろうことは、想像に難しくない。

 

 第二艦隊の全員が部屋から出て行った後、提督は帽子を脱ぎ、深い溜息をついた。その声にはもう怒気はなかった。

 

「ふぅー……」

「テートク…ワタシまで怖かったデース…」

「んー…すまん。でもこういうことはしっかり言わにゃいかんと思ってね。金剛も“叱るときはちゃんと叱れ”って言ってたじゃん」

「物事には限度ってものがありマスヨ、テートク……」

「はは……」

 

提督は私の方を見て苦笑いしながら頭を掻いた。よかった。いつもの穏やかな提督だ。ここでやっと私は安心出来た。体中に安堵が広がっていくのを感じた。

 

「でもテートク…木曾は作戦を成功させたんだし、あそこまで叱らなくてもよかったと思いマース」

「いやな、作戦を成功させたのはよくやったとおれも思うんだ。でも命令拒否は話が別だ」

「確かに海軍だから命令を拒否するのはマズいデスけど…」

「それとはまた話が別でさ……みんなの損害がおれの命令の結果だったらまだいいんだ。“提督の命令のせいだ”って言い訳出来るだろ?」

「この鎮守府にそんな風にテートクを思う子なんていないヨー?」

「いや気持ちの問題だよ。仮に誰かが轟沈しても、おれを言い訳にすれば逃げ道出来るだろ? もちろん轟沈を出すつもりはない。そんなつもりは一切ないけど、万が一ってことが世の中にはある。そんな時、その原因がおれの命令だったら、自分を責めるよりおれを恨む方が楽だろ?」

 

 提督が言いたいことは分かる。要は彼は、重責を私達に背負わせたくないのだ。彼は自分がすべてをコントロールすることで、万が一のことが起きた際に、私達のメンタルに逃げ道を準備してくれているのだ。私達が“自分のせいだ”と自責の念に囚われて苦しむ事のないように、自分が全責任を負っているのだ。

 

「…んじゃテートクはどうなるんデス?」

「ん? 何が?」

「ワタシ達はテートクがエスケープになってくれてるケド、テートクは逃げ道がないネー」

「まぁ〜…それがおれの商売だからね」

 

 優しい人だ。私たちのためなら、自身が苦しむのも覚悟しているようだ。しかし私は知っている。彼はそこまで強い人間ではない。万が一の事態が起こった時、平気でいられるほど強靭な精神を持ち合わせた強い人ではない。

 

「こんごー…」

 

 秘書艦をしていて気付いたことがある。彼が私をこう呼ぶ時は、少し参っている時だ。元気な時の彼は、私のことを『金剛』と呼ぶが、少し疲れている時や参っている時は、ちょっと間延びした感じで私を『こんごー』と呼ぶ。

 

「ハイ。どうしまシタ?」

「金剛の紅茶が飲みたいな。淹れてくれる?」

「了解デース。ちょっと待ってるネー」

 

 私は自分の席を立ち、彼のために紅茶を淹れた。彼の気持ちが少しでも安らぐよう、紅茶に少し砂糖を入れ、甘みを足した。

 

「ハイテートク。紅茶ダヨー」

「ありがとう。いい香りだ」

「テートクの気持ちがちょっとでも休まるように、いっぱいワタシのLoveを込めて淹れたネ!!」

「それは少々恥ずかしいが…気持ちはうれしい。ありがとう金剛」

 

 私はそう言いながら提督に紅茶の入ったティーカップを渡した。提督はそれを受け取り、いつものように目を閉じて香りを楽しんだ後、ゆっくりと口に含み、紅茶を味わっている。彼は必死に隠そうとしているが、彼の手は震えていた。小刻みに震え、紅茶は波打っていた。

 

「oh…テートク…手が震えてるネー……」

「情けないだろ? あんなことしたあとだからかな…ちょっと手が震えちゃって…」

「テートク…大丈夫デスカ?」

「んーまぁ震えてるだけだから。つーか木曾の方が心配だ。やりすぎちゃったかなぁ…」

 

 苦笑いしながらそう告白する提督を見て、この人は本当に優しい人なのだと関心した。きっと彼は、元々が争い事を好まない優しい性格なのだろう。恐らくは、本来なら部下に対して声を荒げて叱責することすら出来ないほどに。今だって、さっき叱責した木曾の心配をしている。

 

 そんな人が、もし私たちが轟沈したときは自分がすべての責任をかぶり、仲間たちの恨みを買うとまで言っている。だが彼にそんな苦境が耐えられるのだろうか。こんなにも優しい人間である彼が、自分が艦娘を殺したという自責の念に襲われた時…艦娘たちから『仲間殺し』の汚名を着せられ、殺されかねないほどの憎悪を向けられた時、彼はそれを受け止めることが出来るのだろうか。

 

 そう思ったら、今私の目の前で自身の手の震えに苦戦し、苦笑いを浮かべる彼の姿が、美しい輝きを放つがひどく脆くて壊れやすい、ガラス細工の芸術品のように思えた。

 

「テートク! ちょっとティーカップを置くネ!」

「えー…だって今飲んでるよ〜?」

「いいから置くネ!!」

「は、はい!!」

 

 私にそう言われ、彼は慌ててティーカップを置いた。慌てて置いたため、紅茶が少し波打ち、ほんの少しだけ溢れて机にこぼれた。

 

 私は彼がティーカップから手を離したのを見て、両手で彼の震える右手を包み込んだ。

 

「お? 金剛?」

「テートクの手は大きくて温かいネ…この手でワタシたちを守ってくれてるんデスネ…」

「突然どうした?」

 

彼の手は、女性のように美しい外見とは裏腹に、こうやって触れてみると意外と骨ばった、男らしい手をしていた。彼はこの手を恐怖で震わせながら、必死に私たちを守ってくれているのだ。そう思うと、彼の手はもちろん、この震えも愛おしいものに思えた。

 

「テートク、大丈夫デス。ワタシたちは絶対に轟沈しないヨ。テートクにそんな思いはさせないネ」

「……」

「ワタシたちはテートクがいる限り、必ず鎮守府に戻りマス。だからテートクも、安心して指揮を取って下サイ。ダイジョーブ! テートクにそんなつらい思いは、ワタシが絶対にさせないネ!!」

「そっか…ありがとう金剛」

 

彼はそう言って、私を見た。私も彼の目を見た。今気付いた。彼の瞳は少しブラウンがかっていて、とても美しかった。見つめていると吸い込まれていきそうだけど、時間が許す限りずっと見ていたい、もっと近くで見てみたい…そう思えるほどキレイな目をしていた。私と彼は、こうやってしばらくの間見つめ合った。

 

「キソーを泣かせたバカ提督はどこにいるクマぁあア?!!!」

 

不意に怒り心頭の球磨が、執務室にノックもせずに入ってきた。私と提督はとっさに体勢を整え、ドアの方を向いた。

 

「ど、どうしたんだ球磨ァアあ?!!」

「ど、どうしたんデース!!!!」

「お? なんか二人共えらく慌ててるクマ」

「そ、そんなことはない!!(デース!!)」

「?  まぁいいクマ。うちのかわいいキソーが泣いてたクマ。何をやったのか正直に吐けクマ」

「うー…マジか〜…」

「事と次第によっては、球磨は提督を確実に7回葬るから、覚悟しろクマ」

「おれをどんだけオーバーキルするつもりだよ?!!」

 

 その後、彼は球磨に事の経緯を詳しく説明した。命令に背いたこと、それを厳しく叱責したこと、自分の非を認めない木曾を投げ飛ばしたこと…万が一のことがあったとき、木曾に自責の念を持って欲しくなかったこと…すべてを隠すことなく説明した。

 

 球磨は、提督の話を目を閉じてジッと聞いていた。時折私が淹れた紅茶を飲みながら、時に頷き、彼の話を遮ることなく、最後まで静かに聞いていた。あと、気のせいだとは思うが、時々球磨のアホ毛がぴょこぴょこ動いていた。

 

「なるほど。そりゃ確かに怒鳴られて当然クマ。キソーが悪いクマ」

「だろ? よかったー7回殺されなくて…」

「でも提督、さすがに大破状態のキソーを壁に叩きつけるのはやりすぎクマ」

「う…それは反省しています…」

「ならいいクマ。とりあえずキソーへのフォローはしとくから安心しろクマ」

「頼むよ。…つーか木曾は分かってくれるかなぁ?」

「キソーは見た目通りかわいくていい子だから、その辺は保証するクマ。でもその先はキソーと提督の問題だから、自分でなんとかしろクマ」

「了解した。ありがとなー球磨」

「そういうことはキソーと仲直りしたあとで言うクマ。あと上着は洗濯して返すクマ」

 

 それだけ言うと、球磨は執務室から出て行った。球磨も私と同じく、球磨型軽巡たちの長女だ。パッと見はマイペースでとぼけた感じはするが、妹の面倒をよく見、冷静に周囲を見回して妹達を導き、妹が泣いているときは今のように全力で妹のために走り回る、妹思いな艦娘だ。

 

 あの球磨に任せたのならもう大丈夫だろう。木曾にも彼の気持ちはきっと伝わる。そう思えた。そしてそれは、翌日の第二艦隊出撃の際に実感できた。旗艦は昨日と変わらず木曾。

 

「提督、これから第二艦隊、出撃する」

「ああ。傷はもういいのか?」

「大丈夫だ。心配かけてすまない。…なあ、提督?」

「ん?」

「……いや、改めてお前と約束したい。俺はお前に、最高の勝利をやる」

「…わかった。木曾、期待してるからな。最高の勝利をおれにくれ」

「ああ。本当の最高の勝利だからな。期待して待っていてくれ」

 

 そう言って執務室を後にする木曾の顔は、晴れやかだった。

 

 執務室の窓からは鎮守府の港がよく見える。彼はよく、出撃する艦隊の後ろ姿をここから見守っていた。今日も、元気よく出撃する木曾たち第二艦隊を見守っていた。

 

「テートク」

「ん?」

「良かったネ。木曾と仲直り出来テ」

「そうだな。球磨さまさまだくまー」

「プッ…球磨のマネですカ?」

「そ。似てない?」

「似てないデース」

 

 気がつくと私たちは、お互いどちらからともなく、手を繋いでいた。

 

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