彼に似た星空   作:おかぴ1129

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9.おばあちゃんとサラリーマン。あとケツ。

 フェリーを降りたあと、電車ではなく汽車に乗って数時間。降りた駅からバスに乗ってさらに数時間…一体何回、鈴谷の『ちょっとマジ退屈なんですけど』という人生を舐めきったボヤキを聞いたことだろう。私たちは、やっと提督の故郷に到着した。

 

 バスを降りた直後の鈴谷のセリフ『金剛さん金剛さん…鈴谷座り過ぎでケツがちょっと痛いんだけど…金剛さん大丈夫?』が、ここまでの道のりの長さを物語っていた。彼女なりの気遣いのつもりだったのだろうが、なんとなく答えるのに勇気が必要だった。

 

 到着したバス停…というより、これはバスセンターというべきか…は意外と立派だった。この地域の路線バスがここに集結しているようで、何台かのバスが停車していた。小さな建物が併設されており、その中でバスのチケットを買ったり、バスの発車時刻まで待機したり出来るようだ。私たちはとりあえず併設された建物の中に入った。

 

 建物内にいる人間は少ない。暇そうにあくびをしている係員のおっちゃんが一人と、ベンチに腰掛けて年代物のテレビを眠そうな顔で眺めるおばあちゃんが1人。あとはこの場所に似つかわしくない、仕立てのいいスーツを着たサラリーマン風の男が一人だった。サラリーマンはスマートフォンをいじくっている。

 

「人少ないネー…」

「まぁ仕方ないじゃん? だってかなりの田舎っしょココ」

「とりあえず私はあの係員さんから旅館とは花火大会のこととか聞いてきますねお姉様」

「鈴谷も情報仕入れてみよう。あそこのおばあちゃんから色々聞いてみるね!」

 

霧島と鈴谷はそういうと、霧島は係員のおっちゃんの元にツカツカと歩いて行き、鈴谷は意気揚々とおばあちゃんの元に歩いて行った。私はなんとなくそんな気になれず、そんな二人から少し距離を離し、近くにある観光案内のパンフレットを眺めた。提督が言っていた花火大会のパンフレットが何冊か並んでいた。日程は明日の夜のようだ。

 

 突然、建物内に『あらッ?! おねえちゃん、艦娘やったとね?!』という大きな声が聞こえた。声がした方を見ると、鈴谷がさっきのおばあちゃんに圧倒されていた。

 

「そうだよ〜!! 鈴谷、つい最近まで海の上で戦ってたんだから〜!! ふっふ〜ん♪」

「そがいなことはよ言わんね!! おばあちゃんたち艦娘なんて見たことなかでわからんかったが!!」

「ちょ…おばあちゃん…なまってるし早すぎて何言ってるかマジわかんないんですけど」

「ここん人間じゃなかからわからんくて当たり前や! あはははははは!!!」

「おばあちゃんちょっとケツ叩かないで!! マジ痛いし!!」

 

おばあちゃんと相対した鈴谷は、おばあちゃんパワーに圧倒され、今はケツを叩かれている。恐らくはおばあちゃんなりの鈴谷へのコミュニケーションの一環だとは思うのだが、さっき『痛い』と悲鳴を上げていたケツへの平手打ちの連撃は、今の鈴谷には相当に堪える肉体言語であろう。

 

 一方の霧島の方も苦戦しているようだ。この地方の方言の訛りはかなりキツく、今係員のおっちゃんと会話している霧島の表情がどんどん苦笑いに変わっているのが、離れた場所にいる私からもよく見える。

 

「あれ? ひょっとして、おねーさんも艦娘ね?!」

「え…いやまぁ…はぁ…元、艦娘ですが……」

「ほぉお〜そうね〜!! いや、うちは海がなかで、艦娘なんか見たことなかでなぁ〜!!」

「は、はぁ…いや、てかどこかホテルとか…」

「そん服がまたよかねぇ〜!! 艦娘の特注品とかじゃろ?」

「いやあの…」

 

おっちゃんはどうも人の話を聞かないタイプなようだ。相手の反応を見ながら会話をしていく霧島とは会話の相性が悪いタイプとも言える。ひと通りおっちゃんからの一方通行な話を終えると、霧島は私のもとに帰ってきた。

 

「お姉様すみません…何も情報が得られません…話も聞いてくれないし、訛りもよくわかんないし…」

 

未だかつてここまで落ち込んだ霧島を私は見たことがない。

 

 一方の鈴谷だが、意外とうまくやっているようだ。

 

「ちょっとおばあちゃん! ケツ以外なら叩いていいってわけじゃないからマジ叩かないで…つーか鈴谷ちょっとおばあちゃんに聞きたいことが…ちょっと待ってこのお漬物美味しい!」

 

鈴谷はケツへの攻撃に悲鳴を上げながらも、おばあちゃんからお漬物を食べさせてもらってご満悦なようだ。こういうところは霧島と違って、したたかで溶けこむのも早い。

 

「さすが女子校生…恐るべきコミュ力ですね…」

「伊達に人生を舐めてないネ…ワタシ達と全然違うヨー……」

 

この時、霧島が何か言いたそうな顔をしていた。

 

「……お姉様、私はパソコンでちょっとこの辺の宿泊施設を調べてみますね」

 

恐らく霧島が言いたかったことはこれではなかったはずだが、そう言い終わると霧島は自分の荷物の中からノートパソコンを取り出し、近くの長椅子に座ってノートパソコンの電源を入れた。隣にはスーツ姿のサラリーマンが座っていた。

 

「えーと…wi-fiは…ハッ!! まさかwi-fiが飛んでない…ッ?!」

 

どうもここに到着してから霧島は精彩を欠いている気がするが、事前に対策を練った計算高い立ち回りを得意とする霧島にとって、この地は予測不能なアクシデントに囲まれ過ぎているようだ。私にしてみれば、ここまでかわいくうろたえる霧島を見るのは珍しくて楽しいのだが、霧島本人はおそらく今、とてつもないパニックに陥っているはずだ。

 

「バカなッ…提督の故郷がまさかここまでの田舎だとはッ…?!」

 

 心の中で『それを口に出してはいけない』とたしなめたくなった。霧島があまりににぎやかなためか、隣のサラリーマンがしきりに霧島の方をチラチラ見ている。

 

「この霧島の頭脳を持ってしても…予測できない事態よこれはッ…?!」

「……どうしたんすか?」

 

我慢の限界が来たようだ。ついに隣のサラリーマンが霧島に声をかけた。

 

「パソコンで調べ物をしたかったんですけど、ここwi-fiがないからネットに繋げられなくて…」

「いや、スマホか携帯は持ってないんですか?」

「お、お恥ずかしながら…」

「マジっすか……ネットにつながればいいんですか?」

「……?! お力になっていただけるんですか?!」

 

 突然自分にさしかかった一条の希望の光がよほどうれしかったのか、霧島はサラリーマンに対して前のめりになった。傍から見ていると、二人の顔がめちゃくちゃ近づいている。

 

「顔近い顔近い……ちょっと待っててくださいよ?」

 

サラリーマンはほっぺを少し赤くしながらぷいっと顔を離し、自分のスマホをいじり始めた。霧島は目を輝かせながらそんなサラリーマンを見つめている。スマホの操作を手早くスッスッとこなしたサラリーマンは、スマホの画面を霧島に見せた。

 

「ほい。スマホはちょっと貸せませんけど、テザリングでつないで下さい」

「?! よろしいんですか?!」

 

また霧島は前のめりにサラリーマンに顔を近づけている。そして、二人の距離に反比例してサラリーマンの顔もまた赤くなっていく。この二人のやりとりに、鈴谷とおばあちゃんとはまた違った面白さを私は感じ始めていた。

 

「近い近い近い!!」

「あ、いや、し、失礼しました……」

「ほら、早く繋いじゃってくださいよ……」

 

サラリーマンに指摘され、やっと自身とサラリーマンの顔が近いことに気がついたのか、霧島も若干顔を赤くしながら、自身のノートパソコンをいじり始めた。今は二人とも不自然に目線を合わせない。

 

 そうやって霧島がしばらくノートパソコンをいじっている間、鈴谷が自身のケツに手を添えた状態で帰ってきた。よほどケツへの攻撃が痛かったのだろう。私には、あるはずのない鈴谷のケツからの煙が見えた。

 

「金剛さんただいまー!!」

「鈴谷オカエリー!! おばあちゃんと楽しそうにしてたネー!!」

「つーかおばあちゃんマジ力強くて、鈴谷のケツがマジ痛いんですけど…おばあちゃんも明日の花火大会行くんだって!! あ、帰るのかな? バイバーイ!!!」

 

建物から出て行くおばあちゃんに、鈴谷は満面の笑みで手を振っていた。おばあちゃんも鈴谷に元気よく手を振り返していた。

 

「鈴谷ちゃーん!! 明日もまた会えるとよかね〜!!」

「うん! でも明日は鈴谷のケツ叩いちゃダメだよー!!! お漬物おいしかったよー!!」

 

この数分でこんなに仲良くなったのかと私はちょっと関心した。鎮守府内でも誰とでも仲良くなっていた鈴谷だったが、まさかそのコミュ力は鎮守府から遠く離れたこの地でも発揮されるとは思わなかった。

 

 感心しながら鈴谷を眺めていると、霧島が戻ってきた。手には、霧島が発見したであろう旅館までの道順が表示されたノートパソコンを持っていた。

 

「お姉様! 宿泊施設を見つけました!! ここから車で15分ほど行ったところの山の中です!!」

「oh! リサーチしてくれてサンキューねー霧島〜!!」

「これもあちらの方がネットに繋がせてくれたおかげです!!」

 

霧島はそう言って、ベンチに座って再度スマホをいじっているサラリーマンを紹介してくれた。助かった。彼が力を貸してくれなかったら、私たちは宿泊施設を見つけることもなかったし、霧島が顔を赤くするという貴重なシーンを見ることもなかっただろう。

「さっきは妹の霧島の力になってくれてサンキューね。ワタシは霧島の姉で、金剛デス」

「ぁあ、いえいえ。困った時はお互い様ですから。つーか海外の方ですか? その割には名前が……」

「イギリスからの帰国子女デース」

「ぁあなるほど。通りでちょっとカタコト…ん? てことは霧島さんも?」

「私は生粋の日本生まれ日本育ちの日本人ですよ」

「あれ……なんかめくるめく昼ドラの匂いが……」

「あーいや、大丈夫です複雑な家庭事情とかはないですから!!」

 

慌てて弁解をする霧島がなんだかおかしかった。おそらくこのサラリーマンの頭の中では、私と霧島との間に複雑な家庭事情や愛憎入り乱れるメロドラマ的姉妹関係がイメージされていることだろう。本来なら否定すべきことなのだが、そこは霧島に任せた。なんとなく、このサラリーマンは霧島と話をしたそうに見えた。

 

 バスターミナルを後にしてサラリーマンと別れた私達は、タクシーで旅館に向かった。すでに何時間も椅子に座って移動していたため、今回の数十分の移動はとても短いものに感じた。それでも途中、鈴谷は『金剛さん…ケツ痛い…マジで…おばあちゃんたちのせいだ…』と言っていた。

 

 霧島が見つけた宿泊施設は、周囲に田んぼが広がる、温泉のある旅館だった。宿泊手続きをして部屋に荷物を置いた私たちは、早速自慢の温泉に浸かり、この長旅の疲れを癒やした。

 

「う〜ん…鎮守府の入渠施設とはまた違いますけど、温泉もキモチイイデース……」

「ホントですね〜お姉様…疲れが溶けてなくなっていくようです…」

「ホントそう…鈴谷のケツの痛みもひいていくよ…ふぃ~」

「鈴谷…そろそろケツ以外の話が聞きたいネ……」

「マジで痛かったんだから…おばあちゃん遠慮しなさすぎだよ…バッチンバッチンくるし……」

 

 温泉から上がった後は部屋に戻り、食事に舌鼓をうった。間宮さんや鳳翔さんの食事とはまた違った美味しさだった。ここにきて、私はやっとこの旅が楽しいと思い始めていた。

 

 食事が終わった後は、私達はそのまま眠ることにした。温泉で疲れを癒やしたとはいえ、慣れないことの連続で私はもうクタクタだ。敷いた布団に体を委ねるやいなや、睡魔が襲ってきた。この旅の本番は明日だ。私はそのまま布団に包まれて寝てしまった。

 

 寝るか寝ないか…そんな夢と現実の境界線を私の意識がたゆたっている時、なんとなく遠い世界から『夜はこれからなのにー!!!』という鈴谷の声が聞こえた気がした。彼女のケツの心配はしなくてよさそうだ。私は安心して夢の世界に没入することにした。

 

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